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長野県弁護士会
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若手弁護士のコラム

 
 
本について(一由貴史)
2010-07-26
本について
一由貴史
 私は本が好きです。ジャンルを問わず気の向くままに本を読んでいるので、あまり系統だった読書ができていないのですが、最近はそれでいいかと思っています。
 仕事で東京に行く機会があると、大体「丸善」という書店に寄って、本をひとしきり物色してから帰ることを楽しみにしています。丸善は、東京でも有数の書店だけあって品揃えは素晴らしいものがあります。紙の匂い(文化の匂い)が漂う書店をぶらぶらしながら、あれこれ立ち読みして、面白そうな本を探し、歩き疲れた足を休めるために喫茶店でコーヒーを飲みながら、買ったばかりの本を開いていると幸せな気分になることができます。
 学生時代には、古書店めぐりをするのも好きでした。早稲田、高田馬場界隈の古書店や神田神保町を歩いたり、中央線沿線の個性的な古書店をぶらぶらし、ガラスケースの稀覯本の値段をみて驚いたり、読みたいと思っている本に安く値段がついているのを見つけてはひとりで興奮したりしていました。難しくて一頁も理解できないような思想書や哲学書(みすず書房や法政大学出版局の本が多かった)を買っては自己満足していたのもいい思い出です。古書店には、新刊書店のぱりっとした紙の匂いと違って、くたびれた紙のカビくさいような独特の匂いがあります。この匂いも好きでした。
 これからは、電子書籍の時代なのだそうです。先日銀座へ出かけた際に、アップルのお店でipadを手にとってみました。「この端末で本が読めるのか」と感心し、わくわくしましたが、同時に味気なさも覚えました。私にとって、やはり本は紙でなければしっくりきません。この先、電子書籍の技術がどんなに発達しても、紙の本はなくならないのではないかと思っています。
 
 
トイプードル (板谷健太郎)
2010-07-12
トイプードル
板谷健太郎

2週間前,我が家に,生後三ヶ月のトイプードルがやってきました。色はレッド。女の子です。通常のトイプードルよりは若干小さく,ティーカッププードルよりは若干大きいサイズになるんだそうです。
名前は「チョコ」にしました。ぬいぐるみみたいです。

先月までは賃貸マンションに住んでいたため,ペットを飼えなかったのですが,最近分譲マンションを購入し,やっと念願のトイプードルを飼うことができました。

実際に飼ってみると,かわいいことかわいいこと。

仕事で疲れて家に帰ってきても,無邪気にしっぽを振って顔をペロペロされると,疲れなど吹き飛んでしまいます。
おてんば娘で,私の短パンの紐を引き抜いておもちゃにしたり,せっかくたたんだ洗濯物の中に突っ込んでぐちゃぐちゃにしたり,クイックルで吹いたばかりのフローリングで気持ちよさそうに粗相をしたり。

でも,このかわいさで,何をされても憎めないのでした。
おかげで帰宅時間が少し早くなりました。

長く可愛がっていこうと思っています。
 
−ゴルフ−(愛川直秀)
2010-06-28
 
−ゴルフ−
 愛川直秀
 
『平日ならありえないことだが、夜が明けるか明けないかという時間に目が覚める。
二度寝をしようと試みるが、頭と体は完全に冴え、二度寝すらできない。
どうしようもないので、そのまま起きることになる。
時刻は午前5時。
 
午前9時スタートだから、練習場と練習グリーンはそれぞれ15分、着替えも含めて40分前には到着したい。
ゴルフ場までは、高速をとばして約1時間30分。
そうなると午前6時50分出発で大丈夫だな。
 
こんなシミュレーションを幾度となく頭の中で繰り返しながら、朝食をかき込む。
 
しかし、はやる心を抑えきれず、午前6時30分には自宅を出発してしまう。
 
同伴者は誰だっけ。前のラウンドは絶不調だったから、今日こそは100を切りたい。
 
そうこうしているうちに、景色に緑色が増えてくる。
ゴルフ場に到着、チェックイン。そして、ロッカーへ。
ロッカー番号は、321番か。今日一日、よろしく。
 
着替えを済ませて、ドライバーと7番アイアン、それにウェッジをもって、練習場へ。
 
うーん、ボールが左右に散ってしまう。野球でいう広角打法か。
やっぱり昨日練習場に行っておけばよかった。
 
気を取り直して、パターを持って練習グリーンへ。
スコアメイクは、パッティング。誰かが言っていたのを思い出す。
ボールに芝や砂がまとわりつく。朝露だろうか、水気があるから、少し強めかな。
あー、強すぎる。加減が難しい、加減が。
 
日焼け止めを塗るのを忘れたので、一旦ロッカーに戻る。
途中の食堂に目をやると、いつもの先輩が、いつものように朝からビールを飲む、いつもの光景が。
 
コンペの開会の挨拶が終わり、8時50分には、ティグラウンド付近に移動。
久しぶりにお会いする方々と近況などを話ながら、順番を待つ。
 
 
いよいよ近づく朝一番のショットを前に、ボールに念を込める。
「きちんと芯に当たるんだぞ。」
「水遊びや砂遊びはやめてくれよ。」
 
 
いよいよ私の番。
少し肌寒いが清々しい空気、目の前に広がる緑色のふかふかの絨毯。鳥のさえずりも聞こえる。遠くでは、小川のせせらぎが・・・。
おっと、自然の情景に浸っている場合ではない。
 
力を抜いて、軽く、軽く。
何度も何度も自分に言い聞かせて。
 
カン。甲高く、短い音。
 
「ナイスショット! ど真ん中」
同伴者からのかけ声が、私の心にこびりついた疲れの全てを吹き飛ばす。
 
せっかくだから、カートに乗らずに、歩いて行こう。
 
ザックザク ザックザク
 
芝を踏むスパイクの音と感触が心地よい。
 
年に数回、私の愉悦の休日がこうして始まる。』
 
                                以上
 
メロディの謎 (三浦由美)
2010-06-21
メロディの謎
                                                                    三浦 由美
 
 通勤等で、高速道路を利用している。
 今年になってから、少々気になることが起きるようになった。高速道路のトンネル内で、ある一定の場所を通過すると、ごく短いメロディが1回、聞こえるようになったのである。
 周囲の人々に聞いてみたが、高速道路をあまり利用していない人達だったためか、誰も知らないと言う。
 
 トンネル内ということもあり、新手のオービスという可能性もなさそうである。そうすると、速度制限や眠気防止のための注意喚起装置(それも試験的なもの)みたいなものなのだろうか。
 
 思いつくものとしては、メロディロードがある。路面に溝を掘り、自動車が制限速度に従って走行すると、メロディが聞こえてくるというものだ(メロディは、各地によりけりで、「知床慕情」、「ふじの山」等々があって、茅野市のビーナスラインの場合は、サイモン&ガーファンクル版が有名な「スカボロ−・フェア」。)また、事故多発地帯等では、道路上に段差をつけて、三三七拍子などのリズムを刻ませる場所がよくある。どちらも、スピード抑止や眠気防止に効果を上げているらしい。
 が、今回の音に関しては、道路が加工されている様子はないし、音質がクリア。また、トンネルに入ったばかりで少しカーブになっていることもあり、心持ち緊張感を持って走行する場所なので、あまり注意喚起をする必要があると思われない。
 ちなみに、中央高速道路の維持管理は、通称「ネクスコ中日本」が行っている。ここに問い合わせてみるのが早い気がする。しかし、小中学生ならともかく、いい年齢の大人が電話をかけたならば、不審者扱いされることは目に見えている。
 
 そんなある日、呆気なく、謎が解けた。自動車販売店の親切な店員さんが調べてくれたのである。
 結果、私の車には、一定地点で音を鳴らす機能(「音入りメモリ地点」というらしい)があり、しかも、その設定が、件のトンネル内にされているということが分かった。
 
 今の車には6年ほど乗っているが、これまで、そのような音が鳴ったことはなかったし、一定の場所で鳴る機能があるということを想像出来なかった。 驚く私に、店員さんは、「当社で推奨しているわけではないけれど」と前置きした上で、オービスの手前等に設定して使う人が多いようだ、と教えてくれた。そのような使い方をすれば、効果はあるかもしれない。日本車のサービスはきめ細かい。 
 そして、よくよく考えてみると、今年の冬は、チェーン規制や雪で高速道路が渋滞となることが多く、迂回ルートを探すため等で、カーナビを頻繁に操作していた。その際、間違って「音入りメモリ地点」を設定してしまったと思われる。
 
 こうして、メロディの謎は完全に解決した。もちろん、「音入りメモリ地点」の設定は解除してもらった。ネクスコに電話しなくてよかった。平穏なドライブ日和が続いている。
 
 
 
ショパン生誕200年(神戸 美佳)
2010-06-14

ショパン生誕200年

                                                                      神戸 美佳

 今年2010年は,作曲家フレデリック・ショパンの生誕200年記念の年ということで,様々な音楽家が例年以上にショパンを演奏している。先日,ピアニストの横山幸雄が,ショパンの全166曲を16時間かけて弾き通し,ギネス認定されたのは記憶に新しいが,レコード会社もショパンのベストアルバム的なCDを挙って新発売している。ショパンの曲が大好きな私は,レコード会社の宣伝に翻弄されて,今年発売されたショパンの楽曲のCDを何枚も購入してしまい,最近は車での移動中や事務所での残業中に毎日聴いて,ご機嫌である。ショパンというと純クラッシクピアノ曲の印象が強いが,最近はジャンルを超えた様々なアレンジ曲が発表されていて,気軽に楽しめるので,お薦めしたい。

 葉加瀬太郎「ベスト・オブ・ショパン」
 1曲目の「A Letter From The Island」は,有名な『ポロネーズ第6番(英雄ポロネーズ)』のヴァイオリン・アレンジ曲でとても新鮮である(化粧品のCMのバックで流れています)。本来のピアノ曲そのものが,マッチョな英雄というよりは,優しい品のある英雄のイメージだが,ヴァイオリンの音色がますます軽やかで心地よい。残業も楽しくなる。
 小曽根 真「ロード・トゥ・ショパン」
 ジャズピアニスト小曽根真が弾くショパンである。最初聴いたとき,間違えて別のディスクを入れてしまったのかと思ったほど,原曲とは別の作品になっていて驚きである。聴き進めると,有名なメインフレーズが出てきて,ショパンの曲だと気がつく。『ワルツ第6番(子犬)』は,原曲より,少し成長したやんちゃなイメージの子犬が目に浮かんで楽しい。
 ジャンルは異なるが紛れもなくショパンであり,演奏者はタイトルのとおり,本当にショパンと一緒に心の旅をしたんだろうなあと羨ましくなる。全体として大人のショパンである。超お薦めである。

 弁護士の仕事をしていると,全く仕事と関係の無い別の世界にどっぷりつかりたい気分になることがよくある。私は,オン・オフの切り替えが上手くないが,今年はショパンを聴いて気分転換したい。

 
プレゼン (大野 薫)
2010-06-07

                                プレゼン

大  野    薫

 最近になって,裁判員裁判の弁護人を担当したこともあって,少し考えたことがありましたので,この機会に書いてみたいと思います。

    弁護士の仕事上,複数の人に対して,話しかける機会は,実際そう多くありません。
    「弁」護士であるにもかかわらずです。
    むしろ,人前で話すのはちょっと苦手で,書面を書いている方が楽なんてムキも多いのかもしれません(正直に申し上げて,私がこのムキです。)
    それが,ご承知のとおり,裁判員裁判によって,裁判官だけではなく,6名の裁判員に向けて,冒頭陳述や弁論をすることになりました。
    裁判員にも分かりやすく,裁判をすることは法曹三者の共通の課題です。
    今回,裁判員裁判をするにあたり,私にも,まさに仕事上,そういう機会が生じたのです。
    とはいえ,いきなり,弁舌さわやかに話せ,そうでなくても,マシンガントークをしろと言われても,芸人でもないので,なかなか難しいものです。
   
    そこで,私が自分なりに検討をした結果,やはり,しゃべり(「べしゃり」とも)のロールモデルが必要ではないかと考えました。
   
    そして,有名な演説をロールモデルにすることを思い付きました。
    雰囲気だけでも参考にしようというくらいの,かなりぼんやりした方法です。
   
    まず,有名な演説といえば,リンカーンのゲティスバーグ演説が思いつきます。
    しかし,いまではリンカーンがしゃべっているところを耳にすることはできない以上,あまり参考になりません。
    ナチスドイツのヒトラーなど,演説の名手と評される政治家は多くいるようです。少し前になりますが,アメリカのオバマ大統領の演説のCDがよく売れていたことも記憶に新しいところです。
    しかし,そもそも私がしなければならないのは,政治家の演説のまねごとなどではないことに気付きました。また,政治家の演説をロールモデルにすること自体が,個人的にですが,しっくりときません。
   
    私の人並みな趣味のひとつに,映画をみることがあります。
    そこで,今度は,映画の長回しの台詞のシーンをロールモデルにすることを思い付きました。
    こういうふうに言っても,全くイメージが湧かないと思いますので,私が具体的に参考にしてみたシーンを2つあげたいと思います。
   
    まずひとつめは,「パルプフィクション」(監督 クエンティン・タランティーノ)で,サミュエル・L・ジャクソン扮する黒人のジュールスが銃を突き付けながら,エゼキエル書25章17節を引用するシーンです。
    曰く「心正しき者の歩む道は心悪しき者の利己と暴虐によって行く手を阻まれる,愛と善意を持って暗黒の谷間で弱き者を導くその者に祝福を 彼こそ兄弟を守り迷子たちを救う者なり,私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐をなす 私が彼らに復讐をなす時 私が主であることを知るだろう。」
    最近,たまたま,この一節をサンプリングしたテクノのトラックを耳にして,このシーンを思い出しました。
    最後の,サミュエル・L・ジャクソンが,ほとんど絶叫するように,「And you will know I am the Lord when I lay my vengeance upon you」と話すところは,聞いていてビリビリすること,間違いなしです。
   
    もうひとつは,「愛のむきだし」(監督 園子温)で,満島ひかり(元FOLDER5だそうです。分かる人だけ分かればよいと思います。)扮するヨーコが,浜辺で,主人公のユウにつかみかかりながら,コリント書13章を引用するシーンです。
    曰く「最高の道である愛 たとえ,人間の不思議な言葉,天使の不思議な言葉を話しても愛が無ければ,私は鳴る銅鑼,響くシンバル たとえ,予言の賜物があり,あらゆる神秘,あらゆる知識に通じていても,たとえ,山を移すほどの完全な信仰があっても,愛がなければ,私は何ものでもない」
    本当はかなり長いのですが,最初のところだけをここに引用しました。
    満島ひかりが,強力な眼力(めぢから)を発揮しながら,最後に,「私が今知っているのは一部分 『その時』には自分がすでに完全に知られているように,私は完全に知るようになる だから引き続き残るのは信仰・希望・愛,この三つ このうちもっとも優れているのは,愛(!)」としめくくるとき,正直,言われていることの意味は難しくてほとんど分っていないのですが,「なんかすげえこと言われてるかも。」という,有無をいわせない感動が押し寄せてきます。
   
    ここまでお読みになれば,もう察しているとは思いますが,単に自分が好きな映画の話しをしたかっただけかもしれない気がしてきました。
    また,引用したのは,いずれも聖書の言葉らしいので,その内容に力があるのは,当然といえます。私の冒頭陳述と比較するのも畏れおおいというものでしょう。
    実際,私が冒頭陳述をするときに心掛けたことといえば,単に「大きな声を出す。」くらいでした。
    とはいえ,今回,この「大きな声を出す。」ということは,意外に難しいけど,大事だったりすることが分かりました。
    それと同時に,裁判員裁判に限ったことではなく,広い意味のプレゼンテーションの能力をまだまだ磨いていかなければならないことも痛感させられました。
   
    (なお,引用箇所はインターネット上の情報に基づくものです。内容が正確ではないかもしれません。ご承知おき下さい。)。
   
                                   以 上
   
 

 
大学受験参考書ノスタルジー(青木寛文)
2010-05-24

大学受験参考書ノスタルジー

                           青  木  寛  文

1 近時,山川出版社の高校検定教科書である「詳説日本史」「詳説世界史」を一般の教養書とした本が出版され,結構売れているようです。
    おそらくは,「詳説日本史」等で高校で勉強したり,大学受験に臨み,現在社会で活躍している人々が,一生懸命勉強した当時を思い出し,あるいは「当時もっと勉強しておけばよかった。」との後悔のもと,「もう一度当時を思い出して歴史の勉強をしてみるか。」と考えて,これらの本を手に取っているのだと思います。
    私は,大学入学のために2年浪人したこともあり,大学受験当時使用していた教材を懐かしむ感覚はよく分かります。そのような感覚のもと,私は,仕事で東京に行った折りに,お茶の水界隈に足を延ばし,三省堂書店本店の学習参考書売り場を冷やかすことを年に3〜4回はしています。参考書を懐かしむだけならば別に三省堂書店本店でなくてもよいようにも思えますが,私は2浪生活をお茶の水の駿台予備学校で過ごし,よく三省堂書店本店に行っていたので,三省堂書店本店でないとムードがでないのです。なお,余談ですが,その帰り道にはほぼ例外なく,やはり当時よく通っていた「キッチンカロリー」でカロリー焼きを食べてきます。

2 そのように私は高校生(大学受験)用の参考書を結構見ているのですが,そのラインアップは当時(平成元年前後ころ)とは随分様変わりしているように思います。
  例えば,現代文では,当時は駿台予備学校の藤田修一師の「現代文入門」とか,代々木ゼミナールの田村先生の「田村の現代文入門」あたりがメジャーだったのですが,今ではそれらの本が売られていません。
    また,日本史では特に私大文系受験生の間では菅野先生の「日本史講義の実況中継」が人気がありました。私自身はこの本で勉強したことも,菅野先生の講義を聴いたこともありませんが,私の友人に信者がおり,同書でも紹介されている「日本史立体パネル」を作っていましたが,この本も見かけません。
  さらに,英語では,当時は駿台予備学校の伊藤和夫師の「英文解釈教室」が国立私立,文系理系を問わず必読の書とされていたのですが,今では(といってもかなり前からですが)「入門編」「基礎編」なるものも出ており,しかも,それらすら「(高度な構文把握を要する英文は入試では出ないので)必ずしも読む必要はない。」という評価もあるようです。
    当時から「英文解釈教室は難しすぎる」という声があり,そのような声に応えて伊藤師は「ビジュアル英文解釈」という参考書を出版され(私の高校現役時代に同書のPART1が出版され,私は最初はそれで勉強しました。),どうも現在では人気の主流は「ビジュアル英文解釈」であるようですが,それとは別個に出版された英文解釈教室の「入門編」「基礎編」が具体的にどんな内容なのか,大変興味があります。

3 私の英語力は今ではすっかりさび付いてしまったので(もともと大したものではありませんが),山川出版社の「詳説日本史」「詳説世界史」で再度歴史を勉強し直そうと考えている多くの先輩や同年代の皆さんを見習って,私も「英文解釈教室入門編」あたりからしっかり英語を勉強し直そうかなと考える今日この頃です。

                                                                以 上

  

 
無題 (竹村 隆)
2010-05-18
無題
 
最近何だか鼻がムズムズするなと思ったら、どうやら遅ればせながら今年も花粉症の季節がやってきたようです。
といっても、以前は目玉と鼻を取り外して洗浄したいと思うくらいひどい時期がありましたが、ここ数年は次第に症状が軽くなってきており、今年は今のところ鼻水が出るくらいであまり苦にならない程度で済んでいます。
これといった対策もしてこなかったので、なぜ症状が軽くなったのかは不明ですが、やはりストレスを感じることが減ってきたことが要因ではないかと自分では思っています。
唯一やってみたことといえば、タバコの煙を鼻から吐き出すことです。ある日タバコを吸っているとき、煙を鼻から出せば鼻の粘膜にヤニがついて花粉をブロックできるのではないかと馬鹿なことを考え、実践してみたところ、結構効果があったような気がするのですが、まあこれも気分的な問題でしょうね(ただ、喫煙者に花粉症の人は少ないという話もあるようです)。
ストレスの解消法については、人それぞれ色々あることと思いますが、私の場合は、お笑い番組を見て笑うこと、たまにテニスで身体を動かすこと、よく寝ること、といったところでしょうか。
お笑い番組といえば、最近、Wコロンの根津さんが謎掛けでブレイクしていますね。彼の謎掛けを整える早さには感心してしまいます。あの事務処理能力の速さを是非見習いたいものです。謎掛けは脳の体操にもいいそうです。
そこで、僭越ながら、私も最後に謎掛けを一つ。
禁煙と掛けまして、渡り鳥と解く。その心は…
 
スワン
 
お粗末様でした。
 (竹村 隆)
 
義民塚(松本市)と権利のための闘争(安藤絵美子)
2010-05-11

義民塚(松本市)と権利のための闘争

 私の事務所は,この4月に事務所を移転した。事務所を見下ろす位置に「義民塚」と呼ばれているところがあるので,散歩をかねて義民塚に行ってみることとした。
 この辺りは,江戸時代(1686年),松本藩に厳しい年貢の取り立てを軽減してほしいと越訴した庄屋「多田加助」らが処刑された場所である。加助は,磔にされた際,松本城を睨みつけ「二斗五升びき」(要求する年貢の量)と叫びつつ絶命した。その後松本城が傾き,藩主が40年後に改易となったことは,加助の祟りか?と言い伝えられている。
 そんな加助達は,松本平の農民のヒーローである(詳しくは,安曇野市「貞享義民記念館」等で紹介されている。)。
 加助のように,農民を救いたいという一心で行う「越訴」や「直訴」,農民達の「一揆」は命がけだった。このような命がけの闘いの中で,権利を獲得する感覚が醸成されていったのだろう。
 このような加助達の行動に思いをはせると,ドイツの法学者イェーリング(1818−92)の著書「権利のための闘争」(「権利=法の目標は平和であり,そのための手段は闘争である」という強烈な書き出しで始まる)を思い出さずにはいられない。
 「権利のために闘争する?」何となく,日本的感覚ではないかもしれない。しかし,日本では,歴史的にみて,不当な扱いや圧政の中で,一揆や直訴という形で命がけで闘ってきた人(義民)が多数いた。
 今,私達の権利は当たり前ではない,多くの犠牲(死)を伴う闘争の結果であることを忘れてはならないと思う。
 義民塚に行き,身の引き締まる思いがした。

                                              (安藤絵美子)

 
「ゴールデンスランバー」(安藤雅樹)
2010-05-03

                              ゴールデンスランバー
                                       
 伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」(2007,新潮社)は、私の最も好きな小説の一つである。ビートルズの最後のアルバム「Abbey Road」の最後のメドレーの中の一曲を題名に持つこの小説は、首相暗殺の犯人に仕立て上げられた青年の、2日間の逃亡生活を描いたものである。今年1月に映画化されたので、それをご覧になった方も多いだろう。映画も秀逸であった。
 この小説で無実の罪を着せられた主人公の青年は、逃げて逃げて、時々反撃し、そして逃げる。青年を手助けする周りの人がいる。手助けをする人たちの存在が、強く嬉しく、声を上げて泣きそうになる。

 冤罪は存在する。これは一般論ではなく、現実論である。
 冤罪事件を担当したことがある。警察関係者や裁判官らに対する怒りと被告人に対する慚愧の念は、私自身一生の心の傷として残っている。無実の罪を無理矢理かぶせられる、それが現実としてあるのだ。
 それは決して他人事ではない。今日、自分に降りかかってもおかしくない。
 裁判員裁判が始まって1年が経とうとしている。裁判員裁判が冤罪を生まないことを祈るとともに、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が蘇る裁判であってほしいと切に願う。
                                                                    (安藤雅樹)

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