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長野県弁護士会
〒380-0872
長野県長野市妻科432番地
TEL.026-232-2104
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若手弁護士のコラム

 
 
日暮れて道遠し(宮井麻由子)
2016-06-01
  私は安曇野で弁護士をしています。弁護士になりたての頃に比べると少しは業務に慣れてきましたが、今も、日々この仕事の厳しさを実感しています。
 深夜へとへとになって事務所から帰宅すると、どうしてかは分かりませんが、検討しなければならない事柄、身につけなければならない知識や技術のことが頭に浮かんできます。そのようなとき、ふと途方に暮れて、本来の意味とは少し違うかもしれませんが、表題の故事を思い出します。
 気になる案件のことを考えているうちに、気づくと眠っていて、時には夢の中でも考えて、朝、目が覚めると同時にまた考え始めている、そうした毎日です。
 まだ未熟で、大した能力もない私が、職責を果たそうとすれば、自然とこのような生活になるのだと思います。
 どんな職業にも、外からは見えない苦労があると思いますが、弁護士業も、本当に辛く苦しい仕事だと思います。
 そのような日々のなかで、今はまだ頼りないけれども、いつかこの地域の人達にとって、困り果てたとき、絶望の淵に立たされたとき、「あの事務所に行けば、何とかしてくれる」という力強い存在になりたいと願っています。
 生涯そんなふうにはなれないのかもしれませんが、それを目指して努力したいと思います。
 この「若手弁護士のコラム」というページの冒頭を読みますと、ここには趣味のことなどを書いたほうが、真面目で近寄りがたいイメージを払拭できて良いようなのですが、今の私は、少しの息抜きをのぞけば仕事一色の日々を過ごしており、つまらない、近寄りがたい弁護士なのかもしれません。
 でもそれは仕方のないことなので、今のところそれで良いと思っています。 
 
昔取った杵柄は憲法ではなく拳法(福本昌教)
2016-04-25
 みなさん,こんにちは!私は,長野市篠ノ井で弁護士をしている福本昌教といいます。
 私は,小学生の時分に空手と水泳を,中高生の時分にバスケットを,大学生の時分に少林寺拳法をしていました。しかしながら,私は,大学卒業後,銀行に就職したのですが,忙しさを理由に運動から遠ざかりました。その後,私は,29歳の時に銀行を退職し,大学院に進学し,司法試験に合格し,弁護士として現在に至るのですが,その間もほとんど運動らしい運動をしていません。寒いところは苦手なのでスキーにもあまり行きません。ゴルフも下手です。スクーバダイビングは大好きなのですが長野県には海がありません。私は現在40歳ですが,最近体力の衰えを感じつつあります。普段自動車通勤であまり歩くこともなく,定期的に運動をすることもありませんので,当然といえば当然です。
 ところで,このお仕事をさせていただいていると,相手方との交渉等においてたまに危険を感じることがあります。幸いなことに今までに差し迫った生命身体の危険に直面したということまではありませんが,それでもクライアントのために踏ん張った場面はあります。
 そんな時に,私の支えになってくれているのが,大学時代に打ち込んだ少林寺拳法の経験です。少林寺拳法は武道やスポーツではなく宗門の行であるとされていますが(詳細はウィキペディア等をご参照下さい。),自分の身を守るという点ではとても有効な技法であると思います。
 危険な場所には近づかない,危険が迫ったらすぐに逃げる。これが重要であると思いますが,同時に自分ひとりの身だけであればなんとか自分で守れるという気持ちがあると踏ん張れます(体がついてこないのではという不安は年々大きくなっていますが。)。
 そんな少林寺拳法との出会いに感謝をこめて,このコラムを執筆させていただきました。今年こそは定期的な運動(ただし少林寺拳法はきついのでそれ以外のスポーツ)に励もうと誓い,筆を置きます。なお,私は,どんなに危険な事件でも受任しますという意味で本コラムを執筆しているわけではありませんので,あしからず。
 
力強い握手を求めて(今村義幸)
2016-02-17
 大学一年生で「民法」という法律を学んだとき,後見という言葉を初めて知りました。後見とは,簡単にいうと,1人では財産が管理できない人をサポートする制度ですが,必要とするサポートの程度に応じて,後見のほか,保佐,補助という制度もあります。
 制度のみならず,その重要性は理解していたつもりでしたが,後見は弁護士の業務の1つであり,弁護士が後見人となることがあるということを知ったのは,実は,自分が弁護士になってからのことでした。
 今までに後見人をいくつか経験してきましたが,後見人をしている中で,介護の実態や介護の難しさに触れる機会があります。
 私が後見人となった80代のおじいさんがいます。このおじいさんには世話をしてくれる家族はおらず,施設に入所しています。
 おじいさんは,認知症であり,認知の程度も強いですが,何度か会いに行くと,私のことを認識してくれるようになりました。ほとんど会話ができないため,おじいさんとの間で会話らしい会話はありませんが,それでも,帰り際には握手をしてくれて,自分のことを頼りにしてくれているのではないかと感じ,それがまた会いに来ようと思わせる原動力の1つになっています。
 しかし,つい先日,とても残念なことがありました。おじいさんの部屋でおむつの在庫があるか戸棚を確認していると,おじいさんから,突然「触らないで」と言われました。びっくりしていると,今度は「何か盗っただろう」と大きい声で言われました。
 大事な物を盗られたと訴える認知症で起きやすい被害妄想の一つであり,「物盗られ妄想」と呼ばれるそうです。おじいさんの「何か盗っただろう」という言葉は認知症の症状として分かっていても,いざ自分が言われると結構傷つくものです。
 認知症については新聞やテレビで頻繁に取り上げられており,介護の問題点は社会の大きな課題として把握していましたが,実際にそのような体験をすると,根気のいる介護がいかに大変なのか,介護する側の心の拠り所の大切さなどを知るのです。
 そのような中,施設の人と認知症のことについて話す機会があり,とてもいい話が聞けたので,紹介したいと思います。
 介護の世界では有名な歌だそうで,紹介するのは,「手紙 ~親愛なる子供たちへ~ 」という歌の歌詞です。
 
 「年老いた私が,ある日今までの私と違っていたとしても,どうかそのままの私のことを理解して欲しい。
 私が服の上に食べ物をこぼしても,靴紐を結び忘れても,あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい。
 あなたと話すとき,同じ話を何度も何度も繰り返しても,その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい。
 あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末はいつも同じで,私の心を平和にしてくれた。
 悲しい事ではないんだ。消え去ってゆくように見える私の心へと励ましのまなざしを向けて欲しい。楽しいひと時に。
 私が思わず下着を濡らしてしまったり,お風呂に入るのを嫌がる時には思い出して欲しい。
 あなたを追い回し,何度も着替えさせたり,様々な理由をつけて嫌がるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを。
 悲しい事ではないんだ。旅立ちの前の準備をしている私に祝福の祈りを捧げて欲しい。
 いずれ歯も弱まり,飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない。
 足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったら,あなたがか弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたようによろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい。
 私の姿を見て悲しんだり,自分が無力だと思わないで欲しい。
 あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど,私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい。
 きっとそれだけで。それだけで,私には勇気がわいてくるのです。
 あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい。
 あなたが生まれてくれたことで,私が受けた多くの喜びとあなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい。
 私の子供たちへ愛する子供たちへ」
 
 この歌詞を読むと,今でも胸が締め付けられる思いになります。
 この歌詞は,私が認知症の方と接するときの大切な心構えとなっており,命のはかなさや生きることの切なさを痛感させてくれます。
 そして私は,おじいさんから力強い握手をしてもらいたいと,めげずにおじいさんのもとへ足を運ぶのです。
 
震災復興支援とのかかわり(山崎典久)
2016-01-18
 平成23年3月11日午後,後に東日本大震災と呼ばれる地震が発生したとき,私は京都で高齢者福祉に関する集会に参加していました。京都では会場の垂れ幕がグラグラ揺れるくらいでしたが,宿舎に戻りテレビをつけると日本の沿岸部の多くに津波注意報が出ていて衝撃を受けました。
 地震の後,私の所属している長野県弁護士会はさまざまな支援活動を開始しました。現在同弁護士会では復興支援活動の一つとして,被災地の子どもを対象に弁護士による法教育事業を行っています。具体的には,長野県北部の栄村(長野県で一番被害が大きかった)で中学生を対象に弁護士が指導する模擬裁判を行っており,また福島県双葉郡の広野町の小中学生を対象に毎年模擬裁判やふれあいイベントを行っています。両事業は毎年行われ,私も参加しています。
 復興支援活動としては珍しいものと思いますが,地震で傷ついた地域を復興させるのはその地域に住む「人」であり,その「人」を育てるために少しでもお役に立てればと考えています。
 
趣味〜世代の違う音楽鑑賞について〜(太田圭一)
2016-01-04
 確か、中学校2年生の頃だったと思います。父親から借りたサイモン&ガーファンクルのベスト盤を、初めて聴いてみました。
 こんなに素晴らしく、格好いい音楽があるのだと衝撃を受けました。自分の知らなかった世界を新たに知ったような感覚を、今でも覚えています。
 まず、曲名からして、格好のいい「The Sound Of Silence」(サウンド・オブ・サイレンス)や「El Condor Pasa(If I Could)」(コンドルは飛んで行く)は、何度も繰り返し聴きました。このようないかにも格好いい曲名に魅了されていたあたり、当時、そのような診断名はありませんでしたが、中二病だったのだと思います。
 前述の有名すぎる2曲に加え、楽しく軽快な「The 59 th Street Bridge Song」(59番街橋の歌)、穏やかな「Wednesday Morning 3A.M」(水曜の朝午前3時)、そして、反戦への想いを込めた「Scarborough Fair/Canticle」(スカボロー・フェア/詠唱)等々。どの曲も、優しく美しいメロディに、明確なメッセージが込められており(誤解のないように説明しておきますが、原曲は英語ですけれども、ちゃんと和訳もついています。原曲のまま理解していたわけでは、決してありません。)、毎日のように、飽きずに聴いていたことを覚えています。
 どうしてなのかわかりませんが、とりわけ、「America」(アメリカ)と「The Boxer」(ボクサー)を好んで聴いていました。振り返って考えてみると、後者については、ただ単に、自分が反抗期だったからかもしれません。
 暑く賑やかな季節が過ぎ、涼しくなると、今でも、ふと、サイモン&ガーファンクルの曲が聴きたくなります。
 この季節(冬)に聴くとすれば、「A Hazy Shade of Winter」(冬の散歩道)でしょうか。それとも「Old Friends」(旧友)と「Bookends」(ブックエンド)の2曲ですかね。
 流行曲を追いかけるのが億劫で、年末には、歌番組ではなく、お笑い番組や格闘技を見て過ごしています。また、仕事が忙しいせいなのか何なのか、最近のアイドルの顔と名前が一致しません。
 そんな自分ですが、同世代の中では比較的珍しいと思われる音楽鑑賞の趣味と、数少ないお勧めのアーティストについて、書いてみました。
 
徳本峠(横山直毅)
2015-12-11
 先日、松本の島々から徳本峠に至る道を歩いてきました。
 この道は、昭和8年に上高地への車道が開通するまで、島々と上高地を結ぶ生活道であったとか、日本アルプスを海外に紹介したウォルター・ウェストンが何度も歩いたクラシックルートであるとか、よくそのように紹介されています。山歩きが好きな方は、きっとご存知でしょう。
 私にとっては、司法試験の勉強の合間に読んでいた作家の北杜夫氏が、旧制松本高等学校の学生であった頃に、「友人たちと、あるいは一人きりで。」「幾度も通った。」(北杜夫『どくとるマンボウ青春記』)道ということで、いつか歩いてみたい憧れの道でありました。
 当日は天候に恵まれました。島々の集落から島々谷川に沿ってひたすら歩きます。河童橋の喧騒とは反対にここは静かです。聞こえるのは川の音とリュックに付けた熊鈴の音のみ。晩秋の島々谷の紅葉は非常に美しく、このような紅葉を今まで見たことはありませんでした。もっとも岩魚留小屋を過ぎてから始まる百曲りの急坂では、紅葉を楽しんでいる余裕はなく、一歩踏み出すのが精一杯でしたが。
 なんとか登り切って徳本峠に立ったとき、目の前に読んでいたとおりの堂々たる穂高連峰を眺めることができました。
 その晩は、徳本峠小屋に泊まり、翌日、霞沢岳を往復してから上高地へ下りました。今度は新緑の頃に歩いてみようと思います。

 

 
東京出張(石井誠実)
2015-11-25
 今年も残り1か月ほどとなりました。働き始めてから11か月が経ったと思うと驚いてしまいます。
 11か月前を思い出すと,働き出すのが遅かった私は,「仕事をする」ということへのイメージや期待がとてつもなく膨らんでいました。「仕事をする」ことで急激に「大人」へ変貌していくのだと確信していました。
 当初は,「名刺交換」をしたり,「さようでしたか」という言葉を使うだけで,急激に「大人」へと変貌していく錯覚を覚えていました。
 結論から言えば,11か月経った今も本質的に大きな変化はありません。「仕事」っぽいことをいくら経験しても「大人」にはならないのだと分かりました。
 そんな私は,先日「東京出張」へ行って参りました。
 「東京出張」。「仕事」っぽい。
 朝早くスーパーあずさに乗って東京へ。一日せわしなく移動し,夜のスーパーあずさで松本に戻りました。思っていたのと違います。疲れました。
 帰りのスーパーあずさまで少し時間があったので,小田急のデパ地下へ夜ご飯を買いに行くと,8時前のデパ地下は人で溢れ,タイムセールとなった各店は賑わっています。
 夜ご飯を選びながら,店内を回ります。迷いながら1周,2周,3周。楽しい。
 電車でお弁当を食べながら,出張も悪くないなと思いました。
 
冬を迎えて(金枝由香里)
2015-11-19
 最近、雨が降って暖かい日が続いていたので油断していましたが、今朝靴を履くと足先に違和感があり、それは昼前には確信に変わりました。
 そう、「霜焼け」です。しかも今シーズン2回目(笑)。右足の中指が一番ひどく、ジンジンと痛痒さが続いています。
 私が、茅野に引越してきたのは、去年の12月5日、雪が舞う中での搬入作業でした。実は、この前日まで修習同期と沖縄旅行に行っており、その温度差はなんと20度。
 しかも、10月以降和光で過ごしており、長野に比べて温暖なので、全く冬を迎える準備をしていませんでした。そんな私が真冬の茅野に来てしまい、死ぬほど寒かったと感じたことを今でも覚えています。
 今年は、徐々に冷え込み、冬を迎えるという感覚があります。
 「11月は『晩秋』だからまだ秋ですよ。」
 事務員さんの言葉が刺さります。
 確かに、今年の2月の朝、室温マイナス12度を体験したことを思えば、まだまだ冬の入口に過ぎないのでしょうね。
 スキーや鍋、こたつみかん、ふじりんご、冬の楽しみを想い、しっかりとお迎えしようと思います。
 
趣味の変遷(武田雄作)
2015-11-10
 このコラムで自分の趣味について書いている弁護士が多いので、私も自分の趣味について書いてみようと思います。
 さて、じゃあ何について書こうかなと自分の趣味を思い返してみたのですが、いざ書こうとするとなかなかひとつに絞り込めないことに気がつきました。私は、小さい頃から良く言えば“好奇心旺盛”、悪く言えば“熱しやすく冷めやすい”性格で、昔からいろいろなものにはまっては飽き、を繰り返してきたような気がします。なので、今回は自分の趣味の変遷について振り返ってみたいと思います。
 小学生の頃の私は、将棋をしたり、テレビゲームをしたり、また、漫画や小説など、割とインドアな生活をしていたような気がします。祖父の影響で釣りを始めたこともあったのですが、魚を待っている時間が耐えられず(釣りを趣味にされる方はこの時間も楽しめるとのことですが、私はその領域までたどり着けませんでした。)、すぐやめてしまったような記憶があります。
 中学生になると部活でテニスを始めました。テニスは結構長続きしていて、その後も高校、大学と続けており、社会人になった現在も友人を誘っては汗を流しています。
 高校ではマジックにはまりました。ちょうど私が高校生の頃、テレビでマジック番組が流行っており、その中でもあるマジシャンのカードマジックが不思議で不思議で・・・。どうなっているんだろうと録画して検証したりしているうちに、自分でもやりたいと思うようになっていました。芸は身を助けるといいますが、現在でも宴会の席などでたまに披露させてもらっており、交流のきっかけにもなったりしているので、やっていてよかったなと思っている趣味のひとつです。
 大学生になると行動の幅が広がり、趣味も徐々に増えていきました。ボーリング、ダーツ、ビリヤード、スノーボード、カラオケ、ライブ参戦、お酒・・・などなど、大学生がはまりそうなことには一通り手を出していたような気がします。
 司法試験合格後は、写真とゴルフを始めました。ゴルフは、小さい頃は(失礼な話ですが)あんな小さい球を転がして何が楽しいんだろうと思っていたのですが、いざ自分でやってみるとこれがまた面白いんですね。ドライバーがまっすぐ飛んだときの爽快感、グリーン上での緊張感、スコアが伸びたときの達成感、季節や時間帯、天候によって変わるフィールドを攻略する醍醐味などなど、やればやるほど奥が深く、今一番のめり込んでいるスポーツです。
 さて、長々と自分の趣味を書き連ねてきましたが、こうして振り返ってみると、改めていろいろな趣味に手を出していることを実感します。飽きっぽい性格なのですぐやめてしまったものもありますが、そういった点も含めて何事にもチャレンジしてみることが大事なのかなと思います。やってみて初めて自分には合わないと思うものや、逆に面白さに気づきのめりこんでしまうものなど、実際にやってみるとそれまで抱いていた印象が180度変わることもあります。
 食わず嫌いはよくないと子どもの頃親からよく言われましたが、趣味に関しても食わず嫌いしないよう、これからもいろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。
 
「思いがけない」感動(米澤陽)
2015-11-04
 最近の日本のスポーツ界の話題といえば,もっぱらラグビー日本代表のワールドカップでの活躍です。
 スポーツ観戦を趣味とする私(とはいっても,いろんな競技をつまみ食いする程度ですが)も,世間の流れに便乗して,数試合をテレビ観戦しましたが,当時世界ランク3位の南アフリカから,世界ランク13位の日本代表が歴史的な勝利を挙げた試合を見逃してしまうという大きなミスをしてしまいました。
 私のスポーツ観戦のスタンスとしては,必ず生中継で観戦するということに加え,試合前から勝敗が見えている試合や,試合開始早々に点差が開いてしまった試合も最後まで観戦するようにしています。たとえば,夏の甲子園で3回までに10対0となってしまった試合などは,半分勝敗が見えてしまったようなものですが,そのような試合こそ終盤での大逆転など「思いがけない」感動が待っている・・・可能性があり,これまで私は,何度もそのような感動の場面を見逃して悔しい思いをしてきたからです。
 といいながら,代表選手やファンの方には怒られるかもしれませんが,「思いがけない」感動が得られた南アフリカ戦を見逃すという過ちを繰り返してしまい,これまでと同じように悔しい思いをしているところです。
 ただ,今後も,色んなスポーツにアンテナを張って,「思いがけない」感動が起きそうな試合を探していこうと思い返す良いきっかけとなったので,よしとしたいと思っています。
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