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長野県弁護士会
〒380-0872
長野県長野市妻科432番地
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若手弁護士のコラム

 
 
いきものがかり(今井智恵)
2013-09-11
 ここ数年、いきものがかりにはまっています。あの女性一人、男性2人のグループです。
車での通勤時間片道30分、朝は熱唱しつつテンションを上げながら、夜はまったり聴き入りながら「いきものタイム」を過ごす毎日です。
そんな私も、昨年「いきものツアー」デビューをしました。
ジャンプ!ジャンプ!!ジャンプ!!!
聖恵ちゃんのノリに乗せられて、タオルが舞い踊り、ぴょんぴょん飛び跳ねる会場。沸き上がる歓声。回していたタオルをうっかり飛ばし、近くの方に拾ってもらう私。
気が付けばアンコールまで終わり、興奮冷めやらぬ中、帰路につきました。会場を出てしばらくはアドレナリン大量分泌で元気いっぱいだったのですが、徐々に疲れが出て、最後には宿がすぐそばに見えているのに歩きたくないほどのヘトヘト具合でした。
普段運動なんてほとんどしない私を、あんなにも跳ね回らせたいきものがかり・・・恐るべしです。スノボデビュー以来の全身筋肉痛になったことは言うまでもありませんが、ライブ感にすっかり虜になってしまったのでした。
そんな熱い思い出もほぼ一年前。またいきものツアーの季節がやってまいりました。今年はタオルを飛ばさないように楽しんできます。
 
寒さの洗礼〜タイヤとともに過ごした夜〜(青木謙一)
2013-09-03
 私は、平成23年12月、長野県へきました。私は生まれも育ちも大阪で、雪も数える程度しか見たことがなく、今でも雪が降ると少しテンションが上がってしまいます。
こんな私が、長野県へきて初めて買ったものがスタッドレスタイヤでした。引っ越しする前から長野県の店にスタッドレスタイヤを予約し(大阪には全く必要ないためか購入できる店がなかった)、引っ越した日に店へいってスタッドレスタイヤを購入しました。その時、店の人から、「交換したタイヤはどうしますか」と言われ、どうもこうもようわかれへんという感じでいると、「冬は時期が短いので持って返った方がいい。うちで預かるとお金がかる」と言われました。私は、言われるがままに、タイヤをもって帰ることにしました。ちなみに、私の新居は3階建の3階の一番奥から2番目、しかもマンションの入り口が無駄に鍵式のオートロックで、足元くらいまで屈まないと鍵穴に鍵をさせないという不便な扉でした。
このような環境だったので、私は、寒くて暗い中、生まれて初めて車のタイヤを転がし、マンションの入り口の前でタイヤを片手で支えながら必死に鍵をあけ、一人で3階までタイヤを持って家の中まで運びました(玄関におくと邪魔だったため)。その日は、大阪で買った石油ファンヒーターが到着する予定ではなかったので、ホテルに宿泊しました。
そして、翌日、夜7時くらいに石油ファンヒーターが届く予定だったので、新居に泊まろうと思って家で待っていたのですが、一向に配達される気配がありませんでした。そこで、購入した店に電話したところ、手違いで1日発送が遅れているということでした。私は、部屋で待っている間も寒くて暖房をつけていたのですが、全然暖かくなりませんでした。しかも、私は、冬布団やこたつ等は長野県で購入しようと思っていたため、まだ持っていませんでした。とりあえず1日くらいなら大丈夫だと思って、家にあったタオルケット1枚、車にあった毛布1枚、敷布団代わりにラグマット1枚で夜を乗り切ることに決めました。私は、4本のタイヤとともに暖房を強にして寝ましたが、寒さのあまり何回も起きてしまいました。寒さで起きるという経験は生まれて初めてで、長野県の寒さの洗礼を受けました。
今から思うと、仮に予定どおり石油ファンヒーターが届いていたとしても、冬布団なしに一晩過ごそうと思っていた私が長野県の寒さをみくびっていました。ちなみに、唯一部屋にあったタイヤ4本は全く役に立つことなくひんやりしていました・・・。
 
「燃えるゴミ」vs刑法の教授(宮坂大吾)
2013-08-27
 学生の頃,刑法の教授が話していたゴミの分別の話が実に興味深いものでした。
「ゴミは分別して捨てるわけだけど,「燃えるゴミ」というネーミングには問題があるね」
(え,何か問題が?)←私の心中
「「燃えるゴミ」「燃えないゴミ(あるいはプラスチック類等)」で分けるように指示しているけど,「燃えないゴミ」に分けるよう指示されるプラスチック類は燃えるよね?」
(確かに,家庭ごみはほとんど燃えるなぁ)
「「燃えるゴミ」というネーミングに問題があるわけで,そこでどのような名前にすべきか考えてみた」
「まず「燃やすべきゴミ」・・・燃やすべきか否かという善悪判断はそのゴミを燃やすかとは無関係だからダメだな。 「燃やせるゴミ」・・・燃やしていい(善悪判断)という意味と燃やすことができる(客観的に燃えるか否か)という意味とどちらにもとれるのは問題だな。「燃やすゴミ」・・・これなら,ゴミを燃やすか決める主体が不明だが,「自治体が燃やすと決めたゴミ」とすると迂遠だし,この呼び名がいいのかな」
(「自治体が燃やすと決めたゴミ」なんてラベルが街中のゴミ箱に貼られていたらいやだ・・・)

一見下らないようにみえるこの話ですが(実際下らないのですが),刑法(・・・した者は・・・に処する,といった犯罪と刑罰を定めた法律)では,ある行為が罪に当たるか否かはその法律の文言でカバーされるか否かのみで判断されることから,その法律で罪としたい行為をきちんと含んでいるか,罪としない行為を含んでいないか,言葉を特に厳密に使う必要があり,その観点からみると実に刑法の先生らしい問題提起なのです。
今回コラムを書くことになり,久しぶりに思い出したこの話から,私も法律家として言葉の使い方を大切にしようと思った次第です。
なお,現在は自治体によって「燃やすゴミ」としたり,プラスチックも「燃えるゴミ」にしたりしているので,上記の話の内容が古くなっていることは否めません,あしからず。
 
オープンウォーター(田村仁志)
2013-08-20
先日、日本海・越前の海でスキューバダイビングの講習を受けて来ました。
遡ること2年ほど前、沖縄の海に出掛けた際、シュノーケリングで海面から海底の珊瑚礁や熱帯魚を見ていると、海の底の方に真っ黒いダイバーが2、3人泳いでいました。ガイドさんが「スキューバの方が絶対面白い」とダイビングを勧めてくれ、いつかスキューバダイビングをしたいと思い、今回めでたくダイビングの資格を取得しました。
今回取得した「オープンウォーター」は、ダイビングの初級者資格です。その次は「アドバンス」という資格を取る人が多いようで、資格が上昇するにつれ、より深く、潜るのが困難な場所(人がなかなか踏み込めない魅力的な場所)に潜ることができます。
ダイビングは、きちんとやらないと危険なスポーツで、ダイビング資格をとる際に知ったのですが、深く潜ると、血中に窒素(これはボンベの中の空気に含まれています)が浸透して窒素酔い(別名「マティーニの法則」)し、判断が鈍くなります。お酒の弱い私は、おそらく直ぐに酔ってしまうでしょう。また、深い場所から浅い場所(水面)に急浮上すると、肺に溜まった空気が膨張して、肺破裂を起こしてしまいます。
そんな恐ろしい場面をダイビングの教官から教わりながら、深さ6、7メートルの海底で、魚と戯れてきました。
初心者の私が語るのもおこがましいですが、スキューバダイビングの楽しみは、個人的には「空を飛んでいるような感覚」を味わえること。普段、2次元でしか移動できない人間が、海の中を3D移動できます。
海は、信州人の憧れ。またいつか、海の中を飛びたいな。
 
越後の龍(一由貴史)
2011-09-21
越  後  の  龍
一 由 貴 史
 「越後の龍」,「甲斐の虎」といえば,誰のことかわかりますか?
 越後の国を支配していた戦国大名上杉謙信と甲斐の国を支配していた戦国大名武田信玄のことです。
 私が小さいときに愛読していた学習漫画に,「武田信玄」の伝記漫画がありました。信玄の伝記漫画ですから,当然,クライマックスは武田・上杉両軍が激突した川中島合戦です。
 信玄の軍師山本勘助が献策した奥の手の奇襲作戦(啄木鳥作戦)を,謙信は炊事の煙の量から喝破したと伝えられています。謙信は,夜半,武田軍に気取られないよう犀川を渡った上,手薄になった武田軍本隊を車懸の陣で猛攻し,副将武田信繁,軍師山本勘助を討ち取り,謙信が信玄本陣に単騎突入し,小豆長光の太刀で斬りつける,という逸話は何度読んでもため息がでるほど鮮やかで,上杉謙信という神秘的なまでに戦上手なカリスマのイメージが強く私の胸に焼き付いて離れませんでした。また,戦国大名には珍しく領土拡張の欲望を持たない義の人であったといわれている謙信の清廉なイメージも憧れをそそる要素でした。
 以来,私にとって謙信はちょっと気になる存在だったわけですが,大人になって色々調べてみると,幼いときのイメージとはまた少し違った謙信像,川中島合戦像が見えてくることがあり,大変興味深いものがあります。そもそも,山本勘助は実在を疑われており,架空の人物であるか,ごく身分の低い武田家の武将で軍師などではなかったこと(近年実在説も有力。),謙信が啄木鳥作戦を見破ったのではなく,たまたま武田・上杉両軍が濃霧の中でばったり遭遇してしまい,思わぬ大激戦になっただけという説,実は謙信は女性だったという珍説など,講談的物語が好きな私にはすこし残念な話もありますが,それはそれとして・・・。
 先日,謙信が幼少の頃を過ごした林泉寺(上越市)に出かけた際に,上杉軍の軍旗を見ることができました。謙信は,紺地に日の丸の旗,毘沙門天の「毘」の旗,「龍」の旗などを掲げていたそうです。「毘」の旗は有名ですが,「龍」の旗は,「懸り乱れ龍」といって,突撃の際の合図として使われたもので,敵兵は,この「懸り乱れ龍」を見ると怖じ気づいて,逃げ出したとか。きっとこの旗を合図に,川中島でも激戦が繰り広げられたのでしょう。
 謙信は,49歳で亡くなりました。謙信があと10年生きていたら,信長・秀吉の天下はなかったかもしれないともいわれています。
 謙信の辞世は,
四十九年 一睡夢 一期栄華 一盃酒
と伝えられています。
 華美な宴席を嫌い,ひとり縁側で,梅干しをつまみに越後の酒を飲むことが楽しみだった謙信の姿が目に浮かぶような潔い辞世の詩ですね。 
 
ラジオ出演から学んだこと(板谷健太郎)
2011-09-03

ラジオ出演から学んだこと

                                                                    板谷健太郎

 
 私は平成18年からラジオ出演の機会を与えて頂き,現在もFMぜんこうじで月1〜2回,SBCラジオで月1回出演させて頂いています。
 さして個性的なキャラクターでもなく,ごく平凡な弁護士である私が,なぜラジオ出演させて頂けているのかは未だに分かりませんが,とにかく私にとっては,とてもよい学びの機会になっています。
 
 まず,私にとっては話し方や発声の訓練の場になっています。
 ラジオの収録をして,そのあと実際のオンエアも聴いたりすると,自分の声がこんな変な声だったのかと思うことがあります。自分の声は,自分の頭蓋骨を通して耳に入りますので,低音が強く感じます。でも,ラジオの声を聴くと,思ったより甲高く聞こえるのです。
 また,私はもともと口が小さく(鼻と口が同じくらいの横幅です。鼻が大きいのかも知れませんが),そのために声が小さい傾向がありました。そして,腹式呼吸なども意識していませんでしたので,喉で声を出すような発声でした。しかし,それではラジオではっきり聞き取れません。特に法律用語は,はっきり聴いても難しいことがありますので,明瞭に聞き取れなければ何を言っているのか全く分かりません。
 それに対して,アナウンサーの方々はさすがプロです。雑談をしているときは普通の声なのですが,マイクに向かうと,声が大きく,艶があり,明瞭な響きがあり,語句がはっきり聞き取れます。運転をしながらでも,耳にすっと入ってきます。
 私はテレビ出演させて頂いた時期もありますが,テレビでは,映像がある程度カバーしてくれていました。難しい言葉はフリップやテロップを使ったりできますし,カメラに向かってニコニコしていれば,それなりに印象が和らぎました。それに対し,ラジオは声だけが勝負です。緊張していれば声で伝わりますし,音の伸ばし方や口調一つで,印象ががらりと変わります。そのため,ラジオの方が技術が要るなと感じました。
 そこで,背筋を伸ばすこと,口を大きく開けること,喉を楽にして力を入れないこと,喉ではなくお腹に力を入れて,体を反響板にするようなイメージで声を出すことなど,発声のノウハウもある程度勉強しました。また,今では親しい友人になっているアナウンサーの方からもアドバイスをいただいたりして,好印象に聞こえる話し方や発声の仕方なども教えて頂きました。これは,私にとって財産となりました。
 これまでは,日本の弁護士は書面が勝負でしたので,発声の方法など訓練する必要はそれほどありませんでした(必要なのは,講演を頼まれたときくらいでした)。しかし,裁判員制度が始まり,弁護士は裁判員に向かってプレゼンテーションをしなければならなくなりました。発声というのは,プレゼンテーションに必要不可欠な技術なのです。
 

 次に,私にとってラジオ出演は,他の業界の方々と接する貴重な機会となっています。
 普段,弁護士の仕事をしていると,事務員,依頼者やご相談者の皆様,同業の弁護士の先生方や裁判官と接することはありますが,それ以外は,あまり他の業界の方と一緒に「仕事」をする機会がありません(他の業界の方と一緒に遊びに行くことはあるかもしれませんが)。
 しかし,出演者としてスタジオに行くと,出演者はゲストという立場というより,一緒に番組を作っていくという立場になります。そして,共演して下さるアナウンサーだけでなく,プロデューサーやディレクターなど,いろいろなスタッフと一緒に仕事をすることになります。これは,他の業界のプロ意識を学ぶ上で,本当に貴重な体験になりました。
 特に,アナウンサーは,本当によく原稿を読む準備をなさっています。繰り返し音読し,読みにくい箇所をチェックし,不適切な表現や紛らわしい表現を直したりと,念入りな準備をしておられます。
 一見,すらすらと楽に読んでいるように感じますが,アナウンサーの方々は,陰でとても努力をしておられます。タレントと共演することもありますが,そういうときでも浮かれず,しっかり自分の仕事を果たさなければなりません。テレビやラジオに出演し,そういう姿を垣間見られたのは,貴重な経験でした。
 

 私のラジオの仕事がいつまで続くかわかりません。でも,このような珍しい機会を与えて下さったラジオ局の皆様に,本当に感謝しています。そして,若い弁護士の方々は,こうした機会があれば積極的に応じて頂ければと願っています。

 
甲子園のすすめ(小林毅)
2011-07-29
甲子園のすすめ
小 林  毅
 
 日本の夏に欠かせないものの一つとして、高校野球が挙げられるのではないかと思います。今年も続々と各県の代表校が決まり、長野県では東京都市大学塩尻高校が初めて甲子園への切符を手に入れました。
 さて、新聞社が好きなスポーツのアンケートを取ると、春と夏の高校野球主催の2社以外の新聞社のアンケートでも、高校野球が上位に上がってきます。また、最近では、ドラッカーの「マネジメント」を高校野球を舞台にしてわかり易く説明した「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(通称「もしドラ」)がベストセラーになったり、さらにはその「もしドラ」が人気アイドルグループ・AKB48の前田敦子さんの主演で映画化されたりと、高校野球は多くの人にとって非常に親しみのあるものになっているのではないかと思います。
 私自身は、野球経験はないのですが、野球を観るのが大好きで、特に高校野球はここ数年、毎年甲子園に観戦に行っています。
なにゆえ、高校野球好きになったかといえば、長くなるので省略しますが(第78回大会決勝戦・松山商業対熊本工業戦がきっかけです。いわゆる「奇跡のバックホーム」で知られる名勝負です。)、今回は甲子園球場の魅力について書こうかと思います。

 甲子園球場に入ると、まずはその広さに圧倒されます。そして、美しさに魅了されます。特に夏の時期は外野の芝生の緑が鮮やかで、内野の土(いわゆる「甲子園の土」です)の茶色とのコントラストも綺麗です。それに加え、アルプススタンドの応援席では各校のスクールカラーのメガホンが揺れ、球場全体がよりカラフルになります。
 ブラスバンドの応援も一体感があって、聴いているだけで気分が高まってきます。直接聴くと振動まで伝わってきます。
場内アナウンスも甲子園の独特の口調で、関西のアクセントになっています。
  あとは、名物の甲子園カレーもおすすめです。シンプルですが美味です。

 そして、なによりグラウンドで展開される熱戦の数々。
  高校野球ならではの意外な展開もあったりして、一戦一戦、目が離せません。
 
 そんな、視覚、聴覚、味覚まで楽しませてくれる甲子園球場。
 一度行くとクセになってしまいます。
 
 
 今年はどんな熱戦が繰り広げられるのか、早くも楽しみです。
 
私とバスケ(藤原寛史)
2011-07-27
 

私はバスケットボールが大好きです。バスケに出会っていなかったら、今とはまったく違った人生を歩んでいたように思います。

 

私は小学生のころ、アメリカのプロバスケットボールリーグ(NBA)で華やかに活躍するマイケル・ジョーダンや、ジャンプで連載されていたスラムダンクという人気漫画の影響で、中学に入ったらバスケ部に入るぞと心に決めていました。私と同じ年代の人はスラムダンクの影響でバスケを始めたという人も多いはずです。

 

中学ではワクワクしながらバスケ部に入りましたが、バスケがあんなにきついものとは知りませんでした。何度も倒れそうになったことを覚えています。しかも、みな中学受験でガリガリ勉強していた人しかいないので、体力はないし、小学校時代にバスケを本格的にやっていたのはたったの1人だけだったので、最初は話にならないレベルでした。それでも、中学バスケ部の監督は、バスケの教え方が抜群に上手く、しかも負けず嫌いが多かった私の代は、厳しい練習にも耐え、中学3年生のときには、学校創設以来、初めて東京都3位になり、関東大会に出場することができました。残念ながら全国大会への出場は逃しましたが、引退が決まった試合では、もうこのメンバーでバスケができないことが本当に悲しく、体育館で涙が溢れ出たことを鮮明に覚えています。最高の仲間でした。さらに、監督には、日常の礼儀から身だしなみ、チームメイトへの思いやりなど、まず人間としてしっかりしていなければチームが強くなるはずがないという指導の下、バスケ以外にも大切なものをたくさん教えていただきました。

 

中高一貫校であったことから、勉強もせず進学した高校のバスケ部は、いわゆる強豪で、部員は大体50人(バスケで一度に試合に出るのは5人です)、数年に一度は全国大会に出場するところでした。しかも、毎年スポーツ推薦で5人ほど入学してくるため、内部進学者は、ベンチには入っても主力として試合に出ることはまずありません。このとき私は、中学時代はスタメンで試合に出ていたし、大丈夫だろうと自惚れていました。

しかし、現実は当然甘くなく、高校1年生のときはベンチにも入れず観客席で応援団をし(これも意外に楽しかったです)、高校2年生ではベンチに入るも点差が大きく離れた試合に出るだけでした。それでも、高校2年生では、チームがインターハイに出場することができ、スラムダンクを読んでいたころからの夢を叶えることができました。今度は自分も試合に出て全国に行くぞ!と意気込んだ高校3年生では、ようやく試合に出られるかと思いきや、推薦で入ってきた1年生にポジションを奪われ、再度ベンチを温める日々でした。

このように、高校では主力になることはなく、大事な試合には3年間一度も出場することができませんでした。本当に悔しい日々を送りました。それでも、この3年間は身長も低く、足も遅い自分がどうすれば試合に出られるか日々考え、毎日練習する中で、忍耐強さと、自分で考え努力する力を身につけることができたように思います。また、試合に出ていた中学のときにはあまり考えることのできなかった想いを持つようになりました。それは、試合に出るということは部員全員の試合に出たいという気持ちの代表なんだということです。練習から切磋琢磨を繰り返す仲間がいるからこそチームが強くなり、また、毎日繰り返される厳しい練習に耐え、頑張っているのに、ベンチに入れず観客席で声が枯れるまで応援をしてくれている同期や後輩がいるからこそ、試合で頑張れるのです。当然、試合に少しでも出られる自分が練習含め手を抜くわけにはいきません。点差が離れた試合でも、出場できたときにはチームのため必死でコートを走り回りました。私の代では、全国大会に出場することができませんでしたが、チームは試合に出ることができない人も含め全員で成り立っていること、仲間の大切さを学ぶことができました。

今でも、サッカーの日本代表がワールドカップで点を決めたとき、ベンチに走っていく姿には、強く共感し、涙が出てきます。

 

またまた、勉強もせず進学した附属の大学では、もう部活でやることには限界を感じましたが、バスケを辞めることは考えられず、バスケサークルに入りました。このサークルは、バスケもお酒も全力という訳の分からないところでしたが、毎日バスケか飲み会のどちらか(ないしは両方)をしていたように思います。また、バスケをしていたことで、試合を通じて色々な大学の友人ができ、交友関係が大きく広がりました。バスケをやり過ぎていたせいで大学にも行かず、単位もギリギリで卒業しましたが、それもまた良い思い出です。

このサークルでは一生モノの仲間が出来たというに尽きます。大学時代の仲間はやはり特別で、いつでも集まれば笑いの耐えない青春に戻れる大切な仲間です。

 

 その後、進学した大学院では、バスケを通じて今の事務所の仲間と出会うことができました。週に1回やっていたバスケがなければ、学年の壁を超え、ここまで仲良くなれなかったと思います。それ以外にも、バスケを通じてたくさんの先輩や後輩とも知り合うことができました。先輩には勉強を教えてもらい、試験前には後輩からたくさん励ましてもらったことで、多くの力と勇気をもらいました。自分の力だけでは、試験には絶対に合格できなかったと思っています。

そのほか、10チームほど集まる大学院対抗バスケでは、他の大学院の友人も多くできましたし、みなで優勝を目指して、熱くなったのも良い思い出です。

大学院3年生のときには、大学時代のサークルのコーチをお願いされたことから、週に2〜3回はバスケを教えに行っていましたが、これも良い経験となっています。どうすれば自分の伝えたいことが選手に伝わるか、チームの成長のためにどういう練習をすればいいか、試合に出られない選手にどう配慮するか等、リーダーシップを取りつつ細やかな配慮をすることの難しさを学びました。

 

 司法試験に合格した後、研修を受けた和歌山でも地元のクラブチームに入り、週に3回ほどバスケをしていました。このバスケでは、地元の友人がたくさんでき、研修以外の生活もすごく充実したものになりました。最後に和歌山を離れる際、チームのみなが夜行バスまで見送りにきてくれたときは涙が出てしまいました。

 

 研修後、長野で仕事を始めてからも、すぐに長野市のクラブチームに入り、バスケを続けています。地元の友人も出来始め、どんどんと生活が充実してきたように思います。

 

 このように、私はバスケを通じて多くのことを学び、友人や仲間を作ることができ、今の仕事に就くことができました。バスケをしていなかったら、一体何をしていたのかさっぱりわかりません。今の自分はバスケで出来ていると言っても過言ではないと思います。バスケには本当に感謝するとともに、これからもずっと関わっていきたいと思っています。

 

 そんなバスケの魅力は、スピード感ある試合の攻防です。コートも狭く、攻撃と守備がすぐ入れ替わり、点もたくさん入ります。試合を見ていて飽きることはありません。また、背の小さい選手や、大きい選手にもそれぞれ役割があり、色々な形で活躍できることも魅力の1つです。

 今年、長野に初のプロバスケットボールチーム「信州ブレイブウォーリアーズ」が誕生します。見たこともないような大きい選手が、飛んでダンクをしたり、走り回ることで、長野県を盛り上げてくれると信じています。サッカーや野球の人気にはまだまだ到底及びませんが、一度は足を運んでいただき、バスケの魅力を感じていただければと思います。
 
旅行(佐藤義彦)
2011-07-11
旅行
佐 藤 義 彦
 
私は旅行,特に国内旅行に行くのが好きです。
最近までは高速道路の休日特別割引上限制があったので,それを利用して色々なところに行きました。最長は東京→佐賀ですが,その他にも四国,関西,北陸へ行ったりしました。もっとも,車で九州まで行くのはさすがに苦痛を感じたので,以後九州に行くときはは飛行機や新幹線を使うようになりました。
 旅行が好きなのは観光というのもあるのですが,B級グルメを楽しむことも目的の一つ(主たる目的?)に含まれています。四国に行ったのはもちろん本場の讃岐うどんを堪能するためです。そのときは神戸に宿をとっていたのですが,四国は讃岐うどんの店を回っただけで観光はせずに終わったような気がします。福岡に行くと本場のとんこつラーメン(長浜ラーメン)や屋台,長崎ではちゃんぽんやカステラ,大阪ではたこ焼きにお好み焼き,金沢では寿司に魚料理,名古屋では味噌煮込みうどん等とB級グルメを楽しんでいます。何回か行くと行く店も大体決まってくるのですが,たまに違う店に入ったときの新鮮さがたまりません。大体旅行の日程もそれらを食べる店に合わせて決めています。
B級グルメは帰ってきてからでも楽しめます。今はインターネットで即注文できるので,重宝しています。おススメは長崎の「松翁軒」と香川の「日の出製麺所」です。前者のチョコラーテ(チョコカステラ)は一度食べると病みつきになるほど美味しいです。高校の修学旅行で食べたときの味が忘れられず,大人になって見つけたときは感動(?)しました。後者はかなり有名な製麺所なのですが,お店は開いている時間が短く,なかなか食べることが出来ません。しかし,日持ちはしないですが,ここの生うどん(冷凍していないもの)を購入することによって家にいながらお店の讃岐うどんを堪能できます。なお,これは宣伝ではありません(笑)。旅行に行くとどういう店があるかを知ることもできて,このように取り寄せもできるので2度美味しいです。
なんか食べ物の話ばっかりになってしまいましたが,今年の夏休みには京都,大阪,神戸に行こうと思っています。京都に滞在する予定ですが,1日は大阪にいってたこ焼きとお好み焼き,それに関西風うどんを食べてこようと思います。甲子園で高校野球も1試合くらいは観戦したいですね♪
 
映画の話(風間信弥)
2011-07-01

映画の話

                                                                        風間信弥
 

 毎日暑い日が続いていますが、こういう日は家から出たくないもの。そこで、私が最近観たDVDでお勧めな作品を新旧問わずご紹介したいと思います。

 

 まずは「ソーシャル・ネットワーク」です。アカデミー賞でも話題になりましたので、知っている方も多いでしょう。マーク・ザッカーバーグ氏が、SNSサイト「Facebook」を立ち上げるまでの話を描いた作品です。
 とにかくこの映画、IT専門用語が飛び交ううえに、登場人物が機関銃のように喋りまくり、場面もどんどん転換していきます。そのため、一度流れに乗り遅れると、置いてけぼりにされるおそれがありますが、流れに乗ってしまえば、とにかく編集が素晴らしく疾走感に溢れているので、あっという間に見終えてしまうでしょう。
 話の内容は、IT業界に興味の無い人にとっては、とくに積極的に見たくなる内容ではないかもしれません。しかし、IT業界に興味がなくても、登場人物が実に魅力的で、その言動が気になり、ぐいぐいと引っ張り込まれていきます。
 特に、主人公のザッカーバーグという人物、とにかく自己中心的で、周囲の人物を振り回し、無駄に敵を作り続けます。
 社会生活においては、妥協や自己欺瞞こそが、平穏に暮らしていくために重要な要素であり、それを乱すような人物は不快感を与えるものです。しかし、この映画のザッカーバーグという人物は、自分の能力に確固たる自信を持っており、その能力を根拠に、欲望に対してどこまでも忠実であり続けようとしており、その一貫した姿勢に清々しさを感じることができます(もっとも、実際のザッカーバーグ氏本人は、映画の内容を否定してますが)。
 この映画を見終えた後は、自分の力をもう少し信じて、正直に頑張ってみよう、という気持ちにさせてくれます(もっとも、やりすぎると人間関係を壊しますが)。IT業界に抵抗がないのであれば、お勧めの作品です。
 
 次に、お勧めするのが「イントゥ・ザ・ワイルド」という、2007年のアメリカ映画です。この映画は、DVDのパッケージ裏のあらすじに堂々とネタバレが載っており、要するに「俗世が嫌になり、約束された成功も何もかも捨てて、アラスカを目指して旅をし、最後には餓死してしまった秀才青年」の話で、実話とのことです。
 こうして一言で言ってしまうと、何となく若さゆえの過ちの結果とも思えますが、何もかも捨てて一人旅に出てしまいたい、という気持ちは誰しも持っているのではないでしょうか。そこには青年期の青臭さだけでは切り捨てられない何かがあると思います。
 主人公の青年は、旅先で色々な人と出会いを重ねるうちに、人とのコミュニケーションを求める自分の本当の気持ちに気づき始めますが、それでも頑なにアラスカを目指そうとします。そして、主人公の青年は、最後に「幸福が現実となるのは、それを誰かと分ちあったときだ」という言葉を残して、死を迎えることになります。
 人は人なしでは生きられない、そんな当たり前のことに青年は文字通り命をかけて、ようやく気づくわけですが、だからこそ青年のこの言葉には重みを感じずにはいられません。
 アラスカにたどり着けずに、本意でない死を迎えた青年は不幸だったのか、それとも、最後にその言葉にたどり着いたこと自体が幸せだったのか、また、残された家族にとって青年の死は何を意味するのか、色々考える余地を与えてくれる素晴らしい映画です。
 また、旅の先々の風景も非常に美しいので、単純に映像を見ているだけでも、旅に出た気持ちにさせてくれます。
 劇中にかかる音楽も素晴らしく、見る人の年代によって色々な見方が出来る作品となっています。是非一度はご覧になってください。お勧めです。

 今回紹介した2作は、自分を信じて行動する青年と、自分を探して行動する青年という対照的な2人の主人公でしたが、どちらも観る人に共感を与えてくれます。何もしたくなくなる夏の暑い日、このような作品を見て、一度、自分を振り返ってみるというのもいいのではないでしょうか。

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