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長野県弁護士会
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若手弁護士のコラム

 
 
二十歳の献血(小林和彰)
2011-06-02

二十歳の献血

小林和彰

 今,テレビコマーシャル等でプロゴルフプレーヤーの石川遼選手が出演し,献血を呼びかける「二十歳の献血キャンペーン」を行っています。
 この献血キャンペーンのコマーシャルやポスターを見るたびに,私は二十歳の頃の恥ずかしい記憶が蘇り,一人で思い出し笑いをしてしまいます。
 私が二十歳であった当時も,どなたであったか記憶していませんが,有名人が「二十歳の献血キャンペーン」をコマーシャル等で行っていました。当時,私は,ボランティアといえば,たまにコンビニのレジにおいてある募金箱にお釣りを入れる程度のことしかしていませんでしたが,コマーシャルの影響もあり,「二十歳になったら献血」という意識だけは持っていました。
 ある日,街中を歩いていると,街頭で献血を呼びかけているのを見かけました。当時二十歳であった私は,「二十歳になったのだから献血しないと!」と思い立ち,人生で初めての献血をすることにしました。
 ただ,私には一つ問題がありました。元来,私は血を見ることが苦手で,採血のときでさえ絶対に注射を見ない小心者だったのです。献血ルームに入って受け付けに歩を進めたのはいいものの,こんな私が採血よりも沢山の血液を採取する献血などできるのだろうかという不安と緊張が一気に押し寄せてきました。しかし,もう引き返すことはできませんでした。後は流れに従って身をゆだねるしかありませんでした。
 採血針が腕に刺され,いざ献血が開始されるや,私はまずいことになったぞ思いました。採血針が予想以上に太く,血液が体外に出ていく感覚がわかってしまったのです。できれば気づかないうちに終わってましたという方がよかったのですが,どうやらそんなに人生甘くなかったようです。時すでに遅く,私にできることは一刻も早く終わるのを待つのみでした。
 ここまでお読み下さった方はもうおわかりだと思いますが,人生で初めての献血の結果は,貧血により途中リタイヤでした。なんとか,数分は我慢できたのですが,気づいたら目の前が真っ白になっていて,看護師さんにスポーツドリンクを持ってきてもらっていました。看護師さんに憐れみの目で「大丈夫ですか」と声をかけられたときには,本当に穴があったら入りたいくらい恥ずかしい思いをしました。
 しかし,私の失敗はまだ終わりません。帰る前にトイレに寄っていこうとすると,看護師さんから,「倒れるといけないので,トイレは洋式で座ってして下さい」と言われました。素直に指示に従って,よし帰るぞと流すボタンを押しました。すると,突然大きな音でピーピー鳴り始めたのです。私は,どうやら流すボタンと緊急呼び出しボタンを間違えて押したみたいです。駆けつけてくれた看護師さんにあたふたしながら間違えた旨説明し,恥ずかしさのあまり急いで帰ってきました。
 当時は,本当に恥ずかしくて,思い出したくもなかったのですが,今となっては笑える良い思い出です。
 私は,この日以来,ボランティアをするなら献血以外のことでと決意したのでした。

 
オレンジに懸ける想い(中山耕平)
2011-05-02
オレンジに懸ける想い
弁護士 中山耕平
 
私は,研修期間(修習)を新潟で過ごした。新潟には,アルビレックス新潟というJ1のサッカーチームがある。このチームのファンは,熱狂的なことで有名である。
私は,小中学生の頃サッカー少年であったので,以前からサッカー観戦が好きだった。しかし,テレビ観戦する試合は,すべてヨーロッパサッカーで,J1のサッカーはまったく興味がなかった。なぜなら,J1のサッカーは,ヨーロッパリーグのサッカーと比べると,スピード・技術等のレベルがかなり落ちるからである。
ところが,新潟にいた1年弱を振り返ってみると,アルビレックスのホームの試合はほとんどスタジアム(ビックスワン)に行って観戦していた。ヨーロッパサッカーを観戦していたときは,どちらかのチームを応援するというよりも,サッカーそのものを楽しんでいた。しかし,スタジアムでアルビレックスの試合観戦をするときは,アルビレックスのオレンジのユニフォームを着て,チームに完全に入れ込んで応援するのである。ゴールを決めれば,スタンドの前後・左右に座っている見ず知らずの人とハイタッチをし,スタジアムが一体となって喜ぶのだ。
スタジアムに応援に来るファンは,若者ばかりではなく,サッカーのルールなどはよく分かっていないのではと思うような(すみません)老夫婦もオレンジのユニフォームを着て応援している。ルールについて決して詳しくなくても,スタジアムで我がチームに感情移入して,ファンが一体となって応援することが楽しいのだ。
今年,長野パルセイロがJFLに昇格した。長野パルセイロもスタジアムをオレンジ色に埋めつくし,市民が一体となって応援できるようなチームになることを祈っている。そして,私も長野パルセイロがJ1に昇格する日を夢見て一ファンとなって応援したい。

 
司法修習の思い出(山崎典久)
2011-02-21
若手弁護士のエッセイ
山崎典久
  司法修習の思い出。
  実務修習も終わりに近づいた8月,修習生約10名で養護学校に研修に行きました。内容は,二日間,修習生が様々なクラスに配属され,授業・行事に参加させてもらうというものでした。
  その学校の生徒さんは,泣いたり笑ったり,とにかく感情豊かに,そして,熱心に学校生活を送っていました。生徒さんが心から楽しそうに笑っている姿を見て,最初は少しとまどったのですが,すぐに私自身,とても楽しくなってきました。そして,生徒さんが学校を卒業して社会に出た後も,今と同じ笑顔で生活していくために,自分に何かできるかと考えたりもしました。
  普段,私は運動を全くしない人間ですが,高2クラスに配属され,生徒さんと一緒に,ランニング,ダンス,水泳等とにかく体を動かし,筋肉痛にはなりましたが,とても楽しく二日間を過ごすことができました。
  仲間の修習生も,普段と違う顔を見せてくれました。普段,わりとおとなしい人が,生徒さんを保健室に連れて行くために大奮闘していたり,普段とてもにぎやかな人が,日常生活が困難な生徒さんのクラスで,黙々と手伝いをしていたり。
  研修の終わりに,クラスの先生・生徒さんから,2ヶ月後に文化祭があるので来てくださいね,と言われました。是非行きたかったし,行くつもりだったのですが,結局忙しくて行くことができませんでした。当時の生徒さんは卒業しているはずですが,今でも機会があれば文化祭に行ってみたいと思っています。
 
酒は呑むべし百薬の長(出井博文)
2011-02-18
酒は呑むべし百薬の長
出井 博文 

第1.昔の人は偉かった
 だいたい、呑兵衛(のんべえ)には国境も時代もいらないのである。呑んでしまえば八百万の神が降りてくるのである。というか自分が神様になるのである。それに百薬の長というくらいだから、とりあえず呑めば体にいいはずなのである。私にとっては、健康食品よりうんとよく効くと思うのである。うーん、だから私は酒を飲むのである。いや、理屈じゃないのである。そもそも、私という全身全霊が、酒を求めているのである。おそらくこの私の気持ちは、「この人じゃなきゃ、私はだめなの!彼なしでは生きていけないのっ!」という、若い乙女の気持ちよりも、数百倍強いものだと自負しているのである。その若い乙女の気持ちは、瞬間的には私の気持ちとどっこいどっこいかもしれない。しかし、どっこい、それは台風の最大瞬間風速的なもので、一旦その台風が過ぎ去り平穏な生活が訪れると、その相手方たる夫は「元気で留守がいい」とか言われてしまう悲しい運命にある。
 この点モーム(William Somerset Maugham , 1874−1965)は、「愛とは愛の永続性を信じること」とか洒落たことを言っている。これはすなわち、愛とは永続しないもんだよ、という裏の真実を前提にしている、ただの皮肉なのである。
 私の酒への愛はそうはいかないのである。ここのところ20数年間、好きでい続けられているのであるから、これこそ本物の愛と言わざるを得ない。「酒好きとは、酒を愛していること」…この、同語反復のような表現は、モームに比べれば一見珍妙であるようにみえるが、そうではない。ズバリそのものを言い表しているのであり、それこそ真理そのものであり、何の皮肉もなく、それこそ高尚な表現と言わざるを得ないのである。単純な説明ほど正しい、そうそれは、ウイリアム・オッカムがそのカミソリでいらないところをそぎ落としてシンプルな説明をしようと尽力した、いわゆるオッカムのカミソリがごとくである。法廷に出す書面もかくありたい、だから私はそのためにも酒を飲むのである(?)。
 イギリスでニュートン(Sir Isaac Newton, 1643−1727)のプリンキピア(初版)が本棚にかざってあるのを見たが、当時はリンゴは木から落ちると言えば真理だったのである。ニュートン力学の後、アインシュタイン(Albert Einstein, 1879−1955)が相対性理論としてさらなる真理を発見したらしい。しかし、彼の没後50年の時を経て、ついに私は、酒が好きだという真理を発見してしまった。これはその後論文となり、“The PRINCIPLE of LOVE for the Alcoholic drinks”, Oxxxxxford University Press, 2010,(邦題:「酒を愛する理由」)としてまとめられ、出版されている(ウソ)。これで私は、ノーベル賞、いや、のーめる賞(筆者注:スミマセン・涙)…を狙っているくらいなのである。
酒が好きだ、ということこそ、人類普遍の原理である。「まあ呑め、とりあえず呑め、呑んでから話そう」…ということで、事態はまあるく治まるはずなのである。
世の中なんとかまあるくおさめようとしたのがジョン・ロック(John Locke, 1632−1704)なら、世の中まあるくおさまればいいと思っている現代の私は、そのロックの築いた礎の上にあると言わざるを得ない。これこそ、オン・ザ・ロックなのである。私はバーボンを飲むたび、「ロックでお願い致しますっ。」と言ってしまうのだが、これはもちろん人類普遍の原理を念頭に置いた表現である。
 …と、ここで、世の中に下戸という存在がいることに気が付いてしまったが、予の辞書に下戸という文字はない、と言ったのが、確かナポレオン(Napoléon Bonaparte, 1769−1821)(?)。しかし下戸の方々を無視するわけにもいかないので、私はジンジャーエールをお勧めする。本当にしょうがで作るやつは、本当に美味い。甘くしすぎるとしょうがの味もしなくなってしまい、しょうがない味になるのであるが、甘くしないで作れば大人の味が味わえる。…もう立派な大人なのだが、それでも大人の味が味わえる。初めてタバコを吸った時のような、初めてシイタケが美味いと感じた時のような、そして初めて恋愛に敗れた時のような、甘酸っぱいようなほろ苦いような、美味いようなまずいような、化学のpHでいうとちょうど中性のような、反省と将来の希望とがミックスしたような、そんな味なのである。これで下戸も立派に呑兵衛の仲間に入ることができるというものである。
 
第2.酒は百薬の長でもあり国の礎でもある
というわけで、私の理論によれば、まあ呑め、ということで、世の中平和になるのである。なんつったって、百薬の長だからである。
 しかし、「百薬の長」ってなんなんだ?と思って調べると、古くは「漢書」という歴史書に出ているらしい。
前漢末ごろ(紀元前1年頃)、王莽(おうもう、前45−23)という人が「新」を建国したが、失政が相次ぎ、「赤眉の乱」などの動乱で「新」は15年で終わったんだとのこと。亡くなるときには、「おお!モーレツ!」とか言ったのだとか、言わなかったのだとか(涙)。その、もーれつな人生をたどった彼が、「酒は百薬の長」とか言ったらしい。それから2000年の時を経て、私がその言葉の継承者になっている。
 そうだとすると、私は王莽の子孫かもしれないのである。ばーちゃんからは、先祖は美ヶ原の山から下りてきて里山辺に移り住んだのだとか聞いていたのだが、どうやら美ヶ原の前のご先祖様は中国に住んでいたらしい(?)。
 最近は、八百長という言葉をよく耳にするが、いけないことをしてしまったというメージである。しかし、百薬の長となると、なんだか偉くなった感じがする。まるで、社長と同じくらい偉い感じである。いや、実際に偉いのである。のんべえは実に偉い!実は、この国を支えてきたのは、私をはじめ、のんべえだったのである。
 手元の資料を見ると、国税収入のうちの酒類税の割合は、明治6年は1.5%、明治8年で4.3%、明治10年で6.4%にすぎないが、明治15年になると24.1%、明治20年で19.7%、明治30年で30.8%、明治40年で20.8%、大正2年で19.9%、大正10年で17.6%、昭和5年で19.8%、昭和10年で17.4%、昭和13年で11.9%、昭和15年で6.8%、昭和19年で6.9%、昭和21年で6.4%、昭和23年で12.2%、昭和25年で18.4%、昭和40年で10.8%、昭和61年で4.6%、平成16年で3.6%となっている。うーん、最近はやはり、呑みが足りないっ!!!だから国家財政火の車なのである。明治の人はよく飲んだのである。この酒税によって(?)、日本人は、1890年頃からの産業革命を達成し、日清戦争(1894−1895)を戦い、あの戦艦三笠をイギリスから買って日露戦争(1904−1905)を勝ち抜いてきたのである。
この苦しい日本の財政状況の中、私だけが一生懸命飲んでも1%くらい上がるだけである(?)が、酒が日本を救うことは間違いない。いや、酒は地球までも救ってしまうと思うのである。いやしかし、酒を飲みながらこういう文章を書いているのは実に楽しい。
 
第3.あれも飲みたいこれも飲みたい?
そして日本人なんだから、まず「日本」酒なんだろう。これを、「ポン」酒、とか言ってはいけない。「ポン」菓子と同列では、日本酒の神様にちょっと失礼なのである。
 ましてや、信州という酒処にいるならば、飲まざるを得ないのである。これは宿命というか、むしろ義務とさえいえる。だから毎晩、この義務を果たすことが必要なのである。最近さぼりがちなので、この際、気合を入れなおさなければならないのである。
 ちなみに、イギリス人は日本酒が好きである。発音が、「さき」になってしまい、若干、オリジナルの「さけ」と異なってしまうが、まあ、地球の裏側の方言なので気にすることはない。まあ、彼らにも彼らなりの酒がある。ビールとかスコッチとかである。
 驚くのは、彼らはパブ(=パブリック・ハウス、public house)で、ずっと立ち飲みをすること。最近、日本にも立ち飲みの小さな居酒屋もあるにはあるが、3時間はいない。私は疲れてしまうので座る方がいい。彼らは、ジョッキをもったまま、3時間立っていられる人種である。イギリスでもそうだし、六本木でもそうだし、香港の蘭桂坊(ランカイフォン)でもそうだった。
 やはり座るのがいい。最近、近所のおじさん達が私を誘ってくださる。ビニールハウスのストーブの周りに、木で大雑把に作った椅子に腰かける。で、ストーブでいろいろ焼いてくれたり、鍋を作ってくれたりしながら、骨酒を振舞ってくださる。竹の筒に酒と具を入れて、うーん、ちょっと黄色くなった酒は、またこの上なく美味い。昼間から飲みすぎて、二日酔いならぬ、その日酔いになってしまうが、この味を知ったらもうやめられない。
 ビールで勝負、というときには、やはりラガービールがいい。日本のビールは美味いが、最近は発泡酒とか、第三のビールとかが出てきている。このあたりは租税回避の賜物なのだが、バリエーションが増えるのは…うーん、果たしていいことなのか、悪いことなのか。
ベルギービールみたいに、フランボワーズが入ったりするといいのだが、えんどう豆で作りました、というのだと、ちょっと負けた気がしてしまう。だいたい、ビールというのは、日本では「麦酒」と書くことからして、えんどう豆のビールはビールの定義に入るのかどうか。ただ、われわれ庶民にとっては、そんな定義はともかく、ビールっぽいものが安く飲めるというのが単純にウレシイ限りである。これこそ、日本の技術力、と言いたい。日本人は、このように、欲望に対して貪欲であるべきであり、勤勉であるべきであり、努力家であるべきである。それでこそ、美味しくて安いものが飲めるっつーもんである。誰もがヘンリー8世や、松本城のお殿様のような豪勢な暮らしができるわけではないのである。庶民には庶民の味ってものがあるのである。
エールとか黒ビールとかも美味いが、バイツェンだな、やっぱ。バナナのような香りのビールなんて、思わず、そんなバナナと言ってしまう(涙)。
最近は、アルコールが全く入っていない、ゼロのビールが出た。運転しているときに飲みたくなったらこれを飲むが、その場しのぎにすぎない。自分をごまかして生きるなんて、俺にはできない…。やはり正々堂々、飲んで、運転しない、というのがいい。飲酒運転は絶対いけない。しかし、飲酒は絶対いい。要するに、車にガソリンを入れるのと一緒で、人間には酒を入れないと、動かなくなってしまうのである。
 
第4.あれも飲みたいこれも飲みたい?
 スコッチ、ブランデー、グラッパ、ウォッカ、テキーラ、泡盛、バーボンなどは、蒸留酒なのである。天然発酵だと、酵母が作り出したアルコールによって酵母自身が活動を阻害され、どうしてもアルコール度数が限られてしまうので、40度とか80度とかにするためには蒸留しなければならない。ここにも、人の欲望からくる努力を垣間見ることができるのである。ネットで調べると、錬金術師が作ったとか。そして15世紀頃に世界に広まり、日本には沖縄に入って、泡盛を作ったんだとか。要するに、人類はアルコールを飲みたいのである。
 私はテキーラ好きである。ライムで飲むと、なんだかすっとする。真夏の暑い日に合宿で汗をかいた時に飲むスポーツドリンクのように、すっと体に入ってくる感じがする。龍舌蘭(りゅうぜつらん)という、アロエのでかいようなサボテンのようなものの芯から作る。まあ、結局、呑兵衛にとっては、何から作ってもいいのではないかと思ったりする。
スコッチは、泥炭(ピート)の香りがとてもいいのだが、私はどういうわけか頭が痛くなるので、あまり飲めない。それでも、三角のビンのやつだけはよく飲む。
 ブランデーは、石原裕次郎を思い出すので悲しくて飲めない(?)。それに、これでおよしよ、とか言われそうなので、安心して飲めない。
 グラッパは、最近、某イタリアンのファミレスで飲めるようになり、手軽に気軽に飲めます。
 ウォッカは、フィンランディア、というのを最初に飲んで、美味しかったので飲むのだが、これはそのままでは飲まない。まあ、これはなんかで割る。
 泡盛は、ちょっと苦手である。沖縄は好きなのだが。
 バーボンは、とても好きである。なんだか優しい感じがする。飲んでいると、風と共に去る気分になれる(?)。After all, tomorrow is another day! (注:日本語でいうと、「結局、明日は明日の風が吹く」みたいなニュアンス)なのだが、私はこれを、「結局、明日のことはどうでもいいや。」と訳したい。すなわち、今から永遠に飲んでいたいのである。私は今に生きているのであるから、今、飲みたいのである。それに、どうせ去るなら、風ではなくてバーボンと共に去りたい。Gone with the Bourbon、てな感じ。
…それに、トウモロコシ畑でつかまえてもらって、一緒に飲んで欲しくなるのである。The Catcher in the Corn with the Bourbon in his hand(「バーボン持って、トウモロコシ畑でつかまえて」)、てな具合で。
 しかし、忘れてはならないのが、ワイン。日本のワインも美味いのだが、やはりフランスか。しかし、カリフォルニアワインのOPUS ONE(オーパス・ワン)は、とても美味かった。コルクを抜くと、ぷーんと香る。何より、コルクを開けると分かるが、コルクが上等品で、柔軟性がある。そこからぷーんと高い香りが…当然、高い(涙)。
 まあ、美味いは美味いが、高い。高くてかなわない。日本酒で美味いのなんか、3000円も出せば、美味い酒の一升瓶が買える。ワインなんか、せいぜい750ミリリットルと、半分なのである。これは痛い。呑兵衛としては、ある程度の量が欲しい。750じゃ、すぐ飲んじゃう。だからやはり、日本酒なのである。地産地消なのである。産地で旬のものをいただくのが、一番いいのである。そして、日本男児たるもの、やはり日本酒なのである。いつも一升瓶をかかえている、あの、宇宙戦艦ヤマトのドクター、佐渡先生も、どうやら日本酒党だと思う。闘う男には、やはり一升瓶が似合うのである。
 
「ダイエット」(三井智和)
2010-12-28
「ダイエット」
                              弁護士 三井智和
 
 最近、私の体重が増加傾向にあることから、少しダイエットをしようかなと考えています。
 昔(3、4年くらい前)は、体重が55キロほどしかなく、体脂肪率も5%という驚異の肉体を誇っていたのですが(医者からは、筋肉質というのではなく、栄養がきちんと取れていないからだと言われてしまいましたが・・・)、ここ最近、体重を測ったところ、63キロにまで増加し、周りの方々からは、顔が丸くなってきているとよく言われるようになりました。
 栄養不足は解消されているようですが、さすがに、妻にまで「顔が丸くなったね。」と言われると、なんだか寂しい気持ちになってきたので、ここらでダイエットをしてみようと思い始めました。
 ダイエットをするにあたって、日頃の運動不足も解消できればなおよいなどと考えたため、何かのスポーツができればいいなあと思い、本屋でいろいろ本を探してみました。その中で発見したのが、「ジョギング」です。なんといっても、一人でも可能な運動であり、すぐにでも始めることができることに興味を持ちました。
 私は、早速、先週の土曜(12月25日)から始めてみようと思ったのですが、その日は、今年一番の冷え込み(と私は感じました)となり、全く布団から出ることができませんでした・・・。
 
寒さが和らぐ来春ぐらいから、ぼちぼち始めてみようと気持ちを改めた今日この頃です。
 
彷徨の日々(蒲生 路子)
2010-12-09
彷徨の日々
                                                           蒲生 路子
 私は読書が趣味です。休みの日は、一日中本を読んでいます。平日は、仕事以外の本はあまり読めませんが、移動中に、今読んでいる本や前に読んだ本のことをぼんやりと思い返していると、他のことを忘れて自分だけの世界に入り込めるので、仕事であった嫌なことをかなり忘れることができます。
 私の一番好きな本は「デミアン」ですが、ここ数年で、よく思い返しているのは、「第七官界彷徨」というお話です。作者は尾崎翠という女性で、長く忘れられていたけれど、しばらく前から注目され始め、今ではとても人気のある人だそうです。読み終わると、確かに私は第七官界に行ってしまい、それから数年経ちますが、まだ第七官界に行ったきり、彷徨したままです。
 第七官界彷徨には、重要な小道具として、「くびまき」(昭和初期を舞台にしたお話なので、こう言うのです)が出てくるのですが、すっかりかぶれた私は、マフラーなどという情感のない言葉は金輪際使わないことにし、以降、人から怪訝な顔をされても、「くびまき」と言い続けております。
  ともかく、ご興味を持った方は、読んでみてください。ちくま日本文学全集の「尾崎翠」という本に入っています。
                                                                    以上
 
「バイキング」(宮下将吾)
2010-12-02
「バイキング」
弁護士 宮 下 将 吾
 
私は、遊園地にある絶叫系マシンが大好きです。小さい頃から親や親戚の叔父さんに連れて行ってもらい、周りの大人が「キャーキャー」騒いでいるのを尻目にジェットコースターに兄と乗って「ケタケタ」と笑っていたと親から聞いています。
 最近も、大好きな富士急ハイランドへ行きました。中でも「フジヤマ」、「ドドンパ」、「ええじゃないか」は何度乗っても笑いが止まりません。
 特に、「ええじゃないか」は世界一の回転数をほこり、「走行中、“座席が前後方向に回転する”、“ループして大宙返り”、“ひねりが入って回転する”という3種の回転要素により、かつてないスリルと開放感を楽しめる!おまけに足はブラブラなので踏ん張りもきかず、宇宙空間に放り出されたような不思議な感覚が体中を突っ走ります」(注:富士急ハイランド説明)とは、日常では味わえない快感そのものです。
 先日、NHKの番組で、人間の体の中には非日常を体感するとドーパミンという物質が脳内に出て、これが麻薬と同じような作用をもたらし、人を絶叫系マシンの虜にするのだとか・・・。
 4G〜6Gという非日常の重力が、脳内に適度なドーパミンを出し、快感に変えるとか・・・。
 文系の私には、科学的にどうなのかはよく分かりませんが、とにかく、これを書いている今も思い出すとニヤニヤしてしまいます(笑)。
 一時期、フジヤマやドドンパは世界最高、世界最速としてギネスに載っていましたが、現在は世界中に競い合うように世界一の絶叫系マシンが誕生しているそうです。
 先月の平成22年11月4日にも、アラブ首長国連邦アブダビにスタートから4秒で最高速度240?の世界最速コースター(名称:フォーミュラ・ロサ)ができたんですって!?
F1の世界を体感できるそうです。生きているうちに一度は乗ってみたいものです。
さて。私には、5歳の甥っ子と3歳の姪っ子がいます。2人ともやんちゃで遊び盛り。私と会えば、「バイキングやって〜」、「高い高いやって〜」とせがまれます。
「順番だぞ〜。」と言って、バイキング(※遊園地にある海賊船。大型ブランコのように揺らす乗り物。)をやってあげると、2人とも私の小さい頃のようにケタケタ笑い、楽しんでくれます。もちろん翌日の私は、両足が激しい筋肉痛に襲われますが、チビ君たちはそんなこともお構いなしです。
 ・・・でも、喜ばれるとついやってあげてしまうのです。
 このチビ君達が大きくなると、世界にはもっともっとすごい絶叫マシンが登場するのだろうなと想像を膨らませてしまいます。
 「おじさんバイキング」も飽きられないように改良を重ねようと思う今日この頃です。
 
GUILTY(くるり) (中嶋慎治)
2010-11-26
GUILTY(くるり)
中嶋慎治
日本のロックバンド「くるり」の通算4枚目のアルバム「THE WORLD IS MINE」の1曲目に,『GUILTY』という曲がある。
とても印象的な曲であり,私は,この1曲目を聴いて,このアルバムは間違いないと確信し,どっぷり浸かってしまった思い出がある。
「GUILTY」とは,ご存知のとおり「有罪(の)」という意味である。
いつも聴き入ってしまうのは,この曲を聴いていると,「犯罪を犯すときって,こんな感じなのかな」と,何だか分かったような気になるからだ。
曲の最初に,少しの直接的な歌詞が登場する。
「いっそ悪いことやってつかまってしまおうかな 欲しいものは諦めてる 持ってるものにも飽きてきたどうにもならんし
一定のリズムでコードを刻むギターの背後で,落ち着いたベースが静かにうごめいている。倦怠感と緊張感が漂っている。
その後,突然ドラムが激しく鳴り響き,曲調はらせん階段を駆け上るように盛り上がって行く。犯人の気分の高揚を表しているかのようだ。
そして,楽器全体が一体となって頂点に辿り着いたとき,突然目の前が開け,暗闇に光が照らされる。ボーカルの高音が,心地よいハーモニーを奏で始める。
ここで,私の頭の中では,なぜかいつも,刑事ドラマの犯人が強盗を犯した後,光に照らされながら夜の街を逃走しているスローの映像が流れてしまう。
恍惚感ともいうべきか。花火のように,一瞬燃え上がる煌めきのようなものを感じさせる。
もちろん,犯罪を美化するわけではない。
日頃私が面会する被疑者や被告人の多くは,燃え尽きた花火のように,自省の中にいる。
しかし,時々ふと,この人も一瞬の煌めきを放ったのだろうか,などと考える。
どうにかなるかな 金持ったら変わるんかな 誰かを守るために変われるかな すぐに忘れるわこんなこと
くるりの曲は,終りのない倦怠感の中に戻っていく。
 
金色の野に誇らしげ古案山子(大井基弘)
2010-11-08
金色の野に誇らしげ古案山子
大 井 基 弘
金色(こんじき)の野に誇らしげ古案山子(ふるかがし)
先月、私が生まれて初めて参加した「句会」に出句した俳句である。
これまでクラブ的な活動と言えば体育会系を旨としてきた私だが、縁あってある句会の仲間に入れてもらった。
その句会のごく簡単な説明をすると、一句が季語を指定され言わば全員共通の宿題として出される。これを兼題という。今回の「案山子(かがし)」がそれだ。他にその季節の季語を自由に使って更に二句を持ち寄る。これを当季雑詠という。全員が持ち寄った句は名前を伏せて読みあげられ、兼題と当季雑詠の部門別に各自が自分の好きな句を自由に選ぶ。その後に、各句を鑑賞したり批評し合ったりするのだが、基本的には俳句は自由度が高く、読んだ人がその情景や作者の心情を素直に感じ取れればそれがその人にとってはいい句となるから、批判はもちろん、裁判のように主張反論などということもまずない。和やかな会である。
近くの歴史あるホテルで昼食をとりながら行うのであるが、時にはおかみが気遣って部屋に当日の兼題の生け花などを飾ってくれたりするのだそうだ。風流である。
持ち寄る句は短冊にペンで書いてもエンピツで書いても良いのであるが、私は、せっかくだから、これを機に毛筆で書くことにした。書には子供のころから親しんでおり、そのほうがなんとなく風流かなという完全なる自己満足である。
秋の夜長に、墨をすり、筆を走らせると、久しぶりの墨の香りや紙の匂いも心地よい。
俳句の意味に合わせて墨の濃淡や文字の大きさにも気を配り、自分の句を完成させる。率直に言って気持ちがいい。
おまけに、一緒に妻も俳句にハマってくれたおかげで、どこか出掛けたときなどには夫婦で俳句を詠んだりして、これがまたなかなか面白い。
弁護士になって以来、これまでは、嫌な事件のモヤモヤを、別のもっと嫌な事件のモヤモヤで忘れるという心と身体に悪い生活をしてきたが、俳句を考えていると結構嫌なことも忘れることができる。しかも、俳句はいつでも考えることができる。
また、今までは、寝るとき布団に入ると、いつも、気になっている事件のことを考えることが多かった。そして、大概うなされて起きるのだ。事件の夢以外で見る夢といえば、実はまだ司法試験に受かっていなくて試験日が明後日に迫っているとか、実はまだもう一回試験があってそれに受からないと弁護士をやめなければいけないとか、そんな辛く切ない夢である。これもまたうなされて起きること請け合いである。ところが、俳句を始めてから、寝る前に布団の中で俳句を考えるようになった。今日見た景色や思い出の風景や出来事、いろんな情景を思い浮かべる。布団に入ってからの頭の中は無限の世界だ。おかげで、悪夢も見なくなり、よく眠れるようになった。
弁護士はもちろん、ストレスを感じるお仕事の方には、俳句、かなりおススメである。
 
趣味・剣道(宮澤幸平)
2010-11-04
趣味・剣道
 宮澤幸平
私の趣味は剣道です。
といっても、剣道何段の剣士でも剣豪でもなく、下手の横好き、良く言えば愛好家でしょうか…。
小学校3年の時、水戸黄門の助さん(当時は里見浩太朗でした)に憧れ、剣道を始めました。中学でも剣道部に入り、3年の時は主将も務めました。
中学卒業後は、10何年間全く竹刀を握らず過ごしてきましたが、ずっと、また剣道やりたいなぁ…という気持ちは、心のどこかにありました。
 
2年ほど前、近所の体育館で、地元剣道連盟の一般向けの稽古会が、毎週行われている事を知り、一念発起、道具を買いそろえ、再入門?しました。
以来、週2回の稽古を続け、メキメキ…と言うにはほど遠いが、そこは三十路の軽メタボなりに僅かな進化を遂げ、20年ぶりに受けた昇段審査も合格することができました。
今年の春からは、小学生対象の少年剣道の指導にも混ぜてもらっています。
 
剣道をやっているからといって、警棒を抜いて暴漢に立ち向かう警察官でもない限り、他の多くのスポーツ同様、実社会で役に立つ、ということはまずありません。特に弁護士業には何の役にも立ちません、「取引先とのゴルフ」はよく聞くけど、「接待剣道」ってのは聞かないし。
しかし、下は小学1年生から、上は80代の大先生まで、老若男女問わず幅広い世代の剣道家とお付き合いすることができますし、体を鍛えることもできます。何より、ストレス発散になります。
夏の稽古はそれこそ「汗みずく」になりますが、爽快です。もっとも、帰宅後、嫁さんが近寄って来なくなりますが…。(これをデメリットとみるか、メリットとみるかは、人それぞれ。)
 
バレーボールやフットサルのように、気軽に始められるものでもないでしょうが、大人になって剣道を始めるという人も、決して珍しくはありません。
ほぼどこの地区でも、剣道の集まりはあるでしょうから、興味のある方は是非。
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