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会長声明・意見書

「福井女子中学生殺人事件」再審開始決定に関する会長声明

「福井女子中学生殺人事件」再審開始決定に関する会長声明

 

 2024年(令和6年)10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部(山田耕司裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」第2次再審請求事件(請求人前川彰司氏)について、再審の開始を決定した。

 本件は、1986年(昭和61年)3月、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。事件発生1年後に前川氏が逮捕されたが、前川氏の犯人性を基礎づける客観的な証拠はなく、前川氏は逮捕以来一貫して無罪を主張している。

 確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者供述の信用性を否定し無罪判決を言い渡したが、確定審控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)は、関係者供述について「大筋で一致」するとして供述の信用性を認め逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、最高裁判所で有罪判決が確定した。

 2004年(平成16年)7月に申し立てられた第1次再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)では、開示された供述調書の一部等により関係者供述の著しい変遷がより一層明らかになったことから、関係者供述の信用性が否定されて再審開始決定が言い渡されたが、再審異議審(名古屋高等裁判所)は、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして、2013年(平成25年)3月6日、再審開始決定を取り消し、特別抗告審もこれを是認して確定した。

 2022年(令和4年)10月14日に申し立てられた第2次再審請求審では、弁護団は新証拠として、関係者らの供述の信用性を弾劾する供述心理鑑定、犯行態様(シンナー乱用による幻覚・妄想下での犯行と認定)を弾劾する精神医学鑑定、行動経過(血をつけた状態で車に乗り複数箇所を移動したと認定)を弾劾するルミノール鑑定(試薬により血痕らしきものが本当に血であるか調べる鑑定)を提出した。また、警察保管の捜査報告メモを含む計287点の証拠が新たに開示された結果、捜査機関も関係者の供述に疑義を抱いていたことや関係者が供述する関与の日付が事件日と異なっていたことなどが明らかとなった。

 本決定は、いわゆる白鳥決定(最高裁判所昭和50年5月20日第1小法廷決定)を引用し、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審請求手続にも適用されることを前提に、既に提出されている証拠(旧証拠)と新たに提出された証拠(新証拠)を総合評価したうえで、確定判決において有罪認定の根拠とされていた関係者供述の信用性を否定し、弁護団が提出した心理鑑定やルミノール鑑定等を検討するまでもなく、「請求人が本件殺人事件の犯人であることについては合理的な疑いを超える程度の立証がされているとは認められず、請求人を犯人であると認めることはできない」として、再審開始を認めた。本決定は、確定判決が明らかに誤った認定判断をしたとまでは断じられないとしつつも、「確定判決が基礎とした証拠関係からだけでも、請求人に対し本件について無罪を言い渡した一審判決を破棄してまで有罪の自判をすべきであったか疑問を禁じ得ない」「主要関係者供述が大筋で一致しているからといって、同供述が実際に体験した事実を供述するものとは評価することができないから、確定判決のように主要関係者供述の信用性を認めることは、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則にもとることになり、正義にも反し許されない」と指摘する等、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則を忠実に体現しようとする姿勢がみられ、高く評価することができる。

 また、本決定が、本再審請求審で開示された新証拠により、確定審当時の担当検察官が前川氏の無罪を裏付ける方向の重要な事実関係を認識したにもかかわらず、それを明らかにしなかったことについて、「不利益な事実を隠そうとする不公正な意図があったことを推認されても仕方がな」く、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為」と断じたことの意味も重い。当会は、本件確定審以来、証拠開示について後ろ向きな姿勢に終始し、事案解明及び無辜の救済を阻んできた検察官に対して、公益の代表者として真摯な反省を求める。

 当会は、2023年(令和5年)6月24日開催の定期総会において、「再審法改正の早期実現を求める総会決議」を採択しているところであるが、今回の再審開始決定を機に、改めて、政府及び国会に対し、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求める。

 

                                  2024年(令和6年)11月18日

 

                       長野県弁護士会

                        会長 山 崎 勝 巳

調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないことを求める会長声明

調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないことを求める会長声明

 

1 最高裁判所の取扱い

当会が最高裁判所に対し行った調査によると、最高裁判所は、現在、日本国籍を有しない者を調停委員に任命しない取扱いを行っている。その理由について、最高裁判所は、公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには、日本国籍を必要とするとの取扱いが一般であり、調停委員に関してもこうした公務員にあたるものとして、日本国籍を必要とすると考えられる旨回答した。

2 上記取扱いに合理的理由が認められないこと

しかし、日本国籍を有しないことをもって一律に調停委員に任命しないという上記取扱いには、合理的理由がない。

民事調停委員は、調停主任または調停官とともに調停委員会の構成員として、裁判官または調停官の指揮の下に調停に関与するほか、裁判所の命を受け、他の調停事件について専門的な知識経験に基づく意見を述べる等、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図るための手続である調停事件を処理するために必要な事務を行う権限を有する(民事調停法第1条、第6条ないし第8条、第12条の2)。

また、家事調停委員も、裁判官または調停官とともに調停委員会の構成員として、裁判官または調停官の指揮の下に調停に関与し、調停委員会が相当と認めるときは、事実の調査をする権限を有する(家事事件手続法第247条、第248条、第259条、第262条)。

調停委員のこれらの活動によって、当事者双方の話合いが進められるが、最終的な合意の成否は当事者の判断に委ねられており、調停委員の役割は、あくまでも紛争の解決に向けたあっせんを行い、当事者の互譲による合意形成を支援するにすぎない。

すなわち、調停委員の職務遂行に権力作用を見出すことはできず、調停委員は「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員」とはいえない。

  それにも関わらず、日本国籍を有しないというだけで外国籍の者を一律に調停委員に任命しないという差別的取扱いには合理的理由は認められない。日本国憲法第14条の平等原則を含む基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する日本国籍を有しない者にも等しく及ぶのであって、上記取扱いは、平等原則に違反する不合理な差別と言わざるを得ない。

3 制度趣旨との関係

調停制度は、当事者双方の話合いの中で、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した紛争解決を図るための制度である。

2023年(令和5年)末時点において、本邦に341万人を超える外国籍の者が在留し(2024年(令和6年)3月22日付け出入国在留管理庁報道発表資料)、これらの者を当事者とする紛争も増えていることからすれば、当事者の言語や生活習慣、文化的背景等に理解のある外国籍の者が調停委員に任命される道を拓き、裁判所においてその知見を取り入れることは、調停制度の趣旨にも合致し、多様化する紛争を解決するための一助となるはずである。

4 国際社会からの勧告

我が国は、国連人種差別撤廃委員会から、2010年(平成22年)、2014年(平成26年)と、繰り返し、家事調停委員を例示した上で、外国籍者の公職へのアクセス阻害の解消を勧告されている。それにもかかわらず、最高裁判所は、前記回答のとおり、これら勧告には何らの配慮をも示していない。

5 結語

以上のとおり、日本国籍を有しないことのみを理由として一律に調停委員への任命を認めない上記取扱いには合理的理由がなく、平等原則に違反することは明らかである。当会は、多様性を認め合い、多文化が共生する社会を実現するためにも、日本国籍の有無にかかわらず、紛争の解決に有用な専門的知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い者の中から調停委員を任命すべきであると考える。

よって、当会は、最高裁判所に対し、調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないよう求める。

 

2024年(令和6年)1021

長野県弁護士会 会長 山   

「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明

「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明

 

 令和6年9月26日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏(以下、袴田氏という。)に対し、再審無罪判決を言い渡した。

 本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)12月12日に袴田氏に対する死刑判決が確定した。しかし、袴田氏に対しては、人権無視の違法な取調(連日連夜12時間以上の取調がなされ、時に16時間を超える時もあった。また、取調室内に便器を持ち込んで用便させることまで行われた)により、意に反する供述調書が多数作成され、確定判決の一審静岡地方裁判所においてさえ、これら供述調書45通のうち44通については違法な取調によるとして証拠排除していた。袴田氏は、公判以降犯行を否認し一貫して無実を訴えており、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、再審無罪判決が言い渡されたものである。

判決は、本件犯行を自白した検察官調書について、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたもので実質的にねつ造されたものであると認定し、さらに、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で「発見」され、確定判決において本件の犯行着衣とされた、いわゆる「5点の衣類」についても捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、タンク内に隠匿されたものであり、同5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によるねつ造であると認定し、これらの証拠を職権で排除した上で、その他の証拠から認められる事実関係によっては、袴田氏が犯人であるとは認められないとして、袴田氏に無罪を言い渡した。これは、捜査機関による違法捜査を弾劾し、死刑囚としてレッテルを張られ著しく傷つけられた袴田氏の尊厳と名誉の回復を図ったものとして高く評価できる。

 袴田氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられてきた。逮捕当時30歳であった袴田氏は、今や88歳となっている。また、袴田氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきた。そのため、袴田氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来している。

 袴田氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたいのであって、これ程の人権侵害は例をみないと言わなければならない。

 そこで、当会は、検察官に対し、無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。

 また、「袴田事件」は、死刑事件であってもえん罪が起こり得る可能性があることを如実に示している。

 日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。しかし、死刑は、人の生命を奪う不可逆的な刑罰であって、死刑判決がえん罪であった場合、これが執行されてしまうと取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に警鐘を鳴らすものであり、死刑制度の存廃に関しても、真摯な議論を行うことが求められている

 そして何よりも、「袴田事件」は、現行の再審法の不備を改めて浮き彫りにした。

 「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかという再審請求手続における手続規定が定められていないことにある。

 また、「袴田事件」では再審段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。これほどまでに時間を要した原因は、現行法に証拠開示のルール(再審における証拠開示の制度)が設けられていないことにある。

 さらに、「袴田事件」では2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされたが、再審公判が開かれるまでにはさらに9年以上もの期間を要した。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。しかも、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断も経ている。にもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上で改めて有罪立証を行い、死刑を求刑しており、このことも手続が長期化した原因となっている。

 このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題である。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、白鳥・財田川決定(「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求手続きにも適用されることを明言した)に則った再審法の改正が速やかになされなければならない。

 この点、当会は、2023年(令和5年)6月24日開催の定期総会において、「再審法改正の早期実現を求める総会決議」を採択しているところであるが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて、政府及び国会に対し、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求める。

 

                                     2024年(令和6年)9月27日

 

                       長野県弁護士会

                        会長 山 崎 勝 巳

刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明

刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明

 

 

 本日、静岡地方裁判所において、いわゆる袴田事件の再審公判における判決期日があり、袴田巌さんに無罪が言い渡された。袴田さんが逮捕されてから既に58年以上、再審開始決定がなされてからも既に10年以上の歳月が経過しているが、袴田さんはやっと無実の罪を晴らした。

 当連合会及び管内13弁護士会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させることを強く求める。

 

 袴田事件では、1966年(昭和41年)8月に袴田さんが逮捕され(当時30歳)、その後、捜査機関により自白を強要されて起訴された。袴田さんは、起訴後一貫して無実を訴え続けていたが、1980年(昭和55年)12月に死刑が確定した。これに対して1981年(昭和56年)4月に第1次再審請求が申し立てられたが、ほとんど全くと言ってよい程に検察側から証拠開示を受けられないまま、2008年(平成20年)3月、最高裁判所は、再審請求を認めなかった。

 その後、同年4月に第2次再審請求が申し立てられたところ、弁護団による積極的な証拠開示の取組みと裁判所による証拠開示の勧告により、実に約600点余りに及ぶ証拠が開示され、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされた。しかし、これに対して検察官が不服申立てをしたことにより、約9年後の2023年(令和5年)10月27日になるまで再審公判は開始されなかった。

 再審公判は本年5月22日に結審し、判決言渡期日が本日と指定告知され、無罪が言い渡された。現在、袴田さんは、88歳である。

 

 袴田さんに無罪が言い渡されるまでにこのような長期間を要したのは、現行の再審手続に関する法律(刑事訴訟法第四編「再審」)(以下「再審法」という。)に問題があるからと言わざるを得ない。

 

 えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。個人の尊厳を究極の価値とする日本国憲法のもとでは、えん罪被害はあってはならないものである。

 えん罪被害者を守る最後の砦が再審法において規定されている再審手続である。

 しかし、現行の再審法の規定は、僅か19か条しかなく、再審手続をどのように行うかは裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、再審請求手続の審理の適正さが制度的に担保されず、公平性も損なわれている。

 また、袴田事件のみならず過去の多くのえん罪事件において、警察や検察庁といった捜査機関の手元にある証拠が再審段階で明らかになり、えん罪被害者を救済するための大きな原動力となっているが、現行の再審法においては、捜査機関の手元にある証拠を開示させる仕組みについて明文の規定がなく、再審請求手続において証拠開示がなされる制度的保障がない。そのため、裁判官や検察官の対応いかんで、証拠開示の範囲に大きな差が生じているのが実情であり、これを是正するためには、証拠開示のルールを定めた法律の制定が不可欠である。

 さらに、再審開始決定がなされても、検察官がこれに不服申立てを行う事例が相次いでおり、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。再審開始決定は、あくまでも裁判をやり直すことを決定するにとどまり、有罪・無罪の判断は再審公判において行うため、検察官にも有罪立証をする機会が与えられている。したがって、再審開始決定がなされたのであれば、速やかに再審公判に移行すべきであって、再審開始決定といういわば再審公判の入口における判断に対して検察官の不服申立てを認めるべきではない。

 

 当連合会では、昨年9月29日の令和5年度定期弁護士大会において「えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、刑事再審法の速やかな改正を求める決議」を採択しているが、管内13の弁護士会とともに、えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、あらためて、国に対して、下記の事項を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求める。

       1 再審請求手続における手続規定の整備

       2 再審請求手続における証拠開示の制度化

       3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

 

2024年(令和6年)9月26日

 

関東弁護士会連合会理事長 菅沼 友子

東京弁護士会会長     上田 智司      第一東京弁護士会会長  市川 正司

第二東京弁護士会会長   日下部真治    神奈川県弁護士会会長  岩田 武司

埼玉弁護士会会長     大塚 信雄     千葉県弁護士会会長   島田 直樹

茨城県弁護士会会長    篠﨑 和則    栃木県弁護士会会長   石井 信行

群馬弁護士会会長     関 夕三郎     静岡県弁護士会会長   梅田 欣一

山梨県弁護士会会長    三枝 重人     長野県弁護士会会長   山崎 勝巳

新潟県弁護士会会長    中村  崇

選択的夫婦別姓制度の導入を求める会長声明

選択的夫婦別姓制度の導入を求める会長声明

 

民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と定め、夫婦同姓を義務づけている。従って、自らの姓のまま婚姻することを希望するカップルが婚姻するためには、その一方が姓を変更する必要がある。

姓(氏)と名とが一体となった氏名は、個人識別機能を果たすのみならず、個人がその氏名のもとに人格的、自律的な営みをなすことによって、アイデンティティーの象徴となり人格の一部となるものであるから、姓と名とは切り離すことは出来ず、それが一体となった氏名が人格権として憲法13条により保障されるものである。夫婦同姓制度は、婚姻をするために、アイデンティティーの象徴である氏名の変更を望む望まないにかかわらず余儀なくさせるものであるから、憲法13条に反する。

さらに、夫婦同姓制度は、夫婦別姓のままでは婚姻できないとして、婚姻に「両性の合意」以外の要件を加重する点で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するとする憲法24条1項に違反し、カップルの一方にのみそのような人格の一部を喪失する選択を余儀なくさせる点でも「夫婦が同等の権利を有することを基本」とする同条項に違反するものである。現在の夫婦同姓制度は、夫婦いずれの姓も選択し得るとされているが、現実には95%以上の夫婦が夫の姓を選択し、多くの女性が事実上改姓を余儀なくされている(国連女性差別撤廃委員会から日本政府に対して、女性が婚姻前の姓を保持できる法整備が繰り返し勧告されている。また、国際人権(自由権)規約委員会からも、「民法第750条が実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いている」との懸念が表明されている)点で、夫婦同姓を義務づける民法750条は「性別により差別されない」ことを保障する憲法14条に反するものである。

そして、以上のような問題を有する夫婦同姓制度は「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とする憲法24条2項に違反する制度である。

したがって、夫婦同姓制度を直ちに改め、選択的夫婦別姓制度が導入されなければならない。

選択的夫婦別姓制度に対する一部の反対意見の中には、「家族の一体感を失わせる」とする主張がある。しかし、別姓制度を採用している諸外国において、そのために家族の一体感が損なわれているという事実は認められない。そもそも、選択的夫婦別姓制度は、「家族の一体感を維持するために夫婦同姓であるべき」という価値観に基づいて、婚姻を契機として夫婦の一方の姓に改姓する希望を持つ者が同姓となることを選択する自由を奪うものではない。

 また、「通称使用の広まりにより社会生活上の不利益は緩和される」として、通称使用の拡大によって夫婦同姓制度を維持する意見も存在するが、通称使用の利便に限界があることは当事者等から指摘されているし、仮に社会生活上の不利益が全て解消されたとしても、人格権の一内容である氏名の変更を望まない者が婚姻するために望まない改姓を強制されるという根本的な問題は残るのであって、通称使用という代替手段の存在は、夫婦同姓の義務付けという人権制限を正当化するものでは到底あり得ないのである。

選択的夫婦別姓制度については、法制審議会がこれを導入する民法改正案を平成8年に答申して以来、28年もの月日が経過しているにもかかわらず、未だ実現していないが、現行の夫婦同姓制度は人権問題であり、選択的夫婦別姓制度の導入は憲法上の要請であって、婚姻をするために改姓を余儀なくされアイデンティティーの喪失に直面する人々や、その喪失を望まず婚姻できないカップルが多数存在するのであり、それらの人々の人格的な苦しみに思いを致せば、その導入に一刻の猶予も許されない。

当会は、平成22年「民法(家族法)の早期改正を求める会長声明」において、選択的夫婦別姓制度の導入を内容とする民法改正法案が速やかに可決成立されるよう求めたが、改めて国に対し、民法750条を直ちに改正し、選択的夫婦別姓制度を導入するよう強く求めるものである。

                  

  2024年(令和6年)8月6日

長野県弁護士会

会 長  山  崎  勝  巳

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

 

今年の春闘では正社員の賃上げ率は平均5%を超え、1991年以来、33年ぶりの高水準であるといわれている。しかしながら、これら賃上げの波及効果は地方や中小企業に広く及んでいるとは言い難い。

 物価の高騰により長期間に渡り実質賃金が連続で減少している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも労働者がフルタイムで働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。

しかしながら、厚生労働省が発表した「地域別最低賃金の全国一覧」によると、令和5年度の最低賃金の全国加重平均額は1004円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る948円となった。仮に、全国加重平均額の時給1004円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収208万8320円にしかならない。 

これに対し、令和2年に長野県労働組合連合会が行った最低生計費試算調査によれば、長野市在住25歳男性、独身、一人暮らし、軽自動車所有の場合、一ヵ月に必要な最低金額(最低生計費)は、25万4812円であった。これは、上記法定労働時間で時給換算すると、時間給1470円となり、令和5年度の最低賃金の水準では遠く及ばず、安心して暮らせるだけの賃金水準には到底達していないことになる。

そして、最低賃金の日本全体における地域間格差は依然として解消されておらず、東京都(1113円)と長野県(948円)を比較しても165円の開きがあり、上記法定労働時間で乗ずれば、年間で34万3200円もの差が生じる。しかしながら、公共交通機関が完備されているとは言いがたい本県においては車の所有が必須で、上記最低生計費試算調査によれば、車の所有を踏まえた最低生計費はむしろ長野県が東京都を上回るという報告すらある。賃金の地域間格差は人口の流出に繋がり、過疎化による地域の崩壊をも招くものであり、全国一律最低賃金制度を実現する必要性は高い。

一方で、原材料価格や光熱費等の上昇が著しい中で、最低賃金の引上げが企業経営に影響を与えることは明らかであり、円滑な企業運営ができるよう配慮することも必要である。特に、中小企業にとっては、最低賃金の上昇を含むコストの上昇分を取引先や販売価格に十分に転嫁できないとの報告もなされており、企業運営を取り巻く状況は厳しさを増す一方である。そこで、中小企業にとって大きな負担となっている社会保険料の事業者負担の抜本的見直し、補助金・助成金制度の拡充、元請企業と中小下請企業間においてこれまで以上に公正な取引が確保されるよう法整備を加速させるなど、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。

厚生労働省が行った令和4年の国民生活基礎調査によれば、生活意識について、令和4年に大変苦しい、やや苦しいと回答した世帯は、全世帯の51.3%にも上り、労働者、住民は、依然として日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、ダブルワークやトリプルワークを強いられる者も多く、極めて深刻な事態に陥っており、早期に最低賃金の引き上げがなされるべきである。

以上より、当会は、国に対し、全国一律最低賃金制度の実現と中小企業への十分な支援策を講じるよう求めるとともに、地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の大幅な引き上げを答申すべきことを求める。

 

                    2024年(令和6年)12

                      長野県弁護士会

                      会長 山  崎  勝  巳

新たな永住資格取消制度の導入に反対する会長声明

新たな永住資格取消制度の導入に反対する会長声明

 

2024年(令和6年)5月21日

長野県弁護士会

会長  山 崎 勝 巳

 

1 政府は、2024年(令和6年)3月15日、「出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「入管法改正案」といいます。)を閣議決定し、第213回国会に提出しました。

現在、日本で永住者の在留資格を得るには、原則として引き続き10年以上日本に在留していること、素行が善良であること、資産等から見て将来において安定した生活が見込まれることなどの厳しい要件を満たすことが必要です。このような厳格な要件のもとで永住許可を取得した方は、日本に生活の基盤があり地域社会に根付いて長年安定した日常生活を送っていて、中には日本で生まれ育った方もいます。したがって、日本での安定した生活や法的地位を保護する必要性において、永住者と日本国籍者との間に大きな違いはありません。

ところが、入管法改正案は、永住資格の取消事由を過度に拡大して法的地位を著しく不安定にし、永住者に対して強い不安を与えるものであり、当会は強い懸念を抱かざるを得ません。

2 入管法改正案には、永住者の在留資格の取消事由として、永住者が①入管法に規定する義務を遵守しない場合、②故意に公租公課の支払いをしない場合、③永住者については退去強制事由とされていない軽微な罪で処罰された場合を追加する内容が含まれています。

これらの取消事由には、以下のような問題があります。

(1)①入管法には、旅券や在留カードの携帯及び提示の義務(入管法第23条第1項ないし第3項)などが規定されています。

旅券等の不携帯は、ついうっかり行ってしまう可能性もあり、このような軽微な義務違反までも永住者の在留資格の取消事由の対象としている点が問題です。規定上そのような軽微な義務違反の場合にまで永住者の在留資格が取り消される可能性があると、永住者の生活が過度に管理される事態となり、義務違反の程度と比較しても過度に重い制裁を科すことになります。

(2)②公租公課を支払う意思があるにもかかわらず支払えない事態は、社会状況、勤務先の倒産などによる失業・離職、事故、病気、加齢などによる一時的な収入の減少など、本人にはどうすることもできない事情によって起こりうるものです。入管法改正案では、このような本人にとってどうすることもできない事情によって公租公課の支払いができない場合であっても「故意に公租公課の支払をしない」と判断され、永住者の在留資格が取り消される可能性があります。

故意による公租公課の不払いに対しては、現行制度上既に延滞税の加算、財産の差押え、追徴金、刑事罰などの制裁があります。これに加えて、永住者やその家族の安定した生活基盤を奪う可能性のある在留資格の取消という制裁を新たに規定すべき社会事情、立法事実は見当たりません。

なお、貧困者を退去強制の対象とする入管法の規定は、国際人権規約や難民条約の批准により要請された人権保障の観点から1981年(昭和56年)の改正で削除された経緯があります。やむを得ない事情により公租公課を支払えない場合まで永住者の在留資格の取消事由とする入管法改正案は、このような改正経緯と矛盾するものと考えます。

(3)③現行法上永住者の退去強制事由ではない罪で拘禁刑に処せられた場合(入管法第24条第4号の2参照)を在留資格取消事由に追加している点についても、他の2つの取消事由と同様に、このような改正を必要とする社会事情、立法事実は見当たりません。

また、1年以下の拘禁刑のように軽微な罪や刑の執行を猶予された場合にまで、刑事罰を科すことに加えて在留資格の取消という追加の制裁を行えるものとすることは、軽い罪に対して著しく過度な制裁を科すものであり、永住者の安定した生活を脅かすことになりかねません。

3 入管法改正案は、永住者が上記の3つの取消事由に該当する場合でも、原則として法務大臣が職権で永住者以外の在留資格を付与する規定を新設することも予定しています。

しかし、付与される在留資格が何か、あるいは「引き続き本法に在留することが適当でないと認める場合」という例外の具体的な判断基準などが明らかではないため、この規定が永住者の不安を払拭することは難しく、長年生活基盤が日本にある永住者に対する救済措置としては不十分です。

4 以上のように、入管法改正案による永住者の在留資格の取消事由の追加は、永住者の日常生活を過度に管理するものであるとともに、永住者及びその家族の安定した生活を脅かし、大きな不安を与えるものです。

政府は、現行の技能実習制度を発展的に解消させた育成就労制度の創設に伴い、永住に繋がる外国人の受入れ数が増加するとの予想を理由に「永住許可制度の適正化を行う」ための措置として永住者の在留資格の取消事由を追加しようとしています。しかし、外国人の受入れが増加して永住者が増加したとしても、永住者の在留資格の取消事由を追加し既に永住者の在留資格を取得している方々の生活や法的地位を不安定にする合理的な理由にはなりえず、また、上記の抽象的な予想に基づく改正という点からも入管法改正案の定める永住者の在留資格の取消事由の追加について立法事実が存在しないことは明らかです。

当会は、永住者の在留資格の取消事由の追加を行う今回の入管法改正案に反対するとともに、永住者の在留資格の取消事由について、立法事実に基づいた慎重な検討を求めます。

以 上

77回目の憲法記念日に寄せる会長談話

77回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 

1 はじめに

本日、77回目の憲法記念日を迎えました。

1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法は、個人の尊厳(13条)を最高理念とし、基本的人権の尊重(第3章等)、国民主権(前文、1条、41条等)、平和主義(前文、9条)という3つの基本原理を定めています。とりわけ、憲法は、権力や多数者の意思により抑圧されやすい少数者の権利について、その保障が十分になされているか留意していると考えます。

しかしながら、現実の社会に目を向けると、必ずしも個人の尊重や少数者の権利保障が十分に実現されているとは言えません。

そこで、現実に起こっている問題に焦点を当て、長野県弁護士会会長として思うところを述べたいと思います。

 

2 基本的人権の尊重

人権は、全ての人が生まれながらにして有するものであって、最大限の保障の下に置かれるものです。私たちは皆、自分の生命を全うする権利を有し、人生において、人格の自己実現を図り幸福を追求する権利を有しています。その権利の重さは全ての人において等しく、一人一人の権利を不平等に扱うことは許されません。

国家権力により多数の人の権利が一律に害されるということは少ないでしょう。仮にそのような事態が生じた場合は、議会を通じた民主制の過程で権利侵害を排除するという救済方法があります。しかし、少数者の権利が侵害された場合、そうした救済は期待できません。時に、多数の国民は、少数者の権利が侵害されていることに目をつむり、そのような社会を甘受することさえあります。

近時取り上げられている性的少数者の問題はその1つであり、深刻な問題であると考えます。

LGBTの人たちは、不当な差別を受けてきましたが、性自認や性的指向は人格の奥底に存するものであり、人格的価値として最大限の保障を受けるべきものです。同性婚の訴訟においては、これを認めない日本の婚姻制度について違憲とする高裁判決も出されています(札幌高判令和6年3月14日)。婚姻の本質は、真摯な意思で共同生活を営むことにあります。婚姻は、これを望む者にとっては、心身の安定と人生に充実をもたらすものであって、重要な人格的価値を構成するものです。性的指向が同性に向いているという一事をもって、婚姻により生じる法的効果の一部すらも享受できないとすることは、合理的根拠を欠く不当な差別と言わざるを得ません。

また、トランスジェンダーに関しても、最高裁判所は、性別変更要件として生殖腺の機能の除去を求めることは違憲との判断をしました(最決令和5年10月25日)。肉体を傷つけ生殖能力を奪うことが重大な人権の侵害にあたるということを、性自認について悩むことのない多くの人々は思い起こす必要があります。LGBT理解増進法が制定されて以降も、従来の家族観に固執した、あるいは、公衆浴場等における抽象的な不安を殊更強調した差別的発言も散見されますが、社会の中でトランスジェンダーがいかに権利や生活利益を制限されてきたのかを、性的少数者に寄り添って考える必要があると思います。

婚姻、家族など伝統的な概念について様々な考え方があると思います。しかし、個々の考えを尊重することと、その考えを他者に押しつけることとは異なります。他者の個性を認め多様性を尊重しながら共存していける社会こそが、また私たちが自分自身を尊重して生きていける社会なのだと考えます。

 

3 国民主権

国民主権(民主主義)が目指すところは、国民一人一人の意思を可及的に政治に反映させることにあり、日本国憲法が掲げる国民主権も同様であると考えます。もとより、個々の考えが異なる中でも最終的には政策決定をしなければならないのであって、そのために多数決制度が採用されていますが、国民一人一人の意思が尊重され得る制度である民主主義は、私たち人類が歴史の中で勝ち取った価値ある財産の1つです。

しかし、注意しなければならないことは、多数意見が積み重ねられていく内に、私たちは、その政策に対し批判することを忘れ、多数意見に流され、実は誤った方向に進んでいるのに、これを国民の意思として受容し、最終的には独裁を許し、その政策を受け入れてしまうこともあり得ることです。民主主義において重要なことは、少数意見を尊重すること、少数意見の指摘を真摯に受け止め、さらにより良い結論を求めて議論を重ねることにあると考えます。

2017年(平成29年)、当時の内閣は、野党議員が臨時国会の招集を求めたのに対し、法案や外交準備を理由に98日間これに応じず、そのまま衆議院を解散しました。しかし、憲法53条は「内閣は、国会の臨時会の招集を決定することができる。いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その招集を決定しなければならない。」と規定しており、憲法53条後段に基づく臨時会招集要求がされた場合に、内閣が臨時会招集決定をする義務を負うことは、最高裁判所も認めています(最判令和5年9月12日)。憲法53条後段は、議会制民主主義を実現する機関であり、かつ、国の最高機関である国会において、少数派の意見を尊重しようとしたものであって、前述した民主主義の真意を示したものであると思います。国会議員は国民の代表であり、内閣などの行政機関が国会の活動を蔑ろにすることは、民主主義に対する冒涜であると言っても過言ではありません。

そのような事態を招かないためには、私たち一人一人が国家等の行動に関心を持ち、意見を述べていくことが重要であり、当会も憲法の理念に根差した意見を発信し続けていきます。

 


4 恒久平和主義

日本国憲法は、政府が起こした先の戦争の惨禍により多くの国民の命が失われたことを反省し、徹底した恒久平和主義を掲げています。その理念は、単に紛争を解決する手段としての戦争を放棄するにとどまらず、一切の戦力の保持を否定していること(9条2項)に示されており、世界でも特筆すべき規定となっています。戦争は、多くの無辜の人々の命を奪うものであり、許されるものではありません。

世界では、ロシアが、ウクライナに侵攻してから2年が経過しました。昨年11月、国連はウクライナでの民間人の死者が1万人に達したと発表しましたが、ロシアは戦略的な核兵器の使用を口にするなど、戦況は止まるところを知りません。

また、昨年10月に起こった、イスラエルのパレスチナ自治区ガザへの侵攻では、多くの難民キャンプや病院、学校へのすさまじい爆撃が行われ、国連等が呼びかける即時停戦も実現しないまま、戦禍は激しさを増すばかりです。多くの市民が犠牲になり、生き延びている市民も行き場を失っています。何よりも人の命を重視しなければならないということは、人類が目指す人道の原点ではないかと思います。

日本国憲法は、前文で、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有していると謳っていますが、平和的生存権の真意として、一人の命さえ無視してはならないということを強く示唆していると思います。「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法前文の文言は、今の世界情勢の中でさらに重い意味を私たちに突きつけています。憎しみの連鎖から、際限のない暴力と紛争が継続的に生み出され、その中で、子どもたちを含む多くの人々のかけがえのない命が、失われていきます。また、戦力の最たるものが核兵器ですが、万が一にも使用されることになれば、人類の存亡に関わることにもなりかねません。核の威嚇による抑止論がまかり通る世界において、私たちは、日本国憲法の持つ恒久平和主義の尊い理念を、決して捨て去ってはいけないと思います。

ところが、日本の現状に鑑みると、日本国憲法の平和理念を後退させ、軍備拡張への途を突き進んでいるように感じます。政府与党は、従前の専守防衛に徹するとした政府解釈に実質上の変更を加え、安保法制により集団的自衛権を認め、更には、閣議決定により安保三文書の改定を行ない、敵基地攻撃能力を認めました。また、防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額を企図するほか、昨年12月には、防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷能力のある防衛装備の完成品を輸出できるよう舵を切りました。このような流れは、防衛政策の大転換を図るものであり、日本国憲法の恒久平和主義の理念を骨抜きにするものです。

日本が果たすべき役割は、紛争の終結に向けて世界に働きかけをし、近隣諸国や大国間の緊張関係を緩和し、平和的共存関係を目指す外交努力を行うことや、民間の協力関係がさらに進展するよう積極支援等を着実に行うことです。日本は、世界中から戦争を無くすという崇高な理想の実現に向けて、憲法の恒久平和主義の理念を堅持すべきであると考えます。

 

5 最後に

世界情勢は日々緊迫度を増しており、防衛力の強化を求める等、先の戦争から80年近くが経過し、社会の意識にも著しい変化があるように感じます。また、社会の常識が進展してきた中で、それでもまだ私たちが気づいていない問題や、助けを求められていることを感じつつも取り上げることができていない問題もあるのではないかと思います。

それでも、私たちは、先の戦争による惨禍を経験した人々や、今もなお戦争の渦中で苦しんでいる人々に思いを馳せ、また、どこかで理不尽に堪えている人々がいるのではないかという意識を常に持ち続けながら、憲法の理念を胸に、社会をより良くしていくための活動を積極的に行ってまいります。

2024年(令和6年)5月3日

長野県弁護士会会長 山 崎 勝 巳

長野刑務所における被収容者の凍死疑い事案に関する会長談話

長野刑務所における被収容者の凍死疑い事案に関する会長談話


令和5年10月30日に長野刑務所内で労役場留置中に死亡した60代男性(当時は病死の可能性が高いと発表されていた)の死因が、凍死であった疑いが強いという報道に接した。

この報道のとおりであるとすれば、極めて痛ましい事件であり、絶対に起こってはならないことである。

刑務所施設内の被収容者は、法律に基づき自由を制約されており、自らの健康や居室内の温度を含めて居住する環境を自ら管理することができない。このため、刑務所施設の管理者は、被収容者の心身の状況の把握に努めた上で、社会一般の保健衛生等の水準に照らし適切な措置を講じることで(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条参照)、居室内の温度を含めた居住環境を被収容者の健康が害されないものとなるように管理しなければならない。

現時点では、被収容者が凍死に至った具体的な原因が不明であるから管理体制について具体的に言及する段階にないが、刑務所内の居住環境の管理体制の不備に起因する事件であるとすればそれは大変由々しき事態である。そもそも当会では、別施設(松本少年刑務所)ではあるが、平成26年に、暖房器具の運用が不十分であるという被収容者からの申立てを契機に調査を行い、松本少年刑務所に対して暖房器具の適切な運用を求める要望書を提出している。同じ長野県内の矯正施設である長野刑務所において、未だに暖房器具の適切な運用がされていないとすれば、寒冷地である長野県内の施設にあるまじき事態である。他方で、当時が真冬ではなかったことや被収容者が持病を有していたという報道もあることなどからすると、被収容者個人の心身異常等が死亡結果に寄与した可能性も否定できない。仮にそうであるとしても、刑務所施設は被収容者の心身の状況を把握して適切な医療上の措置を講ずるものとされているのであるから、被収容者の心身の異常を看過することは許されないと言うべきである。

当会は、長野刑務所に対し、速やかに原因究明のための調査を行った上で再発防止策を検討すること、そしてそれらを全て公表することを求める。また、適切な暖房器具の設置と運用や被収容者個人の的確な状況把握など被収容者側に配慮した最善の管理体制を構築して、二度と同様の悲劇を起こさない対策を徹底することを、強く求めるものである。


           2024年(令和6年)3月18日

                           長野県弁護士会

                           会長  山  岸  重  幸

日本で暮らす在留資格のない子どもとその家族に対する在留特別許可に関する会長声明

日本で暮らす在留資格のない子どもとその家族に対する在留特別許可に関する会長声明

 

2024年(令和6年)3月12日

長野県弁護士会         

会長  山  岸  重  幸

 

1 2023年(令和5年)12月25日,小泉龍司法務大臣は,長野県内に居住する未成年の姉弟に対して在留特別許可をして「留学」の在留資格を与えた。

2 これは同年8月4日に出入国在留管理庁が公表した「送還忌避者のうち本邦で出生した子どもの在留特別許可に関する対応方針について」(以下「本方針」という。)に基づくものである。本方針は,在留資格のないまま日本に長期間滞在する未成年の子どもを救済するという観点から,①日本で出生し,②小中学校又は高校で教育を受けており,③引き続き日本での生活を希望する18歳未満の子どもとその家族は,④非正規入国など親に看過し難い消極事情がある場合を除いて家族一体で在留特別許可をする,⑤ただし親に看過し難い消極事情があっても個別の事案ごとに諸般の事情を総合考慮して判断する,としている。

本方針により,日本で出生し,在留資格がないまま滞在する18歳未満の子ども201名(2022年(令和4年)12月末時点)のうち少なくとも7割に在留特別許可がなされることが見込まれている。そして,前述の姉弟への在留特別許可は,本方針の下でも原則として対象外となる親の消極事情がある中,姉弟の事情を総合的に判断し在留特別許可をした点で画期的である。

当会は,本方針によって,日本で出生しながらも従来の運用では在留資格を有する見込みのなかった子どもに在留資格が認められ,安定した法的地位を得られることになることを歓迎し,前述の姉弟への在留特別許可を高く評価する。

3 しかしながら,その上で,本方針は次のとおり改善すべき点がある。

(1)日本で生まれた子どもに限定すべきではないこと

本方針は対象を日本で生まれた子どもに限定している。しかし,日本国外で生まれても,日本の学校に通い,日本で長期間生活している子どもと,日本生まれの子どもの定着性に違いはなく,これを区別する合理性はない。子どもの権利条約第3条第1項は,行政当局や立法機関等が児童に関する措置をとる場合は,子どもの最善の利益を考慮すべきと定めており,2023年(令和5年)6月に改正された出入国管理及び難民認定法(以下「改正入管法」という。)等の参議院法務委員会の附帯決議第14項も,在留特別許可のガイドラインの策定に当たっては,子どもの利益や家族の結合について十分な配慮をすることと決議している。これらをふまえても,日本での出生という合理性のない区別で子どもの最善の利益を蔑ろにしてはならない。

したがって,日本で生まれた子か否かは本方針の要件より削除すべきである。

(2)18歳未満に限定すべきではないこと

本方針は対象を18歳未満に限定している。しかし,日本で生まれ育ち成人した者や日本で教育を受けて成人した者は,より一層日本に定着性を有し,社会と結びついているはずである。改正入管法の施行日時点で18歳未満か否かは本人には如何ともし難い事情であり,そのような偶然の事情で対象から外す合理的な理由はない。

斎藤健法務大臣(当時)も,本方針公表時の記者会見で「もう成人しているという者については,本人に看過し難い消極事情が認められないのであれば,基本的には在留特別許可を認める方向で考えていきたい」と発言している。そうであるなら,そもそも本方針から18歳未満に限定するという要件を削除すべきである。

したがって,成人であっても日本で生まれ育った者や,日本で教育を受けて育った者は本方針の対象とすべきである。

(3)親の属性で判断すべきではなく,また親だけの強制送還も慎重に判断されるべきであること

本方針は,親に消極事情がある場合は原則として本方針の対象外としている。しかし,親の消極事情について子どもに責任はない。子ども自身が日本での生活を希望するのであれば,親の事情にかかわらず在留特別許可をすべきである。

したがって,親の消極事情によって原則として本方針の対象外とする要件は削除すべきである。

また,子どもだけに在留特別許可をした場合,消極事情がある親は国籍国へ強制送還されることになる。この場合,子どもと親は遠く離れた国で離れ離れに暮らすことになる。そのため親だけを強制送還することについては,国際条約が子どもの最善の利益や家族結合権(市民的及び政治的権利に関する条約第23条第1項)を保障し,立法者も子どもの利益や家族の結合に十分な配慮を求めていることをふまえ,家族分離を正当化させるほどの消極事情といえるのか慎重に判断されることが相当であり,できる限り親にも同時に在留特別許可をすべきである。

4 最後に

以上のとおり,当会は,本方針により一定数の子どもが在留資格を得られることを歓迎し,また長野県内に居住する未成年の姉弟に対する在留特別許可を高く評価するとともに,子どもの最善の利益及び家族結合権を保障する観点から上記の改善を求める。                

以 上

改めて日本国憲法の意義を訴える会長談話

改めて日本国憲法の意義を訴える会長談話

 

 本年は,戦争と平和について深く考えさせられる1年でした。

 昨年2月24日に,ロシア連邦軍がウクライナへの侵攻を開始して始まった両国の戦闘状態は,本年が暮れようとしている今も未だ終結の見通しがついていません。

 また,本年10月7日のハマスによる奇襲攻撃と人質の略取を端緒としてイスラエル国内で紛争が勃発し,その報復としてガザ地区においてイスラエルによる大量の空爆と陸上侵攻が展開されたことで,イスラエルとパレスチナ双方において,子どもを含む多数の死者が生ずるなど極めて憂うべき状況となっています。

 戦争の犠牲となった全ての方々に対して,当会は改めて哀悼致します。

 我が国においては,強大な軍事力やこれに依拠した抑止力により平和を追求しようとする動きが止みません。昨年12月には,閣議決定により,安保三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定が行なわれました。同改定は,具体的には,武力攻撃が発生した場合に対処するため相手国の領域(特にそのミサイル基地等)において有効に反撃できる防衛能力(敵基地攻撃能力)を認めるものであって,さらには,このような防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額を企図する内容となっており,我が国の防衛政策の大転換を図るものでしたが,本年もこの動きが止(とど)まることはありませんでした。

 しかし,このような強大な軍事力やこれに依拠した抑止力による平和の追求がいかに脆いものであり,また危険なものであることについては,市街地も含む国土が空襲で焼け野原になり,唯一の被爆国であり核兵器の被害も受けたことによる甚大な被害や悲惨さを語り継いできた日本国民が,身をもって感じているものですし,ウクライナやガザ地区の悲惨な現状は,軍事力やこれに依拠した抑止力による平和などあり得ないことを示すものです。

 先の大戦で,我が国は焦土と化し,300万人を越える国民が犠牲になりました。この反省に立ち,日本国憲法は,前文で国際協調主義と平和的生存権を謳い,9条では国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使を否定し,戦力の保持を一切認めないという徹底した恒久平和主義を貫いています。これらの規定は,それまでの人類の戦争と平和の歴史の反省に立ち,人権侵害の最たるものであり違法である戦争を,我が国だけでなく全世界から排除するという崇高な理念と,それを実現するための制度を構築しようとするものです。我が国が志向すべきなのは,強大な軍事力やこれに依拠した抑止力による平和ではなく,このような日本国憲法の精神に基づき,主体的に近隣諸国や大国間の緊張関係をできる限り解きほぐし,命と人道を尊重して平和的共存関係をめざす外交努力を尽くすことだと考えます。

戦争によって多数の無辜の尊い命が奪われてしまった本年を振り返り,当会は,日本国憲法の持つ意義を改めて訴えたいと思います。

2023年(令和5年)12月27日

                                                                                    長野県弁護士会 会 長  山  岸  重  幸

特定商取引法の抜本的改正を求める意見書

特定商取引法の抜本的改正を求める意見書

 

2023年(令和5年)12月12日

長野県弁護士会      

会長  山  岸  重  幸

 

第1 意見の趣旨

当会は、国に対し、特定商取引に関する法律の一部を改正する法律(平成28年法律第60号)附則第6条に基づく「所要の措置」として、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)につき以下の内容を含む抜本的な法改正を行うことを求める。

1 訪問販売・電話勧誘販売について

(1)拒否者に対する訪問勧誘の規制

   訪問販売につき、家の門戸に「訪問販売お断り」と記載された張り紙等を張っておくなどの方法により予め拒絶の意思を表明した場合が、特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにすること。

(2)拒否者に対する電話勧誘販売の規制

   電話勧誘販売につき、特定商取引法第17条の規律に関し、消費者が事前に電話勧誘販売を拒絶できる登録制度を導入すること。

(3)勧誘代行業者の規律

   訪問販売及び電話勧誘販売につき、その契約の締結の媒介又は代理の 業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすること。

(4)訪問販売業者、電話勧誘販売業者の登録制

    訪問販売又は電話勧誘販売を行う者は、国又は地方公共団体に登録をしなければならないものとすること。

2 通信販売について

(1)インターネットを通じた勧誘等による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権

通信販売事業者がインターネットを通じて消費者を勧誘し、消費者が契約の申込みを行い又は契約を締結した場合について、行政規制を設けること、並びに消費者によるクーリング・オフ及び取消権を認めること。

(2)連絡先が不明な通信販売事業者及び当該事業者の勧誘者を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)

特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーム提供者その他の関係者に対して、通信販売事業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できるとすること。

3 連鎖販売取引について

(1)連鎖販売業に対する開業規制の導入

    連鎖販売取引について、国による登録・確認等の事前審査を経なければ、連鎖販売業を営んではならないものとする開業規制を導入すること。

(2)後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加

    特定利益収受の契約条件を設けている事業者が、連鎖販売取引に加入 させることを目的として特定負担に係る契約を締結させ、その後に当該契約の相手方に対し特定利益を収受し得る取引に誘引する場合は、特定商取引法の連鎖販売取引の拡張類型として規制が及ぶことを条文上明確にすること。

(3)不適合者に対する紹介利益提供の勧誘等の禁止

    物品販売又は役務提供による対価の負担を伴う契約をした者が次のいずれかに該当する場合は、その者との間において、新規契約者を獲得することにより利益が得られる事を内容とする契約の勧誘及び締結を禁止すること。

① 22歳以下の者

② 先行する契約として投資等の利益収受型取引の契約を締結した者

③ 先行する契約の対価に係る債務(その支払いのための借入金、クレジット等の債務を含む)を負担している者

(4)連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設

    連鎖販売取引について、収受し得る特定利益の計算方法等を特定負担に関する契約を締結しようとする者に説明しなければならないものとすること。

(5)連鎖販売取引における業務・財務等の情報提供義務の新設

    連鎖販売取引について、業務・財産の状況等に関する情報を特定負担に関する契約を締結しようとする者や加入者に開示しなければならないものとすること。


第2 意見の理由

 1 はじめに

特定商取引に関する法律の一部を改正する法律(平成28年法律第60号)附則第6条は、「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の特定商取引に関する法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」と定めるところ、同法が施行された2017年(平成29年)12月1日から既に5年の経過を迎えている。

令和5年版消費者白書によると、全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談は87万件と高止まり傾向が続いており、このうち特定商取引法の対象分野の相談が全体の約55パーセントという高い比率を占めている。特に、認知症等の高齢者からの相談では、訪問販売・電話勧誘販売に関する相談の割合が46.1パーセントを占めており、判断力の衰えた高齢者が悪質商法のターゲットとされていることが窺われ、早急な対応を講じる必要がある。また、世代全体でみると、インターネット通販に関する相談が29.1パーセントで最多となっており、今後もデジタル社会の更なる進展に伴いインターネット通販をめぐるトラブルは増加していくものと考えられる。さらに、令和4年版消費者白書によると、連鎖販売取引(マルチ取引)は、その相談件数の半数近くを20歳代の若年層が占めており、令和4年4月に成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたことも相俟って、更なる被害増加が懸念される。

以上の被害実態に対処するため、前記附則第6条に基づき、特定商取引法の抜本的な法改正を行うことを求めるものである。

2 訪問販売・電話勧誘販売について

(1)消費者庁の「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」(2014年度)では、消費者のうち、訪問勧誘で96.2%、電話勧誘で96.4%が、勧誘を「全く受けたくない」と回答した。

また、判断能力等の低下により勧誘を断ることが十分に期待できない 消費者の存在を考えると、消費者が事業者の訪問勧誘や電話勧誘に対して、個別に対応せずに、事前にかつ簡易に契約を締結しない旨の意思表示をする方法を整備することが必要である。

(2)拒否者に対する訪問勧誘の規制

 特定商取引法第3条の2第2項は、消費者が契約を締結しない旨の意思を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止しているが、消費者庁は、「訪問販売お断り」と記載された張り紙等(以下「ステッカー」という。)を家の門戸に貼付することについて、意思表示の対象や内容、表示の主体や表示時期等が必ずしも明瞭でないとして、同項の「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しないとの解釈を示している。

 しかし、このような解釈を採用すると、消費者があえてステッカーを貼付しているにもかかわらず、事業者の勧誘に個別に対応しなければならず、その結果として望まない契約を締結させられる危険がある。

 そもそも、同規定は、「契約を締結しない旨の意思」の表示方法を限定していない。また、多くの自治体が消費生活条例等においてステッカーに効力を認めているところ、消費者庁もこれらの条例の効力を認めている。このような消費者庁の解釈は一貫性を欠いている。

 以上のことから、ステッカーは「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しないとする現在の消費者庁の解釈は直ちに改められるべきであり、解釈上の疑義を残さないために、ステッカーにより拒絶の意思を表明した場合が、特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにするべきである。

(3)拒否者に対する電話勧誘販売の規制

 特定商取引法第17条は、消費者が契約を締結しない旨の意思表示を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止しているが、消費者が拒絶の意思を伝える方法について制度が存在しない。

  消費者が電話機の応答機能や迷惑電話対応装置により、拒絶の意思を伝えることは可能であるものの、装置設置のための経済的負担や、事業者以外からの電話に対しても応答メッセージを流すことになってしまう不便さ等から、勧誘拒否の意思を表示する方法として必ずしも広まっているとはいえない。

  そのため、多くの消費者は、電話勧誘に対応することを強いられることになり、対応した結果、応諾させられてしまう危険性もある。加えて、上記2(1)で述べた消費者庁の意識調査では、消費者のうち、電話勧誘で96.4%が、勧誘を「全く受けたくない」と考えていることが判明したにもかかわらず、販売業者の電話勧誘に対し、個別に拒絶しなければならない点も不便である。

  そこで、特定商取引法第17条の規律をさらに一歩進め、消費者が意に反する電話勧誘を受けないようにするために、電話勧誘を受けたくない消費者が電話番号を登録機関に登録することとし、登録された番号には事業者が電話勧誘をすることを禁止する制度(Do‐Not‐Call制度)を導入すべきである。

  その際、登録機関が保有する登録電話番号のリストを事業者に開示する方式(リスト開示方式)とすると、事業者が保有・把握していない情報を知ることができてしまい、悪質な事業者により悪用されるおそれがあるため、事業者が保有する電話番号等のリストを登録機関に開示し,登録機関がそこに登録者の情報があるかを確認する方式(リスト洗浄方式)によるべきである。

(4)勧誘代行業者の規律

   特定商取引法における訪問販売又は電話勧誘販売についての行為規制は、明文上「販売業者」及び「役務提供事業者」(以下「販売業者等」という。)の行為を対象とする(同法第2条第1項参照)。

しかし、近年、訪問販売や電話勧誘販売においても、勧誘行為を他の業者に委託する例が増えている。

   勧誘行為の媒介・代理を受託したいわゆる勧誘代行業者に行為規制が及ぶかについては、現行法上明らかではなく、「販売業者等」の意義との関係で議論が有り得る。

 そもそも、訪問販売又は電話勧誘販売において、その規制の核心は、その販売方法である訪問・電話による勧誘行為そのものにあり、その勧誘行為を直接行っている事業者を行為規制の対象外とすることは妥当ではない。

したがって、訪問販売及び電話勧誘販売につき、その契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすべきである。

 (5)訪問販売業者、電話勧誘販売業者の登録制

    訪問販売や電話勧誘販売は、店舗販売と比較して、無店舗で営業を行うことが可能であることから、信用力の低い事業者の参入も容易である。

    また、不正な行為を行いながら、その名称や事業所の所在を変えて事業を繰り返すことも可能であり、そのために被害が拡大したり、被害救済が困難となったりする場合もある。

    このような事態を避け、訪問販売や電話勧誘販売にも店舗販売に準ずる信頼を確保するため、事業者の登録制を採用すべきである。


3 通信販売について

(1)インターネットを通じた勧誘による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権

特定商取引法における通信販売では、消費者が主体的にカタログやウェブサイト等を閲覧し、内容を吟味した上、自ら申込みを行う形態を想定して、各種規制が設けられてきた。

しかし、通信販売で近年急増している消費者トラブルでは、このような典型的形態とは異なり、消費者が日常的に利用しているSNSを通じて事業者やその関係者からメッセージ機能を利用した方法等により不意打ち的に勧誘がなされ、申込みに誘導される例が多くみられる。

このような勧誘手段は、消費者からすれば、事前に心の準備や商品等に関する情報収集の機会がないまま突然一方的に示されるものであることや、スマートフォンやパソコン等を用いた一対一のやり取りであること、相手方の素性が明らかでないこと等の問題があり、不意打ち性、密室性、匿名性という点で訪問販売や電話勧誘販売と共通した特徴が認められる。さらに、SNSのメッセージ機能と併せて、通話機能を利用して勧誘が行われることも多いが、この場合、通信販売と電話勧誘販売のいずれの取引類型に該当するのかが争われることが多く、事業者が通信販売該当性を主張してクーリング・オフに応じない事案も多発しており、通信販売が事実上の抜け穴として悪用されている実態がある。

そこで、通信販売においても、インターネットを通じて勧誘が行われる場合については、訪問販売や電話勧誘販売と同様に、(ア)氏名等の明示、(イ)再勧誘の禁止、(ウ)不実告知の禁止、(エ)故意の事実不告知の禁止、(オ)威迫困惑行為の禁止、(カ)債務の履行拒否・不当な遅延の禁止、(キ)過量販売の禁止、(ク)迷惑を覚えさせる勧誘・解除妨害行為の禁止、(ケ)判断力不足に乗じた契約締結の禁止、(コ)顧客の知識・経験・財産状況に照らし不当な勧誘の禁止、(サ)契約書面に虚偽記載をさせる行為の禁止、(シ)金銭を得るための契約を締結させるための行為の禁止、(ス)消耗品の誘導開封の禁止等の行政規制を設けるべきである。

また、民事ルールとして、消費者によるクーリング・オフ、不実告知及び重要事実の不告知の場合の取消権を規定すべきである。

(2)連絡先が不明な通信販売事業者及び当該事業者の勧誘者を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)

民事訴訟を提起するためには、訴状に「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載しなければならない(民事訴訟法第133条、民事訴訟規則第2条第1項第1号)。しかし、インターネット上で行われる勧誘では、SNS等を利用して匿名で行われることが少なくなく、相手方の特定が困難となり、消費者被害の救済に著しい支障が生じている。

特定商取引法上の表示義務は、「広告をするとき」に限られているため、個別の勧誘時に販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号の表示義務が及ぶかは明文上明らかでない。また、表示義務違反の場合に行政処分の対象となるのは、販売業者又は役務提供事業者に限られており、広告又は勧誘を行った者が販売業者又は役務提供事業者から独立している場合には行政処分の対象にならない。

そこで、以上のような問題に対処するため、特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーム提供者その他の関係者に対して、通信販売事業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できるとする立法措置を講じるべきである。


4 連鎖販売取引について

(1)連鎖販売業に対する開業規制の導入

    連鎖販売取引については、全国消費生活ネットワークシステム(PIO-NET)によるマルチ取引に関する消費生活相談件数は、毎年1万件前後と多数の相談が寄せられており、2021年度の相談件数9249件のうち、20歳未満及び20歳代の相談件数は4189件と全体の45%を占め、若者が被害の中心であることが窺える。

 連鎖販売取引は、新規加入者を獲得することにより得られる紹介料等(特定利益)を伴う取引のため、その特定利益の収受を目的に違法不当な勧誘が行われやすく、更に新規加入者により勧誘が行われ、組織が拡大しやすいという特徴を有する。

 そして、近時は、各種の投資取引等を対象とした「モノなしマルチ商法」のトラブルが増加し、また、SNS等を利用した勧誘方法により組織の実態が分かりづらくなるなど、被害回復が困難な場合も増加している。

 連鎖販売取引は、一定期間にわたり取引を継続することが想定されることから、連鎖販売取引業者には、その組織、責任者、連絡先等を明確化し、取扱商品・役務の内容・価額、特定利益の仕組みなど、責任負担体制の明確化が求められるというべきである。

 そこで、連鎖販売業の開業に当たっては登録や事前確認等を要することとし、行政庁が各事業者について、当該事業者が行おうとする連鎖販売取引業の適法性、適正性を事前に審査し、取扱商品・役務の取引が違法であるおそれがあるときや、取引が適正に行われないおそれがあるときなどには登録等を拒否するものとして、適法性、適正性が確保される開業規制の仕組みを導入するべきである。

 そして、連鎖販売取引が新規加入者の勧誘により組織を拡大する性質を有し、近時はインターネットによる勧誘により、容易に全国に拡大する状況であることを考慮し、開業規制の業務を担う行政機関は、国とするべきである。開業審査については、統括者がその連鎖販売業について申請義務を負い、開業審査を経た連鎖販売業についてのみ広告・勧誘や契約の締結ができるものとすることが考えられる。

 上記規制の実効性担保及び被害者救済のため、開業規制に違反して連鎖販売取引を行った事業者については、刑事罰の対象とするとともに当該取引の相手方は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとするべきである。

(2)後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加

    近時、物品販売等の契約を締結した後に、新規加入者を獲得することによって利益が得られる旨を告げてマルチ取引に誘い込む事例(いわゆる「後出しマルチ」)のトラブルが増加している。

 このような後出しマルチは、大学生などの若者がターゲットにされる ことが多く、投資に関する情報商材などの利益収受型の物品又は役務の契約が先行することが多い。借入れをしてまで契約の締結に至ったものの、勧誘時の説明のような利益が得られない事態となった場面で、他の者を勧誘して契約を獲得できれば特定利益が得られることを誘引文句として持ち出すことにより、借入金の返済に窮した契約者が自らも勧誘員として新規契約者の勧誘に走る結果として不当勧誘が繰り返されるという構造にある。

 後出しマルチについては、特定利益の告知を勧誘時に行うか、勧誘後に行うかの違いに過ぎず、典型的な連鎖販売取引等とその危険性において変わりはないことから、特定商取引法第33条第1項の連鎖販売取引の定義規定に後出しマルチを加えるべきである。すなわち、特定利益を収受し得る仕組みを設定していながら、そのことを故意に告げないで特定負担を伴う契約を締結させ、その後に特定利益を得るための取引を勧誘することを連鎖販売取引の拡張類型として規定するべきである。

(3)不適合者に対する紹介利益提供の勧誘等の禁止

 連鎖販売取引を社会経験の不十分な①22歳以下の若年者との間で行うこと、②投資取引・投資情報等の利益収受型取引を対象商品・役務として行うこと、及び③借入金・クレジット等の与信を利用して行うように勧誘することについて、いずれも適合性に反する取引として禁止すべきである。

 上記①から③に該当する者や取引の相手方については、勧誘自体が不適正なものであることから、物品販売等の契約を締結する時点で特定利益収受の仕組みの設定や連鎖販売取引に加入させる目的の有無にかかわらず、その者との間において、新規契約者を獲得することにより紹介利益が得られることを内容とする契約の勧誘や締結を禁止するべきである。

 (4)連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設

連鎖販売取引は、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという特性から、「必ず儲かる」等の不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすく、誤認による契約を招くおそれがある。

そこで、特定負担についての契約を締結しようとする連鎖販売を行う者には、その相手方に対し、①収受し得る特定利益の計算方法、②特定利益の全部又は一部が支払われないことになる場合があるときはその条件、③直近3事業年度において加入者が収受した特定利益(年収)の平均の金額及び中央値の金額、④連鎖販売を行う者その他の者の業務又は財産状況や特定利益の支払の条件が満たされない場合等により、特定負担の額を超える特定利益を得られないおそれがある旨の説明を義務付けるべきである。

さらに、上記説明は、概要書面及び契約書面にも記載しなければならないものとするべきである。

(5)連鎖販売取引における業務・財務等の情報開示義務の新設

上記(4)と同様の理由から、①統括者がその連鎖販売業を開始した年月、②直近3事業年度における契約者数・解除者数・各事業年度末の連鎖販売加入者数、③直近3事業年度における連鎖販売契約についての商品又は権利の種類ごとの契約の件数・数量・金額、又は役務の種類ごとの件数・金額、④直近3事業年度において連鎖販売加入者が収受した特定利益(年収)の平均の金額及び中央値の金額を概要書面及び契約書面に記載しなければならないものとするとともに、統括者には、これらの事項並びにその連鎖販売業に係る直近の事業年度における業務及び財産の状況を連鎖販売加入者に開示することを義務付けるべきである。

以 上

「LGBT理解増進法」の立案・制定過程でなされた議論において誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の改正を求める会長声明

「LGBT理解増進法」の立案・制定過程でなされた議論において誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の改正を求める会長声明

 

1 2023年6月16日,性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(以下,「LGBT理解増進法」といいます。)が成立し,同月23日に施行されました。

2 同法は,立案・制定過程で,立案・制定者だけでなく市民の中からも様々な意見が出されました。しかし,残念ながら,以下で述べるように日本国憲法の基本理念に反する発言や立法事実への無理解に基づく発言が横行した結果,法制定の必要性は不当に軽視され,立法事実に基づいた法の目的やそれを達成するための手段など,法の制定過程で本来されるべき議論が必ずしも深まったとは言えませんでした。

(1)日本国憲法は,個人の尊重を最高価値とし(第13条),人は誰しも,差別を受けることなく人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る権利があることを保障しています(第14条1項)。

(2)しかし,現実の社会には,性自認や性的指向という人格の根幹に関わる属性に基づいて,性的少数者が劣位に扱われたり,市民の大多数が当然に享受する社会的,経済的,文化的な保障を受けられないという差別が存在します。性的少数者への差別は,人間の尊厳に与える影響が深刻であるのに,克服が容易でない差別の典型です。多様性を尊重する社会を目指すという理念に基づき,こうした差別の解消に向けた実効性ある法の制定が求められていました。

(3)ところが,LGBT理解増進法の立案・制定過程では,「性自認は『性自称』を含む。」,「自ら『女性』と称しさえすれば,女性用トイレや入浴施設に入ることができる。」などの誤った論旨の発言が横行しました。これらは,性自認は自らの意思では変更不可能であることへの無理解,苦痛なく利用できるトイレが不足し,日常生活に支障が生じているトランスジェンダーが少なくないことに対する無理解に基づいています。トランスジェンダー女性を,市民社会の安全や安心と「対置」すべき存在であるかのように扱い当事者に一層の不安と疎外感を与えたもので,逆に差別を助長しうる論旨であったとも言えます。

(4)当会は,このような,同法の立案・制定過程に於いて為された議論に誤った理解に基づく差別的な論旨の発言がみられたことに対して異議を唱えます。

3 こうして成立した同法は,以下の問題点を含んでおり,修正が必要です。

(1)最高裁決定,自治体の条例及びG7首脳宣言の和訳などで使われ普及している「性自認」に代わり,「ジェンダーアイデンティティ」という用語が採用されました(第2条第2項)。この用語は国民には馴染みが薄くて理解が容易ではなく,市民の理解促進の障害になりかねません。

(2)そもそも「あってはならない」差別に,「不当な(差別)」との限定が付されました(第3条)。これは許される差別があるとの誤解を招くものです。

(3)学校設置者の努力条項が事業者等の努力条項に統合された上,「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ(行う)」との文言が付されました(第6条第2項,第10条第3項)。性的少数者である子どもへの差別を減少,防止するための措置を講ずることは必須であるのに(国連子どもの権利委員会の2019年総括所見),これでは学校設置者が行う教育や啓発措置が軽視されるおそれがあります。また,家庭や地域住民の協力を得られない場合,これらの措置を行う必要がないかのような誤解を与えかねません。

(4)そして,「全ての国民が安心して生活できることとなるよう,留意するものとする」という条項が追加されました(第12条)。これは,性的指向や性自認の多様性への理解を増進する施策が,市民生活の安心を脅かすかのようであり,性的少数者への差別や偏見を増進しかねません。

4 最近の司法の動きは,性的少数者への差別克服のため社会が向かうべき方向性を示しています。

(1)2021年3月17日,札幌地方裁判所は,同性カップルの保護を含まない民法,戸籍法の婚姻に関する規定について,日本国憲法第14条に違反すると判示しました。2023年5月30日,名古屋地方裁判所も同様に判示しました。

(2)最高裁判所は,同年7月11日,経産省職員のトランスジェンダー女性の省内のトイレ使用に制限を付した人事院の判定を違法と判示しました。

複数の裁判官は,さらに補足意見を付し,重要な指摘をしました。性別適合手術は身体侵襲による生命や健康への危険を伴い,経済的負担も大きく,体質等により受けられない者もいるので,これを受けていない場合でも可能な限り本人の性自認を尊重する対応をすべきである,自認する性別に即して社会生活を送ることは重要な利益であり,特にトランスジェンダーにとっては切実な利益である,性的少数者への誤解や偏見がある現状では両者間の利益衡量・利害調整は感覚的,抽象的ではなく客観的,具体的に行うことが必要である,などです。

(3)これらの判決や補足意見は,性的少数者を取り巻く社会的,経済的,文化的状況の正しい理解や,性自認や性的指向が人の人格の根幹にあることを踏まえ,客観的,具体的に検討することによって,誰もが差別を受けることなく人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることのできる社会が形成できることを示唆しており,今後の指針となるものです。

5 以上により,当会は,LGBT理解増進法の立案・制定過程における議論に誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の「ジェンダーアイデンティティ」を「性自認」の語に改正すること,第3条の「不当な(差別)」の文言を削除すること,学校設置者の努力条項(第6条第2項)を事業者等の努力条項とは分離し独立した条項とすること,第6条第2項及び第10条第3項の「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ(行う)」との文言を削除すること,及び第12条を全文削除することを求めます。

 

2023年(令和5年)10月30日

長野県弁護士会 

会長 山 岸 重 幸

再審法改正の早期実現を求める総会決議

再審法改正の早期実現を求める総会決議

 

第1 決議の趣旨

当会は、国に対し、次のとおり、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。) の一部を速やかに改正することを求める。

1 刑訴法第435条第6号を「有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しく は免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき事実の誤認があると疑うに足りる証拠をあらたに発見したとき。」と改正すること

(1)再審の請求を受けた裁判所に、再審の請求をした者またはその弁護人から、検察官に対する請求があったときは、検察官に対し、検察官が保管する全ての証拠の一覧表を作成した上で、その提出を命じることを義務づけること

(2)再審の請求を受けた裁判所に、再審の請求をした者、またはその弁護人から開示請求のあった一定の証拠について、原則として、検察官に証拠開示を命じることを義務付けること

(3)再審の請求をしようとする者、再審の請求をした者またはこれらの者  の弁護人から請求がなされたときは、検察官は、当該刑事事件において裁判所に提出された証拠だけでなく、裁判所に未提出の証拠についても適正に保管及び保存すべき法制度を創設すること

3 再審開始決定に対し、検察官が不服申立てを行うこと(即時抗告、特別抗告)を禁止すること

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第2 決議の理由

1 再審法改正が必要であること

「再審」とは、間違った有罪判決によるえん罪の被害者を救済するために、一定の要件の下に裁判のやり直しを認める極めて重要な法制度である。刑事事件における再審の手続の定めとしては、刑事訴訟法「第四編 再審」にわずか19か条の規定が置かれているにとどまる(以下、「再審法」という。)。再審法については、日本国憲法の制定にも拘わらず、不利益再審の禁止を除いては、旧憲法下における旧刑事訴訟法の規定をそのまま引き継いでおり、刑事手続における基本的人権の尊重を重視する日本国憲法の下における「えん罪被害者の救済のための制度」(刑訴法435条参照)という理念に沿った役割を果たせていない現状にある。

日本国憲法の施行(昭和21(1946)年)から75年以上、また、現行の刑事訴訟法の施行(昭和24(1949)年)から70年以上もの時間が経過しているにも拘わらず、まったく改正されないままの現在の再審法は、我が国におけるえん罪被害者の救済の著しい妨げとなっているのである。

このように、再審法については改正すべき点が多々あり、すでに日本弁護士連合会においては「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(令和5(2023)年2月。以下「日弁連意見書」という。)を公表し、改正案を具体的に示しているところであるが、当会は、改正が必要と思われる諸点のうち、「第1決議の趣旨」に掲げた事項については、その重要性に鑑みて、特に早急な法改正を国に対し求めるものである。

2 いわゆる白鳥・財田川決定に即した再審開始要件を明らかにする改正

(1)再審請求の多くが、刑事訴訟法第435条第6号(有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。)を理由とするものであるが、その要件である「新証拠の明白性」については、上記以上の具体的な条文が存在しないことから解釈に委ねられてきた。

この点に関する、最高裁判所のいわゆる白鳥決定(最決昭和50年5月20日刑集29巻5号177頁)及び財田川決定(最決昭和51年10月12日刑集30巻9号1673頁)は、新証拠それのみで判断するのではなく、新証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用される旨判示している。

このように、白鳥・財田川決定は、えん罪被害者の救済という再審制度の理念を具体化する重要な意義を有する判例であるが、その後も無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」をあらたに発見したことを再審の理由として定めている435条6号の文言を厳格に解釈して、実質的には無罪を推測するに足る「高度の蓋然性」が求められるかのような判断がなされるなど、実際上は、「明らかな証拠」という文言が白鳥・財田川決定の存在にも拘わらず「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則を貫徹する障害になってきた。

過度に再審開始決定の要件を厳格に解釈・運用することは、白鳥・財田川決定はもとより「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則及びその背景にある日本国憲法の基本的人権の尊重の原理をないがしろにするものであり、実際上も「再審によって救済されるべき者が救済されない」という結果を招くことになる。

そこで、当会は、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化を図るという観点から、「明らかな証拠」という現在の文言を、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に対しより忠実に「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」と改めることを求めるものである。

3 証拠開示制度に関する改正

(1)近年、再審無罪判決が確定した布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件及び松橋事件ないし再審開始決定が確定した袴田事件では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させることとなった。

このように、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった証拠(裁判所不提出記録・証拠品)を再審請求人に利用させること(再審における証拠開示)が極めて重要であることは明らかである。

(2)しかし、現在の再審法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、各裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われているのが実情である。

このように、法律に明文規定がないことから、証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが係属裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な態度を取る裁判所もあるなど、裁判所によって大きな格差が生じている。

いわゆる「再審格差」「裁判所格差」の存在である。

しかしながら、たまたま証拠開示に積極的な裁判所に事件が係属した場合とそうでない場合とで、極めて重要な証拠開示の在り方が異なるということは法制度として合理的なものとはいえず、日本国憲法が保障する公平な裁判所の刑事裁判を受ける権利(32条、37条)の観点からも重大な問題をはらむとともに、再審の理念の実現の障害になるものであり、全ての裁判所において統一的な運用が図られるようにするためには、その法制化が必要である。

この点については、平成28(2016)年の刑訴法改正の際にも、再審における証拠開示の問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則第9条第3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする。」と規定されている。それにも拘わらず、再審における証拠開示法制整備については目処が全く立っていない状況にある。

(3)まず、証拠開示の対象となる証拠の存否に関して、裁判所及び再審の請求をした者、弁護人が検察官と共通の認識を持つことができるよう、裁判所は、再審請求人又は弁護人から請求があったときは、検察官に対し、検察官が保管する証拠の一覧表を作成した上で、これを提出するよう命じることを裁判所に義務づけることを法制化すべきである。どのような証拠が存在するのかがわからなければ、再審の請求をした者や弁護人としては、的確に証拠開示の請求をすることも困難となるため、証拠一覧表提出命令の義務づけは証拠開示の出発点として重要である。

(4)証拠開示命令の対象となる証拠は、本来、再審の請求をした者やその弁護人の請求による証拠はすべて開示されるべきであるが、検察官サイドから濫用等の懸念が指摘されることが想定されることにも鑑みて、一定の範囲に限定しながらもその一定の範囲を法律で明確に規定することで、証拠開示の実効性を図るべきである。

その際には、少なくとも日弁連意見書の改正案445条10で規定される範囲の証拠については証拠開示命令の対象とすることが必要であり、これ以上に開示命令の対象を限定することは証拠開示の実効性を損なうものであり許されない。

(5)証拠開示制度ないしは再審請求等手続における鑑定や検証といった事 実の取調べの実効性を確保するためには、その前提として、当該刑事事件に関する証拠が適正に保存されていなくてはならない。

現行法では、刑事確定訴訟記録法に確定記録の保管及び保存に関する 規定があるにとどまり、裁判所不提出記録や証拠品に関しては、その保管及び保存に関する法令上の根拠はなく、法務大臣訓令(記録事務規程及び証拠品事務規程)に基づいて行われているにとどまっており検察官に幅広い裁量の余地を残すものとなっている。

さらに、現在の実務では、全ての証拠が警察から検察官に送致されておらず、そもそも、いかなる証拠が、どこで、どのように保管されているのかも統一的に把握されていない状況にある。

したがって、記録及び証拠品の保管及び保存については、法令によって明確な規定を設けることが必要である。


4 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する改正

(1)再審開始決定に対しては、検察官による不服申立てが多く行われており、特に近年では再審開始を認める即時抗告審の決定に対してすらも、検察官が最高裁判所に特別抗告を行う事例が見られ、その結果、えん罪被害者の早期救済が妨げられる事案が発生している。このような事態は、日本国憲法37条が保障する迅速な刑事裁判を受ける権利の観点からも重大な問題がある。

(2)そもそも、前記のとおり、現行の再審制度の基本理念は、日本国憲法の制定に従って、専らえん罪被害者の救済のためにのみ存在する制度として再審を位置づけるものである。

そして、再審請求手続においては、検察官は、あくまで公益の代表者(検察庁法4条)として、えん罪の救済という再審法の目的、理念に資する限りで、裁判所が行う審理に協力すべき立場にとどまるに過ぎない。検察官は、刑事訴訟における単なる一方当事者ではなく、無辜の処罰の防止や裁判手続の法令違反による被告人の不利益を是正することをも含めた客観義務を負っており、このことは、刑訴法の「再審」制度に続けて「非常上告」の制度が規定されていることからもうかがわれるところである。

再審請求手続における検察官の関与・権限は、えん罪の救済という目的、理念を実現するために、裁判所が適正な手続進行を図るにあたって必要と認める限度においてのみ認められるべきものに過ぎず、検察官が通常審におけるのと同様に積極的な有罪の主張立証活動を行うことは上記の再審法の目的、理念を損なうものであって許されない。しかし、現実の再審事件の審理を見ると、あたかも検察官が再審請求人に対峙し有罪判決の維持を追求するかの如く振る舞っている実情があり、この弊害は、特に検察官が当然のように再審開始決定に対して不服申立てを行っているという点に顕著である。

再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することとしても、再審公判において検察官が確定有罪判決の正当性を主張することは当然 可能なのであるから、実体的真実発見の要請をないがしろにするものでもない。ドイツにおいても、裁判所の再審開始決定に対する検察官の即時抗告は禁止されている。

(3)袴田事件においては、平成26(2014)年の静岡地方裁判所における再審開始決定に対する検察官の即時抗告と東京高等裁判所における平成28(2018)年の再審開始決定取消決定、令和2(2020)年の最高裁判所における同決定の取消決定、さらに令和5(2023)年の東京高等裁判所による検察官の即時抗告棄却決定の確定に至るまで10年近い歳月が費やされたこと、のみならず令和5(2023)年の東京高等裁判所の決定に対し、検察官はなおぎりぎりまで最高裁判所への特別抗告をも検討していたとされることに鑑みれば、検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認めることの弊害は明らかである。

再審請求手続における検察官の役割や、えん罪被害者の速やかな救済 という再審制度の理念に照らせば、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認めるべきではなく、禁止すべきである。

                                以 上

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げ及び全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げ及び全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明

 

 

が国においては、令和4年における非正規労働者の割合が、労働者全体の36.9%という高い水準を占め、この数値は、前年の令和3年に比べてさらに0.2ポイントも上昇している。また、世帯所得の全世帯の中央値が440万円であるのに対し、年収200万円未満で働く労働者も依然として1700万人を超える状況にある(「令和3年国民生活基礎調査」(厚生労働省)「令和4年度労働力調査結果」(総務省統計局))。

このように、収入格差が社会問題化している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。

しかしながら、令和4年の最低賃金の全国平均は961円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る908円となった。仮に、全国平均の時給961円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収199万8880円にしかならない。 

これに対し、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費について、労働者が普通の生活を送るために最低必要と考えられる費用(最低生計費)を試算したところ、その金額は月額22~24万円となるとする調査結果もある。月額22~24万円という水準は、月に173.8時間働くと仮定した場合、時間給に換算すると1300円~1400円に相当し、令和4年の最低賃金の全国平均である961円を大幅に上回る。

また、地域間格差は依然として解消されておらず、最も高い東京の時給1072円に対し、沖縄県等最も低い地域の時給は853円であり、219円もの開きがある。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなった。そのため、最低賃金の地域間格差も見直し、高水準での全国一律最低賃金制度を実現する必要性も高い。

一方で、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、円滑な企業運営ができるよう配慮することも必要である。特に、中小企業にとって大きな負担となっている社会保険料の事業者負担を減免することや元請け企業と中小下請け企業間において、これまで以上に公正な取引が確保されるようにするなど、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。

令和5年5月8日以降、新型コロナウィルスの感染症法上の位置づけが5類感染症に移行したが、労働者、住民は、依然として、日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、休職を余儀なくされたり、職を失ったりした者も多く、極めて深刻な事態に陥っており、早期に最低賃金の引き上げがなされるべきである。

以上より、当会は、国に対し、全国一律最低賃金制度の実現と中小企業への十分な支援策を講じるよう求めるとともに、地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。

 

                    2023年(令和5年)6月15日

                      長野県弁護士会

                      会長  山 岸 重 幸

76回目の憲法記念日に寄せる会長談話

76回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 

1 はじめに

 本日,第76回目の憲法記念日を迎えることになりました。

 第二次世界大戦の惨禍を教訓として誕生した日本国憲法は,人間社会のあらゆる価値の根源が個人にあることから,他の何にもまさって個人を尊重しようとする個人の尊厳を最高価値とし(13条),基本的人権の尊重(第3章等),国民主権(前文,1条,41条等),平和主義(前文,9条)を基本原理として定めています。さらに,これらの重要な価値を国民が十分に享有できるよう,国家機関がその権力を濫用しないためにその権限を制限する立憲主義の原則を完徹しています(98条,99条等)。

 しかしながら,後述のとおり,ロシアによるウクライナ侵攻を含む昨今の国際情勢に伴い,中国や北朝鮮の動向といった抽象的な時流を口実にした政策決定等が行われ,その中で恣意的な憲法解釈がなされるなどしており,日本国憲法が持つこれらの普遍的な価値が揺らいできているという強い危機感を抱いています。

 そこで,上記の問題意識の下,喫緊の課題である ①防衛政策の大転換と平和主義,②緊急事態への対処と憲法改正,そして,③LGBT法の制定と個人の尊厳・平等権の3つの問題について,当会会長として今日この日に思うところを述べることにしたいと思います。

 

2 防衛政策の大転換と平和主義

 日本国憲法は,前文で国際協調主義と平和的生存権を謳い,9条では国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使を否定し,戦力の保持を一切認めないという徹底した恒久平和主義を貫いています。

 従前の政府解釈においては,個別的自衛権およびこれに基づく必要最小限度の自衛権を行使する実力組織としての自衛隊を肯定してきましたが,海外での活動や武器使用に対しては極めて慎重かつ限定的な対応を採り,あくまでも専守防衛に徹するという態度を堅守してきました。それは,憲法9条が,人権侵害の最たるものであり違法である戦争を,日本だけでなく全世界から排除するという崇高な理念と,仮に個別的自衛権の行使が許されるとしても,そこには厳格な枠組みを設けるべきといった規範性を有するものと解されてきたからだと思います。

 ところが,近時,政府与党は実質的にその解釈に変更を加え,安保法制により集団的自衛権を認め,昨年12月には,閣議決定により,安保三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定を行ないました。同改定は,具体的には,武力攻撃が発生した場合に対処するため相手国の領域(特にそのミサイル基地等)において有効に反撃できる反撃能力(敵基地攻撃能力)を認めるものであって,さらには,このような防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額(5年間でGDP比2パーセント,総額で43兆円程度にする。)を企図する内容となっています。まさに,日本の防衛政策の大転換が図られようとしています。

 しかしながら,武力攻撃が発生したか否かの判断はミサイル発射に着手したかどうかを基準にすると言われていますが,発射の着手を把握することは困難であり,その判断を誤れば日本が違法な先制攻撃をしたこととなってしまいます。また,反撃能力が集団的自衛権の行使に用いられた場合,同盟国(米国)に対する武力攻撃があった時に,日本に対する攻撃がないにも係わらず相手国に対してミサイル攻撃等を行うことになり,武力の応酬に巻き込まれることになってしまいます。正に集団的自衛権の危険性が顕在化することになってしまうのです。何よりも,こうした防衛政策の大転換は,専守防衛に徹し,個別的自衛権に対しても厳格な制限を設けていると解されている9条の規範から逸脱するものと言わざるを得ないでしょう。

 更に,このような安保三文書改訂に関しては,防衛能力の具体的要件や攻撃対象といったものについて,国民に対して十分な説明がなされておらず,国会でも十分な議論がなされたとは言えません。また,軍事費増額の問題に関しても,その必要性や財源について国民の理解は決して深まっていないと思われます。防衛政策は国民の生命や財産,生活に直結するものであり,その内容がつまびらかに開示され,国民の議論に委ねられなければならないものであると思います。国民に情報提供がなされないまま事が進められていくとするならば,それは国民主権の根幹を脅かすものと言わざるを得ません。

 世界の現状に目を転ずれば,核の威嚇や抑止力によりかろうじて平和を維持しようとする状況にありますが,これがいかに脆いものであるか,また危険なものであるか,唯一の被爆国であり核兵器による甚大な被害や悲惨さを語り継いできた日本国民は,身をもって感じています。日本国憲法が掲げる徹底した平和主義の理念は,人類が目指すべき崇高な理想であると考えます。防衛政策において,日本が果たすべき役割は,主体的に近隣諸国や大国間の緊張関係をできる限り解きほぐし,平和的共存関係をめざす外交努力を尽くし,アジアやアフリカの諸国民と連携しつつ,一切の戦争を起こさせないことにあると思っています。

 

3 緊急事態への対処と憲法改正

 現在,衆議院憲法審査会では,緊急時の衆議院議員の任期延長を認める憲法改正の議論がなされており,与党だけでなく一部野党もこれに賛成しています。この問題は,それだけにとどまらず,内閣総理大臣若しくは内閣が緊急事態と判断した場合に,法律ではなく政令で基本的人権の制限を行うことができるようにする緊急事態条項を憲法の中に入れ込む改正へと連鎖していくものと予測されます。

 しかしながら,日本国憲法が採用する間接民主制において国民が自らの政治意思を国政に反映させるためには選挙制度が重要な意味を持っていることは言うまでもないところ,仮に緊急時であるとしても,衆議院議員の任期を延長することは国民の選挙権・参政権を制限するものであるため拙速な判断と言うべきです。憲法上は参議院の緊急集会の制度も規定されていることから,これを実効的に活用することがまずは求められているものと考えます。

 また,緊急事態条項に至っては,ドイツにおけるナチスの台頭や我が国における軍部の暴走より戦争に突き進んだことなど歴史的に見ても問題があるだけでなく,内閣や内閣総理大臣が,本来立法や財政に関する国会の権限を棚上げして自らその権限を行使し,非常事態宣言により国民に過度な人権の制限を強要するものであって,権力分立の観点からも人権保障の観点からも認めることはできないものと思われます。何よりも,権力を縛るはずの憲法が内閣に堂々と専権を与えることは許されざることと言うべきです。

 

4 LGBT法と個人の尊厳・平等権

 現在議論されている「LGBT法(案)」とは,レズビアン・ゲイ・バイセクシャルといった性的指向およびトランスジェンダーといった性自認に係わる問題について理解を深め,差別を無くしていこうとする法案のことを言います。

 日本国憲法が最高の価値として掲げる個人の尊厳は,国民一人一人の生命や人格を相等しいものとして尊重することを意味しています。個人の命や人格に格差を設けることは,平等権(14条)に反するものとして決して許されるものではありません。

 人の性自認,性的指向というものは千差万別であり,これらは,それぞれの人の「嗜好」として自由に選択できるものではないことに注意しなければなりません。例えば,異性愛者の人は,国から「明日から同性愛者になって下さい」と命令されても,なれないと思います。それは,その人の人格に直結するものであり,トランスジェンダーや同性愛者に対して差別的な取扱をすることは,その人の人格を侵害することにほかなりません。

 LGBT法に関しては,ようやく制定に向けての議論が始まっていますが,今だに,差別の認識はそれぞれ違うとか,訴訟が増えるなど意図しない影響を社会に与える可能性がある,といった反論がなされています。また,法整備が進めば,「男性であっても『私の心は女性』だと言いさえすれば,女性の入浴施設に入れるようになる」といった事実無根の言説が流布されています。しかし,このような言説は,性別によって分けられている共同施設の利用の可否や方法が利用者本人の申告のみによって決定される性質のものでないことをあえて度外視した不合理なものです。そして,差別を受ける者の苦痛(その人が持つ権利が侵害されていることに伴う苦痛)を謂れなく増大させ,性自認が,「その人が自身の性別の感覚として深く感じていて,実感してきた性別」であることや,それは人格の奥底にあるものであって当事者ではどうすることもできないということを十分認識していないものと言わざるを得ません。

 人が人を差別することを無くすために,差別される人たちの痛みを知り,自分も他人も共に尊重し合う,そういった多様性を認める社会を構築していかなければなりません。そして,性的マイノリティの人々に対して,これまで長い間,無知,無理解,誤解を持ち続け,蔑視し疎外し嘲笑してきてしまったこと,今から26年前の東京高裁平成9年9月16日判決が,「一般国民はともかくとして,都教育委員会を含む行政当局としては,その義務を行うについて,少数者である同性愛者をも視野に入れた,肌理(きめ)の細かな配慮が必要であり,同性愛者の権利,利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって,無関心や知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。このことは現在では勿論,平成2年当時においても同様である。」と述べていたのに,現在なお,上述したような差別的言説がやまず,時として勢いを増してしまうことがあること等も踏まえると,差別解消のためには,LGBT法の制定は急務であると考えます。

  

5 さいごに

 繰り返しになりますが,日本国憲法は,個人の尊厳を根本価値としつつ,自由主義(平等主義や福祉主義を含む),民主主義,平和主義といった基本原理を定め,国民の生命や人格,権利といったものを徹底的に保障しています。また,国民の人権が十分に守られるために,国家権力の濫用が為されないよう,その行使については厳格に制限するといった立憲主義の立場を明確に打ち出しています。こうした日本国憲法が定める規範というものは重い意義を有していると確信しています。

 しかしながら,最初に述べた通り,憲法の文言や条文を改めないままに,その解釈の実質的な変更が加えられる解釈改憲が平然と行われている実情に鑑みると,日本国憲法の持つ根本理念や基本原理自体までもが揺らいでいると考えられ,そのことに対して強い危機感を抱かざるを得ません。立憲主義についても,そうした動きの中で,軽視されてきていると率直に感じています。

 ところが,ロシアによるウクライナ侵攻以来,報道機関の世論調査等によれば,さらなる防衛力増強やいわゆる反撃能力について,過半数の支持が得られるようになっています。国際情勢の変化に応じて憲法9条が改正されるべきといった議論も数多くなされるに至っています。

 このような情勢下において,憲法を守ることは本当に机上の空論でしょうか。戦後日本国憲法の下,憲法9条という大きな反省に基づいたいわば「重石」によって,曲がりなりにも日本は70年以上世界中に1国たりとも敵国を作ることなく平和を維持してきたことは紛れもない事実です。そして,日本国憲法がもたらす平和の下,奇跡的な経済発展を成し遂げてきました。しかしながら,この国が再度戦火に覆われたなら,再び平穏な日常を取り戻すことができるのでしょうか。憲法9条がもたらしてきた70年以上にわたる恩恵を本当に手放していいのでしょうか。この平和を維持するためには,軍事力による以外に方法はないのでしょうか。私たちは,むしろ,憲法の精神を世界各国に広めていくことこそ真の意味で戦争という惨事を防ぐ最大の手段であると考えています。

 

 私たちは,基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする弁護士として,憲法が定める根本理念や基本原理,立憲主義といったものの重要性を噛みしめ,憲法規範に対する変更への動向には常に注意を払い,日本国憲法が硬性憲法であることの意味を重視し,安易な解釈改憲や憲法改正がなされないよう全力を尽くす所存です。

 

2023年(令和5年)5月3日

             長野県弁護士会

                      会 長   山  岸  重  幸

司法修習生のいわゆる谷間世代への一律給付実現を求める会長声明

司法修習生のいわゆる谷間世代への一律給付実現を求める会長声明

 

司法制度は、社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラです。司法修習は、法曹が、公共的に重要な役割を担うことから、国が、司法試験合格者に対して、統一した専門的な実務研修を命ずるものであり、司法修習生は、裁判官、検察官、又は弁護士としての実務に必要な能力を習得し、高い識見・倫理観や円満な常識を養うため、修習に専念すべき義務を負っています。このように、司法修習は、三権の一翼を担う司法における人材養成の根幹をなす制度であり、かかる制度を公費をもって行うことは国の責務であって、当会は、2011年に廃止された司法修習生への給費制を復活させるべく活動をしてきました。

その後、2017年4月19日に司法修習生に対して修習給付金を支給する裁判所法が改正されることとなり、第71期以降の司法修習生が改めて公費をもって養成されることとなったことを一つの前進として歓迎する一方、残された問題にも取り組んできました。

残された問題の一つが、2011年から2016年の間に司法修習生となった人らに対して、一切給付がなく、また事後的な是正措置も採られていないことです。すなわち、この期間に司法修習生となった人のみ無給での司法修習を強いられたこととなり、著しい不公平が残ることとなっています(いわゆる谷間世代問題)。

谷間世代は全法曹人口の約4分の1を占めており、また弁護士会での公益的活動において重要な役割を担うべき世代となっています。

しかし、無給であった司法修習中に大きな経済的負担を負い、これに加えて大学・法科大学院での奨学金債務を抱える者は少なくありません。日本弁護士連合会が2019年に実施した谷間世代に対するアンケートでは、多くの谷間世代の弁護士が、経済的困難が解消されれば、活動範囲を広げ、社会のためにさらに役に立ちたいと考えていることが明らかとなっています。谷間世代が抱える経済的負担や不公平感を解消することは、充実した公益活動にもつながり、市民の権利実現に資するものとなります。

この谷間世代の問題について、名古屋高等裁判所は、2019年5月30日、給費制廃止違憲訴訟判決において、従前の司法修習制度の下で給費制が果たした役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性については、決して軽視されてはならないものであって、いわゆる谷間世代の多くが、貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い、貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり、他の世代の司法修習生に比し、不公平感を抱くのは当然のことである、例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分に考慮に値するのではないか、と述べています。

2018年から司法修習中の貸与金の返還が開始され、経済的負担が顕在化しており、谷間世代への事後的救済措置の整備は切迫した問題となっています。事後的救済措置として谷間世代へ一律給付の実現を求める活動は、多くの国会議員の応援のメッセージを受け、2023年3月には全国会議員の過半数を超えるに至りました。

このような状況に鑑み、当会は改めて、内閣及び国会に対し、司法修習生のいわゆる谷間世代へ一律給付を実現する立法措置を求めます。

 

2023年(令和5年)4月14日

長野県弁護士会       

                                                                                                                                                            会長 山  岸  重  幸 

袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関する会長声明

袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関する会長声明 

 

 

1 東京高等裁判所(大善文男裁判長)は、2023(令和5)年3月13日、いわゆる袴田事件の第二次再審請求の差戻後の即時抗告審において、再審開始を認め、袴田巌さん(以下、「袴田さん」という。)に対する死刑の執行及び拘置を停止し、その身柄を釈放した原決定(静岡地裁2014(平成26)年3月27日決定。以下、「原決定という」。)に対する検察官の即時抗告を棄却し、再審開始を支持する決定をした(以下、「本決定」という。)。

2 袴田事件は、1966(昭和41)年6月30日に静岡県清水市(当時)で発生した味噌製造会社役員の家族4人が殺害された強盗殺人等事件の被疑者として、袴田さんが逮捕、起訴された事件である。袴田さんは、捜査機関による苛烈な取調べ(連日連夜12時間以上の取調がなされ、時に16時間を超える時もあった。また、取調室内に便器を持ち込んで用便させることまで行われた)により、意に反する自白調書を多数作成された。その後公判において犯行を否認し、切に無実を訴えたにも拘わらず、死刑を宣告され、長きにわたる死刑執行の恐怖のもと、実に48年の長きにわたり身柄を拘束され続けた。

袴田さんは、上記1の原決定を受け、ようやく自由の身となったものの、これを不服とした検察官の即時抗告審である東京高等裁判所2018(平成30)年6月11日の再審開始取消決定により、再び再審の門は閉ざされた。

  しかし、これに対する最高裁判所の2020(令和2)年12月22日決定により、上記再審開始取消決定は取り消され、再び、東京高等裁判所において再審開始についての審理がなされ本決定に至ったものである。

3 袴田事件は、以前より冤罪の疑いが強い事件として、日本弁護士連合会における再審請求支援事件とされていたものであり、本決定が正当にも指摘するとおり、確定有罪判決の根拠となった証拠は極めて薄弱なものであった。

  本決定は、上記1の最高裁判決が審理のやり直しをするよう求めていた「袴田さんが犯行時に着用していたとされる5点の衣類」の証拠としての信用性について、検察官の提出した証拠と弁護人の提出した証拠を詳細に吟味し、その信用性を否定した。そして、この証拠が確定有罪判決の主要な根拠となっていたことから、その他の有罪の根拠とされた証拠についても詳細に証拠としての価値を吟味した上で、袴田さんを犯人であると判断した確定有罪判決の認定に合理的な疑いが生じることは明らかであるとした。また、本決定は、上記「5点の衣類」について、袴田さん以外の第三者が、事件から相当期間が経過した後に、発見されたタンク内に隠匿した可能性が否定できず、その第三者としては「事実上捜査機関の者による可能性が極めて高い」とも指摘している。 

4 

(1)袴田さんは、上記のような信用性に重大な疑問のある証拠によって、半世紀近くにわたり、被疑者・被告人・死刑囚の立場に置かれたものであって、本決定により、冤罪の疑いがさらに強まった。それにとどまらず、袴田さんが真犯人でないとした場合、警察・検察は、真犯人を検挙することを怠り、4人の被害者の尊い命を奪った者の刑事責任追及の機会を逸したのみならず、証拠のねつ造により無辜を死刑判決に陥れようとした可能性が高いということになる。

(2)そもそも再審は、その要件自体が非常に厳しく制限されており、検察官が、裁判所の再審開始決定に対しさらに即時抗告等の不服申立を行うことが許容されること自体、法制度として重大な疑問がある(この点につき、日本弁護士連合会「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」2023(令和5)年2月17日)。

袴田事件においても、2014(平成26)年の原決定からだけでもすでに9年以上が経過しており、その間袴田さんは、上記2の経過のとおり検察官の不服申立てによって、再審を迅速に受け救済される機会(憲法32条)を実質的に妨げられてきたのである。

(3)袴田事件では、再審請求段階になって、弁護人からの要請や裁判所からの訴訟指揮に応じ、多数の検察官手持ち証拠が開示され、その中には、検察官に不利な証拠も含まれていた(本件5点の衣類のカラー写真や取調状況を録音した録音テープ等)。

(4)以上に照らし、当会は、再審制度について、再審請求における証拠の全面的開示制度、再審開始決定に対する検察官による不服申立の禁止をはじめとした、えん罪被害者を速やかに救済する再審法改正の実現を国に対し求めるとともに、その実現を目指し、尽力する所存である。

5  また、当会は、袴田さんが薄弱な根拠によって死刑を宣告され、死刑判決確定(1980(昭和55)年)から実に40年以上にわたって死の恐怖にさらされていることについても、極めて重く受け止めている。誤判に基づいて死刑が執行された場合、いかに死後再審で無罪判決が宣告されても決して取り返しはつかないのであり、袴田事件はこのような死刑制度の有する危険性を如実に示すものである。

人が人を裁く以上、誤判の危険性は払拭できない。

当会は、本決定を踏まえ、死刑制度の存廃に関しても、引き続き真摯に議論を行う所存である。

 

                                                                                          2023(令和5)年4月12日                                                                                                                                           長野県弁護士会

                                                                                                                 会長 山 岸 重 幸

オンライン接見の実現を求める会長声明

オンライン接見の実現を求める会長声明

 

第1 声明の趣旨

  当会は、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見の実現を強く求める。

 

第2 声明の理由

1 現在、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会において、刑事手続における情報通信技術の活用に向けた法整備の在り方についての議論がなされている。部会では、被疑者・被告人(以下「被疑者等」)と弁護人等との接見を映像・音声の送受信により行うこと(以下「オンライン接見」という。)についても検討がなされているが、現在までの議論状況をみると、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見に関しては、被留置者による逃亡・罪証隠滅の防止、面会者の本人確認等に対応するためには相応の人的・物的体制整備が必要であるとの予算の問題などが指摘され、消極意見が強い状況にある。

2 しかしながら、予算を必要とするのは刑事手続のIT化全般に言えることであり、国が刑事手続のIT化を推進する以上、必要な予算措置は講じるべきである。また、逃亡・罪証隠滅の防止及び本人確認等の対応については、運用の工夫により十分に対処することが可能である。

3 そもそも、身体拘束を受けている被疑者等の弁護人依頼権は憲法34条によって認められた権利であり、憲法38条1項の不利益供述強要の禁止を実効的に保障するための弁護人の被疑者等に対する接見交通権が最大限尊重されなければならないことは憲法上の要請といえる。

4 もちろん、弁護人は、被疑者等の勾留場所に赴いて接見を行うことが原則であるが、逮捕直後に接見を行う必要性がある場合、勾留場所が遠隔地である場合、緊急に短時間の打ち合わせを行う必要性がある場合には、オンライン接見を行う必要性が高い。近時、長野県内では、長野拘置支所が廃止されたことに伴い被疑者等が長野刑務所に収容される機会が増えていること、新型コロナウイルス感染症の拡大予防の観点から陽性者を収容する留置施設が限定されたこと、女性被疑者の留置施設が限られていること及び裁判員裁判が本庁と松本支部でしか行われないことに伴い、弁護人の事務所所在地から離れた拘置所に被疑者等が移送されることが多いことからしても、接見交通権の実質的な保障を確保するためには、オンライン接見を実現することが必要不可欠である。

なお、オンライン接見は、実質的な弁護活動として行うものであることから、当然、単なる外部交通の方法として映像・音声の送受信により行うものではなく、秘密が確保された接見であることが必要であることは言うまでもない。

5 IT技術の革新によって捜査・公判におけるIT化が積極的に検討される中で、捜査機関、裁判所の便宜のための仕組みが整備される一方で弁護人と被疑者等とのオンライン接見が実現されないとしたら極めて憂慮すべき事態である。オンライン接見は、弁護人の接見の一態様として、憲法上最大限の尊重が要請される接見交通権を更に充実させる制度であることから、刑事手続のIT化が法整備されようとしているこの機を逸さずに必ず実現されなければならない。

6 以上より、当会は、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見の実現を強く求める。

 

2023年(令和5年)4月12日

 

                                                                                                 長野県弁護士会

会長 山 岸 重 幸

入管法改正法案に反対する会長声明

入管法改正法案に反対する会長声明

 

2023年(令和5年)4月11日

長野県弁護士会

会長  山 岸 重 幸

 

日本国政府は,2023年(令和5年)3月7日,第211回国会に出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案(以下「新改正法案」という。)を提出した。

新改正法案は,2021年(令和3年)2月19日に第204回国会に提出された出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案(以下「旧改正法案」という。)が,各方面からの強い批判に晒された結果取り下げられた経緯があるにもかかわらず,その内容をほぼそのまま維持したものであり,国籍を問わず認められるべき人権保障の見地から見て極めて問題の多い内容となっている。

まず,新改正法案は,旧改正法案にあった現行法の難民認定申請による送還停止効(第61条の2の6第3項)を制限して原則2回までとし,3回目以降の難民申請者は送還することができるという改正を維持している。日本国では,2021年(令和3年)に難民と認定されたのが僅か74名であり,難民認定者数自体は過去最多であったものの,不認定とされた者は一次審査と審査請求を行った者の合計で1万人を越えており,難民認定率が他国と比較して圧倒的に低いままである。難民認定率が低いことに対しては,もともと難民の要件に該当しない者が申請しているに過ぎないという反論があるが,日本国で難民認定申請を行う者は他国での申請者と比較して難民の要件に該当しない者の割合が多いことを示す根拠はなく,日本国における難民認定率が際立って低いのは不合理であると認められる。国連人権規約委員会が2022年(令和4年)11月9日に公表した市民的及び政治的権利に関する国際規約の実施状況に関する第7回日本政府報告書に対する総括所見(以下「総括所見」という。)において強い懸念を示した上で,国際基準に則った包括的な難民保護法制を早急に採用することを勧告するなど,国際社会からも強い批判を受け続けている。このように,難民認定率が他国と比較して圧倒的に低いという状況を変えないまま送還停止効を制限する改正を行えば,難民を生命や自由が脅威に晒されるおそれがある国へ強制的に追放したり,帰還させてはならないという「ノン・ルフールマン原則」に反する送還が多発する事態が想定されることから,当会はこれに強く反対する。

新改正法案は,難民認定の基準を緩和させる方向を示さない一方で,補完的保護」制度も設けている。補完的保護制度は,条約上の「難民」には該当しないものの,命の危険や拷問,品位を傷つける取扱いなどの迫害を受けるなど,他国での保護を必要とする人を保護するための制度で,難民条約による保護を「補完」する枠組みとして,各国において長年にわたり制度化・運用されてきた歴史がある。しかし,例えば,旧改正法案の際の政府解釈によれば,「補完的保護対象者」となるための「迫害を受けるおそれ」とは,迫害を受ける人が迫害主体から個別的に把握されていることを要するとされる極めて限定的なものであり,難民認定率の高い他国の制度と比較しても狭い定義であって,国際社会の基準を踏まえたものではない。ウクライナ戦争から避難してきた人々を補完的保護制度により保護すべきという主張があるところ,この基準では,これらの人々が補完的保護対象者となる保証は全くない。そもそも難民条約は紛争から逃れた人にも適用されるとするのが国際的理解であり,「紛争から逃れた人は,補完的保護でなければ保護されない」というのは,本来の難民保護のあり方を踏まえない誤った制度構築である。まずもって,難民として保護されなければならない者をきちんと迅速に難民と認定する制度が確立されなければならない。しかるに,日本国の現状は,難民申請した者についての認定率が不合理に低いことは前述のとおりであるが,それに加え,報道等によれば,難民申請の道すら不当に閉ざそうとする入管行政がなされている可能性もある。すなわち,2022年(令和4年)には133人のアフガニスタンからの避難民が難民と認定されたが,そのうち98人は在アフガニスタン日本大使館の元現地職員とその家族ら合計170人のうちの一部であるとか,認定されなかった避難民は,外務省担当者から一人ずつ呼び出されて「日本での暮らしは地獄になるぞ」「日本語ができないと仕事はない」「アフガニスタンに帰った方がいい」等と言われたり,外務省から雇用契約を打ち切ると言われたりして,難民申請を諦めた人々であるとされる。こうした現状を踏まえるならば,難民認定制度でまず変えていくべきなのは,難民申請の道を開き,かつ難民認定率を世界水準にすることであり,これを変えることなく限定的な補完的保護制度を設けることは相当ではない。

新改正法案には,入管収容にあたっての司法審査の新設や収容期間の上限の導入に関する規定は含まれない一方,3か月毎に収容継続の必要性を判断し「監理措置」に移行できるか検討する仕組みが設けられている。しかし,「監理措置」を行うのは裁判所などの機関ではなく,収容を行う主体である出入国在留管理庁である。収容の主体がその継続の必要性を自ら判断するという「監理措置」では,公平な判断がなされる保証は全くない。これに対し,日本弁護士連合会や当会を含む各単位弁護士会等は,従来から,人身の自由を制約する入管収容にも適正手続の憲法上の保障が及び,これを確保するための司法審査の導入や,退去強制令書が発付されたあとの収容期間に上限を設けることを訴えてきた。総括所見も同様に,裁判所の実効的な審査が受けられるようにすることや収容期間に上限を設けることを勧告している。現在の入管法でまず改正すべきは,入管収容にあたっての司法審査の新設や,収容期間の上限の導入である。

以上のように,新改正法案は旧改正法案の問題点をそのまま引き継いでおり,難民保護制度と入管収容制度の双方で国際基準を満たしたものとはいえず,外国籍者に対する深刻な人権侵害を一層助長するものである。

2021年(令和3年)2月19日の旧改正法案提出以降,同年3月6日には名古屋出入国在留管理局に収容されていた33歳のスリランカ国籍の女性が死亡し,2022年(令和4年)11月18日には東京出入国在留管理局に収容されていた50代のイタリア国籍の男性が自殺するという痛ましい事件が続いている。入管の被収容者が死亡する事件は,2007年(平成19年)以降,実に18人を数えている。希望を抱いて日本国に来たはずであるこれら18名の方々が,失意の中で命を絶ったり,あるいは適切な医療を受けられない苦しみ等の中でこの世を去って行ったことに対し,当会は深い悲しみと強い憤りを覚える。現在の日本国政府が最優先で行うべきなのは,これまで見てきたような改正ではなく,難民認定制度の改善や上記入管収容にあたっての司法審査新設や収容期間の上限の導入,そして,入管の被収容者が適切な医療を受けられずに死亡したり,自殺に追い込まれたりすることのない新たな制度の構築である。

当会は新改正法案に反対するとともに,国際的な人権水準に沿った抜本的な入管法改正を行うよう強く求める。

以 上

SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書

SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書

 

第1  意見の趣旨

 総務省、消費者庁及び消費者委員会に対し、以下の点につき調査するよう求める。

①ソーシャルネットワーキングサービス(以下「SNS」という。)(特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないもの)が詐欺行為や消費者被害(以下「詐欺行為等」という)の誘引手段として多用されている実態

②SNS事業者による本人確認の実態及びその記録の保管状況

③SNS利用者を特定する情報について、弁護士法第23条の2に基づく照会がなされた場合のSNS事業者の対応状況

 総務省に対し、第1項記載の調査を踏まえ、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための、実効性のある措置を講じるよう求める。

具体的には、SNS事業者における本人確認義務の導入、SNS利用者を特定する情報の照会に対してSNS事業者が適切な対応をするための対策、SNS事業者の適切な本人確認記録の保管義務の導入、消費者からの本人確認記録の開示請求制度及び開示した場合のSNS事業者の責任制限規定の整備等を検討するよう求める。

 消費者庁及び消費者委員会に対し、第1項記載の調査を踏まえ、総務省が第2項記載の実効性のある措置を速やかに講じるよう、総務省に対する適切な働きかけまたは意見表明の実施を検討することを求める。

第2 意見の理由

1 SNSを犯罪ツールとして悪用した被害の増加

SNSは、利用者数が増加の一途をたどり、生活に欠かせないコミュニケーションツールとして社会的に極めて重要な役割を果たすようになっている。

そのため、SNSが犯罪ツールとして悪用される事案も多発している。このことは、SNS事業で日本最大のシェアを有するLINE株式会社(以下「LINE社」という。)が公表している、日本の捜査機関からの開示請求要請件数が増加傾向(少なくとも高止まり傾向)にあることからも分かる[1]

また、内閣府消費者委員会のデジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループが令和4年8月に公表した報告書においては、SNSで知り合った相手からの誘いがきっかけとなる消費者トラブルが増加していると指摘されている。

2 本人確認規制が不十分であること

このようにSNSが犯罪ツールとして悪用され、あるいはSNSをきっかけとした消費者トラブルが増加する一因として、SNS事業者による本人確認規制が不十分なままであることが考えられる。

たとえば、LINE社が提供する「LINE」のユーザーとして新規登録するには、住所・生年月日のみならず名前(実名)の登録すらも不要である。また、LINEへの新規登録を行うには電話番号の登録及びショートメールサービスを用いた認証(以下「SMS認証」という。)が必要であるものの、SMS認証は、必ずしもショートメールが送られた先の携帯電話の契約者がLINEの新規登録者本人であることを保証するものではない。例えば、当該携帯電話の所持者が、第三者に対し、その番号及び認証コードを提供すれば、当該第三者は当該携帯電話の所持者ではないにもかかわらず、LINEに新規登録することが可能となる。実際にも、近時、SMS認証代行業者の存在が問題視され、警察による悪質な業者に対する取り締まりが行われている。

そして、こうした本人確認が不十分である実態は、LINE社のみならず、多くのSNS事業者に共通しているのが現状である。

このように、SNS事業者の本人確認は不十分であるが、現在の法規制は携帯電話不正利用防止法上の携帯音声通信事業者や、犯罪収益移転防止法上の電話受付代行業者・電話転送サービス事業者等に本人確認義務を課しているにとどまる。そのため、携帯電話通信に該当せず、電話回線を使用しないLINE等のSNSは、当該規制には服さないものとなっている。

平成18年4月に施行された携帯電話不正利用防止法は、携帯電話が特殊詐欺等の犯罪ツールとして多用されるようになったことを受けて、携帯電話事業者に契約者の本人確認を身分証明書等の公的な本人確認書類で行うことを義務付けたものである。SNSが犯罪ツールとして悪用される事案が多発している現在、携帯電話不正利用防止法と同様の厳格な本人確認規制を導入すべきである。

3 被害救済の困難性

詐欺行為等の被害者が、被害回復のため民事訴訟の提起や交渉を行おうとする場合、相手方の特定が必要不可欠である。相手方の特定につながる情報としては、①相手方のSNSアカウントを特定するID、②相手方が登録した電話番号、③相手方の氏名等が考えられる。

しかし、たとえばLINEでは、LINE IDの登録は任意であり、登録してもメッセージ画面には表示されない。また、登録電話番号が他者に表示されることはなく、氏名も任意の名前での登録・変更・表示が可能であるため、被害者が相手方の特定につながる情報を全く得られないことが非常に多い。

そのため、被害者が、LINE社に対し、詐欺行為等に用いられたLINEアカウントについて、相手方を特定するための情報について照会しようとしても、LINE社に対し照会を行う手掛かりすら得られず、被害回復ができない結果となる。

ごく稀に、被害者が詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握できていることがあるが、この場合であっても、LINE社は、詐欺行為等に関与した相手方を特定するための情報に関する弁護士法23条の2に基づく照会(以下「弁護士会照会」という。)に対し、回答することに消極的な傾向にある。

また、LINE社は、弁護士会照会に対し、「対象アカウントが退会しているので調査できない」旨の回答をすることもある。仮にLINE社が退会した利用者の情報を直ちに削除するような運用を行っているとすれば、詐欺行為等に関与する者らが被害者から金員を詐取した後にLINEアカウントを削除してしまえば詐欺行為者らを特定する情報は全く存在しないことになり、詐欺行為者らは、容易に逃げおおせてしまうことになる。

このようなLINEの仕組みないしLINE社の運用は、LINEが利用された詐欺行為等の被害救済を極めて困難にしている。


[1] LINE Transparency Report 捜査機関からのユーザー情報開示・削除要請

https://linecorp.com/ja/security/transparency/2022h1

4 弁護士会照会への回答が通信の秘密を侵害しないこと

なお、SNS事業者が、利用者の電話番号やメールアドレス等の相手方を特定するための情報に関する弁護士会照会に対して回答を行っても、通信の秘密(憲法21条2項後段、電気通信事業法4条、同法179条)を侵害することにはならない。

総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成29年総務省告示第152号。最終改正平成29年総務省告示第297号)の解説」において、「個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」としている。また、携帯電話事業者は、通信の秘密を守るべき電気通信事業者であるが、契約者の住所・氏名等が個々の通信の内容が推知されるものではないことから通信の秘密の保護の対象外であるとして、弁護士会照会に回答してきた実績がある。

SNS事業者が弁護士会照会に対し回答する場合も同様であり、電話番号やメールアドレス等の照会に回答したとしても、個々の通信の内容が推知されるものではなく、通信の秘密を侵害するおそれはない。

5 実効性のある措置の提案

上記のような問題に対処するための実効性のある措置として、以下のようなものが考えられる。

第1に、SNS登録時に本人確認を義務化すべきである。本人確認の際は、公的な身元確認書類によって氏名・住所・生年月日を確認することが望ましい。

第2に、被害者がSNSを用いた詐欺行為等を行う者らのアカウントを特定する情報を取得できるような体制を整備すべきである。たとえば、被害者からSNS事業者に対する通報や、被害者が依頼した弁護士からのSNS事業者に対する通知に基づき、SNS上のIDや、それに代わるSNS上のアカウントを特定しうる情報を開示するなど、相手方特定を可能とするような適切な措置を講ずることなどである。

第3に、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士会照会がなされた場合、照会先に報告義務があることを踏まえ(最高裁第三小法廷平成28年10月18日判決)、照会先であるSNS事業者は事案及び照会事項に応じて適切に報告しなければならない点を、周知徹底させるべきである。

第4に、犯罪収益移転防止法が定めるように、たとえ相手方がSNSのアカウントを削除したとしても、SNS事業者が同相手方の特定情報を直ちに削除することのないよう、本人確認記録の適切な保管義務等を課すべきである。

6 結語

以上により、当会は、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において速やかに実態を調査の上、適切な措置を講じることを求める。

 

2023年(令和5年)4月11

長野県弁護士会

会長 山  岸  重  幸

木曽地域の司法アクセスを改善し、地域司法の充実を推進する決議

木曽地域の司法アクセスを改善し、地域司法の充実を推進する決議

 

第1 決議の趣旨

当会は、日本弁護士連合会に対し、木曽地域にひまわり基金法律事務所を設置することを求め、その設置・運営に積極的に協力するとともに、長野県内の住民があまねく充実した司法サービスを受けることができるための活動を継続していく決意を表明する。

 

第2 決議の理由

 1 木曽地域の概況

木曽地域は、長野県の西南部に位置する3町3村(木曽町、上松町、南木曽町、木祖村、王滝村、大桑村)からなり、人口は24,595人(令和4年4月1日現在)、面積は1546.15k㎡で県土の11.4%を占めている。

同地域は、地理的には木曽川等の僅かな流域を除いて中央アルプスと御嶽山系に囲まれほぼ独立しており、行政的にも木曽広域連合管内が木曾福島簡易裁判所管内と完全に一致する。同地域は、豊かな森林資源を生かした木材産業が古くから盛んであるとともに、妻籠宿をはじめとする宿場町の町並みは文化遺産として保存され観光客も多く、独自の経済圏と独特な文化を育んできた。なお、近い将来、リニア中央新幹線の新駅が、南木曽町に隣接する長野県飯田市と岐阜県中津川市に設置される予定であり、木曽地域から関東圏や中京圏への移動時間が大幅に短縮される見込みである。しかし、現時点で同地域に法律事務所は存在せず、県内広域連合単位では唯一の弁護士ゼロ地域になっている。

このような地域性に鑑みれば、木曽地域は日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)弁護士過疎・偏在対策事業に関する規則第20条2項第1号の第一種弁護士過疎地域のなかで「地方裁判所の本庁又は支部の管轄区域に該当する地域の一部のうち、地理的、行政的、経済的及び文化的な観点を総合的に考慮して一つのまとまりがあると認められる地域であって、当該地域に所在する法律事務所の数が3以下のもの」(同規則第2条第2号ハ)に該当し、日弁連における公設事務所の設置要件を満たす。

2 木曽地域の司法アクセス状況と司法需要

(1)裁判所の状況

木曽地域には、かつては裁判所支部(木曾支部)が存在したが、平成2年の全国的な支部統廃合によって木曾支部は松本支部に統合され、現在は、木曾福島簡易裁判所(以下「木曾福島簡裁」という。)・長野家庭裁判所木曾福島出張所(以下「木曾福島出張所」という。)が存在するのみである。裁判官は常駐しておらず、書記官等の職員数も減少傾向にある。

平成29年に関東弁護士会連合会(以下「関弁連」という。)が実施した支部等調査の際に長野地方裁判所から開示された過去5年間の木曾福島簡裁の事件動向としては、民事関係新受事件数は年間数十件程度で、民事通常訴訟・少額訴訟における代理人の選任状況から算出した本人訴訟率は約60%~90%と非常に高い状況であった。

他方、家事事件について、令和4年12月6日の法曹連絡協議会で東京高等裁判所から開示された木曾福島出張所における「出張事件処理が行われた件数」は、16件(令和3年)であった。これは、開示対象となった長野・新潟・群馬県内の家庭裁判所出張所(以下「家裁出張所」という。)8つの中で、最も多かった大町出張所の56件に次ぐ事件数ではある。しかし、家事事件は全国的に増加傾向にあり、実際には、より多くの家事事件の需要が木曽地域にもあるはずである。木曾福島出張所は、受付だけでなく実際に出張調停等が行われている家裁出張所ではあるが、裁判官が填補される日が限られていることや、同地域に法律事務所がないことなどから、上記程度の事件数に止まっているものと推察される。

(2)弁護士へのアクセス環境

木曽地域は、県土の約10分の1という広大な地域を有しながら、県人口の100分の1程度の人口しかおらず集落が広範囲に分散しているといった事情等から、長年にわたり法律事務所不在の状況が続いてきた。

そのため、長野県弁護士会松本在住会は、できる限り木曽地域の住民が充実した司法サービスを受けることができるよう木曽地域5商工会と連携し、10年以上にわたって、毎年10回程度、「法律無料なんでも相談会」を木曽地域各地において開催してきた。同相談会は、開始当初から予約枠の充足率も高く、木曽地域の住民にとっては貴重な法的支援のルートとなっていた。

もっとも、そういった無料相談会以外で木曽地域の住民が弁護士にアクセスするには、松本支部・伊那支部・飯田支部等に所在する法律事務所まで赴かなければならず、自動車でも鉄道でも1時間から2時間程度の時間を要する状況であった。

(3)木曽地域からの要望と司法需要

令和4年11月21日・22日、関弁連主催の支部等調査(調査先:木曽町・木曽町社協、上松町、木曽地域5商工会)が再び木曽地域において行われ、当会執行部及び地域司法計画推進委員会がこれに参加した。この調査では、5年前の調査時にも増して、弁護士不在の状況が深刻化していることが判明した。

各自治体との協議会においては、特に、成年後見事件について、木曽地域内の親族後見人が就かないケースの殆どが1名の司法書士によって担われている実情が報告され、弁護士による成年後見事案対応が切望された。人口約25,000人で高齢化率が40%を超える地域において、そのような脆弱な成年後見体制では早晩破綻することは目に見えており、事態は深刻である。近時、木曽地域にも立ち上がった中核機関との連携においても、十分な数の弁護士を成年後見人候補者としていかにあげていくかが重要になってくるといえる。他にも、同地域の各自治体が主催する心配事相談においては相続・離婚等の家事事件の相談は多く、土地境界問題をはじめとする相隣関係等の民事事件の相談も一定数認められ、他にも空き家等の問題や高齢者を狙った詐欺等も少なくないとのことであった。自治体関係者は、月に何度か弁護士が出張するといった体制ではなく、弁護士が常駐する法律事務所が木曽地域に開設されることを心待ちにしている。

また、木曽地域5商工会との懇談会においては、高齢化に伴う後継者不足による廃業も少なくないとのことではあったが、新型コロナウイルスの影響による廃業はそれほどなく、インバウンド需要を見込んだ新規事業者も見受けられるとのことであった。木曽地域は、従来の木材産業から自動車産業等に移行しつつあるが、町並み保存や森林浴など全国に先駆けて取り組んできた実績もあり、中山道の宿場町など歴史的・文化的資源に恵まれ、年間200万人を超える観光客が見込まれている。新型コロナウイルス蔓延前に商工会が実施していたインバウンド受入れ相談に関しては、1年間で539件を記録した年もあり、今後のインバウンド需要についても期待が持てる。なお、毎年長野県弁護士会松本在住会が木曽地域5商工会と連携して開催している「法律無料なんでも相談会」は、5商工会の会館において持ち回りで開催しているが、人口が多い地域においては、予約枠の充足率が100%を超えることもあり、昨年度は追加で弁護士相談の日程を組んだこともあった。弁護士を必要としている事業者は多数いるとのことであり、経済界からも木曽地域への法律事務所の開設は切望されている。

3 総括

(1)木曽ひまわり基金法律事務所の早期設置へ

上記の状況において、木曽地域にひまわり基金法律事務所を設置することは、日弁連が掲げる「司法サービスの全国展開と充実のための行動計画(第三次行動計画)」における法律事務所の設置目標第4項「弁護士に対するアクセスの不便性や地域の要望などを総合的に考慮して設置の必要性が高いと判断される地域」の司法アクセス改善に適うものである。

殊に、成年後見分野においては、地元からの切実な要望があり、このような要望に応えることは、弁護士会の社会的責務そのものといえる。木曽ひまわり基金法律事務所が設置されれば、所長弁護士が、自ら成年後見人の担い手になるとともに、地元において成年後見制度の普及啓発活動や市民後見人の育成等の活動に取り組むことも可能となる。また、成年後見事件以外でも木曽地域全体の司法需要が適正に開拓されることとなり、本来弁護士が対応すべき事件を地元の弁護士が適正に処理することができるようになり、時間・労力・費用面等においても、住民の利益に繋がることは明らかである。

そこで、当会は、全ての在住会からの意見聴取も経て、令和4年12月10日開催の常議員会において、日弁連及び関弁連に対して木曽地域へ「ひまわり基金法律事務所」を誘致する活動を行うことを決定し、既に、両連合会に対し、同事務所開設に向けた四者協定を締結されたい旨の要請も行っている。

当会は、木曽地域の司法需要を適正に把握し地域住民の権利救済・権利擁護の要となる公設事務所として、ひまわり基金法律事務所を木曽地域に設置することを改めて日弁連に対して求め、その実現に積極的に協力する決意をここに表明する。

 (2)地域住民に対する更なる法的サービスの充実へ

長野県は長野本庁の他6つの裁判所支部からなるところ、本庁は勿論、この6支部管内それぞれにも10以上の法律事務所が存在し、各支部にそれぞれ16名~57名の弁護士が在住している(令和5年1月1日現在)。今後、木曽地域にひまわり基金法律事務所が設置されれば、県内全ての簡易裁判所管内にも法律事務所が存在することになり、行政単位で見れば、県内全ての広域連合管内に法律事務所が存在することになる。

さらに、当会では地域司法計画推進委員会が中心となり、毎年、各支部等の中でも法律事務所にアクセスし難い町や村に対しても無料相談会を提供するなどして、自治体による定期的な住民向け法律相談体制確立を推進している。現在、県内77市町村中41市町村において、弁護士による住民向け無料法律相談会が毎月ないし数ヶ月毎定期的に開催されており、次年度も2町村以上がこれに加わる見通しである。当会は、今後さらに小さな町や村に対しても、この取組みを広げていく予定である。

他方で、昨今の司法界においては裁判等のIT化が急速に進んでおり、将来的に効率化の名のもと裁判所支部の統廃合がなされるのではないか危惧されている。木曾福島簡裁や木曾福島出張所のようないわゆる独立簡裁や家裁出張所に至っては尚更である。しかしながら、IT化を契機に地域住民の権利救済や権利擁護が後退するようなことはあってはならず、まして支部等の統廃合など決してあってはならない。

今こそ地域司法充実のあり方について真剣に議論すべきであるが、今般初めて長野県で開催されることになった第65回日弁連人権擁護大会・シンポジウム(令和5年10月5日・6日)において、テーマのひとつとして、当会が発案した「地域の家庭裁判所が真に住民の人権保障の砦たりうるために~司法IT化のすき間で生じる子ども・高齢者・障害者の権利救済・権利擁護支援の視点から~」が採用された。今後の地域司法充実のための課題や改善施策等について具体的な検討と決議がなされる予定である。

紛争が複雑化し多様化している時代にあって、国民の権利を扱う弁護士や裁判所には、事件対応から法的手続の各段階において、以前にも増してきめ細やかな対応が求められている。

当会は司法制度が地域住民にとって「より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるよう、長野県内どの地域の住民であってもあまねく充実した司法サービスを受けることができるよう、当会及び当会会員が一丸となって地域司法充実のための活動を継続していくことを改めて決意し、これを表明するものである。

以上 

特定少年の実名等の公表及び推知報道を 控えることを求める会長声明

特定少年の実名等の公表及び推知報道を

控えることを求める会長声明

 

2023年(令和5年)2月22

長野県弁護士会会長 中 村 威 彦

 

2022年(令和4年)4月1日から「少年法等の一部を改正する法律」(令和3年法律47号)(以下、「本改正法」という。)が施行され、18歳又は19歳のいわゆる特定少年について、家庭裁判所の検察官送致決定を経て公判請求された場合に、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載すること(以下、「推知報道」という。)の禁止が、一部解除されることとなった。

   今般、長野県内において殺人未遂事件が発生し、特定少年が2022年(令和4年)12月30日に逮捕され、2023年(令和5年)2月15日に逆送決定された。

同事件は、今後、長野地方裁判所松本支部に公判請求される可能性が高く、公判請求された場合には、本改正法に基づき当該特定少年の推知報道が事実上可能となる。

少年法が定める推知報道禁止の趣旨は、少年やその家族の名誉・プライバシーを保護し、それにより少年の更生を図るというものである。すなわち、少年を推知させる氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等が報道されることにより、少年やその家族のプライバシーが侵害され、当該少年の健全育成や更生及び社会復帰に著しい支障が生じ、その結果、少年の再非行の可能性が高まることに繋がるから、推知報道が禁止されている。

そして、特定少年も少年法の適用を受ける少年であり、特定少年のプライバシーを保護し、もって更生の機会を十分に与える必要性があることにかわりなく、少年法が定める推知報道禁止の趣旨が及ぶものであることは明らかである。

当会は、2015年(平成27年)7月6日及び2018年(平成3 0年)1月30日に「少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明」を発出し、少年法改正に反対の立場を表明した。また、2021年(令和3年)3月18日には「少年法改正法案に反対する会長声明」において、推知報道禁止の一部解除について強く反対するとの立場を表明している。

衆議院法務委員会では「特定少年のとき犯した罪についての事件広報に当たっては、事案の内容や報道の公共性の程度には様々なものがあることや、インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、いわゆる推知報道の禁止が一部解除されたことが、特定少年の健全育成及び更生の妨げにならないよう十分配慮されなければならないことの周知に努めること。」との附帯決議がなされており、参議院法務委員会においても同旨の附帯決議がなされている。これらの決議の意義は十分に尊重されなければならない。

当会は、特定少年の健全育成及び更生の機会を保障するため、検察庁に対しては、本改正法の下での実名等の公表について控えることを強く求めるとともに、報道機関に対しては、検察庁が特定少年の実名等を公表するか否かにかかわらず推知報道を控えることを強く求める。

大崎事件再審請求棄却決定に関する会長声明

大崎事件再審請求棄却決定に関する会長声明

 

鹿児島地方裁判所は、2022年(令和4年)6月22日、大崎事件第4次再審請求事件について、再審請求を棄却する決定をした(以下「本件棄却決定」という。)。

確定した判決によれば、大崎事件とは、原口アヤ子氏(以下「原口氏」という。)が、親族と共謀して義理の末弟である被害者を同人方において絞殺し、遺体を遺棄したとされる事件である。大崎事件の第1次から第3次までの再審請求は、第1次再審請求での鹿児島地方裁判所と第3次再審請求での鹿児島地方裁判所と福岡高等裁判所宮崎支部が再審開始の判断をしたにも拘わらず、第3次再審請求では特別抗告審である最高裁判所が判断を覆すという異例の展開を辿ってきた。

第4次再審請求の鹿児島地方裁判所の審理において、弁護人は、司法解剖写真等を前提として、溝に落ちたことによる急性腸管壊死が死因であるとする救急救命医の医学鑑定書を提出したが、同裁判所は、写真の限られた情報から推論を重ねたものとして、同鑑定書の証拠価値を極めて限定的・消極的に判断し、急性腸管壊死により死亡したことを否定して、同鑑定書は確定判決の事実認定を覆すに足りる証拠ではないと断定した。

いうまでもなく、えん罪は最大の人権侵害であり、再審請求は、えん罪から国民を救うための極めて重要な制度である。だからこそ、白鳥・財田川決定において、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審請求手続にも適用されることが明示され、刑事訴訟法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、既に提出されている旧証拠と新たに提出された新証拠を総合して判断すべきものとされたのである。

しかしながら、本件棄却決定は、新証拠の証拠価値を極めて限定的かつ消極的に判断し、新旧証拠の総合評価を回避したものであって、確定判決を維持するために、白鳥・財田川決定の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。

本件棄却決定の他にも、近年、白鳥・財田川決定の趣旨に反する決定が相次いでいる。

まず、袴田事件第2次再審請求事件では、原審の静岡地方裁判所が、弁護人が新規に提出した5点の衣類のDNA鑑定結果や味噌漬け再現実験報告によって、同衣類は犯行着衣であり袴田巌氏(以下「袴田氏」という。)のものであるとの断定には合理的に疑いがあるばかりか、むしろ後日捜査機関が捏造した可能性が高いと判断し再審開始決定(原決定)をしたのに対し、即時抗告審の東京高等裁判所は、DNA鑑定に関しては、劣化した血液からDNAを抽出する方法には疑問があるとし、味噌漬け再現実験についても、前提となる味噌の色が異なっていたなどとして証拠価値を認めず、原決定を取り消した。

また、名張毒ぶどう酒事件第10次再審請求事件請求審の名古屋高等裁判所刑事第1部及び異議審の名古屋高等裁判所刑事第2部では、弁護人が、本件で使用された毒物は故奥西勝氏(以下「奥西氏」という。)が所持していたニッカリンTではないとする鑑定や本件ぶどう酒の封緘紙の裏面には、製造時に塗布された糊の上に別の糊が塗られていたとする鑑定等の多数の新証拠を提出したにもかかわらず、十分な事実取調べ等を実施することなく新証拠を否定し、再審請求を棄却するに至っている。

これらの各裁判所の判断も、白鳥・財田川決定が示した「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に真摯に向き合っているとは言い難いものである。

ところで、袴田事件第2次再審請求事件に関しては、最高裁判所において即時抗告審の再審棄却決定の判断は取り消され、東京高等裁判所に差し戻されているが、法曹出身判事による多数意見は、旧証拠との総合評価をしないまま、新証拠であるDNA鑑定と味噌漬け再現実験報告の個々の証拠価値のみを検討した即時抗告審の手法は維持したまま、味噌漬け再現実験報告の証拠価値を再検討するために東京高等裁判所に差し戻している。これに対して、外交官出身の林景一裁判官と行政法学者出身の宇賀克也裁判官の反対意見は、DNA鑑定と味噌漬け再現実験報告の双方が再審を開始すべき合理的な疑いを生じさせる新証拠であるとした上で、確定審におけるその他の証拠をも総合して再審を開始するとした原々決定は、その根幹部分と結論において是認できるとして、本件を東京高等裁判所に差し戻すことに留めず、検察官の即時抗告を棄却して再審を開始すべきとしている。白鳥・財田川決定の趣旨に必ずしも沿うものではない多数意見が法曹出身判事により形成され、白鳥・財田川決定の趣旨に忠実な反対意見が外交官・行政法学者出身の判事によりなされていることに留意すべきである。

刑事司法の鉄則は、無実の者を処罰してはならないということにあるが、裁判は人間が行う以上、誤りがあることを私たち法曹は決して忘れてはならない。

大崎事件においては、原口氏は、長期間自由を奪われた上、2度の脳梗塞を患い、すでに95才という高齢にも係わらず、未だ司法的救済を受けるに至っていない。また、袴田事件においても、袴田氏は、事件発生以来、異常ともいうべき取調を受けた上、48年に渡り拘置されて自由な人生の大半を失い、しかもその間命を奪われるのではないかといった限りない恐怖に晒されてきたものの、未だ再審の開始をめぐり争いが続いている状況である。さらに、名張毒ぶどう酒事件における奥西氏は、自らの雪冤を果たすべく懸命に理不尽な現実に立ち向かい続けたが、獄中で帰らぬ人となり、現在は奥西氏の妹が兄の名誉回復のために戦い続けている。こうした実情について、裁判官は、率直かつ真摯に省みると共に、今一度えん罪が甚だしい最大の人権侵害であり、再審制度がこれを救済する最後の砦であることを認識し直す必要がある

再審の扉が、確定判決の権威と無謬性を守るために硬く閉ざされるようなことがあっては決してならない。裁判所においては、そのことを十分認識するよう強く求めるものである

                        

                                                                                                                                     2022年(令和4年)9月13日

                                                                                   長野県弁護士会

                                                                                    会長  中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣の国葬実施に遺憾の意を表し、国葬の検証を求める会長声明

安倍元内閣総理大臣の国葬実施に遺憾の意を表し、国葬の検証を求める会長声明

 

 1 政府は、2022年9月27日、安倍晋三元内閣総理大臣の国葬を行った。

当会は、岸田内閣が国葬の実施を閣議決定したことを受け、20228月31日、国葬実施の法的根拠の不存在や憲法上の問題があることを理由に国葬の実施に反対し、政府に対し、国葬を行うことの撤回・中止を求めるとの会長声明を発出した。

政府による国葬実施の表明は、各種報道機関が行った世論調査においても、50%を超える国民が、国葬に反対、若しくは国葬を評価しないと回答し、また、各地において国葬に反対するデモが行われるなど、国民が納得したとは到底評価できない。

ところが、政府は、時間的余裕があったにも拘らず国会において十分な議論を尽くさないまま、政府の判断で全額国費を投じて国葬を実施したものである。

当会は、国葬を強行した政府に対し、強く遺憾の意を表すると共に、以下のとおり政府及び国会に対しこの度の国葬実施についての検証を求めるものである。

 2 日本国憲法は、国会を唯一の立法機関とし、行政活動は国会の制定する法律の定めるところにより、法律に従って行わなければならないとする「法律による行政の原理」を採用している。しかしながら、現在、我が国においては、国葬を行うことについて法的根拠はなく、時の内閣が閣議決定をもって国葬を行うことは、法律による行政の原理に抵触する。

また、法的根拠のないままに多額の予算支出がなされることは、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」とする財政国会中心主義(憲法83条)の点からも問題がある。

更に、政府は国民に喪に服することを強制するものではないとしていたものの、国葬が近づくにつれ与党国会議員の中からは、国葬の賛否について議論を控えるべきとの言論の自由に対する抑圧的見解が示され、前記同日実施された国葬には大多数の都道府県知事が参列し、各府省庁はもとより、全国の多くの地方自治体や国の出先機関において半旗や弔旗を掲げ、黙祷を実施した機関も存在した。

憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とし、思想及び良心の自由を定めているが、前記の事実が示すとおり、国葬実施により国民に同調を強いる結果になったことは疑いようがなく、弔意を捧げることに違和感や反対の意見を有する国民の思想や信条が事実上、脅かされたことは明らかである。

3 岸田内閣総理大臣は、国葬実施について、説明責任を果たすとして、9月8日に行われた衆議院・参議閉会中審査に出席し、答弁を行ったものの、その内容は従前の政府答弁の繰り返しに過ぎず、議論はかみ合わず、報道機関の世論調査においても、多くの国民が岸田内閣総理大臣の説明が不十分である、若しくは納得できないと思っている結果が示された。

政府は、法的根拠がないまま国葬が実施されたことに多くの国民が疑問を感じていることを真摯に受止め、憲法が採用する法律による行政の原理に照らしてこの度の国葬実施の是非を精緻に検証すべきである。

また、2022年9月6日に示された政府見解によれば今年度予算の予備費から拠出する国葬にかかる費用の概算は、16億6000万円とのことであった。国葬実施後に全容が明らかとなる実際に国葬にかかった費用について財政国会中心主義に基づき、国会において改めてその費用の是非を検証し、財政に関する政府の権限が適切に行使されたか議論をする必要がある。

更に、政府は、憲法が保障する思想及び良心の自由の点からも今回の国葬実施が国民の思想や信条に与えた影響を、国民感情を踏まえて検証する必要がある。

4 当会は、憲法上の問題を抱えたまま法的根拠なしに安倍晋三元内閣総理大臣の国葬を実施した政府に対し強く遺憾の意を表し、政府及び国会に対し、この度の憲法上の問題を踏まえ、安倍元内閣総理大臣の国葬が実施されたことの是非及び国葬にかかった費用を精緻に検証することを求めるものである。

 

                                  2022年9月28日

                                      長野県弁護士会

                                                会長 中 村 威 彦

令和4年司法試験合格発表についての会長声明

令和4年司法試験合格発表についての会長声明

 

1 令和4年9月6日,令和4年司法試験の合格者が発表され,受験者3,082人中,総合点750点以上を得た1,403人が合格者とされた。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。

 

2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。

    法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1,500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。

この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-上記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1,500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,上記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。

 

3 当会は,過去5回の司法試験の合格判定が,上記の1,500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付,令和3年2月8日付、同年10月9日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1,500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和4年7月13日付「令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。

 

4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後である昨年比で見ても約4%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1,500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1,500人程度」が維持され,微減するのみだからである。

           年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)

     26   8,015人    1,810人      22.58%

     27   8,016人    1,850人      23.08%

     28   6,899人    1,583人                 22.95%

     29   5,967人    1,543人                    25.86%

     30   5,238人       1,525人        29.11%

     R1   4,466人    1,502人         33.63%

     R2   3,703人       1,450人         39.16%

     R3   3,424人             1,421人                    41.50%

R4   3,082人           1,403人           45.52%


また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)        

(2022-09-13 ・ 386KB)

           年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)

     26  770点    604点         166点

     27  835点    679点         156点

     28  880点    725点         155点

     29  800点    659点         141点

     30        805点          706点               99点     

     R1        810点       726点               84点

                   R2        780点          721点               59点

                   R3        755点       717点         38点

                   R4       750点     727点            23点

 

合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点→38点→23点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。(仮に,各年の合格ラインが前年と同程度であるとすると,「全受験者の総合点の中央値」と「合格最低点」との差は,前年とほぼ同程度になる。)

その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,令和2年がそれに次ぎ,本年の合格ラインの落差はそれに次ぐ大幅なものである。

 

5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。

司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。

例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は750点であり合格者数は1,403人であること,755点以上を得た受験者は1,372人であることから,本年の合格点が750点と決定された理由は,合格点を750点まで引き下げて初めて「1,500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。

政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1,500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。

かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1,500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。

 

6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1,000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。

 

7 よって,当会は,令和4年司法試験合格判定に対し,強く抗議する。

 

                                        令和4年9月12日

 

                                                     長野県弁護士会  

会 長  中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求める会長声明

安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求める会長声明

 

 1 2022年7月8日、安倍元内閣総理大臣が、参議院議員選挙の街頭演説の最中、銃撃に遭い、同日、死亡するという事件が発生した。

岸田文雄内閣総理大臣は、安倍元内閣総理大臣が死亡したことを受け、安倍元内閣総理大臣の葬儀を国葬にて行う旨を発表し、令和4年7月22日、内閣において国葬実施の閣議決定を行った。

2 当会は、令和4年7月12日、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として安倍元内閣総理大臣の銃撃事件に対して強く非難すると共に暴力によって表現の自由が脅かされ、民主主義の根幹が揺らぐことのないようにすべきとの会長声明を発出している。

しかしながら、岸田内閣が閣議決定した安倍元内閣総理大臣の国葬については、以下のとおり憲法上の問題点があることから、当会は、政府に対し、安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求めるものである。

3 すなわち、日本国憲法は三権分立を定め、国会を唯一の立法機関とし、行政活動は国会の制定する法律の定めるところにより、法律に従って行わなければならない(法律による行政の原理)としている。

  「国葬」は、戦前、勅令である「国葬令」に基づき執り行われていたが、日本国憲法施行後、「国葬令」は、憲法に不適合なものとして、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第1条に基づき1947年12月に失効している。従って、現在、我が国においては、「国葬」を行うこと、その経費を全額国費から支出することについて法的根拠はない。

ところが、岸田内閣及び内閣法制局は内閣府設置法第4条第3項第33号に内閣府の所掌事務として「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)」を定められていることを根拠に「国の儀式」の一種として「国葬」を行うことができるとしている。その上、令和4年8月26日の閣議において、国葬の費用として今年度予算の予備費から約2億5000万円を支出することも決定した。

しかしながら、内閣府設置法はいわゆる組織規範であり、行政組織内部の権限分配に関する定めに過ぎず、行政機関が一定の行政活動をすることを許す根拠規範ではない。

また、内閣府は、内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする組織であり(内閣府設置法第3条第1項)、内閣の所掌事務の範疇を越える事務を取り扱うことはできないところ、内閣の行う事務は、憲法73条に列挙されているとおりであって、同条第1号ないし第5号のいずれにも「国葬」が含まれるとは解されない。それにもかかわらず、内閣府設置法第4条第3項第33号の「国の儀式」に「国葬」を含めると強引に解釈し、これを以て、国葬の閣議決定の法的根拠とすることは牽強付会と言わなければならない。

従って、内閣府設置法を以て、時の内閣が国葬を閣議決定できるとする法的根拠にはなりえない。

このように岸田内閣の行った閣議決定は法的根拠を欠くものであり、このまま安倍元内閣総理大臣の国葬が行われるとすれば、三権分立の下、国会を唯一の立法機関とし、法律による行政の原理を定めた憲法に違反することになり、到底、許されるものではない。

4 さらには、法的根拠のないままに予算支出がなされることは、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」とする財政国会中心主義(憲法83条)の点からも問題があると言わざるを得ない。

5 また、憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とし、思想及び良心の自由を定めている。

政府は国民に喪に服することを強制するものではないとするものの、国家権力を行使する政府の主導により国葬を執り行えば、公的機関のみならず民間の機関においても忖度する風潮が生じ、国民に対して弔意を表明すべきとする同調圧力がかかることは容易に予想され、弔意を捧げることに違和感や反対の意見を有する者の思想や信条を事実上、脅かすことになりかねない。

6 当会は、日本国憲法が採用する法律による行政の原理、財政国会中心主義に反し、国民の思想及び良心の自由を脅かしかねない安倍元内閣総理大臣の国葬の実施に反対し、政府に対し、国葬を行うことの撤回・中止を求めるものである。

 

                                                                                                                             2022年(令和4年)8月31日

                                                                                                                                      長野県弁護士会

                                                                                                                                                                                                                                                                   会長 中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣に対する銃撃事件に関する会長声明

安倍元内閣総理大臣に対する銃撃事件に関する会長声明

 

令和4年7月8日午前11時半ころ、奈良市内において元内閣総理大臣であった安倍晋三氏が参議院議員選挙の街頭演説の最中、銃撃に遭い、死亡するという事件が発生した。

本件は奈良市内の主要駅頭において多数の聴衆が集まる白昼堂々、銃撃がなされ人命が奪われるという凄惨な事件であるが、それと同時に選挙期間中における街頭演説の最中の凶行は、暴力により自由な言論活動を封じるという卑劣な事件である。

本件で逮捕・勾留された被疑者については現在、捜査中であり、未だその動機について具体的なことは明らかになっていないが、いかなる理由にせよ暴力により人命を奪うという行為は絶対に許されるものではない。また、選挙は我々国民が主権者として政治に参加し、その意思を政治に反映することのできる最も重要な機会として憲法前文にも謳われており、選挙期間中の街頭演説の最中の凶行は暴力により言論活動を封じ、国民の政治参加の機会を脅かすという点において、憲法が保障する民主主義を冒涜するものである。

長野県弁護士会は、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士の団体としての立場から、本件に対し強く非難すると共に、暴力によって表現の自由や参政権が脅かされ、民主主義の根幹が揺らぐことのないよう弁護士の使命を全うする一層の努力を続けることをここに決意する。

 

                                                                                                                         2022年(令和4年)7月12日

                                                                                                                                   長野県弁護士会

                                                                                                                                   会長 中 村 威 彦

「民事訴訟法等の一部を改正する法律」の成立についての会長声明

  「民事訴訟法等の一部を改正する法律」の成立についての会長声明

 

1 はじめに

  2022年(令和4年)5月25日、民事訴訟法等の一部を改正する法律(法律48号)(以下「改正法」という。以下、断らない限り条文の引用は改正法からである。)が公布された。

  当会としても民事裁判手続のIT化が図られること自体は望ましいことであると考えており、改正法の成立により、時代に即した民事訴訟制度の見直しが行われたこと自体は評価するものである。改正法によって、司法制度改革が目指した「国民にとって、より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充するとともに、より公正で、適正かつ迅速な審理を行い、実効的な解決を可能とする制度の構築」がなされることに期待するものである。

  しかし、改正法には、以下に述べるとおり、新しく創設された法定審理期間訴訟手続だけでなく、多くの解決すべき問題点が存在する。改正法の施行にあたっては、裁判所はその適用について慎重な運用を行うべきである。また、当会を含む弁護士会としても改正法の運用、実際の訴訟等における裁判所の訴訟指揮に対し、適正・公平な裁判の観点からIT化に名を借りた拙速な裁判、国民不在の裁判の運用とならないよう検証を怠ってはならないと考える。

  加えて、IT化を契機として、裁判所支部及び簡易裁判所が統廃合されるなど国民の司法へのアクセスが後退するような事態は決してあってはならない。

 

2 オンライン申立の義務化について

  改正法は、132条の11、1項において、インターネット回線を用いて電子情報化した訴状を裁判所に送信して行う訴訟申立て(いわゆるオンライン申立)を義務化する場合を、弁護士が訴訟代理人として訴訟遂行する場合、指定代理人による場合に限定し、いわゆる本人訴訟等により申立が紙である書面によりなされた場合は、裁判所書記官において裁判所システムのファイルに登録するとした(132条の12、1項)。

  この点については、当会としては、2021年4月28日付け「民事訴訟法(IT化関係)の改正に関する中間試案」に対する意見書の提出(中間試案に対するパブリックコメント)及び2020年(令和2年)10月10日付け会長声明により、オンライン申立は義務化を前提とすべきではないとの意見を述べてきたもので、極めて遺憾である。

  代理人を就けず当事者自ら訴訟に直接関与する本人訴訟におけるオンライン申立の義務化が回避されたとはいえ、オンライン申立を希望するITに不慣れな国民をどのようにサポートするかは、困難な問題であるが、改正法を運用する国がその責務を放棄することは許されない。

 

3 法定審理期間訴訟手続について

  この度の民事訴訟法改正においては、当事者双方の合意がある場合は、5カ月以内に攻撃防御方法を提出させ、6カ月以内に証拠調べを終えて口頭弁論を終結し、その後1カ月以内に判決を言い渡すとする手続(いわゆる法定審理期間訴訟手続)も採用された。

当会は、法制審の中間試案に対するパブリックコメント及び2021年(令和3年)11月6日付け会長声明の発出により、法定審理期間訴訟手続の創設について反対する意見を表明してきた。また、各界からも反対意見が出され、国会審議においても強い反対意見があったにもかかわらず、成立したことは極めて遺憾である。

  当会が反対してきた理由は、何よりも立法事実に乏しいこと、諸外国に例がない制度であること、主張や立証が事実上制限されることで、十分な審理ができず、審理や判決が粗雑(ラフジャスティス)になり、誤判のおそれが増して拙速な裁判を助長し、民事訴訟制度全体に対する信頼をも損ねる恐れがあること、本人訴訟にも適用されることから、訴訟に十分な知識と経験がない国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがあること等である。

  確かに改正法では、法定審理期間訴訟手続の要件として、当事者からの申出を必要としていることや(381条の2、1項)当事者の双方又は一方が通常手続に移行させる旨の申出をした場合には通常手続に移行する(381条の4、1項)などの一定の歯止めをかけているが、特に本人訴訟において、裁判所の訴訟指揮により、上記のような一定の歯止めが効かなくなる恐れがないわけではない。

  裁判所においては、法定審理期間訴訟手続に対する根強い反対意見が存在したことを十分に認識し、その適用については、慎重にすべきである。

 

4 ウェブ会議システムによる口頭弁論について

  87条の2、1項により、ウェブ会議システムによる口頭弁論が可能となった。当会としては、両当事者の同意を要件とすべきと意見を述べていたが、改正法は、その要件として当事者の意見を聞くに止まっており、裁判所が相当と認めれば、ウェブ会議システムによる口頭弁論の実施が可能となって、裁判所の裁量に委ねられている点は遺憾である。上記規定によれば、仮に、両当事者がウェブ会議システムによる口頭弁論の実施に反対している場合でも裁判所が相当と認めればその実施が可能となる。口頭弁論が果たす重要な役割を考えれば、民事訴訟の基本原則である直接主義、口頭主義、公開主義を毀損するような濫用的な訴訟指揮は慎むべきである。

  この点で問題となるのは、証人調べである。204条は、ウェブ会議システムによる証人調べの要件として3つの要件を規定し、同条の3号で当事者に異議がない場合を要件の一つとしている。204条の条文を素直に解釈すれば、一方の当事者が反対すれば、ウェブ会議システムによる証人調べは行われないことになるが、同条1号に該当する場合で当事者が異議を申し立てた場合でも、裁判所が相当と認めればウェブ会議システムによる証人調べが可能になるとも解釈される。重要な証拠調べである証人尋問において、直接主義、口頭主義、公開主義を蔑ろにするような訴訟指揮を行うべきではない。

  衆議院における附帯決議の7項では、「ウェブ会議の方法による証人尋問等については、心証形成が法廷で対面して行われるものとは異なる場合もあることを踏まえ、裁判所における相当性の判断が適切に行われるよう法制度の趣旨について周知すること。」とされ、更に、同附帯決議の8項では、「口頭弁論等における当事者等のウェブ会議による参加については、当事者や証人へのなりすましを防止すること及び第三者からの不当な影響を排除すること並びにウェブ会議の録音・録画を防止することを確保できるよう努めること。」とされており、これらの点について今後の裁判所の実務を注意深く見守っていく必要がある

 

5 争点整理手続について

  従来、弁論準備手続及び進行協議期日においてウェブ会議システムを使用する場合、一方当事者の出頭が要件とされていて、両当事者がウェブ会議システムを利用する場合は、書面による準備手続に限定されていた。改正法は、この点を改め、双方不出頭でもウェブ会議システムによる弁論準備手続が可能となったうえ(170条3項)、受命裁判官が書面による準備手続を行うことができるようになった(176条の2、1項)。上記のような改正点は、訴訟当事者の便宜に資するもので評価できる。

  しかし、前述したとおり、また、従来から指摘されているとおり、非公開で行われる争点整理手続がウェブ会議システムで実施される場合、無断での写真撮影、録音録画を防止し、訴訟当事者以外の第三者の参加をどのようにして防止するかは、今後に残された課題となっている。裁判所による防止措置を具体的にどのような方法で行うか、今後注視していかなくてはならない。

(2022-07-15 ・ 236KB)

6 訴訟当事者のプライバシーの保護

  IT化は、訴訟当事者のプライバシー情報が広範囲に流出する危険性を孕んでいる。裁判所及び弁護士において、適切なセキュリティ水準を確保し、訴訟に関する情報が漏洩しないよう態勢を整備することが喫緊の課題となる。

  また、改正法は、プライバシーの保護を図る観点から、当事者及び法定代理人について、住所、居所、氏名等を他方当事者に対して秘匿する手続を新たに設ける(133条1項)などの方策を設けているが、裁判の公開と訴訟当事者のプライバシーの保護との調整をどのように図っていくか、今後の課題である。

 

7 裁判所の人的物的基盤のさらなる充実の必要性

  ところで、令和4年度の国家予算全体に占める裁判所関連予算の割合は約0.3%に過ぎないのであり、如何に民事裁判手続等のIT化を進めたとしても、不十分な司法基盤のもとにおいては、裁判の迅速化及び充実化を図ることは困難である。裁判手続等の効率化を優先することにより、国民の裁判を受ける権利が制限されることはあってはならないし、IT化を契機として、裁判官及び書記官等の裁判所職員が減員されること、ましてや裁判所支部及び簡易裁判所の統廃合など、司法の機能が縮小されることがあってはならない。

  ITに不慣れな国民は多数存在し、殊に高齢化率が高い地方の支部等ではその傾向が顕著である。そのような国民に対しても、裁判を受ける権利の保障が十分になされるよう、今後、むしろ裁判所支部機能の充実が図られるべきである。

  当会は、政府及び最高裁判所に対し、民事裁判手続等のIT化に伴い必要な予算を十分に確保するとともに、現在でも不足している裁判所関連予算を大幅に増額することにより、地域の司法基盤の充実を図ることを求める。

  具体的には、本改正の実施に伴い、すべての裁判所(支部及び簡易裁判所を含む)に必要な台数のIT設備を導入すること、当事者訴訟を希望する利用者のために誰でも使用できるパソコン及びスキャナー機能を有する複合機等の機器を設置すること、ITに不慣れな利用者に対する手続説明等のための人員整備を行うこと等を求める。

 

8 改正法附則126条は、施行後5年を経過した後にその施行状況について検討を加え、必要に応じた見直しを検討する旨を規定している。当会としても、改正法による民事裁判のIT化を具体的に進めていくにあたり、上記で述べた観点から、裁判所の運用が民事訴訟の基本原則である直接主義、口頭主義、公開主義を逸脱しないようその運用を注視すると共に、何よりも適正・公平な裁判を受ける権利が侵害されないよう、また国民にとって利用しやすい裁判の実現に向けて、検討・検証を重ねていく所存である。

 

                                  2022年(令和4年)7月9日

                                     長野県弁護士会

                                                会長 中 村 威 彦

令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

 

1 5月11日から15日にかけて,令和4年司法試験が実施された。

  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様に,心から敬意を表する。

 

2 令和4年の司法試験受験者数は3,082名であり,前年比で342名減,前々年比で621名減となった。

  法科大学院についてみても,令和4年度志願者数(延べ人数)は10,633名,同年度入学者数は1,968名となった。

ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかである。

 

3  司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。

   現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。

  法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。

 

4   法曹志願者が激減する現状下で,1500人程度という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に求められる選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。

   ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の

総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである。(当会では,平成29年から毎年,司法試験合格発表を受けて声明を発し,この点の指摘を行なってきたところである。)

   このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格

判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。

 

5  以上から,当会は,令和4年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。

                                                                                                                            2022年(令和4年)7月13日

                                                                                     長野県弁護士会

      会 長  中  村  威  彦   

  

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

   新型コロナウイルスの感染拡大により、労働者、住民は、日々不安の中で暮らしている。制度としてのセーフティーネットが脆弱な我が国においては、不安定な労働条件にある非正規労働者は、その命と暮らしさえも極めて深刻な事態に陥っている。
    我が国では世帯所得が全世帯の中央値の半分に充たない相対的貧困率が2012年時点においても16.1%とされており、所得格差が社会問題化している。この所得格差の問題は、非正規労働者が労働者全体の約40%を占め、年収200万円以下で働く労働者が1800万人を超える労働環境にこそ原因がある。所得格差をこれ以上拡大させないためには、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが急務である。
   しかしながら、2021年の最低賃金の全国平均は930円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る877円となった。仮に、時給930円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収193万4400円にしかならない。 
    2020年、長野県労働組合連合会が行った最低生計費試算調査によれば、長野市在住25歳男性、独身、一人暮らし、軽自動車所有の場合、一ヵ月に必要な最低金額(最低生計費)は、25万4812円であった。これは、上記法定労働時間で時給換算すると、時間給1466円となり、2021年の最低賃金の水準では遠く及ばず、安心して暮らせるだけの賃金水準には到底達していないことになる。
    また、最低賃金の地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1041円に対し、最も低い沖縄県は時給820円であり、221円もの開きがある。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなっているコロナ禍でこそ、賃金の地域間格差を見直し、高水準での全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
    これに対し、長引くコロナ禍で、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、それへの配慮も必要である。
 特に、中小企業にとって大きな負担となっている労働者の社会保険料負担の減免は一考に値するものであり、その他、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるようこれまで以上に努めることはもちろん、コロナ禍にあって、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。
    以上より、当会は、国に対し、中小企業への十分な支援策を求めるとともに、コロナ禍であっても地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会が最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。
 
                                        2022年(令和4年)6月4日
                                         長野県弁護士会
                                         会長  中 村 威 彦
                 

新型コロナウィルス等の感染症を予防し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図るため、在日米軍への検疫法適用を明記する日米地位協定(注1)の改定を求める会長声明

 新型コロナウィルス等の感染症を予防し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図るため、在日米軍への検疫法適用を明記する日米地位協定(注1)の改定を求める会長声明
 
第1 声明の趣旨
  2021年12月17日、沖縄県の米軍キャンプ・ハンセン基地で新型コロナウィルスのクラスター発生が判明した以降、沖縄県における新型コロナウィルス感染者数の激増並びにその後の米軍基地が存する山口県及び隣接する広島県における同感染者数の激増という事態を踏まえ、新型コロナウィルス等の感染症の拡大を防止し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図る目的から、在日米軍への検疫法適用を日米地位協定に明記するよう改定を求める。
 
第2 声明の理由
1 新型コロナウィルス感染症に関する事実及び影響
(1) 2021年12月17日、沖縄県の在日米軍基地内の日本人従業員から新型コロナウィルスの新変異株(オミクロン株)が確認され、同基地において同ウィルスによるクラスターが発生したことが判明した。以降、沖縄県では同ウィルス感染が爆発的に増加するに至った。また、山口県では2021年12月末から2022年1月3日までの同ウィルスによる感染者の内、約7割が岩国市に集中し、同市内の感染者の内在日米軍岩国基地で就労した従業員や同市内飲食店の利用者の割合が4割以上に達した。更に、岩国市に隣接する広島県でも同ウィルスによる感染者が増加したため、2022年1月3日広島県知事は「岩国市との関連が疑われる」旨表明している。
(2) 在日米軍は、日本において緊急事態宣言が出されていた2021年9月、独自の判断で米国を出国する際の同感染者の検査を取り止めている。また、そもそも日本入国後の検査は実施していなかった。
(3) 日本政府は、2021年11月30日から全ての国と地域から外国人の新規入国を原則禁止する水際対策を実施していたものの、2021年12月17日沖縄県のキャンプ・ハンセン基地でクラスターが発生したことを確認するまでは、在日米軍の上記取扱いについて把握していなかった。
2 日米地位協定の問題点
(1) 上記のような事態に至った最大の原因は、日米地位協定に起因する。
すなわち、同協定9条では、米国は「軍隊の構成員、及び軍属並びのそれらの家族である者を日本に入れることができる」(1項)とし、「外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」(2項)としているが、検疫に関しては特に規定を置かず、検疫法の適用を受けるか否かは判然としなかった。この点に関して、1996年(平成8年)12月2日の日米合同委員会(同協定25条に基づき設置)の合意により、同協定9条の解釈として、米国に提供された施設及び区域に係る港や飛行場を利用して日本に入国する場合は、その船舶及び航空機に関しては、米国の軍隊が実施する検疫手続きを採れば足りるとされ、実質上の日本国の検疫法の適用が除外されている。
また、外国軍用艦船等に関する検疫法特例8条では、外国の軍艦や軍用機内の検疫については日本の検疫が行われない場合の入国は認めないといった検疫法4条等の適用が排除されており(同特例5条では、在日米軍より検疫を受ける通知があった場合のみ検疫を受けることになっている。)、これが日米地位協定の実務として運用されてきている。
(2) こうした日米地位協定や日米合同委員会の取り決め等により、日本における検疫法に基づいた厳格な検疫を行わず、米国の対応(米国出国前、日本入国直後の検査さえ行われていない)に任せ切りにしたことより、新型コロナウィルスのクラスターが発生し、沖縄県民等はもとより広く日本国民の生命や健康が脅威に晒されるに至ったものである。
3 日米地位協定、社会権規約等に基づく要請
(1) 日米地位協定も、日本において「日本国の法令を尊重」する義務を米国軍人、軍属及びその家族に課しており(16条)、ここにいう日本国の法令には、検疫法などの公衆衛生の観点から感染症の予防に必要な措置を課することを目的としているものも含まれると解するのが相当である。そもそも在日米軍は、「日本国の安全に寄与すること」等を目的として日本国に駐留するものであり(日米安全保障条約6条1項)、同目的を達成するために出入国管理の規定の適用除外が認められているのであって、感染症予防といった公衆衛生実現のために求められる日本国における制約まで除外する権限を与えられているものではない。
そもそも,日本国憲法においては、国民の生命や健康、生存といった利益や価値を実現することを最大限尊重していること(13条,25条参照)からしても、こうした国民の生命や健康の維持・確保・増進を図ることを目的とする法令に関しては、米国軍人等であっても可及的に遵守しなければならないものと解される。
(2) また、日本及び米国は、国際人権規約として「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(通称「社会権規約」)を批准しており、同規約12条では、「この規約の締結国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」(1項)とし、「この規約の締結国が1項の権利の完全な実現を達成するためにとる措置」として、「伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予防、治療及び抑圧」も対象としている(2項)ことから、同規約の趣旨からしても、米国軍人等に対して日本の検疫法を適用すべきであると考える。
4 結論
  以上のとおり、新型コロナウィルス等の感染症は今後も十分予想されるものであるところ、日本国民の生命や健康の維持・確保・増進の必要性より、日米両政府に対して、日米地位協定における日本の検疫法の適用がないという現状を早急に改善すべく、前述の日米合同委員会での合意を撤回して、日米地位協定に検疫法の適用を明記する改定を求めるものである。 
 
                                                        2022年(令和4年)4月9日
                                                      長野県弁護士会
                                                  会  長   中  村  威  彦
 
注1 本声明において、「日米地位協定」とは、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関す協定」を指す。

75回目の憲法記念日に寄せる会長談話

75回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 
1 日本国憲法は、2022年(令和4年)5月3日、75回目の憲法記念日を迎えます。
  今年は、ロシアのウクライナ侵略という深刻な事態の中で、この日を迎えることとなってしまいました。
  当会は、この3月3日、このことに関する会長談話を発表し、ロシアの行動を非難し、侵略行為の即時停止、軍の撤退を求めるとともに、日本国憲法の前文を指摘しながら、日本国憲法が宣言する平和の価値を今後も強く訴えていく決意を表明しました。
  憲法記念日を迎えるにあたり、私たちは、この決意を、改めて確認したいと思います。
 
2 思うに、人類の歴史は、何度も戦争を繰り返しながらも、その結果である多くの犠牲の上に大切な教訓を学び、平和を希求してきました。
  かつては、戦争も、国家の採りうる一つの政策として容認され、現に実行されることが繰り返されました。しかし、その後、不戦条約(1929年)に代表されるように、国際社会において、戦争は「違法」と認識されるようになり、さらに第二次世界大戦の甚大な被害を受けて、国連憲章(1945年)においては、国家による武力の行使と武力による威嚇を明確に禁止し、原則として国際紛争を平和的に解決することを定めるに至りました。
  国際社会は、並行して、一般市民が戦争による被害を被らないように、また残虐な兵器による被害をなくすように、様々な条約を成立させて、国際法として確立させてきました。
  今回のロシアによるウクライナ侵略は、このような人類が長年にわたって獲得してきた教訓や、積み上げられてきた国際法の秩序を、真っ向から踏みにじるものであって、歴史の流れに逆行するものとしても非難されるべきことです。
 
3 そして、このような人類の歴史において、日本国憲法の定める平和主義は、極めて画期的な位置を占めています。
  すなわち、日本国憲法は、前文において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを決意し」「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言し、これを受けて9条において、第1項で「戦争の放棄」を定め、更に第2項で、「陸空海軍その他の戦力」の不保持と「交戦権」の否認を定めているのです。
  この規定は、日本における第二次世界大戦の悲惨な経験(戦死者約320万人、被災者約1000万人。広島・長崎への原爆投下等)を前提にして、軍国主義による侵略戦争を深く反省し、一切の武力を保持しない徹底した平和主義を採っています。まさに、平和を希求してきた人類がこれまでに獲得した教訓を確認するとともに、更にその先を展望して、真の恒久平和を獲得するための指針を定めていると言ってもよいものです。
  今回のロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにした私たちは、ロシアに対する激しい怒りを持つとともに、軍事行動のような武力行使や武力の威嚇が、紛争解決において到底許されるものではないことを実感しました。さらに、このような暴挙を許さないという、国際社会の強い決意も、多くの共感を広げています。
  私たちは、このような事態の中であるからこそ、日本国憲法の平和に関する規定の意義を、改めて強く訴えたいと思います。
 
4 当会は、毎年、この時期に会長談話を発表し、1947年(昭和22年)5月3日の施行後一度の改正も経ることのなかった日本国憲法の意義を考える必要性を訴えてきました。
今回は、前述した通り、日本国憲法における恒久平和主義という基本原理について、改めて考える機会となりましたが、それ以外の基本原理である国民主権、基本的人権の尊重についても、改めてその意義を確認し、これらを将来にわたって維持発展させていく必要があることを訴えます。
 
5 今回のロシアによるウクライナ侵略の事態を受けて、日本国憲法の規定について、憲法改正をすべきだという声が出てくるかもしれません。また、未だ終息の見込みのない新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、これを理由として、憲法改正を主張する意見も見られます。
  しかし、日本国憲法が定めている基本原理は、人類の長年の教訓の賜であり、だからこそ人類普遍の原理なのです。現在、様々な問題が生ずる事態において、その価値は、一層重要性を増してきているとも言えるものです。
  今私たちに求められていることは、急いで憲法を改正することではなく、日本国憲法の理念や本質を深く知り、ともに考え、議論し、真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を、着実に目指していくことであり、そのための行動を進めることです。
憲法97条は、基本的人権について、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると定めています。このことは、平和に関しても同様であると言えます。そして、これらの日本国憲法の基本原理が「国民の不断の努力」(憲法12条)によって支えられていることを指摘したいと思います。
  当会は、この「国民の不断の努力」の一翼を担い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために、そして恒久平和の社会の実現のために全力を尽くす決意です。
 
                                             2022(令和4年)年4月9日
                                            長野県弁護士会
                                            会 長  中  村  威  彦
 

ロシアのウクライナ侵略に対する会長談話

                   ロシアのウクライナ侵略に対する会長談話

2022年(令和4年)3月3日
長野県弁護士会 会長 久保田 明雄

1 本年2月24日未明、ロシア連邦(以下、ロシアという。)軍はウクライナ
への侵略を開始し、両国は現在激しい戦闘状態となっている。そのため、ウク
ライナの住民、国民をはじめ、多大な人的、物的被害が発生している。
 世界各国は、このロシアによる侵略に対して国連総会において非難決議を採
択するなどウクライナからの即時撤退を求め、厳しい経済制裁を課すなどして
いるものの、ロシアは一向にその対応を改めない。そればかりか、プーチン大
統領は、2月27日、核抑止部隊に特別警戒命令を下し、核兵器による威嚇を
始めている。

2 ロシアによるウクライナ侵略は、国同士による「侵略行為その他の平和の破
壊」を禁ずる国際連合憲章(第1条第1項、第2条第4項)及び国際法に対す
る重大な違反行為であり、国際社会の平和と秩序を脅かすとともに、人々の生
命と安全も脅かす重大な人権侵害であって、人間の尊厳を根源から否定する野
蛮な行為である。ましてや核兵器を使用することは絶対に許されない。
 これに対し、ロシア国民も含む世界中の多くの人々は、ロシアによる侵略に強
く反対し、連日、各所で、大規模な抗議デモを行っている。
 ロシアの行動を強く非難するとともに、ウクライナ国民に対する生命と安全
を脅かし国連憲章及び国際法に違反する侵略行為を即時に止め、ウクライナか
ら軍を直ちに撤退することを求める。

3 日本国憲法はその前文において、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間
相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸
国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよ
うと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、
全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利
を有することを確認する」と謳っている。
 日本政府も、ロシアに対し、武力行使を即時にやめさせるための働きかけを
より一層徹底すべきである。
 私たち長野県弁護士会も、日本国憲法が宣言する平和の価値を今後も強く訴
えていく。
                                以上

成年年齢引下げに伴う消費者被害拡大防止のための実効性ある施策の実現を求める会長声明

成年年齢引下げに伴う消費者被害拡大防止のための実効性ある施策の実現を求める会長声明


1 民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法の一部を改正する法律」(平成30年法律第59号。以下「本法律」という。)の施行日である2022年(令和4年)4月1日まで半年を切った。

2 民法の成年年齢引下げについての2009年(平成21年)10月の法制審議会の意見は、成年年齢の18歳への引下げを適当としつつも、その前提条件として、①若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれを解決する施策が実現されること、②施策の効果が十分に発揮されること、③施策の効果が国民の意識として現れることを掲げていた。
  また、本法律の成立に際し、参議院法務委員会において全会一致で附帯決議がなされた。そこでは、本法律の施行にあたり、①知識・経験・判断力不足等の事情を利用して勧誘し契約を締結させた場合における消費者の取消権(いわゆるつけ込み型不当勧誘取消権)を本法律成立後2年以内に創設すること、②若年者の消費者被害を防止し救済を図るために必要な法整備を本法律成立後2年以内に行うこと、③マルチ商法等への対策について検討し、必要な措置を講ずること、④消費者教育の充実を図ること、⑤18歳、19歳の若年者への周知徹底や社会的周知のための国民キャンペーン実施を検討すること、⑥施行日までに措置の実施、効果、国民への浸透について検討し、その状況を公表することなどが求められた。これらの施策は、本法律が法制審議会の示した前提条件を達成しないまま成立したという状況を踏まえ、施行までに必ず実現しなければならない施策として示されたものであった。
  以上のとおり、成年を18歳に引き下げるといっても、若年者は、主体的に取引を為すための知識・経験・判断力等を十分に備えない存在であって、後見的保護(救済手段・教育)の必要性を立法者も認めているのである。
  ところが、施行まで半年を切った現時点においても、若年者を後見的に保護するいずれの救済手段もいまだ十分に実施されていないと言わざるを得ない状況にある。即ち、いわゆるつけ込み型不当勧誘取消権の創設については、既に附帯決議で定められた期限を大幅に経過しているにもかかわらず、成立の目途も立っていない。若年者の消費者被害拡大に対する施策の整備は急務である。

3 また、消費者教育については、「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」等が実施されてはいるものの、消費者庁が生徒向けに用意した教材である「社会への扉」には、未成年者取消権に関し、18歳未満の人物が未成年者取消しができる旨が書かれているだけであり、18歳以上の若者向けにはクーリングオフ制度を紹介するにとどまっている。後述する国民生活センターの記事では、若者が実際に巻き込まれやすい消費者被害について、トラブル防止のポイントとして「お金がないなら契約しない」「うまい話はありません」「借金をしてまで契約しない」「ウソをついてまで借金することは絶対にやめましょう」「トラブルにあったら電話やメール等の記録を残しましょう」といった注意喚起をしているが、「社会への扉」ではこのようなトラブルに巻き込まれた際の具体的な解決方法や基本的な心構えといった一番大切なことについても触れられていないことなどを踏まえると、消費者被害予防につながる実践的な消費者教育が十分に行われているとは言い難い。さらに、成年年齢の引下げ自体の周知はされても、未成年者取消権を18歳で失うことによる消費者被害拡大のおそれについての周知徹底も十分になされているとはいえない。
  以上のとおり、附帯決議で要求される施策の実現は、甚だ不十分であると評価せざるを得ない。

4 そうした中で、若年者の消費者被害は一向に沈静化の様子を示さず、多くの若者が消費者被害の喰い物にされている。
国民生活センターは、今年度からホームページにおいて「若者向け注意喚起シリーズ」という表題で若者の間で増加しているトラブルの紹介をしており、それぞれの被害について被害者の属性を分析しているが、そこで公開されている統計によれば、これらのトラブルの被害者に占める10代及び20代の割合や10代の相談件数は、概ね全てのトラブルについて右肩上がりとなっている。本年9月の記事である「怪しい副業・アルバイトのトラブル」についてみてみると、全相談件数における10代、20代の相談件数の割合は、2016年度(平成28年度)が26.3パーセントに対して2020年度(令和2年度)で38パーセントと約1.4倍に増加し、10代の相談件数については2016年度(平成28年度)が70件に対して2020年度(令和2年度)は222件と3倍以上に増加している。このように消費者被害相談における10代、20代の割合や件数が年々増加傾向にある。到底、成人年齢を18歳にするための前提が整ったと評価することは出来ない

5 上記の状況を踏まえ、当会は、国に対し、上記附帯決議に示された各施策の速やかな実現を求めるとともに、その施策実現が時期的に困難であることに鑑みて、施策が実現するまで未成年者取消権の行使可能年齢を引き下げる部分について施行日を延期することを求める。

                                                                                                                                                                 2021年(令和3年)12月6日
                                                                                                                                                                  長野県弁護士会 
                                                                                                                                                                 会長 久保田 明 雄

「新たな訴訟手続」の新設に反対する会長声明

「新たな訴訟手続」の新設に反対する会長声明

第1 声明の趣旨
 当会は、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において審議されている「新たな訴訟手続」の新設に反対する。

第2 声明の理由
1 令和2年2月21日開催の法制審議会において、法務大臣から民事裁判手続のIT化についての諮問がなされ、現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下、「法制審部会」という。)において、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事訴訟制度の見直しが行われている。
その一環として、法制審部会は、令和3年2月に発表した民事裁判のIT化に関する中間試案において、現行の訴訟制度とは別に、訴訟の審理期間を6か月に制限する「新たな訴訟手続」の新設を提案した。中間試案は、甲案、乙案の2つの制度案と、いずれの制度も新設しないとする丙案を示した。
そして、法制審部会事務局は、令和3年10月15日に部会に対して新たな制度案(以下「本制度案」という)を提案し、現在、この案が審議されている。本制度案も、従前の甲案、乙案と同様に審理期間を限定するもので、双方当事者が新たな訴訟手続の申述(又は同意)をして裁判所が決定をしたときは、そこから6か月(裁判所はそれより短い期間の指定もできる)で結審するという制度である。

2 しかしながら、中間試案に対する意見公募手続(パブリックコメント)の結果によると、「新たな訴訟手続」について、新設をしないとする上記丙案に賛成する意見が消費者団体、労働団体、各地の弁護士会などから出され、最も多数であった。
  当会も「新たな訴訟手続」を新設すべきではないという上記丙案によるべきであるとの意見を出しているにもかかわらず、法制審部会事務局により新たな訴訟手続の新設を前提にした本制度案が提案されていることは、当会を含めたパブリックコメントに寄せられた意見を軽視するものであり、誠に遺憾である。
  そもそも新たな手続の導入は、制度の必要性(立法事実)がある場合に認められるが、本件で立法事実は認められない。
「新たな訴訟手続」は、事前に当事者間で十分な折衝があり、互いの主張や証拠がわかっている、争点の少ない事件などで使われることを想定し、手続を限定した形でも短期間に裁判所の判断を得たいとの要請がある、訴訟制度における当事者の自主性、私的自治の観点からも望ましいなどとされている。法制審部会の説明(資料26、9頁)によると、企業の立場から予測可能性を高める手続に非常に大きな価値があるとして賛同する意見が多く、特に事実関係に争いがなく法律の適用について争いがある事案で早期に裁判所の判断が示されることは非常に利便性が高いとの意見が出されたとある。
しかし、事前交渉の段階で法律の適用について争いがある事案が、6か月程度の審理で解決がつくことは望めず、拙速な審理となる可能性が高い。また、あくまで企業の立場からの要請にとどまっているのであって、上記パブリックコメントの全体の意見を反映したものとは思えない。
十分に事前交渉がある事案は、現在でも裁判所の訴訟指揮や双方代理人等の協力により、比較的早期に和解や判決で解決しているのであり、後述するような問題の多い制度を新設する必要性はない。新たな訴訟手続の規律が必要な紛争類型が存在するのであれば、同紛争類型についての新たな訴訟手続を検討すべきであり、民事訴訟全般を対象とした新たな訴訟手続を設ける必要性も明らかではない。
しかも、今回の法制審への諮問事項である民事裁判手続のIT化とは無関係であって、IT化に関係した民事訴訟法の改正に便乗した拙速な提案であり、外国の調査もなされておらず、法学上の検討、議論もできていない。
時間を掛けた十分な議論を行うことなく、民事裁判手続のIT化と同時に拙速な審議を行い、新設を決めることは許されるものではない。
以上のとおり、「新たな訴訟手続」の新設を認めるべきではないが、以下、本制度案についての問題点を指摘する。

3 本制度案により「新たな訴訟手続」が新設された場合、審理期間の制限により、当事者は期間内に収まる主張・立証しかできず事実上主張・立証が制限されることになることから、憲法32条が定める公正かつ適正な裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
 わが国の民事訴訟手続においては、当事者双方の攻撃防御方法が尽くされ、裁判に熟したときに結審して判決を出すとされているが(民事訴訟法第243条)、当事者においては事前に訴訟の相手方の主張や保持している証拠を把握できていないことも多く、訴訟の初期の段階において同意をとり、期間が来れば結審するという制度は訴訟制度の基本原則に抵触するおそれがある。

4 また、主張や立証が事実上制限されることで、十分な審理ができず、審理や判決が粗雑(ラフジャスティス)になり、誤判のおそれが増し、ひいては民事訴訟制度に対する信頼をも損ないかねない。
 この点、「新たな訴訟手続」の提案理由としては、裁判の迅速化と期間の予測可能性を高めるためとされている。確かに裁判の迅速化は、司法により人々の権利を実現するため取り組むべき重要な課題であるが、そのためには裁判官の増員や情報・証拠の開示・収集手続の拡充などの環境整備が必要であって、ただ審理期間だけを制限して迅速化を図ることは、当事者の主張立証の権利を制限し、拙速な判断を生みかねない。

5 本制度案において、弁護士が訴訟代理人に付いていないいわゆる本人訴訟においても、この手続の利用を認めることも大きな問題である。
訴訟の知識、経験がない本人が、主張や立証が事実上制限される新たな訴訟手続の選択や遂行を適切に行うことができるか、慎重に考えられるべきであり、当事者の権利が奪われかねない危険な制度になっていると言わざるを得ない。

6 また、「新たな訴訟手続」の新設により、他の訴訟事件に影響するおそれや訴訟制度全体に悪影響を与えるおそれも否定できない。裁判官の手持ち事件は多く、期間限定の訴訟が優先され、他の通常事件が後回しになるおそれがある。

7 以上より、第1記載の通り、当会は、法制審部会において審議されている「新たな訴訟手続」の新設に反対する。
以上

2021年(令和3年)11月6日
                長野県弁護士会    
               会 長   久 保 田 明 雄

令和3年司法試験合格発表についての会長声明

令和3年司法試験合格発表についての会長声明

1 令和3年9月7日,令和3年司法試験の合格者が発表され,受験者3424人中,総合点755点以上を得た1421人が合格者とされた。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。

2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-上記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,上記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。

3 当会は,過去4回の司法試験の合格判定が,上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付,令和3年2月8日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和3年8月12日付「令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。

4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後である昨年比で見ても約2.3%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1500人程度」が維持され,微減するのみだからである。
     年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)
     26   8,015人    1,810人      22.58%
     27   8,016人    1,850人      23.08%
     28   6,899人    1,583人      22.95%
     29   5,967人    1,543人      25.86%
     30   5,238人    1,525人       29.11%
     R1   4,466人    1,502人       33.63%
     R2   3,703人    1,450人      39.16%
     R3   3,424人    1,421人      41.50%

また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)
     年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)
     26  770点    604点   166点
     27  835点    679点   156点
     28  880点    725点   155点
     29  800点    659点   141点
     30   805点    706点   99点     
     R1   810点    726点   84点
     R2   780点     721点   59点
          R3     755点     717点     38点

合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点→38点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。(仮に,各年の合格ラインが前年と同程度であるとすると,「全受験者の総合点の中央値」と「合格最低点」との差は,前年とほぼ同程度になる。)
その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,昨年(令和2年)がそれに次ぎ,本年の合格ラインの落差は昨年に次ぐ大幅なものである。

5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。
司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。
例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は755点であり合格者数は1421人であること,760点以上を得た受験者は1387人であることから,本年の合格点が755点と決定された理由は,合格点を755点まで引き下げて初めて「1500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。
政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。
かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。

6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。

7 よって,当会は,令和3年司法試験合格判定に対し,強く抗議するとともに,「法曹の質の維持」の観点から,適正な水準まで合格ラインを引き上げる形で司法試験の運用を改善することを強く求める。

  令和3年10月9日

長野県弁護士会  
会 長  久 保 田 明 雄



令和元年東日本台風災害から2年を迎えるにあたっての会長談話

令和元年東日本台風災害から2年を迎えるにあたっての会長談話

1 令和元年10月12日夜から13日未明にかけて東日本を通過し、平成以降の日本における台風被害としては最悪の被害を及ぼした令和元年東日本台風から、2年を迎えました。この台風で亡くなられた方々に改めて哀悼の意を表するとともに、多くの被災された皆様に、改めてお見舞いを申し上げます。
長野県では千曲川が広範囲で氾濫し、県内だけでも、死者23名(災害関連死を含む)、負傷者150名、住家被害は全壊1087世帯・半壊2888世帯を含む9298世帯にのぼり、約2万3000人もの方々が被災しました(令和3年6月29日現在)。

2 当会は、発災翌日に災害対策本部を立ち上げ、関係諸機関と連携しつつ、被災された方々への法的支援に一丸となって全力で取り組んで参りました。
平時より、当会では、会員の半数以上にあたる約140名の被災者支援弁護士登録体制を構築しており、発災3日後には「復興支援ダイヤル」を立ち上げて無料の電話相談・面談相談・出張相談対応を開始しました。並行して、行政機関が対応しきれない生活再建のための支援情報等を提供すべく被災地公民館や被災民家等に赴いての被災者支援制度説明会の開催、当会が率先して進めてきた8士業連携による長野県災害支援活動士業連絡会と長野県との協定に基づくワンストップ相談会の開催、災害ADRによる紛争解決、被災者向けサロンに赴き炊き出しに協力しながらの相談対応、長野県建築士会・長野市等との連携による総合相談会への参画等々により、これまで360件以上の法律相談等に対応してきました。
また、当会は、返済困難な債務を負った被災者の生活再建の支援として、自然債務整理ガイドラインを用いた債務整理事案対応のために登録専門家弁護士約60名体制で対応し、本日時点で24件中10件の調停成立に至っています。都道府県別にみた東日本台風に起因する同制度の取扱件数としては、最も多い利用件数であり最も多い成立件数となっています。

3 当会では、平時から災害対策に努めて参りましたが、東日本台風での被災者対応の経験を契機として更なる災害対策の拡充を図り、県のみと締結していた災害時法律相談業務協定を県内主要都市とも締結する方針とし、令和2年の佐久市との協定を皮切りに、令和3年には伊那市・諏訪市・飯田市・長野市と締結し、年度内には松本市等とも締結予定であり、来年以降も締結市町村を拡大していく予定です。
我々は、東日本台風災害における被災者対応を通じ、被災時に弁護士が、法律相談を含む様々な困りごとの相談に耳を傾けること自体が、被災者の精神的支援に繋がるということを、身をもって経験しました。
また、行政が提供しきれない生活再建のための支援情報等を被災者へ提供することも弁護士の重要な役割であるところ、発災直後には、当会会員が人海戦術により各地の避難所や市町村窓口、ボランティアセンター等へ被災者向け弁護士会ニュースやチラシ等を直接持参していましたが、後に、長野県との連携により、被災市町村を介して、被災者台帳に掲載された県内全被災世帯に弁護士会からの支援情報を提供できる体制も構築することができました。この体制は、令和3年8月前線による大雨災害の際にも活用し、速やかな被災地への支援情報提供に役立っています。

4 当会では、今もなお、令和元年東日本台風被災者の皆様向けに「復興支援ダイヤル(026-232-2777)」による相談体制を維持し、電話相談・面談相談・出張相談をいずれも無料で提供し続けております。
被災者及び被災地域の復旧・復興は、まだまだ緒に就いたばかりといえます。応急仮設住宅の退去予定日が迫る中、生活再建が未だ途上であるなど、被災者の皆様の苦境は続いています。長野市内の応急仮設住宅入居者のうち3割強もの方々が退去困難な状況にあるという報道もあり、当会は、長野県及び長野市に対し、退去困難者の意向が可能な限り実現するようアウトリーチの手法で個別具体的に事情・原因を聴取し、一人ひとりに寄り添った適切な住宅支援を行うよう要望します。
 
5 当会は、引き続き、東日本台風による被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧・復興を叶えるため、被災者支援活動に取り組む所存であり、今後も、被災者支援を基本的人権の擁護を使命とする弁護士の責務として捉え、より広く、より速やかで、よりきめ細やかな被災者支援体制の実現に努める所存です。

2021年(令和3年)10月11日

長野県弁護士会     
会長  久保田明雄  


令和3年8月前線による大雨災害に関する会長談話

令和3年8月前線による大雨災害に関する会長談話
 
   令和3年8月11日からの記録的な大雨により、河川氾濫や内水氾濫による大規模な浸水、土砂災害などが全国各地で発生しました。死傷者は多数にのぼり、住家や農地をはじめとした物的被害も甚大であり、今もなお大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
この災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様方と、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。
長野県内においても、土砂災害の発生は30ヶ所にのぼり、岡谷市で発生した土石流災害では3名の尊い命が失われました。また、8月24日現在、南信地域を中心に、全壊6世帯をはじめとして416世帯の住家被害が確認されており、今なお調査中の案件も多数あり、被害世帯数は更に増加する見通しです。
長野県内では、一昨年の東日本台風において、死者23名(災害関連死を含む)・住家被害約9300世帯という甚大な被害を受け、その復興も道半ばのなかで、昨年の令和2年7月豪雨災害、そして今回の大雨災害と、災害の被害が続いており、被災者の皆様のご心痛、ご労苦は察するに余りあります。
長野県弁護士会は、今回の大雨災害による県内被災者の皆様に対し、急ぎ無料電話相談体制を整え、既にその運用も開始したほか、災害ADRの適用対象としたところです。また、長野県との連携により、県内全ての市町村の防災担当者のもとにいち早く情報提供できる体制を活用して、長野県弁護士会が提供する被災者支援情報を、被災地へお届けしています。
   当会は、東日本台風からの復興にあたっては、長野県、被災市町村、他士業団体、ボランティア団体等と積極的に連携協力し、被災者支援活動を展開してきました。電話無料相談や被災地での相談対応等の活動は今も継続しているところでありますが、今回の大雨災害に対しても、当会は、過去の被災者支援活動で培ってきた経験を活かし、被災された皆様方の生活再建のために、積極的に支援をしていく所存です。
 
2021年(令和3年)8月25日
長野県弁護士会     
 会長  久  保  田   明  雄

令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1  5月12日から16日にかけて,令和3年司法試験が実施された。
  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様に,心から敬意を表する。
 
2  令和3年の司法試験受験者数は3,424名であり,前年比で279名減,前々年比で1,042名減となった。
  法科大学院についてみても,令和3年度志願者数(延べ人数)は8,342名,同年度入学者数は1,724名となった。
     ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかである。
 
3   司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。
   現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。
  法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。
 
4   法曹志願者が激減する現状下で,1500人程度という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に求められる選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
   ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の
総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである(なお,上記の点については,当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」,令和元年10月15日付「令和元年司法試験合格発表についての会長声明」,令和3年2月8日付「令和2年司法試験合格発表についての会長声明」を参照のこと。)。
   このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格
判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
5  以上から,当会は,令和3年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。
 
2021年(令和3年)8月12日
長野県弁護士会
会 長   久 保 田 明 雄

最低賃金の引き上げを求める会長声明

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明
 
  新型コロナウイルスの感染拡大により、労働者、住民は、日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、休職を余儀なくされ、また職を失う者も多く、制度としてのセーフティネットが脆弱な我が国においては、その命と暮らし、さらにはアルバイトで学費と生活費を賄っている学生らの学びさえも極めて深刻な事態に陥っている。
 
  我が国においては、非正規労働者が労働者全体の3分の1を超え、年間200万円以下で働く民間企業の労働者は、1000万人を超えている。格差と貧困が拡大している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティネットとしての機能をコロナ禍でこそ真に実効的なものとし、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。
 
  昨年2020年、中央最低賃金審議会は、コロナ禍による経営環境への懸念から、地域別最低賃金額の引き上げ額についての目安額の提示を見送った。これを受けて各地の審議会も引き上げ額を抑制し、長野地方最低賃金審議会においても、わずかに1円の引き上げを答申して、長野県の最低賃金は、時給849円にとどまった。
 
  しかしながら、仮に週40時間、年52週、働いたとしても、年収で約176万6000円、月額約14万7000円余にしかならない。これでは、到底、安心して暮らせるだけの賃金水準には達していない。
 
  昨年、県内の労働組合が行った最低生計費調査によれば、長野市在住25歳の最低生計費は、男性単身者月額25万4812円、女性単身者月額25万6571円である。これを法定労働時間(1日8時間、週40時間)で時給換算すると、男性1466円、女性1476円であるため、現在の最低賃金は最低生活費すら満たしておらず最低生活費との間に大きな隔たりがある。
 
  また、地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1013円に対し、最も低い7県は時給792円であり、221円もの開きがある。長野県とは164円の開きである。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなっているコロナ禍でこそ、賃金の地域間格差を見直し、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
 
  これに対し、長引くコロナ禍で、経営基盤が脆弱な多くの中小企業において
は、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、それへの配慮も必要である。
 
  中小企業にとって大きな負担となっている労働者の社会保険料負担の減免は一考に値するものであり、その他、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるようこれまで以上に努めることはもちろん、コロナ禍にあって、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。
 
  以上より、当会は、国に対し、中小企業への十分な支援策を求めるとともに、コロナ禍であっても地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。
 
2021年(令和3年)6月17日
長野県弁護士会    
会長     久保田   明 雄

74回目の憲法記念日に寄せる会長談話

74回目の憲法記念日に寄せる会長談話

1 日本国憲法は、2021年(令和3年)5月3日、74回目の憲法記念日を迎えます。
当会は、毎年、この時期に会長談話を発表し、1947年(昭和22年)5月3日の施行後一度の改正も経ることのなかった日本国憲法の意義を考える必要性を訴えてきました。
それは、日本国憲法における国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義といった重要な基本原理が、国民の期待と信頼の下に基本的に堅持され、国家権力への歯止めとして機能してきたことを改めて確認し、これらをこれからも国民全体の力で維持発展させていく必要があると思うからです。
 
2 2020年(令和2年)、新型コロナウイルスの感染拡大は、日本国民すべての生存と生活を深刻な危険にさらし、世界的にも広範な影響を与え、いつ収束するかも見えない状況です。
この間、新型インフルエンザ等対策特別措置法やいわゆる感染症法などが改正され、これまで以上に政府や都道府県知事に権限を与え罰則規定も盛り込まれました。
新型コロナウイルス感染拡大に対応するため、国民の協力が必要なことは言うまでもありません。しかし、そのために、国民一人ひとりの人権が過度に制限されることは許されることではありません。なし崩し的な人権侵害が発生・継続することのないように、様々な施策や法改正の内容や手続きについて慎重に検討する必要があります。この間の政府や都道府県知事、国会の対応がこれらの点につき十分に考慮されてきたか、きちんとした検証が必要であり、今後も注意深く見ていく必要があります。
 
3 昨年、日本国憲法の理念に照らし、看過できない問題がいくつか発生しました。
一つは、検察庁法改正やこれに関連する閣議決定などの動きです。
検察官は、公益の代表者として、強大な捜査権限及び公訴提起権を独占し、身分保障もなされていて、準司法官として厳正中立な立場で行動することが求められています。これに対し、昨年、検察官の定年延長につき違法な閣議決定による運用がなされ、さらには幹部検察官の人事に対し政治権力による恣意的な介入を可能とする制度を設けようとする改正法案が上程されました。幸い、改正法案は国会において廃案となりましたが、これらの動きは、日本国憲法の基本原理である権力分立に基づく制度を脅かすものであり、法治国家の基本原理を根底から突き崩す危険を招くものでした。
もう一つは、日本学術会議会員の任命拒否の問題です。
日本学術会議は、政府から独立した立場で政策提言等を行う科学者の代表機関として位置づけられ、会員については、同会議が選考した候補者を内閣総理大臣に推薦し、内閣総理大臣はその推薦に基づいて会員を任命することと定められています。ところが、昨年、菅内閣総理大臣は、同会議が推薦した候補のうち6名を会員に任命せず、かつその任命拒否の具体的な理由も明らかにしませんでした。日本国憲法は、学問の自由を保障しています。それは、戦前の自由な学問研究が阻害された苦い経験に基づき、政府批判を含む自由な学問及びこれによる意見表明を保障することこそが憲法の基本理念を貫徹するために必須であるとしたからです。今回の任命拒否は、この憲法の趣旨理念に反するものであり、到底許されることではありません。加えて、この6名は、自らの研究成果に基づき政府に対する批判的な意見を表明した方々です。仮に批判的な意見を表明したことが任命拒否の理由であるとすれば、なおのこと学問の自由に照らし、許されるものでないことは明らかです。
 
4 他方、日本国憲法が、長期間、偏見や無理解にさらされてきた少数者への差別の是正に寄与することを示す判決がなされました。
2021年(令和3年)3月17日、札幌地方裁判所は、「同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府の裁量権の範囲を超えたものであるといわざるを得ず、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ない。」として、初めて、同性婚に対する取扱いが憲法14条1項に違反するという判断をしました。
同判決は、「いかなる性的指向を有する者であっても、享有し得る法的利益に差異はないといわなければならない。」、「同性愛者のカップルは、重要な法的利益である婚姻によって生じる法的効果を享受する利益の一部であってもこれを受け得ないとするのは、同性愛者の保護が、異性愛者と比してあまりにも欠けるといわざるを得ない。」としています。人は個人として等しく尊重されるべきこと、そして少数者保護、法の下の平等といった憲法の理念が、本件において正しく機能したと評価できるものです。
 
5 世界や日本を取り巻く状況が、戦後70余年を経て大きく変わったのだから、憲法改正をすべきだという意見があります。
しかし、日本国憲法が定めているのは人類普遍の原理であり、その価値は、たとえ社会情勢、国際情勢が大きく変わろうと、決して減少するものではありません。それどころか、この価値は一層重要性を増してきているとも言えるものです。
先に述べた事柄をみるとき、今私たちに求められていることは、急いで憲法を改正することではなく、日本国憲法の理念や本質を深く知り、ともに考え、議論し、さらには社会におけるあらゆる人権侵害や不平等に対して、これを許さないという取組みを強めていくことだと思います。
そして、生きる権利や個人の尊重、両性の本質的平等などの基本的人権が十分に保障され、真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を、着実に目指していく必要があります。
私たちは、改めて「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(憲法97条)という規定が持つ重さを噛みしめたいと思います。そして、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(憲法12条)という規定の意義を確認したいと思います。
当会は、この「国民の不断の努力」の一翼を担い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために全力を尽くす決意です。
 
2021(令和3年)年4月30日
長野県弁護士会
会 長 久保田 明 雄

少年法改正法案に反対する会長声明

少年法改正法案に反対する会長声明
 
2021年(令和3年)3月18日
長野県弁護士会会長 中 嶌 知 文
 
第1 声明の趣旨
     政府は、2021年2月19日に「少年法等の一部を改正する法律案」(以下、「改正法案」という。)を閣議決定し、今国会(第204通常国会)に提出した。
    当会は、この改正法案が現行少年法の適用年齢を維持したことは評価するものの、いわゆる「原則逆送」対象事件の範囲を拡大し、これまで禁止されていた推知報道の禁止を一部解除するなどの点で少年法の理念に逆行するものであるため、強く反対の意を表明する。
 
第2 声明の理由
  1 はじめに
      本改正法案は、法制審議会にて公職選挙法の選挙権年齢、民法の成年年齢の引き下げを踏まえて少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることの是非等について検討が始まったものの、年齢引下げに対する反対意見を踏まえて20歳未満の者も少年法の適用対象とすることが維持されたものとなっている。
     この点について当会も、2015年(平成27年)7月6日及び2018年(平成30年)1月30日に「少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明」を発しており、今後も18歳・19歳にも少年法1条の健全育成目的という理念に基づく手続や処分が行なわれることは評価するところである。
     しかしながら本改正法案は、18歳以上の少年を「特定少年」と位置づけて特例を設ける改正が盛り込まれており、少年法1条の理念とは相容れないものとなっている。すなわち、①いわゆる「原則逆送」対象事件を拡大している点(62条)、②推知報道の禁止を一部解除する点(68条)、③18歳・19歳を「ぐ犯」の適用対象から外した点(65条1項)、④保護処分について行為責任の上限の範囲内で行なわなければならないとしている点(64条)、⑤不定期刑や資格制限の特例の適用を除外した点(67条)で問題がある。以下、詳述する。
 
2 「特定少年」と位置づける必要性がないこと
(1)上記のとおり、当初、法制審議会では公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢の引き下げを踏まえて、少年法の適用年齢を18歳未満に引下げる方向での議論が始まった。
(2)しかしながら、現行法上も喫煙・飲酒可能年齢(20歳)、被選挙権年齢(衆議院25歳、参議院30歳)等のように、法規範ごとに適用対象年齢が異なっていることから、法規範の趣旨や目的に照らして個別具体的に規定されれば良い問題である。
(3)とりわけ少年法も、少年の健全な育成と更生を図るという目的の下、いわゆる全件送致主義がとられ、20歳以上の者であれば微罪処分や起訴猶予処分になるような比較的軽微な事件についても家庭裁判所による調査の対象として、心理学や社会学などの専門的知見を有する家庭裁判所調査官が行動科学(医学、心理学、教育学、社会学、社会福祉学等)の知識や技法を活用して、非行の経緯、動機、態様のみならず、少年の生育歴、家庭環境、生活状況、交友関係、心身の状態等を総合的に調査し、少年が非行に至った原因とその背景(非行メカニズム)を科学的に解明するとともに、再非行に至る危険性の予測をした上で、少年の更生と健全な育成を図り、再非行を防止するための教育的な働きかけが行われている。
     また、一定の場合には家庭裁判所裁判官の観護措置決定に基づいて少年を一定期間少年鑑別所に収容し、専門家である法務(心理)技官や法務教官及び医師が、24時間体制での行動観察や面接、心理検査、検診等を行って少年の性格や資質などの鑑別をしている。
    さらに、弁護士が少年の付添人に選任された場合には、付添人の立場からも非行の原因や背景を調査するとともに少年の更生と立ち直りを図り、再非行を防止するため、少年に寄り添いつつ少年自身の内省が深まるように働きかけをし、家庭環境や生活環境の改善を図るために被害者や少年の親等関係者との調整がなされている。
(4)これらの多面的で重層的な調査、鑑別と働きかけがなされることによって、これまでに多くの少年がそれぞれに抱えてきた問題を認識し、それを克服しようと努力をして立ち直っていくことができ、その結果として再非行も防止されてきたということができる。
     現に犯罪統計を見ても、少年の刑法犯の検挙人員は1983年(昭和58年)の約31万7000人をピークに減少し続け、2019年(令和元年)には約3万7000人となっている。また、殺人、強盗、強制性交等(強姦)、放火といった凶悪犯罪も1961年(昭和36年)には約7100件、2001年(平成13年)には約2400件あったところ、その後も年々減少傾向にあり、現在では年間600件を下回っている状況にある。
(5)そして、18歳・19歳の者も未熟で可塑性に富んでおり、そうであるからこそ少年法の適用対象とするべきであり、上記のような保護原理に基づく働きかけが効果的といえる。
(6)本改正法案は、提出の理由について「成年年齢の引下げ等の社会情勢の変化及び少年による犯罪の実情」を挙げるが、上記のとおり立法事実がないばかりか、18歳以上20歳未満を「特定少年」として位置づけ、少年法1条の「健全な育成を期し」という目的に逆行する特則を設けるものであるため、改悪と言わざるを得ない。
 
3 ①いわゆる「原則逆送」対象事件の拡大(62条)について
(1)本改正法案は、検察官送致(逆送)に関して、62条を置き、いわゆる「原則逆送」事件の対象を拡大し、従前の故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に加え、短期1年以上の懲役・禁錮の事件(強盗罪、強制性交等罪、放火罪を含む)で行為時18歳・19歳の者を対象とした。
(2)しかしながら、例えば強盗について考えてみると、その行為態様は様々であり、悪質性の高いものから低いものまである。いわゆる「ひったくり」と呼ばれる事案や万引き発覚後に振り切って逃げた場合もあり、犯情の幅が広いものが含まれている。また、悪質性が高い行為態様であっても未熟な未成年者が成人共犯者に指示される場合もある。
     放火についてみても、その行為態様は様々であり、悪質性の高いものから単なる悪ふざけの火遊びによって発生させた場合等、犯情の幅が広いものが含まれている。
    さらに、強制性交罪等についても、現在の刑法改正作業において成人の犯罪類型ですらさらに細分化する議論もなされるなど、行為態様や犯情に幅があることは周知のとおりである。
    それにも拘わらず、「短期1年以上」等の法定刑で一律に少年の処遇を振り分けることは、一人ひとりの要保護性に着目してきめ細やかに健全な育成を図るという少年法の目的・理念と相容れない。
(3)実際、法制審議会(少年法・刑事法部会)での統計資料によれば、2016年(平成28年)から2018年(平成30年)の18歳・19歳による強盗事件の終局決定につき、総数140件に対して、刑事処分相当として逆送となった事案はわずか2件であり、一方、保護処分(保護観察や少年院送致)となった事案は124件であった。
     放火についても、同期間、同年齢による終局決定につき、総数41件に対して、逆送となった事案はわずか1件であり、保護処分となった件数は33件であった。
    これは、家庭裁判所が、強盗や放火事件の大半につき、少年の更生や再犯防止のためには保護処分が望ましいと判断したに他ならない。
(4)ここで、本改正法案62条2項但し書きには、「調査の結果、犯行の動機、態様及び結果、犯行後の情況、特定少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。」と定められてはいるが、これまでの規定とは原則と例外が逆転しており、逆送を原則とする運用が予想される。そして、逆送後の教育的な処遇や環境調整など、更生の機会を保障する規定が改正法案にも盛り込まれていない以上、18歳・19歳の者に対する更生の機会を奪うことに繋がりかねない。
(5)以上のように「原則逆送」対象事件を拡大させることは、少年法1条の健全育成目的に逆行するものであるため、強く反対する。
 
4 ②推知報道の禁止の一部解除(68条)について
(1)推知報道は現行法61条によって禁止されてきたが、改正法案68条では犯行時18歳・19歳による犯罪については、少年審判で検察官送致(逆送)され、公判請求がなされた場合には、61条は適用除外とされた。
(2)しかしながら、推知報道の禁止は、少年及びその家族らの名誉・プライバシーを保護することにより、更生の機会を確保する点で極めて重要な役割を果たしてきた。とりわけ少年の教育、就労、その他社会的資源や援助を受ける際には、推知報道の禁止がなければ更生を果たせなかった少年も数多く目の当たりにしている。また、適用除外とされる18歳・19歳は、就職活動をする者が多い年齢層でもある。
    一方の就労先においても、世間からの批判や奇異な眼差しがあると、少年の更生に協力したいと思っていても受け入れを躊躇してしまう雇用主も多いのが現実である。
(3)昨今のインターネットの普及やSNSの発達は目まぐるしく、ひとたび推知報道がなされれば半永久的に非行事実が残されてしまい、本人のみならず家族の生活にも重大な支障を来してしまう。
     これでは少年の更生のための社会的資源を奪うばかりか、更生の機会そのものを奪ってしまうことに繋がる。
     当会会員が活動する長野県においても、新型コロナの感染者ですら本人や家族が特定され、転居を余儀なくされてしまう事例が発生しており、このような地域社会の現実に鑑みても、推知報道の禁止の解除には強く反対する。
 
5 ③18歳・19歳の「ぐ犯」の適用対象からの除外(65条1項)について
(1)改正法案65条1項において、ぐ犯の規定は18歳・19歳の者には適用しないこととした。
(2)現行法は「ぐ犯」について規定し、まだ犯罪を行なったわけではない(法に抵触していない)少年が置かれた環境や性格等から将来的に罪を犯す恐れがある少年についても健全育成の観点から保護処分の対象としている。
(3)このぐ犯に対する処遇は、パターナリズム(保護主義)の観点から福祉的支援を促し、犯罪を未然に防ぐことに繋がると共に、少年が反社会的組織に取り込まれることを防止する効果をもたらしてきたといえる。
      そこでは前述した家庭裁判所による調査や少年鑑別所での指導、付添人による環境調整等が有効に機能していた側面があり、少年の健全育成の役割を果たしてきた。
      そして、このぐ犯に対する処遇効果は18歳・19歳にも広く及んでおり、「特定少年」を除外する必要性は全くない。
(4)そうであれば、ぐ犯の規定を対象外とすることによって18歳・19歳の者の健全育成に逆効果となってしまいかねないため、本改正法案に反対である。
 
6 ④保護処分についての特則(64条)について
(1)特定少年に対する保護処分は、ア)6月の保護観察、イ)2年の保護観察、ウ)少年院送致の3種類が定められた(64条1項)。
     保護観察については期限があること、少年院送致についても言い渡しと同時に収容期間が定められること(同条3項)が現行法と異なる。
     また、イ)の保護観察については、重大な遵守事項違反があった場合には、1年以下の範囲内で、家庭裁判所の決定により少年院に収容することができるものとし、保護観察処分と同時に、少年院に収容する期間を定めなければならないこととされている(同条2項)。
     そして、これらの処分は、「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において」決定されなければならないとしている。
(2)しかしながら、現行少年法は保護処分を決定する際、「犯情の軽重を考慮」しなければならないとはしていない。これは犯情の軽重のみを考慮するのではなく、少年が非行に至った背景、少年の性格や属性、要保護性、学校・職場・家庭などの環境等様々な事情を考慮して保護処分を決定するからである。
      また、少年一人ひとりの要保護性を具体的に考慮することで、少年法の目的とする健全育成に繋がると考えられるし、犯情の軽重に固執すれば保護観察中の更生や教育効果を十分に考慮することもできなくなってしまう。
(3)したがって、「犯情の軽重」を考慮しなければならないとの改正を行えば、処分としての結論が先にありきで、要保護性に応じた健全育成が阻害される危険性を拭い切れない。
      よって、保護処分について特例を設けることには反対である。
 
7 ⑤不定期刑や資格制限の特例の適用除外(67条)について
(1)刑事事件の特例としては、「特定少年」につき、不定期刑(52条)、換刑処分(労役場留置)の禁止(54条)、資格制限の特例(60条)は適用されないこととしている。
(2)これも前述6記載のとおり、少年一人ひとりの要保護性に応じたきめ細やかな処遇に対応できず、また少年の可塑性や教育可能性を考慮した資格制限の排除規定を蔑ろにするものとして反対である。
 
8 結論
      以上のとおりであるから、当会は、少年法の理念に逆行する本改正法案に強く反対するものである。
 
以 上

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明
 
  2020年度の司法試験合格者数が本年1月20日に1450人と発表された。政府が掲げる目標の「1500人程度」を維持したともしなかったとも言い得る微妙な人数であるが、いずれにせよ、合格率は39.2%まで上昇しており、法曹の質の観点から懸念がある。そこで、全国の12弁護士会は、以下のとおり共同で意見を述べる。
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅に減少を続けている実情を踏まえ、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年度の司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2 新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていない。そのため、司法修習終了後の就業状況に多少の改善傾向がみられている現在においても、弁護士の過剰供給を原因とした法曹の職業としての魅力の低下は、今なお回復したとは言い難い状況にある。
  それに伴い、法科大学院実入学者数は、2019年度に1862人と前年度に比べ若干回復したものの、2020年度は1711人と逆に前年度比151人減少するなど、依然として低迷した状態にある。司法試験受験者数は、2004年度には4万3千人であったものが、本年度は3703人と実に10分の1以下にまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、これを受け、文科省は198回国会(2019年)に法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案を提出し、法科大学院制度に対する改革として、大学法学部3年と法科大学院2年の計5年で修了する法曹コースの創設、法科大学院在学中の司法試験受験を可能にする等の法改正が行われた。
  しかし、上記のとおり、志願者の減少の根本原因が法曹の職業としての魅力低下にある以上、この原因を解消しない限り、大幅な法曹志望者の回復を期待することは困難である。
  法曹の職業としての魅力低下を解消し、有為な人材としての志願者増加を達成するには、現状の過剰な需給バランスを是正し、法曹志望者が、自信をもって法曹の道を目指すことができるような環境の整備を行うことこそが必要である。
 
4 こうした中、法務省は、2021年1月20日、2020年度の司法試験合格者数を1450人と発表した。前年度に引き続き、合格者数が若干(52人)減少したとはいえ、受験者数が4466人から3703人へと763人減少したので、合格率は、33.6%から39.2%へと上昇している。
  合格率は、2011年度以降以下のとおりであり、近年急激に上昇している。
  2011(H23)年度 23.5%(合格者2063/受験者8765)
  2012(H24)年度 25.1%(合格者2102/受験者8387)
  2013(H25)年度 26.8%(合格者2049/受験者7653)
  2014(H26)年度 22.6%(合格者1810/受験者8015)
  2015(H27)年度 23.1%(合格者1850/受験者8016)
  2016(H28)年度 22.9%(合格者1583/受験者6899)
  2017(H29)年度 25.9%(合格者1543/受験者5967)
  2018(H30)年度 29.1%(合格者1525/受験者5238)
  2019(R01)年度 33.6%(合格者1502/受験者4466)
  2020(R02)年度 39.2%(合格者1450/受験者3703)
  このような合格率の顕著な上昇は、司法試験合格者を1500人程度とすることを至上命題とすることから生じる現象であって、法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」と指摘していることを蔑ろにし、司法試験合格者の質の確保よりも合格者数の確保を優先しているものとして強く危惧せざるを得ない。
  このような状況下、日本弁護士連合会は、2020年9月、司法試験合格者数の1500人からの「更なる減員」を検証するため、「法曹人口検証本部」を設置し、議論を進めている。
 
5 法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
  そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
2021(令和3)年3月3日
埼玉弁護士会
会長 野 崎 正
 (公印省略)
千葉県弁護士会
会長 眞 田 範 行
 (公印省略)
栃木県弁護士会
会長 澤 田 雄 二
  (公印省略)
山梨県弁護士会
会長 深 澤 勲
  (公印省略)
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
   (公印省略)
兵庫県弁護士会
会長 友 廣 隆 宣
      (公印省略)
 富山県弁護士会
 会長 西 川 浩 夫
                                                                                                                                              (公印省略)
山口県弁護士会
会長 上 田 和 義
(公印省略)
大分県弁護士会
会長 吉 田 祐 治
(公印省略)
仙台弁護士会
会長 十 河 弘
(公印省略)
秋田弁護士会
会長 山 口 謙 治
(公印省略)
札幌弁護士会
会長 砂 子 章 彦
(公印省略)

改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める会長声明

改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める会長声明
 
1 令和3年2月3日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」及び「新型インフルエンザ等対策特別措 置法」の改正法が国会で成立し、同月13日から施行されることとなった(以下、「改正感染症法」、「改正特措法」という。)。
 
2 感染症法は、もともと「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」、「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応する」などとした「前文」を設けて法の趣旨を宣言し、過去の反省等に基づき、伝染病予防法を廃止して制定された法律である。そもそも、感染者は決して責められるべきではなく、その実情を無視して、安易に刑罰をもって義務を課そうとすることは、かかる感染症法の目的・制定経緯を無視し、逆行するものである。その意味で、与野党の協議で入院拒否者らへの刑事罰が削除されたことは当然の帰結である。
  しかし、今回の改正感染症法でも、入院拒否者に対し50万円以下の過料を、疫学調査拒否者に対し30万円以下の過料を課すとの条項はそれぞれ残された。新型コロナウイルス感染症は従来の各感染症と比べて、無症状感染者からの感染力が強いと分析され、深刻な後遺症が残る例が多くメディアで報じられることなどから、国民全体に感染に対する不安が醸成され、感染したこと自体を非難するがごとき風潮が生じている。残念ながら長野県内でも、既に不当な差別を受けた事例が多数報告されている。それにもかかわらず、この上感染者等に対して国家が刑罰ではないとしても、行政罰を課すことになれば、感染者等に対する差別偏見が助長され、極めて深刻な人権侵害を招来することに変わりはない。差別偏見がエスカレートすれば、差別偏見を避けるべく症状を隠蔽する感染者も現れ、皮肉にも感染拡大に寄与する結果となろう。今国会では、罰則・過料の適用につき慎重に運用するとの付帯決議がなされたが、罰則を伴う措置が国民の移動の自由やプライバシーの権利を著しく制限するものである以上、細心の注意を払った運用が求められる。
 
3 次に、改正特措法は、「まん延防止等重点措置」として都道府県知事が事業者に対して営業時間の変更等の措置を要請・命令する権限を有し、命令に応じない場合は過料の制裁、そして要請・命令したことを公表できるとしている。
  しかし、その条文上、発動要件や命令内容が不明確であり、都道府県知事に付与される権限は極めて広範囲となってしまっている。そのため、恣意的な運用のおそれが大きく、罰則等の適用に際し、営業時間の変更等の措置の命令に応じられない事業者の具体的事情が適切に考慮される保証はない。また、各都道府県あるいは市町村間での運用にも差が生じることが予想され、地域間格差を増大させるおそれが大きい。この措置の発動の要件については、付帯決議によって客観的な基準を示すこととされたが、それでもなお、上記の懸念が払拭されるわけではない。
  さらに、感染拡大により経営環境が極めて悪化し、休業することさえできない状況に苦しむ事業者に対して要請・命令がなされた場合には、当該事業者を含む働く者の暮らしや命さえ奪いかねない深刻な結果に直結する。既に不当な差別や偏見にさらされている飲食店に対して、さらなる追い打ちとなることは言うまでもない。かかる要請・命令を出す場合には、憲法の求める「正当な補償」となる対象事業者への必要かつ十分な補償がなされなければならず、その補償の範囲についても、直接規制の対象となる事業者ばかりでなく、関連する取引先事業者を含めより広範囲になされるべきは当然である。
  また、そもそも営業時間の変更等が想定している飲食店等の時短営業が、感染拡大防止にどれだけ効果があるのか疑問である。営業時間の短縮により、総利用客数は減少するかもしれないが、短縮された営業時間内に利用客が集中することで、却って密の空間を招いてしまうおそれもある。
  今回の付帯決議では、営業時間短縮の要請に応じた事業者への支援が明記されたが、その内容は「経営への影響度合いを勘案し、公平性の観点に配慮し」という表現に留まった。いずれにせよ、拙速な規制は徒に事業者の経営を圧迫するものであり、まずは「正当な補償」の内容を提示し、罰則のみ先行して運用されることがないよう、慎重に運用すべきである。
 
4 長野県内を含め、全国で新型コロナウイルスの感染が急拡大し、医療環境が極めて厳しい状況にあるなどの社会状況の中、収束のための有効な施策が必要であることは言うまでもない。
  しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するためには、政府・自治体と市民との間の理解と信頼に基づいて、感染者が安心して必要な入院治療や疫学調査を受けることができるような検査体制・医療提供体制を構築すること及び事業者への正当な補償こそが急務であって、安易な罰則の適用や特定事業者への拙速な命令権限の発令は厳に慎むべきである。
 
5 以上の観点から、当会は、今回成立した改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める。
 
2021年(令和3年)2月8日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

令和2年司法試験合格発表についての会長声明

令和2年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 令和3年1月20日,令和2年司法試験の合格者が発表され,受験者3703人中,総合点780点以上を得た1450人が合格者とされた。
   新型コロナウイルスの感染拡大に伴い試験日程が延期され,日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。
 
2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。
   法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
   この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
 
3 当会は,過去3回の司法試験の合格判定が,上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和2年9月15日付「令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
 
4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後の昨年比で見ても約5.5%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1500人程度」が維持され,微減するのみだからである。
           年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)
   26   8,015人    1,810人     22.58%
   27   8,016人    1,850人     23.08%
   28   6,899人    1,583人             22.95%
   29   5,967人    1,543人             25.86%
   30   5,238人      1,525人     29.11%
   R1   4,466人    1,502人     33.63%
   R2   3,703人      1,450人     39.16%
 
  また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)
           年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)
   26  770点   604点         166点
   27  835点   679点         156点
   28  880点   725点         155点
   29  800点   659点         141点
   30      805点       706点              99点     
   R1      810点   726点              84点
         R2      780点    721点               59点
 
合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,本年の合格ラインの落差は,それに次ぐ大幅なものである。
 
5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。
   司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。
   例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は780点であり合格者数は1450人であること,785点以上を得た受験者は1418人であることから,本年の合格点が780点と決定された理由は,合格点を780点まで引き下げて初めて「1500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。
   政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。
   かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。
 
6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
 
7 よって,当会は,令和2年司法試験合格判定に対し,強く抗議する。
 
  令和3年2月8日
 
   長野県弁護士会
会長  中 嶌 知 文

市町村に犯罪被害者等の支援に特化した条例が制定されることを求める会長声明

長野県及び長野県下のすべての市町村に犯罪被害者等の支援に特化した条例が制定されることを求める会長声明
 
1 平成16年に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)が制定され、犯罪被害者等(犯罪等により害を被った者及 その家族又は遺族をいう。)が、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有することや、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるような施策を講ぜられること等の基本理念が定められた。
 
2 基本法には、 国だけでなく地方公共団体にもこれらの基本理念にのっとり、その地方公共団体の地域の状況に応じた被害者等を支援する施策を策定・実施する責務があると明記されている。
 かかる責務を果たすため、近年、地方公共団体において犯罪被害者等の支援に特化した条例(以下、「条例」という。)を制定する動きが広がっている。
 令和2年4月1日現在、21都道府県、7政令指定都市、326市区町村において条例が制定されている(令和2年版犯罪被害者白書)。さらに、現在においても複数の県や市区町村において条例の制定が検討されているとのことである。
 条例が制定されることにより地方公共団体の責務や支援内容、被害者等の権利が明確化され、計画的継続的な支援活動が可能となり、また、支援に当たる行政職員や地域住民の意識向上にもつながることが指摘されている。
 
3 長野県内では、長年、県にも市町村にもまったく条例がなかったが、令和2年9月18日に埴科郡坂城町で県内初の条例が制定された。
 その後、長野県議会9月定例会本会議において、条例についての代表質問が行われ、これに対し、阿部守一知事が条例の制定も含めて、具体的な対応を検討していきたいと述べるなど、条例制定に向けた気運が高まっている。
 長野県内においても犯罪被害者等の権利利益の保護が図られる社会の実現に向け、新たな一歩が踏み出されたことは大いに歓迎されることである。
 
4 基本法には、国だけでなく地方公共団体にも「相談及び情報の提供」、「損害賠償の請求についての援助」、「給付金の支給に係る制度の充実等」、「保健医療サービス・福祉サービスの提供」、「犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保」、「居住・雇用の安定」、「刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備」等の各項目について、施策を講ずることを求めており、条例には最低限これらの項目について、規定されるべきである。
 
5 また、長野県は全国第4位の広い面積と全国第2位の77市町村という多くの市町村をかかえている点に特徴がある。
 まず、総合的かつ計画的な犯罪被害者支援を実現するためには、長野県が、県下の各市町村の指針となるべき施策を盛り込んだ条例を制定し、リーダーシップをとることや各市町村との連携の軸となることが不可欠である。かかる条例の制定は、長野県が掲げる「最高品質の行政サービスを提供し、ふるさと長野県の発展と県民のしあわせの実現に貢献」するとの行政経営理念からも要請されるところである。加えて、観光地である長野県の特性から県内に住所を有しない犯罪被害者に対する支援内容を規定することも検討されるべきである。
 そして、長野県下の各市町村においても、第一次的な相談窓口としての役割や、具体的な住民への支援を実施する内容を定めた条例が制定されるべきである。
 例えば、「給付金の支給に係る制度の充実等」については、長野県と市町村が連携し、住民の生活に密着したサービスの多くを担っている市町村においては簡易かつ迅速な手続による生活費の支給等の支援を行い、また、市町村よりも豊富な人員や予算を有する長野県においては、より大規模な経済的支援を行うこと等も期待される。
 地域の状況に応じ特色を反映した条例の制定のため、当会としても、これまで「犯罪被害者等支援条例」のモデル案を作成し自治体に提供するなどして働きかけを行ってきたところであるが、今後も条例の研究や具体的な条例・条文の検討策定等について協力を惜しまない。
 
6 以上から、当会は、長野県及び長野県下のすべての市町村に対して、犯罪被害者等の支援に特化した条例を制定するよう求める。
 
令和3年1月12日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化制度の対象とすることを求める

外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化制度の対象とすることを求める会長声明
 
1 子ども・子育て支援法改正法が2019年10月1日から施行され、幼児教育・保育の無償化制度(以下、「本件無償化制度」という。)が始まっている。
 本件無償化制度は、幼稚園、保育園、認定こども園に加えて認可外保育施設等も対象として進められている。一方、インターナショナルスクール、ブラジル人学校や朝鮮学校等学校教育法第134条に基づき各種学校としての認可を受けたいわゆる外国人学校の幼児教育・保育施設(以下、「外国人学校幼保施設」という。)は、「幼児教育を含む個別の教育に関する基準がなく、多種多様な教育を行っており、また、児童福祉法上認可外保育施設にも該当しないため、無償化の対象とはならない」として、本件無償化制度の対象から除外された(「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」2018年12月28日関係閣僚合意)。
 
2 しかし、各種学校である外国人学校幼保施設は、学校教育法第134条に基づき各都道府県知事の監督に服しながら幼児教育を行っている。また、多種多様な教育を行っている認可外保育施設が本件無償化制度の対象とされている以上、多種多様な教育を行っていることは、各種学校を本件無償化制度の対象外とする理由にならないはずである。
 そもそも、「全ての子どもが健やかに成長するように支援する」という子ども・子育て支援法の基本理念に照らせば、外国人学校幼保施設に通っている子どもであっても無償化制度の対象とするのが同法の趣旨に適うものであり、外国人学校が各種学校であって認可外保育施設に該当しないことを理由に、外国人学校幼保施設に通っている子どもを本件無償化制度の対象外とすることは、合理的理由のない差別であって、憲法第14条、自由権規約第2条1項、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約第2条1項に反し、許されない。したがって、国は、本件無償化制度を広く外国人学校幼保施設にも適用するよう、速やかに法改正をするべきである。
 
3 国は現在、国と地方自治体が協力して支援を行う制度を検討するための事業として、地域における小学校就学前の子供を対象とした多様な集団活動等への支援の在り方に関する調査事業(以下、「本件調査事業」という。)を行っている。
 しかしながら、本件調査事業は、地方自治体が地域にとって不可欠であると判断して既に支援事業を行っている施設が対象であり、また、調査対象施設として申請されるか否かについても地方自治体に委ねられている。
 外国籍の子どもやそれにかかわる外国人学校幼保施設が差別なく扱われることは、全国一律の判断が求められるところであるが、本件調査事業のやり方では地域的格差を生じかねず、今後検討される国による支援策も、地方自治体が支援している施設が前提になることが推測され、その場合、外国人学校幼保施設が一律に無償化の恩恵を受けられることにはならないのではないかとの懸念を抱かざるをえない。
 
4 よって、当会は、国に対し、本件無償化制度を外国人学校幼保施設にも適用するよう、速やかに法改正をすることを求める。
 なお、地方自治体に対しては、この法改正がなされるまでの間、上記差別を実質的に解消するために、外国人学校幼保施設に対し広く積極的に財政支援を実施することを求める。
 
2020年(令和2年)11月20日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明

送還忌避等会長声明

(2020-11-04 ・ 420KB)

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明
 
2020年(令和2年)10月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 
  法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「専門部会」という。)は,2020年(令和2年)6月19日,「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を発表し,同年7月14日,法務大臣に本提言を提出した。
  本提言には,退去強制令書の発令にあたり本人の事情を適切に考慮するための手続の充実・改善や在留特別許可の考慮要素や基準の明確化,退去強制令書が発付された者が早期出国に応じる場合に次回入国時に早期の上陸・在留を可能とする仕組みの制度化,常勤医師の確保・治療拒否者に必要な医療上の措置を取る等被収容者の処遇を改善する具体的措置,仮放免の要件・基準の明確化等,評価すべき提言も幾つかある。これらの点は速やかに制度化すべきである。そもそも,政府は,昭和27年の第13回国会において,昭和26年11月1日に施行された出入国管理令(昭和26年政令第319号)を法律に改正する際,退去強制手続が人身の自由を侵害する以上刑事訴訟法に準じた手続保障が必要であるという指摘を,「外国籍の者に国外へ出てもらう退去強制手続は行政手続であって刑罰ではないことが国際慣例である」旨繰り返し強調して排除した 。その結果,現在の諸手続が構築され,以来,70年近くにわたって,適正手続の保障を怠ってきたことが,今日の国際社会から厳しく非難される事態を招いているのである。人身の自由を著しく制約する出入国在留管理行政の各手続にも適正手続が憲法上保障されるべきことからすれば,上記提言はごく当たり前ともいえることである。 
  他方,本提言は,日本国から退去しない行為に対する罰則の創設,一定の難民認定者から送還停止効を外す措置の導入,仮放免された者の逃亡等の行為に対する罰則の創設の3点を含み,また収容期間の上限を明確に定めることは提言していない。当会は,以下のとおりこれら4つの点に強く反対する。
 
1 日本国から退去しない行為に対する罰則の創設について
  本提言は,退去強制令書の発付を受けた被退去強制者に対し,送還に必要な渡航文書の発給申請や一定の期日までの出国を義務付ける命令制度の創設と,それらの義務の履行を確保する目的で命令違反に対する罰則の創設を提言している(以下「退去強制忌避罪」という。)。
  被退去強制者が日本国から退去することができずにいる事情は様々であり,国籍国に帰国すれば迫害の恐れのある者,子どもが日本国で生まれ育って教育を受けてきたため日本語しか話せず,国籍国へ帰国した場合は教育を受けることすら期待できない者等も含まれる。これらの者は,やむを得ず難民認定申請を繰り返し行ったり,退去強制令書の発令に対して抗告訴訟を提起したり,再審情願等職権発動を求めて在留特別許可を求める活動を適法に行い,あるいは将来行おうとすることもある。これらの行為をしたり,しようとしている間に退去強制に応じないのは権利行使に伴う当然の帰結であり,これらの活動後に在留資格を付与されたり在留特別許可を受けたりすることは珍しくない。実際,2018年に退去強制令書が発付された後に仮放免となった者は523名,在留特別許可となった者は1371名もいるのである 。退去強制忌避罪の創設は,これら正当な権利行使をしている者も犯罪者にしかねず,これらの者の公正な裁判を受ける権利(日本国憲法第32条,市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第1項)を侵害するものといえる。なお,本提言は,対象を罰則による間接強制を伴う退去義務を課すことが真に必要となる者に限定されるべきとしているが,恣意的判断や運用を排除できるほどの明確な構成要件を定めることは困難と言わざるをえない。
  さらには,退去強制忌避罪の創設は,被退去強制者の人権を侵害するにとどまらずに同人の周辺にも脅威を及ぼす。すなわち,被退去強制者が権利を実現するために退去強制に応じない間,人道上の視点からこれらの者に対して援助の手を差し伸べる者は,行政書士や弁護士等の専門職に限らず,NGOや一般市民等にも多数存在する。退去強制忌避罪の創設はこれらの者をも共犯者の立場にすることも可能であるため,これらの重要な人道上の活動が著しく萎縮する結果を招くことも強く懸念される。
  以上のとおりであるから,当会は退去強制忌避罪を導入することに反対する。
 
2 一定の難民認定者から送還停止効を外す措置の導入について
  本提言は,難民認定申請がなされると難民認定手続終了までの間は退去強制することはできないとする送還停止効(ノン・ルフルマン原則(難民の地位に関する条約第33条第1項,難民の地位に関する議定書第1条第1項),出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)第61条の2の6第3項)に,「一定の例外,例えば,従前の難民不認定処分の基礎とされた判断に影響を及ぼすような事情のない再度の難民認定申請者について,速やかな送還を可能とするような方策を検討すること」を提言している。
  この送還停止効の例外措置の導入は繰り返される難民認定申請に対する対抗措置と位置付けられているが,自ら加入し,国内法にも明記した条約上の大原則に例外を設けるためには,よほど明白で重大な立法事実等が必要なはずである。しかるに,2018年の難民認定申請者10,493人のうち,過去に難民認定申請を行ったことがある者は749人と7.1%に過ぎないうえ,そのうち非正規在留者は231人と申請者全体の2.2%であるから ,そもそも入管行政が複数回の難民認定申請による悪影響を被っているという立法事実が存在するのか甚だ疑問である。また,2回目以降の難民認定申請において,行政手続若しくは司法手続の結果,難民認定を得た実例は相当数存在する。それにもかかわらず送還停止効に一定の例外を設けることは,本来は「難民」と認定されるべき者を迫害地に送還することでその者の生命を危険に晒す結果となる。
  そもそも,あまりにも低い難民認定率が国際水準から乖離している日本国の難民認定制度は,国際社会から「難民鎖国」と批判され続けてきた。公開されている最新の統計では,2018年度中に難民認定申請を処理された者13,502人のうち,難民と認定された者は38人と,わずか0.28%に過ぎない 。
  日本国の難民認定制度の最重要な課題は,国際水準に合致した適正な難民審査制度を構築することである。その問題を棚上げにしたまま送還停止効に一定の例外を設けることは,日本国が難民保護の政策を完全に放棄することに他ならないし,「専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたい」とする憲法の理念に明らかに反する。
  以上のとおりであるから,当会は送還停止効の例外措置を導入することに反対する。
 
3 収容期間の上限を設けないことについて
  本提言は,退去強制令書による収容は「送還可能のときまで」(入管法第52条第5項)と規定され,収容期間に上限を設ける仕組みが存在しない点について,一定期間を超えて収容を継続する場合にはその要否を吟味する仕組みを提言する一方,収容期間及び合算した収容期間の上限を定めることを提言しなかった。
  この規定によって2年,3年にもわたり長期間収容されている被収容者は,近年急増している。専門部会へ提出された資料によると,同年6月末時点における収容期間6月以上の被収容者数は合計679名であり,2014年(平成26年),2015年(平成27年)の各12月末日時点におけるそれ(各合計290名)と比べてわずか5年の間に倍増を越している 。報道によると,7年もの間収容され続けている被収容者すら存在する 。
  このような収容期間の無期限長期化を背景に,各地の収容施設では抗議のハンガーストライキが立て続けに起きている。2019年(令和元年)6月24日には,長崎県の大村入国管理センターにおいて3年半収容されたナイジェリア国籍の被収容者1名がハンガーストライキを行い餓死するという痛ましい事件が起きた。被収容者にとって,先の見えない無期限の長期収容がその心理や身体に重大な影響を及ぼすことは想像に難くない。実際,各地の収容施設の被収容者の61%が何らかの薬を処方されており,東日本入国管理センターでは96%に及ぶ 。
  無期限の長期収容は,収容の目的である送還の確保のための必要最小限度の身体拘束とはいえず,身体拘束は必要最小限度にとどめるべきという比例原則に違反し,世界人権宣言第9条,国際規約第9条1項に違反している。このため,国際社会からも厳しく批判にさらされ,2020年9月23日に国連の恣意的拘禁作業部会において示された見解においても,収容期間の上限は法律で定められなければならず,その上限に達した場合は自動的に被収容者は解放されなければならないと明言されている。本提言もこのような無期限の長期収容という実態が恣意的拘禁であるとして国際的非難の的となっていたことは認めているのであるから,日本国は,現状を放置せず,速やかに収容期間及び合算した収容期間の上限を定めなければならない。
 
4 仮放免された者の逃亡等の行為に対する罰則の創設について
  本提言は,仮放免された者が逃亡したり,出頭しない行為に対する罰則の創設を提言している(以下「仮放免逃亡罪」という。)。仮放免逃亡罪も,退去強制忌避罪と同様,刑罰による威嚇によってこれらの行為を防止することを意図している。
  仮放免された者の逃亡が増加したのは2015年(平成27年)末以降であるが ,これは同年秋以降仮放免に就労禁止条件が全面的に付与され,これに違反した場合は条件違反を理由に収容される運用が開始された時期と重なっている 。これらの事実から,この就労禁止条件によって生計の手段を失ったことが主な原因であると推測されるが,専門部会で逃亡原因が十分に検討された形跡はない。
  それにもかかわらず,安易に刑罰を導入することによって解決を図ろうとすることは,刑法の謙抑性の観点から問題があるし,逃亡及び不出頭の原因が不明なままでは新たな刑罰導入の効果は疑わしい。
  仮放免逃亡罪も,退去強制忌避罪と同様,仮放免された者を支える者をも共犯者の立場に追いやる危険性があり,重要な人道上の活動が著しく萎縮する結果を招くことも強く懸念される。
  以上のとおりであるから,当会は仮放免逃亡罪を導入することに反対する。
 
以 上

検察庁法会長声明

検察庁法会長声明

(2020-10-16 ・ 139KB)

検察庁法の一部改正廃案法案と同趣旨の法案を再提出することに強く反対するとともに違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明 
 
1 検察庁法の一部改正法案(以下,「廃案法案」という。)が,第201回通常国会に提出され,国民世論からの強い批判,反対を受け,廃案となった。
 廃案法案については,国民世論はもとより,日本弁護士連合会,全国52のすべての単位弁護士会による反対の意見表明がなされ,また,検察OBからも反対意見が寄せられたところであり,廃案法案の重大な問題性に鑑みれば,廃案は当然のことである。
 
2 しかしながら,報道によれば,新政府は,廃案法案について,再提出に向けて検討したいとして,2021年1月招集の通常国会に再提出する予定で調整を進めているとのことである。
 現時点では,いかなる法案が再提出されるかの詳細は不明であるものの,当会の2020年4月13日付及び同年5月20日付各会長声明において指摘したとおり,廃案法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」については,以下のとおり,準司法官たる検察官の独立性,公正性を根底から揺るがし,国民の信頼を損ない,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来するものである。
 また,政治権力を憲法で拘束する立憲主義を骨抜きにする違憲の疑いすらある法案である。
 
3 検察官は,公益の代表者として,強大な捜査権限及び公訴提起権を独占し,起訴,不起訴の裁量権を有している。また,検察官には,心身の故障その他の事由がある場合に,検察官適格審査会の議決を経るなどの手続を経ない限りは罷免されないという身分保障がなされている。
 これは,検察官が,準司法官として,政治権力による犯罪を含むいかなる犯罪についても,厳正中立の立場から,捜査権,公訴権を行使することを可能とするためであり,憲法の基本原理である権力分立に基づくものである。
 廃案法案のような,幹部検察官の人事について,政治権力による恣意的な介入が許されうる制度を設けることは,上記のような検察官の権限行使を歪め,「いかなる者も法に服する」という法治国家の基本的な原理を根底から突き崩す危険を招くものであり,許されない。
 
4 また,廃案法案及びこれの延長線上にある再提出予定法案の問題性とは別に,2020年1月31日付の東京高等検察庁検事長の定年を延長する閣議決定は,当会の同年4月14日付会長声明において指摘したとおり,検察官に定年延長は一切ないとする公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであることに変わりはない。
 
5 当会は,廃案法案と同趣旨の法案の再提出に強く反対するとともに,検察官定年延長の閣議決定の撤回を求める。
 また,当会は,引き続き国民,学識者,マス・メディア等に対し,この問題の重大性,刑事司法の公正に与える危険性に対する問題提起を継続し,ともに議論していく所存である。
 
2020年(令和2年)10月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

内閣総理大臣の日本学術会議会員についての任命拒否に対し,強く抗議する会長声明

日本学術会議会長声明

(2020-10-12 ・ 184KB)

内閣総理大臣の日本学術会議会員についての任命拒否に対し,強く抗議する会長声明 
 
1 報道によれば,菅義偉内閣総理大臣は,令和2年10月1日から任期が開始される日本学術会議の会員について,同会議が推薦した候補のうち6名(松宮孝明立命館大学教授(刑事法学),岡田政則早稲田大学教授(行政法学),小沢隆一東京慈恵会医科大学教授(憲法学),宇野重規東京大学教授(政治学),加藤陽子東京大学教授(歴史学),芦名定道京都大学教授(キリスト教学))を,会員に任命しなかった。
 
2 日本学術会議は,「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って,科学者の総意の下に,わが国の平和的復興,人類社会の福祉に貢献し,世界の学界と提携して学術の進歩に寄与すること」を使命とする科学者の「内外に対する代表機関」として,設立されたものであり,政府から独立した立場で政策提言等を行う科学者の代表機関として位置づけられている(日本学術会議法前文,2条,3条)。
日本学術会議は210名の会員をもって構成され,会員については,優れた研究または業績がある科学者のうちから日本学術会議の選考した候補者を内閣総理大臣に推薦するものとされ,内閣総理大臣はその推薦に「基づいて」会員を任命することとされている(法17条,7条2項)。
 
3 日本学術会議の会員の選任手続は,当初科学者による公選制であったところ,昭和58年の法改正により,現在の推薦に基づく内閣総理大臣の任命という形式に改められたという経過がある(平成16年の法改正までは,学術研究団体からの日本学術会議を経由する推薦制,それ以降は日本学術会議からの推薦制)。
 そして,同改正においては,内閣総理大臣の任命制とすることにつき,日本学術会議からは,同会議の自主性と独立性をおかすものとして反対の意見が表明され(昭和58年5月19日付「日本学術会議法の一部を改正する法律案について(声明)」),国会審議においても,内閣総理大臣による任命制は,会員の任命を通じ,日本学術会議を政府の御用機関化する危険性があるとの懸念が示されていた。
 このような批判ないし懸念に対し,当時の政府は,国会の委員会答弁において,「実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。」(昭和58年5月12日参議院文教委員会 手塚康夫政府委員),「210人の会員が研連から推薦されてまいりまして,それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。この点につきましては,内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。」(同日参議院文教委員会 高岡完治説明員),「その推薦制もちゃんと歯どめをつけて,ただ形だけの推薦制であって,学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない,そのとおりの形だけの任命をしていく,こういうことでございますから,・・・政府が干渉したり中傷したり,そういうものではない」(昭和58年11月24日参議院文教委員会 丹羽兵助国務大臣・総理府総務長官)旨答弁し,学術会議側による推薦を尊重することを国民に対し,確約していたものである。
 そして,参議院文教委員会においては,「なお,内閣総理大臣が会員の任命をする際には,日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」との附帯決議を附している。
 
4 このような立法経過を経て導入された内閣総理大臣による任命制については,今回の任命拒否が発生するまで,日本学術会議側が正式に推薦した会員候補を内閣総理大臣が拒否した事例は一度もなかった。
これまでのところ,いかなる理由で長年にわたる法運用を覆し,日本学術会議の推薦した会員候補を任命しなかったのかについて,菅義偉内閣総理大臣ないし政府は,具体的な説明を行っていない。
 
5 報道によれば,今回任命拒否された候補者は,そのすべてが,法学を中心とした社会科学系の学識者ないしは人文科学系の学識者であり,平成25年に成立した特定秘密保護法案,平成26年にそれまでの政府の憲法解釈を変更し,集団的自衛権の行使を可能とした閣議決定ないしその後の平成27年に成立したいわゆる新安保法制,平成27年の沖縄県名護市辺野古沿岸部の埋め立てを巡る行政不服審査法に基づく審査請求問題,平成29年のいわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法案等に対し,学識者として批判的な意見を表明するなど,何らかの形で政府に対する批判的な意見を表明した者である。
 
6 仮に,今回の任命拒否の実質的な理由が,上記のような政府に対する批判的な意見表明を行った者を日本学術会議から排除することにあるとすれば,当該候補者及び日本学術会議に対する重大な政治的圧迫ないし恫喝であり,憲法23条の保障する学問の自由を侵害するものといわざるを得ない。
 また,このような政府による圧迫,恫喝を目の当たりにした我が国の学識者は,学問的見解または学問的良心に基づく自由な意見表明を差し控えることとなり,政府に対する批判的な意見の表明が萎縮することが容易に予想される。これは,我が国の民主主義に対する重大な危険性をもたらすものであることはいうまでもない。
 
7 我が国は,かつて,いわゆる天皇機関説事件,滝川事件等の政府の意向に沿わない学問的見解を有する学識者が政府により弾圧され,自由な学問研究が阻害された苦い歴史的経験を有している。
 日本国憲法が,学問の自由を保障したのは,このような歴史的経験に鑑み,政府批判を含む自由な学問及びこれによる意見表明を保障することこそが憲法の基本理念たる基本的人権の尊重,国民主権を貫徹するために必須であるとしたからにほかならない。
  日本学術会議には,我が国の学術研究者の代表機関として,強い自主性と独立性が担保されなければならず,その会員の任命においては,現行法を前提とするならば,内閣総理大臣は,日本学術会議の推薦した候補者については,学術会議の会員として不適当であることを示す客観的で一見明白な理由が存在しない限り,これを尊重しそのまま任命しなければならない。
 
8 当会は,内閣総理大臣に対し,各候補者についての任命拒否を行った具体的な理由を国民に説明することを求めるとともに,今回の任命拒否に対し,強く抗議する。
 
2020年(令和2年)10月10日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

民事裁判手続のIT化に関する会長声明

民事裁判手続のIT化に関する会長声明
 
第1 意見の趣旨
  当会は、法制審議会において、民事裁判手続のIT化についての民事訴訟法の見直しが検討されている状況を踏まえ、裁判を受ける権利の実質的保障、地域における裁判所の充実の必要性の観点等から、関係各所に対し、以下のとおり要請する。
 1 オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではなく、裁判制度を利用する当事者が選択できる制度とすべきであること
 2  IT機器を有していない者や高齢者・障がい者をはじめとしたITに習熟していない者の司法アクセスを拡充するために、地方裁判所(支部を含む)及び簡易裁判所を本人サポートの拠点として充実させること
 3  特別な訴訟手続の特則を設ける必要があるか否かの検討については、民事裁判手続のIT化とは切り離した上で、その必要性及び具体的な制度設計を検討すべきであること
 4  民事裁判手続のIT化のために十分な予算措置を講じることに加え、IT化以外の司法基盤の拡充のためにも十分な予算措置を講じること
 
第2 意見の理由
 1 令和2年2月21日開催の法制審議会において、法務大臣から民事裁判手続のIT化についての諮問がなされ、現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事訴訟制度の見直しが行われている。
 2 当会としても、裁判手続を利用する当事者の選択肢として、民事裁判手続のIT化が図られること自体は望ましいことであると考えており、時代に即した民事訴訟制度の見直しが行われることにより、司法制度改革が目指した「国民にとって、より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充するとともに、より公正で、適正かつ迅速な審理を行い、実効的な解決を可能とする制度の構築」がなされることに期待するものである。
 3 他方において、民事裁判手続のIT化には、裁判の公開や直接主義などの民事裁判の諸原則との整合性、セキュリティー対策、デジタル証拠の改ざん対策、非弁対策等の数々の問題点が指摘されているが、中でも裁判を受ける権利に対する配慮は重要であり 、民事裁判手続のIT化が図られた結果、IT機器を有していない者や高齢者・障がい者をはじめとしたITに習熟していない者の裁判を受ける権利を侵害するような事態が生じることは絶対に避けなければならない。
令和2年9月16日に菅内閣が発足し、デジタル庁の設置に向けた動きが加速している。しかし、デジタル技術の推進は、国民の利便性を高めることが目的であって、デジタル化自体が目的ではない。当会としては、民事裁判手続のIT化が国民の裁判を受ける権利や裁判の公正さに資するかどうかの立法事実の真摯な検討を怠ったままIT化が更に促進されることを危惧する。
 4 オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではないこと
  (1) 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会では、オンライン申立ての義務化等について、「オンライン申立てを原則義務化することについて、その段階的な実現を含め、どのように考えるか」が検討事項として挙げられているが、オンライン申立ての義務化は、その立法事実が十分に検討されていないことに加え、国民の裁判を受ける権利を侵害する可能性が高いことから相当ではない。
  (2) 司法のユーザーである市民の中には、能力的、経済的、環境的事情等から必ずしもITを駆使した手続に対応できない者も相当見込まれる。例えば、プロバイダ料金やパソコン購入代金を支払うことができない貧困家庭、生活保護受給者、あるいはパソコ ンやインターネット等の情報技術を利用することができなかったり、使いこなせない市民の場合には、オンライン申立てを義務化することによって、かえって民事裁判手続を利用することができなくなるような事態を生じさせることになる。すなわち、オンライン 申立ての義務化は、デジタル・ディバイド(格差)による市民の新たな裁判所へのアクセス障害を生じさせ、裁判を受ける権利を侵害することになる。
  (3) この点、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会においては、オンライン申立ての義務化に向けた方策として、(1)裁判所による適切な事件管理システムの構築等、(2)適切な担い手による充実したサポート体制の構築等をあげる。しかしながら、具体的 なシステムの内容や具体的なサポート体制の内容が明らかではない中で、オンライン申立ての義務化を決定することは性急であり、オンライン申立ての義務化によって、IT機器を保有しない者、ITに習熟していない者の裁判を受ける権利が侵害されないという 制度的な保障は全くない。
  (4) また、訴訟代理人の中にも、高齢等の理由によりオンライン申立てに対応することが困難な者が存在すること、特に弁護士過疎地域においては、オンライン申立てに対応できない弁護士がいると当該地域の住民の司法アクセスの制限に直結してしまうことからして、訴訟代理人に対してもオンライン申立ての義務化を行うことは相当ではない。
  (5) 以上より、オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではなく、裁判制度を利用する当事者が選択できる制度とすべきである。
 5 地方裁判所(支部を含む)及び簡易裁判所を本人サポートの拠点として充実させること
  (1) オンライン申立ての義務化の有無にかかわらず、民事裁判手続にオンライン申立てを制度として導入する以上、民事裁判手続を利用しようとする者に対する充実したサポート体制を構築することが必要である。
  (2) 我が国においては、本人訴訟の割合が高い(司法統計によれば、平成30年度の簡易裁判所における訴訟は76.30%が双方当事者本人訴訟、地方裁判所においても13.23%が双方当事者本人訴訟、地方裁判所における当事者の一方又は双方ともに代理人を選任していない訴訟は54.54%)ことからしても、利用者に対するIT面における充実したサポートの必要性が高いことは明らかである。
  (3) そこで、裁判手続のIT化の導入と併せて、地方裁判所(支部を含む)及び地域に身近な裁判所である簡易裁判所内に、誰もが利用することができるパソコンやスキャナー機能を有する複合機等の機器を設置する等の裁判所におけるIT環境の整備を図ることに加え、裁判所の職員を増員する等し、本人訴訟を予定している当事者が、裁判所職員からITによる裁判手続の利用方法について説明を受けることができる態勢を整えることが必要である。
 6 特別な訴訟手続の特則について
  (1) 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会では、特別な訴訟手続が検討事項として挙げられている。これは、審理期間の定めなどがある特別な訴訟手続の導入を検討するものである。
  (2) しかしながら、特別な訴訟手続の新設については、裁判手続のIT化の中で検討されるべきではない。そもそも、そのような制度を新設する立法事実が存在するのか、短期間において裁判官が結論を出すという職権的手続である側面も有していることから、非訟的な手続で権利義務の裁判をすることになり国民の裁判を受ける権利を侵害することにならないか、当事者の主張や証拠を制限し十分な証拠調べが行われないこと等によって裁判制度の適正手続を欠くことにならないかなどの疑問も存在するところである。
  (3) したがって、特別な訴訟手続の特則を設ける必要があるか否かとの点は、民事裁判手続のIT化の検討とは切り離した上で、その必要性及び具体的な制度設計について、慎重な検討がなされるべきである。
 7 十分な予算措置の実施について
  (1) 民事裁判のIT化にあたっては、十分なセキュリティー対策を施した上で、適正な制度及びシステムを構築するために十分な予算措置を講じることが不可欠である。
  (2) 日本の裁判所関連予算は、国家予算(一般会計予算)のわずか約0.3%にすぎず、地域の司法を充実させるために、大幅な予算の増加が求められている。この点、民事裁判手続のIT化により、裁判手続の効率化が過度に強調されることになれば、裁判手続のIT化以外の予算が現在よりも削減されかねない。現在でも不足している裁判所関連予算が、裁判手続のIT化が図られることにより、削減されるようなことがあってはならない。
  (3) また、民事裁判手続のIT化を進めることと併せて、裁判所支部の統廃合、裁判所職員の減員等が行われることがあば、現在においても不十分である裁判所の人的物的基盤がさらに後退し、裁判所に対する市民のアクセス障害を助長することになりかねない。民事裁判手続がIT化されたとしても、口頭弁論及び証拠調べを公開された法廷で直接行う必要性等、当事者及び訴訟代理人が裁判所に直接出頭する必要性は変わらないのであり、裁判所の人的物的基盤を強化する必要性に変わりはない。さらに、ITの操作に不慣れな利用者に対する手続説明等を十分に行うためにも、裁判所職員を減員するようなことはあってはならない。
           
2020年(令和2年)10月10日
長野県弁護士会
会 長 中 嶌 知 文

令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 8月12日から16日にかけて,令和2年司法試験が実施された。
  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,試験日程が延期されるなどの困難な状況に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様  に,心から敬意を表する。
 
2 令和2年の司法試験出願者数は4,226名であり,前年比で704名減,前々年比で1,585 名減となった。司法試験受験者数は,8月12日付けの報道によれば3,703人(速報値)となった。
 法科大学院についてみれば,令和2年度志願者数(延べ人数)は8,161名,同年度入学者数は1,711名となり,前年度(志願者数9,117名,入学者数1,862名)を更に下回っている。
 ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかであり,回復の目途が立たない状況にある。
 
3 司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。
 現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。
 法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。
 
4 法曹志願者が激減する現状下で,1500人という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に本来要請される選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
 ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」,令和元年10月15日付「令和元年司法試験合格発表についての会長声明」)。
 このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
5 以上から,当会は,令和2年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。
 
2020年(令和2年)9月15日
長野県弁護士会     
会 長   中 嶌 知 文

令和2年7月豪雨に関する会長談話

令和2年7月豪雨に関する会長談話
 去る7月3日以降に九州地方や中部地方をはじめとして全国各地で発生した集中豪雨により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様方と、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。  

 長野県内においても、土砂崩れによる死亡事故をはじめとして、中南信地方を中心に浸水被害や土砂災害が相次いで発生しており、予断を許さない状況が続いています。今回の豪雨では、各地で記録的な降水量が観測され、河川の氾濫による大規模な浸水、土砂災害などによる死傷者は多数にのぼり、住家や農地をはじめとした物的被害も甚大であり、大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。各地の被災状況の映像は、昨年の東日本台風により長野県内で発生した千曲川の氾濫と見紛うばかりであり、被災地の皆様のご心痛、ご労苦を察せずにはいられません。  

 長野県弁護士会は、急ぎ無料法律相談体制を整え、既にその運用も開始しているところです。  

 当会は、昨年の東日本台風災害の折には、全国の単位弁護士会、関東弁護士会連合会、日本弁護士連合会の支援も受けつつ、長野県、被災市町村、日本司法支援センター、他士業団体、ボランティア団体等と積極的に連携協力しながら、被災者支援活動を展開してきました。その活動は今も続けているところですが、今回の豪雨災害に対しても、当会は、過去の被災者支援活動で培ってきた経験を活かし、被災地への法的支援と被災された皆様方の権利回復のために、一丸となって、支援をしていく所存です。  
 被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧が、一日も早く叶いますよう、心よりお祈り申し上げます。 
2020年(令和2年)7月16日 
長野県弁護士会  
会長  中 嶌 知 文

地方法務局支局における公証事務の取扱いについての会長声明

公証人がいない地域の地方法務局支局における公証事務取扱い廃止に反対し、公証事務の取扱いの拡大と周知を求める会長声明
 
1 公証制度は、私的な法律紛争を未然に防ぎ、私的法律関係の明確化、安定化を図ることを目的とした制度である。公証事務は、公正証書遺言を含む公正証書の作成のほか、株式会社の定款・私署証書に対する認証の付与、確定日付の付与など多岐にわたるものであり、地域の市民が等しく利用することができなければならない。
 
2 公証事務は原則として公証人が担うことになっているが、法務大臣は、公証人法第8条の規定により、地方法務局支局等の管轄区域内に公証人がいない場合等に当該地方法務局支局等に勤務する法務事務官に公証人の職務を行わせることができるとされている。同制度は、公証事務の重要性に鑑み、公証人がいない地域の市民も公証事務を容易に利用することができるようにするために設けられたものである。
 
3 ところが、法務大臣は、令和2年7月1日から、福井地方法務局小浜支局、秋田地方法務局本荘支局、秋田地方法務局大曲支局及び旭川地方法務局留萌支局の4支局における公証事務の取扱いを廃止した。公証人がいない地域における地方法務局支局の公証事務の取扱いの廃止は、当該地域の市民の公証事務へのアクセスを阻害するものである。
 
4 長野県内においては、長野地方法務局飯山支局及び同大町支局において、上記公証事務が取り扱われている。しかし、同木曽支局においては、保護命令の申立てに必要な宣誓認証以外の公証事務は取り扱われていない。それ故、同管轄区域内の市民が保護命令の申立てに必要な宣誓認証以外の公証事務を利用する場合には、遠方の公証役場までの移動を余儀なくされている。同木曽支局においても、保護命令の申立てに必要な宣誓認証の取扱いに加えて他の公証事務についても、当該地域の市民の公証事務へのアクセス保障の観点からは、同様に取扱いを行う必要がある。
 
5 また、地方法務局支局において公証事務を取り扱っていることについては、公証事務の取扱いがある地方法務局支局のホームページにも取扱い業務として掲載されていない状況であり、十分な周知がなされていない。十分な周知がなされていないことが、地方法務局支局における公証事務の利用を阻害していると考えられる。
 
6 よって、当会は、法務大臣に対し、上記地方法務局4支局における公証事務取扱い廃止に反対するともに、長野地方法務局木曽支局を含む公証人がいない地域における地方法務局支局についても公証事務の取扱いを拡大することを求める。加えて、公証事務の取扱いのある法務局支局については、市民に対し、取扱い事務に公証事務が含まれること及び取扱いのある公証事務の内容を積極的に周知することを求める。
 
2020年(令和2年)7月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

安心して暮らせるだけの最低賃金の実現を求める会長声明

最低賃金会長声明

(2020-07-13 ・ 176KB)

安心して暮らせるだけの最低賃金の実現を求める会長声明
 
  非正規労働者が労働者全体の3分の1を超え、年間給与額200万円以下で働く民間企業の労働者は、1000万人を超えている。格差と貧困が拡大している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を真に実効的なものとし、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。
 
  昨年2019年、中央最低賃金審議会は、全国加重平均27円の引上げ(全国加重平均額901円)を答申し、長野地方最低賃金審議会でも27円の引き上げを答申して、長野県の最低賃金は、時給848円となった。
 
  しかしながら、仮に週40時間、年52週、働いたとしても、年収で約176万円、月額約14万7000円にしかならない。これでは、到底、安心して暮らせるだけの賃金水準には達していない。
 
 また、地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1013円に対し、最も低い15県は時給790円であり、223円もの開きがある。長野県とは165円の開きである。賃金格差は、若者の都市部への流出、地方の人口減少、東京一極集中の弊害の要因となっている。賃金の地域間格差をなくすためには、全国一律の最低賃金制度を設けるべきである。
 
  今般、政府の緊急事態宣言により、経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産、廃業に追い込まれる懸念も広がる中、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論もある。
 
  しかし、労働者の生活を守り、新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも、最低賃金額の引上げを後退させてはならない。多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者にとっては、今こそ最低賃金制度のセーフティーネット機能が発揮されるべきである。
 
  一方、最低賃金の引上げによって経営に大きな影響を受ける中小企業に対しては、新型コロナウイルス感染拡大に備えた支援策が拡充されているところであるが、国は、一層の中小企業支援策を講じるとともに、最低賃金引き上げに伴う中小企業の負担軽減策、及び、これまで以上に、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるよう努めることも必要である。
 
  以上より、安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会においては、最低賃金のさらなる引き上げを図るべきである。また、地域間格差をなくすために、国は、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
 
2020年(令和2年)7月13日
長野県弁護士会 
会長  中 嶌 知 文

検察庁法改正法案の廃案及び違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明

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検察庁法の一部改正法案の廃案及び違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明
 
1 検察庁法の一部改正法案(以下,「本法案」という。)が,第201回通常国会に提出され,国民世論からの強い批判,反対を受け,2020年5月18日に,今国会での法案成立が見送られることとなった。
 
2 すでに,当会の2020年4月13日付会長声明において指摘したとおり,本法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」については,準司法官たる検察官の独立性,公正性を根底から揺るがし,国民の信頼を損ない,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来するものである。
 また,政治権力を憲法で拘束する立憲主義を骨抜きにする違憲の疑いすらある。
 
3 同様の指摘,批判が,日本弁護士連合会をはじめ,9割以上の単位弁護士会の会長声明や衆議院内閣委員会等の審議における野党からなされていることに加え,世論においても多くの懸念,反対が示されている。
 衆議院内閣委員会において法務大臣は,「特例措置」の要件である「職務の遂行上の特別の事情」,「公務の運営に著しい支障が生ずる」事由について,人事院規則の規定に準じて定めると答弁するなど,検察官の独立性に対する認識が欠けており,恣意的な人事権の行使を可能とする要件であることがますます明らかになっている。そもそも,検察については検察官同一体の原則からも,検事総長や検事長等の幹部検察官の定年という予測しうる交代があったからといって,捜査,公判に著しい支障を来すことは考えられないのであり,立法事実を欠くものである。
 
4 このような審議状況に鑑みても,前記のとおりの本法案の問題性は明白であって,今国会での採決を見送ったのは当然というべきである。
 
5 報道によれば,政府は,本法案の成立を諦めてはおらず,継続審議扱いとして,2020年秋の臨時国会ないしはそれ以降の国会において審議予定とのことであるが,そもそも本法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」条項部分は,削除すべきであって,このような重大な問題を含む法案は,継続審議ではなく,廃案とすべきである。
 
6 また,本法案の問題性とは別に,2020年1月31日付の東京高等検察庁検事長の定年を延長する閣議決定が検察官に定年延長は一切ないとする公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであることに変わりはない。
 
7 当会は,引き続き,本法案中の「特例措置」条項部分の廃案とともに検察官定年延長の閣議決定の撤回を求める。
 
2020年(令和2年)5月20日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 

73回目の憲法記念日によせる会長談話

73回目の憲法記念日によせる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は,一度の改正も経ることなく,2020年(令和2年)5月3日,73回目の憲法記念日を迎えます。国民主権,基本的人権の尊重,恒久平和主義といった重要な基本原理は,国民の期待と信頼の下に基本的に堅持され,国家権力への歯止めとして機能してきました。しかし,今,日本国憲法を取り巻く環境は危機的状況にあります。だからこそ,私たちは,日本国憲法の理念や目指しているものについて,憲法が成立した原点に戻って考える必要があると考えます。
 
2 日本国憲法が最高価値とするものは,個人の尊厳であり,国民一人ひとりが個人として尊重されなければならないことを規定しています(憲法13条)。
しかし,個人の人格の尊重が求められる中で,全ての国民の基本的人権は真に保障されているのでしょうか。
たとえば,ハンセン病患者やその家族へのこれまでの対応は,憲法13条にかなうものだったでしょうか。長らく筆舌に尽くしがたい不当な差別を受け続け,明確な人権侵害があったことが,ようやく司法判断において認められるようになってきてはいますが,反省と人権の回復に向けた国の施策は十分なものと言えるでしょうか。
LGBTすなわち性的少数者に対しては,どうでしょうか。未だ本人の自認する性が尊重される社会とは程遠い状態ではないでしょうか。
また,憲法24条において,両性の本質的平等が定められているにもかかわらず,未だに夫婦別姓制が実現しないのは何故なのでしょうか。私たちは,賛成派,反対派の両論について真摯に向き合っているでしょうか。法律婚において同姓を強制されることが社会生活において大きな負担をかけることや人格権への侵害のおそれがあることへの理解は進んでいるとは思われません。
社会的弱者である子どもたちに対する虐待がなくならないのは何故でしょうか。その背後には私たちの社会が抱えている重大な欠陥があるのではないでしょうか。子どもたちの生命や人格・尊厳が危機にさらされているのに,国・地方自治体・児童相談所・学校等における対応は,後追い的であり未だ不十分と言わざるを得ません。
さらに,新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,令和2年4月7日,7都府県において緊急事態宣言が発出され,同月16日にはこれが全国に拡大される事態となっていますが,緊急事態宣言により,国民一人ひとりの人権が過度に制限されることはないのでしょうか。人権の制限の必要性が認められる事態であるからこそ,その限界が十分に論じられなければなりません。感染拡大という目的を超えたなし崩し的な人権侵害が発生・継続することのないように,その発令の可否,範囲,期間および手続き等について慎重に検討する必要があります。
 
3 日本国憲法の重大な基本原理である民主主義の理念(憲法前文,43条1項,96条等)に目を転じれば,国民の意見や考え方は,現に行われている政治には十分反映されているでしょうか。
杜撰な文書管理,疑惑に対する政府の表面的な答弁が繰り返される国会は,私たちが望んでいる姿でしょうか。国会が真に国権の最高機関(憲法41条)であるために私たちは何ができるのでしょうか。
基地問題の解決には,本当に沖縄の辺野古基地移設しか方法がないのでしょうか。沖縄にだけ基地の負担を負わせる事態は,憲法が保障する法の下の平等(憲法14条)や地方自治の本旨(憲法92条)に反するものと言わざるを得ません。
 
4 残念ながら,今も世界中で紛争が絶えず,このような国際情勢にどのように向き合うかが重大な課題となっています。
そのような状況の中,自衛隊を憲法に明記するなどの憲法9条改憲などが提案されています。
しかし,このような対応をとることが本当に正しい選択なのでしょうか。ひとたび戦争の惨禍に巻き込まれたらその被害は取り返しがつかないものとなるでしょう。武力の強化は決して最善の方法ではなくむしろ最悪の方法とも考えられるのですが,冷静かつ客観的な議論が今現在なされているのでしょうか。
閣議決定による集団的自衛権の行使容認やそれを前提とした安全保障関連法が,憲法違反であることを当会も表明してきました。このような事態が続くことは,国民を戦禍に巻き込む可能性を大きくするものであり,憲法のもつ崇高な理念であり基本原則である恒久平和主義を危機にさらすものです。
 
5 確かに,日本国憲法を取り巻く状況が,70余年を経て,大きく変わったことは紛れもない事実です。
しかし,日本国憲法が定めているのは人類普遍の原理であり,その価値は,たとえ社会情勢,国際情勢が大きく変わろうと,決して減少するものではありません。それどころか,この価値は一層重要性を増してきているとも言えるものです。
私たちが,この価値を忘れたとき,私たちは大きなしっぺ返しを受けるはずです。昨今の出来事を見るに,異質な意見を排除する風潮が社会に蔓延し始めているように思います。異質な意見の排除は,結局のところ,社会を委縮させ,新たな発展の芽を摘み,人類にとって著しい不利益をもたらすだけです。
愛知県で開催された「表現の不自由展」の顛末をみると,危機はすぐそこまで迫っていると言わざるを得ません。
長野県知事が県護国神社の支援組織の会長を務め,神社施設の修復のための寄付金集めの趣意書に名を連ねていたことも極めて問題と言わざるを得ません。
個人が自由闊達に言いたいことが言える社会こそが私たちの目指すべき社会と信じます。また信教の自由も,個人に内在する心情に関わることであり,為政者には慎重なうえにも慎重な対応が求められているのです。
先に触れた新型コロナウイルスの感染拡大に伴う問題に関連し,このことを,いわゆる緊急事態条項を新設する改憲が提案され助長される契機とすることは極めて危険であり,冷静な環境での慎重かつ十分な検討が求められています。
 
6 今,私たちは,改めて,「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は過去幾多の試練に堪え,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(憲法97条)という規定の重さを噛みしめなければならないと思います。
日本国憲法の理念や本質を深く知り,ともに考え,議論し,さらには社会におけるあらゆる人権侵害や不平等に対して,その被害を受けている人々の心情を十分くみ取り,同じ立場に立って,自分自身の問題として,解決する姿勢を持たなければならないと考えます。そして,人類の歩むべき,生きる権利や個人の尊重を中核とした基本的人権が十分に保障され,真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を,着実に目指していく必要があります。
当会は,この目標を達成するために全力を尽くします。
 
2020年(令和2年)5月1日
長野県弁護士会
会 長 中 嶌 知 文

検察官の定年延長問題会長声明

検察官の定年延長に関する閣議決定の撤回を求め,国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明
 
 
1 政府は,本年1月31日,同年2月7日に定年を迎える予定であった東京高等検察庁検事長の定年(63年)を半年間延長するとの閣議決定を行った。
 
2 しかし,国家公務員法(以下,「国公法」という。)81条の2は,「職員は,法律に別段の定めのある場合を除き,定年に達したときは,定年に達した日以後における最初の3月31日又は所定の退職日に退職する(同条第1項)。前項の定年は,年齢60年とする(同条第2項)。」と定め,定年による退職の特例(同法81条の3)及び定年退職者の再任用(同法81条の4)の規定も同法81条の2第1項により退職すべきこととなる場合又は退職した者を前提としている。
一方で,検察官については,国公法81条の2の「法律に別段の定めのある場合」(同条第1項)として検察庁法22条に定年の規定が存在し,同法32条の2において,国公法附則13条の規定により,検察官の職務と責任の特殊性に基づき同法の特例を定めたものとされている。
したがって,国公法81条の3第1項は,検察官には適用されないことが明らかである。
 
3 裁判官及び検察官はいずれも国家公務員(前者は特別職,後者は一般職)であるが,憲法の基本原理である権力分立とその具体化として憲法76条が定める司法権の独立の理念に基づき,裁判官にも検察官にも厚い身分保障があり(裁判所法48条,検察庁法25条),この身分保障の一環としてそれぞれに定年の定めがある(裁判所法50条,検察庁法22条)。しかし,いずれについても定年による退職の特例及び定年退職者の再任用の定めはない。
前述のとおり,国公法に定年による退職の特例及び定年退職者の再任用の定めがあるのに,国公法の特別法に当る裁判所法及び検察庁法に定めがないのは,司法権の独立の理念から,最高裁判所長官を除く裁判官及び検察官の任命権を有する内閣が,その裁量によって定年退職の特例及び定年退職後の再任用を行うことを回避した結果と考えるのが立法事実に照らし相当であり,裁判官にも検察官にも定年延長は一切ないとするのがこれまでの公権的解釈であったものである。
 
4 よって,上記閣議決定は,検察官に定年延長はないとのこれまでの国公法,検察庁法の公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであり,ひいては憲法の基本原理である法の支配,権力の分立を損なうものである。
 
5 しかるに,政府は,更に本年3月13日,検察庁法の一部改正を含む国公法等の一部改正案を国会に提出した。
同改正案は,検察官の定年を63年から65年に引き上げ(施行日令和4年4月1日),「年齢が63年に達した者は,次長検事又は検事長に任命することができない。」としながら,内閣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して,・・・公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるとき」は,「特例措置」として63年に達した以降も次長検事又は検事長について1年以内の期限を定め,その官及び職を占めたまま勤務をさせることができること及び当該事由が引続きあると認めるときは更に1年間期限を延長することができることや検事正についても同様の「特例措置」を取ることができること等を企図するものである。
 
6 しかし,同改正案が可決された場合,検察官の人事は内閣の意のままとなり,権力犯罪を厳しく追及し,公訴を提起し,裁判所に法の正当な適用を請求する使命を有する準司法官たる検察官の独立性,公正性が根底から揺るがされる。
そして,検察官に対する国民の信頼を失うとともに,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来することが必須である。
 
7 よって,当会は,検察官定年延長の閣議決定を撤回することを求めると共に,検察庁法の一部改正を含む国公法等の一部改正案のうち,検察官の定年ないし勤務延長を内容とする「特例措置」に係る部分に断固として反対するものである。
 
2020年(令和2年)4月13日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会共同声明

共同声明

(2020-03-30 ・ 179KB)

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅に減少を続けている実情を踏まえ、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年の司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2  新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていない。そのため、司法修習終了後の就業状況に多少の改善傾向がみられている現在においても、弁護士の過剰供給を原因とした法曹の職業としての魅力の低下は、今なお回復たとは言い難い状況にある。
それに伴い、2019年度の法科大学院実入学者数は、1862人と昨年度に比べ若干回復したものの、依然として低迷した状態にある。司法試験受験者は、2004年には4万3千人であったものが、一昨年は5238人となり、さらに昨年は4466人と実に10分の1近くにまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、これを受け、文科省は198回国会に法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案を提出し、法科大学院制度に対する改革として、大学法学部3年と法科大学院2年の計5年で修了する法曹コースの創設、法科大学院在学中の司法試験受験を可能にする等の法改正が行われた。
しかし、上記の通り、志願者の減少の根本原因が法曹の職業としての魅力低下にある以上、この原因を解消しない限り、大幅な法曹志望者の回復を期待することは困難である。
法曹の職業としての魅力低下を解消し、有為な人材としての志願者増加を達成するには、現状の過剰な需給バランスを是正し、法曹志望者が、自信をもって法曹の道を目指すことができるような環境の整備を行うことこそが必要である。
 
4  こうした中、法務省は、2019年9月に、同年の司法試験合格者数を1502人と発表した。前年に引き続き、合格者数がわずかに(23名)減少したとはいえ、受験者数が5238人から4466人へと772人減少したにもかかわらず、合格率は、29.1%から33.6%へとかえって上昇している。合格率は、2011年以降以下の通りであり、近年急激に上昇している。
  2011(H23)年 23.5%(合格者2063/受験者8765)
  2012(H24)年 25.1%(合格者2102/受験者8387)
  2013(H25)年 26.8%(合格者2049/受験者7653)
  2014(H26)年 22.6%(合格者1810/受験者8015)
  2015(H27)年 23.1%(合格者1850/受験者8016)
  2016(H28)年 22.9%(合格者1583/受験者6899)
  2017(H29)年 25.9%(合格者1543/受験者5967)
  2018(H30)年 29.1%(合格者1525/受験者5238)
  2019(R01)年 33.6%(合格者1502/受験者4466)
このような合格率の顕著な上昇は、司法試験合格者を1500人以上とすることを至上命題とすることから生じる現象であって、法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」と指摘していることを蔑ろにし、司法試験合格者の質の確保よりも合格者数の確保を優先しているものとして強く危惧せざるを得ない。
 
5  法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
2020年(令和2年)3月25日
札幌弁護士会  会長 樋 川 恒 一
秋田弁護士会  会長 西 野 大 輔
仙台弁護士会  会長 鎌 田 健 司
栃木県弁護士会  会長 山 田    実 
埼玉弁護士会  会長 吉 澤 俊 一
千葉県弁護士会  会長 小 見 山 大
山梨県弁護士会  会長 吉 澤 宏 治
長野県弁護士会  会長 相 馬 弘 昭
富山県弁護士会   会長 菊  賢 一 
兵庫県弁護士会   会長 堺    充 廣 
山口県弁護士会  会長 野 村 雅 之
大分県弁護士会  会長 原 口 祥 彦
 
 

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明
 
1 現在,経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会(以下「小委員会」という。)において,クレジットカード等の交付・付与時の過剰与信規制について,下記の規制緩和策が議論されている。
 
(1)利用限度額10万円以下のクレジットカード等の交付・付与時は,指定信用情報機関への信用情報の照会義務(割賦販売法第30条の2第3項)及び基礎特定信用情報の登録義務(同法第35条の3の56第2項及び第3項)を免除すること
(2)クレジットカード会社独自の「技術やデータを活用した与信審査方法」を使用する場合には,支払可能見込額調査義務(同法30条の2第1項)を免除すること
(3)クレジットカード会社独自の「技術やデータを活用した与信審査方法」を使用する場合は,指定信用情報機関への信用情報の照会義務及び基礎特定信用情報の登録義務を免除すること
 
2 しかし,消費者にとって,クレジット契約は,利便性がある一方,支払能力を超えた利用がなされ,多重債務問題を引き起こす一因となったことから,過剰与信規制が導入された経緯がある。当会も,関係機関と連携し,多重債務問題に取り組んできたところであり,上記(1)ないし(3)の規制緩和策は,過剰与信規制導入の経緯に逆行するものとして,看過することはできない。
 具体的な問題点を指摘すると,上記(1)については,少額であれば,多重債務のリスクが低いと一概には言えない。また,利用限度額10万円以下という制限も,10万円以下のクレジットカードを複数交付することで,容易に規制を回避することができる。
 上記(2)及び(3)「技術やデータを活用した与信審査方法」についても,信用情報の照会を行わない以上,自己申告によることになり,すでに他社からの借入で多重債務状態にある者に対しても,クレジット与信することが可能となりかねない。
 
3 上記(1)ないし(3)の規制緩和策は,過剰与信規制の実効性を失わせることになりかねず,多重債務問題の解決の観点から容認することはできない。当会は,小委員会で議論されている過剰与信規制の規制緩和策に,強く反対するものである。
以 上
 
2019年(令和元年)11月9日 
長野県弁護士会      
会 長   相 馬  弘 昭

警察が選挙における市民の表現行為を抑止したことに抗議する会長声明

警察が選挙における市民の表現行為を抑止したことに抗議する会長声明
 
1 選挙は,主権者である国民(日本国憲法第1条)が固有の権利である選挙権(日本国憲法第15条第1項,公職選挙法第9条)を行使するための重要な機会であり,選挙人である国民が「自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われ」(公職選挙法第1条)なければならない。選挙権を行使するに当たり国民が意思を表明することは,表現の自由(日本国憲法第21条第1項)を支える価値の1つである自己統治の価値,すなわち国民が言論活動によって政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的価値の発現であり,最大限に保障されなければならない。
最高裁判所1948年(昭和23年)6月29日判決が選挙の自由妨害罪(公職選挙法第225条第2号)の「演説妨害」について,「その目的意図の如何を問わず,事実上,演説することが不可能な状態に陥らしめることによって成立する」と判示しているのは,国民が選挙権を行使する過程において政治的な意見を表明する表現の自由を保障することの重要性を考慮したからであり,その表現行為を抑止する場合は特に慎重に行わなければならない。
 
2 現場を撮影した映像(「北海道テレビ」ニュース,「北海道放送」ニュース)等によると,2019年7月15日,安倍晋三内閣総理大臣(以下「安倍首相」という。)が北海道札幌市中央区のJR札幌駅前で参議院選挙の候補者の応援演説を行っていた際,複数の警察官は,安倍首相に対し「増税反対」と叫んだ女性を取り囲み,同女を押さえつけた上,同女を移動させた。その後,警察官は,安倍首相が札幌駅前から去った後も同女につきまとい,同女に対し,「声を上げないでくれよ」「今日はもう諦めてくれ」などと発言した。
また,安倍首相の演説位置から道路を隔てて約20メートル離れた位置にいた男性が「安倍辞めろ」等と発言したところ,複数の警察官は,その男性を取り囲んだうえ同人の服や体を掴み,数十メートル後方へ移動させた。
さらに,複数の警察官は,歩いている安倍首相に対し「年金100年安心プランどうなった?」と記載されたプラカードを掲げようとした女性を取り囲み,歩道の端に移動させた。他方,警察官は,安倍首相を支持するプラカードを掲げた人々を移動させることはなかった。
また,現場を撮影した映像(「朝日新聞デジタル」記事)等によると,同月18日,安倍首相が滋賀県大津市のJR大津京駅前で参議院選挙の候補者の応援演説を行っていたところ,複数の警察官は,安倍首相に対し政治的発言を行った男性を応援演説会場後方の高架下のフェンスに押しやり,その男性が「安倍辞めろ」等と声を上げて動こうとしたところを動けなくさせた。
 
3 北海道警察警備部は,上記2019年7月15日の警察官の対応について「トラブルを未然防止するためで対応は適正」と説明している。しかし,同警察は,当初「トラブル防止と,公職選挙法の選挙の自由妨害違反になるおそれがある事案について,警察官が声かけした」と説明していたが,公職選挙法違反について「事実確認中」と見解を変えた上,対応の法的根拠については「個別の法律ではなくトラブル防止のため,現場の警察官の判断で動いている」と説明した。
札幌市の事例と大津市の事例ではいずれの場合も,警察が排除した市民らの行為によって安倍首相の応援演説が中断されることは全くなく,その他選挙の自由が妨害された事実も認められなかったのであるから,市民らの行為が選挙の自由妨害罪に該当しないのは当然のこと,そのおそれもなかったことは明白である。前記の北海道警察の説明は,今回の対応が法的根拠のない違法なものであったことを示している。このような警察の対応は,市民による政治意見の表明を委縮させかねず,我が国の民主主義,自由主義にとっての重大な危険を招きかねないものであり,当会はこれを許容することはできない。
 
4 当会は,北海道警察と滋賀県警察の一連の対応に対して厳重に抗議するとともに,全国の警察等公権力に対し,政治的な意見に関する表現の自由を最大限尊重するよう強く要請する。
以 上
 
2019年(令和元年)10月18日  
 
長 野 県 弁 護 士 会   
会 長    相  馬  弘  昭

台風19号被害に関する会長談話

台風19号被害に関する会長談話
 
 本年10月12日夜から13日未明にかけて東日本を通過した台風19号は、大型で非常に強い勢力を保ちながら広範囲で強風と大雨をもたらし、各地で甚大な被害を及ぼしました。
 10月15日午前5時現在の国土交通省の調査によれば、少なくとも長野県をはじめ7県の計37河川52ヶ所の堤防で決壊が確認され、土砂災害は19都県で146件発生しているとのことです。そして、10月15日午前7時の報道により判明している限りでも、11県で死者58名、6県で行方不明者15名、32都府県で負傷者211名に及んでいます。
 まずもって、この災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして、被災された皆様方、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 長野県内においても、千曲川が広範囲で氾濫し、死者2名、行方不明者2名、負傷者11名、建物損壊・浸水被害は現時点では正確に把握できないほど多数発生しており、今もなお大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
 この状況において、献身的に救助作業にあたっている警察、自衛隊、消防、自治体職員、地元有志他全ての皆様に、心より敬意を表します。
 
 当会も、10月14日に災害対策本部を立ち上げており、日本弁護士連合会、関東弁護士会連合会、各地の弁護士会及び日本司法支援センターなど関係諸機関と連携しつつ、被災された方々への法的支援に全力で取り組んでいく所存です。特に、当会では、東日本大震災及び長野県北部地震の教訓を生かし、当会主導のもと8団体で構成する「長野県災害支援活動士業連絡会」を発足させ、併せて、長野県との間で「災害時における相談業務に関する協定」を締結し、災害時に各種専門家が連携しワンストップ相談業務を実施する体制を構築してきました。今まさに、その真価が問われる時といえます。
被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧が一日も早く叶うよう、当会会員は一丸となって支援活動に尽力する所存です。
2019年(令和元年)10月15日

長野県弁護士会  
会長 相 馬 弘 昭
 

令和元年司法試験合格発表についての会長声明

令和元年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月10日、本年の司法試験合格者が発表され、総合点810点以上を得た1502人の受験者が合格者とされた。
 
2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し、法曹の質を確保することは、国民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、当面、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
この留保の意義については、国会の衆議院法務委員会において、政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が、「これは、やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので、この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても、司法試験の合格判定においては、1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり、それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって、前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
 
3 当会は、昨年と一昨年の司法試験の合格判定が、上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ、法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること(平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」、平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ、本年の合格判定に先立ち、改めて、1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和元年7月10日付「平成31年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
 
4 しかし、本年の合格率も昨年比で約4.5%上昇しており、歴年の合格率をみると、「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめの直後である平成28年以降、上昇を続けている。受験者数が急減している一方で、合格者数は1500人を割ることがなく、微減するのみだからである。
  年        受験者数    合格者数  合格率(四捨五入)
 H26  8,015人    1,810人   22.58%
 H27  8,016人    1,850人   23.08%
 H28  6,899人    1,583人   22.95%
 H29  5,967人    1,543人   25.86%
 H30  5,238人    1,525人   29.11%
 R1       4,466人    1,502人   33.63%
また、合格点と、全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)を歴年比較すると、以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は、中央値より低い総合点であったと擬制する。)
     年       合格点     中央値      合格点-中央値
 H26  770点   604点    166点
   H27  835点   679点    156点
 H28  880点   725点    155点
 H29  800点   659点    141点
 H30  805点   706点       99点 
 R1     810点   726点       84点
合格点と中央値の差異が近年格段に縮小しているということは、各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても、合格ラインが近年急落している何よりの証左である。
 
5 そして、法曹志願者が激減している現状等に照らせば、受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性はほとんど想定しえないことから、上記4の合格ラインの急落は、司法試験の合格レベルが、絶対評価として、昨年、本年と急落したことを意味するのである。
司法試験の合格レベルが低下を続ける原因は明らかである。
例年、司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ、本年の合格点は810点であり合格者数は1502人であること、815点以上を得た受験者は1451人であることからすれば、本年の合格点が810点と決定された理由は、合格点を810点まで引き下げて初めて「1500人」の合格者数が確保されるという点以外にない。
政府は,「1500人」の数値目標を墨守するため、意図的に、「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを、引き下げたものと言わざるを得ない。
かかる合格判定は、司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し、市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり、政府ですら、1500名の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,いまやその観点は無視されているに等しい。
 
6 当会は、我が国における弁護士数の適正化の観点から、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)、本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
 
7 よって、当会は、本年の司法試験合格判定に対し、強く抗議する。
 
令和元年10月15日
     長野県弁護士会
       会長 相 馬 弘 昭

長野県知事が長野県護国神社の崇敬者会会長を務めていたことに関する会長声明

会長声明

(2019-09-14 ・ 123KB)

長野県知事が長野県護国神社の崇敬者会会長を務めていたことに関する会長声明
 
 阿部守一知事は、2011年4月から長野県護国神社の崇敬者会会長を務め、2017年10月の台風の強風で倒壊した神社鳥居などの修復事業の趣意書に宮司らとともに名を連ね寄付金を募った。
 報道によれば、崇敬者会会長には一部を除く歴代長野県知事が就任し、阿部守一知事においても知事一期目に会長に就任したとされていることからすれば、崇敬者会会長に就任したのは長野県知事の立場にあるからにほかならず、県知事の職務内容やその社会的影響を考え合わせると、これを純粋な私人としての活動と評価することは困難である。確かに、長野県知事という肩書きが直接使われていた訳ではないが、阿部守一氏が長野県知事であることは周知の事実であり、その名前だけであっても、崇敬者会会長が長野県知事であると県民に判断される懸念を払拭することはできない。
 日本国憲法は、平和主義とともに、基本的人権の中核をなす信教の自由を守り、多様な価値観を尊重する民主主義社会を堅持するための制度的保障として、政教分離原則を掲げている。政教分離原則は、他の宗教を排斥する中で戦前の軍国主義を国家神道が支えた反省に基づき、政治と宗教の厳格な分離を定めたものであって、宗教団体が国から特権を受け又は政治上の権力を行使することを禁止し(第20条1項後段)、国及びその機関がいかなる宗教的活動をすることも禁止している(同3項)。
 護国神社は宗教法人であるところ、県政の最高責任者である知事がその立場において、護国神社の活動を支援する組織である崇敬者会会長を務めたり、護国神社のために寄付金を集めたりすることは、護国神社を援助、助長、促進する効果をもたらすものとして、政教分離原則に違反する疑いが極めて強いといわざるを得ない。
 当会は、憲法を擁護すべき立場にある法律家団体として、政教分離原則に照らし、憲法違反の疑いのある行為について、従前の長野県知事等の対応も含め、重大な懸念を表明すると共に、阿部守一知事に対しては、速やかにその是正を求める。
以上
 
2019年(令和元年)9月14日
長野県弁護士会             
会 長   相  馬  弘  昭      

令和元年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2019-07-10 ・ 153KB)

令和元年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 令和元年の司法試験出願者数は4,930名(前年度比881名減),司法試験受験者数は4,466名(同772名減)に落ち込んだ。法科大学院についてみれば,平成31年度志願者数(延べ人数)は9,117名,同年度入学者数は1,862名となり,前年度(志願者数8,058名,入学者数1,621名)や前々年度(志願者数8,160名,入学者数1,704名)に比べると下げ止まったが,ピーク時には遠く及ばない。
ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の減少は激減というべき状況にある。
法曹志願者激減の原因については,法科大学院修了までに多額の学費や時間的コストを要する反面,司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について,現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による職業的魅力の低下等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。弁護士となるための資格を取得してもこれを職業とした将来設計を立てがたい現在の制度では,有為な人材が,法曹,ことに弁護士という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保にも懸念が生じる。
法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
とすれば,法曹志願者が激減する現状下で,単に1500人という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ,合格者の質を制度的に担保できない事態も想定され,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
現に,平成29年と平成30年の司法試験については,受験者数,合格率,全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータの過去3年間との比較結果や,法曹志願者の激減状況等から見て,合格判定において,上記取りまとめとしての「1500人程度以上」に拘泥し,合格ラインが意図的に引き下げられた可能性が高く,政府が,法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視した疑義が顕在化している(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」)。
司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
3 以上から,当会は,令和元年司法試験の合格判定にあたって,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求める。
 
令和元年7月10日
                   
             
長野県弁護士会           
会 長   相  馬  弘  昭    

辺野古新基地建設工事の中止を求める声明

沖縄県民の基本的人権と民意を尊重し,辺野古新基地建設工事の中止を求める会長声明
 
第1 はじめに
政府は,普天間飛行場の代替用地を米軍に提供するため,沖縄県北部の辺野古崎海域において,埋立て工事を行っている。
この埋立てについて,2019年(平成31年)2月24日,沖縄県において「普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立て」に対する賛否についての県民投票が行われ,投票率52.84%,投票総数60万5385票のうち7割を超える43万4273票が「反対」という結果が示された。この県民投票によって,辺野古新基地建設に反対する沖縄県民の民意が改めて明確に示されたといえる。
この問題について,当会は,次のとおり,法的問題点を指摘し,辺野古新基地建設工事の中止を求める。
 
第2 法的問題点
1 憲法13条及び14条との関係
現在,日本の国土面積の約0.6%を占めるにすぎない沖縄県に, 在日米軍専用施設の70.6%(面積)が集中している(2017年〔平成29年〕1月1日現在)。そのため,沖縄県内では,米軍基地の存在に起因する航空機事故や米軍人・軍属等による事件が絶え間なく発生し(日米地位協定により容疑者の身柄が日本側に引き渡されないという事態も生じた),軍事訓練や騒音等によって睡眠障害や健康被害が生ずるなど生活環境が破壊されるのみならず,自然環境も破壊されるに至っている。この上,普天間飛行場の代替として辺野古に新基地を建設し,米軍基地が増大・強化・固定化することは,沖縄県民の尊厳を踏みにじるものであって,個人の尊厳を定める憲法13条の精神に反し,沖縄県民が安全かつ平穏に生活することを基調とする「幸福追求権」(13条)をさらに侵害すると共に,平和的生存権を脅かしかねない過酷な負担を特定の地域の住民に課することになり,「法の下の平等」(14条)にも反することになる。
2 地方自治との関係
日本国憲法は,地方自治制度の運営が「地方自治の本旨」(92条)に基づいて行われることを保障している。「地方自治の本旨」には,団体自治と住民自治の2つの要素が認められるが,後者に関しては,地方公共団体における行政は,これにより利益を受ける当該住民の直接的な政治意思に基づいて行わなければならないといった(直接)民主主義の理念を強く打ち出したものである。このことは,国の施策であったとしても,特定の地方公共団体の住民の利害に大きな影響を与える事項については,当該住民の民意を可及的に尊重しなければならないということに帰着する。上記県民投票は,辺野古新基地建設に反対する沖縄県民の民意が改めて明確に示されたものといえることから,その民意は上記住民自治の観点から最大限に尊重されなければならない。しかしながら,政府は,上記県民投票後も埋立て工事を続行しており,かかる政府の行為は住民自治の理念ひいては民主主義そのものを軽視するものというべきである。
そして,日本国憲法第95条が「一の地方公共団体のみに適用される特別法は,法律の定めるところにより,その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ,国会は,これを制定することができない。」と定めている趣旨からしても,特定の地域の住民に対し,人権侵害にも繋がる過度な負担を強いるような場合においては,当該住民の自己決定権や政治的意思をまずもって尊重すべきであるから,政府としては,上記県民投票の結果を一層重んじなければならないはずである。
3 行政不服審査法との関係
上記埋立て工事は,県知事による公有水面埋立て承認の取消し処分について,沖縄防衛局長が行政不服審査法に基づく処分の取消し(本案)及び執行停止を申し立て,国土交通大臣が「審査」し,執行停止決定がなされた上で,実施されている。
しかしながら,そもそも行政不服審査法は,「国民の権利利益の救済を図る」(同法1条)ための法律であることから,「国民」とは異なり「固有の資格」において処分の相手方となる者については明示的に適用除外としている(同法7条2項)。このことから,上記公有水面埋立て承認の取消し処分において,国は,公有水面埋立法によって与えられた特別な法的地位(固有の資格)にあるから,行政不服審査法に基づく審査請求や執行停止の申立てを行うことは許されないはずである。それにもかかわらず,国の機関である沖縄防衛局長によってなされた行政不服審査法に基づく申立ては,行政不服審査制度を濫用したものであるとの批判を免れない。
その後,本案について,国土交通大臣は,2019年(平成31年)4月5日,沖縄防衛局長の審査請求を認める裁決(処分の取消し)を行ったが,かかる国土交通大臣の裁決についても同様の批判を免れないと言うべきである。
 
第3 最後に
現在,長野県内各地においても,米軍輸送機の低空飛行やオスプレイの飛行が何度も確認されている。沖縄県における在日米軍基地の問題は,沖縄県だけの問題ではなく,長野県を含む我が国に居住するすべての個人の基本的人権に直結する問題であり,日米安全保障条約や日米地位協定のあり方についても,全国民による議論が必要であると当会は考える。
よって,当会は,沖縄弁護士会が2018年(平成30年)12月10日可決した「辺野古新基地建設が,沖縄県民にのみ過重な負担を強い,その尊厳を踏みにじるものであることに鑑み,解決に向けた主体的な取り組みを日本国民全体に呼びかけるとともに,政府に対し,沖縄県民の民意を尊重することを求める決議」に賛同の意を表するとともに,先の大戦において,一木一草焦土と化し,4人に1人が亡くなったともいわれる熾烈な地上戦が繰り広げられ,しかも,1972年(昭和47年)の本土復帰まで27年間にわたり,米国の施政権下にあり,戦後平和憲法の下でも軍事施設の負担を余儀なくされてきた沖縄県に対し,これ以上過重な基地負担を強いるべきではないと考え,政府に対し,沖縄県民の基本的人権と民意を尊重し,辺古新基地建設工事の中止を求めるものである。
以 上
 
2019年(令和元年)7月10日
長野県弁護士会         
会 長   相  馬  弘  昭     

72回目の憲法記念日に寄せる会長談話

72回目の憲法記念日に寄せる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、72回目の憲法記念日を迎えました。新天皇即位に伴い元号が変わりましたが、改めて憲法の意義を考えてみることが大切に思えてなりません。

2 当会は、平成26年から毎年、憲法記念日に会長談話を発表してきていますが、そこでは日本国憲法の意義を確認してきました。
日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っています(前文第1項)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と恒久平和主義を宣言し(前文第2項)、「われらは、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と平和的生存権を謳う(同)とともに、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定しました(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障しています。
国民主権、恒久平和主義・平和的生存権、基本的人権の尊重という日本国憲法の基本原理は、崇高な理念であるばかりでなく、日本や国際社会の歴史の教訓に基づいて、人類の叡智の成果として結実したものに他なりません。
 
3 日本国憲法の基本原理の根底にある最高価値は、国民はひとりひとり個人として尊重されるという「個人の尊厳」であり(憲法第13条)、これに基づく幸福追求権は、最大限の保障に浴しなければなりません。そして、幸福追求権を実現するための前提価値として個人の生命は絶対的に保障されなければなりませんし、個人の生き方の選択や人格的自律性というものも可能な限り尊重されなければならないことは言うまでもないことです。
残念ながら、現実の社会では、経済合理性の下に、子供たちや社会的弱者の生命すら軽視されているように思われます。他方で、性的マイノリティの問題に見られる様に、新しい権利(人格権)や自己実現の考え方が提起されるに至っています。
このような状況下で、日本国憲法の持つ基本的人権保障の意義は、ますます重視されなければならないと思います。
日本国憲法は、世界人権宣言や国際人権規約に先立って制定されました。しかし、その人権保障規定は、極めて先進的であり数のうえでも内容の点でも豊かなものです。その後制定された女性差別撤廃条約や子どもの権利条約なども包摂する力を持つものです。そして、これまで国内における様々な人権侵害を救済するものとして極めて有効な力を発揮してきました。また新しい人権の拡大発展や定着にも大きな役割を果たしてきました。
価値観が多様化し、社会も複雑化する中で、人権課題の解決には大きな困難が伴いますが、このような中にあってこそ、さらに日本国憲法は、新たな人権課題に対しても大きな役割を果たすことが期待されています。このような基本的人権保障の意義は一層強調されるべきであって、これを後退させてはなりません。
 
4 戦争と平和の問題について、この72年間、日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきました。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づき、わが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきました。憲法第9条は、これまで現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきました。
 
5 前述の通り、日本国憲法は、個人の尊厳を究極の価値としており、国家権力の行使は、憲法による統制の下に置かれています(立憲主義)。立憲主義のもとでは、国家権力は、恣意的に憲法を解釈したり、憲法の規定を逸脱するような法律の制定や行政権の行使をすることは許されません。
憲法改正の議論では、どのような改憲案であっても、立憲主義という統制のもとで憲法条項の機能を果たすことができるかという観点を忘れてはなりません。国家権力に恣意的な運用をもたらす危険のあるような規定は、憲法条項としてふさわしくないものと言わなければなりません。また、国民の基本的人権を侵害する危険性を拡大するおそれのある改憲案も、憲法の果たすべき役割を考えたとき、これを許すべきではありません。
 
6 日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の結晶であり、時代を超えた普遍的な価値です。日本国憲法第12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定しています。憲法改正の議論においても、「国民の不断の努力」として、深い十分な議論がなされることが望まれます。

7 私たちは、72回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に、改めて思いを致し、憲法の意義を胸に刻みたいと思います。

2019年(令和元年)5月3日

長野県弁護士会                      
会 長 相 馬 弘 昭          

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明
 
1 最低賃金制度は,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もつて,労働者の生活の安定,労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに,国民経済の健全な発展に寄与することを目的としている。
 
2 長野労働局長は,平成30年10月1日,長野地方最低賃金審議会の答申を受け,長野県の地域別最低賃金を最低賃金時間額821円に改定した。しかし,最低賃金時間額821円では,労働時間が月173時間(法定労働時間,週40時間とした場合の1か月の労働時間)とすると,月額14万2033円,年収170万4396円にしかならず,労働者の生活の安定を望むことはできない。
 
3 また,最も高い東京都と長野県の最低賃金額の差は拡大している。平成30年に改定された東京都の最低賃金時間額985円と比して,長野県の地域別最低賃金は時給で164円,月収で2万8372円,年収で34万0464円の開きがある。東京都の最低賃金時間額は平成14年に,708円,長野県の646円とその差は時給で62円であったが,この間,東京都と長野県の賃金格差は広がり続けている。そもそも,労働力に対する価値評価が地域によって異なることには疑問があり,最低生計費は都市部と地方で差はないともいわれている。平成30年12月8日には入管法が改正され,外国人労働者の受入れが拡大されたが,時給の高い都市部へ外国人労働力が集中してしまうことが懸念され,近時の政治課題となっている。
このような格差を放置することは,県内から労働者が賃金の高い都市部へ流出する結果,長野県経済の健全な発展を阻害しかねない。
 
4 本会では,昨年も同内容の意見を述べたが,都市部との賃金格差に改善が見られない。
したがって,長野地方最低賃金審議会は,県内労働者の生活の安定を図り,もって経済の健全な発展を図るために,長野県の最低賃金を大幅に引き上げる答申をすべきである。
 
2019(令和元)年7月8日
 
長野県弁護士会
会 長   相  馬  弘  昭
 

司法試験合格者数のさらなる減員を求める13弁護士会会長共同声明

共同声明

(2019-02-07 ・ 155KB)

司法試験合格者数のさらなる減員を求める13弁護士会会長共同声明
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅な減少を続けており、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年度司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2 新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていないため、弁護士の過剰供給の弊害は解消されるに至っていない。司法試験に合格し、司法修習を終了した時点での12月の一括登録時に登録しない終了者数は減少してきたものの、勤務弁護士の待遇面の低下、既存の事務所に籍を置かせてもらうだけの形態や、登録後間もなく独立する形態も見られ、法曹の職業としての魅力の低下は今なお続いている。
それに伴い、2018年の法科大学院入学者数は1621人と前年に比べ83人減少し、志願者数の回復の兆しはなく、低迷した状態にある。司法試験受験者数は、2004年には4万3千人であったものが、2017年は5967人となり、さらに2018年は5238人にまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、新たな検討体制に法曹養成制度の速やかな検討を求めたが、法科大学院制度に対する改革については、昨年3月に中央教育審議会法科大学院等特別委員会から基本的な方向性が示されただけで、具体的な改善策は今後の課題として先送りされた。法曹養成制度の改革は未だ途上にあり、法曹の職業としての魅力は回復せず、法曹志望者の回復にはほど遠い状況にある。
 
4  こうした中、法務省は、昨年9月に、2018年の司法試験合格者数を1525人と発表した。2017年と比べ、合格者数が1543人から18名減少したとはいえ、受験者数が5967人から5238人へと729人減少したにもかかわらず、合格率は25.86%から29.11%へとかえって上昇している。
  法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものではないことに留意する必要がある」と指摘したにもかかわらず、こうした状況は、質の確保よりも合格者数の確保を優先したものではないかと危惧せざるを得ない。
 
5 法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
  そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
                  2019年(平成31年)2月5日
 
埼玉弁護士会 会長   島  田  浩  孝
千葉県弁護士会 会長   拝  師  徳  彦
栃木県弁護士会 会長   増  子  孝  徳
山梨県弁護士会 会長   甲  光  俊  一
                    長野県弁護士会 会長   金  子     肇
                    兵庫県弁護士会 会長   藤  掛  伸  之
                    富山県弁護士会 会長   橋  爪  健 一 郎
                    山口県弁護士会 会長   白  石  資  朗
                    大分県弁護士会 会長   石  井  久  子
                    仙台弁護士会 会長   及  川  雄  介
                    山形県弁護士会 会長   安 孫 子  俊 彦
                    秋田弁護士会 会長   赤   坂    薫
札幌弁護士会 会長       八  木  宏  樹

会長声明

(2019-01-15 ・ 101KB)

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明
 
1 最低賃金制度は,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もつて,労働者の生活の安定,労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに,国民経済の健全な発展に寄与することを目的としている。
2 平成29年10月1日,長野労働局長は,長野地方最低賃金審議会の答申を受け,長野県の地域別最低賃金を最低賃金時間額795円に改定した。従前770円であった時間額を25円引き上げたことは一定の評価が出来る。
 しかし,最低賃金時間額795円では,労働者の生活の安定を望むことはできない。すなわち同賃金額では,労働時間が月173時間(法定労働時間,週40時間とした場合の1か月の労働時間)とすると,月額13万7535円,年収で165万420円にしかならない。
これはいわゆるワーキングプアの基準値の1つとして取り上げられる年収200万円に遠く及ばず,労働者の生活の安定が図れる水準ということはできない。
3 また,最も高い東京都の最低賃金時間額958円と比して,時給で163円,月収で2万8199円,年収で33万8388円の開きがある。平成29年には,東京都で時間額26円の引き上げがあったのに対し,長野県では25円の引き上げにとどまっており,賃金格差は広がっている。
 このような格差を放置することは,県内から特に若者が賃金の高い都市部へ流出する結果,長野県経済の健全な発展を阻害しかねない事態を招いている。
4 したがって,長野地方最低賃金審議会は,県内労働者の生活の安定を図り,もって経済の健全な発展を図るために,長野県の最低賃金を大幅に引き上げる答申をすべきである。
 
平成30年7月9日
 
長野県弁護士会          
会 長  金  子  肇  

司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策に関する会長声明

会長声明

(2018-10-23 ・ 137KB)

司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策に関する会長声明
 
1 法曹志望者の激減という現象を受け、現在、法曹養成制度に関する様々な改善が検討されているところ、その1つとして、司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策が検討されている。例えば、毎日新聞の平成30年5月18日付報道によれば、「法曹養成制度に関する与党検討会」が同年4月にまとめた緊急施策で、法曹コース導入に向けた法改正に加え、優秀な法科大学院生は在学中に予備試験なしで司法試験の受験を認めることも打ち出し、法務、文科両省と最高裁判所は現在、法改正の具体的な検討を進めている、とのことである。
2 ギャップタームとは、現行の制度において、3月末の法科大学院修了から、5月以降の司法試験受験、11月末ごろの司法修習開始までの間に8ヶ月程度の期間が存在することを指すところ、これにより、法曹志望者にとっての経済的・時間的な負担が生じ、法曹を目指すことを断念する原因の一つとなっているとの現状認識のもとに、ギャップタームの解消策として、司法試験実施時期の変更(法科大学院修了前の司法試験受験を認めるように受験要件を変更する)が取り上げられている。具体的には、司法試験の実施時期を現状より1年程度前倒しし、法科大学院既修2年目・未修3年目の前期の早い時期(例えば5月)に実施し、後期開始前(例えば8月)に司法試験の合格発表を行うなどの案が検討されているとのことである。
3 しかしながら、現行の制度が司法試験受験要件として、法科大学院の修了を要件としたのは、「「点」のみによる選抜から「プロセス」としての新たな法曹養成制度に転換するとの観点から、その中核としての法科大学院制度の導入に伴って、司法試験も、法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替えるべきである」との観点から、法科大学院を修了した者に司法試験の受験要件を与えることとしたのであり、法科大学院を修了していない者に受験資格を与えることは、当初の制度理念と矛盾するものである。
また、司法試験の実施時期を大幅に前倒しすることとなれば、司法試験の出題内容について、法科大学院の授業進度に配慮し、出題範囲を限定したり、難易度を低下させるなどの本末転倒な事態を招く危険性も高い。
さらに、法曹志望者が激減しているにも関わらず、司法試験合格者数が1500人程度に固定化され、合格者の質の確保に疑念が生じている現状に鑑みれば、司法試験の実施時期を前倒しすることは、勉学不十分な者が受験することで、受験者の更なる質の低下を招き、ひいては更なる司法試験合格者の質の低下を招く懸念がある。
4 そもそも、法曹志望者の激減の原因は、弁護士に対する需要を見誤り、司法試験合格者数を過剰に設定し、弁護士数を過剰に増員し続ける現在の誤った政策によって、将来不安等が生じることで法曹志望者がコストと時間をかけてまで法科大学院に進学することを回避するという点こそが主要なものであると考えられ、ギャップタームの存在は主たる原因ではない。したがって、ギャップタームの解消を行ったところで法曹志望者の減少を食い止める有効な手段にはなり得ない。意味に乏しいだけでなく、上記に指摘した制度理念との矛盾や司法試験の内容の劣化、司法試験合格者の質の低下といった重大な弊害を生じさせかねないギャップタームの解消策は、採用すべきではない。
現在必要なのは、そのような小手先の弥縫策ではなく、司法試験合格者数を減員し、有為な人材が安心して法曹への道を目指せるような政策変更を行うことである(当会の平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)。そもそも、法科大学院を中核とした法曹養成制度そのものが、真に合理的な制度であるかどうかが問い直されるべき時期にあり、法科大学院ありきの現在の政策は、批判的な検討の対象とされるべきである。
5 以上から、当会は、ギャップタームの解消策として司法試験の受験要件を緩和すること、司法試験の実施時期を前倒しすることに反対する。
 
平成30年10月13日
 
長野県弁護士会         
会 長  金  子  肇  

平成30年司法試験合格発表についての会長声明

会長声明

(2018-10-23 ・ 153KB)

平成30年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月11日、本年の司法試験の合格発表が行われ、総合点805点以上を得た1525人の受験者が合格者とされた。
2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し、法曹の質を確保することは、国民に対する国の重大な責務である。
  法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、当面、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
  この留保の意義については、国会の衆議院法務委員会において、政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が、「これは、やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので、この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても、司法試験の合格判定においては、1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり、それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって、前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
3 当会は、昨年の司法試験の合格判定が、上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ、法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること(平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ、本年の合格判定に先立ち、改めて、1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(平成30年7月12日付「平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
4 ところが、近年の合格率の推移を見ると、平成26年が約22.58%、平成27年が約23.08%、平成28年が約22.95%、平成29年が約25.86%と推移してきたところ、本年の合格率は約29.11%となり、昨年より約3%上昇し、平成26年ないし平成28年に比較すると約6%上昇した。
  また、合格点は、平成26年が770点、平成27年が835点、平成28年が880点、平成29年が800点、本年が805点であるのに対し、全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)を見ると(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は中央値より低い総合点であったと擬制した。)、平成26年が604点、平成27年が679点、平成28年が725点、平成29年が659点、本年が706点であって、本年は、合格点と前記中央値の差が、昨年比でも42点縮減し、平成26年ないし平成28年に比較すれば56~67点縮減した。
これらの数値は、各年の受験者全体の得点状況との関係における合格ラインが、昨年、本年と急落したことを意味している。 
5 そして、法曹志願者が激減している現状等に照らせば、受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性などほとんど想定しえないのであるから、上記4の合格ラインの急落は、司法試験の合格レベルが、絶対評価として、昨年、本年と急落したことを意味する。
6 かかる合格レベル急落の原因が何であるかは明らかである。
例年、司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ、本年の合格点は805点であり合格者数は1525人であること、810点以上を得た受験者は1466人であることからすれば、本年の合格点が805点と決定された理由は、合格点を805点に引き下げて初めて「1500人」の合格者数が確保されるという点以外なく、このようにして「1500人」の数値目標に追従した結果、合格レベルは急落したのである。
本年の司法試験合格判定は、法曹養成制度改革推進会議の取りまとめの「1500人程度」以上という数値目標を墨守するがために、「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを、意図的に引き下げたものと解さざるをえない。
かかる合格判定は、司法を担う法曹の質をあまりに軽視し、市民の権利保護の要請に反するものである。取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背いている。
7 なお、当会は、我が国における弁護士数の適正化の観点から、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)、本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
8 よって、当会は、本年の司法試験合格判定に対し、強く抗議する。
 
   平成30年10月13日
 
                                          長野県弁護士会
                                                  会長   金 子   肇
 

平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2018-07-12 ・ 117KB)

平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 平成30年度の法科大学院志願者数(延べ人数)は8,058名(前年度比102名減)、法科大学院入学者数は1,621名(同83名減)に、同年の司法試験出願者数は5,811名(同905名減)、司法試験受験者数は5,238名(同729名減)にまで落ち込んだ。
 ピーク時には、法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数)、法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度)、司法試験出願者数が11,891名(平成23年)、司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると、上記のとおりの法曹志願者の減少は激減というべき状況にある。
 このような法曹志願者激減の原因については、法科大学院修了を受験資格要件としたことで多額の学費や時間的コストを要することになった反面、司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について、現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による弁護士の職業的魅力の低下、将来への不安等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。弁護士となる資格を取得しても、将来に不安がつきまとうといった現在の制度設計では、有為な人材が法曹、ことに弁護士という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務や社会正義に深く関わるものであり、その司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば、その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり、法曹の質の確保にも懸念が生じる。
 法曹養成制度改革推進会議は、平成27年6月、司法試験の合格者数を年間1,500人程度以上とする検討結果を取りまとめた。しかし法曹志願者自体が激減している現状の下で、単に上記方針通りの合格者数を確保するために合格ラインが下げられてしまうのであれば、司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ、合格者の質を制度的に担保できない事態も想定される。このような事態は、上記取りまとめにおいて示されている「輩出される法曹の質の確保を考慮」すべき、との方針にも反することとなる。現に、平成29年の司法試験については、受験者数、合格率、全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータの過去3年間との比較結果等から見て、合格判定において、上記取りまとめとしての「1,500人程度」以上に拘泥し、合格ラインが意図的に引き下げられた可能性が高く、政府が、法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視した疑義が生じている(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」)。
 司法試験の合格判定は、目標とされた数ありきでなされてはならず、従前にも増して、司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ、厳正に行われなければならない。
 
3 以上から、当会は平成30年司法試験の合格判定にあたって、1,500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求める。
 
平成30年7月7日
 
                                                             長野県弁護士会
                                                             会 長  金 子   肇
 

働き方改革関連法案における高度プロフェッショナル制度の削除を求める会長声明

会長声明

(2018-06-13 ・ 145KB)

いわゆる「働き方改革関連法案」における高度プロフェッショナル制度の削除を求める会長声明
 
1 政府は,いわゆる「働き方改革関連法案」として,労働基準法等改正法案(以下,「本法案」という。)を国会に提出し,平成30年5月31日,衆議院で可決され,参議院に送付された。本法案については,すでに当会において,平成30年3月10日付「いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明」を発出し,改善を求めているところであるが,当会が反対する高度プロフェッショナル制度の新設規定が維持されたままであり,以下のとおり,改めてその問題点を指摘し,同制度の導入に強く反対する。
2 高度プロフェッショナル制度は,対象労働者には労働基準法が定めた長時間労働を抑止するための規定が適用されないのであるから,対象労働者の長時間労働が助長されかねない。労働時間規制は,労働者の健康の確保をもその趣旨とする以上,高収入を得ているからといって,労働時間規制の適用を除外してよいということにはまったくならず,過労死遺族らが,過労死を助長する危険な制度であるとして強く反対するとおり,労働者の心身の健康を蔑ろにする法案であるといわざるを得ない。
 また,政府は,労働者側にとっても柔軟な働き方を可能にするもので導入の必要性が高い旨主張するが,国会審議の過程において,労働者側のニーズが確認されたとは到底いえず,むしろ経営者側の時間外労働に関する割増賃金負担削減のニーズを無批判に取り入れようとする法改正であることは明白である。
 さらに,この制度の対象となる業務の範囲は曖昧であるため,対象業務の範囲が拡大解釈されるおそれとともに,具体的な対象職種を政令で定めることとされているため,将来,安易に拡大される懸念が存在する。いわゆる労働者派遣法においても,当初は専門職等13業務のポジティブリスト方式を用いて限定されていたものが,政令によって定められていたために拡大が容易となり,その後の対象業務の追加,ネガティブリスト方式への転換などによって広範囲に拡大され,我が国の社会に不安定な非正規雇用の蔓延を招いたことは記憶に新しいところである。いったん高度プロフェッショナル制度の導入を認めてしまえば,上記と同様の事態が発生することは容易に予想される。
 収入要件を設けて,対象労働者を限定する点についても,具体的な収入要件は「厚生労働省令で定める」とされているため,この制度導入後,法律の改正によらず,省令の改正という民主的統制の及びにくい手段により,収入要件の額を引き下げて適用対象となる労働者の範囲を拡大させることも容易である。また,省令で規定される額が1075万円を参考に検討されているが,高度プロフェッショナル制度の前身である「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」(日本経済団体連合会 2005年6月)では,年収400万円以上の労働者が適用対象者として想定されていたことを考慮すると,最終的には,決して高収入とはいえない労働者までもが適用対象者とされてしまう危険性があることは看過できない。
 また,労働者が同意してこの制度が適用されても,自らの意思によって同意の撤回をできるとの規定については,労働者が勤務先企業の意向に背いて同意を撤回すること自体が企業組織の中では現実的とはいえず,制度の弊害を解消する方法としてはほとんど無意味である。
3 以上のとおり,高度プロフェッショナル制度については,過労死問題が重要な社会問題となっている中,労働者の長時間労働をかえって助長し,ひいては過労死の危険を増大させるとともに,労働者の待遇を低下させかねない重大な問題が存在する。企業の国際的競争力強化のために労働者保護を不当に緩和することは,長期的には国民の活力を奪い,社会を疲弊させることとなる近視眼的な政策であり,将来の我が国の社会に禍根を残すものと言わざるを得ない。
 当会は,労働者の人権擁護の観点から,本法案より高度プロフェッショナル制度の新設規定を削除するよう参議院に対し強く求めるものである。
以 上
平成30年6月9日
 
                                                             長野県弁護士会
                                                             会 長  金 子   肇
 

71回目の憲法記念日に寄せる会長談話

71回目の憲法記念日に寄せる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、71回目の憲法記念日を迎えた。
現在、憲法を巡る情勢は新たな局面を迎えつつある。すなわち、自由民主党は、具体的な改憲案の取りまとめを行い公表しており、戦後初めて憲法の具体的改正条項案が国会で審議されようとしている。今後の議論の進展によっては、国会での発議、国民投票をも視野に入れていると報じられている。
現在議論されている具体的改憲案の一つには、憲法9条の改正案があり、とりわけ現行の9条1項2項を維持したまま必要な自衛の措置を認め自衛隊の存在を明記する条項を加える案が議論されている。また、国家緊急権に基づく緊急事態条項の導入なども提案されている。

2 日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っている(前文第1段)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と恒久平和主義を宣言し(前文第2段)、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と平和的生存権を謳う(同)とともに、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定した(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障する。
この71年間、私たちの社会や、わが国をとりまく国際情勢は大きく変わったが、日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきた。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づき、わが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきた。とりわけ憲法9条について言えば、これまで現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきた。
このような日本国憲法の意義、これまで果たしてきた役割は、日本にとっても国際社会にとっても極めて重要なものであり、今後、進められるであろう憲法改正の議論においても、この意義や役割は決して忘れてはならず、いかなる憲法改正条項であっても、これらの意義や役割を喪失させたり、後退させることがあってはならない。
日本国憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される」こと(第13条)を究極の価値としている。そのために、国家権力の行使は、憲法による統制の下におかれる(立憲主義)。憲法改正の議論においては、いかなる改憲案であろうとも、立憲主義という統制のもとで憲法条項の機能を果たすことができるかという観点を忘れてはならない。いやしくも、国家権力に恣意的な運用を許すようなあいまいかつ不明確な規定は、憲法条項としてふさわしくないものと言わなければならない。また、国民の基本的人権を侵害する危険性を拡大するおそれのある改憲案も、憲法の果たすべき役割を考えたとき、これを許すべきではない。

3 このような観点から見たとき、現在議論されている改憲案は、極めて大きな問題を孕んでいると言わざるを得ない。
まず、現行の9条1項2項を維持したまま必要な自衛の措置を認め自衛隊の存在を明記するという改憲案については、必要な自衛の措置の内容や自衛隊の任務・権限の内容について一義的に明確に定められていないのであるから、憲法上許される自衛権の行使の限界について多様な解釈の余地を残している。その結果、現行の9条1項2項が残されたとしても、解釈如何では、自衛隊の活動の範囲が際限なく広がり恒久平和主義を後退させる危険性を孕んでいる。また、立憲主義の見地からは、前述の通りあいまいな規定の結果、必要な自衛の措置の内容や自衛隊の活動を統制する機能を果たしうるか甚だ疑問であるばかりか、逆に自衛隊を憲法上位置づけることによって強い正統性が付与され、その結果として、自衛隊の権限の拡大や基本的人権の制約を招くことが懸念される。現行の9条1項2項を残すとしても、必要な自衛の措置を認め自衛隊を憲法に明記することが権力の統制という観点から見た場合、どのような結果をもたらすのか、そして私たちの生活に、わが国の将来にどのような影響を及ぼすのか、慎重な検討が必要である。
次に、国家緊急権に基づく緊急事態条項については、一時的であるにしても三権分立を停止し、国会の有する立法権や予算制定権を内閣もしくは内閣総理大臣に委ねるものであり、基本的人権を侵害するおそれを大きく広げるものである。大規模災害等が理由とされているが、現行の災害対策基本法などにより法的制度は十分に確立されているとの指摘もあり、改憲の具体的必要性、立法事実が存するのか甚だ疑問であると言わざるを得ない。
 
4 日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、時代を超えた普遍的な価値である。憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定している。憲法改正の議論においても、この観点に基づき、「国民の不断の努力」として、深い十分な議論がなされることが望まれる。いやしくも時の政権や国会での多数派が、その数の力によって拙速かつ強行的に改憲手続を進めることはあってはならないことである。
 
5 また、憲法改正について国民投票が必要であることを定めた憲法96条の趣旨である国民主権は、国民が国家意思の形成に直接的に参与する権利をも認めるものであるが、国民投票さえ実施すればその趣旨が達成されるというものではない。とりわけ、日本国憲法の理念や基本原理に深く関わる改憲案の場合、その是非を判断するために十分な情報が国民に示され、国会や国民の中での検討時間を十分に確保するなど、熟議できる機会が保障されなければならず、それに加え、国民投票も公正・公平な手続を通じて実施されなければならない。
この点において、憲法改正手続法(国民投票法)には、最低投票率の定めのないこと、テレビ・ラジオ等における有料広告が投票期日前14日間のみの禁止にとどまっていること、公務員・教員の国民投票運動の規制の規定があいまいなことなど、検討されるべき課題が未だ残されたままとなっている。この問題は、国民投票年齢を18歳とすることに関連し選挙権を18歳とする公職選挙法の改正がなされたこと以外、この法律の成立時、参議院において18項目の附帯決議で指摘されている点について、ほとんど議論もなされていないことにも示されている。
このままでは、前述した公正・公平な手続としての国民投票が実現できるのか危ぶまれるところであり、憲法改正の重要性に鑑みれば、これらの検討改善が図られないまま、国会での発議、国民投票の実施はすべきではないと考える。
 
6 私たちは、71回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に、改めて思いを致すところである。そして、私たち弁護士は、現憲法の下に存在する弁護士法の定めの意味を改めてかみしめたいと思う。すなわち、私たちは、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする者として(弁護士法第1条第1項)、基本的人権が尊重され、法の支配が貫徹される社会を実現するため、法律制度の改善に一層の努力を続けなければならない(同条第2項)という職業上の責務を実現するべく、憲法改正の議論においてもその職責を果たしていく決意である。
 
2018(平成30)年5月3日

長野県弁護士会      
会 長 金  子   肇  
 

生活保護基準について一切の引き下げを行わないよう求める会長声明

会長声明

(2018-03-14 ・ 173KB)

生活保護基準について一切の引き下げを行わないよう求める会長声明
 
1 厚生労働省は、2017(平成29)年12月14日、社会保障審議会生活保護基準部会がとりまとめた「社会保障審議会生活保護基準部会報告書」を公表した。これを受けて、政府は、生活保護のうち生活費や光熱費などにあたる生活扶助費部分について、2018(平成30)年10月から3年かけて段階的に引き下げ、国が負担する金額で年160億円(1.8%)を削減する方針を決めた。内訳は、児童手当に相当する「児童養育加算」は40億円のプラスとなるが、食費や光熱費に充てる部分が180億円減、ひとり親世帯を対象にした「母子加算」が20億円減になる。
当初、減額幅の大きい都市部や母子世帯などでは生活扶助費が最大13%程度減額されるということであったが、その後、批判を受けて、減額幅を5%程度に縮小するとされた。しかし、引き下げそのものの方針は変わらない。
 
2 今回の基準引き下げの考え方は、生活扶助基準を第1・十分位層(所得階層を10に分けた下位10%の層)の消費水準に合わせるというものである。
しかし、捕捉率(生活保護を利用することができる人のうち実際に制度を利用している人の割合)は15.3%から32.1%にすぎない(2010(平成22)年4月9日付厚生労働省発表の「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」)。すなわち、生活保護を受ける要件があるにもかかわらず生活保護基準以下の収入で生活している世帯も多く、この世帯はこの第1・十分位層に含まれていることになる。また、第1・十分位層の消費水準が最低限度の生活の需要を満たす十分なものであるかどうかの検証は一切行われていない。この点の検証がないまま、生活保護基準以下で暮らす者が含まれる第1・十分位層を生活保護基準との比較対象とする手法で判断すれば、生活保護を受けている層の支給水準も引き下げられることとなり、生活保護基準を際限なく引き下げることになりかねない。この点、2017(平成29)年12月14日に公表された社会保障審議会生活保護基準部会報告書においても、「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、これ以上下回ってはならないという水準の設定についても考える必要がある。」との懸念が示され、また、特に子どもの貧困に関しては、「子どもの健全育成のためには、食費や被服費などの学校外活動以外の費用も必要であり、その部分について一般低所得世帯との均衡だけで考えてしまうと、学校外活動以外の子どもの健全育成に必要な費用が十分に手当されない」との懸念も示されており、前記手法の問題点が指摘されている。
 
3 生活保護基準は、住民税の非課税基準、国民健康保険料の減免基準、介護保険の利用料や保険料の減免基準、就学援助金制度の利用基準、保育料の負担額、日本司法支援センターの民事法律扶助の援助基準など、生活の中の多様な分野の施策に連動し、最低賃金の指標にもなっている。政府は、生活保護を受けていない世帯への支援制度には影響させないようにすると発表したが、2013(平成25)年の基準引き下げの際には、自治体の独自事業である就学援助制度において多くの市区町村で支給基準が下げられ、多数の世帯が対象外となった。同様のことが起こらないとは限らない。生活保護基準の引き下げは、生活保護の手前で生活している中低所得層を直撃し、ひいては国民生活全体の水準を引き下げかねない。前記報告書も、2013(平成25)年の基準引き下げによる他制度への影響は、対象が広範囲に及び「十分な検証を行うことができなかった」とする。十分な検証なしに安易に基準を引き下げるべきではない。
 
4 言うまでもなく、現行の生活保護基準は、利用者に余裕のある贅沢を許すものではなく、保障されるのは「最低限度」の生活にすぎないのであって、その生活の実態は決して楽ではない。
上記引き下げ方針は、低所得者層の生活実態を踏まえない安易な弱者切り捨て政策となりかねず、生活保護世帯をさらに追い詰め、貧困層をより貧困にし、経済的に裕福でない層を中心に国民生活の消費水準全般を下げ、低所得者層の生活に重大な影響を与えるものである。
憲法第25条1項の健康で文化的な最低限度の生活を保障するという趣旨に照らせば、生活保護制度の検証と見直しは、単に第1・十分位層との比較といった引き下げの結論ありきの数字の操作ではなく、生活保護利用者を含む低所得者層の生活の実態を踏まえてなされるべきである。
したがって、当会は、今般の生活保護基準引き下げに強く反対し、一切の引き下げを行わないよう求める。

平成30年3月13日   
長野県弁護士会
会 長 三 浦 守 孝
 

「谷間世代」の不平等の是正措置を求める会長声明

会長声明

(2018-03-14 ・ 111KB)

「谷間世代」の不平等の是正措置を求める会長声明
 
1 2017年(平成29年)4月19日,司法修習生に対して修習給付金を支給する改正裁判所法(以下,本法という。)が成立し,これにより2017年(平成29年)の司法修習生から基本給付金として月額13万5000円,さらに必要に応じて住居給付金(上限3万5000円)及び移転給付金が支給されることになった。
本来,司法制度は,社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラであり,これを担う法曹となる司法修習生は,公費をもって養成されるべきである。このような理念のもとに,我が国では,終戦直後から司法修習生に対し,給与が支払われてきた(給費制)。
しかし,この給費制は,2011年(平成23年)に廃止され,司法修習のために必要な資金を貸与する制度に変更された(以下,貸与金という。)。これ以後の司法修習生は,大学・法科大学院での奨学金債務に加えて,貸与金として数百万円の債務を負担せざるを得ない状況になるなど,重い経済的負担を強いられていた。

2 本法は,これらの問題の解消に資するものであったが,2011年(平成23年)から2016年(平成28年)の間に司法修習生となった人ら(いわゆる「谷間世代」)に対し何らの措置もなされておらず,谷間世代とその他の世代では,司法修習の意義・実態は何も異ならないにもかかわらず,谷間世代のみが重い経済的負担を強いられることになり著しい不平等を生じさせている。この谷間世代は約1万1000人に達し,法曹の全世代の約4分の1を占めており,看過することのできない問題である。また,2017年(平成29年)10月11日に開催された「新65期から第69期までの会員の声を聴く会」において,谷間世代の弁護士からは「貸与金と奨学金を合わせると1000万円を超える。この返還を考えると,無報酬の社会的・公益的活動に積極的に参加することに躊躇を覚える」等の声が上がるなど,法曹が果たすべき基本的人権の擁護や社会正義の実現という使命にも影響が与えかねない状況である。
2011年(平成23年)に司法修習生となり貸与金の支給を受けた人らは、早くも本年7月からその償還を迫られ、経済的負担が顕在化することになる。これらの問題を放置することは,世代間の平等を損なうのみではなく,法曹が果たすべき使命に対する意識まで変容させる危険を孕んでいる。

3 以上のことから,当会は,国会・法務省・最高裁判所に対して,いわゆる谷間世代となった法曹に対し,一律給付などの方法により現在の不平等を是正する措置を講じるとともに,同是正措置が実施されるまでの間,本年7月から開始される貸与金の償還を一律猶予するよう求める。
以上
 
2018年(平成30年)3月13日 
長野県弁護士会  
会長 三 浦 守 孝

いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明

いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明
 
1 政府は,「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」に基づく労働基準法等改正法案(以下,「本法案」という。)を2018年の通常国会に提出する予定であるとしている。本法案には,勤務間インターバル制度の普及・促進や不合理な待遇差を解消するための規定の整備など,評価すべき点もあるが,以下のとおり,重大な問題も存在しており,当会は,本法案の早急な改善を強く求める。

2 いわゆる企画業務型裁量労働制の拡大について
いわゆる企画業務型裁量労働制は,一定の業務に従事する労働者についてみなし時間制を許容するものとして,1998年の労基法改正によって導入されたものである。しかし,労基法が予定する実労働時間に基づく1日8時間,1週40時間の労働時間規制の重大な例外となることから,対象業務が限定されているところ,本法案では,現行法における対象業務を「課題解決型開発提案業務」及び「裁量的にPDCA(事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務)を回す業務」にまで拡大するとされていた。安倍首相らは,本通常国会の衆議院予算委員会において「厚労省の調査によれば,裁量労働制の労働時間は一般よりも短いというデータもある」と答弁において説明していたが,当該「データ」は裁量労働制の人に対し「1日の労働時間」を聞いたのに対し,一般の人に対し「1ヶ月で最も長く働いた日の残業時間」を聞いた結果を比較する不適切なものであったり,明らかに誤りを含んだ回答に基づくデータであることなどが判明したことから,答弁を撤回し,裁量労働制の対象拡大の部分を本法案から切り離すことを決めた。また,政府は,裁量労働制について実態調査をやり直す方針も示している。
しかしながら,労働政策研究・研修機構の調査によると,裁量労働制の1ヶ月の平均労働は一般労働者のそれよりも長く,この調査結果からすると,裁量労働制の導入・拡大によって当該労働者の労働時間が増えることは明らかである。また,ここでいう「課題解決型開発提案業務」「裁量的にPDCA(事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務)を回す業務」は,いずれもその定義が抽象的であり,いったん導入されれば,実際には裁量性を有しない労働者についてまでも広く濫用される可能性が高く,単なる営業部員や小規模な評価管理業務担当者までが企画業務型裁量労働制対象として取り扱われ,本来であれば適用されるべき時間外割増賃金等の保護を受けられない労働者が増加し,際限のない無償の長時間労働にさらされる危険性を有する。
よって,このような改正は今後も到底許容されるべきものではない。

3 いわゆる高度プロフェッショナル制度の導入について
政府は,上記のとおり,裁量労働制についてデータの誤りを認め,この拡大の部分は本法案から切り離したにもかかわらず,いわゆる高度プロフェッショナル制度については本法案に残している。しかしながら,この制度は,対象労働者には労働基準法が定めた,長時間労働を抑止するための規定が適用されないのであるから,対象労働者の長時間労働が助長されることとなる。 政府は,この制度を時間ではなく成果で評価される労働形態の創設としているが,同制度は対象労働者について成果型賃金を採用することを要件とはしていないことに留意する必要がある。また,この制度の対象となる業務の範囲が曖昧であるため,対象業務の範囲が拡大解釈されるおそれが強い。また,本法案では,収入要件を設けて,対象労働者を限定することとしているが,労働時間規制は,労働者の健康の確保をもその趣旨とする以上,高収入を得ているからといって,労働時間規制の適用を除外してよいということにはまったくならないし,将来的に収入要件が引き下げられないという保障はない。収入要件は「厚生労働省令で定める」とされているため,この制度導入後,法律の改正によらず,政令の改正という民主的統制の及びにくい手段により,適用対象となる労働者の範囲を拡大することも容易である。いったんこのような制度が導入されると,今後,経済界からの要請によって,際限なく適用範囲が拡大していくおそれが高い。
よって,高度プロフェッショナル制度の導入についても本法案から切り離し,撤回されるべきである。
 
4 時間外労働時間の限度時間について
本法案においては,現在時間外限度基準告示によって規制されている36協定上の時間外労働時間を法律に格上げし,違反について罰則による規制を盛り込むものであり,この限度において評価できるものである。
しかしながら,本法案においては,通常予見できない業務量の増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合における特例として,時間外労働1ヶ月あたり100時間未満,複数月の平均80時間未満とする労使協定の締結を認めており,この点には,労働者の保護の観点から見て重大な問題がある。
この特例の限度時間については,いわゆる過労死認定基準「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(平成13年12月12日基発第1063号)における過重負荷の有無の判断に際して参考とされる時間外労働時間が念頭に置かれたものと思われるが,同基準はあくまで過労死の労災認定基準であり,これと同様の上限時間を立法化し,合法化するなどということは過労死を惹起しうる危険性の高い長時間の時間外労働を政府が積極的に容認するに等しく,いわゆる過労死等防止対策推進法の理念とも矛盾するものであり,およそ不適切である。
 
5 以上のとおり,本法案については,過労死問題が重要な社会問題となっている中,いずれも労働者の長時間労働をかえって助長し,労働者の待遇を低下させかねない重大な問題を有する改正が含まれており,政府が,過労死問題に取り組む姿勢の真摯性についても疑わざるを得ない内容である。労働基準法をはじめとする労働法令は,「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」(労働基準法1条)との文言どおり,労働者の保護をもっとも重要な目的とすべきものである。この精神に反する改正点を含む本法案は「働き方改革」法案の名に値しないと言わざるを得ない。
当会は,労働者の人権擁護の観点から,上記の点に関する本法案の改善を強く求めるものである。
以 上

平成30年3月10日
 
                            長野県弁護士会    
                            会 長  三 浦 守 孝 
 
 

少年法の適用年齢引き下げに改めて反対する会長声明

少年法の適用年齢引き下げに改めて反対する会長声明
 
第1 声明の趣旨
      当会は、少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることに改めて反対する。
 
第2 声明の理由
1 はじめに
 すでに、当会は、2015年(平成27年)7月6日に少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明を発しているところである。
  しかし、現在、法務省の法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において、少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非を審議していることから、同部会の議論状況に鑑み、改めて本会長声明を発するものである。
 
2 法制審議会における議論状況
 法制審議会において少年法の適用対象年齢の引き下げの是非に関して交わされたこれまでの審議の結果、現行の少年法が18歳及び19歳の少年の健全な育成と更生を図る上において有効に機能していることについては各委員の間においても格別の異論がないものと解される。
 一方、今後、民法の成年年齢が18歳に引き下げられた場合には、民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢が異なることは法的な整合性という観点から問題があるのではないかという指摘がなされてもいる。
 そして、同審議会は、犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法、手続法の整備に関する審議の内容を踏まえ、少年法の適用対象年齢の引き下げの是非についてさらに検討を進めるのが適当であるとして、現在、犯罪者に対する処遇についての審議をしているところである。
 
3 民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢の関係
 当会としては、民法の成年年齢を18歳に引き下げること自体に反対をする会長声明(2017年(平成29年)8月5日)を発しているところであるが、仮に民法の成年年齢が18歳に引き下げられたとしても、そのことを理由として少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げなければならないものではない。
 すなわち、ある法規範の適用対象年齢をどのように定めるかということは、当該法規範の趣旨や目的に照らして個別具体的に検討されるべき問題であり、民法の成年年齢から他の法規範の適用対象年齢が一律に定められるべきものではない。
 このことは、現行法上も、婚姻可能年齢(男性18歳、女性16歳)、喫煙・飲酒可能年齢(20歳)、被選挙権年齢(衆議院25歳、参議院30歳)といったように、法規範ごとに適用対象年齢が異なっていることを見ても明らかである。
 そして、民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢の関係についても、戦前の旧少年法においては適用対象年齢を18歳未満と定めており、民法上の成年年齢(20歳)とは一致していなかったことを見ても両者が必ずしも一致しなければならない性質のものではないことが分かる。なお、その後、少年法の適用対象年齢が20歳未満に引き上げられたが、それは少年法が果たすべき役割の重要性からして18歳及び19歳の者に対しても少年法を適用することが望ましいという理由によるものであって、民法上の成年年齢と合致させるべきであるとの理由によるものではなかったと理解されている。
 一方、民法の成年年齢に達した者に対して少年法を適用することは過度なパターナリズム(保護主義)であるとの指摘もある。
 しかし、少年法上の処遇はパターナリズムという観点のみではなく、少年の健全な育成を通じて再犯の防止を図ることなども含めた総合的な刑事政策的観点に基づいて理解されるべきものであり、民法の成年年齢に達した者に対して少年法を適用することが過度なパターナリズムに当たるものであると単純に解することはできない。
 現行法上も、婚姻により成年擬制がされていても20歳未満であれば少年法が適用されているが、これが過度なパターナリズムによるものであるとして特に問題とされているものではない。
 
4 少年法の適用対象年齢を引き下げる立法事実がないこと
 少年法の適用対象年齢を引き下げるか否かという問題は、少年の健全な育成と更生を図るという少年法の目的を達成する上で適用対象年齢を引き下げることが有効か否かという観点から検討されるべき問題である。
 そして、現行の少年法は18歳及び19歳の少年の健全な育成と更生を図る上において極めて有効に機能しているということができる。
 すなわち、現行の少年法においては、いわゆる全件送致主義のもと、20歳以上の者であれば微罪処分や起訴猶予処分にされてしまうような比較的軽微な事件についても家庭裁判所による調査の対象として、心理学や社会学などの専門的知見を有する家庭裁判所調査官が行動科学(医学、心理学、教育学、社会学、社会福祉学等)の知識や技法を活用して、非行の経緯、動機、態様のみならず、少年の生育歴、家庭環境、生活状況、交友関係、心身の状態等を総合的に調査し、少年が非行に至った原因とその背景(非行メカニズム)を科学的に解明するとともに、再非行に至る危険性の予測をした上で、少年の更生と健全な育成を図り、再非行を防止するための教育的な働きかけを行っているところである。
 また、一定の場合には家庭裁判所裁判官の観護措置決定に基づいて少年を一定期間少年鑑別所に収容し、専門家である法務(心理)技官や法務教官及び医師が、24時間体制での行動観察や面接、心理検査、検診等を行って少年の性格や資質などの鑑別をしている。
 さらに、弁護士が少年の付添人に選任された場合には、付添人の立場からも非行の原因や背景を調査するとともに少年の更生と立ち直りを図り、再非行を防止するため、少年に寄り添いつつ少年自身の内省が深まるように働きかけをしたり、家庭環境や生活環境の改善を図るために被害者や少年の親をはじめとする関係者との調整を行ったりしているのである。
 これらの多面的で重層的な調査、鑑別と働きかけがなされることによって、これまでに多くの少年がそれぞれに抱えてきた問題を認識し、それを克服しようと努力をして立ち直っていくことができ、その結果として再非行も防止されてきたということができる。
 このように、現行の少年法は、18歳及び19歳の者を含む少年の健全な育成と更生を図るという同法の目的を達成する上において極めて有効に機能してきたのであって、少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げて18歳及び19歳の者を少年法上の処遇から除外しなければならない事情(立法事実)が存在しないことは明らかである。
 むしろ、18歳及び19歳の者が少年法上の処遇から除外されることによって更生をする機会が失われて再犯のリスクが高まることが容易に予想され、社会の安全にとっても深刻な悪影響をもたらしかねないことは2015年の前記会長声明においても指摘したとおりである。
 
5 厳罰化すべき必要性がないこと
 以上に対して、18歳及び19歳の者を少年法上の処遇から除外することによって、これらの者の大人としての自覚を促し、その結果としてこれらの者の健全な育成と犯罪の抑止が図られるとする意見も見られる。
 しかし、2015年の前記会長声明でも指摘したように、現行の少年法においては、故意の犯罪により人を死亡させた重大事件については、原則として裁判員裁判を経て刑事罰を科すものとされ、行為時に18歳以上の少年については死刑判決を選択することも可能とされているほか、平成26年には、少年に適用される刑の上限を引き上げる法改正もなされたばかりである。
 このように、現行の少年法を前提としても、少年に対し、その犯した罪に応じた刑事罰を科すことは十分に可能なのであって、上記法改正の効果についての然るべき検証もなされないままにさらなる厳罰化をすることは立法事実を欠くものであって適切ではないと言わざるを得ない。
 
6 刑事政策的措置について
 前記のように、法制審議会では、犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法、手続法の整備に関する審議の内容を踏まえた上で、さらに少年法の適用対象年齢引き下げの是非についての検討を進めるのが適当であるとして、現在、犯罪者に対する処遇についての審議を進めている。
 もとより、現行法制上における刑事政策的措置については20歳に達した途端に少年法に基づく調査や教育的処遇を受けられなくなるなどの点で、改善・充実すべき課題が少なくないことはたしかである。
 しかし、これらの課題については、本来、少年法の適用年齢対象を引き下げるか否かという問題とは切り離して、十分な時間をかけて慎重に検討されるべきものであり、少年法の適用対象年齢を引き下げるための手当てという観点からこの問題を議論するのであれば、それは引き下げという結論ありきの議論であると言わざるを得ない。
 
7 結論
 以上のとおりであるから、当会は、少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに改めて反対するものである。
 
以上
2018年(平成30年)1月30日
長野県弁護士会会長 三 浦 守 孝
 

長野県教委「学校における働き方改革推進のための基本方針」についての会長声明

会長声明

(2017-12-18 ・ 131KB)

長野県教委「学校における働き方改革推進のための基本方針」についての会長声明
 
1 本年11月15日,長野県教育委員会は,「学校における働き方改革推進のための基本方針」(以下,「方針」という。)を決定した。
方針は,公立小中学校の教員において,質の高い授業を実現すること,教員の長時間勤務(長時間労働)を改善することを目標としており,当会は,特に教員の過労状況の改善という観点から,方針の示した取組について賛成する。
当会は,このような意欲的な取組を長野県教育委員会が方針として掲げたことを高く評価し,子どもらの教育を担うべき志の高い有為な人材が,安心して教員を目指すことができるような環境整備の点からも,その速やかな実現を期待するものである。

2 その上で,当会は,方針に関し,以下の各点にも十分な留意が払われ,方針の掲げる目標に照らし,真に実効的な取組がなされることを期待する。
 
(1)教員の時間外労働時間について
方針でも指摘されているとおり,教員の長時間勤務の実態は深刻である。相当数の教員が,いわゆる過労死認定ラインとされる1ヶ月80時間超(発症前2か月間ないし6か月間における時間外労働)の時間外労働時間の負担にさらされている現状は,直ちに改善されなければならない。そのために,方針が1ヶ月の時間外労働について年間を通じて,原則45時間以下とするとの目標を掲げたことは,大いに評価されるべきところである。そして,そのためには,方針でも触れられているとおり,教員が本来的に担うべき業務を精選し,スリム化,効率化を図ることが必要不可欠である。
また,方針でも指摘されているとおり,教員の労働時間が客観的かつ適切な方法で把握されることも必要不可欠である。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」及び「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」においては,原則として使用者が自ら現認するか,タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として労働時間を把握することを求めており,自己申告制については客観性の担保が十分でないため,例外的なものとされている。教員についても,上記同様に,タイムカード等の機械的,客観的な記録方法によって教員の労働時間を把握すべきであり,自己申告制は採用すべきではない。
また,教員についてはいわゆる持ち帰り残業が少なくないことも指摘されており,表面的な時間外労働時間が短縮されたとしても,その分自宅等での持ち帰り残業が増えるだけとなる,といった方針の趣旨に反する事態が起らないよう,十分に留意する必要がある。仮に持ち帰り残業を行わざるを得ない場合には,その時間も含めて労働時間を算定することで,適正に労働時間を把握すべきである。

(2)部活動指導の負担軽減について
業務の分業化について,方針では,部活動指導員やスクールサポートスタッフの活用が指摘されているところ,その場合に必要な予算措置を確保することが重要であると考えられるため,予算面での裏付けが実効的になされるべきである。また,朝練廃止を含めた部活動指導の負担軽減については,保護者の理解も必要であるところ,教員もひとりの労働者であるという観点が保護者側においても十分共有されることを期待したい。なお,部活動に関する取組として,方針において中長期的な取組として指摘されている総合型地域スポーツクラブの設立や部活動の学校合同チームによる練習環境の整備,地域の指導者の育成などの地域の取組への支援についても,子どもたちの部活動への意欲に応えうるような仕組み作りを期待したい。
 
(3)教員の労働実態についての調査検証
今後も教員の労働実態については,適切な調査を継続的に行い,その結果を踏まえた検証を行うとともに,調査・検証の結果を,適時に県民に向けて公表されたい。
 
平成29年12月9日
                            長野県弁護士会   
                            会 長 三 浦 守 孝
 
 

長野家庭裁判所佐久支部に関する総会決議

2017年(平成29)年11月25日、当会は、「長野家庭裁判所佐久支部において、調査官の常駐、少年審判の取扱い、及び庁舎の建替えを求める総会決議」を採択致しました。
 
決議の趣旨は、下記の通りです。
近年の家事事件の増加、家庭裁判所の役割の重要性に鑑み、地域の司法制度が地域の住民にとって「より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるよう、どの地域の住民であってもあまねく共通の司法サービスを受けることができるように、当会及び当会会員が一丸となって活動を継続していくことを決意するとともに、裁判所及び国に対して以下の施策の実現を求める。
1 長野家庭裁判所佐久支部において、直ちに家庭裁判所調査官を常駐させること。
2 長野家庭裁判所佐久支部において、直ちに少年事件を取り扱うこと。
3 長野地方・家庭裁判所佐久支部・佐久簡易裁判所庁舎を早期に建て替えること。
4 全国の裁判所における人的物的基盤の充実にともなう支出に対応するため、司法予算を大幅に増額させること。
 
決議の理由は、上記PDFファイルをご覧下さい。

平成29年司法試験合格発表についての会長声明

平成29年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月12日、司法試験の最終合格者が発表された。当会は、新たに法曹となる合格者を歓迎し、今後の司法修習、実務でのOJTを通じて、法律実務家として大きく成長されることを期待する。

2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は市民の権利義務と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験を適切に運営して法曹の質を確保することは、市民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との重要な留保を付している。
 
3 司法試験の在り方について、当会は、弁護士の急増政策に基づく急増現象により、弁護士業務の過度の商業化やOJT不足が危惧されること、法曹志願者激減に伴う司法試験の機能不全が懸念されること、弁護士制度の国家資格制度としての安定性と確実性が損なわれていることを指摘して、弁護士増加ペースを緩めるべく、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議を行った(平成29年6月24日)。また、本年の合格発表に先立ち、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うよう求める会長声明を発した(同年7月8日)。
 
4 ところが、本年の司法試験合格者数は1543人とされた。長年にわたり裁判官及び検察官の採用人数が抑制されている現状では、司法試験合格者の大多数が弁護士登録を行うこととなるが、今後も現在のペースで弁護士数の増加が進む場合、当会が総会決議で指摘した諸弊害は、一層増大するおそれがある。
 
5 さらに、たとえば、直近3年間に比較すると、合格率は平成26年が22.58%、平成27年が23.08%、平成28年が22.95%と推移してきたところ、本年の合格率は25.86%となって約3%上昇した。
また、合格点は、平成26年が770点、平成27年が835点、平成28年が880点、本年が800点であるのに対し、全受験者の総合点について、各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値を見ると(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は中央値より低い総合点であったと擬制している。)、平成26年が604点、平成27年が679点、平成28年が725点、本年が659点であって、合格点と前記中央値の差が、本年は直近3年間に比較して14点~25点縮減している。
これらの数値的変化は、各年の受験者全体の得点状況との対比において本年は合格ラインが下がったことを示すが、法曹志願者が激減している現状等からは、本年の受験者全体の試験の解答能力が昨年までに比べて急に上昇したものとは考えにくいことからすれば、本年の合格ラインは、絶対評価としても低下した可能性が高い。そして、かかる現象は、司法試験の受験者数が大幅に減少している状況下で、合格者数は昨年並みの1500人台としたために生じたものと言わざるを得ない。
以上からすれば、本年の司法試験の合格判定は、上記法曹養成制度改革推進会議の取りまとめとしての「1500人程度以上」に拘泥し、合格ラインを意図的に引き下げた可能性が高い。
政府が、法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視し、「法曹の質の確保」という上記取りまとめの重要な留保を無視したのではないかとの疑義を免れない。
 
6 よって、当会は、本年の司法試験合格判定の適切性に懸念を表明するとともに、引き続き政府に対し、司法試験合格者数の更なる削減と厳正な合格判定の実施を求める。
 
平成29年10月20日
 
                            長野県弁護士会  
                            会長 三 浦 守 孝
 

地方消費者行政の一層の強化を求める意見書

地方消費者行政の一層の強化を求める意見書
 
第1 意見の趣旨
1 国は、地方公共団体の消費者行政の体制・機能強化を推進するための特定財源である「地方消費者行政推進交付金」の実施要領について、2017年度(平成29年度)までの新規事業に適用対象を限定している点を、2018年度(平成30年度)以降の新規事業に適用対象を含めるよう改正するとともに、消費者行政の相談体制、啓発教育体制、執行体制等の基盤拡充に関する事業を適用対象に含めるよう改正し、同交付金を少なくとも今後10年程度は継続すべきである。

2 国は、地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち、消費生活相談情報の登録事務、重大事故情報の通知事務、違反業者への行政処分事務、適格消費者団体の活動支援事務など、国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について、地方財政法第10条を改正して国が恒久的に財政負担する事務として位置付けるべきである。

3 国は、地方消費者行政における法執行、啓発・地域連携等の企画立案、他部署・他機関との連絡調整、商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け、実効性ある施策を講ずべきである。
 
第2 意見の理由
1 地方消費者行政推進のための交付金の継続について
平成21年の消費者庁の創設及び「地方消費者行政活性化交付金」等の交付措置により、消費生活センターの設置数は501箇所(平成21年度)から799箇所に増加し(平成29年版消費者白書252頁)、平成27年末までにすべての地方自治体が何らかの消費生活相談窓口を設置するに至るなど、地方自治体の消費生活相談体制が整備されてきた。この間、地方消費者行政活性化交付金は、地方消費者行政推進交付金に変更して継続され、消費生活相談体制の整備・拡充に寄与してきている。
現在の地方消費者行政推進交付金の実施要領は、2017年度までの新規事業を適用対象事業として限定的に定め、かつ、対象となる推進事業ごとに活動期限を設定しており、地方において事業を継続するためには、期限が切れる事業から順次、自主財源化していく必要がある。ところが、ほとんどの地方公共団体の政策判断は消費者行政重視に向けて転換しておらず、また、地方財政の実情の厳しさから、財源を捻出することは容易ではない。地方自治体にとって、地方消費者行政推進交付金に代わって、地方消費者行政の体制整備・拡充を支えるだけの自主財源を確保することは困難である。このような状況下では、年々、新たな消費者問題、とりわけ高齢者の消費者被害が深刻さを増す現状に対応することはできなくなる。
以上を踏まえると、地方消費行政推進交付金の実施要領を改正し、2018年以降の新規事業も適用対象に加えるべきである。
さらに、消費生活相談体制の充実・強化とともに被害防止のための出前啓発講座等の啓発活動や悪質業者排除の法執行が一層重要となっていることに鑑み、消費生活相談員の増員及び専門性向上等の人的基盤強化についても、適用対象に位置付けるべきである。そして、これまで、8年間の地方消費者行政に対する交付金の給付によっても最低限の体制整備が未達成であることに鑑み、少なくとも同交付金を今後10年間は継続する必要がある。

2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担について
消費生活情報のPIO-NET登録、重大事故情報の通知、法令違反業者への行政処分、適格消費者団体の差止関係業務などは、国と地方公共団体相互に利害関係がある事務であり、消費者被害防止のために全国的な水準を向上させる必要がある。そこで、これら国と地方公共団体相互に利害関係がある事務については、地方財政法弟10条を改正し、国が恒久的に財政負担する事務とすべきである。
なお、適格消費者団体の活動への国の財政支援は、地域の民間団体の実情に応じて支援する必要があるため、基本的に、都道府県を通じた支援として実施することが相当である。

3 地方消費者行政職員の増員と資質向上について
今後の地方消費者行政の役割は、地方公共団体内の他部署との連携による高齢者見守りネットワークの構築や官民連携によるきめ細やかな消費者啓発・見守りの実施が重要課題とされている。また、違法な事業活動に対する法執行件数が減少している現状や、商品事故に関する原因究明や商品テスト担当職員が減少している現状に鑑みれば、消費者行政担当職員の配置と専門性向上の施策も重要な課題である。
国は、地方消費者行政の担当職員の職務が、法執行部門、啓発・教育分野、地域連携の企画推進分野、他部署・他機関との連携調整など、多様な課題を担う必要があることを踏まえ、職員の増員及び資質向上に向け、具体的な政策を検討すべきである。
 
2017年(平成29)年9月2日

長野県弁護士会
会長   三  浦  守  孝

民法の成年年齢引下げに関する会長声明

民法の成年年齢引下げに関する会長声明
 
1 現在,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げようとする動きが具体化しているが,その必要性や消費者被害をはじめとする引下げに伴う諸問題に対する施策が十分に検討されているとは言い難く,当会は,成年年齢引下げを内容とする民法改正に反対する。

2 若年者は社会経験の不足等から,契約に必要な知識又は経験を十分に有しているとは言い難く,様々な消費者契約の被害者となっている。
現行民法は,20歳未満の未成年者の保護を図るため,未成年者が法定代理人の同意なく締結した契約等の法律行為については,契約を取り消すことができると規定する(民法第5条第2項)。
民法上の成年年齢を18歳に引き下げることは,18歳,19歳の若年者に行為能力を付与し,法定代理人の同意なく単独で有効な法律行為を行うことを可能にする反面,未成年者を保護するための上記取消権を失わせるものである。
民法の成年年齢の引下げについて,法制審議会が平成21年10月28日に採択した「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」は,若年者の消費者トラブルの現状について,①消費生活センター等に寄せられている相談のうち,契約当事者が18歳から22歳までの相談件数は,全体からみると割合は少ないものの,20歳になると相談件数が急増するという特徴があること,②悪質な業者が,20歳の誕生日の翌日を狙って取引を誘いかける事例が多いこと,③携帯電話やインターネットの普及により,若年者が必要もないのに高額な取引を行ってしまうリスクが増大していること,④若年者の消費者被害は学校などで連鎖して広がるなどの特徴があり,特に上記①及び②の事情からすると,未成年者取消権の存在が悪質業者に対する大きな抑止力になっていると考えられることから,民法の成年年齢が18歳に引き下げられ,18歳,19歳の若年者が未成年者取消権を失えば,悪質業者のターゲットとされ,不必要に高額な契約をさせられたり,マルチ商法等の被害が広まるおそれがあるなど,18歳,19歳の若年者の消費者被害が拡大する危険があると指摘している。
 
3 民法の成年年齢の引下げには,かかる重大な問題が存在する以上,引下げを行うには,未成年者取消権に代わり,悪質業者に対して抑止効果を持ち,消費者被害に遭ったとしても容易に被害回復することを可能とする消費者保護ルールの構築等を十分に検討し,実現することが必要不可欠である。
上記最終報告書も,成年年齢の引下げは消費者被害拡大等の問題があり,消費者被害が拡大しないよう消費者保護施策の更なる充実を図る必要があると指摘し,消費者保護施策や消費者関係教育の充実等の具体的な施策を求めているうえ,消費被害拡大防止のための有効な施策の充実が成年年齢の引下げを行う条件であるとしている。
しかし,現状では,消費者保護ルールの構築やその他の有効な施策は実現しておらず,このような状況下で,成年年齢を18歳に引き下げれば,18歳,19歳の若年者の消費者被害拡大を招く危険があり,若年者の十分な保護は図られない。
 
4 また,消費者被害のほかにも,離婚の際の未成年者の養育費が早期に打ち切られてしまうおそれや,未成年者に不利な労働契約の解除権(労働基準法第58条第2項)の喪失により若年労働者の保護の範囲が狭められてしまうなどの,成年年齢の引下げに伴う様々な問題点も指摘されているが,これらの問題点についても十分な検討や対策がなされているとはいえない。
 
5 よって,成年年齢を18歳に引き下げた場合に生じる上記問題点に対し,十分な検討や有効な施策が実現されていない以上,民法の成年年齢を引き下げることに反対するものである。
 
2017年(平成29)年8月5日

長野県弁護士会    
会長   三  浦 守 孝

平成29年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2017-07-13 ・ 92KB)

平成29年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 司法試験をめぐる志願者減少が著しい。
平成29年度の法科大学院志願者数(延べ人数)は8,159名(前年度比119名減),入学者数は1,704名(同153名減)に,同年の司法試験出願者数は6,716名(同1,014名減),受験者数は5,967名(同932名減)にまで落ち込んだ。
ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),司法試験出願者数が11,892名(平成23年)であったことを考えると,上記のとおりの法曹志願者の減少は激減というべき状況にあり看過できない。
このような法曹志願者激減の原因については,法科大学院修了を受験資格要件としたことで多額の学費や時間的コストを要することになった反面,司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について,現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による就職難や,弁護士の職業的魅力の低下等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。多くの時間的,経済的コストを課しておきながら将来に不安がつきまとうといった現在の制度設計では,有為な人材が法曹という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務や社会正義に深く関わるものであり,その司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保にも懸念が生じる。
法曹養成制度改革推進会議は,平成27年6月,司法試験の合格者数を年間1500人程度以上とする検討結果を取りまとめた。しかし,司法試験出願者が激減している現状の下で,単に上記方針通りの合格者数を確保するために合格ラインが下げられてしまうなら,司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ,合格者の質を制度的に担保できない事態も想定される。このような事態は,上記取りまとめにおいて示されている「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べき,との方針にも反することとなる。
したがって,今後の司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。

3 以上から,当会は平成29年司法試験の合格判定にあたって,1500人程度以上とされる合格者数の確保が優先されるべきではなく,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを求める。
 
 
平成29年7月8日
 
長野県弁護士会          
会長 三 浦 守 孝       

適正な弁護士数に関する決議

適正な弁護士数に関する決議

第1 決議の趣旨
当会は、政府に対し、平成29年度以降、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める。

第2 決議の理由
1 弁護士数が過剰となったこと
(1)弁護士数の増加状況
政府は、平成14年3月、今後法的需要が増大し続けるとの予測のもと、「平成22年ころには司法試験の合格者数を年間3000人程度とすることを目指す。」とする司法制度改革推進計画を閣議決定した。
この結果、司法試験合格者数は年々増加し、平成19年から平成25年には2000人を超えた。平成26年、平成27年には1800人台となったものの、平成14年当時1万8838人であった弁護士数は、平成29年5月1日現在で3万9011人と倍増した。
この間、裁判官の数は平成14年時点で2288人、平成28年時点で2755人と約20%の増加、検察官の数は平成14年時点で1484人、平成28年時点で1930人と約30%の増加であるのに対し、弁護士の数は約106%増加した。
(2)法的需要予測の見込み違い
ところが、法的需要が増大するという政府の予測は大きく外れ、平成18年度以降、裁判所の全新受事件数は、過払訴訟の影響を考慮しても明らかに減少傾向にある(平成18年-約500万件、平成22年-約430万件、平成26年-約350万件)。法律相談件数も、平成18年から平成25年まで年間約60万件と横ばいで推移し、増加傾向は全く見られない(弁護士会法律相談センター、法テラス、自治体の弁護士相談の総計)。
たしかに、弁護士の増加に伴いゼロワン地域が解消されたこと、刑事国選事件や民事扶助事件への対応の充実が見られることについては、一定の評価がなされるべきである。
しかし、現在では、仮に弁護士過疎地が一部残っているとしても、過疎地開業支援等の施策により対処すべきであって、弁護士数の単純増により対処すべき性質のものではないし、新たな分野で弁護士が必要とされていく可能性が皆無でないとしても、不確かな憶測を含むものであって、現在のような急激な増員を要するほどの実例が存在しているとはいえないから、これらを理由に更に弁護士を増加させる必要性は見いだせない。
(3)弁護士数の過剰
かかる状況に鑑み、富山県議会、佐賀県議会をはじめ各地の地方議会が、弁護士数はすでに過剰であるとの認識を明示したうえ、法曹人口政策の早期見直しを求める内容の決議等をなしており、長野県議会においても、昨年、弁護士人口は飽和状態にあるとして同様の決議を行っているところである。
弁護士が倍増しても訴訟や法律相談の件数が増えず、新たな分野で必要とされる実例も特段確認されていないということは、もともと社会は、これほどに多くの弁護士を必要としていなかったことに他ならない。
平成14年の閣議決定以降の推移と現状を踏まえる限り、各地の地方議会が指摘するとおり、現在、弁護士は、利用者たる市民が必要とする数を明らかに超えて増え続けており、それによる弊害を直視した対応が検討されなければならないのである。
 
2 弁護士数の過剰により弊害が生じていること
(1)弁護士の使命の達成が危うくなること
  弁護士は、基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする(弁護士法1条1項)。しかしながら、弁護士数の過剰は、弁護士間の過当競争を招き、事務所経営や生活防衛のために目先の利潤を追求する傾向を強め、事件漁りや無用な訴訟への誘導、過度に高額な費用請求などが生じて市民が害される事態が危惧される。
また、弁護士には、その使命の達成のために職務の自由と独立が要請され、依頼者の「正当な利益」を実現すべきであるとされ、ときに依頼者に対しても公共的・公益的見地からの説得を試みる役割が期待される(弁護士職務基本規程第2条、第21条)。しかしながら、顧客獲得競争が激化して目先の利潤を追求する傾向が強まれば、昨今、恫喝や報復を目的として法外な請求を行なう「スラップ訴訟」の実例が報告されるように、依頼者の要求に無批判に迎合し、人権擁護や社会正義を無視した業務遂行を生みかねない。
そして、弁護士の使命を達成しようとすれば、国家権力から独立し、ときには対峙してでも市民の側に立つことを要することから、我が国では、弁護士の資格審査や懲戒を行政官庁等の監督に服させず弁護士の自律に委ねる弁護士自治が採用されている。しかしながら、弁護士業務が過度に商業化し、公共的・公益的性格が失われれば、「国家権力からの独立」は実際上の意義を失い、弁護士自治の存立基盤を危うくすること必至である。
かように、弁護士数過剰の状況は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命の達成を危うくし、我が国の弁護士制度を根底から揺るがしているのである。
(2)若手弁護士の研鑽の機会が失われていること
弁護士数の過剰を背景として、弁護士登録後に勤務弁護士として研鑽を積むことを望みながら即独やノキ弁に甘んじ、十分なOJT(on the job training)の機会を得られない新人弁護士は後を絶たない。(新人弁護士の就職難の状況は、司法修習修了後の一括登録時点の未登録者割合に顕れると言われている。平成19年度には3.3%であったものが、平成22年度に11%、平成23年度に20.1%、平成24年度に26.3%、平成25年度に28%、平成26年度に27.9%となっている(いずれも現行司法試験合格者の数値)。)
法律専門家としての技能や倫理を会得する機会を十分に持たない弁護士が実務に当たれば、市民に深刻な影響を与えることが危惧されると言わざるを得ない。
(3)法曹志願者が激減していること
弁護士数の過剰を背景として、近年、法曹志願者は目に見えて激減している。法科大学院志願者は、以下のとおり、減少傾向が顕著である。大学受験生の法学部離れも顕著であり、法曹界が有為な人材を確保することは困難となっている。
さらに、現在では大半の法科大学院が深刻な定員割れを起こし、現行の法曹養成制度が掲げる育成機能の充実は期待しがたいうえに、法科大学院入学者数が司法試験合格者数に接近しつつあり、このような状況下で、後述の法曹養成制度改革推進会議の取りまとめが示唆するように1500人以上の合格者数を墨守した場合、試験制度としての正常な選抜機能が働かない事態が危惧される。
 
年度法科大学院全志願者数(延べ人数)入学者数
平成16年度72,8005,767
平成19年度45,2075,713
平成22年度24,0144,122
平成25年度13,9242,698
平成27年度10,3702,201
平成28年度8,2781,857
平成29年度8,1591,704
 
今後もかかる事態が続けば、裁判官、検察官、弁護士の平均的な質が、長期的かつ慢性的に低下していくことが憂慮されざるを得ないのである。法曹三者が、憲法をはじめとする法の運用、解釈を通じて、市民の人権を直接的に取り扱う職責を担っていることに鑑みれば、このような法曹三者の平均的な質の低下は、回避しなければならない。
(4)国家資格制度としての安定性・確実性を損なうこと
そもそも我が国が弁護士について国家資格制度を採用するのは、市民の人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の重大な使命に鑑みて、高度な専門性や技術、見識を担保する必要があることによるものであり、利用者たる市民においては、必ずしも弁護士の技能や適性を十分に判断しえないことから、国家の責務としてその資格付与の条件を適切に整備し、誰もが安心して弁護士に相談・依頼できる状況を維持するためである。
特段専門的な情報や判断力を持たない一般市民においても、安心して弁護士に相談、依頼できる資格制度を構築し維持することが重要であり、一般市民の権利利益の保護に資するものである。
ところが、弁護士急増政策は上記の各弊害を生み出し、市民が本来的に国家資格制度に求める安定性と確実性を損ねる事態を招いているのである。
公認会計士についても、過剰な増員による弊害が生じ、国家資格の安定性・確実性が維持できない事態を招いたため、公認会計士試験の合格者数が政策的に減員されたとおり、国家資格の安定性等を合格者数の調整によって回復することは法曹界に特有の事態でもない。
3 当会が改めて総会決議を行なう理由
(1)平成22年度総会決議後の経緯
当会は、平成22年11月20日の臨時総会において、「政府に対し、司法試験合格者数を年間3000人程度とする政策について直ちに見直し、司法試験合格者数を段階的に削減し、弁護士人口が4万人に達した以降、これを維持するため、司法試験合格者数年間1000人程度とする法律制度の運用を求める」との総会決議をなした。
この決議は、当時すでに現われていた若手弁護士のOJT不足その他の弁護士急増の弊害を挙げたうえ、弁護士総数を約4万人で均衡させるべく、増員ペースの緩和を求めるものであった。
しかるに、政府は、平成25年7月、司法試験合格者数3000人を目指す方針は撤回したものの、平成27年6月30日の法曹養成制度改革推進会議の取りまとめにおいて、「法曹人口は、全体として今後も増加させていくことが相当である」とし、司法試験合格者数について、今後も「1500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め」るべきであるとした。
政府はこのように、当会の平成22年総会決議後も弁護士の急増ペースを抜本的に見直すことをせず、その結果、弁護士数は3万9011人に増加している(本年5月1日現在)。
(2)弁護士数の将来予測
平成28年度の司法試験合格者は1583人であったが、今後も同様に約1500人の合格者数を維持すれば、弁護士数は1、2年のうちに4万人を超え、平成55年には推計6万人を超える(弁護士白書2016年版)。そうなれば、我が国の人口減少傾向とあいまって、弁護士数の過剰による上記各弊害が一層拡大することは目に見えており、基本的人権の擁護や社会正義の実現という弁護士の使命は見失われ、弁護士業務への信頼は失墜し、弁護士自治を崩壊させていくおそれすらある。
司法試験合格者が本年度以降毎年1000人で推移するとしても、弁護士数は今後も増加し、平成53年におよそ4万9500人になると推計され、我が国の人口減少傾向を考慮すると、弁護士一人当たりの国民数は、現在より約1000人少ない約2100人となると推計されるものであるから(弁護士白書2016等に基づくシミュレーション)、本決議の趣旨が実現された場合、弁護士急増による弊害が緩和されこそすれ、市民にとって弁護士が不足するとの懸念は皆無である。

4 むすび
以上のとおり、我々弁護士が、基本的人権の擁護と社会正義の実現という本来の使命を果たし、弁護士資格制度の安定性と確実性を維持し、そして弁護士自治を維持して市民の権利利益を護り続けるためには、弁護士数が適正に維持されることが絶対不可欠である。我々弁護士が、国家権力から独立し、ときには対峙してでも、市民の側に立つべきその足場の崩壊を招くおそれある弁護士の過剰増員は、このような観点から改められなければならない。
したがって、平成29年度以降、司法試験の年間合格者を1000人以下とすべきである。

平成29年6月24日                                    
長野県弁護士会総会
 

いわゆる共謀罪法案の成立に強く抗議し,その廃止を求める会長声明

(2017-06-27 ・ 200KB)

いわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法の成立に強く抗議し,その廃止を求める会長声明

いわゆる共謀罪法案(共謀罪の創設を含む組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)が,2017年6月15日,参議院本会議で可決され,成立した。当会は,これに強く抗議するとともに,成立した共謀罪を速やかに廃止することを求める。
我が国は,個人の尊厳を究極の価値として,基本的人権の尊重,国民主権(民主主義),恒久平和主義を基本的な原理とする日本国憲法を制定した。
民主主義の健全な発展にとって,国家権力を監視し,その在り方を自由に批判することは必要不可欠な要素である。市民が自由に国家権力を批判するには,立憲主義や三権分立などの制度と並び,市民に対して思想・良心の自由や表現の自由,集会・結社の自由などの精神的自由権及びプライバシーの権利が保障されることが最低限の条件となる。
今回成立した共謀罪は,日本国憲法が保障するこれらの重要な自由権を市民から奪うおそれがあり,市民活動に著しい萎縮効果を与え,民主主義の重大な脅威となる。当会は,そのことを危惧し,既に本年5月24日に会長談話を発表するなどし,強く訴えてきた。また,全国の弁護士会,数多くの学者や市民団体等が訴えてきたように,共謀罪は既遂の処罰を原則とする近代刑法の前提を大きく逸脱し,一般市民の内心の意思を処罰する監視社会を招来し,市民の日常生活を萎縮させる危険がある。すなわち,共謀罪が成立したことにより,捜査機関は共謀罪の捜査を名目に,実際に犯罪に着手して法益が侵害される遥か以前から捜査を行う根拠を獲得し,昨年12月1日から施行されている通信傍受の対象犯罪の拡大と相まって,電話,メール,SNSなど市民の日常生活をターゲットにした早い段階からの捜査を行うことが可能となった。さらに,司法取引制度が施行されれば,自己の処罰減免を得る目的で,他人との共謀を認める虚偽自白を誘発する危険性も高まるおそれがある。このような捜査権限の拡大により,市民の正当な政治活動や労働組合活動,その他の活動が萎縮し,ひいては捜査機関による監視対象となってプライバシーの権利が侵害されるという懸念から市民の日常生活までもが萎縮する,深刻な監視社会が到来する。
また,繰り返し指摘されてきたように,共謀罪の「組織的犯罪集団」「計画」「準備行為」などの規定は,文言上極めて曖昧であるがゆえ,権力により拡大解釈される危険性があり,市民の自由を保障するために処罰の範囲をあらかじめ明示する罪刑法定主義にも反するおそれの高いものである。
そして,政府が共謀罪を導入する目的として,国際組織犯罪防止条約の締結とテロ対策を掲げてきた。しかし,前者については,同条約の立法ガイドが,各締結国の国内法の基本原則に基づいて必要な措置を取ることを許容しており,立法裁量が広いことは明らかであり,同条約を締結するにあたって我が国が共謀罪を制定する必要はない。後者についても,国際組織犯罪防止条約の目的にテロ対策が含まれないことは,同条約に関する国連の立法ガイド26パラグラフが明確に規定し,同ガイドを作成した国際刑法の専門家であるニコス・パッサス教授もこのことを明言している。また,我が国では公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律によってテロ行為の計画段階は既に犯罪化されており,銃器や刃物の所持を規制する銃砲刀剣類等処罰法等の実体法が存在するだけでなく,13ものテロ防止に関連する条約を締結しており,テロ対策についてはすでに立法的な手当がなされていることから,テロ対策のために新たに共謀罪を制定する必要はない。
このように数多くの問題を抱えた共謀罪は,その問題点に関する疑問や市民が抱く不安を解消するために慎重に審議されなければならなかった。特に衆議院法務委員会で審議時間の形式的な経過後に強行採決されたことを踏まえ,良識の府たる参議院ではより一層慎重に審議しなければならなかった。しかし,参議院では,法務委員会における審議を合計18時間弱で打ち切り,6月15日未明の本会議において「中間報告」を行った上で,法務委員会の採決を行わず,本会議で強行採決に踏み切った。参議院でも市民から出された数多くの疑問が何一つ明らかにならないまま採決されたということに加え,かかる手続は,国会法56条の3において定められた中間報告を求める要件である「特に必要があるとき」(第1項),及び中間報告を受けての本会議での審議の要件である「特に緊急を要すると認めたとき」(第2項)のいずれの要件も満たさず,明らかに手続上の瑕疵がある。これは,二院制の存在意義を参議院が自ら踏みにじる行為である。
さらに,立法の必要性そのものに重大な疑いがあり,かつ立法過程において既に憲法上の問題点が指摘されている共謀罪について,市民に対する充分な説明がなされないまま,また付託した法務委員会の採決を経ることなく参議院本会議で強行採決するという強硬な手段により可決されたことは暴挙と言わざるを得ず,我が国の民主主義を制度面から支える議会制民主主義の否定である。
以上のとおり,当会は,共謀罪法案が参議院本会議で可決され成立したことに強く抗議するとともに,今後も国会において共謀罪を速やかに廃止させるよう全力を挙げて取り組んでいく。
 
2017年(平成29)年6月26日

長野県弁護士会         
会長   三    浦  守  孝
 

いわゆる共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに抗議する会長談話

(2017-05-25 ・ 134KB)

いわゆる共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに抗議する会長談話
 
いわゆる共謀罪法案が,2017年5月23日,衆議院本会議で可決された。当会は,これに強く抗議する。
民主主義の健全な発展にとって,市民が国家権力を監視し自由に批判することは必要不可欠である。このように市民が自由に国家権力を批判することができるためには,立憲主義や三権分立などの制度と並び,国家からの自由たる思想・良心の自由や表現の自由などの精神的自由権が市民に対して保障されることが最低限の条件である。共謀罪は,日本国憲法が保障するこれらの重要な自由権を市民から奪うおそれがあり,市民に著しい萎縮効果を与えることになる。共謀罪は,民主主義に対する重大な脅威である。
当会も繰り返し指摘してきたとおり,共謀罪法案は,既遂の処罰を原則とする近代刑法の前提を大きく逸脱するうえ,「組織的犯罪集団」「計画」「準備行為」などの規定の曖昧さは,市民の自由を保障するために処罰の範囲をあらかじめ明示する罪刑法定主義に反する。
政府は,共謀罪を導入する目的として,2020年の東京オリンピックにおけるテロ対策と国連越境組織犯罪防止条約を批准するための国内法の整備の必要性を掲げている。
しかし,そもそも国連越境組織犯罪防止条約の目的は,マフィアや暴力団等が金銭的・物質的利益を得るために行うマネーロンダリング等の越境的組織犯罪の防止にある。同条約に関する国連の立法ガイド26パラグラフは,経済的な利益の獲得を目的としないテロリスト集団が,同条約の規制の対象となる組織的犯罪集団に該当しないことを明確に規定している。同条約がテロ対策を目的としていないことは,同ガイドを作成した国際刑法の専門家であるニコス・パッカス教授もこのことを明言している。
今国会における審議過程も,憲政史上大きな禍根を残した。共謀罪法案は,前述のとおり,市民の精神的自由権を奪うおそれが強い以上,これらの疑問や市民が抱く不安を解消するために慎重に審議されなければならなかった。しかし,衆議院法務委員会における審議では,共謀罪法案を所管する法務大臣の答弁が二転三転し,これら数多くの疑問は何一つ明らかにされず,なお一層深まるばかりであった。それにもかかわらず,政府・与党は,自ら設定した審議時間である30時間を形式的に消化したとして採決に踏み切った。これでは,共謀罪法案の成否を決するに足る程度に審議が成熟したとは到底評価できない。
以上のとおり,当会は,共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに強く抗議するとともに,共謀罪法案を廃案とすることを求める。
 
2017年(平成29)年5月24日
                         長野県弁護士会
会長   三    浦  守  孝

司法修習生に対して修習給付金を支給する制度創設にあたっての会長声明

司法修習生に対して修習給付金を支給する制度創設にあたっての会長声明

2017年(平成29年)4月19日,司法修習生に対して修習給付金を支給する改正裁判所法(以下,本法という。)が成立した。これにより,2017年(平成29年)の司法修習生から基本給付金として月額13万5000円,さらに必要に応じて住居給付金(上限3万5000円)及び移転給付金が支給される見込みとなっている。

本来,司法制度は,社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラであり,これを担う法曹となる司法修習生は,公費をもって養成されるべきである。このような理念のもとに,我が国では,終戦直後から司法修習生に対し,給与が支払われてきた(給費制)。
しかし,この給費制は,2011年(平成23年)に廃止され,司法修習のために必要な資金を貸与する制度に変更された。これ以後の司法修習生は,大学・法科大学院での奨学金債務に加えて,貸与金として数百万円の負債を負担せざるを得ない状況になるなど,重い経済的負担を強いられていた。近年,法曹を目指す者は激減しているが,こうした重い経済的負担がその一因となっていることが指摘されている。

当会は,司法修習生の重い経済的負担を解消し,本来どおり法曹養成が公費により行われるよう,そして有為の人材が経済的な理由によって法曹となることを断念することがないよう,司法修習生への給費制復活のための活動を行ってきた。本法は,この活動の確かな前進として評価できるもので,当会は,本法の成立を歓迎する。なにより,この間,当会の活動に賛同しご尽力いただいた多くの国会議員や県議会議員,市民,諸団体の方々に対し,あらためて深く感謝申し上げる。

もっとも,本法によりすべての問題が解消されたわけではない。
本法による給付金額は,司法修習のための資金として必ずしも十分ではなく,司法修習の意義・実態を踏まえて,その適正額についてさらなる検討が必要である。
さらに,より重要な問題は,本法は,2011年(平成23年)から2016年(平成28年)の間に司法修習生となった人らに対し何らの措置もなされていないということである。これらの司法修習生と,2010年(平成22年)以前に司法修習生となった人及び本法による給付を受ける司法修習生との間で,司法修習の意義・実態は何も異ならないにもかかわらず,受ける経済的支援だけが大きく異なり著しい不公平が生じることになる。
そして,2011年(平成23年)に司法修習生となり貸与金の支給を受けた人らは、早くも2018年(平成30年)7月から貸与金の返還を迫られ、経済的負担が顕在化することになるため,同世代への給費制に代わる是正措置の整備は早急に取り組むべき切迫した問題である。

よって,当会は,本法の成立をこれまでの活動の確かな前進として評価するとともに,今後も上記問題解消のため,引き続き活動に取り組む所存である。
以上
 

2017年(平成29年)5月22日
長野県弁護士会  会長  三 浦 守 孝

70回目の憲法記念日に寄せる会長談話

70回目の憲法記念日に寄せる会長談話   

1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、70回目の憲法記念日を迎えた。

日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っている(前文第1項)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と平和的生存権を謳い、恒久平和主義を宣言し(前文第2項)、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定している(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障する。

この70年間、私たちの社会や、わが国をとりまく国際情勢は大きく変わったが、国民は、一貫して日本国憲法を支持してきた。日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきた。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づきわが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきた。

しかし、近年、日本国憲法をとりまく状況は大きく変わろうとしている。
2013年(平成25年)12月、取材・報道の自由に委縮的効果をもたらし、国民の知る権利を侵害するおそれのある「特定秘密の保護に関する法律」が成立した。
2015年(平成27年)9月には、日本国憲法の立憲主義や徹底した恒久平和主義に違反する集団的自衛権の行使を容認し、外国軍隊に対する後方支援を拡大し、自衛隊の海外における武器使用権限を拡大する、いわゆる安全保障関連法が制定された。
そして今、思想・良心の自由を侵害し、市民生活に深刻な影響を及ぼすおそれのある、「テロ等準備罪」いわゆる「共謀罪」を新設する法案が国会に提出された。
さらに今後、憲法改正が政治課題にのぼる可能性があり、「災害対策等を理由とする緊急事態条項」の創設や9条の改正も取りざたされている。
日本国憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される」こと(第13条)を究極の価値としている。そのために、国家権力の行使は、憲法による統制の下におかれる(立憲主義)。私たちは、憲法の意義をあらためて認識するとともに、これらの動きがどのような国づくりを指向しているのか、その結果何がもたらされるのか、今一度考えなければならない。

日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、時代を超えた普遍的な価値である。日本国憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定している。
70回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に思いを致すとともに、これから私たちが未来にどのような社会を引き継ぐのか、深く考える機会としたい。

そして、私たち弁護士は、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする者として(弁護士法第1条第1項)、基本的人権が尊重され、法の支配が貫徹される社会を実現するため、法律制度の改善に一層の努力を続けていきたいと思う(弁護士法第1条第2項)。
 

2017(平成29)年5月3日

長野県弁護士会       
 会 長  三 浦 守 孝

信州大学大学院法曹法務研究科の閉校にあたっての会長談話

会長談話

(2017-03-27 ・ 116KB)

        信州大学大学院法曹法務研究科の閉校にあたっての会長談話

本日、信州大学大学院法曹法務研究科(以下、「信大ロースクール」という。)の閉校式が行われる。信大ロースクールは、平成17年4月に開校したが、当会は、「自らの後継者を自らの手によって育成し、地域の司法水準を向上させる」という地域司法充実の理念のもと、関係機関に対する働きかけや市民に対する大規模な署名活動を行うなど、その構想段階から主体的に設立運動を担った。また、当会は、信州大学との間で、平成16年6月30日に「信州大学大学院法曹法務研究科に関する協定」、平成19年3月7日に「ロークリニックに関する協定」を締結するとともに、当会内に法科大学院バックアップ委員会を設置し、多数の実務家教員の派遣や、模擬裁判への講師派遣、ロークリニック・事務所訪問の受け入れ、講演活動、課外指導等を継続的かつ積極的に行ってきた。
派遣した実務家教員や、法科大学院バックアップ委員会に所属する若手会員らによる献身的な指導の甲斐もあって、信大ロースクールの修了生から、これまでに合計36名が司法試験に合格し、現在、その内の22名が当会に弁護士登録し(当会の会員の1割程度が信大ロースクールの出身者となる。)、地域に貢献する弁護士として活動している。
自らの後継者を自らの手によって育成するという理念は、相当程度は達成することができたといえる。もっとも、地域の司法水準を向上させる活動に終わりはなく、法曹養成の地域の拠点である信大ロースクールがこの3月末日をもって閉校となることは、誠に残念というほかない。
一方で、平成28年4月、信州大学には新たに経法学部が誕生し、同学部内に総合法律学科(学士課程)が新設された。長野県内において、法学分野の学士課程が設置されたのは、初めてのことである。当会の理念は、今後も息づいていく。
当会と信州大学とは、平成28年2月24日付で「信州大学と長野県弁護士会との包括連携に関する協定」を締結している。当会は、今後も、法律系人材の育成や法的実務に関する研究へ寄与する等、地域司法の充実に資する活動に邁進する所存である。

                                                          平成29年3月27日 
                         長野県弁護士会会長   
柳  澤  修  嗣

いわゆる共謀罪法案を国会に提出することに反対する会長声明

会長声明

(2017-03-14 ・ 212KB)

いわゆる共謀罪法案を国会に提出することに反対する会長声明

1 2017年2月28日,政府が「テロ等準備罪」と名称を変更して第193国会(通常国会)に提出することを明言していた共謀罪法案(以下「新法案」という。)の内容が公表された。
過去3回廃案となった共謀罪法案(以下「旧法案」という。)と新法案の主な違いは,適用の対象を「組織的犯罪集団」としたこと,処罰の対象を「共謀」から「二人以上で計画した者」に変更し,処罰条件としてその計画をした者により「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」(以下「準備行為」という。)に処罰できるとしたこと,対象となる犯罪を676から277に減らしたことである。政府は,新法案の制定目的として,国連越境組織犯罪防止条約の締結と,旧法案を提案した際には挙げていなかったテロ対策を挙げている。
さらに,新法案の内容が公表された後,新法案に「テロ」の文言がないことを強く批判されたことを受け,同年3月7日,政府は「組織的犯罪集団」を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とする修正を行った。
当会は,それでもなお,新法案を本国会に提出することに強く反対する。
 
2 新法案は,旧法案と同じく,既遂の処罰が原則であり未遂と予備の処罰を例外とする近代刑法の前提を大きく逸脱し,一般市民の内心の意思を処罰する監視社会を招来し,市民の日常生活を萎縮させる危険がある。

(1)政府は,新法案の対象団体を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と限定したことにより,テロ対策という目的が明らかとなり一般市民は対象にならないと説明している。
しかし「組織的犯罪集団」という概念自体が極めて曖昧な概念であるうえ,その認定は捜査機関が行う以上,恣意的な運用の危険性を払拭できない。
また,「一定の犯罪目的を有する団体が組織的犯罪集団である」という構造上,犯罪目的の認定を先行しなければ団体性は認定できず,捜査機関によって犯罪目的を有する団体であると事後的に認定された人の集まりは全て「組織的犯罪集団」とされる余地がある。現に政府は,適法な目的で設立されていた団体が犯罪目的を有するに至った際は「組織的犯罪集団」となり得る,と明言してきた。「テロリズム集団」と明示した点も,「その他」という文言によって例示に過ぎないことになり,「その他」に該当するとして処罰範囲が拡大する余地は消えない。
このように「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という文言は何ら処罰範囲の限定に役立たない。
 
(2)また,「計画」とは「犯罪の合意」に他ならないところ,合意は内心と区別がし難いので思想や良心の自由を侵害する危険性が高い。「計画」は共謀共同正犯理論における共謀と同じとされるので,概括的,黙示的,順次的な「計画」が認定されうる。合意の手段も限定しないとされることから,例えば市民に広く利用されているLINEなどのメッセージアプリによる「計画」の認定もあり得る。
 
(3)さらに、準備行為は予備罪等の準備行為とは異なるから,事実上無限定である。また処罰条件に過ぎない以上,準備行為が行われない時点で既に捜査の対象となる。これは,市民社会に対して著しい萎縮効果をもたらす。
 
(4)新法案において対象となる犯罪数は,昨年8月に報じられた「テロ等組織犯罪準備罪」の676から277にまで限定された。
しかし,政府の説明は破綻している。国連越境組織犯罪防止条約を締結するためには対象犯罪を限定することは不可能であるとこれまで政府が主張してきたことと矛盾するうえ,テロ対策と関係がある犯罪は277のうち110と4割にも満たず,児童福祉法における児童淫行罪,保険業法における株主等の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為罪など,経済的利益を得るために行う組織犯罪の防止を目的とする同条約やテロ対策とは何ら関係が見出せない犯罪も数多く含まれるからである。
そもそも,対象犯罪を限定したとしても,新法案が市民社会に与える影響が甚大であることに変わりはない。新法案の存在自体が,捜査機関により市民の内心に手を入れ,捜査・処罰する余地を生むことになるからである。
 
(5)以上のような問題点を抱える新法案が成立した場合,捜査機関は共謀罪の捜査を名目に犯罪が実際に着手され法益が侵害される遥か以前から捜査を行う根拠を獲得する。
2016年12月1日から施行されている通信傍受の対象犯罪の拡大と相まって,電話,メール,LINEなど市民の日常生活をターゲットにした早い段階からの捜査が行われることになる。さらに施行を控えている司法取引制度が施行されれば,共謀罪への引き込みの危険性も急激に拡大する。これらの結果もたらされるのは,国民の正当な政治活動や労働組合活動,その他の活動の萎縮であり,ひいては,捜査機関による監視対象となるかもしれないとの懸念による国民の日常生活の萎縮をもたらす深刻な監視社会の到来である。
我々は,日本の社会がそのような危険な社会に変貌してしまう危険を看過できない。
 
3 当会も,マフィアや暴力団等による越境的組織犯罪を防止するために同条約を締結する必要性は認める。もっとも,同条約は経済的利益を得るために行う組織犯罪の防止が目的であって,テロとは何ら関係がない。
政府は,同条約は参加罪か共謀罪のいずれかの制定を義務付けているとしている。しかし,同条約を締結するにあたり,共謀罪を制定する必要はない。同条約に関する国連の立法ガイド51パラグラフは,共謀罪や参加罪などの法的概念を持たない国においては,これらの概念を強制することなく,組織犯罪集団に対する実行的な措置をとることも条約上認められる,としているからである。
 
4 我が国は,航空機内の犯罪防止条約(東京条約),航空機不法奪取防止条約(ヘーグ条約),民間航空不法行為防止条約(モントリオール条約),国家代表等犯罪防止処罰条約,人質行為防止条約,核物質及び原子力施設の防護に関する条約,空港不法行為防止議定書,海洋航行不法行為防止条約,大陸棚プラットフォーム不法行為防止議定書,プラスチック爆弾探知条約,爆弾テロリズム防止条約,テロ資金供与防止条約,及び核テロリズム防止条約の合計13のテロ対策を目的とした条約を締結している。さらに,テロを防止するための法律も多数整備されているほか,テロリストの大多数が使用する銃や刃物は銃砲刀剣類所持等取締法や軽犯罪法により所持が禁じられている。これらの現行法によって,テロは未然に防止できる。条約を批准するための環境とテロを防止するための環境は既に整っており,テロ等準備罪を新設する必要はない。
なお,昨今世界各地で拡大しているテロの多くは国内出身者が国内で引き起こすという点でホームグロウンテロと呼ばれるが,その大多数は単独で行われる。共謀罪は単独犯に適用できない以上,このテロに対する抑止力になり得ない。
 
5 以上のとおり,当会は,新法案を本国会に提出することに強く反対する。
 
2017(平成29)年3月13日
長野県弁護士会                       
会長  柳   澤  修  嗣

司法試験合格者数のさらなる減員を求める17弁護士会会長共同声明

会長共同声明

(2016-12-28 ・ 189KB)

司法試験合格者数のさらなる減員を求める17弁護士会会長共同声明

1.日本弁護士連合会は,本年3月の臨時総会決議(以下,「日弁連臨時総会決議」という。)において,現行の法曹養成制度の下で,法曹志望者が毎年大幅な減少を続けており,こうした状況が続くなら我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし,平成27年度司法試験合格者数が1850人であった状況の中で,「まず,司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を,可及的速やかに実現すべき緊急の課題として,全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2.制度発足後,現実の法的需要を大幅に超える2000人前後の合格者(法曹有資格者)が毎年供給される反面,裁判所の新受件数に現れているとおり,法曹に対する従来型の需要は増加するどころか近年減少を続け,新しい活動領域の拡充も,供給の増加を吸収する規模には至らなかったため,有資格者の過剰供給の弊害は年々顕在化してきた。
司法試験を合格し,司法修習を終了しても,法曹として就職・就業できない者が12月の一括登録時で400人を超え,その1ヶ月後でも200人を超えているという異常事態が,平成23年12月(一括登録時464人,1ヶ月後326人)から昨年(一括登録時468人,1ヶ月後225人)まで続いてきた。また,新人法曹が抱える貸与型奨学金や修習中の貸与資金は,利用者平均で350万円にのぼることも判明している。
こうした中で,法曹の魅力,司法試験の魅力は,年々確実かつ急速に失われてきた。その結果として,法科大学院適性試験の受験者数は,試験が開始された平成15年には5万4千人であったものが,昨年3621人,本年3286人にまで激減し,司法試験受験者も,平成16年には4万3千人であったものが,昨年は8016人となり,さらに本年は6899人にまで激減するに至っている。現状は,法曹志望者の減少傾向に歯止めが利かなくなっている状態にあり,政府の法曹養成制度検討会議が平成25年6月26日取りまとめで指摘した,「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機」は,現実化するに至っている。
多様で有為な人材が法曹を志望せず,試験の選抜機能が働かず,就職環境や法曹に就いた後のOJTの環境も厳しいとなれば,新規法曹の質が低下することも必定である。
日弁連臨時総会決議が,昨年の1850人の現状に対し,まず1500人へと合格者数を減員することを緊急課題としたのも,現行の法曹養成制度がこのような深刻な危機の状態にあるとの認識を反映したものである。
 
3.法務省は,本年9月に,本年度の司法試験合格者数は1583人であると発表した。数字だけを見ると,日弁連総会決議が緊急課題とした1500人への減員に結果として近づいたともいえる。しかし,昨年度も本年度も受験者数に対する合格者数の割合(合格率)は同一の23%であるから,本年度の合格者の減少は,昨年度と比べ法曹志望者が大幅に減少した結果もたらされたという見方をする意見もあり,政策的な減員がなされたか否か明らかでない状況にある。
日弁連臨時総会決議は,「更なる減員については法曹養成制度の成熟度や現実の法的需要,問題点の改善状況を検証しつつ対処していくべきもの」としているところ,現行の法曹養成制度は,法曹志望者の激減に合わせて,法科大学院適性試験や司法試験の受験者が上記の通り著しく激減した結果,制度の成熟の前提となる多様で有為な人材の確保そのものが危機に瀕する実態にある。また,現実の法的需要が,平成15年以降,倍近くに増えた法曹有資格者の過剰供給を吸収できる状態から程遠い実態にあり,そのことの弊害がますます顕在化していることも,すでに明瞭である。
この間に,法曹有資格者が,既に何年にもわたり,登録年度ごとに供給過多が発生し,そのもとで法曹界に様々な困難が積み重なっていることを考慮すれば,政府が,次年度以降に向け,さらに大幅な減員を行う方針を速やかに採用しなければ,供給過剰による弊害の進行を食い止めることはできず,社会に法曹界の魅力ある将来像を提示することは困難となり,結果として人材の法曹離れの傾向を止めることもおぼつかず,さらに法曹養成制度の危機を深めるという悪循環が繰り返されることになる。
 
4.法曹は司法を担う人的基盤であって,司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。いま,供給過剰による弊害の進行を食い止め,法曹を目指すことの魅力を保持することは,司法制度存立の基礎を維持するために不可欠な事柄である。
そこで,われわれは,共同で,政府に対し,次年度以降の司法試験合格者数を,さらに大幅に減員する方針を,速やかに採用することを強く求めるものである。
 
以 上

                                   2016年(平成28年)12月27日

埼玉弁護士会  会長  福  地  輝  久
千葉県弁護士会 会長  山  村  清  治
栃木県弁護士会 会長  室  井  淳  男
群馬弁護士会  会長  小 此 木     清
山梨県弁護士会 会長  松  本  成  輔
長野県弁護士会 会長  柳  澤  修  嗣
兵庫県弁護士会 会長  米  田  耕  士
三重弁護士会  会長  内  田  典  夫
富山県弁護士会 会長  山  本  一  三
山口県弁護士会 会長  中  村  友 次 郎
大分県弁護士会 会長  須  賀  陽  二
仙台弁護士会  会長  小 野 寺  友  宏
福島県弁護士会 会長  新  開  文  雄
山形県弁護士会 会長  山  川     孝
秋田弁護士会  会長  外  山  奈 央 子
青森県弁護士会 会長  竹  本  真  紀
札幌弁護士会  会長  愛  須  一  史

「カジノ解禁推進法案」に反対する会長談話

「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)
に反対する会長談話
平成28年12月8日

長野県弁護士会    
会長 柳 澤 修 嗣


当会は,「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」,以下「本法案」という。)に対して,反対の立場を表明し,同法案の廃案を求める。

本法案は,カジノ施設を含む特定複合観光施設が,「観光及び地域経済の発展に寄与するとともに,財政の改善に資するものである」として,かかる施設の推進を「総合的かつ集中的に行うことを目的」とし(第1条),一定の条件のもと民間業者がその設置運営をすることを認めるというものである。

本法案については,平成26年11月の衆議院解散で一旦廃案となったが,平成27年4月に再提出され,本年12月2日に衆議院内閣委員会において採決され,同月6日の衆議院本会議で可決され,自民党は今国会での成立を目指しているとのことである。

当会は,既に平成26年11月8日付で会長声明を出し,カジノ解禁によるギャンブル依存症及び多重債務問題の悪化,暴力団の資金源となるおそれ,青少年への悪影響等が懸念されることから,本法案に強く反対し,廃案を求めていたところである。しかしながら,今回,前記各弊害に関する十分な議論がなされないまま,拙速に本法案を通過させようとしている。

よって,当会は,本法案の成立に改めて強く反対し,廃案にすることを求める。 

長野県子ども条例の処罰規定について慎重な運用を求める会長声明

会長声明

(2016-11-01 ・ 156KB)

長野県子どもを性被害から守るための条例の処罰規定について
慎重な運用を求める会長声明
 

1 本年7月1日,県議会において,長野県子どもを性被害から守るための条例(以下,「条例」という。)が可決成立し,同日,規制項目(第17条から20条まで)以外の規定が施行された。そして,本日,処罰規定を含む規制項目が施行された。

2 子どもを性被害から守ることは重要かつ喫緊の課題であり,条例が,県全体で総合的・恒久的に取り組んでいくことを宣言し,具体的な施策を根拠付け,推進していることは評価できる。
特に,性教育の重要性は各方面から指摘されてきたところ,条例にこれが明示された意義は大きいと考える。学習指導要領の制約を超えて,子どもにとって真に必要な性教育,人権教育,情報モラル教育を徹底すべきである。
また,被害者支援の取り組みについても,県が本年7月27日開設した「性暴力被害者支援センター(りんどうハートながの)」を,子どもの救済という観点から実効的なものにしなくてはならない。同センターは,大人と子どもの区別なく性被害者を対象にしているが,子どもの特性への配慮は不可欠であり,この点についての更なる検討を求める。
その他,相談窓口の充実,県民運動・啓蒙活動の推進についても,これまでの活動を踏まえつつ,新たな施策を策定し,早急に取り組みを開始すべきである。
 
3 他方,処罰規定については,これまで当会がその問題性を繰り返し指摘してきたところであるが(平成25年7月16日付「淫行処罰条例の制定に反対する会長声明」,同年12月14日付「淫行処罰条例の制定に反対する意見書」,平成28年2月6日付「子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書に関する会長声明」,同年6月28日付「子どもを性被害から守るための条例案に関する会長談話」),問題性が解消されたとはいえず,また,それを正面から捉えた議論が十分に尽くされたとも言い難い状況のまま,条例に規定され,本日施行日を迎えた。
 
4 最も懸念される問題は,子どもの真摯な恋愛を除外できるのかという点である。これができなければ,処罰範囲は不当に拡大し,また,子どもの恋愛は過度に制約され,萎縮してしまう。
「何人も,子どもに対し,威迫し,欺き若しくは困惑させ,又はその困惑に乗じて,性行為又はわいせつな行為を行ってはならない。」(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)の規定は,真摯な恋愛か否か(可罰的か否か)の線引きの難しさゆえ,本来罰すべきでない行為に捜査が及んだり,当事者の一方的な被害申告で処罰されるといった事態が懸念される。
 
5 深夜外出の規制についても,「何人も,保護者の委託を受け,又は同意を得た場合その他の正当な理由がある場合を除き,深夜に子どもを連れ出し,同伴し,又は子どもの意に反しとどめてはならない」(30万円以下の罰金)の規定は,子ども本人の真摯な同意があったとしても,保護者が同意していなければ,罪に問われることになる。これも,子どもの真摯な恋愛を除外せず,子どもの自由を過度に制約するものであり,問題である。
 
6 捜査機関は,処罰規定のこうした問題性を十分に認識し,運用に際しては,子どもの真摯な恋愛関係に介入したり,子どもの自由を過度に制約することのないよう,特に慎重を期すべきである。
 
7 また,処罰規定の運用を検証する仕組みが不可欠である。個人の名誉やプライバシーに関わる情報を扱うことから,非公開の第三者機関を設置し,起訴不起訴に関わらず,本処罰規定違反の容疑で捜査権を行使した全ての事案について,その内容に踏み込んで,処罰規定の濫用がないかをチェックすべきである。
 
8 条例により,長野県は,子どもの性被害の根絶へ向けて新たな一歩を踏み出した。これをスタートラインとして,種々の実効的な施策が速やかに策定され,各所で具体的な取り組みが始まることを切に期待する。
それとともに,処罰規定が子どもの真摯な恋愛への介入に繋がらないよう,捜査機関に対し,その慎重な運用を強く求める。また,県に対し,処罰規定の運用を十分に検証するための仕組みを整備するよう求める。

平成28年11月1日             
長野県弁護士会               
会長  柳 澤 修 嗣

いわゆる共謀罪法案の提出に反対する会長声明

いわゆる共謀罪法案の提出に反対する会長声明
~内心を広範に処罰し,監視社会を招く共謀罪に断固反対する~
 
1 政府は,過去に3回廃案になった共謀罪法案(以下「旧法案」という。)に関し,テロ対策の必要性
を新たな提出理由に加え,「共謀罪」という名称を「テロ等組織犯罪準備罪」に変更した組織犯罪処罰法改正案を今後の国会に提出する方針であると報じられている(以下「提出予定新法案」という。)。
 
2 提出予定新法案における旧法案からの主な変更点は,以下のとおりである。
(1)適用の対象について,旧法案が「団体」としていたものを,「組織的犯罪集団」とした。
(2)処罰の対象については,旧法案が単に「共謀」としていたものを「二人以上で計画した者」に変更し,かつその計画をした者が「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」という要件を追加した。

3 政府は,これらの変更点につき旧法案に対する批判に配慮したものであるとしている。
しかし,提出予定新法案は,行為を処罰し,思想や内心の意思を処罰しないという近代刑法の基本原則に反するとして廃案になった旧法案とその本質において全く異ならない。
(1)提出予定新法案の「計画」とは「犯罪の合意」であるから,従来の「共謀」と事実上同じである。
新たに追加された「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」によっても,何ら処罰の対象行為は限定されない。この「準備行為」は,現行法上の予備罪の予備のようにそれ自体が一定の危険性を備えている必要はなく,犯罪の成立要件の限定としてはほとんど無意味である。例えば,預貯金口座から生活資金を引き出す行為も,捜査機関によって犯罪実行に向けた資金の準備行為と認定されれば立件されうることになる。
このように,内心の意思が処罰されるという点で旧法案と全く違いはない。
(2)「組織的犯罪集団」も極めて曖昧な概念であるうえ,捜査機関が認定し立件することになるため,捜査の対象となる団体が際限なく拡大される危険性は払拭できず,単なる「団体」を処罰するとした旧法案と変わりがない。
(3)対象となる犯罪も,政府はテロ対策を理由とした上で,旧法案と同じく長期4年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪等としているため,600を超える。その結果,偽証罪(刑法第169条),虚偽通訳罪(同法第171条),虚偽告訴罪(同法第172条),賭博場開帳等図利罪(同法第186条第2項),背任罪(同法第247条),貸金業法における無登録営業の罪(貸金業法第47条)など,テロ対策とはおよそ無関係と考えられる罪の共謀までも処罰の対象となる。
4 通信傍受制度の対象犯罪の拡大が2016年12月までに施行されることにより,捜査機関が「計画」つまり「共謀」を捜査対象とする環境は既に整っている。
多くの問題点を含む共謀罪が新設されれば,捜査機関によってテロ対策の名の下に電話やメールなど市民の会話が監視され,思想信条の自由,表現の自由,集会・結社の自由など憲法上の基本的人権が脅かされることになる。自由主義社会の基盤となる自由な表現活動が委縮し,市民社会の在り方が大幅に変容する可能性が高い。

5 政府が挙げていた旧法案の主な提出理由は,マフィア等の越境的組織犯罪の抑止を目的とする国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下「条約」という。)批准のために必要というものであり,テロ対策は挙げられていなかった。条約は経済的な組織犯罪を対象とするものであり,テロ対策や東京オリンピック開催とは本来無関係である。
我が国には,重大な犯罪については既に60を超える陰謀罪及び共謀罪並びに予備罪・準備罪などが規定されているほか,共謀共同正犯理論もある。テロ組織等の組織犯罪集団が行う犯罪行為の大多数は銃器や刀剣など武器の事前準備を伴うことが想定されるが,それらの犯罪行為は,銃砲刀剣類所持等取締法によって未遂以前に取り締まることが可能である。条約を批准するための環境とテロを防止するための環境は既に整っており,共謀罪を新設する必要はない。

6 よって,当会は,共謀罪を内容とする提出予定新法案の提出に強く反対する。
 
  2016(平成28)年10月3日
長野県弁護士会                       
会長  柳   澤  修  嗣

子どもを性被害から守るための条例案に関する会長談話


1 現在,長野県議会6月定例会において,子どもを性被害から守るための条例案(以下,「条例案」という。)が審議されている。
条例案は,平成27年9月の「子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書」(以下,「条例モデル報告書)という。)の内容に沿ったものである。県は,同報告書を受けて,本年2月1日に条例制定の基本方針を明らかにし,同月12日に骨子案を,本月10日に条例案の骨子と概要をそれぞれ公表し,16日開会の6月定例会に条例案を提出した。
 
2 当会は,本年2月6日に「子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書に関する会長声明」を発し,県に対し,規制項目については慎重な検討を求めつつ,子どもを性被害から守るための教育,被害者支援その他の施策については条例を制定して積極的に推進することを求めたところである。
同声明で指摘したところは,条例案にもそのまま当てはまる。特に規制項目の問題性については,その後十分な議論が尽くされたかは疑問であり,県議会に対しては,慎重な検討を強く要望する。
 
3 条例案の骨子「7 子どもの性被害に関する行為の規制」(規制項目)についての問題は,子どもの真摯な恋愛を除外できているのか,という点にある。これができていなければ,子どもの恋愛は過度に制約され,また萎縮してしまう。
「何人も,子どもに対し,威迫し,欺き若しくは困惑させ,又はその困惑に乗じて,性行為又はわいせつな行為を行ってはならない。」(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)の規定について,県は,あくまでも「威迫」「欺罔」「困惑」という要件の有無が判断されるのであって,真摯な恋愛の有無を問うものではないと説明する。
しかし,真摯な恋愛においても,見方によっては「威迫」「欺罔」「困惑」と捉えられるような行為が伴いうる。すなわち,そのような行為が真摯な恋愛か否か(可罰的か否か)という評価がどうしても求められるところであって,その線引きの難しさゆえ,本来罰すべきでない行為に捜査が及んだり,当事者の一方的な被害申告で処罰されるおそれが類型的に高いのである。
 
4 深夜外出の規制についても,例えば,「何人も,保護者の委託を受け,又は同意を得た場合その他の正当な理由がある場合を除き,深夜に子どもを連れ出し,同伴し,又は子どもの意に反しとどめてはならない」(30万円以下の罰金)の規定は,子ども本人の真摯な同意があったとしても,保護者が同意していなければ,罪に問われることになる。すなわち,17歳と18歳が真摯な交際をしているが,親が交際に反対している場合,この2人が深夜に外出するだけで,18歳が処罰される。これも,子どもの真摯な恋愛を除外できておらず,子どもの自由が過度に制約されているとみるべき問題である。
 
5 規制項目のうち,特に上記の罰則を伴う規制については,これらの懸念を正面から取り上げ,それをどのようにクリアするのか,できるのかといった議論が不可欠である。その際には,当事者である子どもの意見も十分に聴取して行われるべきである。
 
6 条例案は,長野県として,子どもを性被害から守るための総合的で恒常的な取り組みを宣言するものであり,上記規制項目を除いては,積極的に評価しうるものである。
そのような取り組みを一刻も早く開始すべく,上記規制項目については適宜の修正削除のうえ,条例としては早期に成立させて,前進すべきである。
 

平成28年6月28日
長野県弁護士会 
会長  柳 澤 修 嗣

ヘイトスピーチ対策法律案に関する会長声明

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」に関する会長声明

平成28年5月23日
長野県弁護士会
会 長  柳 澤 修 嗣
 

1 我が国では,近年,日本国内に居住する外国籍の人々や外国にルーツを持つ日本人等に対するヘイトスピーチ等の深刻な人種差別が横行しており,これらの行為に対する抜本的な対策が求められている。
このような観点から,平成28年5月13日に参議院で可決され衆議院に送付された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」(以下,「本法案」という。)は,人種差別全般を対象としておらず,「不当な差別的言動」(第1条),いわゆるヘイトスピーチに対象を限定している点で充分とはいえないものの,国会がそれらの「不当な差別的言動の解消が喫緊の課題である」(第1条)との問題意識を有し,その対策に乗り出したこと自体は大いに評価する。
 
2 一方で,本法案には,規制の対象となる「不当な差別的言動」を,専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身者である者又はその子孫であって,かつ「適法に居住するもの」(第2条,以下「適法居住要件」という。)に対する言動に限定しているという問題がある。

3 すなわち,すべての人間は生まれながらにして自由であり,かつ,尊厳と権利において平等であり,いかなる事由による差別をも受けることなく,所定の権利及び自由を受ける権利を有する(世界人権宣言第1条,第2条)。ヘイトスピーチ等の人種差別は誰に対しても許されず,在留資格の有無でその結論が異なるわけではない。
 
4 「適法居住要件」を定めることになれば,ヘイトスピーチを行おうと意図する者に対し「在留資格を有しない外国籍の人々や難民申請者に対するヘイトスピーチは許される」といった誤ったメッセージを送ることになりかねない。そうなれば,これらの人々に対するヘイトスピーチが増加することはおろか,かえって「不当な差別的言動」そのものの増加を招くおそれすらある。
我が国も加入している「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(以下,「人種差別撤廃条約」という。)の解釈基準である「市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30」が,「人種差別に対する立法上の保障が,出入国管理法令上の地位にかかわりなく市民でない者に適用されること,及び立法の実施が市民でない者に対する差別的な効果を持つことがないよう確保すること。」と規定していることを踏まえれば,在留資格のない者に対する人種差別も対象とするべきである。
 
5 野党側は,不法滞在者に対する差別を助長するおそれがあるとして適法居住要件の削除を求めてきたが,与野党は,同年4月27日,「第2条が規定する『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』以外のものであれば,いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり,本法の趣旨,日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み,適切に対処する」との文言等を附帯決議に盛り込むことで合意し,同年5月13日,参議院本会議で可決され衆議院に送付された。
しかし,附帯決議には法的拘束力がない以上,不十分であり,目的達成のためには端的に「適法居住要件」を削除した上で本法案を成立させるべきである。
 
6 よって,当会は,本法案から「適法居住要件」を削除した上での今国会での成立を求める。

以 上

69回目の憲法記念日に寄せる会長談話

69回目の憲法記念日に寄せる会長談話

2016年(平成28年)5月3日
長野県弁護士会
 会 長 柳 澤 修 嗣

昭和22年5月3日に施行された日本国憲法は、今年、69回目の憲法記念日を迎えた。日本国憲法は、わが国が平和的に繁栄し、国際社会から高い信頼を得るのに重要な役割を果たしてきた。しかし、今、日本国憲法は、大きな試練にさらされている。

昨年9月19日、平和安全法制整備法及び国際平和支援法(いわゆる「安全保障関連法」)が成立し、本年3月29日から施行された。安全保障関連法は、歴代内閣が憲法上許されないとしてきた集団的自衛権の行使を容認し、外国軍隊に対する後方支援を拡大し、自衛隊の海外における武器使用権限を拡大するものである。安全保障関連法は、憲法の定める恒久平和主義に反し、違憲無効である。さらに、安全保障関連法の審議に先立ち、閣議決定により憲法9条の解釈を変更し、国会においても、十分な審議を尽くすことのないまま、多くの国民が反対する中で、拙速にこの法律を成立させたことは、立憲主義に反するものであって、政府の姿勢は、まさに憲法を蹂躙するものである。当会は、安全保障関連法の運用・適用に反対し、その廃止を強く求めるものである。

さらに最近、政府関係者からは、緊急事態条項や憲法9条の改正に向けた発言もなされ、今や、憲法改正が、政治課題にのぼろうとしている。
先の大戦により、わが国は、国民が存亡の危機に陥った。国土は焦土と化し、310万人を超える国民が犠牲になった。戦争の生々しい傷跡が残る中で制定された日本国憲法は、「日本国民は、・・われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と宣言した(憲法前文)。戦後、70余年を経て、戦争を経験した世代は少なくなり、またわが国をとりまく国際情勢も変化しているが、私たちは、憲法に込められたこの崇高な理想を心に刻む必要がある。

さらに、憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定している(憲法13条)。私たちが、自分の信ずるところにしたがい、豊かで幸福な人生を全うするためには、私たち一人ひとりが個人として、最大限尊重されなければならない。

立憲主義は、人類が多くの過ちを繰り返し、苦難の歴史を経た結果、確立した近代憲法の基本理念である。憲法は、国家権力のあり方を規定するものであり、そのあり方を決めるのは、主権者である私たち国民である。私たちは、歴史を知り、わが国を取り巻く情勢を正確な情報に基づき冷静に分析し、そして、どのような国を目指すのか深く考えなければならない。憲法に何を託すのか、問われているのは、私たち自身である。
本日の憲法記念日を、憲法の意義について改めて認識するとともに、これからの国のあり方を考える機会としたい。

また、憲法が施行された翌々年(昭和24年)に制定された弁護士法は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と規定し(第1条第1項)、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と規定している(同条第2項)。私たち弁護士は、憲法から負託されたこの使命を改めて自覚し、その職責を果たすため、誠実に努力しなければならない。
言うまでもなく戦争は、国民の尊い命を危険にさらし、その生存を脅かすものであり、最大の人権侵害である。当会は、弁護士の使命を果たすため、これからも日本国憲法の基本理念を堅持し、戦争のない平和な社会を守るための取組に全力を尽くす所存である。

以 上

熊本地震に関する会長談話

熊本地震に関する会長談話

 去る4月14日及び同日以降に発生した熊本地震におきまして、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様方、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。
 この度の地震は、前震が最大震度7・マグニチュード6.5、本震が最大震度7・マグニチュード7.3という規模を記録し、その後も大規模な余震が多発しており、家屋の倒壊等により多数の死傷者が発生し、今なお大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
 日本弁護士連合会は、地震発生日である4月14日に緊急対策本部を立ち上げ、過去の震災における支援活動で培ってきた経験を活かし、熊本県弁護士会、九州弁護士会連合会及び各地の弁護士会、さらには自治体や日本司法支援センターなど関係諸機関と連携し、被災された方々の支援に全力で取り組んでいく旨の方針を表明しました。
 長野県弁護士会としては、既に、会員に対して「熊本地震に係る義援金」を募集する等の活動を開始しておりますが、今後も、日本弁護士連合会や各地の弁護士会と連携して、被災地への法的支援と被災された皆様方の権利回復のために、できる限りの支援をしていく所存です。
 被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧が、一日も早く叶いますよう、心よりお祈り申し上げます。
 
2016年(平成28年)4月28日   
長野県弁護士会             
会長  柳  澤  修  嗣   
 

労働審判の実施支部拡大に関する会長声明

労働審判の実施支部拡大に関する会長声明
                                         
                                        2016年(平成28年)2月6日          
                                          長野県弁護士会            
                                              会長 髙 橋 聖 明  

1 最高裁判所は、平成28年1月15日に行われた日本弁護士連合会との間の民事司法改革に関する協議会において、平成29年4月から長野地方裁判所松本支部、静岡地方裁判所浜松支部及び広島地方裁判所福山支部の3支部において労働審判の取扱いを開始すべく準備を開始すること等を明らかにした。

2 労働審判は、個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争を、原則3回の手続において、迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的として、平成18年から導入された制度であったが、これまでは各地方裁判所の本庁のほか、支部では東京地方裁判所立川支部及び福岡地方裁判所小倉支部において実施されるのみであった。

3 この間、当会は、平成24年6月23日の総会において「地域司法の充実を求める総会決議」を行い、長野地方裁判所各支部において労働審判手続の取扱いを可能とすること、とりわけ長野地方裁判所松本支部においては、早急に労働審判手続の取扱いを開始することを求めてきた。また、長野県議会においても平成24年11月30日「長野地方裁判所各支部における労働審判事件の取扱いの開始を求める意見書」が採択されたほか、平成26年7月までに、松本市議会を含む47の中南信地域の全ての市町村議会(一部広域連合議会を含む)において、同趣旨の意見書・請願が採択されている。国民に対する司法サービスの提供は、地域間で格差があってはならないのであり、身近で利用しやすい司法の基盤整備の観点からは、支部において労働審判を実施する必要性は明らかであった。

4 この度、最高裁判所が、長野地方裁判所松本支部を含む3支部で新たに労働審判の取扱いを開始する準備を開始したことは、身近で利用しやすい司法の実現に沿うものであり、歓迎するものである。当会としても、長野地方裁判所松本支部において、平成29年4月から労働審判が円滑に実施することが可能となるように協力する所存である。

5 しかしながら、本来、個々の労働者と事業主との間に生じる民事に関する紛争は、全ての支部管内において生じるものであり、その解決に当たっては、身近な裁判所支部において解決すべきものである。今回、労働審判の実施予定支部として長野地方裁判所松本支部を含む3支部が追加されたが、全国的にも労働審判を扱える支部は、従前から労働審判を扱っている2支部と合わせてもわずか5支部にすぎない。長野地方裁判所には、松本支部のほかに、上田支部、佐久支部、諏訪支部、伊那支部及び飯田支部があるが、これらの支部において、労働審判が実施される目処は立っていない。

6 よって、当会は、地域における司法制度が「真の意味で住民にとってより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるように、労働審判の実施支部のさらなる拡大を求めるものである。
                                                                    以 上

子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書に関する会長声明

子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書に関する会長声明

1 県は、平成25年5月に「子どもを性被害等から守る専門委員会」を設置して、子どもを性被害から守る施策の検討を始め、平成26年3月同専門委員会による報告書の提出、同年8月長野県青少年育成県民会議による報告書の提出を経て、同年11月「子どもを性被害から守るための県の取り組み」をとりまとめた。そして、条例制定の是非について建設的な議論をする材料としての条例のモデルを作成するとして、平成27年2月「子どもを性被害から守るための条例のモデル検討会」を設置し、以後6回の会議を経て、同年9月同検討会より「子どもを性被害から守るための条例のモデル報告書」(以下、「条例モデル報告書」という。)が提出された。これをもとに、県は、各地で県民や関係団体との意見交換を実施し、本月1日条例モデル報告書に基づく条例の制定が必要との基本的方針を示した。

2 子どもを性被害から守ることの必要性、重要性については論を俟たない。性被害は子どもの尊厳を傷つけ、その健全な成長発達を著しく阻害するものであり、子どもが誰一人として性被害に苦しむことのないよう全ての大人が全力で取り組むべきことに異論はないと思われる。
昨今のインターネットの進展により、子どもは親を始めとした周囲の大人の目の届かないところで外の世界と繋がることが容易になった。様々な情報に触れ、世界が格段に広がることが子どもの成長発達に資する側面がある一方、悪意を持った大人と直接繋がってしまう危険を孕んでいる。
性被害という結果の深刻さと現代の子どもを巡る社会環境を考えると、子どもを性被害から守る取り組みは急務であり、県下一丸となって必要十分な施策を実施していくことが求められる。

3 その意味で、県が子どもを性被害から守るために種々の施策を検討し、その条例化を模索していること自体は評価に値するものである。
予防の観点で最も重要なのは、子どもに対する性教育、情報リテラシー教育である。ここでいう性教育とは、子どもの性的な自己決定の力を育むための教育と捉えるべきである。その内容は、人間の体や性のしくみを科学的に理解することにとどまらず、性が人間の営みの根源であり人間の存立にとっていかに重要であるかを知り、自己や他者の性、生命を大切にする気持ちを育むこと、性犯罪や性産業、インターネットの世界の実態など性をめぐる社会的事象について考え学ぶことをも含むものである。また、性は相手の存在を前提とするものであるから、相手との関係を形成する力も必要である。相手に対して自分の思いを伝え、相手の思いを受け止めて自分の考えや行動を変えること、相手と対等の立場で、受け入れるか断るかを主体的に判断できることも必要である。その前提には、子ども自身に十分な自尊感情や自己肯定感が備わっていなくてはならない。
平成27年3月26日付で長野県警察本部が発表した「平成25年・26年中における17事例説明資料」(現行法で対処できなかったとされる性被害の事例。以下、「17事例」という。)には、このような教育が明らかに不足している子どもの現状が浮き彫りにされている。SNS越しの相談相手が、もしかしたら自分が想定している人格とはまったく異なる人格であるかもしれないという可能性に思い至らない。そのような相手と2人だけで会い、密室という状況下に身を置くことについて事前にその危険性を感じとることもない。性的な誘いに対して、家に帰れないとか相談相手を失うといった理由で、安易に応じてしまう。あまりに無防備で、流されやすく、性の大切さに無頓着な子どもの姿がそこにある。このような子どもが現実社会で生きていくための成長発達を遂げるためには、前述の性教育や情報教育が不可欠である。
もちろん、能力等で教育の効果が発揮されない子どもや、家庭環境等教育とは別の問題を抱える子どもがいる。教育により全てが解決するというわけではない。
しかし、前者については、子どもの特性に応じたきめ細やかな教育を施すことは可能である。また、後者についても、教育の必要性自体を否定するものではない。この点、17事例の多くについて、その背景には、子どもを取り巻く環境にも問題があるように見受けられる。適切な居場所や相談相手がおらず、周囲の大人によるサポートが欠如している。突き詰めれば、周囲の大人が、子どもの主体性を認めその成長発達を支援し見守っていくという子ども観に立っていないことが原因と考えられるところであり、そのような大人の意識改革が本来的には必要というべきである。子どもに対しては、このような子ども観に立ち、子どもが主体的に性的自己決定をできるようその力を育む教育を十分に施すべきであり、それこそが大人の責務である。
このような教育は、子ども自身が性被害に遭わないためだけでなく、将来、加害者にならないためにも重要である。加害者に対する罰則を設けるということは、表面的な効果はあるのかもしれないが、加害者自身の性に対する考え方が変わらない限り、被害はなかなか減らないと考える。子どもは将来の大人である。現在問題とされている性被害の予防には、このような教育こそが最も効果的な方策であると考える。 
現状行われている性教育は、上記の意味で内容的に不十分であり、また、発達段階のより早い時期からなされる必要がある。例えば、CAP教育は、自己肯定感を高める効果があり、かつ生きた人権教育でもあり、性的自己決定力を育む上でも極めて有効である。
県は、このような教育を小学生以上の全ての子どもに向けて実施するよう働きかけるなど、より踏み込んだ施策を講じるべきである。県は、条例の規定として、以上述べてきた性教育・情報教育の必要性を明示し、具体的な内容を掲げ、その実施を宣言するべきである。

4 被害者支援(ケア)も極めて重要である。
子どもを性被害等から守る専門委員会の第5回会議において、過去に性被害に遭った女性は、周囲の大人の無理解もあり、長年苦しんできた心情を吐露した。周囲の大人が当時この女性に対して適切な支援をしていれば、現在の心境も違ったのではないかと考えられるところである。
性被害に遭った子どもに対しては、あらゆる側面から支援が必要である。県が現在検討している性被害者のためのワンストップ支援センターを実効性あるものにしなくてはならない。また、司法面接の手法を導入するなど、二次被害の防止に努めることも重要である。

5 他方、規制項目のうち、威迫等による性行為等の禁止として罰則を制定することについては、相当慎重な検討を要する問題であり、安易に賛成できない。
当会は、平成25年7月16日に「淫行処罰条例の制定に反対する会長声明」を、同年12月14日に「淫行処罰条例の制定に反対する意見書」をそれぞれ発出し、安易な刑罰法規の制定に警鐘を鳴らしてきた。
条例モデル報告書に明記されている処罰規定「何人も、子どもに対し、威迫し、欺き若しくは困惑させ、又はその困惑に乗じて、性行為又はわいせつな行為を行ってはならない」(罰則2年以上の懲役又は100万円以下の罰金)は、従来の淫行概念を排除した限定的な規定であり、その問題性は相当程度払拭されている。
しかしながら、捜査機関が真摯な恋愛感情による行為か否かの判断を行うことには変わりなく、捜査機関がそれを適切に行うことができるのかは疑問であり、過度に広汎な規制につながるおそれを否定できない。特に「困惑に乗じて」という類型については、行為者に積極的な働きかけの言動がなくても、被害者の「困っていた」という申告だけで処罰の対象とされる可能性がある。
性や恋愛は人間の根源的な営みであり、その有り様は人それぞれであって、個人の高度なプライバシーに属し、その選択と自己決定に任されるべきものである。そこに踏み込むおそれのある刑事罰であることに鑑み、謙抑性を重視し、必要性及び相当性の判断は厳格になされなければならない。
また、現在、法制審議会の刑事法(性犯罪関係)部会において性犯罪に係る刑法改正の議論がなされており、その中で、地位・関係性を利用した性的行為に対する罪の新設等が検討されている。これにより、例えば知的障害を有する子どもの監護者による性被害に対する処罰はカバーされる可能性がある。本処罰規定の必要性に関わる議論であり、この議論の経過も踏まえる必要がある。
子どもを性被害から守るための条例に淫行処罰規定を盛り込むべきかどうかについては、賛否両論がある。県は、拙速にならず、相当に慎重な検討のうえ、県民全体の十分な議論を経て、その是非を判断するべきである。

6 深夜外出の制限については、保護者の委託等正当な理由なく深夜に子どもを連れ出す等の行為を禁止することの必要性は理解しうる。
しかし、それ以外の規定は、子どもが深夜に外出することそれ自体を原則として認めないという前提に立つものであり、子どもの行動の自由に対する制約の度合いが大きい。当該子どもの帰宅できない事情を一切考慮することなく、一律に帰宅を促すというのも問題である。これらについても、慎重な検討が必要である。

7 その他、条例モデルに示された相談体制の充実、保護者を含む大人に対する啓発活動、人材育成の取組に対する支援は、いずれも重要な取り組みであり、着実に実施される必要がある。また、県民運動の活性化の方策も欠かすことはできない。
これらの諸施策及び子どもに対する教育、被害者支援については、施策の継続性を確保するという観点から、全てを条例化すべきである。間違っても、規制項目のみを条例化して終わりということはあってはならない。

8 以上のとおり、当会は、県に対し、規制項目については慎重な検討を求めつつ、子どもを性被害から守るための教育、被害者支援その他の施策については条例を制定して積極的に推進することを求める。

 
平成28年2月6日
 
長野県弁護士会              
会長  髙 橋 聖 明

夫婦同氏の強制及び再婚禁止期間についての最高裁判所大法廷判決を受け,民法の差別的規定の早期改正等を求める会長声明

夫婦同氏の強制及び再婚禁止期間についての最高裁判所大法廷判決を受け,民法の差別的規定の早期改正等を求める会長声明
 
2016年(平成28年)2月6日     
長野県弁護士会                
 会 長  髙 橋 聖 明

1 最高裁判所大法廷は,平成27年12月16日,女性のみに6ヶ月間の再婚禁止期間を定める民法第733条について,「100日超過部分」は「過剰な制約」として憲法に違反している旨判示する一方,夫婦同氏を強制する民法第750条については同制度が合理性を欠くとは認められないとして憲法に違反しないとの判断を下した。

2 当会は,これまで平成22年4月30日付「民法(家族法)の早期改正を求める会長声明」において表明し,上記両規定の改正を求めてきた。この度の民法第733条違憲判決は,当会の主張に沿うものであり,その限りで妥当なものと評価することができる。しかしながら,下記の通り,100日以内を合憲とした点は,依然合理的な制約とは言えず反対である。また,夫婦同氏制を規定する民法第750条につき合理性を欠くとは言えず合憲とした点も,合理的な理由によるものとは評価できず,反対である。


(1)民法第733条につき,多数意見は,婚姻をすることについての自由は憲法第24条1項の趣旨に照らし,十分に保障されるべきものなので,本件規定が再婚をする要件に関し男女の区別をしていることに対しては,立法目的に合理的な根拠があり,かつ,その区別の具体的内容が立法目的との関連において合理性を有するものであるか否かという観点から憲法適合性の審査を行うのが相当であるとした上で,本件規定の立法目的は,嫡出子について出産の時期を起点とする明確で画一的な基準から父親を推定し,父子関係を早期に定めて子の身分関係の法的安定を図ることにあって合理性が認められるが,かかる立法目的を実現し父子関係の重複を回避するためには,計算上100日の再婚禁止期間を設ければ足り,それを超える部分については上記立法目的との関連において合理性を欠くものである,と判断している。
しかしながら,婚姻の自由は,家族の形成・維持に係わる事柄として自己決定権の中核をなすものであるから,かかる自由に対する制限や区別に対する合憲性については,立法目的の合理性や手段の合理的関連性に関しより厳格な審査を行う必要がある。本件規定に関しては,仮に,上記多数意見が指摘するような立法目的の合理性が認められるとしても,父性推定の重複回避のために再婚禁止期間を設けなければならない場合は極めて例外的である上,父子関係については,立法当時とは異なりDNA検査により極めて正確に確定することができるようになっているのであるから,そのような科学技術の発達の状況を踏まえれば,上記目的を達成するために再婚禁止期間を設ける必要性・合理性は既に失われているものと言わざるを得ない。
 (2)民法第750条につき,多数意見は,氏名は,人が個人として尊重される基礎であり,個人の人格の象徴であって人格権の一内容を構成するものであるが,氏に関しては,夫婦やその子が同一の氏を称することにより,社会の構成要素である家族の呼称として一体性を確保する意義があり,氏が婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることはその性質上当然に予定されているのであるから,婚姻の際に氏の変更を強制されない自由は人格権の一内容とまでは言えないとし,夫婦が同一の氏を称することは,家族という一つの集団を構成する一員であることを対外的に公示し識別する機能を有しており,子においても夫婦の共同親権に服する嫡出子であることを示すことができ,いずれの親とも氏を同じくすることによる利益も享受しやすくなること,他方,夫婦同氏制といっても婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではないから,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度とは言えない,と判断している。
しかしながら,氏は、家族(夫婦と子という身分関係)の一体性を確保するためにあるだけでなく,個人が自己実現を図るためのアイデンティティとして,社会において個人の尊厳の基礎である個人識別機能を実現するものであって,このような氏を尊重しその変更を強制されない権利は,重要な人格権を構成するものと言わなければならない。殊に,女性の社会進出が進んでいる現代社会においては,この意義はより一層尊重されなければならないと確信する。氏が家族という社会の基本的な集団単位の呼称であり,家族を構成する一員であることを公示し識別する機能があるとしても,夫婦のあり方や家族の形態の多様化の下に,一片の例外も許さずに一律に同氏を強制しようとすることには合理性が存するとは到底言えない。又,通称使用についても,あくまで便宜的かつ例外的な対処であり,公的文書には用いることができない等極めて不安定・不確実なものであるから,夫婦同氏を認める合理的な根拠には到底なり得ない。

4 日本弁護士連合会及び他の連合会並びに当会をはじめとする多くの弁護士会においてこれまで再三再四主張してきたとおり,民法第750条は,憲法第13条,14条及び24条に反するのみならず,女性差別撤廃条約第16条第1項(b)が保障する「自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」及び同項(g)が保障する「夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」にも反するものである。また,我が国の法制審議会からの法改正の答申及び国連の女性差別撤廃委員会から再三の法改正勧告があったにもかかわらず,「家族の一体感が損なわれる」などの抽象的な理由で,国会は現在まで頑なに法改正を拒否してきた状況がある。

5 以上の状況を踏まえ,当会は,国に対し,改めて民法第733条の廃止及び同第750条の改正を速やかに実施するよう強く求めるものである。
以 上

司法修習生に対する給付型の経済的支援を求める会長声明

司法修習生に対する給付型の経済的支援を求める会長声明
2016年(平成28年)1月20日
 長野県弁護士会        
 会長 髙 橋 聖 明   

司法修習生への給付型の経済的支援(修習手当の創設)については,この間,日本弁護士連合会をはじめ,当会を含む全国の各弁護士会に対して,多くの国会議員から賛同のメッセージが寄せられているが,今般,賛同メッセージの総数が,衆参両院の合計議員数の過半数を超えた。メッセージを寄せていただいた国会議員の皆様に心より感謝申し上げる。

司法制度は,社会に法の支配を行き渡らせ,市民の権利を実現するための社会的インフラであり,これを担う法曹になる司法修習生は,公費をもって養成するべきである。このような理念のもとに,我が国では,終戦直後から司法修習生に対し給与が支払われてきた。しかし,この給費制が、2011年(平成23年)11月から貸与制(修習期間中に費用が必要な修習生に対して修習資金を貸与する制度)に変更された。この修習資金の債務に加え,大学や法科大学院における奨学金の債務を負っている修習生も多く,その合計額が多額となる者も少なくない。法曹を目指す者は,年々減少の一途をたどっているが,こうした重い経済的負担が法曹志望者の激減の一因となっていることが指摘されている。

こうした事態の中で,昨年6月30日に政府の法曹養成制度改革推進会議が決定した「法曹養成制度改革の更なる推進について」において,「法務省は,最高裁判所等との連携・協力の下,司法修習の実態,司法修習終了後相当期間を経た法曹の収入等の経済状況,司法制度全体に対する合理的な財政負担の在り方等を踏まえ,司法修習生に対する経済的支援の在り方を検討するものとする。」とされた。これは,それまでの貸与制を前提とする支援から,給費型の経済的支援の実現に向けた大きな一歩と評価することができる。これは,賛同いただいた国会議員,市民,諸団体の皆様との運動の成果である。

法務省,最高裁判所等の関係機関は,有為の人材が経済的な理由によって法曹となることを断念することがないよう,司法修習生に対する経済的支援策について直ちに検討を開始し,司法修習生が安心して修習に専念できるような給付型の経済的支援(修習手当の創設)を実現すべきである。

当会は,国に対し,国会議員の賛同メッセージが過半数を超えたことを踏まえ,早期に給付型の経済的支援(修習手当の創設)を内容とする裁判所法の改正を求めるものである。
以 上

消費者庁・国民生活センター・消費者委員会の地方移転に反対する会長声明

消費者庁・国民生活センター・消費者委員会の地方移転に反対する会長声明
 
2016年(平成28年)1月9日
長野県弁護士会 会長 髙 橋 聖 明

政府は,「まち・ひと・しごと創生本部」に「政府関係機関移転に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という。)を設置して,政府関係機関の地方移転を検討しているところ,現在,徳島県からの提案を受け,消費者庁,国民生活センター(相模原事務所を含む全体),消費者委員会を同県に移転することが具体的に審議されている。
しかしながら,消費者庁,国民生活センター,消費者委員会の地方移転は,これら機関の機能を低下させ,我が国の消費者行政の推進を阻害することになるから,当会は,これらの地方移転に強く反対する。
有識者会議は,道府県等からの提案のうち「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関」や「官邸と一体となり緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担う機関」に係る提案,「現在地から移転した場合に機能の維持が極めて困難となる提案」については受け付けないものとしているが,消費者庁,国民生活センター,消費者委員会の地方移転は,受け付けられない提案の典型である。
すなわち,消費者庁は,食品偽装問題や中国産冷凍餃子への毒物混入事件などの重大な消費者問題の発生を受け,従来の消費者行政が各省庁による縦割りであったことによる弊害が問題視された結果,消費者行政を一元化し,安全安心な市場の確保を図るため,政府全体の消費者行政を推進する司令塔の役割を担うべき機関として創設され,重大事故の発生時には,官邸と一体となった緊急対応を行うこととされたのである。現に,一連の偽装表示事案においては官房長官の下で,冷凍食品からの農薬検出事案においては担当大臣の下で,関係省庁と連携しその司令塔となって速やかに対応しているところである。
消費者問題は国民生活のあらゆる場面に関わることから,消費者庁は,政府全体の消費者行政にかかる消費者基本計画の策定,消費者被害防止のための消費者安全法に基づく他省庁が所管する法律の権限発動の働きかけ,所管法・所管大臣がない隙間事案への対応,新規立法や法改正の作業など,日常的にほぼ全ての政府関係機関と連携し一体となった業務を行っている。今後,消費者庁が地方移転することになれば,その業務の実効的な遂行は阻害されかねない。
また,国民生活センターは,全国の消費生活相談情報を集約・分析し,消費者庁と連携して,諸問題を検討して関連省庁に意見を述べ,地方消費者行政を支援し,消費者・事業者・地方自治体・各省庁に情報提供を行っている。これを切り離して地方移転することは,消費者行政全体の機能の低下をもたらすことになる。
さらに,消費者委員会は消費者庁等からの諮問事項を審議するほか,任意のテーマを調査して他省庁への建議等を行うという監視機能を有している。他省庁からの諮問を受ける場合も建議等の監視機能を行使する場合も,他省庁や関連事業者,事業者団体からの事情聴取や協議が頻繁に行われており,地方移転となれば他省庁との関係は希薄化し大幅な機能低下が懸念される。
以上,消費者庁,国民生活センター,消費者委員会は,いずれも,有識者会議の示す地方移転の提案を受け付けない機関の典型であり,これらの機関が地方に移転すれば我が国の消費者行政の推進を大きく阻害することは明らかであるから,当会は,これらの地方移転に強く反対するものである。
以上

面会室内での写真撮影等に関する会長声明

面会室内での写真撮影等に関する会長声明
平成27年11月10日
長野県弁護士会
会長  髙 橋 聖 明

第1 意見の趣旨
刑事収容施設において,弁護人による写真撮影等について不当な制約がなされることのないよう強く要請する。

第2 意見の理由
1 接見交通権は,憲法第34条が保障する被疑者・被告人が弁護人から援助を受ける権利の中核であり,刑事手続上最も重要な権利である。このような権利が保障されてこそ,弁護人は,被告人等の刑事手続上の諸権利を実現すべく,被告人にとって,誠実にして最善の弁護活動をすることができ,ひいては,適正な刑事裁判が実現することができる。

2 弁護人が,東京拘置所で勾留中の被告人と面会室で接見していた際に,被告人の様子を写真撮影したところ,拘置所職員がこれを制止し,接見を中断させた事件があった。
この事件に関して,拘置所職員の行為が接見交通権や弁護活動の自由を侵害するとして国家賠償を求めたところ,平成26年11月7日,第一審の東京地方裁判所は,接見交通権の重要性から,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)第117条,第113条第1項1号ロ及び第2項に基づき弁護人の接見を中止することができるのは,具体的事情の下,未決拘禁者の逃亡・罪証隠滅のおそれ,その他の刑事施設の設置目的に反するおそれが生ずる相当の蓋然性があると認められる場合に限られるとして,拘置所職員による撮影制止・接見中止行為は違法であり,国家賠償を認める判決を言い渡した。

3 ところが,平成27年7月9日,その控訴審である東京高等裁判所第2民事部は,原判決を破棄し,請求を棄却するとの判決を言い渡した。
同判決は,まず,写真撮影等の禁止について,刑事訴訟法39条1項にいう「接見」は,「面会」と同義に解されること,刑事訴訟法が制定された昭和23年7月10日当時,カメラやビデオ等の撮影機器は普及しておらず,弁護人等が被告人を写真撮影したり動画撮影したりすることは想定されていなかったことなどを理由に,接見時の様子や結果を弁護人が音声や画像等に記録化することは「接見」には本来的に含まれないと判断した。
その上で,情報の記録化のための行為のうち,メモ以外の行為が許されるか否かは,記録化の目的及び必要性,その態様の相当性,立会人なくして行えることからくる危険性等の諸事情を考慮して検討されるべきであり,広範囲な制約が及ぶとしながら,メモ以外の情報の記録化をするためには,刑事訴訟法第179条の証拠保全を行えば足りるから,弁護活動を不当に制約することにならないとした。
そして,接見を中止させたことについては,「刑事施設の規律及び秩序を害する行為」(刑事収容施設法第117条,第113条第1項1号ロ及び第2項)があれば,弁護人の接見に対して,その行為の制止,面会の一時停止及び終了などの措置をとることができ,違法となるものではないとした。

4 周知のとおり,科学技術は飛躍的な発展を遂げており,市民の生活環境は大きく変化しているのであって,それに即した刑事訴訟法の解釈・適用がなされるべきであることはいうまでもない。しかるに,前記東京高裁判決は,あくまで刑事訴訟法制定当時の事情にこだわり接見交通権の内容を限定的に解釈するものであって,接見交通権が憲法に由来する権利であることを否定するに等しい。
接見時の写真撮影や録音録画は,弁護人のメモやスケッチに準じるものであることはもちろん,主観を差し挟む余地のない客観的な証拠の保全方法であることに鑑みれば,メモやスケッチ以上に重要な手段と位置づけることができる。
したがって,弁護人が弁護活動の一環として接見室内で写真撮影等を行うことは,具体的な事情の下において逃亡のおそれ等が生ずる相当の蓋然性がない限り,弁護人の弁護活動の一環として当然に認められるべきものである。

5 前記東京高裁判決を契機に,今後,刑事収容施設において,写真撮影等をすることが不当に制約され,弁護人の弁護活動に支障が生じ,ひいては,被疑者・被告人の防御権の保障が損なわれる結果となることが憂慮される。
そこで,当会は,刑事収容施設において,弁護人による写真撮影等について不当な制約がなされることのないよう強く要請するものである。
 
以 上

安全保障関連法案の採決強行に抗議する会長談話

安全保障関連法案の採決強行に抗議する会長談話
平成27年9月25日
長野県弁護士会
                      会長  髙  橋  聖  明

9月19日、参議院本会議において、安全保障関連法案の採決が強行された。  
当会は、この間、再三、本法案の制定に強く反対することを表明してきた。同様に、国内全ての各地の弁護士会や日本弁護士連合会も反対の意見表明を行ってきた。
その主たる理由は、本法案が、第1に、「存立危機事態」の名のもとに集団的自衛権の行使を容認し、わが国が攻撃を受けていないにもかかわらず、自衛隊が海外で戦闘行為・武力行使を行いうるとしているからである。第2に、「重要影響事態」「国際平和支援」の名のもとに、自衛隊が世界中どこでも地理的制限なしに広範に米国軍その他の外国軍の「後方支援」を行うことができるようにするものであって、いかなる事態に対しても「切れ目のない」対応を可能にするとして、なし崩し的に自衛隊が戦闘行為に参加することを認めるものであり、自衛隊の武力行使や集団的自衛権行使への道を一層広げるものであるからである。これらは、いずれも憲法の定める恒久平和主義に反すると言わなければならない。
さらに、本法案の国会審議が始まってからは、衆議院憲法審査会における3名の参考人をはじめとする多くの憲法学者、歴代の内閣法制局長官、さらには元最高裁長官を含む最高裁判事経験者からも、本法案の違憲性が指摘されるに至った。
これに対し、国会において、政府による十分な説明がなされたとは到底言えない状況である。この間の世論調査によれば、国民の多数がこの法案に反対しており、また少なくともこの国会での成立には圧倒的多数が反対している。このことは、本法案に対する国民の理解が深まらなかったことを示している。
それにもかかわらず、国会での議席が多数であることに依拠し、本法律を成立させることは、国民の意思に反するものであって、「多数者の専制」とも言うべき暴挙と言わなければならない。
当会は、このように、十分な審議も尽くさないまま、参議院が採決を強行したことは、立憲民主主義国家として許されないことであるとの立場から、強く抗議するものである。
しかし、忘れてはならないことは、本法律は、可決成立したとしても、いずれも憲法違反であって、国の最高法規である憲法に反する法律、命令、条例、国務に関するその他の行為は、効力を有しない(日本国憲法98条)ということである。
今後、政府が本法律に基づく様々な措置を実行すれば、それらは全て憲法に反する無効な行為であり、国民に重大な人権侵害を生ぜしめるおそれがある。
日本国憲法の下で制定された弁護士法は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」とし、その使命に基き、「誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」としている(弁護士法1条)。
当会は、この使命を果たすべく、本法律の条項の適用及び運用に反対し、さらに廃止に向けた取組を進めていくとともに、本法律の施行によって生ずるであろう人権侵害の救済の取組も行っていく決意を表明するものである。
                               以 上

特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書

特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書
2015年(平成27年)8月8日
長野県弁護士会                  
会  長  髙  橋  聖  明

第1 意見の趣旨
特定商取引に関する法律を改正し、訪問販売及び電話勧誘販売について、事前拒否者への勧誘禁止制度(訪問販売について「Do−Not−Knock制度」、電話勧誘販売について「Do−not−Call制度」)を導入することを求める。

第2 意見の理由
1 現在、内閣府消費者委員会特定商取引法専門調査会では、特定商取引に関する法律(以下、「特定商取引法」という。)の改正へ向けた検討が行われており、訪問販売及び電話勧誘販売について、事前拒否者への勧誘を禁止する制度の是非が議論されている。

2 現行の特定商取引法では、訪問勧誘・電話勧誘を受けた消費者が、勧誘にかかる契約を締結しない意思表明をした場合に、継続した勧誘や再勧誘をする行為のみが禁止されている(特定商取引法第3条の2第2項、第17条。継続勧誘・再勧誘の禁止)。
他方、消費者が、例えば「訪問勧誘お断り」のステッカーを玄関ドア外側に貼るなどして、予め、包括的に勧誘を拒絶する意思を表示していても、このような行為は、前記勧誘にかかる契約を締結しない意思表明とは認められていない(消費者庁「特定商取引に関する法律第3条の2等の運用指針−再勧誘禁止規定に関する指針−」)。
すなわち、消費者は、現行法上、訪問勧誘・電話勧誘を事前に拒絶・回避する手段を有しておらず、事業者による突然の訪問や電話にその都度応答した上で、それぞれの事業者に対し、個別に拒否の意思を伝えなければならない現状にある。
しかし、これでは、望みもしない事業者からの勧誘に伴う迷惑自体を免れることができず、生活の平穏やプライバシーを十分に確保することができない。
また、いったん事業者による巧みな勧誘が開始されてしまうと、消費者の側でこれを拒絶することは容易でなく、消費者が不本意な契約や不当な契約を締結させられる事例も多発している。  

3 全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO−NET)のデータによれば、2008年の特定商取引法改正以降の相談件数は、訪問販売全体では近年やや減少傾向にあるが、家庭訪販については増加傾向にあり、電話勧誘販売についても増加傾向にある(内閣府消費者委員会特定商取引法専門調査会(第4回)における消費者庁からの配付資料「訪問販売・電話勧誘販売等の勧誘に関する問題についての検討」)。
さらに、60歳代以上の高齢者が契約当事者である相談の割合は、訪問販売で53.6%、電話勧誘販売で70.8%を占めており、店舗販売や通信販売と比較して、極めて高い割合を示している(国民生活センター「2013年度のPIO−NETにみる消費生活相談の概要」)。長野県内でも、同様の傾向である(長野県「平成26年度の消費生活相談の状況」)。
高齢者は、自宅にいる機会が多く、認知症等により判断力が低下している場合が少なくないところ、上記のデータは、そのような高齢者を狙って、不意打ち的な訪問勧誘・電話勧誘が広く行われている実態を表していると考えられる。
今後も、高齢者の独居あるいは夫婦のみの世帯が増加していくことが見込まれる中、現行の特定商取引法で定める継続勧誘・再勧誘の禁止の規制だけでは、訪問勧誘・電話勧誘による消費者被害の発生を十分に防止できないことは明らかである。

4 そもそも、事業者からの勧誘を受けるかどうかは、消費者の自己決定権の下に位置づけられるものである(「消費者基本計画」2015年3月24日閣議決定)。すなわち、事業者の営業活動において、「勧誘を望まない」という消費者の意思は当然尊重されなければならない。
とりわけ、近時の調査によれば、消費者の96%以上が訪問勧誘・電話勧誘を「全く受けたくない」と回答しているのである(消費者庁「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」2015年5月)。
このような現状をみれば、予め勧誘を拒否する意思を表明した消費者に対し、事業者があえて勧誘することを認める正当性・合理性はまったくないといわざるをえない。

5 以上より、現行の特定商取引法の規制だけでは、消費者被害の発生を十分に防止できず、また、消費者の生活の平穏等を確保することもできないことから、特定商取引法を改正し、事前拒否者への勧誘禁止制度を導入することが必要である。
具体的には、訪問販売については、訪問勧誘を望まない消費者が、勧誘を受ける意思がない旨を表示したステッカーを門戸に表示した場合には、事業者は勧誘を行ってはならないとする制度(Do−Not−Knock制度)を導入すべきである。
この点、事前拒否の方式については、ステッカー方式の他に、登録簿への登録による方式もあるが、既に多くの自治体においてステッカーを配布する取組が重ねられていること、登録簿の管理のためコストがかかることから、前者の方式によるべきである。
また、電話勧誘販売については、電話勧誘を受けたくない消費者が電話番号の登録を行い、登録者への電話勧誘を法的に禁止する制度(Do−not−Call制度)を導入すべきである。
この制度における事業者による登録者の確認方法については、事業者が保有していない情報を新たに取得することを防ぐため、いわゆるリスト洗浄方式(事業者が電話番号等のリストを登録機関に開示し、登録機関がそこに登録者の情報があるかを確認する方式)によるべきである。
これらの制度は、既に欧米各国、オーストラリア、韓国等の諸国で採用され、実績を上げているところであり、「Do−Not−Knock制度」に関しては、日本国内でも条例を設けている自治体があり、これに法律上の根拠を与え、全国に拡大する意味を有するものである。

6 これに対し、訪問販売及び電話勧誘販売を行う事業者から、「営業の自由」に対する過剰な制約であるとの反対意見が出されている。
しかし、営業の自由も、人が嫌がることを行うことを正当化するものではありえない。事前拒否者に対する勧誘は、住居等の管理権ないしは私生活の平穏を本人の意に反して侵害する行為に他ならず、「営業の自由」として保障される行為とはいえないものである。
また、事前拒否者への勧誘禁止制度は、営業活動についての時・場所・方法の規制にすぎない。すなわち、同制度の下であっても、事業者は、消費者から承諾を得た勧誘や、勧誘を拒絶してない者に対する勧誘を行うことはできるし、訪問・電話以外の方法による勧誘を行うこともできる。
さらに、電子メール広告については事前の同意がある場合のみ送信できるというオプト・イン方式を採用しているが(特定商取引法第12条の3、同第36条の3,同第54条の3、特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第3条)、これと比較してもより緩やかであり、管理者の管理権や私生活の平穏を求める権利を保護するための最小限の規制といってよいものである。
したがって、事前拒否者への勧誘禁止制度は、営業の自由を過剰に制約するものではない。

7 以上のとおりであるから、当会は、特定商取引法を改正し、訪問販売及び電話勧誘販売について、事前拒否者への勧誘禁止制度を導入することを強く求める。

 
以 上

安全保障関連法案の衆議院採決に抗議し廃案を求める会長談話

安全保障関連法案の衆議院採決に抗議し廃案を求める会長談話
平成27年8月8日
                     長野県弁護士会
                      会長  髙  橋  聖  明

1 衆議院安全保障特別委員会において、7月15日、安全保障関連法案が強行採決され、翌日、衆議院本会議においてもこれの採決がなされた。

2 当会は、この間、再三、安全保障関連法案の制定に強く反対することを表明してきた。
それは、この法案が、第1に、「存立危機事態」の名のもとに集団的自衛権の行使を容認し、わが国が攻撃を受けていないにもかかわらず、自衛隊が海外で戦闘行為・武力行使を行いうるとしているからである。第2に、「重要影響事態」「国際平和支援」の名のもとに、自衛隊が世界中どこでも地理的制限なしに広範に米国軍その他の外国軍の「後方支援」を行うことができるようにするものであって、いかなる事態に対しても「切れ目のない」対応を可能にするとの名のもとに、なし崩し的に自衛隊が戦闘行為に参加することを認めるものであり、自衛隊の武力行使や集団的自衛権行使への道を一層広げるものであると言わざるを得ないからである。
このような法案は、日本国憲法の定める恒久平和主義、立憲主義に反するものであるし、万一、これらの法案が可決成立したとしても、いずれも憲法違反であるとの評価は免れない。
憲法は、国の最高法規であり、その条規に反する法律、命令、条例、国務に関するその他の行為は、効力を有しない(日本国憲法98条)のであって、憲法に反する安全保障関連法案は、国会での多数決によっても正当化されるものではない。

3 さらに、この間の世論調査によれば、国民の多数がこの法案に反対しており、また少なくともこの国会での成立には圧倒的多数が反対している。それにもかかわらず、国会での議席が多数であることに依拠し、法案の成立を図ろうとすることは、国民の意思に反するものである。今回の強行採決や今後も議席の多数に依拠して法案の成立を図ろうとすることは、国民の意見を無視し、民主主義を根底から覆すものであり、「数の力」をふりかざした暴挙、民主主義に名を借りた専制と言わなければならない。

4 日本国憲法の下で制定された弁護士法は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」とし、その使命に基き、「誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」としている(弁護士法1条)。
当会は、この使命を果たすべく、日本国憲法の掲げる、立憲主義、恒久平和主義、国民主権、そして基本的人権の尊重という基本理念を堅持し、戦争のない平和な社会を守るため全力で取り組むことを表明してきた。
この立場から、今回の、安全保障関連法案の衆議院採決に強く抗議するとともに、本法案の廃案を求めることを表明するものである。
                               以 上

「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」における罰則の強化等に反対する意見書

「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」における罰則の強化等に反対する意見書
2015年8月8日
長野県弁護士会
会長  髙 橋 聖 明

第1 意見の趣旨

政府は,2015年3月6日,出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案(以下「本改正案」という。)を国会に提出した。本改正案は,偽装滞在者対策の強化を目的として罰則の整備(第70条第1項第2号の2,第74条の6),在留資格取消事由の拡充(第22条の4第1項),退去強制事由に関する規定の整備等を内容とする。
1 偽装滞在者対策の強化を目的とする罰則の整備については,このような刑罰規定を導入しなければならない立法事実が存在しないこと,構成要件が曖昧であり濫用の危険及び萎縮効果があること,難民認定申請を萎縮させる危険があること,刑罰の謙抑主義に反すること,弁護士等の職務への不当な介入のおそれがあること等を理由に,当会はこれに反対する。
2 在留資格取消事由の拡充については,就労等の在留資格を有する外国人の地位を著しく不安定にするおそれがあることを理由に,当会はこれに反対する。

第2 意見の理由

1 偽装滞在者対策の強化を目的とする罰則の整備について
(1)改正案の内容
ア 本改正案第70条第1項第2号の2について
本改正案第70条第1項第2号の2は,「偽りその他不正の手段により,上陸の許可等を受けて本邦に上陸し,又は第4章第2節の規定による許可を受けた者 」について,「3年以下の懲役若しくは禁固若しくは300万円以下の罰金に処し,又はその懲役若しくは禁固及び罰金を併科する」としている。
イ 本改正案第74条の6について
本改正案第74条の6は,「営利の目的」で本改正案第70条第1項第2号の2に規定する行為の「実行を容易にした者」は,「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する」としている。
ウ 改正による影響
以上の法改正により,本改正案第70条第1項が規定する入管関係手続を行った者が同項によって処罰される場合,例えば資料を作成することに協力した親族や職場の上司等の関係者までも,その共同正犯や幇助犯等の共犯として訴追の対象となり得る。
職務として入管関係手続の申請代理を行っている弁護士や行政書士に対しては,さらに本改正案第74条の6により「営利目的」で「偽りその他不正の手段によ」る申請によって許可を受けることの「実行を容易にした」として,幇助犯よりも加重された刑罰規定の下での捜査及び訴追が及ぶことになりうる。
(2)刑罰規定を導入しなければならないだけの立法事実がない
政府は,本改正案を国会に提出する背景として,在留資格を不正に取得する者等(いわゆる偽装滞在者)が問題となり,偽装等の手口が悪質巧妙化していることが背景にあること,2014年12月10日に閣議決定した「『世界一安全な日本』創造戦略」が「不法滞在対策,偽装滞在者対策等の推進」を掲げ,不法滞在者及び偽装滞在者の積極的な摘発を図り,在留資格を取り消すなど厳格に対応していくと共に,これらを助長する集団密航,旅券等の偽変造,偽装結婚等に係る各種犯罪等について,取締りを強化するとしていることを挙げる。
しかし,不法残留者は,政府統計によると1993年の29万人強から2015年1月1日時点で約6万人にまで大幅に減少しており,新たに刑罰法規を導入して対処しなければならないような切迫した状況にあるとはいえない。
偽装滞在者についても,2013年末時点における中長期の外国人在留者は169万人であるのに対し,上陸と在留関係手続での不正行為を理由に在留資格を取り消された者の数は2013年中で200人弱にとどまり,新たに刑罰法規を導入して対処しなければならないような状況とはいえない。
密航については入管法第70条第1項第2号,偽造旅券の行使については偽造私文書等行使罪(刑法第161条),偽装結婚に対しては公正証書原本等不実記載罪(同法第157条)等現行法規で対処することが可能であり,申請事実の真実性の有無に関してまで刑罰の対象を拡大する必要性はない。
(3)構成要件が曖昧であり,濫用の危険及び萎縮効果が存在する
改正案の「偽りその他不正の手段により」という要件も曖昧である。
その結果,例えば申請書等の記載事項の真実性が証明できなかった場合や,申請書の所定欄への不記載の場合等も処罰の対象となり,入管当局において虚偽の申立であると判断した場合に申請者は在留資格の取消対象となるだけでなく,告発等によって捜査及び訴追の対象となることが想定される。
入管在留関係手続の記載事項や提出書類は多岐にわたり,申請者の出身国における職歴に関する証明書等海外で作成されたものも多い。出身国での過去の勤務内容の専門性,日本人などとの内縁関係の有無などの生活事実等評価を含む事実もある。このような実情をふまえれば,真実性の有無の判断が判断者により異なることも大いにあり得,濫用的な告発等によって,申請者だけでなく,その親族,雇用主,申請代理や取次を行う弁護士や行政書士,留学先の職員等多くの関係者も,共同正犯や幇助犯として捜査や訴追の対象となるおそれがある。
その結果,申請者本人やその関係者らに著しい不利益を及ぼし,また,多大な萎縮効果をもたらしかねず,出入国管理手続きの公正な運用が阻害される危険がある。
(4)難民認定申請を萎縮させる危険が存在する
ア 出身国で迫害を受け,あるいは迫害を受ける差し迫った危険から逃れるために日本を目指す難民認定申請者が,その出身国政府から正規の旅券を取得できないまま出国すること自体を非難することについては,人道上の見地からは困難である場合があり,難民申請という真の目的を出身国政府に告げて旅券を取得することを難民認定申請者に求めることは,非現実的な場合もありうる。
難民認定申請の実情を見ると,出身国での迫害から逃れてきた難民認定申請者は,生命や身体への差し迫った危険から逃れたいとの心情から,来日目的として観光や親族訪問などを入国審査官に告げて「短期滞在」等の在留資格で上陸許可を受け,その後支援者や弁護士などの援助を得て難民認定申請を行う場合が多い。かかる現状がある以上,難民認定申請者の行為を直ちに非難することはできない。
しかし,本改正案はこのような難民認定申請者についても,難民申請という真実の上陸目的を偽ったことを捉えて「偽りその他不正の手段により」上陸許可を得たとして刑罰が科され得ることになる。
イ 本改正案では,この刑罰の構成要件に該当する場合でも,難民であること等の証明があった場合は刑が免除されるとしているが,これは,前述の経緯で入国した難民認定申請者が難民と認定されなかった場合には直ちに処罰対象となりうることを意味する。
我が国の難民認定の実情が極めて抑制的である現状に鑑みれば(2014年の難民認定申請者数5000人に対し難民認定申請者数はわずか11名にとどまっている),刑の免除を受ける者は極めて限定されることになるし,難民該当性は否定されたものの,国際条約や人道的理由に基づいて在留が特別に許可される「補完的保護」を受けた者も処罰の対象とりうるという実質的に許容しがたい状況が発生することとなる。
このような罰則等の強化は,むしろ真に庇護を必要とする者に対して,難民認定申請を行うこと自体を躊躇させるという深刻な萎縮効果を生じさせかねない。
(5)刑罰の謙抑主義の原則に反する
政府は,罰則新設の目的を,偽りその他不正の手段によって在留資格を取得する者への対応であるとしている。
刑罰はその対象となる者に対する強い制裁であり大きな不利益を課すものであるから,その設定及び運用について謙抑的でなければならないのは,刑事法の要諦である。
前述のとおり,不法残留者の数が20年強の間に29万人強から約6万人にまで激減しているという現状からも,現行の行政処分や刑罰法規の外に新たな刑罰規定を導入してまで上陸関係や在留資格等の申請行為を規制すべき必要性はない。
真実に反する申請の排除は,そもそも入管当局が行う審査の正確性をより一層向上することによって解決すべき問題である。
以上のとおり,本改正案は刑罰の謙抑主義の原則にも反する。
(6)弁護士等の職務への不当な介入のおそれがある
本改正案では,申請者が罪に問われた場合,職務として申請行為を代理する弁護士や行政書士,親族,雇用主,留学先の職員等多数の関係者までも,その共同正犯や幇助犯等の共犯として訴追の対象となり得る。
さらに,職務として入管関係手続の申請代理を行っている弁護士や行政書士について,「営利目的」で偽りその他不正の手段による申請によって許可を受けることの「実行を容易にした」として,幇助犯よりも加重された刑罰規定の下での捜査及び訴追が及ぶことになる。
弁護士や行政書士が入管関係手続の申請代理を行う場合に故意に偽りの記載を行うことが許されないのは当然であり,正確な調査や立証に努めなければならない。
しかし,入管在留関係の申請書に記載すべき事項は多岐にわたり,申請者の出身国における職歴に関する証明書など海外で作成されたものも多い。行政機関による調査と異なり弁護士の調査には強制力がない以上限界があり,全ての事項についてその真実性を完全に調査しきれないまま申請を行うこともあり得る。このような場合にまで申請代理を行った弁護士や行政書士が「偽りその他不正の手段により」申請を行うことについて未必の故意があるとして訴追される危険がある。
本改正案には入管当局による弁護士や行政書士に対する告発濫用の防止規定がないから,弁護士や行政書士の職務行為に対する不当な介入がなされるおそれが大きい。

2 在留資格取消事由の拡充について
(1)本改正案第22条の4第1項は,入管法別表第一の就労等の在留資格を有する外国人の在留資格取消事由について,現行規定の「活動を継続して3か月以上行わないで在留している場合」に加え,所定の活動を行わず「他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合も在留資格取消事由とする。
(2)このような在留資格取消範囲の拡大等は,就労等の在留資格を有する外国人の地位を著しく不安定にするおそれがある。この在留資格取消事由の拡充により,就労等の在留資格を有する者が,退職等によって所定の活動を行わなくなったとされた場合には,これまでのように一定の期間を経過することなく(例えば勤務先を退職し無職となった直後に,新たな勤務先を探す暇もなく),直ちに在留資格取消の対象となり得ることになる。さらに,実際に他の活動を行っている場合だけでなく「行おうとしている」と判断されたに過ぎない場合でも在留資格取消の対象となる。「行おうとしている」との要件は曖昧であるから,入管当局の主観による安易な判断によって在留資格取消の対象とされるおそれがある。
在留資格が予定する活動を行わない者については,在留期間更新許否の審査や,現行の規定に基づく在留資格取消制度を適切に運用することによって対応可能であり,上記のような弊害が生じるおそれがある取消範囲の拡大をあえて行うべきではない。

3 結論
以上のとおり,本改正案における上陸や在留資格関係の申請に関係する罰則等の強化は,日本に在留する外国人や外国人の入管関係手続に関わる多くの者に重大な影響を及ぼすのみならず,弁護士や行政書士の職務への不当な介入を招くおそれがある。
また在留資格の取消事由の拡張は,在留資格のある外国人の地位を著しく不安定にするおそれがある。
したがって,当会は,本改正案におけるこれらの規定に対して強く反対する。
以 上

安全保障関連法案に反対し,衆議院本会議における強行採決に抗議する声明

安全保障関連法案に反対し,衆議院本会議における強行採決に抗議する声明

本日,衆議院本会議において,平和安全法制整備法案及び国際平和支援法案(以下併せて「安全保障関連法案」といいます。)の採決が与党単独で強行され,可決されました。
関東弁護士会連合会は,集団的自衛権の行使や海外での武力行使を容認する「安全保障関連法案」が,日本国憲法第9条等の定める恒久平和主義の内容を根本から改変してしまうものであり,立憲主義の基本理念,国民主権の基本原理に違反していることを繰り返し指摘し,反対してきました。
そして,関東弁護士会連合会と管内の13の弁護士会は,本年7月9日から8月8日までの1か月間,このような法案の廃案を求め,各地で一斉行動を実施しております。
本年6月4日の衆議院憲法審査会における与党推薦者を含む参考人3名の憲法学者が憲法違反と明言し,また,報道機関の世論調査においても,国会における政府の説明は不十分であり,今国会での成立に反対であるとの意見が多数を占めています。
にもかかわらず,本日,憲法に明白に違反する「安全保障関連法案」が,衆議院において採決が強行されたことは,世論調査にも示されている民意を踏みにじるものであり,到底容認できません。
よって,関東弁護士会連合会と管内の13の弁護士会の会長は,採決の強行に対し強く抗議するとともに,本法案が廃案となるよう,今後も引き続き,全力を挙げて一斉行動に取り組む所存です。

 
2015年(平成27年)7月16日
 
関東弁護士会連合会理事長 藤田 善六
伊藤 茂昭 (東京弁護士会会長)
三宅 弘(第二東京弁護士会会長)
石河 秀夫 (埼玉弁護士会会長)
木島千華夫(茨城県弁護士会会長)
橋爪  健 (群馬弁護士会会長)
關本 喜文(山梨県弁護士会会長)
平  哲也(新潟県弁護士会会長)
岡 正晶(第一東京弁護士会会長)
竹森 裕子 (横浜弁護士会会長)
山本 宏行(千葉県弁護士会会長)
若狭 昌稔(栃木県弁護士会会長)
大石 康智(静岡県弁護士会会長)
髙橋 聖明(長野県弁護士会会長)

少年法の適用年齢の引下げに反対する会長声明

少年法の適用年齢の引下げに反対する会長声明
 
2015年(平成27年)7月6日
長野県弁護士会会長  髙 橋 聖 明

自由民主党は,公職選挙法の選挙権年齢を18歳以上に引き下げる改正に伴い,「成年年齢に関する特命委員会」を設置し,少年法の適用対象年齢の引下げについて検討を始めた。

しかし,選挙権年齢と連動して少年法の適用年齢を引き下げる必然性はない。先般の公職選挙法の選挙権年齢の引き下げは,国民投票の投票権年齢に合わせたものであるが,国民投票の投票権年齢が18歳とされたのは,世界の多くの国が18歳以上の者に選挙権を与えていること,将来の日本を背負って立つ若い人々に参加してもらいたいという考え等からである。我が国の青少年の成熟度や自立状況等が増したという背景によるものではなく,選挙「権」を得たからといって,大人と同じように「責任」をとるべきと考えることは,短絡的である。少年法の適用対象年齢を引き下げて,刑事罰を受けるという義務を拡大するということであれば,きちんとした立法事実の検証をしなくてはならない。法律の適用年齢を考えるにあたっては,当該法律の立法趣旨と目的に照らし,個別具体的に検討すべきである。

少年刑法犯の検挙人員は,昭和58年と平成25年と比較すると3分の1以下に減少している。また,行為時18歳以上の少年の一般保護事件の件数は,平成15年と平成25年で比較すると,半分以上も減少している。殺人事件の検挙人員数をみても,昭和30年代には400人を超えていたが,平成25年には55人にまで減少している。これら減少率は,少年人口の減少率を遥かに上回っており,少年事件が増加している事実も,凶悪化している事実もない。
現行少年法の適用年齢は,20歳までの非行が,未だ心身の発達が十分でなく,少年のおかれた環境その他外部的条件の影響を受けやすいために起こるものであり,刑罰よりも,保護処分による方が適切である場合が極めて多いことを理由として設定された。そして,この考えは現在においても妥当するものであり,これを変更すべき合理的理由はない。
加えて,我が国では,精神的・社会的に未熟な若年者が増加しているという指摘すらなされている。
従って,少年法の適用年齢を引き下げるべき立法事実はない。

少年法の適用年齢の引下げの理由として,重大事件を犯した少年に対する処分が甘すぎるとの指摘がなされる。しかし,その指摘は誤解に基づくものであり,少年法の適用年齢の引下げの理由にはならない。すなわち,少年法は,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた重大事件に関し,原則として裁判員裁判を経て刑事罰を科すと規定している(少年法20条2項)。さらに,これらの少年に適用される刑についても,平成26年の少年法改正により重罰化されたばかりである。行為時18歳以上の少年に対しては,死刑判決すら選択しうるのである。
少年法のもとでは,全ての少年事件は家裁裁判所に送致され,必要に応じて,事件の背景や少年の育ってきた環境等について,家庭裁判所調査官及び少年鑑別所による科学的専門的調査が行われ,その調査結果を踏まえた適切な処遇が決定され,再犯防止を図っている。成人では比較的軽微とされ,実刑にならない事件であっても,少年であれば少年院送致となる場合があり,成人と比して厳しい場合も少なくない。

  少年法の適用年齢を引き下げた場合の弊害も無視できない。すなわち,現状で少年被疑者の40%以上を占める18歳から19歳の少年が少年法の対象から外れた場合,家庭裁判所調査官や少年鑑別所,付添人等の関与がなく,犯罪の背景・要因となった資質や環境上の問題点に関する調査・分析と,立ち直りのための環境調整や働きかけが行われないままに,多くの少年被疑者が,起訴猶予や罰金または執行猶予となって刑事手続を終了し,社会に戻ることになる。
刑事裁判で実刑判決となった場合でも,刑務所を出所した成人若年者が5年以内に再び刑務所に収容される割合が30%台半ばであるのに対し,少年法の適用を受けた少年院出院者が5年以内に再び少年院又は刑務所に収容される割合は20%台前半であるという近時の調査結果もあり,20歳未満という可塑性に満ちた少年に対する少年法に基づく教育的処遇は,再犯防止に高い効果を上げているといえる。
従って,少年法の適用年齢を引下げは,再犯のリスクを高め,社会の安全にとっても,深刻な悪影響をもたらすことが懸念される。
少年法の適用年齢を維持し,非行を犯した少年が健全な大人へと成長するようにすることが,少年にとっても,社会全体にとっても利益になる。

  以上のとおりであるから,当会は,少年法の適用年齢の引下げに強く反対するものである。
 

災害対策を理由とした「国家緊急権」の創設に反対する会長声明

災害対策を理由とした「国家緊急権」の創設に反対する会長声明

災害対策を理由の一つとして,憲法改正による緊急事態条項すなわち「国家緊急権」の創設が超党派で議論されていると報道されている。
「国家緊急権」とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など,平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限とされている。自由民主党の憲法改正草案には,98条及び99条において緊急事態の宣言という名称で「国家緊急権」が明記されている。
しかしながら,国家緊急権は,行政府への権力集中と国民の人権の制限を図るものであるから,行政府による濫用の危険性が高く,国家権力を抑制して基本的人権を保障しようとする立憲主義を破壊する危険性を含んでいる。
災害対策についての現行法制は,内閣総理大臣は,国に重大な影響を及ぼすような異常かつ激甚な災害が発生した場合には,災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条),また,内閣は,国の経済の秩序を維持し,公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合において,国会が閉会中又は衆議院が解散中であり,かつ,臨時会の召集を決定し,又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないときは,生活必需物資等の授受の制限,価格統制,及び債務支払の延期等について必要な措置をとるため,政令を制定することができることとしている(同109条)。さらに,内閣総理大臣は,必要に応じて地方公共団体に指示をすることができるうえ(大規模地震対策特別措置法13条1項),警察庁長官を直接指揮監督して一時的に警察を統制することもできる(警察法72条)。また,防衛大臣が災害に際して部隊等を派遣することができる規定(自衛隊法83条)や,都道府県知事の強制権(災害救助法7条〜10条)及び市町村長の強制権(災害対策基本法59条,60条,63条〜65条)など,私人の権利を一定の範囲で制限する規定も設けられている。
このように,現行法制において緊急事態に対応するための制度は十分に整備されているのであり,立憲主義を脅かすような「国家緊急権」を新たに創設する必要性は認められない。
超党派で国家緊急権の議論を始めた理由として,東日本大震災における政府の初動の不備が挙げられているが,この原因は,国家緊急権の制度がなかったためではなく,既存の法制度に基づいて平時よりこれに対する準備を十分に行ってこなかったという防災・減災対策の不足である。東日本大震災の教訓は,自然災害に対する平時からの準備や対策を進めていくことに活かされるべきであって,「国家緊急権」を創設する理由とすべきではない。
以上,災害対策を理由として「国家緊急権」を創設することには理由がないことを確認するとともに,緊急事態の名の下に基本的人権を安易に制限する「国家緊急権」の創設に反対するものである。
2015(平成27)年7月4日
                                            長野県弁護士会 会長 髙 橋 聖 明

 

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の締結に反対する総会決議

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の締結に反対する総会決議  

第1 決議の趣旨
当会は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の締結に反対し、政府に対し、TPP交渉を直ちに打ち切ることを求める。

第2  決議の理由
1 TPPの締結は憲法上重大な疑義がある。
(1)TPPは、締結国間の貿易の拡大・多様化を進めるため、その障壁を除去し、サービス・貿易を円滑化すること、公平な投資機会を促進すること等を目的とする。ここを支配する理念は、自由競争至上主義である。
そのため、関税以外の方法により貿易等が阻害されるあらゆる法的規制、制度、慣行等を非関税障壁ととらえ、その除去を求められる。仮に、加盟国の事 情に応じ、一定の制約を認める場合であっても、予め、合意されることが求められ(ネガティブリスト条項)、その後、合意内容を後退させることは認められていない(ラチェット条項)。
この結果、TPPは経済的自由権に過大な保護を与えることとなり、日本国  憲法的価値観とは相いれない。日本国憲法は、経済的自由権について、健康や環境、弱者保護等の観点からの規制を認めているのであって、TPPはこの規  制権限を包括的に放棄するに等しくなり、憲法の定める国民の幸福追求権、生存権、その他の権利を阻害するおそれがある。

(2)現在政府によってすすめられているTPP交渉は、秘密保持契約を締結した上で行われており、TPP締結後も4年間は交渉原文、各国政府の提案、添付説明資料、交渉の内容に関するEメール等の情報を秘匿すべき秘密保持義務が課されている。そのため、国民及び国会がTPPに関し十分な情報を得ることができず、その内容の是非について議論することができなくなっている。この秘密保持条項の存在により十分な情報がないまま国会で審議することは国会の条約承認権を実質的に否定する結果となり、ひいては国民主権をも没却するものである。

2 ISDS条項は国家主権の放棄であること
ISDS(投資家対国家間の紛争解決)条項とは、投資家と投資先の国家間に紛争が発生し、6ヶ月以内に解決できない場合、投資の流れを強化することを目的として米国ニューヨークに設立された投資紛争解決国際センター(International Centre for Settlement of Investment Disputes)の仲裁人に解決を一任する制度であり、相手国又はその自治体は自国の裁判所に救済を求めることができず、上訴の手続きもない。
しかし、日本国憲法76条1項は「全て司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」と定め、同条2項は「特別裁  判所はこれを設置することはできない。」と定めているのであって、司法権の包括的放棄を求めるISDS条項は憲法違反の誹りを免れないし、国家主権の放棄でもある。
ISDS条項は、非関税障壁とされるあらゆる法令制度、政策(補助金の交付等)、慣行を広く審理の対象とするものであり、その影響は国家ないし地方自治体の存立を脅かすものである。

3 TPPは、食の安全を脅かすことをはじめとし、次のような国民生活の様々な分野に悪影響を及ぼすおそれが高い。

(1)日本の制度・文化が変容をきたすおそれがある。
TPPは、健康や環境保護のための規制についても、規制側に、健康被害や環境破壊の危険について科学的な証明を要求する。すなわち、危険についての科学的な証明がなされなければ規制措置をとれないということである。しかし、安全と立証されたものでなければ口にしないのは、日本国民の大多数の心情であり、日本的文化である。EU諸国でも認められている予防原則、すなわち、健康や環境に重大で不可逆的な影響を与える場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする考え方が採られるべきである。
今回のTPPの最大の問題点は、関税の引き下げというよりも、非関税障壁撤廃による国の制度、文化の変容を来すおそれが高いという点にある。

(2)食品添加物と残留農薬問題が顕在化する。
食品添加物の内、指定添加物は、平成17年6月1日に361品目であったものが、平成27年2月20日現在446品目に増えている。既存添加物は、平成26年1月30日現在365品目であり、現在、日本で認められている食品添加物は666品目(香料を除く)であるところ、アメリカで使える食品添加物は1612品目(香料を除く)と倍近くあり、大手化学企業により化学合成の添加物が次々と開発されており、TPP加入により、この流れが加速され、無認可の添加物が日本に流入することとなる。
また、残留農薬基準は、各農作物を国民が平均的に食べる量(厚生労働省の国民栄養調査によるフードファクター)から農薬の推定摂取量を計算し、その農薬を一生涯に渡って仮に毎日摂取し続けたとしても、危害を及ぼさないと見なせる体重1kg当たりの許容1日摂取量を求めるとされているが、米を主食とする日本とアメリカでは食生活が大きく異なっており、同一の基準で規制することは馴染まないし、日本にとっては有害となる可能性がある。
さらに、現在日本では、収穫後(ポストハーベスト)に散布される農薬(防カビ剤、殺菌剤)は、食品の保存に使われることから食品添加物として表示義務を課しているところ、米国はこの規制の撤廃を求めており、TPP加入により現制度の撤廃を余儀なくされるおそれもある。

(3)遺伝子組換食品の表示撤廃に道を開くこと
 現在、遺伝子組換作物は、年々増加し、その耕作地に占める割合はISAAA報告書(2013)によれば、世界の耕地面積13億6255万ヘクタールの11%にあたる1億7530万ヘクタール、大豆の79%、トウモロコシの32%を占めるに至り、米国では、大豆ないしトウモロコシのそれぞれ耕地面積に占める遺伝子組換作物の作付割合が90%を超し、近時遺伝子組換作物の作付は中南米やインド等を含む27カ国に広がっている。
日本においては、食品安全基本法に基づき遺伝子組換食品の安全審査をしているが、平成27年3月26日までに安全審査の手続を経たとされる食品は300品種、添加物は18品目と近時急速に増加しており、日本に輸入される大豆ないしトウモロコシの半分以上は遺伝子組換作物であると推定される。
日本は、加工食品表示基準により、遺伝子組換食品についての表示義務が課されているが、米国は表示義務を課していないし、韓国と米国のFTAにおいて、韓国は表示義務を課さないことで合意しており、TPPにおいても、韓国同様、譲歩を迫られるおそれが高い。

(4)国民皆保険制度の崩壊のおそれ
日本では、医療は営利行為ではないとされ、薬価についても政府の認可制度を採用し、抑制的に運営されてきているが、TPPは、サービス面での制約を取り払うことを目的とし、医療をサービス分野にあたるとしていることから、医療の分野に営利性を持ち込む環境整備を求められると共に医療費を抑制する制度・運用は、非関税障壁とされて撤廃を求められることとなる。具体的には、ひとつの疾病の治療に保険診療と自由診療を混合する混合診療が解禁される可能性があり、そうなると、新しい治療薬又は治療法が開発された場合には、これを保険適用にする動きが鈍くなり、公的保険の質の低下を招き、日本が世界に誇るべき国民皆保険制度を崩壊させかねない。また、薬価の規制が緩和されれば、医療費は高騰し、国民の負担が増すことは容易に推測され、必要かつ適切な医療を公的保険でまかなえなくなり、その面でも国民皆保険制度を維持することができるか懸念される。米国では、高額な医療費が自殺原因の6割、自己破産原因の6割を占めているといわれる。

(5)雇用の流動化と共済制度への影響
日本の強固な解雇規制も非関税障壁と捉えられており、TPP加入により、商用ビジネスの名目での東南アジアから安い労働力の参入が始まるおそれがある。北米自由協定後、メキシコから米国に2000万人もの移民が流入し、米国では500万人の失業者が出たと伝えられている。
我が国の共済制度は、一般の市民、農業従事者や労働者らによる相互扶助の見地からの生命保険や損害賠償保険の制度であり、監督官庁による監督を受ける規制があるところ、TPPの見地からすれば、共済は保険業における非関税障壁であり、郵便局の簡易保険共々、ISDS条項による損害賠償請求の対象となりうるものである。

(6)地方公共団体の入札制度が変容を迫られる
長野県は、契約に関する条例(平成26年3月20日長野県条例第17号)を定め、同条例第3条(基本理念)第3項において、?地域における雇用の確保が図られること、?県産品の利用が図られること、?県内の中小企業者の受注機会の確保が図られること、?県民が安全で安心して暮らすことができるようにするための活動を行う事業者の育成に資すること、?事業者の有する専門的な技術の承継が図られること、?その他持続可能で活力ある地域社会の実現に資することになることに配慮しなければならないとし、この理念に沿う入札制度を構築し、運用している。しかし、この入札条件は、TPPの見地からすれば、自由競争を制限する非関税障壁であるから、入札条件の撤廃を求め、撤廃されない場合には、ISDS条項による損害賠償を請求されるおそれがあり、地方公共団体は入札制度の変容を余儀なくされることとなる。

(7)司法権のあり方や弁護士制度の改廃を迫られるおそれがある。
TPPは、24分野にわたる極めて広範囲な業務についての自由化協定であり、協定の方式がネガティブリスト方式のため、協定の中に規制を明定しない限り国や地方公共団体等の規制が働かないことになる。このため、前述の通り、日本国憲法76条1項、2項により、日本の司法権は最高裁判所及び裁判所法の定める下級裁判所に専属し、特別裁判所を設置することができないにもかかわらず、TPPに加入した場合には、ISDS条項により、外国企業が日本政府を相手取って、投資紛争解決国際センターに対し、損害賠償請求をすることを妨げることができないのみならず、弁護士法により単位弁護士会及び日本弁護士連合会への強制加入が義務付けられ、その反面として強固な自治権が認められている弁護士制度自体を非関税障壁とみなして、ISDS条項により外国弁護士法人などが多額の損害賠償を請求するおそれがあり、TPP加入により日本の司法権や弁護士制度の改廃を迫られることが危惧される。しかるに、司法権のあり方や弁護士制度について、どのような協議が行われているのかさえも国民及び我々弁護士に対し開示されていない。

4 結論
      TPPにまつわる問題は、何れも国家的課題であり、国民的議論の上、選択すべきであるのに、十分に情報が国民に開示されないまま、交渉が進められて行くのは国民主権の侵害である。近時、ようやくTPPの条文内容等が米国の国会議員に開示されたことから、日本にも漏れ伝わってきているが、本格的な検討が進んでいるとは言い難い。
こうした重大な問題について、マスコミを含め殆ど議論がなされていないというのは極めて深刻な事態であり、当会は、この点に警鐘を鳴らすべく、総会決議をするものである。

                       平成27年6月20日定期総会決議
                                            長野県弁護士会

労働時間規制を緩和する労働基準法等の改正に反対する会長声明

労働時間規制を緩和する労働基準法等の改正に反対する会長声明

1(労働基準法等の一部を改正する法律案要綱の内容)
本年4月3日,政府は,特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設,現行企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大,現行フレックスタイム制の清算期間上限の見直しなどを内容とする労働基準法等の一部を改正する法律案要綱を閣議決定し,国会へ提出した。
この法律案要綱において示された内容は,我が国の労働現場において,長時間労働をより一層深刻化し,労働者の生活及び健康を害することが懸念されるものである。
以下,法律案要綱の問題点を指摘する。

2(特定高度専門業務・成果型労働制の問題点)
法律案要綱は,特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)を創設することとしている。 この制度は,一定の範囲に属する労働者(対象労働者)に対し,労働基準法第4章で定める労働時間,休憩,休日及び深夜の割増賃金などに関する規定を適用しないとするものである。
労働基準法(第4章)は,長時間労働を抑止し,労働者の生命・健康を保持する目的で,使用者に対し,法定労働時間を超えて労働させることを禁止し,休憩,休日を与えることを義務付け,例外的に法定労働時間を超えて労働させる場合には,割増賃金を支払うことを義務付けるなどしている。
特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の対象労働者は,労働基準法が定めた,長時間労働を抑止するための規定が適用されないのであるから,対象労働者の長時間労働が助長されることとなる。
政府は,この制度を時間でなく成果で評価される労働形態の創設としているが,この制度は対象労働者について成果型賃金を採用することを要件とはしていない。現行法においても成果型賃金制度を採用することは可能である。
この制度によって,残業代が支払われることなく長時間労働を強いられるとういう弊害だけが残る。
また,この制度の対象となる業務の範囲が曖昧であるため,対象業務の範囲が拡大解釈されるおそれは強い。収入要件を設けて,対象労働者を限定することとしているが,労働時間規制は,労働者の健康の確保をもその趣旨とする以上,高収入を得ているからといって,労働時間規制の適用を除外してよいということにはならないし,要件が「厚生労働省令で定める」とされているため,この制度導入後,法律の改正によらず,政令の改正という民主的統制の及びにくい手段により,適用対象となる労働者の範囲を拡大することも容易である。いったんこのような制度が導入されると,今後,経済界からの要請によって,際限なく適用範囲が拡大していくおそれが高い。

3(裁量労働制の対象業務追加の問題点)
法律案要綱は,企画業務型裁量労働制の対象業務として,新たに,企画型業務を管理するとともに実施状況を評価する業務と,法人顧客に対して企画型業務の成果を活用した商品の営業を行う業務を追加するとしている。
新たに追加される対象業務の範囲は曖昧であり,管理業務や営業業務が広範囲にわたって対象業務に含まれることになりかねない。
結局,法律案要綱における裁量労働制の対象業務の追加によって,特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の対象労働者とならない労働者が広く,割増賃金等の規制の対象外となり,長時間労働を促進し,労働者の生命・健康を害することになる。

4(フレックスタイム制の清算期間上限の緩和の問題点)
法律案要綱は,フレックスタイム制における,清算期間の上限を現行の1か月から3か月に緩和した上で,1か月ごとに区分した各期間ごとに当該各期間を平均し1週間当たりの労働時間が50時間まで労働させることができることとされている。
しかし,これはまさに週40時間の法定労働時間規制を緩和するものであり,かつ,清算期間の上限緩和は,一般に長時間労働をもたらすものである。

5(まとめ)
当会は,これまで労働条件の低下を招く法律改正に反対してきた。
本年3月13日に「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」が国会に提出された。この改正法律案は,平成26年に廃案となった改正法律案を一部修正したものであるが,当会は,平成26年4月5日付けの会長声明で,廃案となった改正法律案に反対している。
一般労働者の年間実労働時間が2000時間を超えるとされる我が国において,労働者の生命,健康,ワークライフバランスの保持の観点から,長時間労働の抑止は喫緊の課題である。仕事と生活を調和させ健康で充実して働き続けることのできる社会の実現を目指して,平成26年11月1日より,過労死等防止対策推進法が施行されているところである。
今回の法律案要綱に基づく労働基準法等の改正は,現在以上の長時間労働を招来することとなり制定されて間もない過労死等防止対策推進法の理念にも真っ向から反するものであるばかりでなく,本件3月13日に国会に提出された改正法律案に続き,さらなる労働条件の低下を招くものであり,到底容認できない。
よって,当会は,労働時間規制を緩和する労働基準法等の改正に強く反対するものである。

 
2015(平成27)年5月27日         
長野県弁護士会 会長 髙橋 聖明

憲法記念日に当たっての会長談話

憲法記念日に当たっての会長談話
                         平成27年5月3日
                     長野県弁護士会                           
                      会長  髙  橋  聖  明

1 本日,日本国憲法が施行されて68年目の憲法記念日を迎えた。
しかし,今年の憲法記念日は,日本国憲法の意義が否定されかねない危機的状況のなかで迎えることとなった。その最大の理由は,昨年7月1日に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされ,これを受けて,現在開会中の通常国会に安全保障関連法案が上程される予定であることにある。

2 まず,昨年7月1日の閣議決定は,立憲主義,恒久平和主義,国民主権に反するものである。
日本国憲法は,先の大戦の甚大な犠牲の反省に立ち,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」(日本国憲法前文),恒久平和主義を採用した。そして,恒久平和主義を掲げ,国の交戦権を否定する日本国憲法の下では,他国のために戦争に参加することを意味する集団的自衛権の行使が認められないことは,当然の帰結である。
日本国憲法の当然の帰結であり,政府自身も長年従ってきた解釈を,国民的議論もないまま突如として変更することが許容されるのであれば,政府自らの都合でいかようにも憲法解釈をし得ることになり,国家権力の縛りとしての憲法の意義はなくなってしまう。昨年の閣議決定は,立憲主義,そして国民主権を真っ向から否定するものである。
憲法は,国の最高法規であり,その条規に反する法律,命令,条例,国務に関するその他の行為は,効力を有しない(日本国憲法98条)。したがって,憲法に反する集団的自衛権の行使容認は,閣議決定はもとより,国会での多数決によっても正当化されるものではない。
以上の見地から,当会は,昨年度も,集団的自衛権を容認することへの反対の意思表明を再三行った上,この問題の重要性を訴えるため街頭活動を行い,憲法シンポジウムを開催した。これらは,いずれも法律家集団として,時の政府の判断により,国の最高法規である憲法がいかようにも解釈されることを看過することはできないという強い危機感に基づくものであった。

3 さらに,現在国会に上程が予定されている安全保障関連法案の内容は,この間の与党協議の結果などから見ると,集団的自衛権の行使を容認する内容に加え,そこに至らないとされる場合であっても,自衛隊が世界中どこでも地理的制限なしに,広範に他国軍の後方支援を行うことができるようにするものであり,その場合,戦闘地域であっても現に戦闘行為が行われていなければ一定の活動ができる内容とされている。そのほかにも,自衛隊の海外での活動の制約を緩和し,武器使用についても現在の制限を緩和する方向性も指摘されている。
このような法案の成立は,いかなる事態に対しても「切れ目のない」対応を可能にするとの名のもとに,なし崩し的に自衛隊が戦闘行為に参加することを認めるものであり,自衛隊の武力行使や集団的自衛権行使への道を一層広げるものである。
このような法案が,日本国憲法の定める恒久平和主義,立憲主義に反するものであることは,前述したとおりであり,万一,これらの法案が可決成立したとしても,いずれも憲法違反であるとの評価は免れない。
当会は,このような安全保障関連法案の制定に強く反対するものである。

4 今年は戦後70年の節目の年でもある。
戦後,日本国憲法の下で制定された弁護士法は,「弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする。」とし,その使命に基き,「誠実にその職務を行い,社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」としている(弁護士法1条)。
その使命を果たそうとするとき,われわれ弁護士は,日本国憲法の掲げる,立憲主義,恒久平和主義,国民主権,そして基本的人権の尊重という基本理念の重要性,そして弁護士に負託された使命の重さを痛感するものである。
今,われわれは,平和の恩恵を受けて生活している。しかし,過去に悲惨な戦争の歴史があったこと,そして日本国憲法に込められた崇高な理想を決して忘れてはならない。
当会は,弁護士の使命を果たすため,これからも日本国憲法の基本理念を堅持し,戦争のない平和な社会を守るための取組に全力を尽くす所存である。
                               以 上

商品先物取引法における不招請勧誘禁止緩和に抗議する会長声明

商品先物取引法における不招請勧誘禁止緩和に抗議する会長声明
2015年(平成27年)3月14日
長野県弁護士会                      
会  長   田  下  佳  代

1 経済産業省及び農林水産省は,2015年(平成27年)1月23日,商品先物取引法施行規則の一部を改正する省令(以下,本省令という。)を定めた。
本省令は当初の公表案を若干修正し,同規則第102条の2を改正して,ハイリスク取引の経験者に対する勧誘以外に,顧客が65歳未満で一定の年収若しくは資産を有する者である場合に,顧客の理解度を確認するなどの要件を満たした場合を例外とする規定を,不招請勧誘(顧客の要請によらない訪問,電話勧誘)の禁止の例外として盛り込んだものである。

2 しかし,上記の要件を満たすかどうかの顧客の適合性の確認は勧誘行為の一環においてなされるものであるから,年齢や年収・資産の確認を口実に,不招請の顧客に対する電話・訪問が可能となり,事実上不招請勧誘を解禁するものである。本省令は,不招請勧誘禁止規制を,それよりも緩やかな別の勧誘規制(年齢・所得資産要件等の確認義務付け)で置き換えているにすぎず,法律の委任の範囲を超える違法なものであり,省令によって,法律の規定を骨抜きにするものと言わざるを得ない。本省令は,透明かつ公正な市場を育成し委託者保護を図るべき監督官庁の立場と相容れないものである。
さらに,委託者に年収や資産の確認の方法として申告書面を差し入れさせたり,書面による問題に回答させて理解度確認を行う等の手法は,いずれも,現在も多くの商品先物取引業者が事実上同様の手法を採っており,その中で業者が委託者を誘導して事実と異なる申告をさせたり,正答を教授するなどの潜脱行為により,被害が生じていることからすると,これらの手法が委託者保護のために機能するものとは評価できない。
そもそも,商品先物取引法における不招請勧誘を禁止する規定は,長年,同取引による深刻な被害が発生し,度重なる行為規制強化の下でもなおトラブルが解消しなかったため,与野党一致の下,2009年(平成21年)7月に法改正の上,導入された経緯がある(2011年1月施行)。しかし,その後においても,個人顧客に対し,金の現物取引やスマートCX取引(損失限定取引)を勧誘して接点を持つや,すぐさま通常の先物取引を勧誘し,多額の損失を与える被害が少なからず発生している実情がある。

3 商品先物取引法における不招請勧誘禁止規定の緩和には,日本弁護士連合会,その他多くの弁護士会等から強い反対意見が表明されてきた。当会においても,2014年(平成26年)4月5日付けで公表及び意見募集がなされた商品先物取引法施行規則案に対し,同年4月25日付け会長声明において,これに反対する意見を表明してきた。 
本省令は上記の立法経緯及び被害実態を軽視し,商品先物取引の不招請勧誘を事実  上解禁するものであり,消費者保護の観点から許容できない。
当会は,本省令の制定に強く抗議し,本省令の廃案を求める。
以上

本年の日本国憲法を巡る状況を振り返る会長談話

              本年の日本国憲法を巡る状況を振り返る会長談話
                         平成26年12月25日
                     長野県弁護士会                  
                      会長  田  下  佳  代
1 本年は,日本国憲法を巡る状況が著しく変化した年であった。

2 7月1日に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされた。
この閣議決定は,立憲主義,恒久平和主義,国民主権に反するものである。恒久平和主義を掲げ,国の交戦権を否定する日本国憲法の下では,他国のために戦争に参加することを意味する集団的自衛権の行使は認められない。日本国憲法の当然の帰結であり,政府自身も長年従ってきた解釈を,国民的議論もないまま突如として変更することが許容されるのであれば,政府は自らの都合でいかようにも憲法解釈をし得ることになり,国家権力の縛りとしての憲法の意義はなくなってしまう。今回の閣議決定は,立憲主義,そして国民主権を否定するものと言わざるを得ない。
憲法は,国の最高法規であり,その条規に反する法律,命令,条例,国務に関するその他の行為は,効力を有しない(日本国憲法98条)。したがって,憲法に反する集団的自衛権の行使容認は,閣議決定はもとより,国会での多数決によっても正当化されるものではない。
以上の見地から,当会は,集団的自衛権を容認することへの反対の意思表明を本年3回(5月3日,6月5日,7月7日)行った上,この問題の重要性を訴えるため街頭活動を2回(8月7日,11月4日)行った。さらに,この問題に関する国民的議論をすべく,憲法シンポジウムを本年2回(4月27日,12月14日)開催した。これは,集団的自衛権の行使容認が,単なる「政策判断」の問題ではなく,日本国憲法の基本原理に反し,その手法が近代立憲主義を否定するものであって,法律家集団として看過することはできないという強い危機感に基づくものである。

3 12月10日には特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)が施行された。
特定秘密保護法は,行政機関が,外交・防衛等に関する情報のうち特に秘匿することを必要とする情報について,「特定秘密」と指定し,故意の漏えい行為のみならず,過失による漏えい,漏えいの未遂,漏えい行為の遂行の教唆,共謀,扇動等の行為を禁止し,その違反に対しては最高で懲役10年の刑罰を科すというものである。
当会は,これまでも3回(平成25年10月22日,同年11月29日,同年12月16日)に亘り特定秘密保護法に反対する会長声明を発表し,その中で?国民の知る権利が侵害されること,?国民の知る権利を支える報道・取材の自由を侵害すること,?特定秘密の範囲が広範かつ不明確であり,政府の恣意的な運用が可能となっていること,?特定秘密を判断する実効性のある第三者機関が設けられていないこと,?処罰規定が広範,過剰,不明確であり,刑罰法規の明確性を求める罪刑法定主義にも反すること,?適性評価制度が対象者のプライバシーを過度に侵害したり,思想信条に踏み込んだ調査がなされる危険性のあること等の問題点を指摘してきた。しかし,特定秘密保護法の施行に先立って閣議決定された特定秘密保護法施行令及び運用基準によっても,これらの問題点は全く解消されていない。そして,このような問題点を抱える特定秘密保護法が施行されたことにより,国民は自らの政治決定に必要な情報へアクセスすることが困難となることは明らかである。特定秘密保護法は,速やかに廃止されるべきである。

4 日本国憲法は,「すべて国民が,個人として尊重される」こと(日本国憲法13条)を究極の価値としている。その価値はたとえ多数者であっても奪えないものであり,その価値の実現のために,憲法は,権力者を拘束し,国家権力の濫用を防止している。そして,国民が自ら正しい意思決定を行うために必要な情報へアクセスした上で,自由な言論活動によって政治的意思決定に参加することを予定している。
先の大戦で,我が国は焦土と化し,300万人を越える国民が犠牲になった。この反省に立ち,憲法は,「わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」(日本国憲法前文)恒久平和主義を採用した。戦後約70年を経て,戦争を経験した世代が少なくなり,我が国を取り巻く安全保障環境が変化し,世界各地でいまだに紛争の絶えない今こそ,国民一人ひとりが,憲法の持つ意味を問い直さなくてはならない。
しかし,集団的自衛権の行使を容認する閣議決定と特定秘密保護法の施行は,日本国憲法が予定している国家の在り方を否定するものである。主権者である国民に必要な情報が全く知らされないまま,戦争に進むのではないかという危惧さえ禁じ得ない。このように日本国憲法を巡る状況が著しく変化していることを当会は強く懸念している。
  弁護士は,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし,その使命に基き,誠実にその職務を行い,社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力すること」とされている(弁護士法1条)。いうまでもなく,戦争は最大の人権侵害である。当会は,弁護士の使命を果たすため,これからも戦争のない平和な社会を守るための取り組みに全力を尽くす所存である。
                                                                  以 上

東京入国管理局における被収容者死亡事件に関する会長声明

東京入国管理局における被収容者死亡事件に関する会長声明
2014年12月17日
長野県弁護士会
会 長 田 下 佳 代

1 声明の趣旨
法務省入国管理局及び東京入国管理局に対し,2014年11月22日に東京入国管理局収容所において発生した被収容者1名の死亡事件に関する第三者機関による原因究明のための速やかな調査の実施と調査内容の公表,調査結果を踏まえた再発防止策の速やかな導入を求める。

2 声明の理由
2014年11月22日,東京都港区所在の東京入国管理局収容所において,収容されていたスリランカ国籍の57歳の男性が死亡した。
報道によると,この男性は11月12日に観光目的で来日したものの所持金が少ないとの理由で入国許可が下りずに収容されていた男性で,死亡した同月22日の朝に激しい胸の痛みを訴えたにもかかわらず,東京入国管理局は土曜日で医師が不在であるとの理由で医師の診察を受けさせず,重篤な状態ではないと判断して緊急搬送せずに一般の部屋から単独の部屋に移し職員が様子を確認するという対応をしただけであり,その後この男性は同日午後1時頃に単独の部屋において意識不明の状態で発見され,緊急搬送された病院で死亡が確認された。
入国管理局の収容施設では,同年3月,茨城県牛久市所在の入国者収容所東日本入国管理センターにおいて外国籍の被収容者2名が相次いで死亡する事件が起きた。当会は,同年6月7日付で,法務省入国管理局及び入国者収容所東日本入国管理センターに対し,原因究明のための調査の実施と調査内容の公表,調査結果を踏まえた再発防止策の導入を求める会長声明を発表した。
法務省は,2件の死亡事件が発生してから8か月経過した同年11月20日,常勤の医師の不在などが原因であったことを認め,常勤の医師を確保すること,それが不可能な場合は非常勤の医師や民間の医師の速やかな判断を仰ぐことなどの処遇改善の方針を示した。
今回の死亡事件は,この法務省の新たな方針が示された直後に発生したものであるが,同方針の発表の有無に関わらず,緊急搬送して民間の医師の診察を受けさせるなどの適切な措置を速やかに執ることが可能であった事案である。先進国を標榜する我が国においてこのような死亡事件が今年に入ってから相次いで3件も発生したことは極めて遺憾であり,法務省入国管理局が被収容者の生命を軽視しているという批判を免れることはできない。
当会が同年6月7日付の会長声明で示したように,医師の診察の機会と適切な医療措置を被収容者に与え,被収容者の健康を保つのは入国者収容所長及び地方入国管理局長の責務である(被収容者処遇規則第30条第1項)。法務省入国管理局の収容施設における医療体制は明らかに恒常的な問題を抱えており,また,今回の事件において東京入国管理局長がその責務を果たさなかったことは明らかである。
今後も同様な事件が発生することを防ぐためにも,入国者収容所等視察委員会あるいはこれと別の独立した第三者機関による徹底的な調査及び検証を行い,再発防止のための措置を緊急に講じる必要がある。法務省入国管理局及び東京入国管理局は,第三者機関による調査及び検証作業に対して積極的に協力しなければならない。
当会は,法務省入国管理局及び東京入国管理局に対し,原因究明のための第三者機関による徹底的な調査及び検証の実施とその結果の公表,調査・検証結果を踏まえた再発防止策の速やかな導入を求める。
以 上

「カジノ解禁推進法案」に反対する会長声明

「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明
平成26年11月8日                                           
長野県弁護士会    
会長 田 下 佳 代

当会は,「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に対して,反対の立場を表明し,同法案の廃案を求める。

1 「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」、以下「本法案」という。)は,カジノ施設を含む特定複合観光施設が,「観光及び地域経済の発展に寄与するとともに,財政の改善に資するものである」として,かかる施設の推進を「総合的かつ集中的に行うことを目的」とし(第1条),一定の条件のもと民間業者がその設置運営をすることを認めるというものである。
そもそもカジノは,刑法第185条及び第186条が犯罪として禁じている賭博に該当する。同条が賭博を禁じている趣旨は,健全な勤労意欲の喪失,犯罪の誘発,国民経済に対する重大な支障が生じるなどの弊害を防止することにある。
しかし,本法案は,かかる弊害について十分な検討がなされておらず,同条の趣旨を没却するものであり,到底容認できない。
以下,本法案の問題点を具体的に述べる。

2(1)ギャンブル依存症及び多重債務問題の悪化
破産法第252条1項4号は,「浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ,又は過大な債務を負担したこと」を免責不許可事由としている。これはまさに賭博行為をした者が著しくその財産を減少させ,又は多額の債務を負担する可能性が高いことを表しているものである。治療が難しいとされるギャンブル依存症はようやく国民一般の間にその症名の認知が進んできたが,それでもなお賭博で負けた者が射幸心に煽られ借入をしてまで資金をつぎこみ,多重債務等の金銭トラブルを抱え,健康で文化的な社会生活を破壊する可能性があることは我々の日常業務においてもしばしば見かけるものである。
カジノという賭博の選択肢が増えることは,このような多重債務者ないしギャンブル依存症の者にとってはより依存を深め,そうではなかった者には依存症になる機会を与えるものであって,いずれにしてもこれまでの多重債務問題に対する対策に逆行するものである。
(2)暴力団の資金源の提供
現在においてもいわゆる闇カジノが摘発されることはしばしば耳にするところであるが,カジノに慣れ親しむ国民が増えれば,一定割合でギャンブル依存症ないしその素因を持つ者がうまれるため,特定複合観光施設の外においても闇カジノの需要が高まることは想像に難くない。
平成25年版犯罪白書によると,「暴力団構成員等の検挙人員総数に占める比率は,全体では6.8%であり,罪名別に見ると,一般刑法犯では,賭博,逮捕監禁,恐喝で高く,特別法犯では,競馬法違反,自転車競技法違反,覚せい剤取締法違反で高い。」とされる。すなわち,現在においてさえ暴力団の資金源として利用される賭博行為を排除できていないのである。本法案による運営主体となる民間業者から暴力団を排除したとしても,特定複合観光施設の外における無許可違法営業カジノの需要と市場を完全に抑え込むことができないことは明らかであり,カジノに慣れ親しむ国民を増やすことは,暴力団に対しみすみす新たな資金源獲得のための機会と市場を与えるに等しい愚策である。
(3)青少年への悪影響
本法案が念頭に置いている複合観光施設は,レクリエーション施設等と一体になったいわゆる統合リゾート方式であるため,青少年が家族でのレクリエーションの中でカジノに触れる機会がある。そうなると,青少年は賭博に対する抵抗感なく成長することになり,健全育成という観点から大いに問題がある。
(4)民間企業の設置・運営によることの問題
仮にカジノを解禁するのであれば,上記の意味で,既に存在する公営ギャンブル以上に十分な対策が必要である。しかし,民間企業がカジノの設置・運営主体となれば,目先の利益追求に走りかねず,賭博の弊害対策を自主的積極的に行うことを期待することは困難である。

3 カジノ解禁の目的は「観光及び地域経済の振興に寄与」するとか「財政の改善に資する」という,いわば経済効果を狙ったものとされる。
しかし,既に述べてきた賭博の弊害ないし悪影響は,いずれも国民生活上軽視できない重大なものであり,かえって国民経済に重大な障害を与える恐れすらあるのである。多重債務問題や暴力団排除については,歴史的にもこれまで官民一体となってその予防や規制に取り組み,徐々に成果を上げてきたにもかかわらず,本法案は,これまでの成果を無にする危険性を大いに孕んでいる。上記弊害ないし悪影響によって国民生活や国民経済を破壊してまで得られる経済効果に価値はないと言わざるをえない。
なお,超党派の国会議員でつくる「国際観光産業振興議員連盟」は,国籍を問わない形で一定の入場制限規定を設けるよう政府に求めることで一致したとの報道がなされている。これは,ギャンブル依存症や多重債務者が増加するとの懸念を払拭することを狙いとするものと考えられるが,かかる一定の入場制限規定を設けたとしても,上述した暴力団の資金源の提供に繋がるとの問題,民間企業の設置・運営によることの問題については,何ら解消されるものではなく,到底,本法案を正当化する理由にはならないことは明らかである。

4 長野県は,公営ギャンブル施設のない数少ない県のひとつである。その決断と不断の努力は,いまなお県民を種々の弊害から守る盾となっている。本法案は,かかる長野県が行ってきた努力を無にするものである。

よって,当会は,本法案に反対し,廃案を強く求めるものである。

司法試験予備試験の受験資格制限に反対する会長声明

            司法試験予備試験の受験資格制限に反対する会長声明   
                           平成26年9月13日
                                          長野県弁護士会           
                        会長 田  下  佳  代
 
1 近年、司法試験予備試験(以下、「予備試験」という。)の志願者が増加の一途を辿り、平成26年の志願者は1万2622人となり、前年より1割以上増えて過去最多となった。その反面、法科大学院の志願者及び入学者は激減しており、平成26年の志願者は過去最低の1万1450人にとどまり、ピーク時の6分の1にまで減少し、平成26年度の入学者は2272人で平成16年度の4割以下にまで減少しており、法曹志願者の法科大学院離れが顕著になっている。
そのため、現在、法曹養成制度改革顧問会議において、予備試験の受験資格として、資力が乏しいことや社会人経験を要件とする案、一定年齢以上であることを要件とする案、法科大学院在学者を外す案が対応方策として検討されている。

2 しかし、そもそも法科大学院志願者の激減は、法科大学院を中核とした法曹養成制度が、法科大学院課程を修了するために相当な費用と時間の負担を強いられる上,司法試験合格者の急激な増加に伴う弁護士の激増こそが原因であり、予備試験の存在自体が問題なのではない。すなわち、司法試験合格者の急増は、弁護士の激増と弁護士間の過当競争を生じさせ、弁護士の経済的基盤を脆弱化させている。その結果、法曹志願者が司法修習を修了しても既存の法律事務所に就職することが困難となり、いきなり独立開業をするかどうかといった選択を迫られるなど、司法試験合格後に苦難に遭遇する事態を招いており、そのことがまさに法曹離れに拍車を掛けているのである。

3 長野県弁護士会は、平成22年11月20日の臨時総会において、「当会は、政府に対し、司法試験合格者を年間3000人程度とする政策について直ちに見直し、司法試験合格者数を段階的に削減し、弁護士人口が4万人に達した以降、これを維持するため、司法試験合格者数年間1000人程度とする法律制度の運用を求める」との決議を行った。また、翌23年8月6日には、「現行の法曹養成制度は、新司法試験合格率の低迷、これに伴う法科大学院志願者数の激減、司法修習修了者の厳しい就職難、等々の問題に直面し、制度設計における欠陥を露呈させている」ため、「現行法曹養成制度の早期かつ抜本的な改革が必要である」との問題認識を踏まえ、「大学の学部の中にロースクールを組み込むこと」(履修期間は2年を想定)を骨子とする新たな法曹養成制度を提言する意見書を公表した。これら決議ないし提言は,上記2で指摘したとおりの問題意識を背景とするものであるところ,その後現在に至るまでに何ら状況改善の兆しは見られない。当会は,上記提言内容が実現されることによって,点による選抜という旧司法試験制度の難点を克服し、費用と時間の負担という現行制度の難点も軽減しようと考えたものであるが,当会の提言内容をおくとしても、現行の法科大学院を中核とする法曹養成制度には、既に指摘した大きな欠陥が存在するほか、地方の法科大学院の学生募集停止という事態が相次いでおり、未来の法曹界を支えるべき法曹志願者の激減という極めて深刻な事態を生み出し、法曹界そのものが危機に瀕しているといっても過言ではない。

4 こうした現状認識を踏まえるならば、予備試験志願者は、未来の法曹界を支える法曹志願者の一角を占める貴重な一群である。予備試験志願者には,経済的事情、育児や介護を担わなければならないといった家庭の状況、自宅からの通学圏内に法科大学院がないという居住環境等から法科大学院への進学が事実上閉ざされている者も相当数存在するものと考えられ,これを排斥する発想は、資力の多寡、家庭状況、居住地域等に偏ることなく多様な人材を吸収すべき法曹界の未来像を破壊するに等しい。また、現実にも平成25年度の予備試験合格者の本試験合格率は71.9%で、法科大学院修了者の本試験合格率の25.8%を遙かに上回っており、前記のとおり本年は予備試験志願者数が法科大学院志願者数を上回っているのであるから、優秀な志願者や人権擁護を使命とする法曹を目指す意欲ある志願者を確保する意味でもその受験資格を制限すべきではない。予備試験の制限はさらなる法曹志願者の減少を招来することが確実であり、多様な人材を吸収すべき法曹界にとっての自殺行為であるというべきである。しかも、平成23年の法科大学院の標準年限修了者割合は68.7%であり、いまや法科大学院のみでは、法曹制度維持の責務を担えなくなっているという実情を直視するべきである。
現在の法科大学院を中核とする法曹養成制度は,特に費用負担の点で,先に指摘した弁護士の過剰供給による法曹資格取得後の法律事務所への就職難,経済的不安とあいまって,法曹への道を希望する有為な人材に法科大学院への入学を躊躇させ,法曹を目指す者への門戸を閉ざしかねないという重大な弊害を有している。これは,当該人材のみならず国家的な損失である。
以上の点に鑑みれば,予備試験が有している,多様で優秀な人材のすくい上げという社会的機能を直視すべきであり、当会は、司法試験予備試験の受験資格制限に強く反対する。
                                  以 上

司法予算の大幅増額を求める会長声明

司法予算の大幅増額を求める会長声明
平成26年9月13日
 
長野県弁護士会   
会長 田 下 佳 代

1 平成13年に出された司法制度改革審議会意見書は、この司法制度改革を実現するために、裁判所等の人的物的体制を充実させ、司法に対する財政面の十分な手当が不可欠であるとし、政府に対して、必要な財政上の措置について、特段の配慮を求めた。ところが、その後の司法予算(裁判所予算)は、裁判員裁判対策の点を除けば減少を続け、国家予算に占める割合は概ね0.3%台で推移している。平成26年度予算は約122億円の増額となっているが、給与特例法の失効に基づく人件費の増額分約171億円を含んだものであるから、実質的には約49億円の減額である。
     このような政府の措置は、意見書が求めた財政上の特段の配慮を、政府が怠ってきたことであり、国民の裁判を受ける権利(憲法32条)を実質化する責務を果たしてこなかったと評されるものである。政府が、「安全安心な社会」を目指すのであれば、国民の身近にあって、利用しやすく、頼もしい司法を全国各地で実現すべく司法予算の増大を図らなければならない。
2 近年、家事事件は一貫して増加し、調停事件は多様化、複雑化が進み、面会交流事件でも難しい事件が増加している。成年後見事件の激増は誰の目にも明らかである。裁判官や書記官は本来自ら行うべき申立内容の確認や後見業務の打合せなどを参与員に依頼するなど、多忙を極めている。裁判官及び書記官、職員などの人的側面、調停室等の増設や支部、出張所の新設など物的側面について抜本的強化が必要である。家庭裁判所関連の予算については、飛躍的な拡充が必要不可欠である。
3 一方で、家庭裁判所以外の裁判所等の予算が減少に転じていることも問題である。なるほど、消費者金融事件・破産事件の減少等によって、地方裁判所などの取扱事件数は減少している。しかしながら、元々裁判官の勤務の過酷さは異常な状態であり、事件数の減少があったとしても、その異常さが解消されるほどまでには至っていない。その為に、過払い金返還請求事件など定型の訴訟を除き、審理時間は逆に長期化しているものもある。また、書記官や職員への権限の大幅委譲がなされているため、書記官・職員の繁忙さは増加の一途となっている。地方裁判所等の予算について現在も大幅な増加が必要な状態は変わっていないのである。各地で強い要望が上がっている労働審判を実施できる支部の拡大など、国民の強い要望のある基盤の整備を必要とする点も少なくない。
4 国家財政が悪化している現状においては、司法予算を大幅に増加することは難しいとの意見がある。しかし、もともと、司法予算があまりにも小さかったため、司法の使い勝手が悪く、その改善を図るべく、小さな司法から大きな司法を目指し、司法制度改革審議会意見書の提言がなされたのである。国家財政の増減にかかわらず司法予算の増加を図らなければならないはずである。最高裁判所においても、限られた予算の範囲でやりくりするのではなく、今よりはるかに多い司法予算が必要であることを社会に向かって大きく訴えるべきである。
5 とりわけ長野県においては、県土が南北に広く、県民の居住する地域によって当該地域住民が利用すべき司法基盤に格差があってはならないにもかかわらず、それに見合うような裁判所の人的物的施設の整備は図られてこなかった。むしろそれに逆行するかのように、平成2年に長野地家裁飯山支部、木曾福島支部、大町支部が統廃合され、家裁出張所を残すのみとなった。それだけではなく、労働事件を簡易迅速に解決することが可能な労働審判手続が長野市の長野地方裁判所本庁でしか実施されておらず、簡易裁判所で扱われた民事事件の控訴審や行政事件も長野地方裁判所本庁でしか実施されていない。また、家事事件が増加している現況にもかかわらず佐久支部には調査官が常駐しておらず、少年事件を取り扱うことができない。さらに、合議事件を扱うことができる支部が上田支部、松本支部、飯田支部に限られているばかりか、その上田支部には常駐の裁判官が2名、飯田支部には常駐の裁判官が1名しかおらず、合議事件を取り扱うためには、他の支部から裁判官が出張してこなければならないなど県内における司法基盤の格差は現在もなんら解消されることはない。
かかる現状に鑑み、当会は平成24年6月の定期総会において「地域司法の充実を求める総会決議」を採択し、当会の働きかけによって長野県議会及び中南信の全市町村議会において「長野地方裁判所各支部における労働審判事件の取り扱いの開始を求める意見書」が採択された。しかし、裁判所は「予算が不足している」等の理由から地域司法の充実を望む市民の声を十分に反映できていないのが現状であり、地域司法の充実には、司法予算の大幅増額が必要不可欠である。
6 既に平成27年度予算の概算要求がなされたが、最高裁判所の概算要求額は約3177億にすぎず、大幅な増額がなされていないばかりか、民事事件関係経費及び刑事事件関係経費は、前年を下回っている状況である。最高裁判所においては、大幅な司法予算の増額を要求すべきであり、財務省あるいは政府においては、それを受けて大幅な司法予算の増加を認めるべきである。

集団的自衛権を容認する閣議決定がなされたことに抗議する会長声明

集団的自衛権を容認する閣議決定がなされたことに抗議する会長声明
                         平成26年7月7日
長野県弁護士会                       
会長 田  下  佳  代

7月1日、政府は、ついに集団的自衛権の行使等を容認する閣議決定を行うという暴挙に出た。
集団的自衛権の行使容認は、日本が武力攻撃をされていないにもかかわらず、他国のために戦争をすることを意味し、戦争をしない平和国家としての日本の国の在り方を根本から変えるものであり、憲法9条を空洞化するものである。
これまで、政府は、憲法9条により集団的自衛権の行使は認められないことを長年にわたって繰り返し確認してきた。これは、憲法9条の解釈として、当然の論理的帰結である。集団的自衛権の行使を容認することは、憲法9条2項が禁止する「交戦権の行使」に当たることは明白であり、憲法解釈として許されない。
今回の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は認められない」という憲法9条の当然の帰結であり、政府自身も従ってきた解釈を、国民的議論もないまま突如として変更したものである。このようなことが許容されるのであれば、政府は自らの都合でいかようにも憲法解釈をし得ることになるから、国家権力の縛りとしての憲法の意義はなくなってしまうものであり、立憲主義を完全に否定するものである。

政府は、「憲法前文で確認している『国民の平和的生存権』や憲法第13条が『生命自由及び幸福追求に対する国民の権利』は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。」とし、「我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。」とした上、集団的自衛権を行使することも、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至ったとしている。しかし、憲法は、第2次世界大戦で多くの犠牲を出したことの反省に立ち、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、」「恒久の平和を念願」(憲法前文)して制定されたものであり、このことからすると、他国のために戦争に参加することに道を拓く集団的自衛権を行使することが憲法9条の解釈として許容されないことは当然のことである。平和的生存権は、憲法9条の戦力の不保持と交戦権の否定を前提とし、国際協調の下で国民が平和を享受することを保障するものであるし、憲法13条も、恒久平和の下で、国民が幸福追求や自己実現を図ることを保障するものであるから、これらの規定が存在することを根拠に、集団的自衛権を容認することは、論理矛盾であって、憲法を冒涜するものであり、さらには、国政の権威が由来する国民を愚弄するものである。

当会は、憲法9条を空洞化し、立憲主義を否定する今回の閣議決定に強く抗議し、これを直ちに撤回するよう政府に求めるとともに、集団的自衛権行使容認に向けた法改正に断固反対し、このような不当な閣議決定に基づく法改正がなされないよう国会に求めるものである。

法務省東日本入国管理センターにおける2件の被収容者死亡事件に関する会長声明

法務省東日本入国管理センターにおける2件の被収容者死亡事件に関する会長声明
 
平成26年6月7日
                       長野県弁護士会           
                       会長 田 下 佳 代
1 声明の趣旨
当会は,法務省入国管理局及び入国者収容所東日本管理センターに対し,平成26年3月29日,同月30日に発生した外国人被収容者2名の死亡事件に関する原因究明のための調査の実施と調査内容の公表,調査結果を踏まえた再発防止策の導入を強く求める。

2 声明の理由
(1)東日本入国管理センターにおいて,本年3月29日にイラン国籍の被収容者が,同月30日にはカメルーン国籍の被収容者が死亡するという事件が相次いで起こった。
同センターの発表によれば,イラン国籍の被収容者は,同月28日午後7時50分頃,食事中に喉を詰まらせて意識不明となり病院に救急搬送されたものの,翌29日午後3時26分,搬送先の病院で死亡した。カメルーン国籍の被収容者は,数日前から体調を崩していたが,同月30日午前7時頃,意識と呼吸がない状態で発見され病院に救急搬送されたものの,同日午前8時07分頃,搬送先の病院で死亡が確認された。
(2)被収容者処遇規則第30条第1項は「所長等(入国者収容所及び地方入国管理局長)は,被収容者がり病し,又は負傷したときは,医師の診療を受けさせ,病状により適当な措置を講じなければならない。」と規定しており,医師の診察の機会と適切な医療措置を被収容者に与え,被収容者の健康を保つことは入国者収容所長及び地方入国管理局長の責務である。
しかし,同センターを含む入国者収容所及び地方入国管理局(以下「入国者収容所等」という。)における医療体制が不十分であることは,既に繰り返し指摘され,深刻な懸念が示されてきた。
出入国管理及び難民認定法第61条の7の2により設置が義務づけられている入国者収容所等視察委員会は,同センターの医療体制の改善を求める意見を毎年表明している。
国連拷問禁止委員会は,日本政府に対し,平成19年5月,「多数の暴行の疑い,送還時の拘束具の違法使用,虐待,性的嫌がらせ,適切な医療へのアクセス欠如といった上陸防止施設及び入国管理局の収容センターでの処遇」についての懸念を表明している。
また,平成24年度関東弁護士会連合会シンポジウム大会宣言も「被収容者らは外部から遮断され拘禁反応に苦しみながら,満足な医療すら受けられていない。・・・中略・・・このような,人間の生存にかかわる深刻な問題は,直ちに解決されるべきである。」と,同センターを含む入国者収容所の医療体制を早急に是正することを求めていた。
(3)これら国内外からの指摘にもかかわらず,医療体制についての適切な整備・改善がなされない中で,極めて短い間に2名もの被収容者の尊い命が失われるという事態が発生したことに対し,同センター及びこれを所管する法務省入国管理局はこれまでのところ詳細な調査を実施したとは認められず,その結果を公表していない。
法務省は,速やかに適正な調査を実施し,亡くなった方々のご遺族に対し,事実の詳細な説明を行うなどの誠実な対応を行わなければならない。
また,二度とこのような事件が起こらないようにするため,これらの事件について,入国者収容所等視察委員会あるいはこれとは別の独立した第三者による徹底的な原因究明のための調査を行い,調査結果を速やかに公表するとともに,調査結果を踏まえた再発防止措置を緊急に講じる必要がある。
以 上

「安保法制懇」報告書を受けて発表された「基本的方向性」に対する会長声明

「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書を受けて発表された「基本的方向性」に対する会長声明

                                           平成26年6月5日

                                                                         長野県弁護士会

                     会 長  田  下  佳  代
 

 平成26年5月15日,首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」という)が報告書を提出した。
 これを受けて同日,首相は今後の検討に関する「基本的方向性」を発表した。その中で,首相は,「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときは,限定的に集団的自衛権を行使することは許される」という考え方については,今後さらに研究を進めていきたいとし,その上で「憲法解釈の変更が必要と判断されれば」閣議決定を行うとした。
 集団的自衛権は,「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が攻撃されていない場合にも,実力をもって阻止する権利」であり,日本が攻撃されていないにもかかわらず,実力をもって他国(同盟国等)への武力攻撃を阻止しようとするものである。これはほかでもなく,日本が他国のために戦争に参加することを意味する。集団的自衛権の行使を容認することは,たとえ限定的なものであったとしても,日本国憲法の基本原則である恒久平和主義に基づく,「戦争をしない平和国家である日本」という国のあり方を根本から変えることになる。
このような憲法の基本原則に関わる重大な解釈の変更を,時の政権の判断のみで行うことが許されるとすれば,国家権力の恣意的判断により憲法の内容をいかようにも解釈できることになり,憲法により国家権力を制限することで人権保障を図るという立憲主義が根底から覆されることになるのであって,これを認めることは絶対にできない。
 また,「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときは,限定的に集団的自衛権を行使することは許される」という考え方は,事実上無限定に,武力行使を認めることになるおそれが強いものである。なぜなら,「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」という概念自体,極めて曖昧である上、それを判断するのが時の政府であることからすると,いかようにも解釈される危険性をはらむためである。ひとたび集団的自衛権の行使が憲法上許されると解釈されれば,それは,事実上無限定に集団的自衛権を認めるに等しい結果を招くおそれがある。
 さらに,首相は,集団的自衛権の行使を認めることにより,「抑止力が高まり,我が国が戦争に巻き込まれることがなくなる。」としている。しかし,我が国は,第二次世界大戦終戦後,約70年間に亘り,一度として戦争の主体になっていない。一方,集団的自衛権の行使を認めた場合には,被攻撃国たる「自国と密接な関係にある外国」には戦争の主体となっている国が含まれるのであるから,その国に対する武力攻撃を実力で阻止する行動に出た場合,日本が戦争に巻き込まれるおそれは従前より格段に高まることは明らかである。そして,集団的自衛権の行使を認めた場合,実際に武力行使をするために戦地に赴くのは,まさに,「私たちの子どもや孫たち」であるかもしれないことを自覚しなければならない。首相は,「日本を取り巻く安全保障環境の大きな変化」を踏まえ,「いかなる事態においても国民の命と暮らしを守るために何をなすべきか」を考えなければならないとするが,そのような安全保障環境の大きな変化があるのであれば,なおのこと,「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」(日本国憲法前文)ために,何が正しい選択であるのか,過去の歴史に学び,国民の叡智を結集して真剣に考えなければならない。
 既に,当会は,昨年11月30日に開催された臨時総会において,「集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する総会決議」を行っているところである。
 当会は,この立場から,改めて,政府の憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を容認することに強く反対するものである。
 

商品先物取引における不招請勧誘禁止規制の緩和に反対する会長声明

商品先物取引における不招請勧誘禁止規制の緩和に反対する会長声明

 

2014年(平成26年)4月25日

                                                                       長野県弁護士会    

会 長  田 下 佳 代

1 経済産業省及び農林水産省は,本年4月5日,商品先物取引法施行規則の改正案(以下,本改正案という。)を公表し,意見募集を開始した。
本改正案は,同規則第102条の2を改正して,新たに,熟慮期間等を設定した契約の勧誘(?顧客が70歳未満であることを確認すること,?基本契約から7日間を経過し,かつ,取引金額が証拠金の額を上回るおそれのあること等についての顧客の理解度を確認した場合に限る。)を,不招請勧誘(顧客の要請によらない訪問,電話勧誘)の禁止(商品先物取引法第214条第9号)の適用除外とする内容を含むものである。
2 そもそも,商品先物取引は商品先物取引業者が,取引適合性がなく取引を希望していない消費者に対して,電話や訪問により勧誘を行い,取引に引き込んで,深刻な被害を多数生じさせてきた歴史がある。商品先物取引における不招請勧誘禁止規制は,そのような被害の撲滅を図るために,2009年7月商品取引所法改正で導入されたものである(2011年1月施行)。
同法改正の際の国会審議においては,不招請勧誘禁止の対象範囲につき,「当面,一般個人を相手方とする全ての店頭取引及び初期の投資以上の損失が発生する可能性のある取引所取引を政令指定の対象とすること。さらに,施行後1年以内を目処に,規制の効果及び被害の実態等に照らして政令指定の対象を見直すものとし,必要に応じて,時機を失することなく一般個人を相手方とする取引全てに対象範囲を拡大すること。」との附帯決議が採択された。
3 しかるに,本改正案は,上記規制導入の経緯や附帯決議を軽視し,70歳未満の顧客に対しては,法が原則的に禁止する不招請勧誘を事実上解禁するに等しいものであって,到底容認することができないものである。
本改正案のような熟慮期間の設定は,そもそも熟慮期間中に顧客が取引の危険性に気づく機会は何ら与えられていないことから,結局,無差別的な訪問電話勧誘による基本契約締結後7日間は注文をとることが出来ないというだけの意味しか持たない。実際に,かつての「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」に類似規定が設けられていたが,顧客保護のために全く機能しなかったものである。
また,顧客の理解度確認についても,現行制度の下で既に行われてきたことである。それにもかかわらず被害が絶えなかったのであるから,被害防止のために有効な手段とはいえない。
4 産業構造審議会商品先物取引分科会は,2012年8月21日付で,「将来において,不招請勧誘の禁止対象の見直しを検討する前提として,実態として消費者・委託者保護の徹底が定着したと見られ,不招請勧誘の禁止以外の規制措置により再び被害が拡大する可能性が少ないと考えられるなどの状況を見極めることが適当である」との報告をまとめた。
しかるに,現在も,個人顧客に対し,金の現物取引やスマートCX取引(損失限定取引)を勧誘して顧客との接点を持つや,すぐさま通常の先物取引を勧誘し,多額の損失を与えるなど,不招請勧誘禁止規制の潜脱事例が相当数報告されており,上記分科会のいう見直しを検討する前提を欠く状況にある。
5 本改正案は,透明かつ公正な市場を育成し,委託者保護を図るべき監督官庁の立場と相容れないものである上,「委託者等の保護に欠け,又は取引の公正を害するおそれのない行為」(商品先物取引法第214条第9号括弧書き)とする法律の委任の範囲を超え,施行規則によって法律の規定を骨抜きにするものといわざるを得ない。
内閣府消費者委員会も,本年4月8日付意見において,本改正案が,「消費者保護の観点から見て,重大な危険をはらむものであることに鑑み,かかる動向を看過することができず,深く憂慮し,その再考を求める」としている。
6 当会は,2013年11月25日,「改正金融商品取引法施行令に商品先物取引に関する市場デリバティブを加え,商品先物取引についての不招請勧誘禁止を維持することを求める会長声明」を公表し,総合取引所において取り扱う商品先物取引について不招請勧誘禁止規制が維持されるよう求めてきたところである。
よって,当会は,上記会長声明と同様,消費者保護の観点から,商品先物取引における不招請勧誘禁止規制を厳格に維持すべく,同規制を大幅に緩和する本改正案には,強く反対する。

以 上

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集団的自衛権行使容認の動きが強まる中で迎えた憲法記念日に当たっての会長談話

集団的自衛権行使容認の動きが強まる中で迎えた憲法記念日に当たっての会長談話

                                 平成26年5月3日

                    長野県弁護士会

                     会 長  田  下  佳  代

本日,日本国憲法が施行されてから67年目の憲法記念日を迎えた。

しかし,日本国憲法を巡る状況は,極めて危機的なものと言わざるを得ない。すなわち,日本国憲法9条に関して,閣議決定での解釈変更により集団的自衛権の行使を容認しようとする動きが,急速に強まっているからである。

日本国憲法9条は,戦争の放棄と軍備及び交戦権の否認を明確に定めるところ,その日本国憲法9条の下で集団的自衛権の行使は認められないという政府見解は,歴代内閣が国会答弁等で繰り返し述べてきたところであり,長年にわたり国家のあり方を形成し,確立された憲法解釈である。

ところが,現在の動きは,この確立された憲法解釈を,時の一内閣の閣議決定によって,全く変えてしまおうというものである。

この動きは,日本国憲法の基本原則の一つである恒久平和主義をないがしろにするものであるとともに,憲法により国家権力を制限し人権保障を図ることを目的とする立憲主義にも真っ向から反するものであって,到底許されるものではない。

当会は,この立場から,昨年11月30日に開催された臨時総会において,「集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する総会決議」を行っているところである。

さらに,最近の報道によれば,上記解釈変更の正当性の根拠として,「砂川事件」における最高裁判決(最高裁判所昭和34年12月16日大法廷判決)が取り上げられているという。しかし,これは全く理由のない,牽強付会ともいうべき議論である。すなわち,前記砂川事件判決は,日米安保条約及びこれに基づく政府の行為が合憲か否かの憲法判断を回避した判決であるに過ぎない上,そもそも同事件においては,日本が集団的自衛権を行使できるか否かについては全く争点になっていなかったものである。そして,政府自身,この判決の後も,前述した集団的自衛権の行使は認められないとする政府見解を繰り返し述べてきたものである。

当会及び日本弁護士連合会は,これまで再三,日本国憲法が平和と基本的人権保障にとって積極的役割を果たしてきたことを表明してきた。今年の憲法記念日に当たって,当会は,改めてこのことを強く主張するものである。

 そして,当会は,憲法が最高法規として国家権力を制限する立憲主義の意義も改めて訴えるものであり,政府がかかる立憲主義の意義を理解した行動をとることを強く求めるものである。

 

 

淫行処罰条例の制定に反対する意見書の提出について

長野県は,平成25年5月31日に「子どもを性被害等から守る専門委員会」(以下,「専門委員会」という。)を設置し,淫行処罰規定を盛り込んだ条例(以下,「淫行処罰条例」という。)の制定を含め,子どもを性被害から守る施策を検討しています。
当会は,平成25年7月16日淫行処罰条例の制定に反対する会長声明を発しましたが,専門委員会内に設置された法規制検討ワーキンググループ(以下,「法規制WG」という)が,淫行処罰条例の制定の必要性を前提に,上記会長声明に対し項目ごとに子細な反論を加えた「WG見解」を示すなど(第3回専門委員会資料2−2「検討項目に関する指摘について」),専門委員会において,淫行処罰条例の制定ありきの議論がなされているように見受けられました。
このような現状を踏まえ,当会は,平成25年12月14日,「子どもを性被害等から守る専門委員会」に対して「淫行処罰条例の制定に反対する意見書」を提出しました。

意見の趣旨は以下のとおりです。

1 県は,子どもを性被害から守るための施策として,淫行処罰条例を制定するべきでない。
2 専門委員会は,?子どもを性被害から守るための予防施策として,子どもの主体性を前提とした子どもに対する教育及び大人に対する啓発教育の推進,並びに?事後的救済のための施策として,被害を受けた子どもに対するケアを,重点的に検討すべきである。

意見の理由の総論は以下のとおりです。

(1)まず,本意見書にいう淫行処罰規定とは,東御市健全育成条例に定めるような広く青少年とのみだらな性行為又はわいせつな行為を禁止する規定(以下,「非限定的な淫行処罰規定」という。)のみならず,大阪府,山口県,千葉県等の青少年健全育成条例に定めるような威迫,欺罔,困惑等の手段に限定した規定(以下,「限定的な淫行処罰規定」という。)を含むものをいう。
(2)我が国においては,都道府県では1950年に岡山県で初めて有害図書規制条例が制定された後,現在に至るまで長野県を除く全ての都道府県が淫行処罰条例を制定している状況にある。そして,市町村で同様の条例を制定している自治体もあり,長野県では,東御市が有害図書と淫行の規制を内容とする「青少年健全育成条例」を制定し,長野市,佐久市,塩尻市などが有害図書を規制する条例を制定している。
長野県がこれまで淫行処罰条例を制定しなかった主な理由は,教育を単に行政に任せるのではなく,地域全体で支えていこうという県民意識が根付いていることが挙げられる。条例による規制ではなく,県民運動の展開,業界の自主規制,行政の啓発の3つを柱とした県民総ぐるみの運動により取り組んできたといえる。
また,長野県の公式見解によれば,青少年に有害な環境を条例により規制するという方法よりも,「青少年は地域社会から育む」という観点に立って,県民一人ひとりが自分自身の問題として受け止め,家庭,学校,地域,関係団体及び行政が一体となった運動を展開していくことが,青少年の健全育成にとってより効果が上がる適切な方法であるとされている(2005年「信州・フレッシュ目安箱」参照)。
(3)当会は,上記のとおり長野県が淫行処罰条例を必要としなかった県民意識や県民の取り組みは今でも根付いており,今後も変わらないと考える。また,後に述べるとおり,現状において淫行処罰条例を設ける十分な立法事実(県内に淫行処罰規定を設ける社会的な必要性)がないばかりか,淫行処罰規定には,刑罰法規の明確性の原則(不明確な処罰規定は国民の行動を不必要に委縮させるため,違法であるとの原則)や刑罰法規の謙抑性の原則(可能な限り国民の行動を制限する刑罰法規に頼るべきではないとの原則)に反する等の問題がある。
したがって,安易に淫行処罰条例によって子どもを性被害から守ろうとするのではなく,これまで進めてきた県民の取り組みを後押しする施策を充実化させるべきである。
(4)また,淫行処罰条例の制定は,本質的に子どもの性的自己決定権の尊重と相容れず,子どもに対する教育や大人に対する啓発教育の推進等と両立しないことも指摘せざるを得ない。
むしろ,日常的な子どもや大人に対する教育を充実させ,万一,子どもが性被害に遭った際には,既存の刑罰法規によって犯罪者の摘発をするとともに,被害児童のケアに対する施策を充実させるべきである。
(5)現在,専門委員会で行われている議論は,一部が非公開であり,議論の前提が淫行処罰条例の制定ありきであるかのように見受けられ,必ずしも広く県民の意見を聴き,県民全体の十分な議論を経ているとは言えない。
後述するとおり,子どもの施策に対する県民意識は高く,これまでの家庭,学校,地域等の県民の取り組みを踏まえて県民全体での十分な議論を巻き起こしていくべきである。

意見の理由の各論の要約は以下のとおりです。

1 新たに淫行処罰条例を設けるべきでないこと
(1)立法事実が十分でない
ア 刑罰法規に係る立法事実の検討は,特に厳格かつ慎重になされるべきである。
イ 現行法規で広く多角的な規制がなされている。
すなわち、児童に対し事実上の影響を及ぼして児童に性交等をさせることは児童福祉法違反(60条1項,34条1項6号)であり,児童等に対償を供与し,又は約束をして性交等をすることは児童買春・児童ポルノ禁止法違反である(4条,2条2項)。
その他,刑法,出会い系サイト規制法,風営適正化法,売春防止法,ストーカー規制法,軽犯罪法,長野県迷惑防止条例等によって,子どもに対する性犯罪は広く多角的に規制されている。
ウ 県内における性被害の発生状況からも,立法事実は不十分である。
・県内の児童買春案件は増加していない。
・県内の子ども性被害の検挙人員の増加は,淫行処罰規定の規制対象とは無関係の行為の増加によるものである。
・全国における検挙数965人は,現行規定で適用できるものも含まれている。
・隣接県における検挙数も,同様である。
・教職員による性犯罪事案は,児童福祉法などにより規範が与えられ,懲戒処分,マスコミ報道等の社会的制裁を受ける。刑罰法規とは別の方策が必要である。
・インターネット利用の犯罪については,情報教育が重要である。インターネットの特質と正しい使い方を理解しないままに使っていることが危険なのである。直接接触する場面の性行為そのものを規制するしかないというのは飛躍した発想である。
・東御市青少年健全育成条例違反の事案は,児童福祉法違反の適用の可能性がある。
エ 県民の多くが淫行処罰条例の制定を望んでいない    

(2)淫行処罰規定自体に重大な問題がある
ア 構成要件の明確性に反する
・単に「淫行又はわいせつな行為」を禁ずる非限定的な淫行処罰規定は,一般人からみて限定解釈は読みとれない。捜査機関は恋愛や人格的交流の有無を判断できず,真摯な恋愛に踏みこむおそれがある。濫用防止条項,運用規定があっても不明確な刑罰法規が存在すること自体が憲法違反である。
・対象行為を「専ら性的欲望を満足させる目的で、青少年を威迫し、欺き、又は困惑させて青少年に対し性行為等を行うこと」等に限定する淫行処罰規定(大阪府青少年健全育成条例等)についても,要件該当性の判断を明確かつ客観的に行いえない。男女関係のプロセスにおける言動には,客観的に誘惑・威迫・欺罔・困惑と明確に区別できない言動が伴う。性被害の結果を構成要件化することは極めて困難である。
イ 子どもの性的自己決定権の尊重の理念と相容れない
 ・一般人からみて限定解釈が読み取れない以上,淫行処罰規定は青少年の性的行為全般の禁止であり,子どもが性的事項を主体的に判断,決定することを否定するものである。子どもの一般的な恋愛を萎縮させるとともに,真摯な恋愛であった場合,子どもはなぜ恋愛相手が処罰されるのかを全く理解できず,精神的に傷付くことも予想される。
ウ 子どもに対する性教育及び大人に対する啓発教育の推進と両立しない
・子どもが性的事項を主体的に判断,決定することを否定するものであり,根本的に子どもや大人に対する性教育の推進と相容れない。

(3)刑罰法規の謙抑性に反する
・刑罰は最後の手段であり,淫行処罰規定を設けるためにはそれがどうしても必要との立法事実が不可欠である。刑罰による新たな規範形成の必要性がなくてはならず,被害発見のため,県民運動の促進のためでは理由にならない。淫行処罰規定は不明確,広範な規制であり,刑罰法規の断片性に反する。教職員の問題,インターネットの問題については,淫行処罰規定以外の代替手段があるから,刑罰の補充性にも反する。

(4)刑罰法規を過大評価すべきでない
・重い刑罰を課しても規範に反して罪を犯す者がいる。一般予防機能に過度な期待はできない。淫行処罰規定の一般予防効果も明らかではない。
・刑罰の特別予防機能としても,全て検挙,起訴,処罰されるものではないとの限界がある。県内の教職員による犯罪の事案は特別予防機能の限界の問題である。児童性愛者等に対する効果も疑問がある。

(5)現行規定の適用がない事案は,刑罰で規制すべきでない
・刑罰法規の謙抑性や罪刑法定主義,構成要件の明確性という基本原理からして重大な疑義がある。
・子どもの健全な性的な成長発達のためには,大人から威迫,欺罔,困惑があっても,あるいは,性的欲望を満足させるために近づいてくる大人がいたとしても,子どもが性的自己決定を主体的にできるような教育や支援を第一に優先すべきである。
・大人を仮に処罰したとしても,性被害を受けた子どものケアにはならない。
・教職員の場合は,懲戒処分により,教育現場から排除される。教職員と児童生徒という関係を超えて,性的関係という極めて私事に関する事項に対して倫理的道徳的な評価を構成要件にもちこむことは相当でない。
・淫行を広く処罰するような淫行処罰条例は刑罰の謙抑性や明確性から看過しがたい問題があり,他方,淫行を客観的かつ具体的に限定するような淫行処罰規定では実効性が伴わない。          

2 子どもを性被害から守るために必要な施策
(1)子どもに対する教育
・子ども自身に性について正しい知識と判断力を身につけさせることが重要である。性教育の充実やCAP教育といった子どもの主体性を認め,自己肯定感を向上させるための取り組みが求められる。

(2)大人に対する教育
・子どもを性被害から守ろう,子どもの性を大事にしようという啓発教育が必要である。子どもの性の実情や子どもを取り巻く状況についての正しい情報を提供し,子どもの性被害やその影響について周知し,子どもへの具体的な対応やサポートの方法を研修することが重要である。SNSやインターネットに関する情報教育も必要である。
・県民運動も効果的である。淫行処罰条例の代替として県民運動が展開されたという側面がある。

(3)被害を受けた子どもに対するケア
・子どもが信頼できるような相談窓口の設置,子どもに寄り添ってケアができる専門医の医師や臨床心理士の配置,二次被害を防ぐための司法面接の手法の導入が必要である。

3 立法過程における議論のあり方
・法規制WGの在り方など,はじめから法規制ありきともいえる立法手続は極めて問題である。専門委員会は広く県民の意見を聴き,県民全体で開かれた十分な議論をすべきである。
以 上

「労働者派遣法等の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

1 はじめに
2014(平成26)年3月11日、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下、「改正法案」という。)が閣議決定された。
改正法案は本年の通常国会において上程され、成立に向けて審議が予定されている。
当会は、改正法案には次の3点において常用代替防止の観点から重大な問題があり、派遣労働者のみならず労働者全体の労働条件を低下させ、その地位を不安定にすることにつながるため、改正法案の成立に反対する。

2 期間制限の撤廃と派遣労働者の地位の不安定化
従前は、専門業務等からなるいわゆる法定26業務は期間制限がかからず、その他の業務には原則1年、例外3年というように期間制限がなされていた。改正法案は、これをすべての業務に共通する派遣労働者個人単位について3年の期間制限とし、派遣先の事業所単位には原則3年、例外的に更なる延長も可能とする。
従前の期間制限は、少なくとも専門業務以外の一般業務については、派遣業務を臨時的・一時的なものに制限する役割を不十分ながら果たしてきた。しかし、今般の改正法は、派遣労働者個人に対して3年の期間制限を課す一方、派遣先の事業所は労働組合等の意見聴取の手続をとることで派遣労働を継続して利用できるようになるが、労働組合等が反対しても意見聴取さえすれば継続して派遣労働を受け入れることができるものになっている。また、多くの事業所で労使自治すら形骸化している現状に照らすと、派遣先の事業所は、派遣労働者を入れ替えることで、派遣労働の受け入れ上限期間を際限なく更新できることになりかねず、派遣先にとっては常用代替を実質的に可能にするものであると同時に、派遣労働者個人にとっては3年で否応なく契約を切られるという、労働者としての地位を一方的に不安定にする制度である。

3 専門26業務の区分規制の撤廃
また、上記の点は、従前は専門26業務と一般業務とが区分され、不十分ながらも一般的・恒常的業務における常用代替防止が図られてきたが、改正法案はこの区別をも撤廃するものである。
これにより、あらゆる業務において、前項で述べたように、正規労働者から低賃金の派遣労働者への置き換えが可能となり、労働者全体の地位の不安定化を招くことになる。

4 雇用安定措置が極めて不十分であり派遣労働の固定化を招きかねないこと
さらに、改正法案は、派遣期間の上限に達した派遣労働者の雇用安定措置として、派遣先への直接雇用の申入れ、新たな派遣就業先の提供、又は派遣元での無期雇用等のいずれかの措置を派遣元が講じなければならないとする。
しかし、他の派遣先がない場合や、派遣元において無期雇用ができない場合など、派遣元がこれらの措置を講じない場合の私法的効力はなく、その実効性を担保できるものにはなっていない。

5 長野県の状況
派遣労働者数は、そのピークであった平成20年以降、全国的には一貫して減少傾向にあるが、長野県においては平成23年度以降、前年度比で増加に転じている。その数は長野労働局による統計によれば、平成24年6月時点で県内で2万8745人に上る。
他方、県内の派遣労働者の賃金は、特定労働者派遣事業(派遣会社の常時雇用労働者のみを労働者派遣の対象とする労働者派遣事業)で20.2%、一般労働者派遣事業(特定労働者派遣事業以外の労働者派遣事業)で13.6%も全国平均より低いものとなっている。
正規労働者に比べて派遣労働者の賃金が低額であることに照らすと、このように県内で派遣労働の利用が進んでいるとみられる状況の中で、さらに派遣労働が正規労働に置き換わっていく流れが進めば、県内の労働者全体の賃金をさらに押し下げ、労働条件を切り下げることにもつながる危険がある。

6 小括
今後、改正法案に沿った法改正がなされれば、直接雇用から労働者派遣を中心とした非正規雇用への雇用形態の移行はますます進むであろうことは容易に予測される。
しかし、上述のように、派遣労働者の数が増えつつあり、かつ派遣労働者の賃金が全国平均と比して低く抑えられている長野県内の現状に照らしたとき、正規雇用が労働者派遣に置き換わっていくことは、派遣や非正規の労働者のみならず、すべての労働者にとって労働条件の引き下げとなり、県民生活を脅かすものとして到底看過することができない。
以上の理由により、当会は、改正法案に反対し廃案を求める。
以 上
2014年(平成26年)4月5日
長 野 県 弁 護 士 会 
会 長 田  下  佳  代

袴田事件の再審開始決定に関する会長声明

袴田事件の再審開始決定に関する会長声明
2014(平成26)年4月5日
                         長野県弁護士会 会長 田下佳代

1 再審開始決定を高く評価する。
1966(昭和41)年6月30日に静岡県清水市(当時)で発生した強盗殺人等事件,いわゆる「袴田事件」において,再審請求人の袴田巌さんは,その後48年にわたり被疑者・被告人・死刑囚として身柄を拘束された後,2014(平成26年)年3月27日の静岡地裁再審開始等決定を受け,ようやく自由の身となった。袴田事件は,以前より冤罪の疑いが強い事件として,日本弁護士連合会における再審請求支援事件とされていたのであり,当会も,同決定の意義を高く評価する。そして,速やかに再審が開始され,袴田さんの名誉回復が図られることを望む次第である。

2 警察・検察による検証と再発防止策の検討が必要である。
   同決定においては,確定判決の有罪認定において重要な証拠とされた犯行時の着衣につき,捜査機関によるねつ造が疑われると指摘され,また,自白偏重の捜査機関の姿勢についても被疑者の人権を顧みないものとして厳しく批判されており,警察・検察の捜査の在り方の問題性が裁判所によって指摘されたものである。特に,確定判決の一審静岡地裁判決においてさえ,捜査機関の録取した供述調書45通のうち44通の供述調書が違法な取調べによるものであるとして証拠排除されていたのであり,警察・検察による被疑者の人権を無視した違法捜査は目に余るものがあったといわなければならない。
袴田さんは,上記のような信用性に重大な疑問のある証拠によって,半世紀近くにわたり,被疑者・被告人・死刑囚の立場に置かれたものであって,同決定により,冤罪の疑いがさらに強まった。今後,無罪判決が確定した場合,警察・検察は,一人の人間の人生を文字通り奪い去ったことの重みと責任を真摯に受け止め,同様の事件が起こることのないよう検証の上,再発防止策を検討し,国民に公表すべきは当然であり,当会はこれを警察・検察に対し求める。

3 例外なき全面的取調べの可視化の法制化が必要である。 
袴田事件におけるような違法・不当な取調べは決して過去の遺物ではない。捜査機関の自白偏重・違法取調べの抑止,虚偽自白による冤罪を防ぐためには,取調べの全過程の録画・録音の実施が緊急かつ必要不可欠であり,その実施は容易なはずである。取調べの全過程の録画・録音は,その重要性と必要性が本件によって一層明らかになった。
   現在,法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会において,取調べの可視化に関する検討がなされているところであるが,可視化を義務化する範囲を,裁判員裁判対象事件に限るなど極めて狭い範囲にのみ限定し,未だに密室での取調べを維持しようとする姿勢が顕著であり,袴田事件やその他の冤罪事件の教訓を真摯に受け止めた議論がなされているとは到底いえない。
   当会は,捜査機関に対し,直ちに取調べの全過程の録画・録音を求めるとともに,法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会においても,袴田事件の教訓を真摯に受け止め,例外なき全件の取調べの録画・録音を捜査機関に義務づける方向での議論がなされることを強く求める。
以 上

信州大学法科大学院の新入生募集停止に関する会長声明

信州大学法科大学院の新入生募集停止に関する会長声明

1.平成26年2月12日、国立大学法人信州大学(以下、信州大学という)は,同大学大学院法曹法務研究科(以下、同法科大学院という)について、平成27年度以降の入学者の募集を停止する旨決定したと発表した。

2.同法科大学院は、平成17年4月開校したが、地域司法の充実を願う多くの長野県民の期待と各関係機関・地方自治体の強い要望を受け、開学にまで至ったものである。
当会も、開校に当たり信州大学と協定を締結し(平成16年6月30日付「信州大学大学院法曹法務研究科に関する協定書」)、多数の当会会員を実務家教員として派遣し教鞭を取らせ、又、法科大学院バックアップ委員会に所属する多数の若手会員を送って学生の自主学習支援を行う等、これまで同法科大学院の法曹養成教育を支援する取り組みに心血を注いできたものである。
このような支援取り組みの成果として、同法科大学院は、平成25年度までに計22名の司法試験合格者を輩出し、うち現在11名の弁護士が長野県内で活躍して、当会の会務活動を支えている。
同法科大学院の特色として、社会人出身者や他学部出身者等法学の未修者が多く在籍しており、多様な分野から法曹を輩出することにも成功している。
また、同法科大学院の卒業生の中には、法曹となった者以外にも、県内各地の地方自治体や企業に就職し、その法的知識を生かして活躍する者も多数おり、長野県における司法サービスの充実・発展に貢献してきたものである。
これらの成果に鑑みれば、司法制度改革における地域司法の充実・発展という理念を実現すべく、同法科大学院が一定の成果を上げてきたのはまぎれもない事実である。

3.今回の信州大学の決定は、同法科大学院が一定の成果を上げている中でなされたものであり、法科大学院の地域適正配置を強く求め、同法科大学院を強く支援してきた当会にとっては誠に残念なものである。
この背景には、同法科大学院における志願者数の減少、司法試験合格率の伸び悩みといった現状があり、平成25年11月には、文部科学省が「法科大学院の組織見直しを促進するための公的支援の見直しの更なる強化について」といった法科大学院の地域適正配置と相反する厳しい指針を示すなどし、信州大学においても、交付金の削減の対象となる事情があるものと思料される。
しかしながら、同法科大学院と状況を同じくする他の地方の国立法科大学院においては、募集停止にまでは至らずに独力での改善を模索している学校もあって、そのような中で同法科大学院が本件決定を先行したことは、長野県における法曹養成教育を放棄したにも等しく、尚早な決断であったと言わざるを得ない。
同法科大学院が、今まで長野県において果たしてきた役割や今後も地域司法発展の責務を負っていること等に鑑みると、当会としては、募集停止という究極の結論を採るに当たっては、より慎重な判断をすべきであったと考える。

4.本件決定により、同法科大学院の在校者及びアソシエイトに対して、相当程度の動揺を生じさせることが予想される。
当会は信州大学に対し、同法科大学院においては、在校者及びアソシエイトが最後の司法試験を受験するまで、教員による授業が終了した後においても、最後の一人まで責任を持って支援(教育上、経済上の支援を含む)を行っていくよう強く求めるものである。
もとより当会としても,今後も法科大学院バックアップ委員会を中心に,長野県の地域司法充実のため、最後の最後までサポートする所存である。

5.なお、当会が同法科大学院を支援してきたのは、法科大学院が地域司法の拠点となって長野県の司法水準を向上させることが、基本的人権が尊重され自由と公正が実現された地域社会の構築につながると考えたからであった。この地域司法充実の理念は決して忘れてはならないものである。同法科大学院は、地域の法曹養成にとどまらず地域の臨床法務研究の拠点でもある。仮に将来において同法科大学院が廃止される場合には、信州大学において地域の臨床法務研究の拠点となるよう一層の努力をすべきものと考える。
以上
 
                             平成26年2月13日
                    長野県弁護士会                 
                      会 長  諏 訪 雅 顕

「特定秘密の保護に関する法律」の成立に強く抗議する会長声明

「特定秘密の保護に関する法律」の成立に強く抗議し,
同法の廃止と憲法改悪阻止のための幅広い行動を呼びかける会長声明
                                   
1 「特定秘密の保護に関する法律案」が,平成25年12月6日,参議院本会議において可決され,成立した。                

2 当会は,同法案に関して,平成25年10月22日付「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する会長声明,同年11月29日付「特定秘密の保護に関する法律案」の衆議院可決に強く抗議する会長声明において,強く反対してきたところである。

3 当会は,これまで,?国民の知る権利が侵害されること,?国民の知る権利 を支える報道・取材の自由を侵害すること,?特定秘密の範囲が広範かつ不明確であり,政府の恣意的な運用が可能となっていること,?特定秘密を判断する実効性のある第三者機関が設けられていないこと、?処罰規定が広範,過剰,不明確であり,刑罰法規の明確性を求める罪刑法定主義にも反すること,?適性評価制度が対象者のプライバシーを過度に侵害したり,思想信条に踏み込んだ調査がなされる危険性のあること,?国会の立法権をも侵害すること等,同法案の問題性を指摘してきたところであるが,結局,そういった問題点が何ら解決されないまま法律として成立したことは,誠に遺憾であり,強く抗議する。
さらに,国会での審議過程についても,野党各党の意見や慎重審議を求める 国民の多数の声を無視し,採決を強行したものであって,このような国会での 論議を軽視して,議席数を背景に強引に本法律を成立させた安倍政権の暴挙に 対し,当会は強く抗議する。

4 本法律は,国民の知る権利を侵害し,国民主権を機能不全に陥れかねない法律であることから,今後当会は、速やかな廃止に向けて,活動していく所存である。
また,本法律は,安倍政権が目指す「積極的平和主義」の名の下に,米国と の間で軍事的協同を図るための布石と考えられ,集団的自衛権の行使容認に向 けた解釈改憲や国防軍の創設等へと波及することが予想されるため,基本的人 権の尊重と恒久平和主義を旨とする日本国憲法の改悪を阻止すべく,市民への 呼びかけ,意見表明等を継続的に行っていく所存である。

5 当会は,日本国憲法が,数多の尊い犠牲と凄惨な戦争への 反省に基づき制定されたものであり,国民の基本的人権を徹底して保障し,再 び戦禍により国民の生命と自由を軽視する時代が到来しないよう,政府をはじ めとする国家権力に重い責任と義務を課したものであって,これにより,今日 まで国民の平和と自由が守られてきたことの意義を改めて強調したい。
そして,長野県民に対し、このような日本国憲法の理念を骨抜きにしようとする法律の制定や憲法改悪には断固として反対し,強く声を挙げるべきことを呼びかけるものである。                        
                  2013年(平成25年)12月16日
                                        長野県弁護士会           
                                        会 長  諏  訪  雅  顕

集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する総会決議

 集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する総会決議

第1 決議の趣旨
1 集団的自衛権に関するこれまでの政府見解を変更し、その行使を容認することに反対する。
2 集団的自衛権の行使を容認し、秘密保護の法制の整備を規定する「国家安全保障基本法案」の国会提出に反対する。

第2 決議の理由
1 集団的自衛権の行使を容認しようとする最近の動き
自由民主党は、平成24年4月27日、「日本国憲法改正草案」を発表するなど、集団的自衛権を行使できる『国防軍』創設を含む明文改憲をめざす動きを進めてきていた(その前提して、憲法第96条の憲法改正発議要件を緩和しようとする言明もなされている)。
他方、いわゆる明文改憲をせずに、いわゆる解釈改憲により、集団的自衛権行使を容認しようとする動きが、ここに来て強まっている。
例えば、安倍首相は、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」)を再開させ、ここで、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈を内容とする報告書を、年内にもまとめる方針を打ち出している。
また、後述するような政府見解を維持してきた内閣法制局のトップである長官を、これまでの慣例に沿わない人事にて人選を行い、集団的自衛権行使を容認する政府見解変更のための布石を打っている。
さらに、安倍首相は、安保法制懇において、「積極的平和主義こそ日本が背負うべき看板である」といった趣旨の発言までしている。

2 国家安全保障基本法案制定に向けた動き
他方、自由民主党総務会は、昨年7月に、「国家安全保障基本法案」を決定している。同法案は、明文改憲をせずに、法律により、集団的自衛権の行使を容認するものである(同法案第10条第1項第1号、第2条第2項第4号)。加えて、同法案は、国に対して、平和と安全を確保する上で必要な秘密を保護するための法律上・制度上必要な措置を講ずることを求めている(同法案第3条第3項)。
上記動きの中で、内閣は、まず、防衛、外交政策の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC)を創設し、そこで米国などと機密情報を交換、共有するための法整備の必要があるとして、10月25日、国の機密情報を漏らした公務員らへの罰則を強化する特定秘密保護法案を閣議決定し、国会に提出した。同法案は11月26日、衆議院で可決され、参議院に送付された。

3 集団的自衛権に関する政府見解
憲法第9条は、その第1項において戦争の放棄を定め、第2項において、戦力の不保持と交戦権の否認を定めている。
そして、政府は、自衛隊の存在は合憲であるとしながらも、憲法第9条の解釈において、その活動には限界があるとしてきた。これまでの政府見解の内容は以下のとおりである。
「独立国である以上、主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない。その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められる。その具体的限度は相対的な面があるが、いわゆる攻撃的兵器の保有は許されない。
そして、自衛権発動の要件は、次の3つである。
?    我が国に対する急迫不正の侵害があること
?    これを排除するためにほかの適当な手段がないこと
?    必要最小限度の実力の行使にとどまるべきこと
また、自衛権行使としての実力行使の地理的範囲は一概に言えないが、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土等に派遣する海外派兵は、憲法上許されない。
そして、集団的自衛権は、主権国家である以上、国際法上、当然に有しているが、これを行使することは、憲法上許されない。」
この政府見解は、昭和40年代の国会答弁、政府答弁書において明らかにされ、以後約40年にわたり、一貫して維持されてきた。これは、前述した憲法第9条が定める規定内容を前提とすれば、憲法解釈としては限界であるとも言われてきた。
このように、これまでの政府見解において、集団的自衛権の行使は許されないとする見解が維持され、定着してきたところである。

4 集団的自衛権に関する当会及び日本弁護士連合会の見解
これに対し、前記1、2の動きは、政府の一方的な解釈の変更により、もしくは憲法より下位にある法律によって、これまで許されないとしてきた集団的自衛権の行使を容認するものである。
これまで当会及び日本弁護士連合会は、立憲主義の理念や国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義といった憲法の基本原理を極めて重要なものとして再確認し、集団的自衛権の行使を認めてその範囲を拡大しようとする改憲論議につき、立憲主義の理念や憲法の基本原理を後退させるものとの強い危惧を表明してきた。日本国憲法(第9条や前文)で定める恒久平和主義の理念や平和的生存権が、自衛隊の活動等に大きな制約を及ぼし、海外における武力行使や集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきたことは言うまでもないことである。
我が国の安全保障政策は、立憲主義を尊重し、憲法の基本原理に基づいて策定されなければならない。そして、憲法第9条で定める恒久平和主義は、憲法の基本原理の中核をなすものであって、時々の政府や国会の判断で解釈を変更することは到底認められるものではないし、憲法より下位にある法律によって憲法の解釈を根本的に変更することは、憲法を最高法規と定め(第97条)、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(憲法第98条)、国務大臣や国会議員に憲法尊重擁護義務を課す(憲法第99条)ことで政府や立法府といった国家権力を憲法の制約の下に置こうとした立憲主義の観点からしても、決して許されることではない。
このような立場から、日本弁護士連合会は、平成25年3月14日、本決議と同趣旨の意見書を発表している。

5 秘密保護法制の危険性
さらに、秘密保護法制に関しては、民主主義の根幹をなす表現の自由や国民の知る権利を侵害する危険性が大きく、憲法違反の疑いが強い。当会および日本弁護士連合会は、現在国会に上程されている特定秘密保護法案に対しても、特定秘密の範囲が曖昧で、処罰規定が不明確、過剰である等、国民の知る権利を侵害し国民主権を蔑ろにするものであって憲法違反の疑いが極めて強いことから、強く反対しているものである。集団的自衛権行使の容認に加え、このような秘密保護法制定を求める国家安全保障基本法案自体、憲法違反の疑いが極めて強いと言うべきである。

6 以上により、当会は、上記1及び2の動きが、立憲主義の理念や恒久平和主義といった憲法規範を危機的状況に陥れる象徴的なものであると考え、基本的人権を擁護することを使命としている(弁護士法第1条)弁護士の社会的責務として、当臨時総会において、「決議の趣旨」記載の決議を行うものである。

                 2013(平成25)年11月30日
                 長野県弁護士会臨時総会決議

「特定秘密の保護に関する法律案」の衆議院可決に強く抗議する会長声明

  「特定秘密の保護に関する法律案」の衆議院可決に強く抗議する会長声明
                                  2013年(平成25年)11月29日
                       長野県弁護士会
                                                会 長  諏 訪 雅 顕
                                       
1 「特定秘密の保護に関する法案」が、平成25年11月26日、衆議院本会議において、自民党・公明党・みんなの党などの賛成多数で可決され、参議院に送付された。

2 同法案に関しては、当会としては、平成25年10月22日にすでに反対の会長声明を執行しているが、その後同法案に対し、修正はなされてはいるものの、根本的な問題点は全く改善されておらず、民主主義の根幹をなす「知る権利」や「報道の自由・取材の自由」を侵害する内容となっている。
    すなわち、特定秘密の対象を記した別表の記述を「国際社会の平和と安全に関する重要な情報」に変更したものの、未だ不分明であるし、同秘密指定の妥当性を検証する第三者機関の設置についても、実現の目処は全く立っておらず、仮に第三者機関が設置されたとしてもその構成員の人選が政権に都合の良いものであったり、その体制が脆弱なものであれば、実効的に機能しない可能性が高い。
    また、特定秘密として取り扱える期間は最長60年に延長され、これにも極めて抽象的かつ広範な例外規定が設けられている。これにより、長期間ないしは永久に、政府に都合の悪い情報を特定秘密指定扱いにして合法的に隠蔽することが可能となっており、安倍首相が繰り返し述べる「知る権利への配慮」はおよそ内容を欠いた空疎なものであるといわざるを得ない。
    刑事司法の鉄則を覆し兼ねない抽象的かつ広範な刑罰の規定に関しても、何ら改善はされていない。
    このような我が国の民主主義及びこれを支える国民の知る権利・報道の自由、取材の自由等に重大な悪影響を及ぼす法案が、国民、野党各党、メディア各社、憲法・刑事法等研究者、日本弁護士連合会をはじめとする多数の法律家団体、労働組合、文化人・言論人等から強い反対や懸念が表明されている点を無視し、十分な審議もなされぬまま、強行採決により衆議院本会議で可決されたことは、我が国の民主主義を破壊する危険性のある暴挙と言わざるを得ず、誠に遺憾である。

3 当会は、このような審議の進め方に強く抗議すると共に、改めて本法案の成立に対し強く反対するものである。
                                                                以上            

改正生活保護法に反対し速やかな廃案を求める会長声明

改正生活保護法に反対し速やかな廃案を求める会長声明

1 「生活保護法の一部を改正する法律案」(以下,単に「改正案」という。)が現在,参議院を通過し、衆議院で審議中である。

2 ところで,前国会でも「生活保護法の一部を改正する法律案」(以下,「前改正案」という。)が上程されて審議に付されたが,審議中に会期末を迎えて廃案となった。

3 この前改正案に対しては,日本弁護士連合会及びすべての都道府県単位会が廃案を求める声明文を発表した。当会も,平成25年6月10日付「生活保護法改正案に反対し廃案を求める会長声明」において,次のような理由を挙げて前改正案の廃案を求めていたところである。

(1)生活保護の申請にあたり申請書の提出を法律のレベルで義務付けること(前改正案24条1項)
現行制度では,法文上,保護の申請は要式行為とされず,口頭で申請の意思が示されれば申請行為として足りるとする運用が裁判例で蓄積され(大阪高裁平成13年10月19日判決・訟月49巻4号1280頁・上告棄却・確定,さいたま地裁平成25年2月20日判決・確定等),それを前提とした実務運用がなされてきた。これは,福祉事務所が申請書すら渡さず相談扱いにとどめ,申請をさせないという,いわゆる「水際作戦」と批判される事態を許さない論理であった。
ところが,同条1項により申請が要式行為とされれば,申請書用紙すら渡されない事案を救済することができなくなる。

(2)生活保護の申請にあたり,要保護性を証明する資料の添付を義務付けること(前改正案24条2項)
この点につき,現行制度では,申請後の調査として開始または棄却の決定までの間に必要な書類を揃えれば足りた。
しかし,改正案では申請時に必要書類を揃えることを義務付けている。
帰住場所を持たず刑事施設を釈放された者やホームレス,DV被害者,着の身着のままで避難を余儀なくされた被災者等にとっては,同条2項が想定するような家賃の契約書,預金通帳,給与明細やときには身分証明書すら,申請時に準備しておくことが困難な場合が多々ある。これらの書類を申請時に要求することは,これらの者の生活保護申請を事実上閉ざすものであると同時に,書類が揃わないという理由で申請をさせない「水際作戦」の運用を追認するものである。

(3)生活保護の開始決定にあたり,あらかじめ,申請者の扶養義務者への書面による通知を義務付けたこと(前改正案24条8項)
現行制度においても,生活に困窮する者が,扶養義務者(配偶者,直系血族,兄弟姉妹等)への通知により生じる親族間の軋轢を恐れ、スティグマ(恥の烙印)の影に怯えて生活保護申請を断念する事態は少なくない。とりわけDVやストーカー,暴力や犯罪被害から逃れてきた者にとって,しばしば加害者である扶養義務者への照会は生命身体の危険に直結する。そのような通知を原則としたときは,これらの被害者にとって生活保護申請を為すことは自らの居場所を加害者に知らせることになるのであって,申請を断念せざるを得なくなることが多分に予想される。

4 今般提出された改正案は,当初上程された前改正案に比べ,24条1項及び2項にただし書として「特別の事情があるときは、この限りでない。」との例外規定を加え,口頭での申請や添付書類の提出猶予の余地を設けるとともに,24条8項にもただし書として「あらかじめ通知することができない場合として厚生労働省令で定める場合」を加えた。しかし,申請に関する運用の原則と例外を覆すことに変わりはなく,上記の問題点を根本的に克服するものではない。
したがって,改正案が従前の運用を正面から覆し,保護が必要な者をして申請を委縮あるいは断念させ,あるいは,「水際作戦」にお墨付きを与えかねないものであることに変わりはない。さらに言えば,DVや虐待の被害者,犯罪被害者,刑事施設を釈放された者,ホームレス状態にある者等,もっとも保護を必要とする者をして生活保護から遠ざけられることがなお懸念されるのである。このような事態は,生活保護制度を根底から揺るがすものであり,同制度が中核的役割を担う生存権(憲法25条1項)すら瓦解させかねない重大なものである。
なお,改正法の審議過程においては,長野県において長野市をはじめとする12市で扶養義務者に対し「扶養義務者の扶養を優先的に受けることが前提」などと記した文書を送付していたことが報道され,国会でも取り上げられており,組織的対応として,保護の要件ではない扶養をあたかも保護の要件であるかのごとく説明していたことが明らかになっている。改正法はこのような自治体の違法な水際作戦を助長しかねない。
前述のように,日弁連及び当会はもとより全国のすべての弁護士会、さらには多くの市民団体や民間団体が前改正案に対して反対の意を表明し、世論としてこの改正案には消極的なものがあったことが廃案につながったものであるが、再び十分な議論もないままに、国会の審議に付されたことは、憲法25条の生存権保障の趣旨を甚だしく軽んじるものであり、到底見過ごすことは出来ない。

5 以上のとおり,当会は,改めて,改正案については廃案にすることを求めるものである。
以 上
2013年(平成25年)11月15日
長野県弁護士会     
会 長  諏 訪 雅 顕

京都弁護士会所属会員に対する傷害事件に対する会長声明

京都弁護士会所属会員に対する傷害事件に対する会長声明

2013年(平成25年)8月8日、京都弁護士会所属会員である彦惣弘弁護士が、京都市上京区の路上で、男に襲撃され加療約2か月の重症を負うという事件が発生した。男は、殺人未遂罪の被疑事実で現行犯逮捕されたが、同月30日、傷害罪の公訴事実で京都地方裁判所に起訴され、10月7日に第1回公判期日が開かれたところである。
公判の中で既に明らかになっているところによれば、男は、約5年前に同弁護士に離婚調停事件などを委任していた元依頼者であり、同弁護士の弁護士業務に関連した逆恨みから本件犯行に及んでいる。このような犯行は、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士法第1条)を使命とする弁護士に対して、暴力により攻撃を加えるものであり、弁護士制度自体そのものの存立を揺るがすものであって、断じて許すことはできない。
2010年(平成22年)6月2日には横浜で前野義弘弁護士が、同年11月4日には秋田で津谷裕貴弁護士が、弁護士業務に関連して殺害されるという痛ましい事件が連続して発生している。本件も、一歩間違えればこのような悲劇になりかねなかったものである。また、昨年度実施された当会の調査においても、当会会員に対する多数の業務妨害行為が判明している。
当会は、このような理不尽で卑劣な暴力による弁護士業務への妨害行為に対して、断固として抗議し、妨害行為に対する取り組みを更に強化していく決意を表明するとともに、今後とも弁護士に対する攻撃や妨害に対してひるむことなく、一致団結して弁護士の使命と役割を果たしていくことを誓うものである。
2013年(平成25年)11月9日
長野県弁護士会会長  諏 訪 雅 顕

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する会長声明

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する会長声明
2013年(平成25年)10月22日
 
長野県弁護士会                  
会 長   諏 訪 雅 顕

第1 声明の趣旨
特定秘密の保護に関する法律案(以下,「本法案」という)に強く反対する。

第2 声明の理由
1 立法事実の不存在
本法案は,政府によって,その概要が,2013(平成25年)年9月3日に取りまとめられた「特定秘密の保護に関する法律案の概要」として公表されているものであるが,以下のとおり立法事実を欠いており,その必要性に疑問がある。
本法案の検討のきっかけとなったとされている尖閣沖漁船衝突事件の映像流出事案については,秘密保全法制に関する有識者会議作成の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(2011年(平成23年)8月8日公表。以下,「有識者会議報告書」という。)においても,秘密保全法制の立法事実とされている。
しかし,同事案では,海上保安庁において,流出した映像情報を秘密と指定していなかったどころか,映像情報が不特定多数の海上保安庁職員において入手可能な状態に置かれていたことに原因があるものであり,仮に,行政機関等が保有する実質秘に該当する情報の漏洩を防止する必要があるとすれば,情報の作成取得時に秘密指定し,限られた特定の者しかアクセスすることができないようにアクセス制御すれば良いだけのことであり,現行の国家公務員法等の制度で対応可能であって,同事案の発生から本法案の必要性を導くことは相当でない。
その他,有識者会議報告書で,秘密保全法制の立法事実として挙げられた各事案についても,いずれも立法事実たり得ないことは,日本弁護士連合会の2013年(平成25年)9月12日付「『特定秘密の保護に関する法律案の概要』に対する意見書」が指摘するとおりである。

2 国民の知る権利の侵害
  国民主権原理を基本とする我が国の憲法秩序の下では,政府が保有する情報は,主権者である国民の「共有の知的資源」(公文書管理法第1条)として,国民に公開されることが原則とされなければならない。行政機関の保有する情報の公開に関する法律や公文書等の管理に関する法律は,いずれもこのような国民主権原理を背景とするものと理解されなければならない。
本法案の立法趣旨は,国及び国民の安全を確保するためのものであるとされており,このような立法趣旨の実現のため,極めて限定的な範囲において一時的に秘匿が許容される余地があるに過ぎないものである。
すなわち,秘密保全法制においても,憲法上の基本原理である国民主権原理との整合性が当然に求められ,仮に,一時的に秘密扱いしなければならない情報が存在するとしても,一定期間が経過すれば,最終的には国民に情報が公表されるべきものであり,政府が秘密とした判断の合法性・妥当性について,国民が事後的にチェックできる途が確保されていなければならない。
ところが,本法案では,国民の知る権利の保障に対する配慮が見られず,本法案により,特定秘密として指定された情報が,公文書管理法の適用すら受けない取扱いとなる危険性も指摘されており,公文書管理法第8条による移管又は廃棄の手続が適用されないまま,行政機関の長の判断によって廃棄され,事後的に国民による批判的検討を受ける機会すら保障されないおそれがある。
このような事態は,国民の知る権利を著しく侵害し,上記の情報公開法や公文書管理法の背景にある国民主権原理を蔑ろにするものである。

3 「特定秘密」の範囲が広範で不明確であること
本法案は,規制対象となる秘密(特定秘密)の範囲を,?防衛に関する事項,?外交に関する事項,?外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止に関する事項,?テロ活動防止に関する事項の4分野として,別表において項目を列挙しているが,なお広範で不明確である。
また,何が特定秘密に該当するかの指定権者は行政機関の長とされており,客観的・公正な立場の第三者がチェックするようなシステムも存在しないことから,行政機関の恣意的な判断・運用によって,真に秘密として保護されるべきでない情報が特定秘密に指定され,合法的に隠蔽される危険があり,その危険性は際限のない更新制度によって増幅する。
上記のように,もともとの対象分野が広範であることと,特定秘密指定の恣意性,違法性を公平な第三者がチェックする仕組みの欠如が連動することにより,行政機関にとって都合の悪い情報が,特定秘密の名の下に主権者である国民の目から永久的に隠蔽されてしまう危険性があることは,極めて重大な問題である。

4 処罰規定の不明確性,過剰性
上記3のとおり,特定秘密の概念自体が広範で不明確であることから,国民にはいかなる情報が特定秘密として規制対象であるかの認識が困難となることが予想される。
また,特定秘密の取得行為を規制する「不正な方法」についても,抽象的で不明確な内容となっている上に,教唆,共謀,煽動,過失による漏洩など規制対象の行為類型も多岐に及んでいる。
このような規制の在り方は,報道機関の正当な取材活動を萎縮させ,その結果,国民の知る権利が害されるおそれは大きく,また刑罰法規の明確性を求める罪刑法定主義の観点からも,憲法上,重大な疑義がある。   

5 「適性評価制度」の問題性
本法案は,特定秘密の外部流出を防ぐために,特定秘密情報を取扱うにふさわしい職員を判別するための制度として「適性評価制度」を導入するものとしている。すなわち,本法案は,特定秘密の取扱いを行う職員に関し,当該職員のみならずその家族,同居人の氏名・生年月日・国籍・住所,あるいは飲酒についての節度,経済的信用状態,精神疾患等という個人のプライバシーに関する広範な情報の収集を認めており,関係者のプライバシーを過度に侵害する危険性が高い。
また,調査事項のうち,「我が国及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」については,その抽象性故に行政機関の恣意的判断によって,国民個人の政治活動,さらには思想・信条にまで踏み込んだ調査が行われる危険性が否定できない。なお,本法案では,対象者の同意を得た上で,調査を実施するものとされているが,当該職員が,その真に自由な意思によって,同意・不同意を選択することを期待できる余地は,極めて乏しいことは明らかである。「同意」の存在は上記に指摘するようなプライバシー侵害を正当化するものではない。

6 立法権の侵害
本法案では,国会議員への特定秘密の提供につき,「各議院若しくは各議院の委員会若しくは参議院の調査会が行う審査若しくは調査で公開されないもの・・・であって,当該特定秘密を使用し,若しくは知る者の範囲を制限すること,当該業務若しくは手続き以外に当該特定秘密が使用されないようにすることその他当該特定秘密を使用し,若しくは知る者がこれを保護するために必要なものとして政令で定める措置を講じ,かつ我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認められたとき」に限り,提供できるものとされている。
このように,国会に対する特定秘密の提供範囲を著しく限定した上で,政令において国会での特定秘密の取扱い方に制限を加えることは,国会における議員質問による自由な討議や国政調査権の行使による行政権へのチェック機能を損ねるものであって,憲法上期待されている国会の立法権を侵害するものである。

7 知る権利,報道の自由の侵害が国民主権の機能不全を引き起こすおそれが存在すること
以上指摘した問題点が改善されないまま本法案が法令として成立した場合,日本国憲法の基本原理である国民主権が機能不全に陥る危険性が憂慮される。
上記のような重大な問題を含む本法案が成立した場合,報道機関の取材の自由,報道の自由ないし国民の知る権利が侵害される事態が発生することは容易に予想され,国民がその違法性を訴訟で争うことも,秘密の内容を問題とせざるを得ない以上,違法性を争う側の国民に特定秘密指定のなされた情報の具体的内容が明らかにされない可能性が高く,指定の違法性や相当性を具体的に主張立証することに困難が予想される。
その結果,本法案が,「国及び国民の安全の確保」の名の下に,ときの権力によって,自らに都合の悪い,国民に知らせたくない情報を合法的に隠蔽し,批判的な言論を封じるための有力な手段として用いられる危険性が予想され,このような事態は,「国民による権力の監視」という側面を含む国民主権の機能不全を引き起こすおそれがある。
以上のとおり,当会は,特定秘密の保護に関する法律案に強く反対する。
以 上

TPPに関する会長声明

平成25年10月12日
                                   
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加の秘密保持契約が国民主権・国会の最高機関性等に反することを懸念する会長声明
 
                    長野県弁護士会          
                      会 長   諏 訪 雅 顕

政府は,環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉について,本年7月に開催されたマレーシア交渉から参加を開始したところである。
TPP交渉への参加について,政府は,平成25年7月25日付け甘利明TPP対策本部長名義の「日本のTPP交渉への正式参加について」という文書の中で,「アジア太平洋地域における新たなルールを作り上げていくことは,日本の国益となるだけでなく,世界に繁栄をもたらし,この地域の安定にも貢献するものであり,日本が一旦交渉に参加した以上,重要なプレーヤーとして,新たなルール作りをリードしていく」「強い交渉力を持って,守るべきものは守り,攻めるべきものは攻めていくことによって,我が国の国益を最大限に実現するよう全力を挙げて交渉にあたる」などと表明している。
しかし,「我が国の国益を最大限に実現する」にあたって,その「国益」の判断が政府ないし官僚機構の独りよがりの判断であってはならない。また,TPPへの参加が真に「国益」に適っているか否かの判断は,TPPに参加した場合の効果等について広く国民に情報提供した上で,国民的議論を踏まえたものでなくてはならない。それにも関わらず,報道に拠れば,TPP交渉への参加国には秘密保持契約の締結が求められ,政府はマレーシア交渉からTPP交渉に参加するにあたり,この秘密保持契約を締結したとされている。その契約によれば,交渉中はもとより,協定発効から4年間は,交渉経過等の開示が禁じられるとされているとのことであり,交渉中に国民に十分な情報発信を行ってTPPに関する国民的議論を行うことが不可能である。更に,外交に対する民主的コントロールを必要とする,条約締結に関する国会の承認権(憲法73条3号但書)の行使にも支障が生じることは明らかである。
TPPは21分野にわたって行われるものであり,食の安全や環境・労働,国民生活に不可欠な各種サービスなど,国民の生活に大きな影響を及ぼす広汎な分野が交渉の対象となっているが,それらの分野に於いては例外規定に該当しない限り完全な自由化が求められるとされる(ネガティブリスト方式の採用)。また,投資分野に於いては,ISDS条項(外国の投資家や企業が,進出国において相手国政府の法律や行政上の不備等で損害を被った場合,協定に基づいて相手国政府に対する損害賠償を相手国の司法手続ではなく国際仲介機関によって解決することを選択できるという条項)を入れることが見込まれる。そうなると,国民の生命・身体・健康・財産を保護するために行う国家の規制や,日本固有の司法権のあり方や弁護士制度を含む司法制度等についても大きく改廃を迫られる危険がある。そのように,国民生活に多大な影響が出るTPPへの参加の是非や参加した場合の内容が,十分な情報による国民的議論なしに決められ,国会の承認にすら十分な情報が提供されないことは,およそ国民主権(憲法前文,1条)や国民の知る権利(同21条1項参照),国会の最高機関性(同41条)に反し,到底容認されるものではない。
以上の意味で,国民生活に多大な影響が出るTPP交渉への参加が,国民や国会に対して十分な情報を提供なく進められることは憲法の理念に反するものであり,当会は,このような現状を強く憂う。真に政府が,国益のために「強い交渉力を持って,守るべきものは守り,攻めるべきものは攻めていく」決意を持っているのであれば,現状の秘密保持契約のもつ問題性を根拠として,国民や国会への十分な情報の提供が可能となるような新たな約定を交わすべく交渉すること,それが不可能であれば,直ちにTPP交渉から脱退することを求める次第である。
                                  以 上

公契約条例の制定を求める意見書

公契約条例の制定を求める意見書
2013年(平成25年)10月11日
長野県弁護士会     
会 長  諏 訪 雅 顕

第1 意見の趣旨
当会は、長野県及び県内の全市町村に対し、法定の最低賃金を超える賃金額その他労働者に有利な労働条件を遵守することを義務づける内容を有する公契約条例を早期に制定することを求める。

第2 意見の理由
1 国や地方公共団体は、契約という形で公共工事の発注や業務の委託を行なっている。このように、国や地方公共団体が行政目的を遂行するために民間企業等と締結する契約を公契約という。
近時、行政組織のスリム化や経費削減などの行政の効率化・最適化等を目指し、従来は国や地方公共団体が自ら行なっていた公共サービスを民間委託する例が増えてきている。長野県も平成24年3月に策定した「長野県行政・財政改革方針〜最高品質の行政サービスの提供によるふるさと長野県の発展と県民の幸福の実現に向けて〜」において、アウトソーシングの推進に積極的に取り組むことを明らかにし、民間への委託可能な業務の民間委託を順次実施していくこととしており、公契約が結ばれる範囲は拡大していくことが予想される。

2 国や地方公共団体が民間企業等と締結する公契約上の業務は、多数の労働者が直接的、間接的に従事することによって遂行されるが、その労働条件の劣悪さ、特に賃金水準の低さがいわゆる官製ワーキングプアとして大きな社会問題となっている。例えば、平成21年6月、大阪市交通局地下鉄清掃業務を委託された会社の従業員が、生活保護水準以下の賃金しか得られていないために生活保護が認められたケースが報道されている。

3 このような官製ワーキングプアを解消するべく、公契約にかかわる労働者の賃金等を保障するために入札制度を改善することが考えられる。
しかし、競争入札で仕事を落札するには他企業より少しでも低い応札額で入札参加することが必要不可欠である。また、公共事業等の予算縮小に伴い、ここ数年、入札案件が減少する傾向にあり、過度の過当競争やダンピングによる入札もないとはいいがたい。そして、予定価格は前年度の落札額を基準とすることが多いため、落札額が前年度実績を下回ることがあり、それが毎年繰り返されることにより、価格低下を招くことも指摘されている。
他方で、わが国の公共工事は重層的下請構造で施工されることが多く、その中で間に入った企業によって中間マージンが取得され、本来労働者の賃金となるべき部分が削減されて、最終的な下請、孫請等の現場労働者に低賃金が押しつけられている現状も看過できない。また、低入札価格調査制度や最低制限価格制度によっても、従事する労働者の低賃金が改善されるところまでの実効性は期待できないばかりか、地方自治法施行令に導入された総合評価落札方式における価格点以外の点数として労働者の賃金の保障の有無等の項目を入れたとしても、現実の労働者の賃金の上昇が確保されるか否かは明確ではない。
このように、現行入札制度あるいはその制度改善によって解決を図るには限界があると言わざるを得ない。
さらに、この問題の根本的解決の1つに、諸外国と比べて極めて低水準にあるわが国の最低賃金を大幅に引き上げることも考えられる。
しかし、多くの中小零細事業者はこれを前提に労働者を雇用しており、最低賃金の大幅な引き上げのためには、かかる事業者の経営に配慮した施策が必要である。

4 そこで、こうした状況を打開するため、公契約条例の制定を求める動きが全国に広まっている。公契約条例とは、公契約にかかる業務に直接又は間接に従事する労働者について、法令等の最低基準よりも有利な労働条件となる条項を公契約中に定めることを義務づけるものであり、具体的には最低賃金額を当該地方公共団体が定め、この賃金額遵守を公契約締結の条件として事業者に義務づけること等を主な内容とするものである。
公契約条例による最低賃金額の規制は、最低賃金法による賃金の一律規制と異なり契約当事者間の合意によるものであるから、中小零細事業者への上記のような配慮は不要である。むしろ、これまで元請業者からぎりぎりの単価で仕事を請け負い、最低賃金法の最低賃金相当の賃金を労働者に支給してきた下請、孫請等の中小零細事業者にとっては、公契約条例の制定によって、労働者に支給する賃金額を上昇させることが可能になる。
なお、公契約条例の制定により労働者の賃金水準が現行から大幅に上昇した場合、地方公共団体の民間委託費も相当程度増大する可能性は否定できない。しかし、一方で民間委託費の過度な圧縮・低廉化が公共サービスの質の低下をもたらしており、その方がむしろ問題であると指摘されてきたのであるから、公契約条例制定により公共工事の内容や公共サービスの質の向上も期待できるのである。

5 千葉県野田市で平成21年に公契約条例が制定されて以降、既に全国で複数の地方公共団体が公契約条例制定に至っている。公契約条例の制定は、中小零細事業者の経営安定と労働者の賃金水準の向上をもたらし、公共工事や公共サービスの質を担保する効果があり、地方公共団体が住民福祉増進を図る責務(地方自治法1条の2第1項)を果たす上で極めて有効な施策である。
こうした中、当長野県内でも条例制定に向けた新たな取組みが始まりつつある。長野県内で公契約条例を制定した地方公共団体は今のところ存しないが、長野県は平成22年に県庁内に公契約研究会を設置して研究を進めているところである。
そして、研究会設置に甘んじることなく、研究成果の発表や条例制定のための具体的提言などを広く県民に対して行うことにより、公契約に携わる多数の労働者のみならず県民全体に労働条件の改善を波及させるべく実効性ある公契約条例の制定が望まれる。

6 よって、当会は、全ての労働者の人間らしく生き働く権利を擁護するため、意見の趣旨記載の通り、公契約条例の早期制定を求める次第である。

長野県暴力追放県民センターに対し必要な財政的支援を講ずることを求める会長声明

長野県暴力追放県民センターに対し必要な財政的支援を講ずることを求める会長声明     

1 平成24年8月1日に公布され、平成25年1月30日から施行された暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律の一部を改正する法律(以下「改正暴対法」という。」)により、都道府県暴力追放運動推進センターによる事務所使用差止請求制度が新設された(第32条の4第1項)。
これは、国家公安委員会の認定を受けた都道府県暴力追放運動推進センター(以下「暴追センター」という)が、指定暴力団等の事務所付近の住民から委託を受けて、裁判上又は裁判外において、暴追センターの名前で暴力団事務所等の使用差止を請求できるという画期的な制度である。
この制度により、暴力団事務所等の使用差止を求めようとする住民の負担や不安感が大きく軽減することが期待されるところであり、長野県においても、公益財団法人長野県暴力追放県民センターが速やかに国家公安委員会の認定を受け、暴力団事務所等の使用差止業務を行うことができる体制を整えることが急務である。

2 ところで、改正暴対法は、暴追センターが国家公安委員会の認定を受けるための要件として、差止請求関係業務を適正に遂行するための体制及び業務規定の整備や人的体制の整備に加え、差止請求関係業務を適正に遂行するに足りる経理的基礎を有することを掲げている(第32条の5第3項)。
この点、公益財団法人長野県暴力追放県民センターでは、現在、適格団体の認定を受けるべく国家公安委員会への申請に向けて準備を進めているということであるが、その財政状況は、当面の暴力団事務所等の使用差し止め訴訟を遂行するに足りる財政的基盤を有すると認められるものの、これを継続的に実施していくためには、更なる財政的基盤の充実が必要である。

3 平成23年9月1日から施行された長野県暴力団排除条例において、県は「暴力団排除に関する施策を総合的に推進するものとする。」と定めている(第4条第1項)。
長野県には、平成25年1月現在、指定暴力団組織が32組織、その暴力団構成員及び暴力団準構成員が約900名おり、県内各地に暴力団の事務所が確認されている。
県民の安全で安心な生活を確保することは長野県の責務であり、県は、断固たる姿勢で暴力団排除に取り組む社会的責務がある。
そして、暴力団同士の抗争事件等はいつ何時発生するとも限らないのであるから、県民からの暴力団事務所等使用差止の求めに速やかに対応できる態勢にしておかなければならない。

4 よって、当会は、長野県に対し、改正暴対法に基づき公益財団法人長野県暴力追放県民センターが暴力団事務所等使用差止関係業務を行う団体として、国家公安委員会の認定を受けることができた後も継続して同事業が遂行できるよう、更に一層、同センターの財政基盤の充実を図るための支援を行うことを強く要請する。

                                                                  以上
                                                                                             平成25年7月22日
                    長野県弁護士会                
                    会長  諏 訪 雅 顕

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淫行処罰条例の制定に反対する会長声明

淫行処罰条例の制定に反対する会長声明
 

1 長野県は、「子どもを性被害等から守る専門委員会」を設置し、本年5月31日、淫行処罰条例の制定の是非について検討を始めた。報道によると、同日の初会合では、同条例の制定に積極的な意見が相次いだとされている。
ここに、淫行処罰条例とは、青少年とのみだらな性行為やわいせつ行為を広く処罰する規定(以下、淫行処罰規定という。)を盛り込んだ条例と定義する。長野県内では、東御市青少年健全育成条例がこれにあたる。すなわち、東御市青少年健全育成条例は、第24条1項で「何人も青少年に対してみだらな性行為又はわいせつな行為をしてはならない」と定め、同条項に違反した場合の罰則として、第30条1項2号で「30万円以下の罰金」を定めており、これらの規定が、淫行処罰規定である。
このような淫行処罰規定は、その文言の曖昧さ、不明確性において、憲法31条の要請である刑罰法規の明確性の観点から重大な問題を孕むものである。そのため、当会は、東御市青少年健全育成条例の全面施行前、平成19年9月4日付会長声明で、同条例の見直しと慎重な運用を強く要請した。

2 ところが、昨年3月から4月にかけて、東御市の学校教諭2名が東御市青少年健全育成条例(淫行処罰規定)違反の疑いで相次いで逮捕されるという事件が発生し、このことを契機に、県内全域で子どもを性犯罪から守る必要性が強く訴えられるようになり、現在、淫行処罰条例の制定を求める動きが活発化している。

3 しかし、淫行処罰規定による規制は、上記声明で明らかにしたとおり、その問題性が極めて大きいものである。淫行処罰規定は、「みだらな」性行為、「わいせつ」な行為という曖昧な文言により、罰則をもって、青少年との性的関係を規制するものであって、捜査機関による解釈次第で、本来規制されるべきでない青少年の真摯な恋愛や性行為が広く処罰の対象とされるおそれが多分に存する。青少年の側からみれば、真摯な恋愛の萎縮につながるだけでなく、交際相手が一方的に摘発、処罰されることで、却って青少年が精神的に傷つき、被害救済からは程遠い結果となることも容易に想像できる。青少年を狙う一部の悪質な大人を処罰するという目的は正当であるとしても、その目的達成のために、淫行処罰規定による規制という手段が相当であるとは到底いえるものではない。

4 また、そもそも、現状において、淫行処罰条例を制定すべき立法事実(淫行処罰規定の必要性を基礎付ける社会的事実)が存在するとは認めがたい。
すなわち、現行法令には、刑法に規定される強制わいせつ罪(同法176条)、準強制わいせつ罪(同178条、同176条)、強姦罪(同177条)及び準強姦罪(同178条、同177条)、児童福祉法に規定される児童淫行罪(同法34条1項6号、同60条1項)、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(いわゆる児童買春・児童ポルノ禁止法)に規定される児童買春罪(同法4条)及び児童ポルノ製造罪(同7条2項3項)、インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(いわゆる出会い系サイト規制法)に規定される児童に係る誘引の禁止(同法6条、同33条)、長野県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(いわゆる迷惑防止条例)に規定される卑わいな行為の禁止(同条例4条、同14条1項2項)等、罰則規定が種々存在し、青少年に対する性犯罪に対し多角的な規制がなされているところである。
また、長野県以外の全ての都道府県では淫行処罰を内容とする条例が制定されているが、平成24年版犯罪白書によれば、青少年保護育成条例による検察庁新規受理人員が、平成11年から平成12年にかけてはいわゆる児童買春・児童ポルノ禁止法の制定により減少しているものの、平成13年以降は年々増加若しくは横ばい傾向にあり、淫行処罰条例が青少年に対する性犯罪を有効に抑止しているという実証結果は得られていない。

5 東御市で発生した前記2事件は、閲覧可能な刑事確定記録、公表された長野県教育委員会の懲戒処分一覧及び新聞報道から読み取れる事実によれば、中学校教師若しくは高校教師とその教え子という関係を背景に事実上の影響力を及ぼして児童に淫行をさせたと評価しうる事案であって、東御市青少年健全育成条例の淫行処罰規定でなく、児童福祉法上の児童淫行罪による立件も可能であったと解されるところである。
したがって、これらの事案をもって、淫行処罰条例を制定すべき立法事実と捉えることは適切でない。

6 また、昨今のインターネットの普及により、青少年がインターネットを通じて大人から誘惑され、青少年が大人と直接会って性被害を受けるという事案が発生しており、そのような大人の行為を摘発する必要性も指摘されている。
確かに、インターネットには、顔の見えない関係にありながら、メール等の頻繁なやりとりや文章表現により巧妙に相手の心の隙間に入り込むことが出来るという側面があり、このような特質が青少年に対する性犯罪に利用されている可能性は否定できない。しかし、出会いの過程でインターネットを介していたとしても、青少年と大人が直接接触する場面では、やはり現行の罰則規定が適用されうるのであって、例えば、青少年の同意なくわいせつ行為に及べば強制わいせつ罪で摘発、処罰されうるのである。
したがって、インターネット社会の発展が、直ちに淫行処罰規定の必要性、合理性を基礎付けるということも出来ない。

7 以上のとおり、淫行処罰規定は、それ自体憲法規範に違反するおそれのある重大な問題を孕んでいるだけでなく、現状において、同規定を条例で制定すべき十分な立法事実も認められないのであるから、淫行処罰条例を制定する正当性はないと言わざるをえない。

8 長野県は、全国の都道府県で唯一淫行処罰を内容とする条例を制定せず、これまで、家庭、学校、関係団体及び行政が一体となって、地域全体で子どもを支え育てていくという取り組みを行ってきた。性犯罪から子どもを守るために真に必要なのは、さらなる刑罰による規制ではなく、子どもが自己決定権に基づき性的意思決定を主体的に行い、また自己の判断で犯罪や社会の危険性から身を守ることができるよう、その成長発達を支援することである。そのためには、これまでの取り組みをさらに推し進め、子どもに対し、自己の性を大事に考えるための「性教育」や、インターネットの利用方法、危険性等に関する「情報教育」、「リテラシー教育」を施すことが重要である。
当会は、昨年7月9日付の長野県知事宛の要望書において、刑罰による規制によって子どもの性被害等の問題を一挙に解決することはおよそ不可能であり、また、安易に規制を拡大・強化することは、子どもの成長発達の機会を奪うことになりかねないことや、仮に淫行処罰規定の適用により、成人を検挙したとしても、一方の子どもにとっては、なぜその交際が条例によって規制され、交際相手が処罰されなければならないのかを理解しなければ問題の根本的な解決にはならないことなどを訴えた。刑罰を重罰化しても犯罪がなくならないことに表れていることからも分かるとおり、処罰のみによって社会内に生起している問題は解決しない。時間はかかるように見えても、問題の根本に遡って丁寧に社会を変えていくことこそ肝要であり、子どものみならず大人に対しても「性教育」や「情報教育」等を実施して、自己や他人を理解し、いたわれる社会を目指す必要がある。
安易に罰則制定や厳罰化を求めれば、これまで地域全体で行われてきた子どもの育ちを支えていく取り組みを一挙に後退させてしまうことになりかねない。

9 もとより、子どもを性被害から守るという目的は正当であり、これに何ら異を唱えるものではない。問題は、どのような方法で子どもを守るかということである。淫行処罰規定は、既に述べてきたとおり、それ自体問題性が大きく、また条例化の立法事実が希薄であって、子どもを性被害から守る手段として相当でないことは明らかである。長野県は、安易に刑罰に頼ることなく、長野県らしい子ども支援の方策を模索していくべきである。

以上のとおりであるから、当会は、ここに淫行処罰条例の制定に反対する意思を表明し、長野県に対し淫行処罰条例を制定しないよう強く求める次第である。

平成25年7月16日
長野県弁護士会            
会長  諏 訪 雅 顕

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生活保護法改正案に反対し廃案を求める会長声明

生活保護法改正案に反対し廃案を求める会長声明


1 政府は,本年5月17日,生活保護法の一部を改正する法律案(以下,「改正案」という。)を閣議決定し,国会に提出した。改正案は,与野党の修正協議により一部修正の上,本年6月4日に衆議院を通過し,現在参議院で審議中である。
改正案には,保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼし,福祉事務所の申請妨害であるいわゆる「水際作戦」を許容助長しかねないとの二点において,看過しがたい重大な問題があるため,廃案を求める。

2 まず,当初の改正案24条1項は,保護開始の申請について所定の事項を記載した「申請書を保護の実施機関に提出してしなければならない。」としていた。
現行制度では,法文上,保護の申請は要式行為とされず,口頭で申請の意思が示されれば申請行為として足りるとする運用が裁判例で蓄積され(大阪高裁平成13年10月19日判決・訟月49巻4号1280頁・上告棄却・確定,さいたま地裁平成25年2月20日判決・確定等),それを前提とした実務運用がなされてきた。これは,福祉事務所が申請書すら渡さず相談扱いにとどめ,申請をさせないという,「水際作戦」と批判される事態を許さない論理であった。
ところが,同条1項により申請が要式行為とされれば,申請書用紙すら渡されない事案を救済することができなくなる。

3 次に,同条2項は,上記申請書に「要保護者の保護の要否,種類,程度及び方法を決定するために必要な書類として厚生労働省令に定める書類を添付しなければならない」と義務付ける。
この点につき,現行制度では,申請後の調査として開始または棄却の決定までの間に必要な書類を揃えれば足りた。
しかし,改正案では申請時に必要書類を揃えることを義務付けている。
帰住場所を持たず刑事施設を釈放された者やホームレス,DV被害者,着の身着のままで避難を余儀なくされた被災者等にとっては,同条2項が想定するような家賃の契約書,預金通帳,給与明細やときには身分証明書すら,申請時に準備しておくことが困難な場合が多々ある。これらの書類を申請時に要求することは,これらの者の生活保護申請を事実上閉ざすものであると同時に,書類が揃わないという理由で申請をさせない「水際作戦」の運用を追認するものである。

4 そして,同条8項は,「保護の開始の決定をしようとするときは,」「あらかじめ,当該扶養義務者に対して書面をもって」「通知しなければならない」と義務付ける。
現行制度においても,生活に困窮する者が,扶養義務者(配偶者,直系血族,兄弟姉妹等)への通知により生じる親族間の軋轢を恐れ、スティグマ(恥の烙印)の影に怯えて生活保護申請を断念する事態は少なくない。とりわけDVやストーカー,暴力や犯罪被害から逃れてきた者にとって,しばしば加害者である扶養義務者への照会は生命身体の危険に直結する。そのような通知を原則としたときは,これらの被害者にとって生活保護申請を為すことは自らの居場所を加害者に知らせることになるのであって,申請を断念せざるを得なくなることが多分に予想される。

5 このように,改正案は,従前の運用を正面から覆し,保護が必要な者をして申請を委縮あるいは断念させ,あるいは,「水際作戦」にお墨付きを与えかねない点で,重大な問題があると考える。

6 これらの点につき,厚生労働省は,本年5月17日の大臣記者会見,同20日の生活保護関係全国係長会議等で,同条1項及び2項について取り扱いには今後も変更はないこと,同条8項について扶養義務者への通知は極めて限定する予定である旨を説明する。また,政府与野党は,日本弁護士連合会や各都道府県単位の弁護士会,支援団体などの関係諸団体からの批判を受け,改正案24条1項及び2項にただし書として「特別な事情があるときは,この限りでない。」との例外規定を加え、口頭での申請や添付書類の提出猶予の余地を設けることを合意し,この修正を加えた上で,過日,衆議院を通過し,参議院で審議されている。
しかし,一部修正したとはいえ,改正案が成立すれば,その解釈運用において,生活保護の申請手続が厳格化され,「水際作戦」を許容助長し,生活困窮者をして制度の利用を断念させるおそれは何ら払拭できない。
改正案は,上記のように従前の運用の原則と例外を逆転させ,とくにDVや虐待,犯罪の被害者,刑事施設を釈放された者,ホームレスといった,最も保護を必要とする者に事実上生活保護の道を閉ざすものである。
改正案の目的は不正受給対策の強化とされるが,真に保護が必要な者の生活保護申請を困難にする必要性は全くない。
厚生労働省の説明のように,従前の運用を変える意図がないのであれば,法改正の必要性自体が乏しいと言わなければならない。

7 現行法制度を前提としても,捕捉率(生活保護の受給要件を満たす者のうち実際に生活保護を利用する者の割合)はせいぜい2〜3割と言われてきた。その一方で,生活に困窮して窓口を訪れた者に対しあくまで相談にとどめ申請書を渡さず申請をさせない,書類が揃わない,或いは親族に扶養してもらうように申し向けて申請を受け付けないなどといった,「水際作戦」と言われる申請妨害が全国で見られた。
その結果が,捕捉率の低さであり,今もなお全国で後を絶たない餓死や孤独死等といえる。
また,長野県における保護率(生活保護利用者の数を全体の人口で除した割合)は4.9‰(1000人あたり4.9人)と,全国平均15.3‰(1000人あたり15.3人)(いずれも平成22年度)を大幅に下回っている。しかし,この数字からは,最低限度の生活を下回る生活を余儀なくされているにもかかわらず,生活保護の申請に至らず,そこから漏れている者が相当数いることが考えられる。今般の改正は,これらの者がさらに生活保護から遠ざけられ,最低限度の生活すら確保することが困難になるものであるもので,県民の生活に直結する重大な問題を含むものである。

8 我々は,日々業務の中で,DVや虐待,犯罪の被害者,刑事施設を釈放された者,ホームレスといった者の手続支援に当たっている。たとえ厚生労働省が例外を定めたところで改正案が運用の原則と例外を逆転させるものである以上,このたびの改正案が,もっとも保護を必要とする者にとっていかなる過酷な事態を招来するかは容易に想像できる。また,福祉事務所の現場によって対応に差を生じかねず,福祉現場の混乱を招き,憲法上保障された生存権の保障を瓦解させることを強く危惧するものである。

以上から,当会は生存権保障(憲法25条)の中核的役割を担う生活保護制度を根底から揺るがしかねない改正案を到底容認することはできず,改正案の廃案を求める次第である。

平成25年6月10日
長 野 県 弁 護 士 会 
会 長   諏 訪 雅 顕

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憲法第96条の憲法改正発議要件緩和に反対する会長声明

                       平成25年5月16日
  憲法第96条の憲法改正発議要件緩和に反対する会長声明  
                                                           長野県弁護士会        
                      会 長   諏 訪 雅 顕

第1 声明の趣旨
近時、憲法第96条に定める憲法改正発議要件につき、各議院の総議員の3分の2以上の賛成によるものとする定めを過半数に緩和する旨の提案が複数の政党などからなされているが、これらの提案は、立憲主義の原則や基本的人権尊重の理念を蔑ろにするものであるから、当会は、このような憲法改正の発議要件を緩和しようとする憲法第96条改正提案に強く反対する。

第2 声明の理由
1 憲法第96条を改正しようとする最近の動き
日本国憲法第96条第1項第1文は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。」と定める。
これについて、自由民主党は、平成24年4月27日、「日本国憲法改正草案」を発表し、第96条の改正規定を、衆参各議院の総議員の過半数で発議できるように変更しようとしている。日本維新の会も同様の提案をしている。
   そして、安倍晋三首相は、本年1月30日の国会答弁で、「党派ごとに異なる意見があるため、まず多くの党派が主張している憲法第96条の改正に取り組む」旨を明言した。
上記改正の提案が、まず改正規定を緩和して憲法改正を容易にした上で、その後、憲法第9条を改正して集団的自衛権の容認や国防軍の創設を図り、あるいは国民の権利を制限し過大な義務を負担させようとする意図を有するものであることは明らかである。

2 憲法第96条の意義と改正提案の問題
そもそも憲法は、数多の犠牲と人類の多年に渡る努力によって自由が獲得されてきたことを重視し、まずもって基本的人権の保障規定を定めると共に、かかる国民の自由を最大限確保するために、国家権力の組織とその権限を限定的に定めている。すなわち、憲法は、たとえ民主制の過程を経て選ばれた国家権力であっても、権力は常に濫用し腐敗するおそれがあるので、その濫用を防止するために国家権力に縛りをかけたのであり、その意味において国の最高法規たる基本法である(立憲主義の原則)。
そして、憲法改正規定は、かかる憲法の最高法規性の規定とあいまって、憲法保障の重要な役割を担うものである。そこで、日本国憲法は、憲法改正には、法律制定より厳格な要件として、各議院の総議員の3分の2以上の賛成による発議と国民投票における過半数の賛成を必要と定めたのである。
もし、その時々の政権により、充実した十分な議論が尽くされないまま憲法の改正がなされるとすると、国の基本法が容易に変更され、個人の尊厳やこの理念から派生する基本的人権の保障が形骸化されるおそれがある。国の基本法である憲法が、その時々の政権の便宜のために安易に改正されることは、国民の基本的人権の保障や国の統治体制の根本に置かれるべき立憲主義の理念をなし崩しにする危険があるので、絶対に避けなければならない。
しかも、現行選挙制度のもとでは、たとえある政党が過半数の議席を獲得したとしても、小選挙区制の弊害により大量の死票が発生するため、その得票率は選挙民の5割に到底及ばない場合があり得る。さらに、投票価値の不平等は未だ改善されていないのであるから、このような状況下で、各議院の総議員の過半数の賛成で憲法改正が発議できるとすれば、それは国民の多数の支持を得ていない改正案の発議であると言っても過言ではない。
発議要件を緩和しようとする改正提案は、議会の過半数を握った政権与党において、立憲主義の目的を失わせるような憲法改正の発議を容認することにつながるものであり、近代国家の本質をなす立憲主義は大きく後退してしまうこととなる。
このように、発議要件の緩和は、国民の基本的人権の保障及び立憲主義の立場からして、極めて重大な問題を孕んでおり、到底許されるものではない。

3 憲法改正の限界
憲法学会においては、憲法改正規定があるからといって、無制限に改正できるものではなく、憲法改正には限界があるとの見解が多数であり、憲法第96条の改正もその限界の一つとして指摘されている。
そもそも、憲法は、国会による発議と国民投票による改正を認めているが、憲法の本質を変更しかねない改正がなされることを阻止するために、憲法尊重擁護義務を負う国会議員により構成された国会の発議には3分の2以上の特別多数決の賛成が必要であるとの歯止めを掛けたのであって、憲法第96条の改正規定を改正することは、憲法の存立基盤を揺るがすものである。

4 諸外国の規定との比較
諸外国の規定を見ると、法律と同じ要件で改正できる憲法(軟性憲法)は極めて少数であり、ほとんどの国が法律の制定より厳しい憲法改正要件を定めている(硬性憲法)。
その内容は国によって異なるが、日本と同様の規定を、韓国・ルーマニア・アルバニア等も有している。日本よりさらに厳しい要件の国もあり(ベラルーシ、フィリピン等)、日本の憲法第96条の改正要件が、特別に厳しいものであるとは言えない。
したがって、比較法的見地からしても、憲法第96条の改正を正当化する理由は見当たらない。

5 以上より、当会としては、現代の社会情勢において、憲法規範が危機的状況にあると考え、基本的人権を擁護することを使命としている(弁護士法第1条)弁護士の社会的責務として、第1に記載した声明を発表するものである。
                               以 上 

法曹養成制度検討会議の中間的取りまとめに対する意見書

当会は、平成25年5月13日、法曹養成制度検討会議の中間的取りまとめに対する意見書を発表しました。
以下をご覧下さい(PDFファイル)。

意見書その1
意見書その2

法科大学院の地域適正配置と地方法科大学院に対する支援を求める会長声明

法科大学院の地域適正配置と地方法科大学院に対する支援を求める会長声明

  2004(平成16)年,プロセスとしての法曹養成制度の中核的機関となる法科大学院制度が創設され,9年近くが経過した。その間,法科大学院は,1万人以上の法曹資格取得者のみならず,民間企業や行政機関など,社会の様々な分野に修了生を送り出してきた。一方,法科大学院制度は,司法試験合格率の低迷,入学志願者の激減など,様々な課題に直面しており,特に地方の小規模法科大学院は同様の問題で厳しい状況に置かれている。
 
  信州大学大学院法曹法務研究科(以下「信州大学法科大学院」という。)は,司法制度改革の理念のもと,13万人にも上る長野県民からの設置要望署名を受け,長野県議会による国に対する設置要請,当会会長と信州大学学長による共同声明,当会及び隣接士業等による司法制度懇談会の設立,信州大学法科大学院所在地である松本市との調整など,市民・司法界・政財界等多方面からの協力のもと,長野県において唯一の法科大学院として設立されたものである。
  信州大学法科大学院は,設立後,そのカリキュラムであるリーガルクリニックや各種講演会等の実施,研究者と地方法曹実務家との協同による教育や研究により,地域司法の充実・発展に寄与してきた。また,信州大学法科大学院修了生の司法試験合格者数は毎年一定数を数え,そのうち司法修習を修了した者の60パーセント以上が地元弁護士会である当会に登録し地域司法を担う人材として地域司法の充実に貢献している。
 
  ところが文部科学省は,深刻な課題を抱える法科大学院の自主的・自律的な組織見直しを促進するための公的支援の見直しと称し,入学者選抜における競争倍率と司法試験の合格率を指標とする国立大学運営費交付金及び私立大学等経常費補助金の削減に踏み切った(2012[平成24]年,入学定員の充足状況が新たな指標として追加された。)。
  このような中,さらに,政府の法曹養成制度検討会議は,法科大学院の統廃合や定員削減に向けた具体的な基準案を検討することを決定した。基準の策定に当たっては,地域的なバランスについても考慮することとされているものの,同会議の前身である法曹の養成に関するフォーラムや,総務省による「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」等,政府の従前の検討過程において,法科大学院の地域適正配置が重視されてきたとは言い難い。このため,統廃合の基準の策定に当たり,地域適正配置の理念に十分な配慮がなされるとは限らない。
 
  しかしながら,法の支配をあまねく実現するためには,各地の様々な分野から法曹を生み出すことが重要であり,そのためには,もともと司法制度改革審議会意見書が制度設計の基本的考え方として指摘していたとおり,法科大学院を全国に適正配置し,地方在住者がその地域で教育を受けて法曹になる機会を実質的に保障することが,司法制度改革の目的に直結する理念として重要である。そして,信州大学法科大学院を含む地方法科大学院の存在が地元志望者の経済的負担を大きく軽減させるだけでなく,司法過疎の解消,地域司法の充実・発展に貢献し,さらには,地方自治・地方分権を支える人材を育成するという観点からも重要な役割を担っていること等を併せて考えれば,法科大学院の統廃合等は,地域適正配置の理念を踏まえつつ実施される必要がある。
  さらに,司法制度改革審議会は,司法の人的基盤を整備する上での重要な一翼を担うという法科大学院の意義や役割に配慮して適正な公的支援が行われる必要があるとしており,地域適正配置を制度的に担保するため,地方法科大学院への一層の公的支援が行われるべきである。
  そこで,当会は,今後も信州大学法科大学院を支援していくことを表明するとともに,関係各位・関係各機関に対し,下記の内容について強く求める次第である。
                                    記
1 法曹養成制度関係閣僚会議及び法曹養成制度検討会議は,法曹養成制度の在り方について検討するに当たり,わが国の隅々まで法の精神・法の支配を及ぼすべく,法科大学院の全国適正配置を重視すること。
2 政府は,わが国の隅々まで法の精神・法の支配を及ぼすべく,法科大学院の全国適正配置を担保し,地方法科大学院がその使命を実現できるよう,国立大学法人運営交付金又は私立大学等経常費補助金を削減せず,地方法科大学院への公的支援を強化すること。
3 日本弁護士連合会は,単なる競争原理に基づく地方法科大学院の廃止統合に反対し,政府その外関係諸機関に対し,法科大学院の全国適正配置のための施策の実施を求め,地方法科大学院への公的支援を求めるとともに,自らも適切な支援を行うこと。

                                    2013(平成25)年2月9日    
                                            長野県弁護士会        
                                                会 長  林   一 樹 

法科大学院の地域適正配置についての6弁護士会会長共同声明

法科大学院の地域適正配置についての6弁護士会会長共同声明

法科大学院制度の創設から9年近くが経過し,新しい法曹養成制度は,様々な課題に直面している。
とりわけ,司法試験合格率の低迷と法科大学院入学志願者の減少が顕著であることから,文部科学省は,深刻な課題を抱える法科大学院の自主的・自律的な組織見直しを促進するための公的支援の見直しとして,入学者選抜における競争倍率と司法試験の合格率を指標とする国立大学運営費交付金及び私立大学等経常費補助金の削減に踏み切った(2012〔平成24〕年,入学定員の充足状況を新たな指標として追加)。
このような中,更に,政府の法曹養成制度検討会議は,法科大学院の統廃合や定員削減に向けた具体的な基準案を検討することを決定した。基準の策定に当たっては,地域的なバランスについても考慮することとされているものの,同会議の前身である法曹の養成に関するフォーラムや,総務省による「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」等,政府の従前の検討経過において,法科大学院の地域適正配置が重視されてきたとは言い難い。このため,統廃合の基準の策定に当たり,地域適正配置の理念に十分な配慮がなされるとは限らない。
しかしながら,法の支配をあまねく実現するためには,各地の様々な分野から法曹を生み出すことが重要であり,そのためには,もともと司法改革審議会意見書が制度設計の基本的考え方として指摘していたとおり、法科大学院を全国に適正配置し,地方在住者がその地域で教育を受けて法曹になる機会を実質的に保障することが,司法制度改革の目的に直結する理念として重要である。そして,地方法科大学院の存在が地元志望者の経済的負担を大きく軽減させるだけでなく,司法過疎の解消,地域司法の充実・発展に貢献し,さらには,地方自治・地方分権を支える人材を育成するという観点からも重要な役割を担っていること等を併せて考えれば,法科大学院の統廃合等は,地域適正配置の理念を踏まえつつ実施される必要がある。
よって,国に対し,統廃合の基準の策定等法曹養成制度の在り方を検討するに当たり地域適正配置の理念を最大限に尊重すること,地方法科大学院について国立大学法人運営費交付金又は私立大学等経常費補助金を減額しないこと,及び地方法科大学院に対して適正な公的支援を行うことを強く求める。

2013(平成25)年1月12日
静岡県弁護士会
会 長  渥  美  利  之
長野県弁護士会
会 長  林     一  樹
広島弁護士会
会 長  小  田  清  和
熊本県弁護士会
会 長  坂  本  秀  徳
沖縄弁護士会
会 長  加  藤     裕
香川県弁護士会
会 長  白  井  一  郎

給費制復活を含む司法修習生への経済的支援を求める会長声明

給費制復活を含む司法修習生への経済的支援を求める会長声明 

昨年11月28日,第66期の司法修習が開始され,約2,000名の司法修習生が全国各地の地方裁判所所在地に配属され,当地にも19名の司法修習生が配属された。
司法修習生は,司法を担う法曹としての高い専門性を習得するため1年間司法修習に専念する義務を負い(裁判所法第67条第2項),兼業・兼職が禁止され,収入を得る道はない。また,司法修習生は,全国各地に配属され司法修習を行うため,現在の居住地とは異なる場所に配属され,引越費用や住居費などの出費を余儀なくされることもある。
このような司法修習生の実態を踏まえ,新第64期及び現行第65期までの司法修習生に対しては,司法修習中の生活費等の必要な費用が国費から支給されていた(以下「給費制」という。)。しかし,一昨年11月から司法修習を開始した新第65期の司法修習生から,給費制は廃止され,司法修習費用を貸与する制度に移行した(以下「貸与制」という。)。
日本弁護士連合会は,昨年6月,新第65期司法修習生に対し,司法修習中の生活実態を明らかにすることを目的としてアンケートを実施した。
このアンケートの集計結果によれば,28.2%の司法修習生が司法修習を辞退することを考えたことがあると回答し,その理由として,86.1%が貸与制,74.8%が弁護士の就職難・経済的困窮を挙げた。すなわち,司法試験に合格していながら,経済的理由から法曹への道をあきらめることを検討した者が3割近くもいる実態が明らかになった。
さらに,司法修習生の月平均の支出額は,住居費の負担がない場合が13万8,000円であるのに対し,住居費の負担がある場合は21万5,800円であった。司法修習の開始に伴い修習配属地への引越が必要だった司法修習生は,約6割を占め,この場合には,引越費用等で平均25万7,500円が別途必要になる。
以上のとおり,新第65期司法修習生に対する生活実態アンケートにより,貸与制の不平等さや不合理さが改めて明確になった。司法修習生の多くは大学及び法科大学院の奨学金等の返済義務を負担しており,更に貸与制による借金が加算されることになる。こうした経済的負担の重さや昨今のいわゆる「就職難」が法曹志願者を減少させ,有為で多様な人材が法曹の道を断念する一因となっている。
昨年7月27日に成立した裁判所法の一部を改正する法律によれば,「司法修習生に対する適切な経済的支援を行う観点から,法曹の養成における司法修習生の収集の位置付けを踏まえつつ,検討が行われるべき」ことが確認された。これを受けて,同年8月21日の閣議決定により法曹養成制度検討会議が設置され,現在検討が進められている。
当弁護士会は,上記日弁連アンケートの実態を踏まえ,有為で多様な人材が経済的事情から法曹の道を断念することがないよう,早急に給費制復活を含む司法修習生に対する適切な経済的支援を求めるとともに,新第65期及び第66期の司法修習生に対しても遡及的に適切な措置が採られることを求めるものである。

 2013年(平成25年)1月12日
                        長野県弁護士会
                    会 長  林   一 樹

生活保護基準引下げに反対する会長声明

生活保護基準引き下げに反対する会長声明

1 日本国憲法25条は,すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である生存権を保障する。生活保護制度は,生活保護法によって生存権の保障を具体化した最後のセーフティネットであり,生活保護基準は,生存権の保障するところのナショナルミニマム(国民的最低限)の根幹をなすものである。

2 ところで,現在,国政などの場面において,生活保護基準の引き下げに向けた動きが活発化している。
平成24年8月10日に成立した社会保障制度改革推進法では附則2条において生活保護の「給付水準の適正化」を早急に行うことが明記され,これを受けて同月17日に閣議決定された「平成25年度予算の概算要求組替え基準について」では,社会保障分野も聖域視せず,生活保護の見直しをはじめとする合理化・効率化に最大限取り組み,極力圧縮に努めることが明記された。これらを受け,財務省は,同年10月22日,財政制度等審議会に生活保護基準の切り下げに向けた具体的提言を行い,現在同審議会において,平成25年度の予算編成に向けて生活保護の見直しの議論が始まっている。

3 しかし,これらの動きは,以下の点で問題がある。
(1)生活保護基準引き下げが検討される背景に,近時の生活保護利用者数及び社会保障支出の増加があると言われる。しかし,その主な原因は,高齢化社会の急速な進行や雇用の流動化の中,高齢者の無年金・低年金や雇用保険の不備といった社会保障制度の不備を,生活保護が一手に引き受けていることによるであって,これらの抜本的解決を図ることなく生活保護基準の引き下げを議論するのは,安易かつ拙速であると言わざるを得ない。
(2)現行基準の下でも,生活保護利用者は,必要最低限度の生活扶助費で日常生活を送っており,余裕があるといったものでは決してない。生活保護基準の切り下げにより,生活保護利用者の生活はさらに苦しいものになるが,果たしてそれが憲法の保障する「健康で文化的な」最低限度の生活たり得るかという観点での検討は十分なされていない。
この点につき,厚生労働省は,平成24年7月5日に発表した「『生活支援戦略』中間まとめ」において,一般低所得者層の消費水準と生活保護基準との比較検討を行い,平成24年12月末を目処に結論を取りまとめるとした。しかし,生活保護制度の捕捉率(生活保護の利用資格のある者のうち現に利用できている者の割合)は,平成22年4月9日付けで厚生労働省が発表した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」においても15.7%から32.1%程度と推測され,漏給層(制度の利用資格のある者のうち現に利用できていない層)が大量に存在する現状においては,低所得者世帯の消費支出が生活保護基準以下となるのは必然である。この漏給問題の解決なくして,単純に一般低所得者層の消費実態に合わせて生活保護基準を引き下げることは,生存権の保障を際限なく引き下げることにつながるものである。
(3)また,最低賃金や国民年金が,就労や保険料納付を前提としない生活保護費よりも低いのは不当であるという議論もある。しかし,それは最低賃金や年金の支給額の引き上げによって解決される問題であり,最低生活保障の基準たる生活保護基準の引き下げで解決すべき問題ではない。
むしろ,最低賃金は生活保護基準を目標に定められるものとされているため,生活保護基準の引き下げは,最低賃金の頭打ちにつながり,労働者の貧困化を招く。
長野県でも平成24年10月1日にようやく最低賃金が時間額700円に達したばかりであり,より一層の増額が求められているところである。
(4)さらに,生活保護基準は,地方税の課税最低限度額,介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法の利用料の減額,就学援助の給付など,税制・福祉・教育などの各制度の適用基準に連動するものであり,生活保護基準の引き下げは,これらの制度の利用者である,主に低所得者層を直撃する負担増を強いることになる。
(5)このように,生活保護基準の引き下げに関する議論はその前提から見直されるべきものであり,ひとたび生活保護基準の引き下げがなされれば,低所得者層を中心に,国民の生活全般に重大な影響を及ぼすことが必至なのである。

4 結論
以上から,当会は,国民全般とりわけ生活保護利用者及び低所得者層の「健康で文化的な最低限度の生活」を脅かす生活保護基準の引き下げに強く反対する。

2012年(平成24年)11月10日
長野県弁護士会    
会 長  林  一 樹

改正貸金業法等の見直しに反対する会長声明

改正貸金業法等の見直しに反対する会長声明

深刻な多重債務問題解決という目標に向けた日本弁護士連合会及び各弁護士会等の長年にわたる取り組みの結果,2010年(平成22年)6月18日に出資法の改正による上限金利の引き下げ及び収入の3分の1を超える過剰貸付の禁止(総量規制)等を含む改正貸金業法(以下,「改正法」という。)が完全施行され,その後2年が経過した。
その間,金融庁の発表によれば,同法施行前である2007年(平成19年)には,5社以上の借入れを有する多重債務者は約171万人だったものが,2012年(平成24年)3月現在には,約44万人に減少している。また,最高裁判所が公表している司法統計によれば,2007年(平成19年)には年間約16万件あった自己破産の申立件数も,2011年(平成23年)には年間約10万件に,警察庁による統計によれば,多重債務を原因とする自殺者も,2007年(平成19年)には年間1973人だったものが,2011年(平成23年)には年間998人に,それぞれ減少している。このように,改正法は,多重債務問題の解決に大きな成果を上げているものと評価される。
当会においても,多重債務問題については,定期的なクレサラ無料法律相談を実施し,県内自治体等の相談機関との連携を強化するなど,多重債務者の救済及びその生活再建やヤミ金融被害の救済等に向けて総力を挙げた活動を行ってきた。その結果,当会における多重債務相談の件数は顕著に減少しており,多重債務問題は着実に解決の方向に向かっていると評価できる。
ところが,近時,与野党の一部国会議員の間では,正規の業者から借りられない人がヤミ金融から借入れをせざるを得ず潜在的なヤミ金融被害が広がっている,零細な中小事業者の短期融資の需要がある等として,上限金利規制や総量規制の見直しを目指す動きが見られる。
しかし,ヤミ金融被害の増加についての客観的な裏付けはなく,むしろ,相談件数も警察の検挙数も減っており,被害規模も小型化しているのが実態である。また,日本の社会が二極化し,貧困層が拡大していることに鑑みれば,正規の業者から借りられない人に対しては,高利の貸付けに頼らなくても生活できるセーフティネットの再構築や相談体制の更なる充実こそが重要であり,上限金利の引き上げや総量規制の見直しなどの手段によることは,改正法の趣旨に明らかに反し,認められない。
さらに,中小事業者に対しては,中小企業金融円滑化法の期限が切れる2013年(平成25年)3月以降に備えて,本年6月にいわゆる「中小企業経営力強化支援法」が成立しており,今後,立ち直る事業者,廃業に至る事業者,経営支援が必要な事業者ごとに総合的な経営支援をすることが求められているのであり,短期で高利の貸付によって問題を解決することはできないというべきである。
以上より,当会は,改正貸金業法の一定の成果を確認するとともに,再び多重債務問題やヤミ金融被害を深刻化させることになりかねない金利規制及び総量規制の緩和を含む改正法の見直しに強く反対することをここに表明する。

  2012年(平成24年)8月6日
長野県弁護士会          
会  長    林  一 樹

子どもの権利条例制定の要望書

平成24年7月9日、当会は長野県知事に宛て、子どもの権利条例制定の要望書を提出致しました。
内容は、「長野県が「子どもの権利条例(仮称)」を制定するにあたっては、子どもを「保護の客体」としてではなく、「権利の主体」であることを基盤として条例を制定するよう要望する。」というものです。

要望の理由等詳しい内容については、こちらをご覧下さい。
PDFファイル

地域司法の充実を求める総会決議

平成24年6月24日、当会は、「地域司法の充実を求める総会決議」を採択致しました。
決議の趣旨は、下記の通りです。

地域における司法制度が「真の意味で住民にとってより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるよう、当会及び当会会員自らが、住民に対する一層の法的サービスの充実を図る努力をするとともに、長野県における地域司法の将来計画の立案とその実現を目指して運動を広げていく決意を表明し、その実現に向けて、裁判所・検察庁等の関係機関に対し、以下の諸施策の実現を要求する。

1 長野県内の裁判官を少なくとも11名(うち簡易裁判所判事6名)、検事を少なくとも7名増員すること。とりわけ、長野地方検察庁佐久支部、同諏訪支部、同伊那支部に検事を常駐させること。

2 長野地方裁判所各支部において労働審判手続の取り扱いを可能とすること。とりわけ長野地方裁判所松本支部においては、早急に労働審判手続の取扱いを開始すること。

3 長野地方裁判所各支部において、行政事件の取扱いを可能とすること。

4 長野地方裁判所松本支部、上田支部及び飯田支部において、簡易裁判所の刑事事件を除く判決に対する控訴事件の取扱いを可能とすること。

5 長野家庭裁判所佐久支部に家庭裁判所調査官を常駐させた上、少年事件の取扱いを可能とすること。

6 長野家庭裁判所飯山出張所、大町出張所及び木曽福島出張所の取扱件数の統計を取り、同統計を公表するとともに、家庭裁判所出張所での期日を大幅に増加させることにより、家庭裁判所出張所の機能を充実させること。

7 裁判所運営に住民の声が反映されるよう、各支部に地方裁判所委員会、家庭裁判所委員会を設置すること。


決議の理由は、こちらをご覧下さい。
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「マイナンバー法」の制定に反対する会長声明

平成24年6月14日
「マイナンバー法」の制定に反対する会長声明
長野県弁護士会                 
会 長  林   一 樹

1 政府は,いわゆる「社会保障・税共通番号制」に係る法律(正式名称「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」,略称「マイナンバー法」)案を閣議決定し,本国会に提出している。
この法案は,全ての国民と外国人住民に対し,社会保障と税の分野で共通に利用する識別番号(マイナンバー)を付けて,これらの分野の個人データを,情報提供ネットワークシステムを通じて確実に名寄せ・統合(データマッチング)することを可能にする制度(社会保障・税共通番号制度)を創設しようとするものである。 

2 このデータマッチングにより,国民の生活ぶりそのものが国家によって容易に把握されることになる。これは,マイナンバー法案の成立を図る政府自体,マイナンバー法案の利点として「国や地方公共団体などが国民一人ひとりの情報をより的確に把握し,受け手に合わせたきめ細かいサービスを利用できるようにする」ことを挙げていること(「マイナンバー 社会保障・税番号制度」のパンフレット3頁参照)からも明らかである。
しかし,一方,憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定している。憲法13条により,少なくとも,個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,行政機関等により個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものであることは最高裁判所も認めているところである(最高裁判所大法廷昭和44年12月24日判決,同第一小法廷平成20年3月6日判決等)。
政府は,マイナンバー法案の利点として,データマッチングを通じて国民の生活ぶりそのものが行政機関等により把握され,また,他の行政機関等に開示され,その開示された情報を元に行政機関等が「受け手に合わせたきめ細かいサービスを」提供することを謳っており,憲法13条に違反する可能性が高い。また,憲法13条の保障は,自己の情報をコントロールしうる権利(情報プライバシー権)にも及ぶものであるから,マイナンバー制度は,個人情報の利活用の推進を優先し,自己情報コントロール権の核心的内容である「情報主体の「事前の同意」による情報コントロール権」の保障をないがしろにしている点でも憲法13条に違反する可能性が高い。

3 上記自由の侵害が「公共の福祉」により正当化される余地はあり得るが,それは政策目的の正当性とその目的の実現のための手段の相当性とを衡量して判断されるべきものである。
しかるに,マイナンバー法案について,政府は「具体的な政策を前提とするものではなく,どんな政策を遂行するにせよ,その基盤・インフラとして必要」などと説明するだけであり,具体的な政策目的が不明であるから,上記衡量が不可能である。
また,生涯不変を原則とする,目に見える形で公開される共通番号が,納税者番号として個人から事業者,そして事業者から税務当局への流れ(民→民→官)の中で広く利用されるのみならず,更に広い業務において同様の利用がなされることに伴い,いわゆる「なりすまし」などのプライバシー侵害が多発する可能性が予想される上,情報漏洩の危険性が極めて高いにもかかわらず,政府は,そのリスクを軽視しており,示された対策も極めて抽象的である。
なお,住基ネットにより行政機関が住民の本人確認情報を収集,管理又は利用する行為を合憲とした最高裁判所第一小法廷平成20年3月6日判決で示された要素をクリアーすればマイナンバー法案も合憲であるかの如き説明がされているが,同判決は,「住基ネットによって管理,利用等される本人確認情報は,氏名,生年月日,性別及び住所から成る4情報に,住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎない。このうち4情報は,人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり,変更情報も,転入,転出等の異動事由,異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので,これらはいずれも,個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない」ということを前提とした判断をしているのであるから,国民の生活ぶりそのものが国家によって容易に把握されるマイナンバー法案とは,その情報の内容が異なるのであるから,同判決によって示された要素をクリアーすれば,マイナンバー法案が合憲であるかの如き説明は誤導の誹りを免れない。

4 政府の意識調査によれば,共通番号制の内容は国民にほとんど理解されておらず,各省庁間においても共通番号制について十分な共通認識に至っているか疑問のあるところである。
そもそも,国民の生活ぶりそのものが国家によって容易に把握されるという重大な制度を設計する以上,どのような国家観に基づき,どのような政策を実現するためにかかる制度を導入したいのかということについて真摯な説明を政府が行い,国民的議論をすべきであるのに,政府が「具体的な政策を前提とするものではなく,どんな政策を遂行するにせよ,その基盤・インフラとして必要」という説明しかしないのは怠慢であるし,国民的議論を敢えて回避しようとしているとしか言えないものである。
政府は国民的議論を経たことを示すために,各地で「マイナンバーシンポジウム」を実施しているが,本年4月に長野市で実施された同企画には,定員の半数程度の参加者しか集まらず,依然として議論は低調であり,その原因は,政府の前述のような不誠実な態度に起因しているというべきである。
このように国民的議論が低調な中で,目的も曖昧なままに,国民の生活ぶりそのものが国家によって容易に把握されるという情報コントロール権を大幅に侵害するような制度を立法化することについて,当会は強く反対するものである。
                                  以 上

秘密保全法の制定に反対する会長声明

平成24年5月12日
秘密保全法の制定に反対する会長声明
                      長野県弁護士会                 
会 長  林   一 樹

第1 声明の趣旨
政府は,「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が平成23年8月に発表した,秘密保全法制を早急に整備すべきである旨の「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書を受けて,「秘密保全法」(仮称)の立法化作業を進めているが,同法の内容は多くの憲法上の原理及び憲法上定められた国民の諸権利を侵害する危険性を有しており,当会は,同法の制定に反対する。

第2 声明の理由
1 立法事実の不存在
今般秘密保全法を制定しようとする動きが生じたきっかけは,平成22年11月に発生した海上保安官によるビデオ映像漏洩事件である。報告書では,秘密保全法制の必要性を基礎付けるため,「主要な情報漏洩事件等の概要」が資料として添付されているが,情報漏洩に関してはいずれも国家公務員法100条(罰則同109条)や自衛隊法59条(罰則同118条)等の現行法で十分に対処できるものであり,新たな法制を設ける必要性が存しない。
2 「特別秘密」概念,規制行為の広汎性
法案化が検討されている秘密保全法においては,保全措置の対象となる「特別秘密」として,?国の安全,?外交,?公共の安全及び秩序の維持が掲げられている。しかし,「特別秘密」の概念は曖昧かつ広汎であり,特に?は,国民の生活全般に関係する広汎な情報が含まれる可能性がある。また,禁止行為には,漏洩行為の独立教唆,扇動行為,共謀行為が含まれ,更に「特定取得行為」と呼ばれる秘密探知行為についても独立教唆,扇動行為,共謀行為を処罰しようとしている。同法では,これらに該当する場合に刑罰を科すことが想定されているが、これは,処罰範囲が不明確かつ広汎であって,罪刑法定主義等の刑事法上の基本原理と矛盾抵触する恐れが極めて高い上,報道機関による取材活動に対する萎縮的効果が大きく,報道の自由・取材の自由を侵害する恐れも極めて高い。
3 規制対象の広汎性
規制対象となる情報取扱者は,取扱業務者と業務知得者とされており,公務員等に限らず,委託を受けた民間事業者,研究者,企業の技術者など広汎にわたる。また,情報取扱者に対する「適格評価制度」の創設は,行政機関や地方公共団体が,情報取扱者にその関係者まで含めて「特別秘密」を扱う適格があるかどうかを思想・信条やセンシティブ情報まで含めて調査し,評価するという制度であり,国民のプライバシー権,思想・信条の自由を侵害する恐れがある。
4 情報公開の必要性、知る権利の侵害
日本国憲法が採用する国民主権原理を実効あらしめるためには,政府情報の公開が大原則であり,例外を認めるには極めて慎重に判断しなければならない。福島原発事故への対応に代表される情報公開における政府の不十分な対応からすれば,更なる情報公開が必要とされるというべきであり,かかる現状において,秘密保全法制を設けることは,国民主権原理,国民の知る権利,報道の自由や取材の自由を侵害されるおそれが極めて高い。
5 以上の理由により,第1記載の声明を発表する次第である。
以 上

国の原子力政策の転換等を求める総会決議

少年鑑別所の増設を求める決議

法曹養成に関する意見書

全面的な国選付添人制度の実現を求める決議

「布川事件」再審無罪判決に関する会長声明

「布川事件」再審無罪判決に関する会長声明
 5月24日,水戸地方裁判所土浦支部は,1967(昭和42)年8月に茨城県利根町布川で発生した強盗殺人事件,いわゆる「布川事件」について,櫻井昌司氏,杉山卓男氏に対し再審無罪判決を言い渡した。
 当会は,43年余という長きにわたって無実を訴え続けた両氏とその家族,支援者,弁護団の皆様のたゆみない努力に深い敬意を表する。
 本件は,犯行に関する客観的証拠のないまま,あいまいな目撃供述と捜査官による誘導・強要により得られた自白に基づいて起訴された事件であった。確定審においては,目撃供述に信用性が認められ,両氏の自白にも任意性,信用性が認められるとして無期懲役刑が確定していた。 
 今回の判決では,目撃証言は,供述経過や内容、視認条件などにおいて信用性に欠けるとされた。また,両氏の自白には、重要な事項にわたり変遷が認められ,客観的事実に照らして不自然な点も多く,両氏の自白の間にも多くの相違点があるとして、捜査官の誘導により虚偽の自白をした可能性を否定できないとされた。かつて確定審において有罪の根拠とされたこれらの証拠が適切に評価された結果,本日の無罪判決に至った。この裁判所の判断は極めて正当なものである。
 当会は,検察官が本日の判決を真摯に受け止め,控訴することなく確定させ,両氏を被告人の地位から解放することを強く要請する。
 本件は,別件逮捕・勾留を利用した,密室における長期間・長時間の取調べ,捜査官による誘導・強要,代用監獄の弊害などにより虚偽の自白が生み出された典型的な事件であり,自白偏重の捜査構造の問題点を如実にあらわすものである。特に,確定審において,自白の一部を録音したテープが自白の信用性の根拠とされていた一方で,後に開示された自白テープに編集痕がみられたという捜査,証拠に対する信頼を根底から覆す事態が起こっていた。裁判員裁判の開始により刑事司法に対する市民の関心が大きくなり,捜査のあり方が改めて問われている今,取調べ全面可視化の制度化は必要不可欠となっている。当会では,地元出身の国会議員への陳情などの活動を通じて,取調べ全面可視化の制度化を訴えてきた。今後も引き続き活動を継続していく所存である。
 また,本件では,再審請求審になってはじめて,未提出証拠の中から多数の両氏に有利な証拠が開示された。冤罪を防止し,公正な裁判を実現するためには,全面的な証拠開示が極めて重要である。
 両氏のように冤罪で苦しむ者が二度とあらわれないよう,捜査機関が,今回の判決を受けて,冤罪の原因を真摯に反省・分析し,取調べの全面可視化,代用監獄の廃止,全面証拠開示の制度化など冤罪を生まない刑事司法の実現に取り組むことを強く求めるとともに,当会においても,刑事司法の改革に全力で取り組むことを表明する。
                 2011年(平成23年)6月1日
                 長野県弁護士会
                     会 長  德 竹 初 男

長野地家裁飯田支部、飯田簡裁の実質的な裁判官の減員措置についての要請

                                                        平成23年3月16日
                                                                            
長野地方・家庭裁判所
所長 貝阿彌   誠  殿
                          長野県弁護士会       
                           会長 小 林  正
要 請 書
                                      
長野地方・家庭裁判所飯田支部、飯田簡易裁判所の実質的な裁判官の減員措置につき、次のとおり要請致します。
平成23年度より長野地方・家庭裁判所飯田支部、飯田簡易裁判所の裁判官の配点が、従来の判事2名(または判事1名、判事補1名)から判事1名、簡易裁判所判事1名に変更されるとお聞きしました。しかしながら、判事(判事補)を1名に減員することは、判事(判事補)と簡易裁判所判事との権限・役割の違いを考えるならば、実質的な裁判官定員の減員に他なりません。これにより、飯田下伊那地区の裁判所利用者に不便と不都合を強いることは明らかであり、到底容認できるものではありません。特に、飯田支部は民事・刑事の合議事件を取り扱っており、飯田という地理的条件に照らすならば、今後とも、合議事件を取り扱う支部である必要性のあることは、誰の目から見ても明らかです。
しかるに、判事(判事補)が1名となることにより、合議事件を行うためには、伊那支部及び更に遠方の支部からの裁判官の填補を必要とすることになり、そうなれば、合議事件の開廷日・開廷時間が大幅に制約されることは必然であり、弁護士のみならず市民に不便を強いることは疑う余地はありません。
ところで、現下の司法改革のもとでの法曹人口問題については、特に弁護士の増員のあり方という視点から様々な議論もあるところですが、どのような地方にも法曹有資格者を万遍なく配置し市民の法的需要に応えるという司法改革の基本的精神は、単に弁護士のみを念頭に置いたものではなく、裁判官・検察官についても当然妥当するものです。
今回の長野地方・家庭裁判所飯田支部、飯田簡易裁判所の実質的な裁判官の減員措置は、飯田下伊那地区の裁判所利用者に不利益となるだけでなく、このような司法改革のもっとも根本的な精神をも軽視あるいは無視するものであると考えます。
裁判所におかれては、今回の実質的な裁判官の減員措置を早急に見直し、長野地方・家庭裁判所飯田支部、飯田簡易裁判所配置の裁判官の数と資格を少なくとも本年度並に戻す措置をお取りいただきたく要請致します。


(会長声明)司法修習生貸与制施行延期に関する裁判所法一部改正にあたって

 2010年(平成22年)11月26日、司法修習生に対する貸与制の施行を1年間延期する法律が国会で可決され、成立した。これにより、同月27日から司法修習が開始された新第64期司法修習生に対して、従前の制度と同様の修習費用の給費が実施されることとなった。
 
 上記改正法の内容は、給費制の完全な復活とはならなかったものの、人権を擁護する人材を育成するために法曹の養成が重要であること、法曹を養成するために、司法修習生の給費制の維持が不可欠であることについて、多くの市民からの賛同が得られつつあることを示すものである。
 
 昨年1年間、当会は、日本弁護士連合会とともに、司法修習生に対する給費制維持の法改正実現を求めて積極的に活動を行ってきた。
 まず、当会から、長野県議会に「司法修習生に対する給費制の存続等を求める意見書」を提出するよう求める請願書が提出されたところ、全会一致で採択され、全国初の意見書として国へ提出された。
 次に、昨年8月31日に、当会は長野市において、「司法修習生に対する給費制維持を求める市民集会」を開催した。市民集会では、日本弁護士連合会会長が講演を行い、多数の市民の参加を得た。
 さらに、当会会員が長野県各所で街頭演説・署名活動を行い、最終的には全県で1万4000筆以上の署名を集めることができた。
 市民集会等を通じてご支援・ご協力いただいた県民各位、給費制活動を積極的に取り上げていただいたマスコミ各位、また、当会の活動の趣旨をご理解いただき、ご多忙の中、活動に協力していただいた与野党の国会議員、政党、地方議会の方々に心より感謝したい。
 
 今回の法改正においては、給費制が継続される1年の間に、法曹養成制度に対する財政支援の在り方について、政府及び最高裁判所の責務として見直しを行うこととされ、また、法曹の養成に関する制度の在り方全体について速やかに検討を加え、その結果に基づいて順次必要な措置を講ずることが求められている。
 
 当会は、関係各機関に対し、上記事項の検討を早急に求め、真摯な提言を行っていくとともに、引き続き、さらに多くの市民から理解が得られるように活動を強化し、司法修習生の給費制を完全に維持する裁判所法の再改正を求めていきたい。
 
                 2011年(平成23年) 2月24日
                      長野県弁護士会
                          会長  小 林 正
 

適正な法曹人口に関する決議

秋田弁護士会所属弁護士刺殺事件に関する会長声明

 平成22年11月4日午前4時5分ごろ、秋田弁護士会所属の津谷裕貴弁護士が刃物で刺され死亡するという事件が発生した。
 津谷弁護士は、現在、日本弁護士連合会の消費者問題対策委員会の委員長を務める等、消費者被害の防止・被害回復のため尽力してきた方であり、当会として津谷弁護士の生前の功績に敬意を表するとともに、津谷弁護士のご冥福を心よりお祈りする。
 この事件については、様々な報道がなされており、現在のところ動機、背景及び犯行状況等については必ずしも明らかではないが、いずれにせよ弁護士としての職務上のトラブルから本件犯行に至った可能性が極めて高い。
 このような卑劣な行為は、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士及びその業務に対する重大な挑戦であり、いかなる理由や事情があろうとも、断じて許されるものではない。
 本年6月2日には、横浜弁護士会所属弁護士がやはり職務上のトラブルから刺殺されるという事件が発生しているが、当会としては、今後も弁護士の使命を全うするため、弁護士に対する暴力行為をはじめとするいかなる卑劣な行為に対しても毅然と対処し、職務を遂行する決意である。

                                  平成22年11月8日   
                                                           
                                  長野県弁護士会      
                                    会 長  小 林   正

横浜弁護士会所属弁護士刺殺事件に関する会長声明

      横浜弁護士会所属弁護士刺殺事件に関する会長声明   
                                   
平成22年6月2日に発生した横浜弁護士会所属の前野義広弁護士が刺殺された事件の被疑者が、同年7月1日深夜に逮捕されたとの報道がなされた。
事件の動機や背景などの詳細は現時点では不明であるが、報道によれば、被疑者は、前野義広弁護士が受任していた離婚訴訟の相手方であり、離婚訴訟に関するトラブルから犯行に至った可能性が極めて高い。
このような卑劣な行為は、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士及びその業務に対する重大な挑戦であり、いかなる理由や事情があろうとも、断じて許されるものではない。
当会は、前野義広弁護士のご冥福をお祈りするとともに、今後も弁護士の使命を全うするため、弁護士に対する暴力行為をはじめとするいかなる卑劣な行為に対しても毅然と対処し、職務を遂行する決意である。
平成22年7月10日
 
                     長野県弁護士会        
                     会 長   小  林     正

憲法改正手続法の施行延期を求める会長声明


1 「日本国憲法の改正手続に関する法律」(以下「憲法改正手続法」という)は,2007年5月18日に公布され,本年5月18日の施行期日が目前に迫っている。

2 当会は,2007年4月13日に「日本国憲法の改正手続に関する法律案」が一部修正の上,衆議院本会議において強行採決され参議院に送付されたことをうけて,同月27日付けで会長声明を発表した。

声明は,同法律案には,?最低投票率の定めがないこと,?公務員や教育者の運動が不当に規制されるおそれがあること,?改正案の発議から投票日まで最大 180日しかなく国民の間で議論を尽くす期間として短すぎることなど,多くの問題点があることを指摘し,参議院での慎重審議を求めたものであった。

3 同法律案は一部修正されたものの,これらの問題点について改善がなされないまま,同年5月13日に参議院本会議で可決・成立した。

成立した憲法改正手続法には,当会をはじめ多くの国民の問題提起を反映して,下記のように,附則に検討事項が明記され,また,参議院日本国憲法に関する調査特別委員会においては,実に18項目の附帯決議がなされた。

? 附則第3条は,「この法律が施行されるまでの間に,年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,選挙権を有 する者の年齢を定める公職選挙法,成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定めた。

?  附則第11条は,「公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう,公務員の政治的行為の制 限について定める国家公務員法その他の法令の規定について検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定めている。

? 18項目の附帯決議には,「本法施行までに必要な検討を加えること」として「成年年齢」,「最低投票率」,「テレビ・ラジオの有料広告規制」の3点をあげている。

しかしながら,上記の諸検討事項について,ほとんど検討がなされておらず,未だ「必要な措置」は何ら講じられていない。

4 憲法改正手続法に基づいて,2007年8月,衆参両院に憲法審査会が設置されたが,参議院においては憲法審査会の規程も議決されておらず,また,衆参両院において,いまなお憲法審査会委員の選任も全くなされていない。

5 憲法改正手続法の公布から施行まで3年の期間がおかれたのは,国民主権原理によって,国の基本法たる憲法の改正には,国民の意思が正確に反映されるよ う,極めて慎重な配慮が要請されることから,少なくとも附則や附帯決議で検討すべきとされた事項については,慎重に検討した上で,周到に必要な措置を講じ るためであった。

従って,この3年の間に附則及び附帯決議が求めている検討がほとんどなされておらず,必要な法制上の措置が講じられていないことは,憲法改正手続法の公布から施行まで3年の期間をおいた趣旨に反し,同法を施行するのに全く熟していないと言わざるを得ない。

6 また,そもそも上記必要な検討がなされなかったことは,憲法改正は何ら喫緊の課題ではないことを意味するものであり,重要な問題点を孕む憲法改正手続法の附則第1条本文の施行期日は上記検討が尽くされた後でなくてはならない。

このような状況下で単に施行期日到来により,憲法改正の発議ができることは民主主義に悖るものである。

7 よって,附則及び附帯決議の十分な検討期間をおくため,憲法改正手続法の施行は延期されなければならない。

2010年(平成22年)5月3日
日本国憲法の施行から63年目の日に
長野県弁護士会
会長 小 林   正

全面的国選付添人制度の実現を求める会長声明

民法(家族法)の早期改正を求める会長声明

 選択的夫婦別姓制度や非嫡出子の相続差別撤廃を内容とする民法(家族法)改正案は、平成8年に法制審議会が答申して以来、14年が経過しているにもかかわらず、未だ実現していない。しかし、民法(家族法)改正はいまや喫緊の課題であり、国会での早期成立を強く求める。
  現在の夫婦同姓制度のもと、96%以上の夫婦が夫の姓を選択しており、女性の結婚による改姓が当然とされてきた。しかし,氏は,名前と結合して個人のアイデンティティと不可分に結びついており,個人の尊厳を基本原理とする日本国憲法のもとでは,個人の選択的に委ねられるべきものである。世界的に見ても,個人の選択に任せる法制が増加している。また,男女を問わず,ライフスタイルが多様化した現代社会においては,女性が改姓を迫られることによって,職業上の信用が中断したり,運転免許証やパスポートの変更など社会生活上様々な変更を余儀なくされるといった不利益を女性のみが負担するのは,両性の本質的平等を規定する日本国憲法に反すると言うべきである。また、最高裁判所も昭和63年2月16日の判決において「氏名は人が個人として尊重される基礎」であり、「その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」と判示しており、婚姻後も自己の氏を継続して使用する権利は、法制度上十分尊重されるべきである。
  選択的夫婦別姓制度に対する反対意見の中には、「夫婦親子の一体感を失わせ、家族の崩壊につながる」とする主張があるが、夫婦別姓は,家族の崩壊を目的とするものではなく,あくまで,多様なライフスタイルを個人が選択できる制度を認めようとするものに過ぎない。また,国際的には,夫婦同姓を強制しているのは,日本を除いてほとんどないといってよく,夫婦別姓が世界的潮流となっており,夫婦別姓を採用する諸外国において,夫婦別姓が理由で,家族の崩壊現象が生じているといった事実関係も報告されていないのであって,反対意見の懸念は,具体的な実証に基づく見解とは言い難い。以上のとおり,選択的夫婦別姓制度は,憲法13条、24条の趣旨に鑑みて、早急に実現されるべき課題である。
また、非嫡出子の相続分差別は、婚姻の尊重という立法目的と婚外子の相続分差別という規制手段に実質的関連があるかは疑問であり,また,相続人である子供の立場からすれば,自らの意思や努力によって変えることのできない事実をもって差別をするものであり、憲法13条、14条及び24条2項に反することが明らかである。また,非嫡出子の相続分差別を合憲とした平成7年7月5日の最高裁判所大法廷判決でも,15名の裁判官の内,5名の裁判官が違憲としているばかりでなく,加えて4名の裁判官が立法による改正を示唆する補足意見を述べていることは明らかであり,違憲とする5人の裁判官を加えると9人の裁判官が何らかの形で,現行制度の不合理さを指摘しているものいえる。いずれにしても,憲法上違憲の疑いがあり,早急に撤廃されなければならない。
さらに、再婚禁止期間についても現行制度がそのまま維持される理由はない。なぜなら,科学技術の発達により親子関係の確定が容易になっている。さらには,再婚を法律上禁止しても,事実上の再婚を阻止することができない以上,父性推定の重複を避けることはできない。父性が重複すれば,現行制度では,子は常に前夫の戸籍に記載されてしまい,前夫の協力により嫡出否認をしてもらい,後夫が認知をするという手続を践まざるを得ない。このようなことが子供の福祉の観点から是認されるとは言えない。従って,科学的見地からも,実際上の不都合,子供の福祉の観点からも,すでに現行制度の合理的根拠は失われており、見直しが必要である。また、婚姻年齢についても、憲法14条の趣旨から、男女間で統一されるべきである。
  さらには,日本における民法(家族法)改正を早期に実現することは,近時の国際情勢にかんがみても必要性が認められると言える。
  以上より、当会は、選択的夫婦別姓制度の導入、非嫡出子の相続差別撤廃、再婚禁止期間の見直し、婚姻年齢の統一等を内容とする民法(家族法)の改正法案が速やかに可決成立されることを求めるものである。
                   平成22年4月30日
                                            長野県弁護士会
                                                  会長  小  林    正
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