本文へ移動

会長声明・意見書

「福井女子中学生殺人事件」再審開始決定に関する会長声明

「福井女子中学生殺人事件」再審開始決定に関する会長声明

 

 2024年(令和6年)10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部(山田耕司裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」第2次再審請求事件(請求人前川彰司氏)について、再審の開始を決定した。

 本件は、1986年(昭和61年)3月、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。事件発生1年後に前川氏が逮捕されたが、前川氏の犯人性を基礎づける客観的な証拠はなく、前川氏は逮捕以来一貫して無罪を主張している。

 確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者供述の信用性を否定し無罪判決を言い渡したが、確定審控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)は、関係者供述について「大筋で一致」するとして供述の信用性を認め逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、最高裁判所で有罪判決が確定した。

 2004年(平成16年)7月に申し立てられた第1次再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)では、開示された供述調書の一部等により関係者供述の著しい変遷がより一層明らかになったことから、関係者供述の信用性が否定されて再審開始決定が言い渡されたが、再審異議審(名古屋高等裁判所)は、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして、2013年(平成25年)3月6日、再審開始決定を取り消し、特別抗告審もこれを是認して確定した。

 2022年(令和4年)10月14日に申し立てられた第2次再審請求審では、弁護団は新証拠として、関係者らの供述の信用性を弾劾する供述心理鑑定、犯行態様(シンナー乱用による幻覚・妄想下での犯行と認定)を弾劾する精神医学鑑定、行動経過(血をつけた状態で車に乗り複数箇所を移動したと認定)を弾劾するルミノール鑑定(試薬により血痕らしきものが本当に血であるか調べる鑑定)を提出した。また、警察保管の捜査報告メモを含む計287点の証拠が新たに開示された結果、捜査機関も関係者の供述に疑義を抱いていたことや関係者が供述する関与の日付が事件日と異なっていたことなどが明らかとなった。

 本決定は、いわゆる白鳥決定(最高裁判所昭和50年5月20日第1小法廷決定)を引用し、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審請求手続にも適用されることを前提に、既に提出されている証拠(旧証拠)と新たに提出された証拠(新証拠)を総合評価したうえで、確定判決において有罪認定の根拠とされていた関係者供述の信用性を否定し、弁護団が提出した心理鑑定やルミノール鑑定等を検討するまでもなく、「請求人が本件殺人事件の犯人であることについては合理的な疑いを超える程度の立証がされているとは認められず、請求人を犯人であると認めることはできない」として、再審開始を認めた。本決定は、確定判決が明らかに誤った認定判断をしたとまでは断じられないとしつつも、「確定判決が基礎とした証拠関係からだけでも、請求人に対し本件について無罪を言い渡した一審判決を破棄してまで有罪の自判をすべきであったか疑問を禁じ得ない」「主要関係者供述が大筋で一致しているからといって、同供述が実際に体験した事実を供述するものとは評価することができないから、確定判決のように主要関係者供述の信用性を認めることは、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則にもとることになり、正義にも反し許されない」と指摘する等、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則を忠実に体現しようとする姿勢がみられ、高く評価することができる。

 また、本決定が、本再審請求審で開示された新証拠により、確定審当時の担当検察官が前川氏の無罪を裏付ける方向の重要な事実関係を認識したにもかかわらず、それを明らかにしなかったことについて、「不利益な事実を隠そうとする不公正な意図があったことを推認されても仕方がな」く、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為」と断じたことの意味も重い。当会は、本件確定審以来、証拠開示について後ろ向きな姿勢に終始し、事案解明及び無辜の救済を阻んできた検察官に対して、公益の代表者として真摯な反省を求める。

 当会は、2023年(令和5年)6月24日開催の定期総会において、「再審法改正の早期実現を求める総会決議」を採択しているところであるが、今回の再審開始決定を機に、改めて、政府及び国会に対し、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求める。

 

                                  2024年(令和6年)11月18日

 

                       長野県弁護士会

                        会長 山 崎 勝 巳

調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないことを求める会長声明

調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないことを求める会長声明

 

1 最高裁判所の取扱い

当会が最高裁判所に対し行った調査によると、最高裁判所は、現在、日本国籍を有しない者を調停委員に任命しない取扱いを行っている。その理由について、最高裁判所は、公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには、日本国籍を必要とするとの取扱いが一般であり、調停委員に関してもこうした公務員にあたるものとして、日本国籍を必要とすると考えられる旨回答した。

2 上記取扱いに合理的理由が認められないこと

しかし、日本国籍を有しないことをもって一律に調停委員に任命しないという上記取扱いには、合理的理由がない。

民事調停委員は、調停主任または調停官とともに調停委員会の構成員として、裁判官または調停官の指揮の下に調停に関与するほか、裁判所の命を受け、他の調停事件について専門的な知識経験に基づく意見を述べる等、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図るための手続である調停事件を処理するために必要な事務を行う権限を有する(民事調停法第1条、第6条ないし第8条、第12条の2)。

また、家事調停委員も、裁判官または調停官とともに調停委員会の構成員として、裁判官または調停官の指揮の下に調停に関与し、調停委員会が相当と認めるときは、事実の調査をする権限を有する(家事事件手続法第247条、第248条、第259条、第262条)。

調停委員のこれらの活動によって、当事者双方の話合いが進められるが、最終的な合意の成否は当事者の判断に委ねられており、調停委員の役割は、あくまでも紛争の解決に向けたあっせんを行い、当事者の互譲による合意形成を支援するにすぎない。

すなわち、調停委員の職務遂行に権力作用を見出すことはできず、調停委員は「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員」とはいえない。

  それにも関わらず、日本国籍を有しないというだけで外国籍の者を一律に調停委員に任命しないという差別的取扱いには合理的理由は認められない。日本国憲法第14条の平等原則を含む基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する日本国籍を有しない者にも等しく及ぶのであって、上記取扱いは、平等原則に違反する不合理な差別と言わざるを得ない。

3 制度趣旨との関係

調停制度は、当事者双方の話合いの中で、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した紛争解決を図るための制度である。

2023年(令和5年)末時点において、本邦に341万人を超える外国籍の者が在留し(2024年(令和6年)3月22日付け出入国在留管理庁報道発表資料)、これらの者を当事者とする紛争も増えていることからすれば、当事者の言語や生活習慣、文化的背景等に理解のある外国籍の者が調停委員に任命される道を拓き、裁判所においてその知見を取り入れることは、調停制度の趣旨にも合致し、多様化する紛争を解決するための一助となるはずである。

4 国際社会からの勧告

我が国は、国連人種差別撤廃委員会から、2010年(平成22年)、2014年(平成26年)と、繰り返し、家事調停委員を例示した上で、外国籍者の公職へのアクセス阻害の解消を勧告されている。それにもかかわらず、最高裁判所は、前記回答のとおり、これら勧告には何らの配慮をも示していない。

5 結語

以上のとおり、日本国籍を有しないことのみを理由として一律に調停委員への任命を認めない上記取扱いには合理的理由がなく、平等原則に違反することは明らかである。当会は、多様性を認め合い、多文化が共生する社会を実現するためにも、日本国籍の有無にかかわらず、紛争の解決に有用な専門的知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い者の中から調停委員を任命すべきであると考える。

よって、当会は、最高裁判所に対し、調停委員の任命にあたり外国籍の者を排除しないよう求める。

 

2024年(令和6年)1021

長野県弁護士会 会長 山   

「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明

「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明

 

 令和6年9月26日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏(以下、袴田氏という。)に対し、再審無罪判決を言い渡した。

 本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)12月12日に袴田氏に対する死刑判決が確定した。しかし、袴田氏に対しては、人権無視の違法な取調(連日連夜12時間以上の取調がなされ、時に16時間を超える時もあった。また、取調室内に便器を持ち込んで用便させることまで行われた)により、意に反する供述調書が多数作成され、確定判決の一審静岡地方裁判所においてさえ、これら供述調書45通のうち44通については違法な取調によるとして証拠排除していた。袴田氏は、公判以降犯行を否認し一貫して無実を訴えており、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、再審無罪判決が言い渡されたものである。

判決は、本件犯行を自白した検察官調書について、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたもので実質的にねつ造されたものであると認定し、さらに、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で「発見」され、確定判決において本件の犯行着衣とされた、いわゆる「5点の衣類」についても捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、タンク内に隠匿されたものであり、同5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によるねつ造であると認定し、これらの証拠を職権で排除した上で、その他の証拠から認められる事実関係によっては、袴田氏が犯人であるとは認められないとして、袴田氏に無罪を言い渡した。これは、捜査機関による違法捜査を弾劾し、死刑囚としてレッテルを張られ著しく傷つけられた袴田氏の尊厳と名誉の回復を図ったものとして高く評価できる。

 袴田氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられてきた。逮捕当時30歳であった袴田氏は、今や88歳となっている。また、袴田氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきた。そのため、袴田氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来している。

 袴田氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたいのであって、これ程の人権侵害は例をみないと言わなければならない。

 そこで、当会は、検察官に対し、無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。

 また、「袴田事件」は、死刑事件であってもえん罪が起こり得る可能性があることを如実に示している。

 日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。しかし、死刑は、人の生命を奪う不可逆的な刑罰であって、死刑判決がえん罪であった場合、これが執行されてしまうと取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に警鐘を鳴らすものであり、死刑制度の存廃に関しても、真摯な議論を行うことが求められている

 そして何よりも、「袴田事件」は、現行の再審法の不備を改めて浮き彫りにした。

 「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかという再審請求手続における手続規定が定められていないことにある。

 また、「袴田事件」では再審段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。これほどまでに時間を要した原因は、現行法に証拠開示のルール(再審における証拠開示の制度)が設けられていないことにある。

 さらに、「袴田事件」では2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされたが、再審公判が開かれるまでにはさらに9年以上もの期間を要した。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。しかも、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断も経ている。にもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上で改めて有罪立証を行い、死刑を求刑しており、このことも手続が長期化した原因となっている。

 このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題である。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、白鳥・財田川決定(「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求手続きにも適用されることを明言した)に則った再審法の改正が速やかになされなければならない。

 この点、当会は、2023年(令和5年)6月24日開催の定期総会において、「再審法改正の早期実現を求める総会決議」を採択しているところであるが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて、政府及び国会に対し、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求める。

 

                                     2024年(令和6年)9月27日

 

                       長野県弁護士会

                        会長 山 崎 勝 巳

刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明

刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明

 

 

 本日、静岡地方裁判所において、いわゆる袴田事件の再審公判における判決期日があり、袴田巌さんに無罪が言い渡された。袴田さんが逮捕されてから既に58年以上、再審開始決定がなされてからも既に10年以上の歳月が経過しているが、袴田さんはやっと無実の罪を晴らした。

 当連合会及び管内13弁護士会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させることを強く求める。

 

 袴田事件では、1966年(昭和41年)8月に袴田さんが逮捕され(当時30歳)、その後、捜査機関により自白を強要されて起訴された。袴田さんは、起訴後一貫して無実を訴え続けていたが、1980年(昭和55年)12月に死刑が確定した。これに対して1981年(昭和56年)4月に第1次再審請求が申し立てられたが、ほとんど全くと言ってよい程に検察側から証拠開示を受けられないまま、2008年(平成20年)3月、最高裁判所は、再審請求を認めなかった。

 その後、同年4月に第2次再審請求が申し立てられたところ、弁護団による積極的な証拠開示の取組みと裁判所による証拠開示の勧告により、実に約600点余りに及ぶ証拠が開示され、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされた。しかし、これに対して検察官が不服申立てをしたことにより、約9年後の2023年(令和5年)10月27日になるまで再審公判は開始されなかった。

 再審公判は本年5月22日に結審し、判決言渡期日が本日と指定告知され、無罪が言い渡された。現在、袴田さんは、88歳である。

 

 袴田さんに無罪が言い渡されるまでにこのような長期間を要したのは、現行の再審手続に関する法律(刑事訴訟法第四編「再審」)(以下「再審法」という。)に問題があるからと言わざるを得ない。

 

 えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。個人の尊厳を究極の価値とする日本国憲法のもとでは、えん罪被害はあってはならないものである。

 えん罪被害者を守る最後の砦が再審法において規定されている再審手続である。

 しかし、現行の再審法の規定は、僅か19か条しかなく、再審手続をどのように行うかは裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、再審請求手続の審理の適正さが制度的に担保されず、公平性も損なわれている。

 また、袴田事件のみならず過去の多くのえん罪事件において、警察や検察庁といった捜査機関の手元にある証拠が再審段階で明らかになり、えん罪被害者を救済するための大きな原動力となっているが、現行の再審法においては、捜査機関の手元にある証拠を開示させる仕組みについて明文の規定がなく、再審請求手続において証拠開示がなされる制度的保障がない。そのため、裁判官や検察官の対応いかんで、証拠開示の範囲に大きな差が生じているのが実情であり、これを是正するためには、証拠開示のルールを定めた法律の制定が不可欠である。

 さらに、再審開始決定がなされても、検察官がこれに不服申立てを行う事例が相次いでおり、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。再審開始決定は、あくまでも裁判をやり直すことを決定するにとどまり、有罪・無罪の判断は再審公判において行うため、検察官にも有罪立証をする機会が与えられている。したがって、再審開始決定がなされたのであれば、速やかに再審公判に移行すべきであって、再審開始決定といういわば再審公判の入口における判断に対して検察官の不服申立てを認めるべきではない。

 

 当連合会では、昨年9月29日の令和5年度定期弁護士大会において「えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、刑事再審法の速やかな改正を求める決議」を採択しているが、管内13の弁護士会とともに、えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、あらためて、国に対して、下記の事項を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求める。

       1 再審請求手続における手続規定の整備

       2 再審請求手続における証拠開示の制度化

       3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

 

2024年(令和6年)9月26日

 

関東弁護士会連合会理事長 菅沼 友子

東京弁護士会会長     上田 智司      第一東京弁護士会会長  市川 正司

第二東京弁護士会会長   日下部真治    神奈川県弁護士会会長  岩田 武司

埼玉弁護士会会長     大塚 信雄     千葉県弁護士会会長   島田 直樹

茨城県弁護士会会長    篠﨑 和則    栃木県弁護士会会長   石井 信行

群馬弁護士会会長     関 夕三郎     静岡県弁護士会会長   梅田 欣一

山梨県弁護士会会長    三枝 重人     長野県弁護士会会長   山崎 勝巳

新潟県弁護士会会長    中村  崇

選択的夫婦別姓制度の導入を求める会長声明

選択的夫婦別姓制度の導入を求める会長声明

 

民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と定め、夫婦同姓を義務づけている。従って、自らの姓のまま婚姻することを希望するカップルが婚姻するためには、その一方が姓を変更する必要がある。

姓(氏)と名とが一体となった氏名は、個人識別機能を果たすのみならず、個人がその氏名のもとに人格的、自律的な営みをなすことによって、アイデンティティーの象徴となり人格の一部となるものであるから、姓と名とは切り離すことは出来ず、それが一体となった氏名が人格権として憲法13条により保障されるものである。夫婦同姓制度は、婚姻をするために、アイデンティティーの象徴である氏名の変更を望む望まないにかかわらず余儀なくさせるものであるから、憲法13条に反する。

さらに、夫婦同姓制度は、夫婦別姓のままでは婚姻できないとして、婚姻に「両性の合意」以外の要件を加重する点で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するとする憲法24条1項に違反し、カップルの一方にのみそのような人格の一部を喪失する選択を余儀なくさせる点でも「夫婦が同等の権利を有することを基本」とする同条項に違反するものである。現在の夫婦同姓制度は、夫婦いずれの姓も選択し得るとされているが、現実には95%以上の夫婦が夫の姓を選択し、多くの女性が事実上改姓を余儀なくされている(国連女性差別撤廃委員会から日本政府に対して、女性が婚姻前の姓を保持できる法整備が繰り返し勧告されている。また、国際人権(自由権)規約委員会からも、「民法第750条が実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いている」との懸念が表明されている)点で、夫婦同姓を義務づける民法750条は「性別により差別されない」ことを保障する憲法14条に反するものである。

そして、以上のような問題を有する夫婦同姓制度は「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とする憲法24条2項に違反する制度である。

したがって、夫婦同姓制度を直ちに改め、選択的夫婦別姓制度が導入されなければならない。

選択的夫婦別姓制度に対する一部の反対意見の中には、「家族の一体感を失わせる」とする主張がある。しかし、別姓制度を採用している諸外国において、そのために家族の一体感が損なわれているという事実は認められない。そもそも、選択的夫婦別姓制度は、「家族の一体感を維持するために夫婦同姓であるべき」という価値観に基づいて、婚姻を契機として夫婦の一方の姓に改姓する希望を持つ者が同姓となることを選択する自由を奪うものではない。

 また、「通称使用の広まりにより社会生活上の不利益は緩和される」として、通称使用の拡大によって夫婦同姓制度を維持する意見も存在するが、通称使用の利便に限界があることは当事者等から指摘されているし、仮に社会生活上の不利益が全て解消されたとしても、人格権の一内容である氏名の変更を望まない者が婚姻するために望まない改姓を強制されるという根本的な問題は残るのであって、通称使用という代替手段の存在は、夫婦同姓の義務付けという人権制限を正当化するものでは到底あり得ないのである。

選択的夫婦別姓制度については、法制審議会がこれを導入する民法改正案を平成8年に答申して以来、28年もの月日が経過しているにもかかわらず、未だ実現していないが、現行の夫婦同姓制度は人権問題であり、選択的夫婦別姓制度の導入は憲法上の要請であって、婚姻をするために改姓を余儀なくされアイデンティティーの喪失に直面する人々や、その喪失を望まず婚姻できないカップルが多数存在するのであり、それらの人々の人格的な苦しみに思いを致せば、その導入に一刻の猶予も許されない。

当会は、平成22年「民法(家族法)の早期改正を求める会長声明」において、選択的夫婦別姓制度の導入を内容とする民法改正法案が速やかに可決成立されるよう求めたが、改めて国に対し、民法750条を直ちに改正し、選択的夫婦別姓制度を導入するよう強く求めるものである。

                  

  2024年(令和6年)8月6日

長野県弁護士会

会 長  山  崎  勝  巳

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

 

今年の春闘では正社員の賃上げ率は平均5%を超え、1991年以来、33年ぶりの高水準であるといわれている。しかしながら、これら賃上げの波及効果は地方や中小企業に広く及んでいるとは言い難い。

 物価の高騰により長期間に渡り実質賃金が連続で減少している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも労働者がフルタイムで働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。

しかしながら、厚生労働省が発表した「地域別最低賃金の全国一覧」によると、令和5年度の最低賃金の全国加重平均額は1004円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る948円となった。仮に、全国加重平均額の時給1004円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収208万8320円にしかならない。 

これに対し、令和2年に長野県労働組合連合会が行った最低生計費試算調査によれば、長野市在住25歳男性、独身、一人暮らし、軽自動車所有の場合、一ヵ月に必要な最低金額(最低生計費)は、25万4812円であった。これは、上記法定労働時間で時給換算すると、時間給1470円となり、令和5年度の最低賃金の水準では遠く及ばず、安心して暮らせるだけの賃金水準には到底達していないことになる。

そして、最低賃金の日本全体における地域間格差は依然として解消されておらず、東京都(1113円)と長野県(948円)を比較しても165円の開きがあり、上記法定労働時間で乗ずれば、年間で34万3200円もの差が生じる。しかしながら、公共交通機関が完備されているとは言いがたい本県においては車の所有が必須で、上記最低生計費試算調査によれば、車の所有を踏まえた最低生計費はむしろ長野県が東京都を上回るという報告すらある。賃金の地域間格差は人口の流出に繋がり、過疎化による地域の崩壊をも招くものであり、全国一律最低賃金制度を実現する必要性は高い。

一方で、原材料価格や光熱費等の上昇が著しい中で、最低賃金の引上げが企業経営に影響を与えることは明らかであり、円滑な企業運営ができるよう配慮することも必要である。特に、中小企業にとっては、最低賃金の上昇を含むコストの上昇分を取引先や販売価格に十分に転嫁できないとの報告もなされており、企業運営を取り巻く状況は厳しさを増す一方である。そこで、中小企業にとって大きな負担となっている社会保険料の事業者負担の抜本的見直し、補助金・助成金制度の拡充、元請企業と中小下請企業間においてこれまで以上に公正な取引が確保されるよう法整備を加速させるなど、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。

厚生労働省が行った令和4年の国民生活基礎調査によれば、生活意識について、令和4年に大変苦しい、やや苦しいと回答した世帯は、全世帯の51.3%にも上り、労働者、住民は、依然として日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、ダブルワークやトリプルワークを強いられる者も多く、極めて深刻な事態に陥っており、早期に最低賃金の引き上げがなされるべきである。

以上より、当会は、国に対し、全国一律最低賃金制度の実現と中小企業への十分な支援策を講じるよう求めるとともに、地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の大幅な引き上げを答申すべきことを求める。

 

                    2024年(令和6年)12

                      長野県弁護士会

                      会長 山  崎  勝  巳

新たな永住資格取消制度の導入に反対する会長声明

新たな永住資格取消制度の導入に反対する会長声明

 

2024年(令和6年)5月21日

長野県弁護士会

会長  山 崎 勝 巳

 

1 政府は、2024年(令和6年)3月15日、「出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「入管法改正案」といいます。)を閣議決定し、第213回国会に提出しました。

現在、日本で永住者の在留資格を得るには、原則として引き続き10年以上日本に在留していること、素行が善良であること、資産等から見て将来において安定した生活が見込まれることなどの厳しい要件を満たすことが必要です。このような厳格な要件のもとで永住許可を取得した方は、日本に生活の基盤があり地域社会に根付いて長年安定した日常生活を送っていて、中には日本で生まれ育った方もいます。したがって、日本での安定した生活や法的地位を保護する必要性において、永住者と日本国籍者との間に大きな違いはありません。

ところが、入管法改正案は、永住資格の取消事由を過度に拡大して法的地位を著しく不安定にし、永住者に対して強い不安を与えるものであり、当会は強い懸念を抱かざるを得ません。

2 入管法改正案には、永住者の在留資格の取消事由として、永住者が①入管法に規定する義務を遵守しない場合、②故意に公租公課の支払いをしない場合、③永住者については退去強制事由とされていない軽微な罪で処罰された場合を追加する内容が含まれています。

これらの取消事由には、以下のような問題があります。

(1)①入管法には、旅券や在留カードの携帯及び提示の義務(入管法第23条第1項ないし第3項)などが規定されています。

旅券等の不携帯は、ついうっかり行ってしまう可能性もあり、このような軽微な義務違反までも永住者の在留資格の取消事由の対象としている点が問題です。規定上そのような軽微な義務違反の場合にまで永住者の在留資格が取り消される可能性があると、永住者の生活が過度に管理される事態となり、義務違反の程度と比較しても過度に重い制裁を科すことになります。

(2)②公租公課を支払う意思があるにもかかわらず支払えない事態は、社会状況、勤務先の倒産などによる失業・離職、事故、病気、加齢などによる一時的な収入の減少など、本人にはどうすることもできない事情によって起こりうるものです。入管法改正案では、このような本人にとってどうすることもできない事情によって公租公課の支払いができない場合であっても「故意に公租公課の支払をしない」と判断され、永住者の在留資格が取り消される可能性があります。

故意による公租公課の不払いに対しては、現行制度上既に延滞税の加算、財産の差押え、追徴金、刑事罰などの制裁があります。これに加えて、永住者やその家族の安定した生活基盤を奪う可能性のある在留資格の取消という制裁を新たに規定すべき社会事情、立法事実は見当たりません。

なお、貧困者を退去強制の対象とする入管法の規定は、国際人権規約や難民条約の批准により要請された人権保障の観点から1981年(昭和56年)の改正で削除された経緯があります。やむを得ない事情により公租公課を支払えない場合まで永住者の在留資格の取消事由とする入管法改正案は、このような改正経緯と矛盾するものと考えます。

(3)③現行法上永住者の退去強制事由ではない罪で拘禁刑に処せられた場合(入管法第24条第4号の2参照)を在留資格取消事由に追加している点についても、他の2つの取消事由と同様に、このような改正を必要とする社会事情、立法事実は見当たりません。

また、1年以下の拘禁刑のように軽微な罪や刑の執行を猶予された場合にまで、刑事罰を科すことに加えて在留資格の取消という追加の制裁を行えるものとすることは、軽い罪に対して著しく過度な制裁を科すものであり、永住者の安定した生活を脅かすことになりかねません。

3 入管法改正案は、永住者が上記の3つの取消事由に該当する場合でも、原則として法務大臣が職権で永住者以外の在留資格を付与する規定を新設することも予定しています。

しかし、付与される在留資格が何か、あるいは「引き続き本法に在留することが適当でないと認める場合」という例外の具体的な判断基準などが明らかではないため、この規定が永住者の不安を払拭することは難しく、長年生活基盤が日本にある永住者に対する救済措置としては不十分です。

4 以上のように、入管法改正案による永住者の在留資格の取消事由の追加は、永住者の日常生活を過度に管理するものであるとともに、永住者及びその家族の安定した生活を脅かし、大きな不安を与えるものです。

政府は、現行の技能実習制度を発展的に解消させた育成就労制度の創設に伴い、永住に繋がる外国人の受入れ数が増加するとの予想を理由に「永住許可制度の適正化を行う」ための措置として永住者の在留資格の取消事由を追加しようとしています。しかし、外国人の受入れが増加して永住者が増加したとしても、永住者の在留資格の取消事由を追加し既に永住者の在留資格を取得している方々の生活や法的地位を不安定にする合理的な理由にはなりえず、また、上記の抽象的な予想に基づく改正という点からも入管法改正案の定める永住者の在留資格の取消事由の追加について立法事実が存在しないことは明らかです。

当会は、永住者の在留資格の取消事由の追加を行う今回の入管法改正案に反対するとともに、永住者の在留資格の取消事由について、立法事実に基づいた慎重な検討を求めます。

以 上

77回目の憲法記念日に寄せる会長談話

77回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 

1 はじめに

本日、77回目の憲法記念日を迎えました。

1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法は、個人の尊厳(13条)を最高理念とし、基本的人権の尊重(第3章等)、国民主権(前文、1条、41条等)、平和主義(前文、9条)という3つの基本原理を定めています。とりわけ、憲法は、権力や多数者の意思により抑圧されやすい少数者の権利について、その保障が十分になされているか留意していると考えます。

しかしながら、現実の社会に目を向けると、必ずしも個人の尊重や少数者の権利保障が十分に実現されているとは言えません。

そこで、現実に起こっている問題に焦点を当て、長野県弁護士会会長として思うところを述べたいと思います。

 

2 基本的人権の尊重

人権は、全ての人が生まれながらにして有するものであって、最大限の保障の下に置かれるものです。私たちは皆、自分の生命を全うする権利を有し、人生において、人格の自己実現を図り幸福を追求する権利を有しています。その権利の重さは全ての人において等しく、一人一人の権利を不平等に扱うことは許されません。

国家権力により多数の人の権利が一律に害されるということは少ないでしょう。仮にそのような事態が生じた場合は、議会を通じた民主制の過程で権利侵害を排除するという救済方法があります。しかし、少数者の権利が侵害された場合、そうした救済は期待できません。時に、多数の国民は、少数者の権利が侵害されていることに目をつむり、そのような社会を甘受することさえあります。

近時取り上げられている性的少数者の問題はその1つであり、深刻な問題であると考えます。

LGBTの人たちは、不当な差別を受けてきましたが、性自認や性的指向は人格の奥底に存するものであり、人格的価値として最大限の保障を受けるべきものです。同性婚の訴訟においては、これを認めない日本の婚姻制度について違憲とする高裁判決も出されています(札幌高判令和6年3月14日)。婚姻の本質は、真摯な意思で共同生活を営むことにあります。婚姻は、これを望む者にとっては、心身の安定と人生に充実をもたらすものであって、重要な人格的価値を構成するものです。性的指向が同性に向いているという一事をもって、婚姻により生じる法的効果の一部すらも享受できないとすることは、合理的根拠を欠く不当な差別と言わざるを得ません。

また、トランスジェンダーに関しても、最高裁判所は、性別変更要件として生殖腺の機能の除去を求めることは違憲との判断をしました(最決令和5年10月25日)。肉体を傷つけ生殖能力を奪うことが重大な人権の侵害にあたるということを、性自認について悩むことのない多くの人々は思い起こす必要があります。LGBT理解増進法が制定されて以降も、従来の家族観に固執した、あるいは、公衆浴場等における抽象的な不安を殊更強調した差別的発言も散見されますが、社会の中でトランスジェンダーがいかに権利や生活利益を制限されてきたのかを、性的少数者に寄り添って考える必要があると思います。

婚姻、家族など伝統的な概念について様々な考え方があると思います。しかし、個々の考えを尊重することと、その考えを他者に押しつけることとは異なります。他者の個性を認め多様性を尊重しながら共存していける社会こそが、また私たちが自分自身を尊重して生きていける社会なのだと考えます。

 

3 国民主権

国民主権(民主主義)が目指すところは、国民一人一人の意思を可及的に政治に反映させることにあり、日本国憲法が掲げる国民主権も同様であると考えます。もとより、個々の考えが異なる中でも最終的には政策決定をしなければならないのであって、そのために多数決制度が採用されていますが、国民一人一人の意思が尊重され得る制度である民主主義は、私たち人類が歴史の中で勝ち取った価値ある財産の1つです。

しかし、注意しなければならないことは、多数意見が積み重ねられていく内に、私たちは、その政策に対し批判することを忘れ、多数意見に流され、実は誤った方向に進んでいるのに、これを国民の意思として受容し、最終的には独裁を許し、その政策を受け入れてしまうこともあり得ることです。民主主義において重要なことは、少数意見を尊重すること、少数意見の指摘を真摯に受け止め、さらにより良い結論を求めて議論を重ねることにあると考えます。

2017年(平成29年)、当時の内閣は、野党議員が臨時国会の招集を求めたのに対し、法案や外交準備を理由に98日間これに応じず、そのまま衆議院を解散しました。しかし、憲法53条は「内閣は、国会の臨時会の招集を決定することができる。いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その招集を決定しなければならない。」と規定しており、憲法53条後段に基づく臨時会招集要求がされた場合に、内閣が臨時会招集決定をする義務を負うことは、最高裁判所も認めています(最判令和5年9月12日)。憲法53条後段は、議会制民主主義を実現する機関であり、かつ、国の最高機関である国会において、少数派の意見を尊重しようとしたものであって、前述した民主主義の真意を示したものであると思います。国会議員は国民の代表であり、内閣などの行政機関が国会の活動を蔑ろにすることは、民主主義に対する冒涜であると言っても過言ではありません。

そのような事態を招かないためには、私たち一人一人が国家等の行動に関心を持ち、意見を述べていくことが重要であり、当会も憲法の理念に根差した意見を発信し続けていきます。

 


4 恒久平和主義

日本国憲法は、政府が起こした先の戦争の惨禍により多くの国民の命が失われたことを反省し、徹底した恒久平和主義を掲げています。その理念は、単に紛争を解決する手段としての戦争を放棄するにとどまらず、一切の戦力の保持を否定していること(9条2項)に示されており、世界でも特筆すべき規定となっています。戦争は、多くの無辜の人々の命を奪うものであり、許されるものではありません。

世界では、ロシアが、ウクライナに侵攻してから2年が経過しました。昨年11月、国連はウクライナでの民間人の死者が1万人に達したと発表しましたが、ロシアは戦略的な核兵器の使用を口にするなど、戦況は止まるところを知りません。

また、昨年10月に起こった、イスラエルのパレスチナ自治区ガザへの侵攻では、多くの難民キャンプや病院、学校へのすさまじい爆撃が行われ、国連等が呼びかける即時停戦も実現しないまま、戦禍は激しさを増すばかりです。多くの市民が犠牲になり、生き延びている市民も行き場を失っています。何よりも人の命を重視しなければならないということは、人類が目指す人道の原点ではないかと思います。

日本国憲法は、前文で、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有していると謳っていますが、平和的生存権の真意として、一人の命さえ無視してはならないということを強く示唆していると思います。「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法前文の文言は、今の世界情勢の中でさらに重い意味を私たちに突きつけています。憎しみの連鎖から、際限のない暴力と紛争が継続的に生み出され、その中で、子どもたちを含む多くの人々のかけがえのない命が、失われていきます。また、戦力の最たるものが核兵器ですが、万が一にも使用されることになれば、人類の存亡に関わることにもなりかねません。核の威嚇による抑止論がまかり通る世界において、私たちは、日本国憲法の持つ恒久平和主義の尊い理念を、決して捨て去ってはいけないと思います。

ところが、日本の現状に鑑みると、日本国憲法の平和理念を後退させ、軍備拡張への途を突き進んでいるように感じます。政府与党は、従前の専守防衛に徹するとした政府解釈に実質上の変更を加え、安保法制により集団的自衛権を認め、更には、閣議決定により安保三文書の改定を行ない、敵基地攻撃能力を認めました。また、防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額を企図するほか、昨年12月には、防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷能力のある防衛装備の完成品を輸出できるよう舵を切りました。このような流れは、防衛政策の大転換を図るものであり、日本国憲法の恒久平和主義の理念を骨抜きにするものです。

日本が果たすべき役割は、紛争の終結に向けて世界に働きかけをし、近隣諸国や大国間の緊張関係を緩和し、平和的共存関係を目指す外交努力を行うことや、民間の協力関係がさらに進展するよう積極支援等を着実に行うことです。日本は、世界中から戦争を無くすという崇高な理想の実現に向けて、憲法の恒久平和主義の理念を堅持すべきであると考えます。

 

5 最後に

世界情勢は日々緊迫度を増しており、防衛力の強化を求める等、先の戦争から80年近くが経過し、社会の意識にも著しい変化があるように感じます。また、社会の常識が進展してきた中で、それでもまだ私たちが気づいていない問題や、助けを求められていることを感じつつも取り上げることができていない問題もあるのではないかと思います。

それでも、私たちは、先の戦争による惨禍を経験した人々や、今もなお戦争の渦中で苦しんでいる人々に思いを馳せ、また、どこかで理不尽に堪えている人々がいるのではないかという意識を常に持ち続けながら、憲法の理念を胸に、社会をより良くしていくための活動を積極的に行ってまいります。

2024年(令和6年)5月3日

長野県弁護士会会長 山 崎 勝 巳

長野刑務所における被収容者の凍死疑い事案に関する会長談話

長野刑務所における被収容者の凍死疑い事案に関する会長談話


令和5年10月30日に長野刑務所内で労役場留置中に死亡した60代男性(当時は病死の可能性が高いと発表されていた)の死因が、凍死であった疑いが強いという報道に接した。

この報道のとおりであるとすれば、極めて痛ましい事件であり、絶対に起こってはならないことである。

刑務所施設内の被収容者は、法律に基づき自由を制約されており、自らの健康や居室内の温度を含めて居住する環境を自ら管理することができない。このため、刑務所施設の管理者は、被収容者の心身の状況の把握に努めた上で、社会一般の保健衛生等の水準に照らし適切な措置を講じることで(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条参照)、居室内の温度を含めた居住環境を被収容者の健康が害されないものとなるように管理しなければならない。

現時点では、被収容者が凍死に至った具体的な原因が不明であるから管理体制について具体的に言及する段階にないが、刑務所内の居住環境の管理体制の不備に起因する事件であるとすればそれは大変由々しき事態である。そもそも当会では、別施設(松本少年刑務所)ではあるが、平成26年に、暖房器具の運用が不十分であるという被収容者からの申立てを契機に調査を行い、松本少年刑務所に対して暖房器具の適切な運用を求める要望書を提出している。同じ長野県内の矯正施設である長野刑務所において、未だに暖房器具の適切な運用がされていないとすれば、寒冷地である長野県内の施設にあるまじき事態である。他方で、当時が真冬ではなかったことや被収容者が持病を有していたという報道もあることなどからすると、被収容者個人の心身異常等が死亡結果に寄与した可能性も否定できない。仮にそうであるとしても、刑務所施設は被収容者の心身の状況を把握して適切な医療上の措置を講ずるものとされているのであるから、被収容者の心身の異常を看過することは許されないと言うべきである。

当会は、長野刑務所に対し、速やかに原因究明のための調査を行った上で再発防止策を検討すること、そしてそれらを全て公表することを求める。また、適切な暖房器具の設置と運用や被収容者個人の的確な状況把握など被収容者側に配慮した最善の管理体制を構築して、二度と同様の悲劇を起こさない対策を徹底することを、強く求めるものである。


           2024年(令和6年)3月18日

                           長野県弁護士会

                           会長  山  岸  重  幸

日本で暮らす在留資格のない子どもとその家族に対する在留特別許可に関する会長声明

日本で暮らす在留資格のない子どもとその家族に対する在留特別許可に関する会長声明

 

2024年(令和6年)3月12日

長野県弁護士会         

会長  山  岸  重  幸

 

1 2023年(令和5年)12月25日,小泉龍司法務大臣は,長野県内に居住する未成年の姉弟に対して在留特別許可をして「留学」の在留資格を与えた。

2 これは同年8月4日に出入国在留管理庁が公表した「送還忌避者のうち本邦で出生した子どもの在留特別許可に関する対応方針について」(以下「本方針」という。)に基づくものである。本方針は,在留資格のないまま日本に長期間滞在する未成年の子どもを救済するという観点から,①日本で出生し,②小中学校又は高校で教育を受けており,③引き続き日本での生活を希望する18歳未満の子どもとその家族は,④非正規入国など親に看過し難い消極事情がある場合を除いて家族一体で在留特別許可をする,⑤ただし親に看過し難い消極事情があっても個別の事案ごとに諸般の事情を総合考慮して判断する,としている。

本方針により,日本で出生し,在留資格がないまま滞在する18歳未満の子ども201名(2022年(令和4年)12月末時点)のうち少なくとも7割に在留特別許可がなされることが見込まれている。そして,前述の姉弟への在留特別許可は,本方針の下でも原則として対象外となる親の消極事情がある中,姉弟の事情を総合的に判断し在留特別許可をした点で画期的である。

当会は,本方針によって,日本で出生しながらも従来の運用では在留資格を有する見込みのなかった子どもに在留資格が認められ,安定した法的地位を得られることになることを歓迎し,前述の姉弟への在留特別許可を高く評価する。

3 しかしながら,その上で,本方針は次のとおり改善すべき点がある。

(1)日本で生まれた子どもに限定すべきではないこと

本方針は対象を日本で生まれた子どもに限定している。しかし,日本国外で生まれても,日本の学校に通い,日本で長期間生活している子どもと,日本生まれの子どもの定着性に違いはなく,これを区別する合理性はない。子どもの権利条約第3条第1項は,行政当局や立法機関等が児童に関する措置をとる場合は,子どもの最善の利益を考慮すべきと定めており,2023年(令和5年)6月に改正された出入国管理及び難民認定法(以下「改正入管法」という。)等の参議院法務委員会の附帯決議第14項も,在留特別許可のガイドラインの策定に当たっては,子どもの利益や家族の結合について十分な配慮をすることと決議している。これらをふまえても,日本での出生という合理性のない区別で子どもの最善の利益を蔑ろにしてはならない。

したがって,日本で生まれた子か否かは本方針の要件より削除すべきである。

(2)18歳未満に限定すべきではないこと

本方針は対象を18歳未満に限定している。しかし,日本で生まれ育ち成人した者や日本で教育を受けて成人した者は,より一層日本に定着性を有し,社会と結びついているはずである。改正入管法の施行日時点で18歳未満か否かは本人には如何ともし難い事情であり,そのような偶然の事情で対象から外す合理的な理由はない。

斎藤健法務大臣(当時)も,本方針公表時の記者会見で「もう成人しているという者については,本人に看過し難い消極事情が認められないのであれば,基本的には在留特別許可を認める方向で考えていきたい」と発言している。そうであるなら,そもそも本方針から18歳未満に限定するという要件を削除すべきである。

したがって,成人であっても日本で生まれ育った者や,日本で教育を受けて育った者は本方針の対象とすべきである。

(3)親の属性で判断すべきではなく,また親だけの強制送還も慎重に判断されるべきであること

本方針は,親に消極事情がある場合は原則として本方針の対象外としている。しかし,親の消極事情について子どもに責任はない。子ども自身が日本での生活を希望するのであれば,親の事情にかかわらず在留特別許可をすべきである。

したがって,親の消極事情によって原則として本方針の対象外とする要件は削除すべきである。

また,子どもだけに在留特別許可をした場合,消極事情がある親は国籍国へ強制送還されることになる。この場合,子どもと親は遠く離れた国で離れ離れに暮らすことになる。そのため親だけを強制送還することについては,国際条約が子どもの最善の利益や家族結合権(市民的及び政治的権利に関する条約第23条第1項)を保障し,立法者も子どもの利益や家族の結合に十分な配慮を求めていることをふまえ,家族分離を正当化させるほどの消極事情といえるのか慎重に判断されることが相当であり,できる限り親にも同時に在留特別許可をすべきである。

4 最後に

以上のとおり,当会は,本方針により一定数の子どもが在留資格を得られることを歓迎し,また長野県内に居住する未成年の姉弟に対する在留特別許可を高く評価するとともに,子どもの最善の利益及び家族結合権を保障する観点から上記の改善を求める。                

以 上

改めて日本国憲法の意義を訴える会長談話

改めて日本国憲法の意義を訴える会長談話

 

 本年は,戦争と平和について深く考えさせられる1年でした。

 昨年2月24日に,ロシア連邦軍がウクライナへの侵攻を開始して始まった両国の戦闘状態は,本年が暮れようとしている今も未だ終結の見通しがついていません。

 また,本年10月7日のハマスによる奇襲攻撃と人質の略取を端緒としてイスラエル国内で紛争が勃発し,その報復としてガザ地区においてイスラエルによる大量の空爆と陸上侵攻が展開されたことで,イスラエルとパレスチナ双方において,子どもを含む多数の死者が生ずるなど極めて憂うべき状況となっています。

 戦争の犠牲となった全ての方々に対して,当会は改めて哀悼致します。

 我が国においては,強大な軍事力やこれに依拠した抑止力により平和を追求しようとする動きが止みません。昨年12月には,閣議決定により,安保三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定が行なわれました。同改定は,具体的には,武力攻撃が発生した場合に対処するため相手国の領域(特にそのミサイル基地等)において有効に反撃できる防衛能力(敵基地攻撃能力)を認めるものであって,さらには,このような防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額を企図する内容となっており,我が国の防衛政策の大転換を図るものでしたが,本年もこの動きが止(とど)まることはありませんでした。

 しかし,このような強大な軍事力やこれに依拠した抑止力による平和の追求がいかに脆いものであり,また危険なものであることについては,市街地も含む国土が空襲で焼け野原になり,唯一の被爆国であり核兵器の被害も受けたことによる甚大な被害や悲惨さを語り継いできた日本国民が,身をもって感じているものですし,ウクライナやガザ地区の悲惨な現状は,軍事力やこれに依拠した抑止力による平和などあり得ないことを示すものです。

 先の大戦で,我が国は焦土と化し,300万人を越える国民が犠牲になりました。この反省に立ち,日本国憲法は,前文で国際協調主義と平和的生存権を謳い,9条では国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使を否定し,戦力の保持を一切認めないという徹底した恒久平和主義を貫いています。これらの規定は,それまでの人類の戦争と平和の歴史の反省に立ち,人権侵害の最たるものであり違法である戦争を,我が国だけでなく全世界から排除するという崇高な理念と,それを実現するための制度を構築しようとするものです。我が国が志向すべきなのは,強大な軍事力やこれに依拠した抑止力による平和ではなく,このような日本国憲法の精神に基づき,主体的に近隣諸国や大国間の緊張関係をできる限り解きほぐし,命と人道を尊重して平和的共存関係をめざす外交努力を尽くすことだと考えます。

戦争によって多数の無辜の尊い命が奪われてしまった本年を振り返り,当会は,日本国憲法の持つ意義を改めて訴えたいと思います。

2023年(令和5年)12月27日

                                                                                    長野県弁護士会 会 長  山  岸  重  幸

特定商取引法の抜本的改正を求める意見書

特定商取引法の抜本的改正を求める意見書

 

2023年(令和5年)12月12日

長野県弁護士会      

会長  山  岸  重  幸

 

第1 意見の趣旨

当会は、国に対し、特定商取引に関する法律の一部を改正する法律(平成28年法律第60号)附則第6条に基づく「所要の措置」として、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)につき以下の内容を含む抜本的な法改正を行うことを求める。

1 訪問販売・電話勧誘販売について

(1)拒否者に対する訪問勧誘の規制

   訪問販売につき、家の門戸に「訪問販売お断り」と記載された張り紙等を張っておくなどの方法により予め拒絶の意思を表明した場合が、特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにすること。

(2)拒否者に対する電話勧誘販売の規制

   電話勧誘販売につき、特定商取引法第17条の規律に関し、消費者が事前に電話勧誘販売を拒絶できる登録制度を導入すること。

(3)勧誘代行業者の規律

   訪問販売及び電話勧誘販売につき、その契約の締結の媒介又は代理の 業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすること。

(4)訪問販売業者、電話勧誘販売業者の登録制

    訪問販売又は電話勧誘販売を行う者は、国又は地方公共団体に登録をしなければならないものとすること。

2 通信販売について

(1)インターネットを通じた勧誘等による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権

通信販売事業者がインターネットを通じて消費者を勧誘し、消費者が契約の申込みを行い又は契約を締結した場合について、行政規制を設けること、並びに消費者によるクーリング・オフ及び取消権を認めること。

(2)連絡先が不明な通信販売事業者及び当該事業者の勧誘者を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)

特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーム提供者その他の関係者に対して、通信販売事業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できるとすること。

3 連鎖販売取引について

(1)連鎖販売業に対する開業規制の導入

    連鎖販売取引について、国による登録・確認等の事前審査を経なければ、連鎖販売業を営んではならないものとする開業規制を導入すること。

(2)後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加

    特定利益収受の契約条件を設けている事業者が、連鎖販売取引に加入 させることを目的として特定負担に係る契約を締結させ、その後に当該契約の相手方に対し特定利益を収受し得る取引に誘引する場合は、特定商取引法の連鎖販売取引の拡張類型として規制が及ぶことを条文上明確にすること。

(3)不適合者に対する紹介利益提供の勧誘等の禁止

    物品販売又は役務提供による対価の負担を伴う契約をした者が次のいずれかに該当する場合は、その者との間において、新規契約者を獲得することにより利益が得られる事を内容とする契約の勧誘及び締結を禁止すること。

① 22歳以下の者

② 先行する契約として投資等の利益収受型取引の契約を締結した者

③ 先行する契約の対価に係る債務(その支払いのための借入金、クレジット等の債務を含む)を負担している者

(4)連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設

    連鎖販売取引について、収受し得る特定利益の計算方法等を特定負担に関する契約を締結しようとする者に説明しなければならないものとすること。

(5)連鎖販売取引における業務・財務等の情報提供義務の新設

    連鎖販売取引について、業務・財産の状況等に関する情報を特定負担に関する契約を締結しようとする者や加入者に開示しなければならないものとすること。


第2 意見の理由

 1 はじめに

特定商取引に関する法律の一部を改正する法律(平成28年法律第60号)附則第6条は、「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の特定商取引に関する法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」と定めるところ、同法が施行された2017年(平成29年)12月1日から既に5年の経過を迎えている。

令和5年版消費者白書によると、全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談は87万件と高止まり傾向が続いており、このうち特定商取引法の対象分野の相談が全体の約55パーセントという高い比率を占めている。特に、認知症等の高齢者からの相談では、訪問販売・電話勧誘販売に関する相談の割合が46.1パーセントを占めており、判断力の衰えた高齢者が悪質商法のターゲットとされていることが窺われ、早急な対応を講じる必要がある。また、世代全体でみると、インターネット通販に関する相談が29.1パーセントで最多となっており、今後もデジタル社会の更なる進展に伴いインターネット通販をめぐるトラブルは増加していくものと考えられる。さらに、令和4年版消費者白書によると、連鎖販売取引(マルチ取引)は、その相談件数の半数近くを20歳代の若年層が占めており、令和4年4月に成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたことも相俟って、更なる被害増加が懸念される。

以上の被害実態に対処するため、前記附則第6条に基づき、特定商取引法の抜本的な法改正を行うことを求めるものである。

2 訪問販売・電話勧誘販売について

(1)消費者庁の「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」(2014年度)では、消費者のうち、訪問勧誘で96.2%、電話勧誘で96.4%が、勧誘を「全く受けたくない」と回答した。

また、判断能力等の低下により勧誘を断ることが十分に期待できない 消費者の存在を考えると、消費者が事業者の訪問勧誘や電話勧誘に対して、個別に対応せずに、事前にかつ簡易に契約を締結しない旨の意思表示をする方法を整備することが必要である。

(2)拒否者に対する訪問勧誘の規制

 特定商取引法第3条の2第2項は、消費者が契約を締結しない旨の意思を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止しているが、消費者庁は、「訪問販売お断り」と記載された張り紙等(以下「ステッカー」という。)を家の門戸に貼付することについて、意思表示の対象や内容、表示の主体や表示時期等が必ずしも明瞭でないとして、同項の「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しないとの解釈を示している。

 しかし、このような解釈を採用すると、消費者があえてステッカーを貼付しているにもかかわらず、事業者の勧誘に個別に対応しなければならず、その結果として望まない契約を締結させられる危険がある。

 そもそも、同規定は、「契約を締結しない旨の意思」の表示方法を限定していない。また、多くの自治体が消費生活条例等においてステッカーに効力を認めているところ、消費者庁もこれらの条例の効力を認めている。このような消費者庁の解釈は一貫性を欠いている。

 以上のことから、ステッカーは「契約を締結しない旨の意思」の表示には該当しないとする現在の消費者庁の解釈は直ちに改められるべきであり、解釈上の疑義を残さないために、ステッカーにより拒絶の意思を表明した場合が、特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思を表示した」場合に該当することを条文上明らかにするべきである。

(3)拒否者に対する電話勧誘販売の規制

 特定商取引法第17条は、消費者が契約を締結しない旨の意思表示を表明した場合に、事業者が勧誘を行うことを禁止しているが、消費者が拒絶の意思を伝える方法について制度が存在しない。

  消費者が電話機の応答機能や迷惑電話対応装置により、拒絶の意思を伝えることは可能であるものの、装置設置のための経済的負担や、事業者以外からの電話に対しても応答メッセージを流すことになってしまう不便さ等から、勧誘拒否の意思を表示する方法として必ずしも広まっているとはいえない。

  そのため、多くの消費者は、電話勧誘に対応することを強いられることになり、対応した結果、応諾させられてしまう危険性もある。加えて、上記2(1)で述べた消費者庁の意識調査では、消費者のうち、電話勧誘で96.4%が、勧誘を「全く受けたくない」と考えていることが判明したにもかかわらず、販売業者の電話勧誘に対し、個別に拒絶しなければならない点も不便である。

  そこで、特定商取引法第17条の規律をさらに一歩進め、消費者が意に反する電話勧誘を受けないようにするために、電話勧誘を受けたくない消費者が電話番号を登録機関に登録することとし、登録された番号には事業者が電話勧誘をすることを禁止する制度(Do‐Not‐Call制度)を導入すべきである。

  その際、登録機関が保有する登録電話番号のリストを事業者に開示する方式(リスト開示方式)とすると、事業者が保有・把握していない情報を知ることができてしまい、悪質な事業者により悪用されるおそれがあるため、事業者が保有する電話番号等のリストを登録機関に開示し,登録機関がそこに登録者の情報があるかを確認する方式(リスト洗浄方式)によるべきである。

(4)勧誘代行業者の規律

   特定商取引法における訪問販売又は電話勧誘販売についての行為規制は、明文上「販売業者」及び「役務提供事業者」(以下「販売業者等」という。)の行為を対象とする(同法第2条第1項参照)。

しかし、近年、訪問販売や電話勧誘販売においても、勧誘行為を他の業者に委託する例が増えている。

   勧誘行為の媒介・代理を受託したいわゆる勧誘代行業者に行為規制が及ぶかについては、現行法上明らかではなく、「販売業者等」の意義との関係で議論が有り得る。

 そもそも、訪問販売又は電話勧誘販売において、その規制の核心は、その販売方法である訪問・電話による勧誘行為そのものにあり、その勧誘行為を直接行っている事業者を行為規制の対象外とすることは妥当ではない。

したがって、訪問販売及び電話勧誘販売につき、その契約の締結の媒介又は代理の業務の委託を受けた者(いわゆる勧誘代行業者)に対しても、特定商取引法上の行為規制が及ぶことを条文上明らかにすべきである。

 (5)訪問販売業者、電話勧誘販売業者の登録制

    訪問販売や電話勧誘販売は、店舗販売と比較して、無店舗で営業を行うことが可能であることから、信用力の低い事業者の参入も容易である。

    また、不正な行為を行いながら、その名称や事業所の所在を変えて事業を繰り返すことも可能であり、そのために被害が拡大したり、被害救済が困難となったりする場合もある。

    このような事態を避け、訪問販売や電話勧誘販売にも店舗販売に準ずる信頼を確保するため、事業者の登録制を採用すべきである。


3 通信販売について

(1)インターネットを通じた勧誘による申込み・契約締結についての行政規制、クーリング・オフ及び取消権

特定商取引法における通信販売では、消費者が主体的にカタログやウェブサイト等を閲覧し、内容を吟味した上、自ら申込みを行う形態を想定して、各種規制が設けられてきた。

しかし、通信販売で近年急増している消費者トラブルでは、このような典型的形態とは異なり、消費者が日常的に利用しているSNSを通じて事業者やその関係者からメッセージ機能を利用した方法等により不意打ち的に勧誘がなされ、申込みに誘導される例が多くみられる。

このような勧誘手段は、消費者からすれば、事前に心の準備や商品等に関する情報収集の機会がないまま突然一方的に示されるものであることや、スマートフォンやパソコン等を用いた一対一のやり取りであること、相手方の素性が明らかでないこと等の問題があり、不意打ち性、密室性、匿名性という点で訪問販売や電話勧誘販売と共通した特徴が認められる。さらに、SNSのメッセージ機能と併せて、通話機能を利用して勧誘が行われることも多いが、この場合、通信販売と電話勧誘販売のいずれの取引類型に該当するのかが争われることが多く、事業者が通信販売該当性を主張してクーリング・オフに応じない事案も多発しており、通信販売が事実上の抜け穴として悪用されている実態がある。

そこで、通信販売においても、インターネットを通じて勧誘が行われる場合については、訪問販売や電話勧誘販売と同様に、(ア)氏名等の明示、(イ)再勧誘の禁止、(ウ)不実告知の禁止、(エ)故意の事実不告知の禁止、(オ)威迫困惑行為の禁止、(カ)債務の履行拒否・不当な遅延の禁止、(キ)過量販売の禁止、(ク)迷惑を覚えさせる勧誘・解除妨害行為の禁止、(ケ)判断力不足に乗じた契約締結の禁止、(コ)顧客の知識・経験・財産状況に照らし不当な勧誘の禁止、(サ)契約書面に虚偽記載をさせる行為の禁止、(シ)金銭を得るための契約を締結させるための行為の禁止、(ス)消耗品の誘導開封の禁止等の行政規制を設けるべきである。

また、民事ルールとして、消費者によるクーリング・オフ、不実告知及び重要事実の不告知の場合の取消権を規定すべきである。

(2)連絡先が不明な通信販売事業者及び当該事業者の勧誘者を特定する情報の開示請求権(詐欺等加担者情報開示請求権)

民事訴訟を提起するためには、訴状に「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載しなければならない(民事訴訟法第133条、民事訴訟規則第2条第1項第1号)。しかし、インターネット上で行われる勧誘では、SNS等を利用して匿名で行われることが少なくなく、相手方の特定が困難となり、消費者被害の救済に著しい支障が生じている。

特定商取引法上の表示義務は、「広告をするとき」に限られているため、個別の勧誘時に販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、住所及び電話番号の表示義務が及ぶかは明文上明らかでない。また、表示義務違反の場合に行政処分の対象となるのは、販売業者又は役務提供事業者に限られており、広告又は勧誘を行った者が販売業者又は役務提供事業者から独立している場合には行政処分の対象にならない。

そこで、以上のような問題に対処するため、特定商取引法第11条第6号及び同法施行規則第8条第1号又は第2号の表示義務を満たさない広告又はインターネット等を通じて行った勧誘により自己の権利を侵害されたとする者は、SNS事業者、プラットフォーム提供者その他の関係者に対して、通信販売事業者及び勧誘者を特定する情報の開示を請求できるとする立法措置を講じるべきである。


4 連鎖販売取引について

(1)連鎖販売業に対する開業規制の導入

    連鎖販売取引については、全国消費生活ネットワークシステム(PIO-NET)によるマルチ取引に関する消費生活相談件数は、毎年1万件前後と多数の相談が寄せられており、2021年度の相談件数9249件のうち、20歳未満及び20歳代の相談件数は4189件と全体の45%を占め、若者が被害の中心であることが窺える。

 連鎖販売取引は、新規加入者を獲得することにより得られる紹介料等(特定利益)を伴う取引のため、その特定利益の収受を目的に違法不当な勧誘が行われやすく、更に新規加入者により勧誘が行われ、組織が拡大しやすいという特徴を有する。

 そして、近時は、各種の投資取引等を対象とした「モノなしマルチ商法」のトラブルが増加し、また、SNS等を利用した勧誘方法により組織の実態が分かりづらくなるなど、被害回復が困難な場合も増加している。

 連鎖販売取引は、一定期間にわたり取引を継続することが想定されることから、連鎖販売取引業者には、その組織、責任者、連絡先等を明確化し、取扱商品・役務の内容・価額、特定利益の仕組みなど、責任負担体制の明確化が求められるというべきである。

 そこで、連鎖販売業の開業に当たっては登録や事前確認等を要することとし、行政庁が各事業者について、当該事業者が行おうとする連鎖販売取引業の適法性、適正性を事前に審査し、取扱商品・役務の取引が違法であるおそれがあるときや、取引が適正に行われないおそれがあるときなどには登録等を拒否するものとして、適法性、適正性が確保される開業規制の仕組みを導入するべきである。

 そして、連鎖販売取引が新規加入者の勧誘により組織を拡大する性質を有し、近時はインターネットによる勧誘により、容易に全国に拡大する状況であることを考慮し、開業規制の業務を担う行政機関は、国とするべきである。開業審査については、統括者がその連鎖販売業について申請義務を負い、開業審査を経た連鎖販売業についてのみ広告・勧誘や契約の締結ができるものとすることが考えられる。

 上記規制の実効性担保及び被害者救済のため、開業規制に違反して連鎖販売取引を行った事業者については、刑事罰の対象とするとともに当該取引の相手方は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとするべきである。

(2)後出し型連鎖販売取引の適用対象への追加

    近時、物品販売等の契約を締結した後に、新規加入者を獲得することによって利益が得られる旨を告げてマルチ取引に誘い込む事例(いわゆる「後出しマルチ」)のトラブルが増加している。

 このような後出しマルチは、大学生などの若者がターゲットにされる ことが多く、投資に関する情報商材などの利益収受型の物品又は役務の契約が先行することが多い。借入れをしてまで契約の締結に至ったものの、勧誘時の説明のような利益が得られない事態となった場面で、他の者を勧誘して契約を獲得できれば特定利益が得られることを誘引文句として持ち出すことにより、借入金の返済に窮した契約者が自らも勧誘員として新規契約者の勧誘に走る結果として不当勧誘が繰り返されるという構造にある。

 後出しマルチについては、特定利益の告知を勧誘時に行うか、勧誘後に行うかの違いに過ぎず、典型的な連鎖販売取引等とその危険性において変わりはないことから、特定商取引法第33条第1項の連鎖販売取引の定義規定に後出しマルチを加えるべきである。すなわち、特定利益を収受し得る仕組みを設定していながら、そのことを故意に告げないで特定負担を伴う契約を締結させ、その後に特定利益を得るための取引を勧誘することを連鎖販売取引の拡張類型として規定するべきである。

(3)不適合者に対する紹介利益提供の勧誘等の禁止

 連鎖販売取引を社会経験の不十分な①22歳以下の若年者との間で行うこと、②投資取引・投資情報等の利益収受型取引を対象商品・役務として行うこと、及び③借入金・クレジット等の与信を利用して行うように勧誘することについて、いずれも適合性に反する取引として禁止すべきである。

 上記①から③に該当する者や取引の相手方については、勧誘自体が不適正なものであることから、物品販売等の契約を締結する時点で特定利益収受の仕組みの設定や連鎖販売取引に加入させる目的の有無にかかわらず、その者との間において、新規契約者を獲得することにより紹介利益が得られることを内容とする契約の勧誘や締結を禁止するべきである。

 (4)連鎖販売取引における特定利益の計算方法等の説明義務の新設

連鎖販売取引は、新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという特性から、「必ず儲かる」等の不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすく、誤認による契約を招くおそれがある。

そこで、特定負担についての契約を締結しようとする連鎖販売を行う者には、その相手方に対し、①収受し得る特定利益の計算方法、②特定利益の全部又は一部が支払われないことになる場合があるときはその条件、③直近3事業年度において加入者が収受した特定利益(年収)の平均の金額及び中央値の金額、④連鎖販売を行う者その他の者の業務又は財産状況や特定利益の支払の条件が満たされない場合等により、特定負担の額を超える特定利益を得られないおそれがある旨の説明を義務付けるべきである。

さらに、上記説明は、概要書面及び契約書面にも記載しなければならないものとするべきである。

(5)連鎖販売取引における業務・財務等の情報開示義務の新設

上記(4)と同様の理由から、①統括者がその連鎖販売業を開始した年月、②直近3事業年度における契約者数・解除者数・各事業年度末の連鎖販売加入者数、③直近3事業年度における連鎖販売契約についての商品又は権利の種類ごとの契約の件数・数量・金額、又は役務の種類ごとの件数・金額、④直近3事業年度において連鎖販売加入者が収受した特定利益(年収)の平均の金額及び中央値の金額を概要書面及び契約書面に記載しなければならないものとするとともに、統括者には、これらの事項並びにその連鎖販売業に係る直近の事業年度における業務及び財産の状況を連鎖販売加入者に開示することを義務付けるべきである。

以 上

「LGBT理解増進法」の立案・制定過程でなされた議論において誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の改正を求める会長声明

「LGBT理解増進法」の立案・制定過程でなされた議論において誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の改正を求める会長声明

 

1 2023年6月16日,性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(以下,「LGBT理解増進法」といいます。)が成立し,同月23日に施行されました。

2 同法は,立案・制定過程で,立案・制定者だけでなく市民の中からも様々な意見が出されました。しかし,残念ながら,以下で述べるように日本国憲法の基本理念に反する発言や立法事実への無理解に基づく発言が横行した結果,法制定の必要性は不当に軽視され,立法事実に基づいた法の目的やそれを達成するための手段など,法の制定過程で本来されるべき議論が必ずしも深まったとは言えませんでした。

(1)日本国憲法は,個人の尊重を最高価値とし(第13条),人は誰しも,差別を受けることなく人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る権利があることを保障しています(第14条1項)。

(2)しかし,現実の社会には,性自認や性的指向という人格の根幹に関わる属性に基づいて,性的少数者が劣位に扱われたり,市民の大多数が当然に享受する社会的,経済的,文化的な保障を受けられないという差別が存在します。性的少数者への差別は,人間の尊厳に与える影響が深刻であるのに,克服が容易でない差別の典型です。多様性を尊重する社会を目指すという理念に基づき,こうした差別の解消に向けた実効性ある法の制定が求められていました。

(3)ところが,LGBT理解増進法の立案・制定過程では,「性自認は『性自称』を含む。」,「自ら『女性』と称しさえすれば,女性用トイレや入浴施設に入ることができる。」などの誤った論旨の発言が横行しました。これらは,性自認は自らの意思では変更不可能であることへの無理解,苦痛なく利用できるトイレが不足し,日常生活に支障が生じているトランスジェンダーが少なくないことに対する無理解に基づいています。トランスジェンダー女性を,市民社会の安全や安心と「対置」すべき存在であるかのように扱い当事者に一層の不安と疎外感を与えたもので,逆に差別を助長しうる論旨であったとも言えます。

(4)当会は,このような,同法の立案・制定過程に於いて為された議論に誤った理解に基づく差別的な論旨の発言がみられたことに対して異議を唱えます。

3 こうして成立した同法は,以下の問題点を含んでおり,修正が必要です。

(1)最高裁決定,自治体の条例及びG7首脳宣言の和訳などで使われ普及している「性自認」に代わり,「ジェンダーアイデンティティ」という用語が採用されました(第2条第2項)。この用語は国民には馴染みが薄くて理解が容易ではなく,市民の理解促進の障害になりかねません。

(2)そもそも「あってはならない」差別に,「不当な(差別)」との限定が付されました(第3条)。これは許される差別があるとの誤解を招くものです。

(3)学校設置者の努力条項が事業者等の努力条項に統合された上,「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ(行う)」との文言が付されました(第6条第2項,第10条第3項)。性的少数者である子どもへの差別を減少,防止するための措置を講ずることは必須であるのに(国連子どもの権利委員会の2019年総括所見),これでは学校設置者が行う教育や啓発措置が軽視されるおそれがあります。また,家庭や地域住民の協力を得られない場合,これらの措置を行う必要がないかのような誤解を与えかねません。

(4)そして,「全ての国民が安心して生活できることとなるよう,留意するものとする」という条項が追加されました(第12条)。これは,性的指向や性自認の多様性への理解を増進する施策が,市民生活の安心を脅かすかのようであり,性的少数者への差別や偏見を増進しかねません。

4 最近の司法の動きは,性的少数者への差別克服のため社会が向かうべき方向性を示しています。

(1)2021年3月17日,札幌地方裁判所は,同性カップルの保護を含まない民法,戸籍法の婚姻に関する規定について,日本国憲法第14条に違反すると判示しました。2023年5月30日,名古屋地方裁判所も同様に判示しました。

(2)最高裁判所は,同年7月11日,経産省職員のトランスジェンダー女性の省内のトイレ使用に制限を付した人事院の判定を違法と判示しました。

複数の裁判官は,さらに補足意見を付し,重要な指摘をしました。性別適合手術は身体侵襲による生命や健康への危険を伴い,経済的負担も大きく,体質等により受けられない者もいるので,これを受けていない場合でも可能な限り本人の性自認を尊重する対応をすべきである,自認する性別に即して社会生活を送ることは重要な利益であり,特にトランスジェンダーにとっては切実な利益である,性的少数者への誤解や偏見がある現状では両者間の利益衡量・利害調整は感覚的,抽象的ではなく客観的,具体的に行うことが必要である,などです。

(3)これらの判決や補足意見は,性的少数者を取り巻く社会的,経済的,文化的状況の正しい理解や,性自認や性的指向が人の人格の根幹にあることを踏まえ,客観的,具体的に検討することによって,誰もが差別を受けることなく人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることのできる社会が形成できることを示唆しており,今後の指針となるものです。

5 以上により,当会は,LGBT理解増進法の立案・制定過程における議論に誤った理解に基づく差別的な発言がみられたことに異議を唱えるとともに,同法の「ジェンダーアイデンティティ」を「性自認」の語に改正すること,第3条の「不当な(差別)」の文言を削除すること,学校設置者の努力条項(第6条第2項)を事業者等の努力条項とは分離し独立した条項とすること,第6条第2項及び第10条第3項の「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ(行う)」との文言を削除すること,及び第12条を全文削除することを求めます。

 

2023年(令和5年)10月30日

長野県弁護士会 

会長 山 岸 重 幸

再審法改正の早期実現を求める総会決議

再審法改正の早期実現を求める総会決議

 

第1 決議の趣旨

当会は、国に対し、次のとおり、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。) の一部を速やかに改正することを求める。

1 刑訴法第435条第6号を「有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しく は免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき事実の誤認があると疑うに足りる証拠をあらたに発見したとき。」と改正すること

(1)再審の請求を受けた裁判所に、再審の請求をした者またはその弁護人から、検察官に対する請求があったときは、検察官に対し、検察官が保管する全ての証拠の一覧表を作成した上で、その提出を命じることを義務づけること

(2)再審の請求を受けた裁判所に、再審の請求をした者、またはその弁護人から開示請求のあった一定の証拠について、原則として、検察官に証拠開示を命じることを義務付けること

(3)再審の請求をしようとする者、再審の請求をした者またはこれらの者  の弁護人から請求がなされたときは、検察官は、当該刑事事件において裁判所に提出された証拠だけでなく、裁判所に未提出の証拠についても適正に保管及び保存すべき法制度を創設すること

3 再審開始決定に対し、検察官が不服申立てを行うこと(即時抗告、特別抗告)を禁止すること

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第2 決議の理由

1 再審法改正が必要であること

「再審」とは、間違った有罪判決によるえん罪の被害者を救済するために、一定の要件の下に裁判のやり直しを認める極めて重要な法制度である。刑事事件における再審の手続の定めとしては、刑事訴訟法「第四編 再審」にわずか19か条の規定が置かれているにとどまる(以下、「再審法」という。)。再審法については、日本国憲法の制定にも拘わらず、不利益再審の禁止を除いては、旧憲法下における旧刑事訴訟法の規定をそのまま引き継いでおり、刑事手続における基本的人権の尊重を重視する日本国憲法の下における「えん罪被害者の救済のための制度」(刑訴法435条参照)という理念に沿った役割を果たせていない現状にある。

日本国憲法の施行(昭和21(1946)年)から75年以上、また、現行の刑事訴訟法の施行(昭和24(1949)年)から70年以上もの時間が経過しているにも拘わらず、まったく改正されないままの現在の再審法は、我が国におけるえん罪被害者の救済の著しい妨げとなっているのである。

このように、再審法については改正すべき点が多々あり、すでに日本弁護士連合会においては「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(令和5(2023)年2月。以下「日弁連意見書」という。)を公表し、改正案を具体的に示しているところであるが、当会は、改正が必要と思われる諸点のうち、「第1決議の趣旨」に掲げた事項については、その重要性に鑑みて、特に早急な法改正を国に対し求めるものである。

2 いわゆる白鳥・財田川決定に即した再審開始要件を明らかにする改正

(1)再審請求の多くが、刑事訴訟法第435条第6号(有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。)を理由とするものであるが、その要件である「新証拠の明白性」については、上記以上の具体的な条文が存在しないことから解釈に委ねられてきた。

この点に関する、最高裁判所のいわゆる白鳥決定(最決昭和50年5月20日刑集29巻5号177頁)及び財田川決定(最決昭和51年10月12日刑集30巻9号1673頁)は、新証拠それのみで判断するのではなく、新証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用される旨判示している。

このように、白鳥・財田川決定は、えん罪被害者の救済という再審制度の理念を具体化する重要な意義を有する判例であるが、その後も無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」をあらたに発見したことを再審の理由として定めている435条6号の文言を厳格に解釈して、実質的には無罪を推測するに足る「高度の蓋然性」が求められるかのような判断がなされるなど、実際上は、「明らかな証拠」という文言が白鳥・財田川決定の存在にも拘わらず「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則を貫徹する障害になってきた。

過度に再審開始決定の要件を厳格に解釈・運用することは、白鳥・財田川決定はもとより「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則及びその背景にある日本国憲法の基本的人権の尊重の原理をないがしろにするものであり、実際上も「再審によって救済されるべき者が救済されない」という結果を招くことになる。

そこで、当会は、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化を図るという観点から、「明らかな証拠」という現在の文言を、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に対しより忠実に「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」と改めることを求めるものである。

3 証拠開示制度に関する改正

(1)近年、再審無罪判決が確定した布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件及び松橋事件ないし再審開始決定が確定した袴田事件では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させることとなった。

このように、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった証拠(裁判所不提出記録・証拠品)を再審請求人に利用させること(再審における証拠開示)が極めて重要であることは明らかである。

(2)しかし、現在の再審法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、各裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われているのが実情である。

このように、法律に明文規定がないことから、証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが係属裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な態度を取る裁判所もあるなど、裁判所によって大きな格差が生じている。

いわゆる「再審格差」「裁判所格差」の存在である。

しかしながら、たまたま証拠開示に積極的な裁判所に事件が係属した場合とそうでない場合とで、極めて重要な証拠開示の在り方が異なるということは法制度として合理的なものとはいえず、日本国憲法が保障する公平な裁判所の刑事裁判を受ける権利(32条、37条)の観点からも重大な問題をはらむとともに、再審の理念の実現の障害になるものであり、全ての裁判所において統一的な運用が図られるようにするためには、その法制化が必要である。

この点については、平成28(2016)年の刑訴法改正の際にも、再審における証拠開示の問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則第9条第3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする。」と規定されている。それにも拘わらず、再審における証拠開示法制整備については目処が全く立っていない状況にある。

(3)まず、証拠開示の対象となる証拠の存否に関して、裁判所及び再審の請求をした者、弁護人が検察官と共通の認識を持つことができるよう、裁判所は、再審請求人又は弁護人から請求があったときは、検察官に対し、検察官が保管する証拠の一覧表を作成した上で、これを提出するよう命じることを裁判所に義務づけることを法制化すべきである。どのような証拠が存在するのかがわからなければ、再審の請求をした者や弁護人としては、的確に証拠開示の請求をすることも困難となるため、証拠一覧表提出命令の義務づけは証拠開示の出発点として重要である。

(4)証拠開示命令の対象となる証拠は、本来、再審の請求をした者やその弁護人の請求による証拠はすべて開示されるべきであるが、検察官サイドから濫用等の懸念が指摘されることが想定されることにも鑑みて、一定の範囲に限定しながらもその一定の範囲を法律で明確に規定することで、証拠開示の実効性を図るべきである。

その際には、少なくとも日弁連意見書の改正案445条10で規定される範囲の証拠については証拠開示命令の対象とすることが必要であり、これ以上に開示命令の対象を限定することは証拠開示の実効性を損なうものであり許されない。

(5)証拠開示制度ないしは再審請求等手続における鑑定や検証といった事 実の取調べの実効性を確保するためには、その前提として、当該刑事事件に関する証拠が適正に保存されていなくてはならない。

現行法では、刑事確定訴訟記録法に確定記録の保管及び保存に関する 規定があるにとどまり、裁判所不提出記録や証拠品に関しては、その保管及び保存に関する法令上の根拠はなく、法務大臣訓令(記録事務規程及び証拠品事務規程)に基づいて行われているにとどまっており検察官に幅広い裁量の余地を残すものとなっている。

さらに、現在の実務では、全ての証拠が警察から検察官に送致されておらず、そもそも、いかなる証拠が、どこで、どのように保管されているのかも統一的に把握されていない状況にある。

したがって、記録及び証拠品の保管及び保存については、法令によって明確な規定を設けることが必要である。


4 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する改正

(1)再審開始決定に対しては、検察官による不服申立てが多く行われており、特に近年では再審開始を認める即時抗告審の決定に対してすらも、検察官が最高裁判所に特別抗告を行う事例が見られ、その結果、えん罪被害者の早期救済が妨げられる事案が発生している。このような事態は、日本国憲法37条が保障する迅速な刑事裁判を受ける権利の観点からも重大な問題がある。

(2)そもそも、前記のとおり、現行の再審制度の基本理念は、日本国憲法の制定に従って、専らえん罪被害者の救済のためにのみ存在する制度として再審を位置づけるものである。

そして、再審請求手続においては、検察官は、あくまで公益の代表者(検察庁法4条)として、えん罪の救済という再審法の目的、理念に資する限りで、裁判所が行う審理に協力すべき立場にとどまるに過ぎない。検察官は、刑事訴訟における単なる一方当事者ではなく、無辜の処罰の防止や裁判手続の法令違反による被告人の不利益を是正することをも含めた客観義務を負っており、このことは、刑訴法の「再審」制度に続けて「非常上告」の制度が規定されていることからもうかがわれるところである。

再審請求手続における検察官の関与・権限は、えん罪の救済という目的、理念を実現するために、裁判所が適正な手続進行を図るにあたって必要と認める限度においてのみ認められるべきものに過ぎず、検察官が通常審におけるのと同様に積極的な有罪の主張立証活動を行うことは上記の再審法の目的、理念を損なうものであって許されない。しかし、現実の再審事件の審理を見ると、あたかも検察官が再審請求人に対峙し有罪判決の維持を追求するかの如く振る舞っている実情があり、この弊害は、特に検察官が当然のように再審開始決定に対して不服申立てを行っているという点に顕著である。

再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することとしても、再審公判において検察官が確定有罪判決の正当性を主張することは当然 可能なのであるから、実体的真実発見の要請をないがしろにするものでもない。ドイツにおいても、裁判所の再審開始決定に対する検察官の即時抗告は禁止されている。

(3)袴田事件においては、平成26(2014)年の静岡地方裁判所における再審開始決定に対する検察官の即時抗告と東京高等裁判所における平成28(2018)年の再審開始決定取消決定、令和2(2020)年の最高裁判所における同決定の取消決定、さらに令和5(2023)年の東京高等裁判所による検察官の即時抗告棄却決定の確定に至るまで10年近い歳月が費やされたこと、のみならず令和5(2023)年の東京高等裁判所の決定に対し、検察官はなおぎりぎりまで最高裁判所への特別抗告をも検討していたとされることに鑑みれば、検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認めることの弊害は明らかである。

再審請求手続における検察官の役割や、えん罪被害者の速やかな救済 という再審制度の理念に照らせば、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認めるべきではなく、禁止すべきである。

                                以 上

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げ及び全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明

地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げ及び全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明

 

 

が国においては、令和4年における非正規労働者の割合が、労働者全体の36.9%という高い水準を占め、この数値は、前年の令和3年に比べてさらに0.2ポイントも上昇している。また、世帯所得の全世帯の中央値が440万円であるのに対し、年収200万円未満で働く労働者も依然として1700万人を超える状況にある(「令和3年国民生活基礎調査」(厚生労働省)「令和4年度労働力調査結果」(総務省統計局))。

このように、収入格差が社会問題化している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。

しかしながら、令和4年の最低賃金の全国平均は961円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る908円となった。仮に、全国平均の時給961円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収199万8880円にしかならない。 

これに対し、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費について、労働者が普通の生活を送るために最低必要と考えられる費用(最低生計費)を試算したところ、その金額は月額22~24万円となるとする調査結果もある。月額22~24万円という水準は、月に173.8時間働くと仮定した場合、時間給に換算すると1300円~1400円に相当し、令和4年の最低賃金の全国平均である961円を大幅に上回る。

また、地域間格差は依然として解消されておらず、最も高い東京の時給1072円に対し、沖縄県等最も低い地域の時給は853円であり、219円もの開きがある。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなった。そのため、最低賃金の地域間格差も見直し、高水準での全国一律最低賃金制度を実現する必要性も高い。

一方で、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、円滑な企業運営ができるよう配慮することも必要である。特に、中小企業にとって大きな負担となっている社会保険料の事業者負担を減免することや元請け企業と中小下請け企業間において、これまで以上に公正な取引が確保されるようにするなど、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。

令和5年5月8日以降、新型コロナウィルスの感染症法上の位置づけが5類感染症に移行したが、労働者、住民は、依然として、日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、休職を余儀なくされたり、職を失ったりした者も多く、極めて深刻な事態に陥っており、早期に最低賃金の引き上げがなされるべきである。

以上より、当会は、国に対し、全国一律最低賃金制度の実現と中小企業への十分な支援策を講じるよう求めるとともに、地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。

 

                    2023年(令和5年)6月15日

                      長野県弁護士会

                      会長  山 岸 重 幸

76回目の憲法記念日に寄せる会長談話

76回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 

1 はじめに

 本日,第76回目の憲法記念日を迎えることになりました。

 第二次世界大戦の惨禍を教訓として誕生した日本国憲法は,人間社会のあらゆる価値の根源が個人にあることから,他の何にもまさって個人を尊重しようとする個人の尊厳を最高価値とし(13条),基本的人権の尊重(第3章等),国民主権(前文,1条,41条等),平和主義(前文,9条)を基本原理として定めています。さらに,これらの重要な価値を国民が十分に享有できるよう,国家機関がその権力を濫用しないためにその権限を制限する立憲主義の原則を完徹しています(98条,99条等)。

 しかしながら,後述のとおり,ロシアによるウクライナ侵攻を含む昨今の国際情勢に伴い,中国や北朝鮮の動向といった抽象的な時流を口実にした政策決定等が行われ,その中で恣意的な憲法解釈がなされるなどしており,日本国憲法が持つこれらの普遍的な価値が揺らいできているという強い危機感を抱いています。

 そこで,上記の問題意識の下,喫緊の課題である ①防衛政策の大転換と平和主義,②緊急事態への対処と憲法改正,そして,③LGBT法の制定と個人の尊厳・平等権の3つの問題について,当会会長として今日この日に思うところを述べることにしたいと思います。

 

2 防衛政策の大転換と平和主義

 日本国憲法は,前文で国際協調主義と平和的生存権を謳い,9条では国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使を否定し,戦力の保持を一切認めないという徹底した恒久平和主義を貫いています。

 従前の政府解釈においては,個別的自衛権およびこれに基づく必要最小限度の自衛権を行使する実力組織としての自衛隊を肯定してきましたが,海外での活動や武器使用に対しては極めて慎重かつ限定的な対応を採り,あくまでも専守防衛に徹するという態度を堅守してきました。それは,憲法9条が,人権侵害の最たるものであり違法である戦争を,日本だけでなく全世界から排除するという崇高な理念と,仮に個別的自衛権の行使が許されるとしても,そこには厳格な枠組みを設けるべきといった規範性を有するものと解されてきたからだと思います。

 ところが,近時,政府与党は実質的にその解釈に変更を加え,安保法制により集団的自衛権を認め,昨年12月には,閣議決定により,安保三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定を行ないました。同改定は,具体的には,武力攻撃が発生した場合に対処するため相手国の領域(特にそのミサイル基地等)において有効に反撃できる反撃能力(敵基地攻撃能力)を認めるものであって,さらには,このような防衛力の拡充を図るため大幅な防衛費の増額(5年間でGDP比2パーセント,総額で43兆円程度にする。)を企図する内容となっています。まさに,日本の防衛政策の大転換が図られようとしています。

 しかしながら,武力攻撃が発生したか否かの判断はミサイル発射に着手したかどうかを基準にすると言われていますが,発射の着手を把握することは困難であり,その判断を誤れば日本が違法な先制攻撃をしたこととなってしまいます。また,反撃能力が集団的自衛権の行使に用いられた場合,同盟国(米国)に対する武力攻撃があった時に,日本に対する攻撃がないにも係わらず相手国に対してミサイル攻撃等を行うことになり,武力の応酬に巻き込まれることになってしまいます。正に集団的自衛権の危険性が顕在化することになってしまうのです。何よりも,こうした防衛政策の大転換は,専守防衛に徹し,個別的自衛権に対しても厳格な制限を設けていると解されている9条の規範から逸脱するものと言わざるを得ないでしょう。

 更に,このような安保三文書改訂に関しては,防衛能力の具体的要件や攻撃対象といったものについて,国民に対して十分な説明がなされておらず,国会でも十分な議論がなされたとは言えません。また,軍事費増額の問題に関しても,その必要性や財源について国民の理解は決して深まっていないと思われます。防衛政策は国民の生命や財産,生活に直結するものであり,その内容がつまびらかに開示され,国民の議論に委ねられなければならないものであると思います。国民に情報提供がなされないまま事が進められていくとするならば,それは国民主権の根幹を脅かすものと言わざるを得ません。

 世界の現状に目を転ずれば,核の威嚇や抑止力によりかろうじて平和を維持しようとする状況にありますが,これがいかに脆いものであるか,また危険なものであるか,唯一の被爆国であり核兵器による甚大な被害や悲惨さを語り継いできた日本国民は,身をもって感じています。日本国憲法が掲げる徹底した平和主義の理念は,人類が目指すべき崇高な理想であると考えます。防衛政策において,日本が果たすべき役割は,主体的に近隣諸国や大国間の緊張関係をできる限り解きほぐし,平和的共存関係をめざす外交努力を尽くし,アジアやアフリカの諸国民と連携しつつ,一切の戦争を起こさせないことにあると思っています。

 

3 緊急事態への対処と憲法改正

 現在,衆議院憲法審査会では,緊急時の衆議院議員の任期延長を認める憲法改正の議論がなされており,与党だけでなく一部野党もこれに賛成しています。この問題は,それだけにとどまらず,内閣総理大臣若しくは内閣が緊急事態と判断した場合に,法律ではなく政令で基本的人権の制限を行うことができるようにする緊急事態条項を憲法の中に入れ込む改正へと連鎖していくものと予測されます。

 しかしながら,日本国憲法が採用する間接民主制において国民が自らの政治意思を国政に反映させるためには選挙制度が重要な意味を持っていることは言うまでもないところ,仮に緊急時であるとしても,衆議院議員の任期を延長することは国民の選挙権・参政権を制限するものであるため拙速な判断と言うべきです。憲法上は参議院の緊急集会の制度も規定されていることから,これを実効的に活用することがまずは求められているものと考えます。

 また,緊急事態条項に至っては,ドイツにおけるナチスの台頭や我が国における軍部の暴走より戦争に突き進んだことなど歴史的に見ても問題があるだけでなく,内閣や内閣総理大臣が,本来立法や財政に関する国会の権限を棚上げして自らその権限を行使し,非常事態宣言により国民に過度な人権の制限を強要するものであって,権力分立の観点からも人権保障の観点からも認めることはできないものと思われます。何よりも,権力を縛るはずの憲法が内閣に堂々と専権を与えることは許されざることと言うべきです。

 

4 LGBT法と個人の尊厳・平等権

 現在議論されている「LGBT法(案)」とは,レズビアン・ゲイ・バイセクシャルといった性的指向およびトランスジェンダーといった性自認に係わる問題について理解を深め,差別を無くしていこうとする法案のことを言います。

 日本国憲法が最高の価値として掲げる個人の尊厳は,国民一人一人の生命や人格を相等しいものとして尊重することを意味しています。個人の命や人格に格差を設けることは,平等権(14条)に反するものとして決して許されるものではありません。

 人の性自認,性的指向というものは千差万別であり,これらは,それぞれの人の「嗜好」として自由に選択できるものではないことに注意しなければなりません。例えば,異性愛者の人は,国から「明日から同性愛者になって下さい」と命令されても,なれないと思います。それは,その人の人格に直結するものであり,トランスジェンダーや同性愛者に対して差別的な取扱をすることは,その人の人格を侵害することにほかなりません。

 LGBT法に関しては,ようやく制定に向けての議論が始まっていますが,今だに,差別の認識はそれぞれ違うとか,訴訟が増えるなど意図しない影響を社会に与える可能性がある,といった反論がなされています。また,法整備が進めば,「男性であっても『私の心は女性』だと言いさえすれば,女性の入浴施設に入れるようになる」といった事実無根の言説が流布されています。しかし,このような言説は,性別によって分けられている共同施設の利用の可否や方法が利用者本人の申告のみによって決定される性質のものでないことをあえて度外視した不合理なものです。そして,差別を受ける者の苦痛(その人が持つ権利が侵害されていることに伴う苦痛)を謂れなく増大させ,性自認が,「その人が自身の性別の感覚として深く感じていて,実感してきた性別」であることや,それは人格の奥底にあるものであって当事者ではどうすることもできないということを十分認識していないものと言わざるを得ません。

 人が人を差別することを無くすために,差別される人たちの痛みを知り,自分も他人も共に尊重し合う,そういった多様性を認める社会を構築していかなければなりません。そして,性的マイノリティの人々に対して,これまで長い間,無知,無理解,誤解を持ち続け,蔑視し疎外し嘲笑してきてしまったこと,今から26年前の東京高裁平成9年9月16日判決が,「一般国民はともかくとして,都教育委員会を含む行政当局としては,その義務を行うについて,少数者である同性愛者をも視野に入れた,肌理(きめ)の細かな配慮が必要であり,同性愛者の権利,利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって,無関心や知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。このことは現在では勿論,平成2年当時においても同様である。」と述べていたのに,現在なお,上述したような差別的言説がやまず,時として勢いを増してしまうことがあること等も踏まえると,差別解消のためには,LGBT法の制定は急務であると考えます。

  

5 さいごに

 繰り返しになりますが,日本国憲法は,個人の尊厳を根本価値としつつ,自由主義(平等主義や福祉主義を含む),民主主義,平和主義といった基本原理を定め,国民の生命や人格,権利といったものを徹底的に保障しています。また,国民の人権が十分に守られるために,国家権力の濫用が為されないよう,その行使については厳格に制限するといった立憲主義の立場を明確に打ち出しています。こうした日本国憲法が定める規範というものは重い意義を有していると確信しています。

 しかしながら,最初に述べた通り,憲法の文言や条文を改めないままに,その解釈の実質的な変更が加えられる解釈改憲が平然と行われている実情に鑑みると,日本国憲法の持つ根本理念や基本原理自体までもが揺らいでいると考えられ,そのことに対して強い危機感を抱かざるを得ません。立憲主義についても,そうした動きの中で,軽視されてきていると率直に感じています。

 ところが,ロシアによるウクライナ侵攻以来,報道機関の世論調査等によれば,さらなる防衛力増強やいわゆる反撃能力について,過半数の支持が得られるようになっています。国際情勢の変化に応じて憲法9条が改正されるべきといった議論も数多くなされるに至っています。

 このような情勢下において,憲法を守ることは本当に机上の空論でしょうか。戦後日本国憲法の下,憲法9条という大きな反省に基づいたいわば「重石」によって,曲がりなりにも日本は70年以上世界中に1国たりとも敵国を作ることなく平和を維持してきたことは紛れもない事実です。そして,日本国憲法がもたらす平和の下,奇跡的な経済発展を成し遂げてきました。しかしながら,この国が再度戦火に覆われたなら,再び平穏な日常を取り戻すことができるのでしょうか。憲法9条がもたらしてきた70年以上にわたる恩恵を本当に手放していいのでしょうか。この平和を維持するためには,軍事力による以外に方法はないのでしょうか。私たちは,むしろ,憲法の精神を世界各国に広めていくことこそ真の意味で戦争という惨事を防ぐ最大の手段であると考えています。

 

 私たちは,基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする弁護士として,憲法が定める根本理念や基本原理,立憲主義といったものの重要性を噛みしめ,憲法規範に対する変更への動向には常に注意を払い,日本国憲法が硬性憲法であることの意味を重視し,安易な解釈改憲や憲法改正がなされないよう全力を尽くす所存です。

 

2023年(令和5年)5月3日

             長野県弁護士会

                      会 長   山  岸  重  幸

司法修習生のいわゆる谷間世代への一律給付実現を求める会長声明

司法修習生のいわゆる谷間世代への一律給付実現を求める会長声明

 

司法制度は、社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラです。司法修習は、法曹が、公共的に重要な役割を担うことから、国が、司法試験合格者に対して、統一した専門的な実務研修を命ずるものであり、司法修習生は、裁判官、検察官、又は弁護士としての実務に必要な能力を習得し、高い識見・倫理観や円満な常識を養うため、修習に専念すべき義務を負っています。このように、司法修習は、三権の一翼を担う司法における人材養成の根幹をなす制度であり、かかる制度を公費をもって行うことは国の責務であって、当会は、2011年に廃止された司法修習生への給費制を復活させるべく活動をしてきました。

その後、2017年4月19日に司法修習生に対して修習給付金を支給する裁判所法が改正されることとなり、第71期以降の司法修習生が改めて公費をもって養成されることとなったことを一つの前進として歓迎する一方、残された問題にも取り組んできました。

残された問題の一つが、2011年から2016年の間に司法修習生となった人らに対して、一切給付がなく、また事後的な是正措置も採られていないことです。すなわち、この期間に司法修習生となった人のみ無給での司法修習を強いられたこととなり、著しい不公平が残ることとなっています(いわゆる谷間世代問題)。

谷間世代は全法曹人口の約4分の1を占めており、また弁護士会での公益的活動において重要な役割を担うべき世代となっています。

しかし、無給であった司法修習中に大きな経済的負担を負い、これに加えて大学・法科大学院での奨学金債務を抱える者は少なくありません。日本弁護士連合会が2019年に実施した谷間世代に対するアンケートでは、多くの谷間世代の弁護士が、経済的困難が解消されれば、活動範囲を広げ、社会のためにさらに役に立ちたいと考えていることが明らかとなっています。谷間世代が抱える経済的負担や不公平感を解消することは、充実した公益活動にもつながり、市民の権利実現に資するものとなります。

この谷間世代の問題について、名古屋高等裁判所は、2019年5月30日、給費制廃止違憲訴訟判決において、従前の司法修習制度の下で給費制が果たした役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性については、決して軽視されてはならないものであって、いわゆる谷間世代の多くが、貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い、貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり、他の世代の司法修習生に比し、不公平感を抱くのは当然のことである、例えば谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは、立法政策として十分に考慮に値するのではないか、と述べています。

2018年から司法修習中の貸与金の返還が開始され、経済的負担が顕在化しており、谷間世代への事後的救済措置の整備は切迫した問題となっています。事後的救済措置として谷間世代へ一律給付の実現を求める活動は、多くの国会議員の応援のメッセージを受け、2023年3月には全国会議員の過半数を超えるに至りました。

このような状況に鑑み、当会は改めて、内閣及び国会に対し、司法修習生のいわゆる谷間世代へ一律給付を実現する立法措置を求めます。

 

2023年(令和5年)4月14日

長野県弁護士会       

                                                                                                                                                            会長 山  岸  重  幸 

袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関する会長声明

袴田事件第二次再審請求差戻後即時抗告審決定に関する会長声明 

 

 

1 東京高等裁判所(大善文男裁判長)は、2023(令和5)年3月13日、いわゆる袴田事件の第二次再審請求の差戻後の即時抗告審において、再審開始を認め、袴田巌さん(以下、「袴田さん」という。)に対する死刑の執行及び拘置を停止し、その身柄を釈放した原決定(静岡地裁2014(平成26)年3月27日決定。以下、「原決定という」。)に対する検察官の即時抗告を棄却し、再審開始を支持する決定をした(以下、「本決定」という。)。

2 袴田事件は、1966(昭和41)年6月30日に静岡県清水市(当時)で発生した味噌製造会社役員の家族4人が殺害された強盗殺人等事件の被疑者として、袴田さんが逮捕、起訴された事件である。袴田さんは、捜査機関による苛烈な取調べ(連日連夜12時間以上の取調がなされ、時に16時間を超える時もあった。また、取調室内に便器を持ち込んで用便させることまで行われた)により、意に反する自白調書を多数作成された。その後公判において犯行を否認し、切に無実を訴えたにも拘わらず、死刑を宣告され、長きにわたる死刑執行の恐怖のもと、実に48年の長きにわたり身柄を拘束され続けた。

袴田さんは、上記1の原決定を受け、ようやく自由の身となったものの、これを不服とした検察官の即時抗告審である東京高等裁判所2018(平成30)年6月11日の再審開始取消決定により、再び再審の門は閉ざされた。

  しかし、これに対する最高裁判所の2020(令和2)年12月22日決定により、上記再審開始取消決定は取り消され、再び、東京高等裁判所において再審開始についての審理がなされ本決定に至ったものである。

3 袴田事件は、以前より冤罪の疑いが強い事件として、日本弁護士連合会における再審請求支援事件とされていたものであり、本決定が正当にも指摘するとおり、確定有罪判決の根拠となった証拠は極めて薄弱なものであった。

  本決定は、上記1の最高裁判決が審理のやり直しをするよう求めていた「袴田さんが犯行時に着用していたとされる5点の衣類」の証拠としての信用性について、検察官の提出した証拠と弁護人の提出した証拠を詳細に吟味し、その信用性を否定した。そして、この証拠が確定有罪判決の主要な根拠となっていたことから、その他の有罪の根拠とされた証拠についても詳細に証拠としての価値を吟味した上で、袴田さんを犯人であると判断した確定有罪判決の認定に合理的な疑いが生じることは明らかであるとした。また、本決定は、上記「5点の衣類」について、袴田さん以外の第三者が、事件から相当期間が経過した後に、発見されたタンク内に隠匿した可能性が否定できず、その第三者としては「事実上捜査機関の者による可能性が極めて高い」とも指摘している。 

4 

(1)袴田さんは、上記のような信用性に重大な疑問のある証拠によって、半世紀近くにわたり、被疑者・被告人・死刑囚の立場に置かれたものであって、本決定により、冤罪の疑いがさらに強まった。それにとどまらず、袴田さんが真犯人でないとした場合、警察・検察は、真犯人を検挙することを怠り、4人の被害者の尊い命を奪った者の刑事責任追及の機会を逸したのみならず、証拠のねつ造により無辜を死刑判決に陥れようとした可能性が高いということになる。

(2)そもそも再審は、その要件自体が非常に厳しく制限されており、検察官が、裁判所の再審開始決定に対しさらに即時抗告等の不服申立を行うことが許容されること自体、法制度として重大な疑問がある(この点につき、日本弁護士連合会「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」2023(令和5)年2月17日)。

袴田事件においても、2014(平成26)年の原決定からだけでもすでに9年以上が経過しており、その間袴田さんは、上記2の経過のとおり検察官の不服申立てによって、再審を迅速に受け救済される機会(憲法32条)を実質的に妨げられてきたのである。

(3)袴田事件では、再審請求段階になって、弁護人からの要請や裁判所からの訴訟指揮に応じ、多数の検察官手持ち証拠が開示され、その中には、検察官に不利な証拠も含まれていた(本件5点の衣類のカラー写真や取調状況を録音した録音テープ等)。

(4)以上に照らし、当会は、再審制度について、再審請求における証拠の全面的開示制度、再審開始決定に対する検察官による不服申立の禁止をはじめとした、えん罪被害者を速やかに救済する再審法改正の実現を国に対し求めるとともに、その実現を目指し、尽力する所存である。

5  また、当会は、袴田さんが薄弱な根拠によって死刑を宣告され、死刑判決確定(1980(昭和55)年)から実に40年以上にわたって死の恐怖にさらされていることについても、極めて重く受け止めている。誤判に基づいて死刑が執行された場合、いかに死後再審で無罪判決が宣告されても決して取り返しはつかないのであり、袴田事件はこのような死刑制度の有する危険性を如実に示すものである。

人が人を裁く以上、誤判の危険性は払拭できない。

当会は、本決定を踏まえ、死刑制度の存廃に関しても、引き続き真摯に議論を行う所存である。

 

                                                                                          2023(令和5)年4月12日                                                                                                                                           長野県弁護士会

                                                                                                                 会長 山 岸 重 幸

オンライン接見の実現を求める会長声明

オンライン接見の実現を求める会長声明

 

第1 声明の趣旨

  当会は、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見の実現を強く求める。

 

第2 声明の理由

1 現在、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会において、刑事手続における情報通信技術の活用に向けた法整備の在り方についての議論がなされている。部会では、被疑者・被告人(以下「被疑者等」)と弁護人等との接見を映像・音声の送受信により行うこと(以下「オンライン接見」という。)についても検討がなされているが、現在までの議論状況をみると、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見に関しては、被留置者による逃亡・罪証隠滅の防止、面会者の本人確認等に対応するためには相応の人的・物的体制整備が必要であるとの予算の問題などが指摘され、消極意見が強い状況にある。

2 しかしながら、予算を必要とするのは刑事手続のIT化全般に言えることであり、国が刑事手続のIT化を推進する以上、必要な予算措置は講じるべきである。また、逃亡・罪証隠滅の防止及び本人確認等の対応については、運用の工夫により十分に対処することが可能である。

3 そもそも、身体拘束を受けている被疑者等の弁護人依頼権は憲法34条によって認められた権利であり、憲法38条1項の不利益供述強要の禁止を実効的に保障するための弁護人の被疑者等に対する接見交通権が最大限尊重されなければならないことは憲法上の要請といえる。

4 もちろん、弁護人は、被疑者等の勾留場所に赴いて接見を行うことが原則であるが、逮捕直後に接見を行う必要性がある場合、勾留場所が遠隔地である場合、緊急に短時間の打ち合わせを行う必要性がある場合には、オンライン接見を行う必要性が高い。近時、長野県内では、長野拘置支所が廃止されたことに伴い被疑者等が長野刑務所に収容される機会が増えていること、新型コロナウイルス感染症の拡大予防の観点から陽性者を収容する留置施設が限定されたこと、女性被疑者の留置施設が限られていること及び裁判員裁判が本庁と松本支部でしか行われないことに伴い、弁護人の事務所所在地から離れた拘置所に被疑者等が移送されることが多いことからしても、接見交通権の実質的な保障を確保するためには、オンライン接見を実現することが必要不可欠である。

なお、オンライン接見は、実質的な弁護活動として行うものであることから、当然、単なる外部交通の方法として映像・音声の送受信により行うものではなく、秘密が確保された接見であることが必要であることは言うまでもない。

5 IT技術の革新によって捜査・公判におけるIT化が積極的に検討される中で、捜査機関、裁判所の便宜のための仕組みが整備される一方で弁護人と被疑者等とのオンライン接見が実現されないとしたら極めて憂慮すべき事態である。オンライン接見は、弁護人の接見の一態様として、憲法上最大限の尊重が要請される接見交通権を更に充実させる制度であることから、刑事手続のIT化が法整備されようとしているこの機を逸さずに必ず実現されなければならない。

6 以上より、当会は、刑事訴訟法第39条1項の「立会人なくして接見」する権利としてのオンライン接見の実現を強く求める。

 

2023年(令和5年)4月12日

 

                                                                                                 長野県弁護士会

会長 山 岸 重 幸

入管法改正法案に反対する会長声明

入管法改正法案に反対する会長声明

 

2023年(令和5年)4月11日

長野県弁護士会

会長  山 岸 重 幸

 

日本国政府は,2023年(令和5年)3月7日,第211回国会に出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案(以下「新改正法案」という。)を提出した。

新改正法案は,2021年(令和3年)2月19日に第204回国会に提出された出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案(以下「旧改正法案」という。)が,各方面からの強い批判に晒された結果取り下げられた経緯があるにもかかわらず,その内容をほぼそのまま維持したものであり,国籍を問わず認められるべき人権保障の見地から見て極めて問題の多い内容となっている。

まず,新改正法案は,旧改正法案にあった現行法の難民認定申請による送還停止効(第61条の2の6第3項)を制限して原則2回までとし,3回目以降の難民申請者は送還することができるという改正を維持している。日本国では,2021年(令和3年)に難民と認定されたのが僅か74名であり,難民認定者数自体は過去最多であったものの,不認定とされた者は一次審査と審査請求を行った者の合計で1万人を越えており,難民認定率が他国と比較して圧倒的に低いままである。難民認定率が低いことに対しては,もともと難民の要件に該当しない者が申請しているに過ぎないという反論があるが,日本国で難民認定申請を行う者は他国での申請者と比較して難民の要件に該当しない者の割合が多いことを示す根拠はなく,日本国における難民認定率が際立って低いのは不合理であると認められる。国連人権規約委員会が2022年(令和4年)11月9日に公表した市民的及び政治的権利に関する国際規約の実施状況に関する第7回日本政府報告書に対する総括所見(以下「総括所見」という。)において強い懸念を示した上で,国際基準に則った包括的な難民保護法制を早急に採用することを勧告するなど,国際社会からも強い批判を受け続けている。このように,難民認定率が他国と比較して圧倒的に低いという状況を変えないまま送還停止効を制限する改正を行えば,難民を生命や自由が脅威に晒されるおそれがある国へ強制的に追放したり,帰還させてはならないという「ノン・ルフールマン原則」に反する送還が多発する事態が想定されることから,当会はこれに強く反対する。

新改正法案は,難民認定の基準を緩和させる方向を示さない一方で,補完的保護」制度も設けている。補完的保護制度は,条約上の「難民」には該当しないものの,命の危険や拷問,品位を傷つける取扱いなどの迫害を受けるなど,他国での保護を必要とする人を保護するための制度で,難民条約による保護を「補完」する枠組みとして,各国において長年にわたり制度化・運用されてきた歴史がある。しかし,例えば,旧改正法案の際の政府解釈によれば,「補完的保護対象者」となるための「迫害を受けるおそれ」とは,迫害を受ける人が迫害主体から個別的に把握されていることを要するとされる極めて限定的なものであり,難民認定率の高い他国の制度と比較しても狭い定義であって,国際社会の基準を踏まえたものではない。ウクライナ戦争から避難してきた人々を補完的保護制度により保護すべきという主張があるところ,この基準では,これらの人々が補完的保護対象者となる保証は全くない。そもそも難民条約は紛争から逃れた人にも適用されるとするのが国際的理解であり,「紛争から逃れた人は,補完的保護でなければ保護されない」というのは,本来の難民保護のあり方を踏まえない誤った制度構築である。まずもって,難民として保護されなければならない者をきちんと迅速に難民と認定する制度が確立されなければならない。しかるに,日本国の現状は,難民申請した者についての認定率が不合理に低いことは前述のとおりであるが,それに加え,報道等によれば,難民申請の道すら不当に閉ざそうとする入管行政がなされている可能性もある。すなわち,2022年(令和4年)には133人のアフガニスタンからの避難民が難民と認定されたが,そのうち98人は在アフガニスタン日本大使館の元現地職員とその家族ら合計170人のうちの一部であるとか,認定されなかった避難民は,外務省担当者から一人ずつ呼び出されて「日本での暮らしは地獄になるぞ」「日本語ができないと仕事はない」「アフガニスタンに帰った方がいい」等と言われたり,外務省から雇用契約を打ち切ると言われたりして,難民申請を諦めた人々であるとされる。こうした現状を踏まえるならば,難民認定制度でまず変えていくべきなのは,難民申請の道を開き,かつ難民認定率を世界水準にすることであり,これを変えることなく限定的な補完的保護制度を設けることは相当ではない。

新改正法案には,入管収容にあたっての司法審査の新設や収容期間の上限の導入に関する規定は含まれない一方,3か月毎に収容継続の必要性を判断し「監理措置」に移行できるか検討する仕組みが設けられている。しかし,「監理措置」を行うのは裁判所などの機関ではなく,収容を行う主体である出入国在留管理庁である。収容の主体がその継続の必要性を自ら判断するという「監理措置」では,公平な判断がなされる保証は全くない。これに対し,日本弁護士連合会や当会を含む各単位弁護士会等は,従来から,人身の自由を制約する入管収容にも適正手続の憲法上の保障が及び,これを確保するための司法審査の導入や,退去強制令書が発付されたあとの収容期間に上限を設けることを訴えてきた。総括所見も同様に,裁判所の実効的な審査が受けられるようにすることや収容期間に上限を設けることを勧告している。現在の入管法でまず改正すべきは,入管収容にあたっての司法審査の新設や,収容期間の上限の導入である。

以上のように,新改正法案は旧改正法案の問題点をそのまま引き継いでおり,難民保護制度と入管収容制度の双方で国際基準を満たしたものとはいえず,外国籍者に対する深刻な人権侵害を一層助長するものである。

2021年(令和3年)2月19日の旧改正法案提出以降,同年3月6日には名古屋出入国在留管理局に収容されていた33歳のスリランカ国籍の女性が死亡し,2022年(令和4年)11月18日には東京出入国在留管理局に収容されていた50代のイタリア国籍の男性が自殺するという痛ましい事件が続いている。入管の被収容者が死亡する事件は,2007年(平成19年)以降,実に18人を数えている。希望を抱いて日本国に来たはずであるこれら18名の方々が,失意の中で命を絶ったり,あるいは適切な医療を受けられない苦しみ等の中でこの世を去って行ったことに対し,当会は深い悲しみと強い憤りを覚える。現在の日本国政府が最優先で行うべきなのは,これまで見てきたような改正ではなく,難民認定制度の改善や上記入管収容にあたっての司法審査新設や収容期間の上限の導入,そして,入管の被収容者が適切な医療を受けられずに死亡したり,自殺に追い込まれたりすることのない新たな制度の構築である。

当会は新改正法案に反対するとともに,国際的な人権水準に沿った抜本的な入管法改正を行うよう強く求める。

以 上

SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書

SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書

 

第1  意見の趣旨

 総務省、消費者庁及び消費者委員会に対し、以下の点につき調査するよう求める。

①ソーシャルネットワーキングサービス(以下「SNS」という。)(特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないもの)が詐欺行為や消費者被害(以下「詐欺行為等」という)の誘引手段として多用されている実態

②SNS事業者による本人確認の実態及びその記録の保管状況

③SNS利用者を特定する情報について、弁護士法第23条の2に基づく照会がなされた場合のSNS事業者の対応状況

 総務省に対し、第1項記載の調査を踏まえ、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための、実効性のある措置を講じるよう求める。

具体的には、SNS事業者における本人確認義務の導入、SNS利用者を特定する情報の照会に対してSNS事業者が適切な対応をするための対策、SNS事業者の適切な本人確認記録の保管義務の導入、消費者からの本人確認記録の開示請求制度及び開示した場合のSNS事業者の責任制限規定の整備等を検討するよう求める。

 消費者庁及び消費者委員会に対し、第1項記載の調査を踏まえ、総務省が第2項記載の実効性のある措置を速やかに講じるよう、総務省に対する適切な働きかけまたは意見表明の実施を検討することを求める。

第2 意見の理由

1 SNSを犯罪ツールとして悪用した被害の増加

SNSは、利用者数が増加の一途をたどり、生活に欠かせないコミュニケーションツールとして社会的に極めて重要な役割を果たすようになっている。

そのため、SNSが犯罪ツールとして悪用される事案も多発している。このことは、SNS事業で日本最大のシェアを有するLINE株式会社(以下「LINE社」という。)が公表している、日本の捜査機関からの開示請求要請件数が増加傾向(少なくとも高止まり傾向)にあることからも分かる[1]

また、内閣府消費者委員会のデジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループが令和4年8月に公表した報告書においては、SNSで知り合った相手からの誘いがきっかけとなる消費者トラブルが増加していると指摘されている。

2 本人確認規制が不十分であること

このようにSNSが犯罪ツールとして悪用され、あるいはSNSをきっかけとした消費者トラブルが増加する一因として、SNS事業者による本人確認規制が不十分なままであることが考えられる。

たとえば、LINE社が提供する「LINE」のユーザーとして新規登録するには、住所・生年月日のみならず名前(実名)の登録すらも不要である。また、LINEへの新規登録を行うには電話番号の登録及びショートメールサービスを用いた認証(以下「SMS認証」という。)が必要であるものの、SMS認証は、必ずしもショートメールが送られた先の携帯電話の契約者がLINEの新規登録者本人であることを保証するものではない。例えば、当該携帯電話の所持者が、第三者に対し、その番号及び認証コードを提供すれば、当該第三者は当該携帯電話の所持者ではないにもかかわらず、LINEに新規登録することが可能となる。実際にも、近時、SMS認証代行業者の存在が問題視され、警察による悪質な業者に対する取り締まりが行われている。

そして、こうした本人確認が不十分である実態は、LINE社のみならず、多くのSNS事業者に共通しているのが現状である。

このように、SNS事業者の本人確認は不十分であるが、現在の法規制は携帯電話不正利用防止法上の携帯音声通信事業者や、犯罪収益移転防止法上の電話受付代行業者・電話転送サービス事業者等に本人確認義務を課しているにとどまる。そのため、携帯電話通信に該当せず、電話回線を使用しないLINE等のSNSは、当該規制には服さないものとなっている。

平成18年4月に施行された携帯電話不正利用防止法は、携帯電話が特殊詐欺等の犯罪ツールとして多用されるようになったことを受けて、携帯電話事業者に契約者の本人確認を身分証明書等の公的な本人確認書類で行うことを義務付けたものである。SNSが犯罪ツールとして悪用される事案が多発している現在、携帯電話不正利用防止法と同様の厳格な本人確認規制を導入すべきである。

3 被害救済の困難性

詐欺行為等の被害者が、被害回復のため民事訴訟の提起や交渉を行おうとする場合、相手方の特定が必要不可欠である。相手方の特定につながる情報としては、①相手方のSNSアカウントを特定するID、②相手方が登録した電話番号、③相手方の氏名等が考えられる。

しかし、たとえばLINEでは、LINE IDの登録は任意であり、登録してもメッセージ画面には表示されない。また、登録電話番号が他者に表示されることはなく、氏名も任意の名前での登録・変更・表示が可能であるため、被害者が相手方の特定につながる情報を全く得られないことが非常に多い。

そのため、被害者が、LINE社に対し、詐欺行為等に用いられたLINEアカウントについて、相手方を特定するための情報について照会しようとしても、LINE社に対し照会を行う手掛かりすら得られず、被害回復ができない結果となる。

ごく稀に、被害者が詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握できていることがあるが、この場合であっても、LINE社は、詐欺行為等に関与した相手方を特定するための情報に関する弁護士法23条の2に基づく照会(以下「弁護士会照会」という。)に対し、回答することに消極的な傾向にある。

また、LINE社は、弁護士会照会に対し、「対象アカウントが退会しているので調査できない」旨の回答をすることもある。仮にLINE社が退会した利用者の情報を直ちに削除するような運用を行っているとすれば、詐欺行為等に関与する者らが被害者から金員を詐取した後にLINEアカウントを削除してしまえば詐欺行為者らを特定する情報は全く存在しないことになり、詐欺行為者らは、容易に逃げおおせてしまうことになる。

このようなLINEの仕組みないしLINE社の運用は、LINEが利用された詐欺行為等の被害救済を極めて困難にしている。


[1] LINE Transparency Report 捜査機関からのユーザー情報開示・削除要請

https://linecorp.com/ja/security/transparency/2022h1

4 弁護士会照会への回答が通信の秘密を侵害しないこと

なお、SNS事業者が、利用者の電話番号やメールアドレス等の相手方を特定するための情報に関する弁護士会照会に対して回答を行っても、通信の秘密(憲法21条2項後段、電気通信事業法4条、同法179条)を侵害することにはならない。

総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成29年総務省告示第152号。最終改正平成29年総務省告示第297号)の解説」において、「個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」としている。また、携帯電話事業者は、通信の秘密を守るべき電気通信事業者であるが、契約者の住所・氏名等が個々の通信の内容が推知されるものではないことから通信の秘密の保護の対象外であるとして、弁護士会照会に回答してきた実績がある。

SNS事業者が弁護士会照会に対し回答する場合も同様であり、電話番号やメールアドレス等の照会に回答したとしても、個々の通信の内容が推知されるものではなく、通信の秘密を侵害するおそれはない。

5 実効性のある措置の提案

上記のような問題に対処するための実効性のある措置として、以下のようなものが考えられる。

第1に、SNS登録時に本人確認を義務化すべきである。本人確認の際は、公的な身元確認書類によって氏名・住所・生年月日を確認することが望ましい。

第2に、被害者がSNSを用いた詐欺行為等を行う者らのアカウントを特定する情報を取得できるような体制を整備すべきである。たとえば、被害者からSNS事業者に対する通報や、被害者が依頼した弁護士からのSNS事業者に対する通知に基づき、SNS上のIDや、それに代わるSNS上のアカウントを特定しうる情報を開示するなど、相手方特定を可能とするような適切な措置を講ずることなどである。

第3に、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士会照会がなされた場合、照会先に報告義務があることを踏まえ(最高裁第三小法廷平成28年10月18日判決)、照会先であるSNS事業者は事案及び照会事項に応じて適切に報告しなければならない点を、周知徹底させるべきである。

第4に、犯罪収益移転防止法が定めるように、たとえ相手方がSNSのアカウントを削除したとしても、SNS事業者が同相手方の特定情報を直ちに削除することのないよう、本人確認記録の適切な保管義務等を課すべきである。

6 結語

以上により、当会は、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において速やかに実態を調査の上、適切な措置を講じることを求める。

 

2023年(令和5年)4月11

長野県弁護士会

会長 山  岸  重  幸

木曽地域の司法アクセスを改善し、地域司法の充実を推進する決議

木曽地域の司法アクセスを改善し、地域司法の充実を推進する決議

 

第1 決議の趣旨

当会は、日本弁護士連合会に対し、木曽地域にひまわり基金法律事務所を設置することを求め、その設置・運営に積極的に協力するとともに、長野県内の住民があまねく充実した司法サービスを受けることができるための活動を継続していく決意を表明する。

 

第2 決議の理由

 1 木曽地域の概況

木曽地域は、長野県の西南部に位置する3町3村(木曽町、上松町、南木曽町、木祖村、王滝村、大桑村)からなり、人口は24,595人(令和4年4月1日現在)、面積は1546.15k㎡で県土の11.4%を占めている。

同地域は、地理的には木曽川等の僅かな流域を除いて中央アルプスと御嶽山系に囲まれほぼ独立しており、行政的にも木曽広域連合管内が木曾福島簡易裁判所管内と完全に一致する。同地域は、豊かな森林資源を生かした木材産業が古くから盛んであるとともに、妻籠宿をはじめとする宿場町の町並みは文化遺産として保存され観光客も多く、独自の経済圏と独特な文化を育んできた。なお、近い将来、リニア中央新幹線の新駅が、南木曽町に隣接する長野県飯田市と岐阜県中津川市に設置される予定であり、木曽地域から関東圏や中京圏への移動時間が大幅に短縮される見込みである。しかし、現時点で同地域に法律事務所は存在せず、県内広域連合単位では唯一の弁護士ゼロ地域になっている。

このような地域性に鑑みれば、木曽地域は日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)弁護士過疎・偏在対策事業に関する規則第20条2項第1号の第一種弁護士過疎地域のなかで「地方裁判所の本庁又は支部の管轄区域に該当する地域の一部のうち、地理的、行政的、経済的及び文化的な観点を総合的に考慮して一つのまとまりがあると認められる地域であって、当該地域に所在する法律事務所の数が3以下のもの」(同規則第2条第2号ハ)に該当し、日弁連における公設事務所の設置要件を満たす。

2 木曽地域の司法アクセス状況と司法需要

(1)裁判所の状況

木曽地域には、かつては裁判所支部(木曾支部)が存在したが、平成2年の全国的な支部統廃合によって木曾支部は松本支部に統合され、現在は、木曾福島簡易裁判所(以下「木曾福島簡裁」という。)・長野家庭裁判所木曾福島出張所(以下「木曾福島出張所」という。)が存在するのみである。裁判官は常駐しておらず、書記官等の職員数も減少傾向にある。

平成29年に関東弁護士会連合会(以下「関弁連」という。)が実施した支部等調査の際に長野地方裁判所から開示された過去5年間の木曾福島簡裁の事件動向としては、民事関係新受事件数は年間数十件程度で、民事通常訴訟・少額訴訟における代理人の選任状況から算出した本人訴訟率は約60%~90%と非常に高い状況であった。

他方、家事事件について、令和4年12月6日の法曹連絡協議会で東京高等裁判所から開示された木曾福島出張所における「出張事件処理が行われた件数」は、16件(令和3年)であった。これは、開示対象となった長野・新潟・群馬県内の家庭裁判所出張所(以下「家裁出張所」という。)8つの中で、最も多かった大町出張所の56件に次ぐ事件数ではある。しかし、家事事件は全国的に増加傾向にあり、実際には、より多くの家事事件の需要が木曽地域にもあるはずである。木曾福島出張所は、受付だけでなく実際に出張調停等が行われている家裁出張所ではあるが、裁判官が填補される日が限られていることや、同地域に法律事務所がないことなどから、上記程度の事件数に止まっているものと推察される。

(2)弁護士へのアクセス環境

木曽地域は、県土の約10分の1という広大な地域を有しながら、県人口の100分の1程度の人口しかおらず集落が広範囲に分散しているといった事情等から、長年にわたり法律事務所不在の状況が続いてきた。

そのため、長野県弁護士会松本在住会は、できる限り木曽地域の住民が充実した司法サービスを受けることができるよう木曽地域5商工会と連携し、10年以上にわたって、毎年10回程度、「法律無料なんでも相談会」を木曽地域各地において開催してきた。同相談会は、開始当初から予約枠の充足率も高く、木曽地域の住民にとっては貴重な法的支援のルートとなっていた。

もっとも、そういった無料相談会以外で木曽地域の住民が弁護士にアクセスするには、松本支部・伊那支部・飯田支部等に所在する法律事務所まで赴かなければならず、自動車でも鉄道でも1時間から2時間程度の時間を要する状況であった。

(3)木曽地域からの要望と司法需要

令和4年11月21日・22日、関弁連主催の支部等調査(調査先:木曽町・木曽町社協、上松町、木曽地域5商工会)が再び木曽地域において行われ、当会執行部及び地域司法計画推進委員会がこれに参加した。この調査では、5年前の調査時にも増して、弁護士不在の状況が深刻化していることが判明した。

各自治体との協議会においては、特に、成年後見事件について、木曽地域内の親族後見人が就かないケースの殆どが1名の司法書士によって担われている実情が報告され、弁護士による成年後見事案対応が切望された。人口約25,000人で高齢化率が40%を超える地域において、そのような脆弱な成年後見体制では早晩破綻することは目に見えており、事態は深刻である。近時、木曽地域にも立ち上がった中核機関との連携においても、十分な数の弁護士を成年後見人候補者としていかにあげていくかが重要になってくるといえる。他にも、同地域の各自治体が主催する心配事相談においては相続・離婚等の家事事件の相談は多く、土地境界問題をはじめとする相隣関係等の民事事件の相談も一定数認められ、他にも空き家等の問題や高齢者を狙った詐欺等も少なくないとのことであった。自治体関係者は、月に何度か弁護士が出張するといった体制ではなく、弁護士が常駐する法律事務所が木曽地域に開設されることを心待ちにしている。

また、木曽地域5商工会との懇談会においては、高齢化に伴う後継者不足による廃業も少なくないとのことではあったが、新型コロナウイルスの影響による廃業はそれほどなく、インバウンド需要を見込んだ新規事業者も見受けられるとのことであった。木曽地域は、従来の木材産業から自動車産業等に移行しつつあるが、町並み保存や森林浴など全国に先駆けて取り組んできた実績もあり、中山道の宿場町など歴史的・文化的資源に恵まれ、年間200万人を超える観光客が見込まれている。新型コロナウイルス蔓延前に商工会が実施していたインバウンド受入れ相談に関しては、1年間で539件を記録した年もあり、今後のインバウンド需要についても期待が持てる。なお、毎年長野県弁護士会松本在住会が木曽地域5商工会と連携して開催している「法律無料なんでも相談会」は、5商工会の会館において持ち回りで開催しているが、人口が多い地域においては、予約枠の充足率が100%を超えることもあり、昨年度は追加で弁護士相談の日程を組んだこともあった。弁護士を必要としている事業者は多数いるとのことであり、経済界からも木曽地域への法律事務所の開設は切望されている。

3 総括

(1)木曽ひまわり基金法律事務所の早期設置へ

上記の状況において、木曽地域にひまわり基金法律事務所を設置することは、日弁連が掲げる「司法サービスの全国展開と充実のための行動計画(第三次行動計画)」における法律事務所の設置目標第4項「弁護士に対するアクセスの不便性や地域の要望などを総合的に考慮して設置の必要性が高いと判断される地域」の司法アクセス改善に適うものである。

殊に、成年後見分野においては、地元からの切実な要望があり、このような要望に応えることは、弁護士会の社会的責務そのものといえる。木曽ひまわり基金法律事務所が設置されれば、所長弁護士が、自ら成年後見人の担い手になるとともに、地元において成年後見制度の普及啓発活動や市民後見人の育成等の活動に取り組むことも可能となる。また、成年後見事件以外でも木曽地域全体の司法需要が適正に開拓されることとなり、本来弁護士が対応すべき事件を地元の弁護士が適正に処理することができるようになり、時間・労力・費用面等においても、住民の利益に繋がることは明らかである。

そこで、当会は、全ての在住会からの意見聴取も経て、令和4年12月10日開催の常議員会において、日弁連及び関弁連に対して木曽地域へ「ひまわり基金法律事務所」を誘致する活動を行うことを決定し、既に、両連合会に対し、同事務所開設に向けた四者協定を締結されたい旨の要請も行っている。

当会は、木曽地域の司法需要を適正に把握し地域住民の権利救済・権利擁護の要となる公設事務所として、ひまわり基金法律事務所を木曽地域に設置することを改めて日弁連に対して求め、その実現に積極的に協力する決意をここに表明する。

 (2)地域住民に対する更なる法的サービスの充実へ

長野県は長野本庁の他6つの裁判所支部からなるところ、本庁は勿論、この6支部管内それぞれにも10以上の法律事務所が存在し、各支部にそれぞれ16名~57名の弁護士が在住している(令和5年1月1日現在)。今後、木曽地域にひまわり基金法律事務所が設置されれば、県内全ての簡易裁判所管内にも法律事務所が存在することになり、行政単位で見れば、県内全ての広域連合管内に法律事務所が存在することになる。

さらに、当会では地域司法計画推進委員会が中心となり、毎年、各支部等の中でも法律事務所にアクセスし難い町や村に対しても無料相談会を提供するなどして、自治体による定期的な住民向け法律相談体制確立を推進している。現在、県内77市町村中41市町村において、弁護士による住民向け無料法律相談会が毎月ないし数ヶ月毎定期的に開催されており、次年度も2町村以上がこれに加わる見通しである。当会は、今後さらに小さな町や村に対しても、この取組みを広げていく予定である。

他方で、昨今の司法界においては裁判等のIT化が急速に進んでおり、将来的に効率化の名のもと裁判所支部の統廃合がなされるのではないか危惧されている。木曾福島簡裁や木曾福島出張所のようないわゆる独立簡裁や家裁出張所に至っては尚更である。しかしながら、IT化を契機に地域住民の権利救済や権利擁護が後退するようなことはあってはならず、まして支部等の統廃合など決してあってはならない。

今こそ地域司法充実のあり方について真剣に議論すべきであるが、今般初めて長野県で開催されることになった第65回日弁連人権擁護大会・シンポジウム(令和5年10月5日・6日)において、テーマのひとつとして、当会が発案した「地域の家庭裁判所が真に住民の人権保障の砦たりうるために~司法IT化のすき間で生じる子ども・高齢者・障害者の権利救済・権利擁護支援の視点から~」が採用された。今後の地域司法充実のための課題や改善施策等について具体的な検討と決議がなされる予定である。

紛争が複雑化し多様化している時代にあって、国民の権利を扱う弁護士や裁判所には、事件対応から法的手続の各段階において、以前にも増してきめ細やかな対応が求められている。

当会は司法制度が地域住民にとって「より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるよう、長野県内どの地域の住民であってもあまねく充実した司法サービスを受けることができるよう、当会及び当会会員が一丸となって地域司法充実のための活動を継続していくことを改めて決意し、これを表明するものである。

以上 

特定少年の実名等の公表及び推知報道を 控えることを求める会長声明

特定少年の実名等の公表及び推知報道を

控えることを求める会長声明

 

2023年(令和5年)2月22

長野県弁護士会会長 中 村 威 彦

 

2022年(令和4年)4月1日から「少年法等の一部を改正する法律」(令和3年法律47号)(以下、「本改正法」という。)が施行され、18歳又は19歳のいわゆる特定少年について、家庭裁判所の検察官送致決定を経て公判請求された場合に、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載すること(以下、「推知報道」という。)の禁止が、一部解除されることとなった。

   今般、長野県内において殺人未遂事件が発生し、特定少年が2022年(令和4年)12月30日に逮捕され、2023年(令和5年)2月15日に逆送決定された。

同事件は、今後、長野地方裁判所松本支部に公判請求される可能性が高く、公判請求された場合には、本改正法に基づき当該特定少年の推知報道が事実上可能となる。

少年法が定める推知報道禁止の趣旨は、少年やその家族の名誉・プライバシーを保護し、それにより少年の更生を図るというものである。すなわち、少年を推知させる氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等が報道されることにより、少年やその家族のプライバシーが侵害され、当該少年の健全育成や更生及び社会復帰に著しい支障が生じ、その結果、少年の再非行の可能性が高まることに繋がるから、推知報道が禁止されている。

そして、特定少年も少年法の適用を受ける少年であり、特定少年のプライバシーを保護し、もって更生の機会を十分に与える必要性があることにかわりなく、少年法が定める推知報道禁止の趣旨が及ぶものであることは明らかである。

当会は、2015年(平成27年)7月6日及び2018年(平成3 0年)1月30日に「少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明」を発出し、少年法改正に反対の立場を表明した。また、2021年(令和3年)3月18日には「少年法改正法案に反対する会長声明」において、推知報道禁止の一部解除について強く反対するとの立場を表明している。

衆議院法務委員会では「特定少年のとき犯した罪についての事件広報に当たっては、事案の内容や報道の公共性の程度には様々なものがあることや、インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、いわゆる推知報道の禁止が一部解除されたことが、特定少年の健全育成及び更生の妨げにならないよう十分配慮されなければならないことの周知に努めること。」との附帯決議がなされており、参議院法務委員会においても同旨の附帯決議がなされている。これらの決議の意義は十分に尊重されなければならない。

当会は、特定少年の健全育成及び更生の機会を保障するため、検察庁に対しては、本改正法の下での実名等の公表について控えることを強く求めるとともに、報道機関に対しては、検察庁が特定少年の実名等を公表するか否かにかかわらず推知報道を控えることを強く求める。

大崎事件再審請求棄却決定に関する会長声明

大崎事件再審請求棄却決定に関する会長声明

 

鹿児島地方裁判所は、2022年(令和4年)6月22日、大崎事件第4次再審請求事件について、再審請求を棄却する決定をした(以下「本件棄却決定」という。)。

確定した判決によれば、大崎事件とは、原口アヤ子氏(以下「原口氏」という。)が、親族と共謀して義理の末弟である被害者を同人方において絞殺し、遺体を遺棄したとされる事件である。大崎事件の第1次から第3次までの再審請求は、第1次再審請求での鹿児島地方裁判所と第3次再審請求での鹿児島地方裁判所と福岡高等裁判所宮崎支部が再審開始の判断をしたにも拘わらず、第3次再審請求では特別抗告審である最高裁判所が判断を覆すという異例の展開を辿ってきた。

第4次再審請求の鹿児島地方裁判所の審理において、弁護人は、司法解剖写真等を前提として、溝に落ちたことによる急性腸管壊死が死因であるとする救急救命医の医学鑑定書を提出したが、同裁判所は、写真の限られた情報から推論を重ねたものとして、同鑑定書の証拠価値を極めて限定的・消極的に判断し、急性腸管壊死により死亡したことを否定して、同鑑定書は確定判決の事実認定を覆すに足りる証拠ではないと断定した。

いうまでもなく、えん罪は最大の人権侵害であり、再審請求は、えん罪から国民を救うための極めて重要な制度である。だからこそ、白鳥・財田川決定において、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審請求手続にも適用されることが明示され、刑事訴訟法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、既に提出されている旧証拠と新たに提出された新証拠を総合して判断すべきものとされたのである。

しかしながら、本件棄却決定は、新証拠の証拠価値を極めて限定的かつ消極的に判断し、新旧証拠の総合評価を回避したものであって、確定判決を維持するために、白鳥・財田川決定の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。

本件棄却決定の他にも、近年、白鳥・財田川決定の趣旨に反する決定が相次いでいる。

まず、袴田事件第2次再審請求事件では、原審の静岡地方裁判所が、弁護人が新規に提出した5点の衣類のDNA鑑定結果や味噌漬け再現実験報告によって、同衣類は犯行着衣であり袴田巌氏(以下「袴田氏」という。)のものであるとの断定には合理的に疑いがあるばかりか、むしろ後日捜査機関が捏造した可能性が高いと判断し再審開始決定(原決定)をしたのに対し、即時抗告審の東京高等裁判所は、DNA鑑定に関しては、劣化した血液からDNAを抽出する方法には疑問があるとし、味噌漬け再現実験についても、前提となる味噌の色が異なっていたなどとして証拠価値を認めず、原決定を取り消した。

また、名張毒ぶどう酒事件第10次再審請求事件請求審の名古屋高等裁判所刑事第1部及び異議審の名古屋高等裁判所刑事第2部では、弁護人が、本件で使用された毒物は故奥西勝氏(以下「奥西氏」という。)が所持していたニッカリンTではないとする鑑定や本件ぶどう酒の封緘紙の裏面には、製造時に塗布された糊の上に別の糊が塗られていたとする鑑定等の多数の新証拠を提出したにもかかわらず、十分な事実取調べ等を実施することなく新証拠を否定し、再審請求を棄却するに至っている。

これらの各裁判所の判断も、白鳥・財田川決定が示した「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に真摯に向き合っているとは言い難いものである。

ところで、袴田事件第2次再審請求事件に関しては、最高裁判所において即時抗告審の再審棄却決定の判断は取り消され、東京高等裁判所に差し戻されているが、法曹出身判事による多数意見は、旧証拠との総合評価をしないまま、新証拠であるDNA鑑定と味噌漬け再現実験報告の個々の証拠価値のみを検討した即時抗告審の手法は維持したまま、味噌漬け再現実験報告の証拠価値を再検討するために東京高等裁判所に差し戻している。これに対して、外交官出身の林景一裁判官と行政法学者出身の宇賀克也裁判官の反対意見は、DNA鑑定と味噌漬け再現実験報告の双方が再審を開始すべき合理的な疑いを生じさせる新証拠であるとした上で、確定審におけるその他の証拠をも総合して再審を開始するとした原々決定は、その根幹部分と結論において是認できるとして、本件を東京高等裁判所に差し戻すことに留めず、検察官の即時抗告を棄却して再審を開始すべきとしている。白鳥・財田川決定の趣旨に必ずしも沿うものではない多数意見が法曹出身判事により形成され、白鳥・財田川決定の趣旨に忠実な反対意見が外交官・行政法学者出身の判事によりなされていることに留意すべきである。

刑事司法の鉄則は、無実の者を処罰してはならないということにあるが、裁判は人間が行う以上、誤りがあることを私たち法曹は決して忘れてはならない。

大崎事件においては、原口氏は、長期間自由を奪われた上、2度の脳梗塞を患い、すでに95才という高齢にも係わらず、未だ司法的救済を受けるに至っていない。また、袴田事件においても、袴田氏は、事件発生以来、異常ともいうべき取調を受けた上、48年に渡り拘置されて自由な人生の大半を失い、しかもその間命を奪われるのではないかといった限りない恐怖に晒されてきたものの、未だ再審の開始をめぐり争いが続いている状況である。さらに、名張毒ぶどう酒事件における奥西氏は、自らの雪冤を果たすべく懸命に理不尽な現実に立ち向かい続けたが、獄中で帰らぬ人となり、現在は奥西氏の妹が兄の名誉回復のために戦い続けている。こうした実情について、裁判官は、率直かつ真摯に省みると共に、今一度えん罪が甚だしい最大の人権侵害であり、再審制度がこれを救済する最後の砦であることを認識し直す必要がある

再審の扉が、確定判決の権威と無謬性を守るために硬く閉ざされるようなことがあっては決してならない。裁判所においては、そのことを十分認識するよう強く求めるものである

                        

                                                                                                                                     2022年(令和4年)9月13日

                                                                                   長野県弁護士会

                                                                                    会長  中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣の国葬実施に遺憾の意を表し、国葬の検証を求める会長声明

安倍元内閣総理大臣の国葬実施に遺憾の意を表し、国葬の検証を求める会長声明

 

 1 政府は、2022年9月27日、安倍晋三元内閣総理大臣の国葬を行った。

当会は、岸田内閣が国葬の実施を閣議決定したことを受け、20228月31日、国葬実施の法的根拠の不存在や憲法上の問題があることを理由に国葬の実施に反対し、政府に対し、国葬を行うことの撤回・中止を求めるとの会長声明を発出した。

政府による国葬実施の表明は、各種報道機関が行った世論調査においても、50%を超える国民が、国葬に反対、若しくは国葬を評価しないと回答し、また、各地において国葬に反対するデモが行われるなど、国民が納得したとは到底評価できない。

ところが、政府は、時間的余裕があったにも拘らず国会において十分な議論を尽くさないまま、政府の判断で全額国費を投じて国葬を実施したものである。

当会は、国葬を強行した政府に対し、強く遺憾の意を表すると共に、以下のとおり政府及び国会に対しこの度の国葬実施についての検証を求めるものである。

 2 日本国憲法は、国会を唯一の立法機関とし、行政活動は国会の制定する法律の定めるところにより、法律に従って行わなければならないとする「法律による行政の原理」を採用している。しかしながら、現在、我が国においては、国葬を行うことについて法的根拠はなく、時の内閣が閣議決定をもって国葬を行うことは、法律による行政の原理に抵触する。

また、法的根拠のないままに多額の予算支出がなされることは、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」とする財政国会中心主義(憲法83条)の点からも問題がある。

更に、政府は国民に喪に服することを強制するものではないとしていたものの、国葬が近づくにつれ与党国会議員の中からは、国葬の賛否について議論を控えるべきとの言論の自由に対する抑圧的見解が示され、前記同日実施された国葬には大多数の都道府県知事が参列し、各府省庁はもとより、全国の多くの地方自治体や国の出先機関において半旗や弔旗を掲げ、黙祷を実施した機関も存在した。

憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とし、思想及び良心の自由を定めているが、前記の事実が示すとおり、国葬実施により国民に同調を強いる結果になったことは疑いようがなく、弔意を捧げることに違和感や反対の意見を有する国民の思想や信条が事実上、脅かされたことは明らかである。

3 岸田内閣総理大臣は、国葬実施について、説明責任を果たすとして、9月8日に行われた衆議院・参議閉会中審査に出席し、答弁を行ったものの、その内容は従前の政府答弁の繰り返しに過ぎず、議論はかみ合わず、報道機関の世論調査においても、多くの国民が岸田内閣総理大臣の説明が不十分である、若しくは納得できないと思っている結果が示された。

政府は、法的根拠がないまま国葬が実施されたことに多くの国民が疑問を感じていることを真摯に受止め、憲法が採用する法律による行政の原理に照らしてこの度の国葬実施の是非を精緻に検証すべきである。

また、2022年9月6日に示された政府見解によれば今年度予算の予備費から拠出する国葬にかかる費用の概算は、16億6000万円とのことであった。国葬実施後に全容が明らかとなる実際に国葬にかかった費用について財政国会中心主義に基づき、国会において改めてその費用の是非を検証し、財政に関する政府の権限が適切に行使されたか議論をする必要がある。

更に、政府は、憲法が保障する思想及び良心の自由の点からも今回の国葬実施が国民の思想や信条に与えた影響を、国民感情を踏まえて検証する必要がある。

4 当会は、憲法上の問題を抱えたまま法的根拠なしに安倍晋三元内閣総理大臣の国葬を実施した政府に対し強く遺憾の意を表し、政府及び国会に対し、この度の憲法上の問題を踏まえ、安倍元内閣総理大臣の国葬が実施されたことの是非及び国葬にかかった費用を精緻に検証することを求めるものである。

 

                                  2022年9月28日

                                      長野県弁護士会

                                                会長 中 村 威 彦

令和4年司法試験合格発表についての会長声明

令和4年司法試験合格発表についての会長声明

 

1 令和4年9月6日,令和4年司法試験の合格者が発表され,受験者3,082人中,総合点750点以上を得た1,403人が合格者とされた。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。

 

2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。

    法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1,500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。

この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-上記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1,500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,上記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。

 

3 当会は,過去5回の司法試験の合格判定が,上記の1,500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付,令和3年2月8日付、同年10月9日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1,500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和4年7月13日付「令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。

 

4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後である昨年比で見ても約4%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1,500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1,500人程度」が維持され,微減するのみだからである。

           年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)

     26   8,015人    1,810人      22.58%

     27   8,016人    1,850人      23.08%

     28   6,899人    1,583人                 22.95%

     29   5,967人    1,543人                    25.86%

     30   5,238人       1,525人        29.11%

     R1   4,466人    1,502人         33.63%

     R2   3,703人       1,450人         39.16%

     R3   3,424人             1,421人                    41.50%

R4   3,082人           1,403人           45.52%


また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)        

(2022-09-13 ・ 386KB)

           年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)

     26  770点    604点         166点

     27  835点    679点         156点

     28  880点    725点         155点

     29  800点    659点         141点

     30        805点          706点               99点     

     R1        810点       726点               84点

                   R2        780点          721点               59点

                   R3        755点       717点         38点

                   R4       750点     727点            23点

 

合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点→38点→23点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。(仮に,各年の合格ラインが前年と同程度であるとすると,「全受験者の総合点の中央値」と「合格最低点」との差は,前年とほぼ同程度になる。)

その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,令和2年がそれに次ぎ,本年の合格ラインの落差はそれに次ぐ大幅なものである。

 

5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。

司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。

例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は750点であり合格者数は1,403人であること,755点以上を得た受験者は1,372人であることから,本年の合格点が750点と決定された理由は,合格点を750点まで引き下げて初めて「1,500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。

政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1,500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。

かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1,500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。

 

6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1,000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。

 

7 よって,当会は,令和4年司法試験合格判定に対し,強く抗議する。

 

                                        令和4年9月12日

 

                                                     長野県弁護士会  

会 長  中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求める会長声明

安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求める会長声明

 

 1 2022年7月8日、安倍元内閣総理大臣が、参議院議員選挙の街頭演説の最中、銃撃に遭い、同日、死亡するという事件が発生した。

岸田文雄内閣総理大臣は、安倍元内閣総理大臣が死亡したことを受け、安倍元内閣総理大臣の葬儀を国葬にて行う旨を発表し、令和4年7月22日、内閣において国葬実施の閣議決定を行った。

2 当会は、令和4年7月12日、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として安倍元内閣総理大臣の銃撃事件に対して強く非難すると共に暴力によって表現の自由が脅かされ、民主主義の根幹が揺らぐことのないようにすべきとの会長声明を発出している。

しかしながら、岸田内閣が閣議決定した安倍元内閣総理大臣の国葬については、以下のとおり憲法上の問題点があることから、当会は、政府に対し、安倍元内閣総理大臣の国葬の撤回・中止を求めるものである。

3 すなわち、日本国憲法は三権分立を定め、国会を唯一の立法機関とし、行政活動は国会の制定する法律の定めるところにより、法律に従って行わなければならない(法律による行政の原理)としている。

  「国葬」は、戦前、勅令である「国葬令」に基づき執り行われていたが、日本国憲法施行後、「国葬令」は、憲法に不適合なものとして、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第1条に基づき1947年12月に失効している。従って、現在、我が国においては、「国葬」を行うこと、その経費を全額国費から支出することについて法的根拠はない。

ところが、岸田内閣及び内閣法制局は内閣府設置法第4条第3項第33号に内閣府の所掌事務として「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)」を定められていることを根拠に「国の儀式」の一種として「国葬」を行うことができるとしている。その上、令和4年8月26日の閣議において、国葬の費用として今年度予算の予備費から約2億5000万円を支出することも決定した。

しかしながら、内閣府設置法はいわゆる組織規範であり、行政組織内部の権限分配に関する定めに過ぎず、行政機関が一定の行政活動をすることを許す根拠規範ではない。

また、内閣府は、内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする組織であり(内閣府設置法第3条第1項)、内閣の所掌事務の範疇を越える事務を取り扱うことはできないところ、内閣の行う事務は、憲法73条に列挙されているとおりであって、同条第1号ないし第5号のいずれにも「国葬」が含まれるとは解されない。それにもかかわらず、内閣府設置法第4条第3項第33号の「国の儀式」に「国葬」を含めると強引に解釈し、これを以て、国葬の閣議決定の法的根拠とすることは牽強付会と言わなければならない。

従って、内閣府設置法を以て、時の内閣が国葬を閣議決定できるとする法的根拠にはなりえない。

このように岸田内閣の行った閣議決定は法的根拠を欠くものであり、このまま安倍元内閣総理大臣の国葬が行われるとすれば、三権分立の下、国会を唯一の立法機関とし、法律による行政の原理を定めた憲法に違反することになり、到底、許されるものではない。

4 さらには、法的根拠のないままに予算支出がなされることは、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」とする財政国会中心主義(憲法83条)の点からも問題があると言わざるを得ない。

5 また、憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とし、思想及び良心の自由を定めている。

政府は国民に喪に服することを強制するものではないとするものの、国家権力を行使する政府の主導により国葬を執り行えば、公的機関のみならず民間の機関においても忖度する風潮が生じ、国民に対して弔意を表明すべきとする同調圧力がかかることは容易に予想され、弔意を捧げることに違和感や反対の意見を有する者の思想や信条を事実上、脅かすことになりかねない。

6 当会は、日本国憲法が採用する法律による行政の原理、財政国会中心主義に反し、国民の思想及び良心の自由を脅かしかねない安倍元内閣総理大臣の国葬の実施に反対し、政府に対し、国葬を行うことの撤回・中止を求めるものである。

 

                                                                                                                             2022年(令和4年)8月31日

                                                                                                                                      長野県弁護士会

                                                                                                                                                                                                                                                                   会長 中 村 威 彦

安倍元内閣総理大臣に対する銃撃事件に関する会長声明

安倍元内閣総理大臣に対する銃撃事件に関する会長声明

 

令和4年7月8日午前11時半ころ、奈良市内において元内閣総理大臣であった安倍晋三氏が参議院議員選挙の街頭演説の最中、銃撃に遭い、死亡するという事件が発生した。

本件は奈良市内の主要駅頭において多数の聴衆が集まる白昼堂々、銃撃がなされ人命が奪われるという凄惨な事件であるが、それと同時に選挙期間中における街頭演説の最中の凶行は、暴力により自由な言論活動を封じるという卑劣な事件である。

本件で逮捕・勾留された被疑者については現在、捜査中であり、未だその動機について具体的なことは明らかになっていないが、いかなる理由にせよ暴力により人命を奪うという行為は絶対に許されるものではない。また、選挙は我々国民が主権者として政治に参加し、その意思を政治に反映することのできる最も重要な機会として憲法前文にも謳われており、選挙期間中の街頭演説の最中の凶行は暴力により言論活動を封じ、国民の政治参加の機会を脅かすという点において、憲法が保障する民主主義を冒涜するものである。

長野県弁護士会は、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士の団体としての立場から、本件に対し強く非難すると共に、暴力によって表現の自由や参政権が脅かされ、民主主義の根幹が揺らぐことのないよう弁護士の使命を全うする一層の努力を続けることをここに決意する。

 

                                                                                                                         2022年(令和4年)7月12日

                                                                                                                                   長野県弁護士会

                                                                                                                                   会長 中 村 威 彦

「民事訴訟法等の一部を改正する法律」の成立についての会長声明

  「民事訴訟法等の一部を改正する法律」の成立についての会長声明

 

1 はじめに

  2022年(令和4年)5月25日、民事訴訟法等の一部を改正する法律(法律48号)(以下「改正法」という。以下、断らない限り条文の引用は改正法からである。)が公布された。

  当会としても民事裁判手続のIT化が図られること自体は望ましいことであると考えており、改正法の成立により、時代に即した民事訴訟制度の見直しが行われたこと自体は評価するものである。改正法によって、司法制度改革が目指した「国民にとって、より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充するとともに、より公正で、適正かつ迅速な審理を行い、実効的な解決を可能とする制度の構築」がなされることに期待するものである。

  しかし、改正法には、以下に述べるとおり、新しく創設された法定審理期間訴訟手続だけでなく、多くの解決すべき問題点が存在する。改正法の施行にあたっては、裁判所はその適用について慎重な運用を行うべきである。また、当会を含む弁護士会としても改正法の運用、実際の訴訟等における裁判所の訴訟指揮に対し、適正・公平な裁判の観点からIT化に名を借りた拙速な裁判、国民不在の裁判の運用とならないよう検証を怠ってはならないと考える。

  加えて、IT化を契機として、裁判所支部及び簡易裁判所が統廃合されるなど国民の司法へのアクセスが後退するような事態は決してあってはならない。

 

2 オンライン申立の義務化について

  改正法は、132条の11、1項において、インターネット回線を用いて電子情報化した訴状を裁判所に送信して行う訴訟申立て(いわゆるオンライン申立)を義務化する場合を、弁護士が訴訟代理人として訴訟遂行する場合、指定代理人による場合に限定し、いわゆる本人訴訟等により申立が紙である書面によりなされた場合は、裁判所書記官において裁判所システムのファイルに登録するとした(132条の12、1項)。

  この点については、当会としては、2021年4月28日付け「民事訴訟法(IT化関係)の改正に関する中間試案」に対する意見書の提出(中間試案に対するパブリックコメント)及び2020年(令和2年)10月10日付け会長声明により、オンライン申立は義務化を前提とすべきではないとの意見を述べてきたもので、極めて遺憾である。

  代理人を就けず当事者自ら訴訟に直接関与する本人訴訟におけるオンライン申立の義務化が回避されたとはいえ、オンライン申立を希望するITに不慣れな国民をどのようにサポートするかは、困難な問題であるが、改正法を運用する国がその責務を放棄することは許されない。

 

3 法定審理期間訴訟手続について

  この度の民事訴訟法改正においては、当事者双方の合意がある場合は、5カ月以内に攻撃防御方法を提出させ、6カ月以内に証拠調べを終えて口頭弁論を終結し、その後1カ月以内に判決を言い渡すとする手続(いわゆる法定審理期間訴訟手続)も採用された。

当会は、法制審の中間試案に対するパブリックコメント及び2021年(令和3年)11月6日付け会長声明の発出により、法定審理期間訴訟手続の創設について反対する意見を表明してきた。また、各界からも反対意見が出され、国会審議においても強い反対意見があったにもかかわらず、成立したことは極めて遺憾である。

  当会が反対してきた理由は、何よりも立法事実に乏しいこと、諸外国に例がない制度であること、主張や立証が事実上制限されることで、十分な審理ができず、審理や判決が粗雑(ラフジャスティス)になり、誤判のおそれが増して拙速な裁判を助長し、民事訴訟制度全体に対する信頼をも損ねる恐れがあること、本人訴訟にも適用されることから、訴訟に十分な知識と経験がない国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがあること等である。

  確かに改正法では、法定審理期間訴訟手続の要件として、当事者からの申出を必要としていることや(381条の2、1項)当事者の双方又は一方が通常手続に移行させる旨の申出をした場合には通常手続に移行する(381条の4、1項)などの一定の歯止めをかけているが、特に本人訴訟において、裁判所の訴訟指揮により、上記のような一定の歯止めが効かなくなる恐れがないわけではない。

  裁判所においては、法定審理期間訴訟手続に対する根強い反対意見が存在したことを十分に認識し、その適用については、慎重にすべきである。

 

4 ウェブ会議システムによる口頭弁論について

  87条の2、1項により、ウェブ会議システムによる口頭弁論が可能となった。当会としては、両当事者の同意を要件とすべきと意見を述べていたが、改正法は、その要件として当事者の意見を聞くに止まっており、裁判所が相当と認めれば、ウェブ会議システムによる口頭弁論の実施が可能となって、裁判所の裁量に委ねられている点は遺憾である。上記規定によれば、仮に、両当事者がウェブ会議システムによる口頭弁論の実施に反対している場合でも裁判所が相当と認めればその実施が可能となる。口頭弁論が果たす重要な役割を考えれば、民事訴訟の基本原則である直接主義、口頭主義、公開主義を毀損するような濫用的な訴訟指揮は慎むべきである。

  この点で問題となるのは、証人調べである。204条は、ウェブ会議システムによる証人調べの要件として3つの要件を規定し、同条の3号で当事者に異議がない場合を要件の一つとしている。204条の条文を素直に解釈すれば、一方の当事者が反対すれば、ウェブ会議システムによる証人調べは行われないことになるが、同条1号に該当する場合で当事者が異議を申し立てた場合でも、裁判所が相当と認めればウェブ会議システムによる証人調べが可能になるとも解釈される。重要な証拠調べである証人尋問において、直接主義、口頭主義、公開主義を蔑ろにするような訴訟指揮を行うべきではない。

  衆議院における附帯決議の7項では、「ウェブ会議の方法による証人尋問等については、心証形成が法廷で対面して行われるものとは異なる場合もあることを踏まえ、裁判所における相当性の判断が適切に行われるよう法制度の趣旨について周知すること。」とされ、更に、同附帯決議の8項では、「口頭弁論等における当事者等のウェブ会議による参加については、当事者や証人へのなりすましを防止すること及び第三者からの不当な影響を排除すること並びにウェブ会議の録音・録画を防止することを確保できるよう努めること。」とされており、これらの点について今後の裁判所の実務を注意深く見守っていく必要がある

 

5 争点整理手続について

  従来、弁論準備手続及び進行協議期日においてウェブ会議システムを使用する場合、一方当事者の出頭が要件とされていて、両当事者がウェブ会議システムを利用する場合は、書面による準備手続に限定されていた。改正法は、この点を改め、双方不出頭でもウェブ会議システムによる弁論準備手続が可能となったうえ(170条3項)、受命裁判官が書面による準備手続を行うことができるようになった(176条の2、1項)。上記のような改正点は、訴訟当事者の便宜に資するもので評価できる。

  しかし、前述したとおり、また、従来から指摘されているとおり、非公開で行われる争点整理手続がウェブ会議システムで実施される場合、無断での写真撮影、録音録画を防止し、訴訟当事者以外の第三者の参加をどのようにして防止するかは、今後に残された課題となっている。裁判所による防止措置を具体的にどのような方法で行うか、今後注視していかなくてはならない。

(2022-07-15 ・ 236KB)

6 訴訟当事者のプライバシーの保護

  IT化は、訴訟当事者のプライバシー情報が広範囲に流出する危険性を孕んでいる。裁判所及び弁護士において、適切なセキュリティ水準を確保し、訴訟に関する情報が漏洩しないよう態勢を整備することが喫緊の課題となる。

  また、改正法は、プライバシーの保護を図る観点から、当事者及び法定代理人について、住所、居所、氏名等を他方当事者に対して秘匿する手続を新たに設ける(133条1項)などの方策を設けているが、裁判の公開と訴訟当事者のプライバシーの保護との調整をどのように図っていくか、今後の課題である。

 

7 裁判所の人的物的基盤のさらなる充実の必要性

  ところで、令和4年度の国家予算全体に占める裁判所関連予算の割合は約0.3%に過ぎないのであり、如何に民事裁判手続等のIT化を進めたとしても、不十分な司法基盤のもとにおいては、裁判の迅速化及び充実化を図ることは困難である。裁判手続等の効率化を優先することにより、国民の裁判を受ける権利が制限されることはあってはならないし、IT化を契機として、裁判官及び書記官等の裁判所職員が減員されること、ましてや裁判所支部及び簡易裁判所の統廃合など、司法の機能が縮小されることがあってはならない。

  ITに不慣れな国民は多数存在し、殊に高齢化率が高い地方の支部等ではその傾向が顕著である。そのような国民に対しても、裁判を受ける権利の保障が十分になされるよう、今後、むしろ裁判所支部機能の充実が図られるべきである。

  当会は、政府及び最高裁判所に対し、民事裁判手続等のIT化に伴い必要な予算を十分に確保するとともに、現在でも不足している裁判所関連予算を大幅に増額することにより、地域の司法基盤の充実を図ることを求める。

  具体的には、本改正の実施に伴い、すべての裁判所(支部及び簡易裁判所を含む)に必要な台数のIT設備を導入すること、当事者訴訟を希望する利用者のために誰でも使用できるパソコン及びスキャナー機能を有する複合機等の機器を設置すること、ITに不慣れな利用者に対する手続説明等のための人員整備を行うこと等を求める。

 

8 改正法附則126条は、施行後5年を経過した後にその施行状況について検討を加え、必要に応じた見直しを検討する旨を規定している。当会としても、改正法による民事裁判のIT化を具体的に進めていくにあたり、上記で述べた観点から、裁判所の運用が民事訴訟の基本原則である直接主義、口頭主義、公開主義を逸脱しないようその運用を注視すると共に、何よりも適正・公平な裁判を受ける権利が侵害されないよう、また国民にとって利用しやすい裁判の実現に向けて、検討・検証を重ねていく所存である。

 

                                  2022年(令和4年)7月9日

                                     長野県弁護士会

                                                会長 中 村 威 彦

令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和4年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

 

1 5月11日から15日にかけて,令和4年司法試験が実施された。

  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様に,心から敬意を表する。

 

2 令和4年の司法試験受験者数は3,082名であり,前年比で342名減,前々年比で621名減となった。

  法科大学院についてみても,令和4年度志願者数(延べ人数)は10,633名,同年度入学者数は1,968名となった。

ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかである。

 

3  司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。

   現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。

  法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。

 

4   法曹志願者が激減する現状下で,1500人程度という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に求められる選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。

   ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の

総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである。(当会では,平成29年から毎年,司法試験合格発表を受けて声明を発し,この点の指摘を行なってきたところである。)

   このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格

判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。

 

5  以上から,当会は,令和4年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。

                                                                                                                            2022年(令和4年)7月13日

                                                                                     長野県弁護士会

      会 長  中  村  威  彦   

  

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明

   新型コロナウイルスの感染拡大により、労働者、住民は、日々不安の中で暮らしている。制度としてのセーフティーネットが脆弱な我が国においては、不安定な労働条件にある非正規労働者は、その命と暮らしさえも極めて深刻な事態に陥っている。
    我が国では世帯所得が全世帯の中央値の半分に充たない相対的貧困率が2012年時点においても16.1%とされており、所得格差が社会問題化している。この所得格差の問題は、非正規労働者が労働者全体の約40%を占め、年収200万円以下で働く労働者が1800万人を超える労働環境にこそ原因がある。所得格差をこれ以上拡大させないためには、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を実効的なものとさせ、少なくとも労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが急務である。
   しかしながら、2021年の最低賃金の全国平均は930円にとどまり、長野県はそれを大きく下回る877円となった。仮に、時給930円で、法定労働時間(1日8時間、週40時間)で年52週働いたとしても、年収193万4400円にしかならない。 
    2020年、長野県労働組合連合会が行った最低生計費試算調査によれば、長野市在住25歳男性、独身、一人暮らし、軽自動車所有の場合、一ヵ月に必要な最低金額(最低生計費)は、25万4812円であった。これは、上記法定労働時間で時給換算すると、時間給1466円となり、2021年の最低賃金の水準では遠く及ばず、安心して暮らせるだけの賃金水準には到底達していないことになる。
    また、最低賃金の地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1041円に対し、最も低い沖縄県は時給820円であり、221円もの開きがある。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなっているコロナ禍でこそ、賃金の地域間格差を見直し、高水準での全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
    これに対し、長引くコロナ禍で、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、それへの配慮も必要である。
 特に、中小企業にとって大きな負担となっている労働者の社会保険料負担の減免は一考に値するものであり、その他、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるようこれまで以上に努めることはもちろん、コロナ禍にあって、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。
    以上より、当会は、国に対し、中小企業への十分な支援策を求めるとともに、コロナ禍であっても地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会が最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。
 
                                        2022年(令和4年)6月4日
                                         長野県弁護士会
                                         会長  中 村 威 彦
                 

新型コロナウィルス等の感染症を予防し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図るため、在日米軍への検疫法適用を明記する日米地位協定(注1)の改定を求める会長声明

 新型コロナウィルス等の感染症を予防し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図るため、在日米軍への検疫法適用を明記する日米地位協定(注1)の改定を求める会長声明
 
第1 声明の趣旨
  2021年12月17日、沖縄県の米軍キャンプ・ハンセン基地で新型コロナウィルスのクラスター発生が判明した以降、沖縄県における新型コロナウィルス感染者数の激増並びにその後の米軍基地が存する山口県及び隣接する広島県における同感染者数の激増という事態を踏まえ、新型コロナウィルス等の感染症の拡大を防止し、国民の生命や健康の維持・確保・増進を図る目的から、在日米軍への検疫法適用を日米地位協定に明記するよう改定を求める。
 
第2 声明の理由
1 新型コロナウィルス感染症に関する事実及び影響
(1) 2021年12月17日、沖縄県の在日米軍基地内の日本人従業員から新型コロナウィルスの新変異株(オミクロン株)が確認され、同基地において同ウィルスによるクラスターが発生したことが判明した。以降、沖縄県では同ウィルス感染が爆発的に増加するに至った。また、山口県では2021年12月末から2022年1月3日までの同ウィルスによる感染者の内、約7割が岩国市に集中し、同市内の感染者の内在日米軍岩国基地で就労した従業員や同市内飲食店の利用者の割合が4割以上に達した。更に、岩国市に隣接する広島県でも同ウィルスによる感染者が増加したため、2022年1月3日広島県知事は「岩国市との関連が疑われる」旨表明している。
(2) 在日米軍は、日本において緊急事態宣言が出されていた2021年9月、独自の判断で米国を出国する際の同感染者の検査を取り止めている。また、そもそも日本入国後の検査は実施していなかった。
(3) 日本政府は、2021年11月30日から全ての国と地域から外国人の新規入国を原則禁止する水際対策を実施していたものの、2021年12月17日沖縄県のキャンプ・ハンセン基地でクラスターが発生したことを確認するまでは、在日米軍の上記取扱いについて把握していなかった。
2 日米地位協定の問題点
(1) 上記のような事態に至った最大の原因は、日米地位協定に起因する。
すなわち、同協定9条では、米国は「軍隊の構成員、及び軍属並びのそれらの家族である者を日本に入れることができる」(1項)とし、「外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」(2項)としているが、検疫に関しては特に規定を置かず、検疫法の適用を受けるか否かは判然としなかった。この点に関して、1996年(平成8年)12月2日の日米合同委員会(同協定25条に基づき設置)の合意により、同協定9条の解釈として、米国に提供された施設及び区域に係る港や飛行場を利用して日本に入国する場合は、その船舶及び航空機に関しては、米国の軍隊が実施する検疫手続きを採れば足りるとされ、実質上の日本国の検疫法の適用が除外されている。
また、外国軍用艦船等に関する検疫法特例8条では、外国の軍艦や軍用機内の検疫については日本の検疫が行われない場合の入国は認めないといった検疫法4条等の適用が排除されており(同特例5条では、在日米軍より検疫を受ける通知があった場合のみ検疫を受けることになっている。)、これが日米地位協定の実務として運用されてきている。
(2) こうした日米地位協定や日米合同委員会の取り決め等により、日本における検疫法に基づいた厳格な検疫を行わず、米国の対応(米国出国前、日本入国直後の検査さえ行われていない)に任せ切りにしたことより、新型コロナウィルスのクラスターが発生し、沖縄県民等はもとより広く日本国民の生命や健康が脅威に晒されるに至ったものである。
3 日米地位協定、社会権規約等に基づく要請
(1) 日米地位協定も、日本において「日本国の法令を尊重」する義務を米国軍人、軍属及びその家族に課しており(16条)、ここにいう日本国の法令には、検疫法などの公衆衛生の観点から感染症の予防に必要な措置を課することを目的としているものも含まれると解するのが相当である。そもそも在日米軍は、「日本国の安全に寄与すること」等を目的として日本国に駐留するものであり(日米安全保障条約6条1項)、同目的を達成するために出入国管理の規定の適用除外が認められているのであって、感染症予防といった公衆衛生実現のために求められる日本国における制約まで除外する権限を与えられているものではない。
そもそも,日本国憲法においては、国民の生命や健康、生存といった利益や価値を実現することを最大限尊重していること(13条,25条参照)からしても、こうした国民の生命や健康の維持・確保・増進を図ることを目的とする法令に関しては、米国軍人等であっても可及的に遵守しなければならないものと解される。
(2) また、日本及び米国は、国際人権規約として「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(通称「社会権規約」)を批准しており、同規約12条では、「この規約の締結国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」(1項)とし、「この規約の締結国が1項の権利の完全な実現を達成するためにとる措置」として、「伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予防、治療及び抑圧」も対象としている(2項)ことから、同規約の趣旨からしても、米国軍人等に対して日本の検疫法を適用すべきであると考える。
4 結論
  以上のとおり、新型コロナウィルス等の感染症は今後も十分予想されるものであるところ、日本国民の生命や健康の維持・確保・増進の必要性より、日米両政府に対して、日米地位協定における日本の検疫法の適用がないという現状を早急に改善すべく、前述の日米合同委員会での合意を撤回して、日米地位協定に検疫法の適用を明記する改定を求めるものである。 
 
                                                        2022年(令和4年)4月9日
                                                      長野県弁護士会
                                                  会  長   中  村  威  彦
 
注1 本声明において、「日米地位協定」とは、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関す協定」を指す。

75回目の憲法記念日に寄せる会長談話

75回目の憲法記念日に寄せる会長談話

 
1 日本国憲法は、2022年(令和4年)5月3日、75回目の憲法記念日を迎えます。
  今年は、ロシアのウクライナ侵略という深刻な事態の中で、この日を迎えることとなってしまいました。
  当会は、この3月3日、このことに関する会長談話を発表し、ロシアの行動を非難し、侵略行為の即時停止、軍の撤退を求めるとともに、日本国憲法の前文を指摘しながら、日本国憲法が宣言する平和の価値を今後も強く訴えていく決意を表明しました。
  憲法記念日を迎えるにあたり、私たちは、この決意を、改めて確認したいと思います。
 
2 思うに、人類の歴史は、何度も戦争を繰り返しながらも、その結果である多くの犠牲の上に大切な教訓を学び、平和を希求してきました。
  かつては、戦争も、国家の採りうる一つの政策として容認され、現に実行されることが繰り返されました。しかし、その後、不戦条約(1929年)に代表されるように、国際社会において、戦争は「違法」と認識されるようになり、さらに第二次世界大戦の甚大な被害を受けて、国連憲章(1945年)においては、国家による武力の行使と武力による威嚇を明確に禁止し、原則として国際紛争を平和的に解決することを定めるに至りました。
  国際社会は、並行して、一般市民が戦争による被害を被らないように、また残虐な兵器による被害をなくすように、様々な条約を成立させて、国際法として確立させてきました。
  今回のロシアによるウクライナ侵略は、このような人類が長年にわたって獲得してきた教訓や、積み上げられてきた国際法の秩序を、真っ向から踏みにじるものであって、歴史の流れに逆行するものとしても非難されるべきことです。
 
3 そして、このような人類の歴史において、日本国憲法の定める平和主義は、極めて画期的な位置を占めています。
  すなわち、日本国憲法は、前文において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを決意し」「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言し、これを受けて9条において、第1項で「戦争の放棄」を定め、更に第2項で、「陸空海軍その他の戦力」の不保持と「交戦権」の否認を定めているのです。
  この規定は、日本における第二次世界大戦の悲惨な経験(戦死者約320万人、被災者約1000万人。広島・長崎への原爆投下等)を前提にして、軍国主義による侵略戦争を深く反省し、一切の武力を保持しない徹底した平和主義を採っています。まさに、平和を希求してきた人類がこれまでに獲得した教訓を確認するとともに、更にその先を展望して、真の恒久平和を獲得するための指針を定めていると言ってもよいものです。
  今回のロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにした私たちは、ロシアに対する激しい怒りを持つとともに、軍事行動のような武力行使や武力の威嚇が、紛争解決において到底許されるものではないことを実感しました。さらに、このような暴挙を許さないという、国際社会の強い決意も、多くの共感を広げています。
  私たちは、このような事態の中であるからこそ、日本国憲法の平和に関する規定の意義を、改めて強く訴えたいと思います。
 
4 当会は、毎年、この時期に会長談話を発表し、1947年(昭和22年)5月3日の施行後一度の改正も経ることのなかった日本国憲法の意義を考える必要性を訴えてきました。
今回は、前述した通り、日本国憲法における恒久平和主義という基本原理について、改めて考える機会となりましたが、それ以外の基本原理である国民主権、基本的人権の尊重についても、改めてその意義を確認し、これらを将来にわたって維持発展させていく必要があることを訴えます。
 
5 今回のロシアによるウクライナ侵略の事態を受けて、日本国憲法の規定について、憲法改正をすべきだという声が出てくるかもしれません。また、未だ終息の見込みのない新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、これを理由として、憲法改正を主張する意見も見られます。
  しかし、日本国憲法が定めている基本原理は、人類の長年の教訓の賜であり、だからこそ人類普遍の原理なのです。現在、様々な問題が生ずる事態において、その価値は、一層重要性を増してきているとも言えるものです。
  今私たちに求められていることは、急いで憲法を改正することではなく、日本国憲法の理念や本質を深く知り、ともに考え、議論し、真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を、着実に目指していくことであり、そのための行動を進めることです。
憲法97条は、基本的人権について、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると定めています。このことは、平和に関しても同様であると言えます。そして、これらの日本国憲法の基本原理が「国民の不断の努力」(憲法12条)によって支えられていることを指摘したいと思います。
  当会は、この「国民の不断の努力」の一翼を担い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために、そして恒久平和の社会の実現のために全力を尽くす決意です。
 
                                             2022(令和4年)年4月9日
                                            長野県弁護士会
                                            会 長  中  村  威  彦
 

ロシアのウクライナ侵略に対する会長談話

                   ロシアのウクライナ侵略に対する会長談話

2022年(令和4年)3月3日
長野県弁護士会 会長 久保田 明雄

1 本年2月24日未明、ロシア連邦(以下、ロシアという。)軍はウクライナ
への侵略を開始し、両国は現在激しい戦闘状態となっている。そのため、ウク
ライナの住民、国民をはじめ、多大な人的、物的被害が発生している。
 世界各国は、このロシアによる侵略に対して国連総会において非難決議を採
択するなどウクライナからの即時撤退を求め、厳しい経済制裁を課すなどして
いるものの、ロシアは一向にその対応を改めない。そればかりか、プーチン大
統領は、2月27日、核抑止部隊に特別警戒命令を下し、核兵器による威嚇を
始めている。

2 ロシアによるウクライナ侵略は、国同士による「侵略行為その他の平和の破
壊」を禁ずる国際連合憲章(第1条第1項、第2条第4項)及び国際法に対す
る重大な違反行為であり、国際社会の平和と秩序を脅かすとともに、人々の生
命と安全も脅かす重大な人権侵害であって、人間の尊厳を根源から否定する野
蛮な行為である。ましてや核兵器を使用することは絶対に許されない。
 これに対し、ロシア国民も含む世界中の多くの人々は、ロシアによる侵略に強
く反対し、連日、各所で、大規模な抗議デモを行っている。
 ロシアの行動を強く非難するとともに、ウクライナ国民に対する生命と安全
を脅かし国連憲章及び国際法に違反する侵略行為を即時に止め、ウクライナか
ら軍を直ちに撤退することを求める。

3 日本国憲法はその前文において、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間
相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸
国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよ
うと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、
全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利
を有することを確認する」と謳っている。
 日本政府も、ロシアに対し、武力行使を即時にやめさせるための働きかけを
より一層徹底すべきである。
 私たち長野県弁護士会も、日本国憲法が宣言する平和の価値を今後も強く訴
えていく。
                                以上

成年年齢引下げに伴う消費者被害拡大防止のための実効性ある施策の実現を求める会長声明

成年年齢引下げに伴う消費者被害拡大防止のための実効性ある施策の実現を求める会長声明


1 民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法の一部を改正する法律」(平成30年法律第59号。以下「本法律」という。)の施行日である2022年(令和4年)4月1日まで半年を切った。

2 民法の成年年齢引下げについての2009年(平成21年)10月の法制審議会の意見は、成年年齢の18歳への引下げを適当としつつも、その前提条件として、①若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれを解決する施策が実現されること、②施策の効果が十分に発揮されること、③施策の効果が国民の意識として現れることを掲げていた。
  また、本法律の成立に際し、参議院法務委員会において全会一致で附帯決議がなされた。そこでは、本法律の施行にあたり、①知識・経験・判断力不足等の事情を利用して勧誘し契約を締結させた場合における消費者の取消権(いわゆるつけ込み型不当勧誘取消権)を本法律成立後2年以内に創設すること、②若年者の消費者被害を防止し救済を図るために必要な法整備を本法律成立後2年以内に行うこと、③マルチ商法等への対策について検討し、必要な措置を講ずること、④消費者教育の充実を図ること、⑤18歳、19歳の若年者への周知徹底や社会的周知のための国民キャンペーン実施を検討すること、⑥施行日までに措置の実施、効果、国民への浸透について検討し、その状況を公表することなどが求められた。これらの施策は、本法律が法制審議会の示した前提条件を達成しないまま成立したという状況を踏まえ、施行までに必ず実現しなければならない施策として示されたものであった。
  以上のとおり、成年を18歳に引き下げるといっても、若年者は、主体的に取引を為すための知識・経験・判断力等を十分に備えない存在であって、後見的保護(救済手段・教育)の必要性を立法者も認めているのである。
  ところが、施行まで半年を切った現時点においても、若年者を後見的に保護するいずれの救済手段もいまだ十分に実施されていないと言わざるを得ない状況にある。即ち、いわゆるつけ込み型不当勧誘取消権の創設については、既に附帯決議で定められた期限を大幅に経過しているにもかかわらず、成立の目途も立っていない。若年者の消費者被害拡大に対する施策の整備は急務である。

3 また、消費者教育については、「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」等が実施されてはいるものの、消費者庁が生徒向けに用意した教材である「社会への扉」には、未成年者取消権に関し、18歳未満の人物が未成年者取消しができる旨が書かれているだけであり、18歳以上の若者向けにはクーリングオフ制度を紹介するにとどまっている。後述する国民生活センターの記事では、若者が実際に巻き込まれやすい消費者被害について、トラブル防止のポイントとして「お金がないなら契約しない」「うまい話はありません」「借金をしてまで契約しない」「ウソをついてまで借金することは絶対にやめましょう」「トラブルにあったら電話やメール等の記録を残しましょう」といった注意喚起をしているが、「社会への扉」ではこのようなトラブルに巻き込まれた際の具体的な解決方法や基本的な心構えといった一番大切なことについても触れられていないことなどを踏まえると、消費者被害予防につながる実践的な消費者教育が十分に行われているとは言い難い。さらに、成年年齢の引下げ自体の周知はされても、未成年者取消権を18歳で失うことによる消費者被害拡大のおそれについての周知徹底も十分になされているとはいえない。
  以上のとおり、附帯決議で要求される施策の実現は、甚だ不十分であると評価せざるを得ない。

4 そうした中で、若年者の消費者被害は一向に沈静化の様子を示さず、多くの若者が消費者被害の喰い物にされている。
国民生活センターは、今年度からホームページにおいて「若者向け注意喚起シリーズ」という表題で若者の間で増加しているトラブルの紹介をしており、それぞれの被害について被害者の属性を分析しているが、そこで公開されている統計によれば、これらのトラブルの被害者に占める10代及び20代の割合や10代の相談件数は、概ね全てのトラブルについて右肩上がりとなっている。本年9月の記事である「怪しい副業・アルバイトのトラブル」についてみてみると、全相談件数における10代、20代の相談件数の割合は、2016年度(平成28年度)が26.3パーセントに対して2020年度(令和2年度)で38パーセントと約1.4倍に増加し、10代の相談件数については2016年度(平成28年度)が70件に対して2020年度(令和2年度)は222件と3倍以上に増加している。このように消費者被害相談における10代、20代の割合や件数が年々増加傾向にある。到底、成人年齢を18歳にするための前提が整ったと評価することは出来ない

5 上記の状況を踏まえ、当会は、国に対し、上記附帯決議に示された各施策の速やかな実現を求めるとともに、その施策実現が時期的に困難であることに鑑みて、施策が実現するまで未成年者取消権の行使可能年齢を引き下げる部分について施行日を延期することを求める。

                                                                                                                                                                 2021年(令和3年)12月6日
                                                                                                                                                                  長野県弁護士会 
                                                                                                                                                                 会長 久保田 明 雄

「新たな訴訟手続」の新設に反対する会長声明

「新たな訴訟手続」の新設に反対する会長声明

第1 声明の趣旨
 当会は、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において審議されている「新たな訴訟手続」の新設に反対する。

第2 声明の理由
1 令和2年2月21日開催の法制審議会において、法務大臣から民事裁判手続のIT化についての諮問がなされ、現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下、「法制審部会」という。)において、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事訴訟制度の見直しが行われている。
その一環として、法制審部会は、令和3年2月に発表した民事裁判のIT化に関する中間試案において、現行の訴訟制度とは別に、訴訟の審理期間を6か月に制限する「新たな訴訟手続」の新設を提案した。中間試案は、甲案、乙案の2つの制度案と、いずれの制度も新設しないとする丙案を示した。
そして、法制審部会事務局は、令和3年10月15日に部会に対して新たな制度案(以下「本制度案」という)を提案し、現在、この案が審議されている。本制度案も、従前の甲案、乙案と同様に審理期間を限定するもので、双方当事者が新たな訴訟手続の申述(又は同意)をして裁判所が決定をしたときは、そこから6か月(裁判所はそれより短い期間の指定もできる)で結審するという制度である。

2 しかしながら、中間試案に対する意見公募手続(パブリックコメント)の結果によると、「新たな訴訟手続」について、新設をしないとする上記丙案に賛成する意見が消費者団体、労働団体、各地の弁護士会などから出され、最も多数であった。
  当会も「新たな訴訟手続」を新設すべきではないという上記丙案によるべきであるとの意見を出しているにもかかわらず、法制審部会事務局により新たな訴訟手続の新設を前提にした本制度案が提案されていることは、当会を含めたパブリックコメントに寄せられた意見を軽視するものであり、誠に遺憾である。
  そもそも新たな手続の導入は、制度の必要性(立法事実)がある場合に認められるが、本件で立法事実は認められない。
「新たな訴訟手続」は、事前に当事者間で十分な折衝があり、互いの主張や証拠がわかっている、争点の少ない事件などで使われることを想定し、手続を限定した形でも短期間に裁判所の判断を得たいとの要請がある、訴訟制度における当事者の自主性、私的自治の観点からも望ましいなどとされている。法制審部会の説明(資料26、9頁)によると、企業の立場から予測可能性を高める手続に非常に大きな価値があるとして賛同する意見が多く、特に事実関係に争いがなく法律の適用について争いがある事案で早期に裁判所の判断が示されることは非常に利便性が高いとの意見が出されたとある。
しかし、事前交渉の段階で法律の適用について争いがある事案が、6か月程度の審理で解決がつくことは望めず、拙速な審理となる可能性が高い。また、あくまで企業の立場からの要請にとどまっているのであって、上記パブリックコメントの全体の意見を反映したものとは思えない。
十分に事前交渉がある事案は、現在でも裁判所の訴訟指揮や双方代理人等の協力により、比較的早期に和解や判決で解決しているのであり、後述するような問題の多い制度を新設する必要性はない。新たな訴訟手続の規律が必要な紛争類型が存在するのであれば、同紛争類型についての新たな訴訟手続を検討すべきであり、民事訴訟全般を対象とした新たな訴訟手続を設ける必要性も明らかではない。
しかも、今回の法制審への諮問事項である民事裁判手続のIT化とは無関係であって、IT化に関係した民事訴訟法の改正に便乗した拙速な提案であり、外国の調査もなされておらず、法学上の検討、議論もできていない。
時間を掛けた十分な議論を行うことなく、民事裁判手続のIT化と同時に拙速な審議を行い、新設を決めることは許されるものではない。
以上のとおり、「新たな訴訟手続」の新設を認めるべきではないが、以下、本制度案についての問題点を指摘する。

3 本制度案により「新たな訴訟手続」が新設された場合、審理期間の制限により、当事者は期間内に収まる主張・立証しかできず事実上主張・立証が制限されることになることから、憲法32条が定める公正かつ適正な裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
 わが国の民事訴訟手続においては、当事者双方の攻撃防御方法が尽くされ、裁判に熟したときに結審して判決を出すとされているが(民事訴訟法第243条)、当事者においては事前に訴訟の相手方の主張や保持している証拠を把握できていないことも多く、訴訟の初期の段階において同意をとり、期間が来れば結審するという制度は訴訟制度の基本原則に抵触するおそれがある。

4 また、主張や立証が事実上制限されることで、十分な審理ができず、審理や判決が粗雑(ラフジャスティス)になり、誤判のおそれが増し、ひいては民事訴訟制度に対する信頼をも損ないかねない。
 この点、「新たな訴訟手続」の提案理由としては、裁判の迅速化と期間の予測可能性を高めるためとされている。確かに裁判の迅速化は、司法により人々の権利を実現するため取り組むべき重要な課題であるが、そのためには裁判官の増員や情報・証拠の開示・収集手続の拡充などの環境整備が必要であって、ただ審理期間だけを制限して迅速化を図ることは、当事者の主張立証の権利を制限し、拙速な判断を生みかねない。

5 本制度案において、弁護士が訴訟代理人に付いていないいわゆる本人訴訟においても、この手続の利用を認めることも大きな問題である。
訴訟の知識、経験がない本人が、主張や立証が事実上制限される新たな訴訟手続の選択や遂行を適切に行うことができるか、慎重に考えられるべきであり、当事者の権利が奪われかねない危険な制度になっていると言わざるを得ない。

6 また、「新たな訴訟手続」の新設により、他の訴訟事件に影響するおそれや訴訟制度全体に悪影響を与えるおそれも否定できない。裁判官の手持ち事件は多く、期間限定の訴訟が優先され、他の通常事件が後回しになるおそれがある。

7 以上より、第1記載の通り、当会は、法制審部会において審議されている「新たな訴訟手続」の新設に反対する。
以上

2021年(令和3年)11月6日
                長野県弁護士会    
               会 長   久 保 田 明 雄

令和3年司法試験合格発表についての会長声明

令和3年司法試験合格発表についての会長声明

1 令和3年9月7日,令和3年司法試験の合格者が発表され,受験者3424人中,総合点755点以上を得た1421人が合格者とされた。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。

2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-上記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,上記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。

3 当会は,過去4回の司法試験の合格判定が,上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付,令和3年2月8日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和3年8月12日付「令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。

4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後である昨年比で見ても約2.3%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1500人程度」が維持され,微減するのみだからである。
     年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)
     26   8,015人    1,810人      22.58%
     27   8,016人    1,850人      23.08%
     28   6,899人    1,583人      22.95%
     29   5,967人    1,543人      25.86%
     30   5,238人    1,525人       29.11%
     R1   4,466人    1,502人       33.63%
     R2   3,703人    1,450人      39.16%
     R3   3,424人    1,421人      41.50%

また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)
     年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)
     26  770点    604点   166点
     27  835点    679点   156点
     28  880点    725点   155点
     29  800点    659点   141点
     30   805点    706点   99点     
     R1   810点    726点   84点
     R2   780点     721点   59点
          R3     755点     717点     38点

合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点→38点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。(仮に,各年の合格ラインが前年と同程度であるとすると,「全受験者の総合点の中央値」と「合格最低点」との差は,前年とほぼ同程度になる。)
その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,昨年(令和2年)がそれに次ぎ,本年の合格ラインの落差は昨年に次ぐ大幅なものである。

5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。
司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。
例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は755点であり合格者数は1421人であること,760点以上を得た受験者は1387人であることから,本年の合格点が755点と決定された理由は,合格点を755点まで引き下げて初めて「1500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。
政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。
かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。

6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。

7 よって,当会は,令和3年司法試験合格判定に対し,強く抗議するとともに,「法曹の質の維持」の観点から,適正な水準まで合格ラインを引き上げる形で司法試験の運用を改善することを強く求める。

  令和3年10月9日

長野県弁護士会  
会 長  久 保 田 明 雄



令和元年東日本台風災害から2年を迎えるにあたっての会長談話

令和元年東日本台風災害から2年を迎えるにあたっての会長談話

1 令和元年10月12日夜から13日未明にかけて東日本を通過し、平成以降の日本における台風被害としては最悪の被害を及ぼした令和元年東日本台風から、2年を迎えました。この台風で亡くなられた方々に改めて哀悼の意を表するとともに、多くの被災された皆様に、改めてお見舞いを申し上げます。
長野県では千曲川が広範囲で氾濫し、県内だけでも、死者23名(災害関連死を含む)、負傷者150名、住家被害は全壊1087世帯・半壊2888世帯を含む9298世帯にのぼり、約2万3000人もの方々が被災しました(令和3年6月29日現在)。

2 当会は、発災翌日に災害対策本部を立ち上げ、関係諸機関と連携しつつ、被災された方々への法的支援に一丸となって全力で取り組んで参りました。
平時より、当会では、会員の半数以上にあたる約140名の被災者支援弁護士登録体制を構築しており、発災3日後には「復興支援ダイヤル」を立ち上げて無料の電話相談・面談相談・出張相談対応を開始しました。並行して、行政機関が対応しきれない生活再建のための支援情報等を提供すべく被災地公民館や被災民家等に赴いての被災者支援制度説明会の開催、当会が率先して進めてきた8士業連携による長野県災害支援活動士業連絡会と長野県との協定に基づくワンストップ相談会の開催、災害ADRによる紛争解決、被災者向けサロンに赴き炊き出しに協力しながらの相談対応、長野県建築士会・長野市等との連携による総合相談会への参画等々により、これまで360件以上の法律相談等に対応してきました。
また、当会は、返済困難な債務を負った被災者の生活再建の支援として、自然債務整理ガイドラインを用いた債務整理事案対応のために登録専門家弁護士約60名体制で対応し、本日時点で24件中10件の調停成立に至っています。都道府県別にみた東日本台風に起因する同制度の取扱件数としては、最も多い利用件数であり最も多い成立件数となっています。

3 当会では、平時から災害対策に努めて参りましたが、東日本台風での被災者対応の経験を契機として更なる災害対策の拡充を図り、県のみと締結していた災害時法律相談業務協定を県内主要都市とも締結する方針とし、令和2年の佐久市との協定を皮切りに、令和3年には伊那市・諏訪市・飯田市・長野市と締結し、年度内には松本市等とも締結予定であり、来年以降も締結市町村を拡大していく予定です。
我々は、東日本台風災害における被災者対応を通じ、被災時に弁護士が、法律相談を含む様々な困りごとの相談に耳を傾けること自体が、被災者の精神的支援に繋がるということを、身をもって経験しました。
また、行政が提供しきれない生活再建のための支援情報等を被災者へ提供することも弁護士の重要な役割であるところ、発災直後には、当会会員が人海戦術により各地の避難所や市町村窓口、ボランティアセンター等へ被災者向け弁護士会ニュースやチラシ等を直接持参していましたが、後に、長野県との連携により、被災市町村を介して、被災者台帳に掲載された県内全被災世帯に弁護士会からの支援情報を提供できる体制も構築することができました。この体制は、令和3年8月前線による大雨災害の際にも活用し、速やかな被災地への支援情報提供に役立っています。

4 当会では、今もなお、令和元年東日本台風被災者の皆様向けに「復興支援ダイヤル(026-232-2777)」による相談体制を維持し、電話相談・面談相談・出張相談をいずれも無料で提供し続けております。
被災者及び被災地域の復旧・復興は、まだまだ緒に就いたばかりといえます。応急仮設住宅の退去予定日が迫る中、生活再建が未だ途上であるなど、被災者の皆様の苦境は続いています。長野市内の応急仮設住宅入居者のうち3割強もの方々が退去困難な状況にあるという報道もあり、当会は、長野県及び長野市に対し、退去困難者の意向が可能な限り実現するようアウトリーチの手法で個別具体的に事情・原因を聴取し、一人ひとりに寄り添った適切な住宅支援を行うよう要望します。
 
5 当会は、引き続き、東日本台風による被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧・復興を叶えるため、被災者支援活動に取り組む所存であり、今後も、被災者支援を基本的人権の擁護を使命とする弁護士の責務として捉え、より広く、より速やかで、よりきめ細やかな被災者支援体制の実現に努める所存です。

2021年(令和3年)10月11日

長野県弁護士会     
会長  久保田明雄  


令和3年8月前線による大雨災害に関する会長談話

令和3年8月前線による大雨災害に関する会長談話
 
   令和3年8月11日からの記録的な大雨により、河川氾濫や内水氾濫による大規模な浸水、土砂災害などが全国各地で発生しました。死傷者は多数にのぼり、住家や農地をはじめとした物的被害も甚大であり、今もなお大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
この災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様方と、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。
長野県内においても、土砂災害の発生は30ヶ所にのぼり、岡谷市で発生した土石流災害では3名の尊い命が失われました。また、8月24日現在、南信地域を中心に、全壊6世帯をはじめとして416世帯の住家被害が確認されており、今なお調査中の案件も多数あり、被害世帯数は更に増加する見通しです。
長野県内では、一昨年の東日本台風において、死者23名(災害関連死を含む)・住家被害約9300世帯という甚大な被害を受け、その復興も道半ばのなかで、昨年の令和2年7月豪雨災害、そして今回の大雨災害と、災害の被害が続いており、被災者の皆様のご心痛、ご労苦は察するに余りあります。
長野県弁護士会は、今回の大雨災害による県内被災者の皆様に対し、急ぎ無料電話相談体制を整え、既にその運用も開始したほか、災害ADRの適用対象としたところです。また、長野県との連携により、県内全ての市町村の防災担当者のもとにいち早く情報提供できる体制を活用して、長野県弁護士会が提供する被災者支援情報を、被災地へお届けしています。
   当会は、東日本台風からの復興にあたっては、長野県、被災市町村、他士業団体、ボランティア団体等と積極的に連携協力し、被災者支援活動を展開してきました。電話無料相談や被災地での相談対応等の活動は今も継続しているところでありますが、今回の大雨災害に対しても、当会は、過去の被災者支援活動で培ってきた経験を活かし、被災された皆様方の生活再建のために、積極的に支援をしていく所存です。
 
2021年(令和3年)8月25日
長野県弁護士会     
 会長  久  保  田   明  雄

令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和3年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1  5月12日から16日にかけて,令和3年司法試験が実施された。
  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様に,心から敬意を表する。
 
2  令和3年の司法試験受験者数は3,424名であり,前年比で279名減,前々年比で1,042名減となった。
  法科大学院についてみても,令和3年度志願者数(延べ人数)は8,342名,同年度入学者数は1,724名となった。
     ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかである。
 
3   司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。
   現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。
  法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。
 
4   法曹志願者が激減する現状下で,1500人程度という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に求められる選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
   ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の
総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである(なお,上記の点については,当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」,令和元年10月15日付「令和元年司法試験合格発表についての会長声明」,令和3年2月8日付「令和2年司法試験合格発表についての会長声明」を参照のこと。)。
   このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格
判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
5  以上から,当会は,令和3年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。
 
2021年(令和3年)8月12日
長野県弁護士会
会 長   久 保 田 明 雄

最低賃金の引き上げを求める会長声明

コロナ禍であっても、地域で安心して暮らすために最低賃金の引き上げを求める会長声明
 
  新型コロナウイルスの感染拡大により、労働者、住民は、日々不安の中で暮らしている。特に不安定な労働条件にある非正規労働者においては、休職を余儀なくされ、また職を失う者も多く、制度としてのセーフティネットが脆弱な我が国においては、その命と暮らし、さらにはアルバイトで学費と生活費を賄っている学生らの学びさえも極めて深刻な事態に陥っている。
 
  我が国においては、非正規労働者が労働者全体の3分の1を超え、年間200万円以下で働く民間企業の労働者は、1000万人を超えている。格差と貧困が拡大している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティネットとしての機能をコロナ禍でこそ真に実効的なものとし、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。
 
  昨年2020年、中央最低賃金審議会は、コロナ禍による経営環境への懸念から、地域別最低賃金額の引き上げ額についての目安額の提示を見送った。これを受けて各地の審議会も引き上げ額を抑制し、長野地方最低賃金審議会においても、わずかに1円の引き上げを答申して、長野県の最低賃金は、時給849円にとどまった。
 
  しかしながら、仮に週40時間、年52週、働いたとしても、年収で約176万6000円、月額約14万7000円余にしかならない。これでは、到底、安心して暮らせるだけの賃金水準には達していない。
 
  昨年、県内の労働組合が行った最低生計費調査によれば、長野市在住25歳の最低生計費は、男性単身者月額25万4812円、女性単身者月額25万6571円である。これを法定労働時間(1日8時間、週40時間)で時給換算すると、男性1466円、女性1476円であるため、現在の最低賃金は最低生活費すら満たしておらず最低生活費との間に大きな隔たりがある。
 
  また、地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1013円に対し、最も低い7県は時給792円であり、221円もの開きがある。長野県とは164円の開きである。新型コロナウイルス感染症の拡大により、都市部への過度の人口や企業の集中が大きなリスクであることが顕在化し、地方の再生と活性化の重要性が改めて浮き彫りとなっているコロナ禍でこそ、賃金の地域間格差を見直し、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
 
  これに対し、長引くコロナ禍で、経営基盤が脆弱な多くの中小企業において
は、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を懸念する意見があり、それへの配慮も必要である。
 
  中小企業にとって大きな負担となっている労働者の社会保険料負担の減免は一考に値するものであり、その他、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるようこれまで以上に努めることはもちろん、コロナ禍にあって、さらなる中小企業支援策を講じることが急務である。
 
  以上より、当会は、国に対し、中小企業への十分な支援策を求めるとともに、コロナ禍であっても地域で安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会に対し、最低賃金の引き上げを答申すべきことを求める。
 
2021年(令和3年)6月17日
長野県弁護士会    
会長     久保田   明 雄

74回目の憲法記念日に寄せる会長談話

74回目の憲法記念日に寄せる会長談話

1 日本国憲法は、2021年(令和3年)5月3日、74回目の憲法記念日を迎えます。
当会は、毎年、この時期に会長談話を発表し、1947年(昭和22年)5月3日の施行後一度の改正も経ることのなかった日本国憲法の意義を考える必要性を訴えてきました。
それは、日本国憲法における国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義といった重要な基本原理が、国民の期待と信頼の下に基本的に堅持され、国家権力への歯止めとして機能してきたことを改めて確認し、これらをこれからも国民全体の力で維持発展させていく必要があると思うからです。
 
2 2020年(令和2年)、新型コロナウイルスの感染拡大は、日本国民すべての生存と生活を深刻な危険にさらし、世界的にも広範な影響を与え、いつ収束するかも見えない状況です。
この間、新型インフルエンザ等対策特別措置法やいわゆる感染症法などが改正され、これまで以上に政府や都道府県知事に権限を与え罰則規定も盛り込まれました。
新型コロナウイルス感染拡大に対応するため、国民の協力が必要なことは言うまでもありません。しかし、そのために、国民一人ひとりの人権が過度に制限されることは許されることではありません。なし崩し的な人権侵害が発生・継続することのないように、様々な施策や法改正の内容や手続きについて慎重に検討する必要があります。この間の政府や都道府県知事、国会の対応がこれらの点につき十分に考慮されてきたか、きちんとした検証が必要であり、今後も注意深く見ていく必要があります。
 
3 昨年、日本国憲法の理念に照らし、看過できない問題がいくつか発生しました。
一つは、検察庁法改正やこれに関連する閣議決定などの動きです。
検察官は、公益の代表者として、強大な捜査権限及び公訴提起権を独占し、身分保障もなされていて、準司法官として厳正中立な立場で行動することが求められています。これに対し、昨年、検察官の定年延長につき違法な閣議決定による運用がなされ、さらには幹部検察官の人事に対し政治権力による恣意的な介入を可能とする制度を設けようとする改正法案が上程されました。幸い、改正法案は国会において廃案となりましたが、これらの動きは、日本国憲法の基本原理である権力分立に基づく制度を脅かすものであり、法治国家の基本原理を根底から突き崩す危険を招くものでした。
もう一つは、日本学術会議会員の任命拒否の問題です。
日本学術会議は、政府から独立した立場で政策提言等を行う科学者の代表機関として位置づけられ、会員については、同会議が選考した候補者を内閣総理大臣に推薦し、内閣総理大臣はその推薦に基づいて会員を任命することと定められています。ところが、昨年、菅内閣総理大臣は、同会議が推薦した候補のうち6名を会員に任命せず、かつその任命拒否の具体的な理由も明らかにしませんでした。日本国憲法は、学問の自由を保障しています。それは、戦前の自由な学問研究が阻害された苦い経験に基づき、政府批判を含む自由な学問及びこれによる意見表明を保障することこそが憲法の基本理念を貫徹するために必須であるとしたからです。今回の任命拒否は、この憲法の趣旨理念に反するものであり、到底許されることではありません。加えて、この6名は、自らの研究成果に基づき政府に対する批判的な意見を表明した方々です。仮に批判的な意見を表明したことが任命拒否の理由であるとすれば、なおのこと学問の自由に照らし、許されるものでないことは明らかです。
 
4 他方、日本国憲法が、長期間、偏見や無理解にさらされてきた少数者への差別の是正に寄与することを示す判決がなされました。
2021年(令和3年)3月17日、札幌地方裁判所は、「同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府の裁量権の範囲を超えたものであるといわざるを得ず、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たると解さざるを得ない。」として、初めて、同性婚に対する取扱いが憲法14条1項に違反するという判断をしました。
同判決は、「いかなる性的指向を有する者であっても、享有し得る法的利益に差異はないといわなければならない。」、「同性愛者のカップルは、重要な法的利益である婚姻によって生じる法的効果を享受する利益の一部であってもこれを受け得ないとするのは、同性愛者の保護が、異性愛者と比してあまりにも欠けるといわざるを得ない。」としています。人は個人として等しく尊重されるべきこと、そして少数者保護、法の下の平等といった憲法の理念が、本件において正しく機能したと評価できるものです。
 
5 世界や日本を取り巻く状況が、戦後70余年を経て大きく変わったのだから、憲法改正をすべきだという意見があります。
しかし、日本国憲法が定めているのは人類普遍の原理であり、その価値は、たとえ社会情勢、国際情勢が大きく変わろうと、決して減少するものではありません。それどころか、この価値は一層重要性を増してきているとも言えるものです。
先に述べた事柄をみるとき、今私たちに求められていることは、急いで憲法を改正することではなく、日本国憲法の理念や本質を深く知り、ともに考え、議論し、さらには社会におけるあらゆる人権侵害や不平等に対して、これを許さないという取組みを強めていくことだと思います。
そして、生きる権利や個人の尊重、両性の本質的平等などの基本的人権が十分に保障され、真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を、着実に目指していく必要があります。
私たちは、改めて「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(憲法97条)という規定が持つ重さを噛みしめたいと思います。そして、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(憲法12条)という規定の意義を確認したいと思います。
当会は、この「国民の不断の努力」の一翼を担い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために全力を尽くす決意です。
 
2021(令和3年)年4月30日
長野県弁護士会
会 長 久保田 明 雄

少年法改正法案に反対する会長声明

少年法改正法案に反対する会長声明
 
2021年(令和3年)3月18日
長野県弁護士会会長 中 嶌 知 文
 
第1 声明の趣旨
     政府は、2021年2月19日に「少年法等の一部を改正する法律案」(以下、「改正法案」という。)を閣議決定し、今国会(第204通常国会)に提出した。
    当会は、この改正法案が現行少年法の適用年齢を維持したことは評価するものの、いわゆる「原則逆送」対象事件の範囲を拡大し、これまで禁止されていた推知報道の禁止を一部解除するなどの点で少年法の理念に逆行するものであるため、強く反対の意を表明する。
 
第2 声明の理由
  1 はじめに
      本改正法案は、法制審議会にて公職選挙法の選挙権年齢、民法の成年年齢の引き下げを踏まえて少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることの是非等について検討が始まったものの、年齢引下げに対する反対意見を踏まえて20歳未満の者も少年法の適用対象とすることが維持されたものとなっている。
     この点について当会も、2015年(平成27年)7月6日及び2018年(平成30年)1月30日に「少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明」を発しており、今後も18歳・19歳にも少年法1条の健全育成目的という理念に基づく手続や処分が行なわれることは評価するところである。
     しかしながら本改正法案は、18歳以上の少年を「特定少年」と位置づけて特例を設ける改正が盛り込まれており、少年法1条の理念とは相容れないものとなっている。すなわち、①いわゆる「原則逆送」対象事件を拡大している点(62条)、②推知報道の禁止を一部解除する点(68条)、③18歳・19歳を「ぐ犯」の適用対象から外した点(65条1項)、④保護処分について行為責任の上限の範囲内で行なわなければならないとしている点(64条)、⑤不定期刑や資格制限の特例の適用を除外した点(67条)で問題がある。以下、詳述する。
 
2 「特定少年」と位置づける必要性がないこと
(1)上記のとおり、当初、法制審議会では公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢の引き下げを踏まえて、少年法の適用年齢を18歳未満に引下げる方向での議論が始まった。
(2)しかしながら、現行法上も喫煙・飲酒可能年齢(20歳)、被選挙権年齢(衆議院25歳、参議院30歳)等のように、法規範ごとに適用対象年齢が異なっていることから、法規範の趣旨や目的に照らして個別具体的に規定されれば良い問題である。
(3)とりわけ少年法も、少年の健全な育成と更生を図るという目的の下、いわゆる全件送致主義がとられ、20歳以上の者であれば微罪処分や起訴猶予処分になるような比較的軽微な事件についても家庭裁判所による調査の対象として、心理学や社会学などの専門的知見を有する家庭裁判所調査官が行動科学(医学、心理学、教育学、社会学、社会福祉学等)の知識や技法を活用して、非行の経緯、動機、態様のみならず、少年の生育歴、家庭環境、生活状況、交友関係、心身の状態等を総合的に調査し、少年が非行に至った原因とその背景(非行メカニズム)を科学的に解明するとともに、再非行に至る危険性の予測をした上で、少年の更生と健全な育成を図り、再非行を防止するための教育的な働きかけが行われている。
     また、一定の場合には家庭裁判所裁判官の観護措置決定に基づいて少年を一定期間少年鑑別所に収容し、専門家である法務(心理)技官や法務教官及び医師が、24時間体制での行動観察や面接、心理検査、検診等を行って少年の性格や資質などの鑑別をしている。
    さらに、弁護士が少年の付添人に選任された場合には、付添人の立場からも非行の原因や背景を調査するとともに少年の更生と立ち直りを図り、再非行を防止するため、少年に寄り添いつつ少年自身の内省が深まるように働きかけをし、家庭環境や生活環境の改善を図るために被害者や少年の親等関係者との調整がなされている。
(4)これらの多面的で重層的な調査、鑑別と働きかけがなされることによって、これまでに多くの少年がそれぞれに抱えてきた問題を認識し、それを克服しようと努力をして立ち直っていくことができ、その結果として再非行も防止されてきたということができる。
     現に犯罪統計を見ても、少年の刑法犯の検挙人員は1983年(昭和58年)の約31万7000人をピークに減少し続け、2019年(令和元年)には約3万7000人となっている。また、殺人、強盗、強制性交等(強姦)、放火といった凶悪犯罪も1961年(昭和36年)には約7100件、2001年(平成13年)には約2400件あったところ、その後も年々減少傾向にあり、現在では年間600件を下回っている状況にある。
(5)そして、18歳・19歳の者も未熟で可塑性に富んでおり、そうであるからこそ少年法の適用対象とするべきであり、上記のような保護原理に基づく働きかけが効果的といえる。
(6)本改正法案は、提出の理由について「成年年齢の引下げ等の社会情勢の変化及び少年による犯罪の実情」を挙げるが、上記のとおり立法事実がないばかりか、18歳以上20歳未満を「特定少年」として位置づけ、少年法1条の「健全な育成を期し」という目的に逆行する特則を設けるものであるため、改悪と言わざるを得ない。
 
3 ①いわゆる「原則逆送」対象事件の拡大(62条)について
(1)本改正法案は、検察官送致(逆送)に関して、62条を置き、いわゆる「原則逆送」事件の対象を拡大し、従前の故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に加え、短期1年以上の懲役・禁錮の事件(強盗罪、強制性交等罪、放火罪を含む)で行為時18歳・19歳の者を対象とした。
(2)しかしながら、例えば強盗について考えてみると、その行為態様は様々であり、悪質性の高いものから低いものまである。いわゆる「ひったくり」と呼ばれる事案や万引き発覚後に振り切って逃げた場合もあり、犯情の幅が広いものが含まれている。また、悪質性が高い行為態様であっても未熟な未成年者が成人共犯者に指示される場合もある。
     放火についてみても、その行為態様は様々であり、悪質性の高いものから単なる悪ふざけの火遊びによって発生させた場合等、犯情の幅が広いものが含まれている。
    さらに、強制性交罪等についても、現在の刑法改正作業において成人の犯罪類型ですらさらに細分化する議論もなされるなど、行為態様や犯情に幅があることは周知のとおりである。
    それにも拘わらず、「短期1年以上」等の法定刑で一律に少年の処遇を振り分けることは、一人ひとりの要保護性に着目してきめ細やかに健全な育成を図るという少年法の目的・理念と相容れない。
(3)実際、法制審議会(少年法・刑事法部会)での統計資料によれば、2016年(平成28年)から2018年(平成30年)の18歳・19歳による強盗事件の終局決定につき、総数140件に対して、刑事処分相当として逆送となった事案はわずか2件であり、一方、保護処分(保護観察や少年院送致)となった事案は124件であった。
     放火についても、同期間、同年齢による終局決定につき、総数41件に対して、逆送となった事案はわずか1件であり、保護処分となった件数は33件であった。
    これは、家庭裁判所が、強盗や放火事件の大半につき、少年の更生や再犯防止のためには保護処分が望ましいと判断したに他ならない。
(4)ここで、本改正法案62条2項但し書きには、「調査の結果、犯行の動機、態様及び結果、犯行後の情況、特定少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。」と定められてはいるが、これまでの規定とは原則と例外が逆転しており、逆送を原則とする運用が予想される。そして、逆送後の教育的な処遇や環境調整など、更生の機会を保障する規定が改正法案にも盛り込まれていない以上、18歳・19歳の者に対する更生の機会を奪うことに繋がりかねない。
(5)以上のように「原則逆送」対象事件を拡大させることは、少年法1条の健全育成目的に逆行するものであるため、強く反対する。
 
4 ②推知報道の禁止の一部解除(68条)について
(1)推知報道は現行法61条によって禁止されてきたが、改正法案68条では犯行時18歳・19歳による犯罪については、少年審判で検察官送致(逆送)され、公判請求がなされた場合には、61条は適用除外とされた。
(2)しかしながら、推知報道の禁止は、少年及びその家族らの名誉・プライバシーを保護することにより、更生の機会を確保する点で極めて重要な役割を果たしてきた。とりわけ少年の教育、就労、その他社会的資源や援助を受ける際には、推知報道の禁止がなければ更生を果たせなかった少年も数多く目の当たりにしている。また、適用除外とされる18歳・19歳は、就職活動をする者が多い年齢層でもある。
    一方の就労先においても、世間からの批判や奇異な眼差しがあると、少年の更生に協力したいと思っていても受け入れを躊躇してしまう雇用主も多いのが現実である。
(3)昨今のインターネットの普及やSNSの発達は目まぐるしく、ひとたび推知報道がなされれば半永久的に非行事実が残されてしまい、本人のみならず家族の生活にも重大な支障を来してしまう。
     これでは少年の更生のための社会的資源を奪うばかりか、更生の機会そのものを奪ってしまうことに繋がる。
     当会会員が活動する長野県においても、新型コロナの感染者ですら本人や家族が特定され、転居を余儀なくされてしまう事例が発生しており、このような地域社会の現実に鑑みても、推知報道の禁止の解除には強く反対する。
 
5 ③18歳・19歳の「ぐ犯」の適用対象からの除外(65条1項)について
(1)改正法案65条1項において、ぐ犯の規定は18歳・19歳の者には適用しないこととした。
(2)現行法は「ぐ犯」について規定し、まだ犯罪を行なったわけではない(法に抵触していない)少年が置かれた環境や性格等から将来的に罪を犯す恐れがある少年についても健全育成の観点から保護処分の対象としている。
(3)このぐ犯に対する処遇は、パターナリズム(保護主義)の観点から福祉的支援を促し、犯罪を未然に防ぐことに繋がると共に、少年が反社会的組織に取り込まれることを防止する効果をもたらしてきたといえる。
      そこでは前述した家庭裁判所による調査や少年鑑別所での指導、付添人による環境調整等が有効に機能していた側面があり、少年の健全育成の役割を果たしてきた。
      そして、このぐ犯に対する処遇効果は18歳・19歳にも広く及んでおり、「特定少年」を除外する必要性は全くない。
(4)そうであれば、ぐ犯の規定を対象外とすることによって18歳・19歳の者の健全育成に逆効果となってしまいかねないため、本改正法案に反対である。
 
6 ④保護処分についての特則(64条)について
(1)特定少年に対する保護処分は、ア)6月の保護観察、イ)2年の保護観察、ウ)少年院送致の3種類が定められた(64条1項)。
     保護観察については期限があること、少年院送致についても言い渡しと同時に収容期間が定められること(同条3項)が現行法と異なる。
     また、イ)の保護観察については、重大な遵守事項違反があった場合には、1年以下の範囲内で、家庭裁判所の決定により少年院に収容することができるものとし、保護観察処分と同時に、少年院に収容する期間を定めなければならないこととされている(同条2項)。
     そして、これらの処分は、「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において」決定されなければならないとしている。
(2)しかしながら、現行少年法は保護処分を決定する際、「犯情の軽重を考慮」しなければならないとはしていない。これは犯情の軽重のみを考慮するのではなく、少年が非行に至った背景、少年の性格や属性、要保護性、学校・職場・家庭などの環境等様々な事情を考慮して保護処分を決定するからである。
      また、少年一人ひとりの要保護性を具体的に考慮することで、少年法の目的とする健全育成に繋がると考えられるし、犯情の軽重に固執すれば保護観察中の更生や教育効果を十分に考慮することもできなくなってしまう。
(3)したがって、「犯情の軽重」を考慮しなければならないとの改正を行えば、処分としての結論が先にありきで、要保護性に応じた健全育成が阻害される危険性を拭い切れない。
      よって、保護処分について特例を設けることには反対である。
 
7 ⑤不定期刑や資格制限の特例の適用除外(67条)について
(1)刑事事件の特例としては、「特定少年」につき、不定期刑(52条)、換刑処分(労役場留置)の禁止(54条)、資格制限の特例(60条)は適用されないこととしている。
(2)これも前述6記載のとおり、少年一人ひとりの要保護性に応じたきめ細やかな処遇に対応できず、また少年の可塑性や教育可能性を考慮した資格制限の排除規定を蔑ろにするものとして反対である。
 
8 結論
      以上のとおりであるから、当会は、少年法の理念に逆行する本改正法案に強く反対するものである。
 
以 上

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明
 
  2020年度の司法試験合格者数が本年1月20日に1450人と発表された。政府が掲げる目標の「1500人程度」を維持したともしなかったとも言い得る微妙な人数であるが、いずれにせよ、合格率は39.2%まで上昇しており、法曹の質の観点から懸念がある。そこで、全国の12弁護士会は、以下のとおり共同で意見を述べる。
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅に減少を続けている実情を踏まえ、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年度の司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2 新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていない。そのため、司法修習終了後の就業状況に多少の改善傾向がみられている現在においても、弁護士の過剰供給を原因とした法曹の職業としての魅力の低下は、今なお回復したとは言い難い状況にある。
  それに伴い、法科大学院実入学者数は、2019年度に1862人と前年度に比べ若干回復したものの、2020年度は1711人と逆に前年度比151人減少するなど、依然として低迷した状態にある。司法試験受験者数は、2004年度には4万3千人であったものが、本年度は3703人と実に10分の1以下にまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、これを受け、文科省は198回国会(2019年)に法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案を提出し、法科大学院制度に対する改革として、大学法学部3年と法科大学院2年の計5年で修了する法曹コースの創設、法科大学院在学中の司法試験受験を可能にする等の法改正が行われた。
  しかし、上記のとおり、志願者の減少の根本原因が法曹の職業としての魅力低下にある以上、この原因を解消しない限り、大幅な法曹志望者の回復を期待することは困難である。
  法曹の職業としての魅力低下を解消し、有為な人材としての志願者増加を達成するには、現状の過剰な需給バランスを是正し、法曹志望者が、自信をもって法曹の道を目指すことができるような環境の整備を行うことこそが必要である。
 
4 こうした中、法務省は、2021年1月20日、2020年度の司法試験合格者数を1450人と発表した。前年度に引き続き、合格者数が若干(52人)減少したとはいえ、受験者数が4466人から3703人へと763人減少したので、合格率は、33.6%から39.2%へと上昇している。
  合格率は、2011年度以降以下のとおりであり、近年急激に上昇している。
  2011(H23)年度 23.5%(合格者2063/受験者8765)
  2012(H24)年度 25.1%(合格者2102/受験者8387)
  2013(H25)年度 26.8%(合格者2049/受験者7653)
  2014(H26)年度 22.6%(合格者1810/受験者8015)
  2015(H27)年度 23.1%(合格者1850/受験者8016)
  2016(H28)年度 22.9%(合格者1583/受験者6899)
  2017(H29)年度 25.9%(合格者1543/受験者5967)
  2018(H30)年度 29.1%(合格者1525/受験者5238)
  2019(R01)年度 33.6%(合格者1502/受験者4466)
  2020(R02)年度 39.2%(合格者1450/受験者3703)
  このような合格率の顕著な上昇は、司法試験合格者を1500人程度とすることを至上命題とすることから生じる現象であって、法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」と指摘していることを蔑ろにし、司法試験合格者の質の確保よりも合格者数の確保を優先しているものとして強く危惧せざるを得ない。
  このような状況下、日本弁護士連合会は、2020年9月、司法試験合格者数の1500人からの「更なる減員」を検証するため、「法曹人口検証本部」を設置し、議論を進めている。
 
5 法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
  そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
2021(令和3)年3月3日
埼玉弁護士会
会長 野 崎 正
 (公印省略)
千葉県弁護士会
会長 眞 田 範 行
 (公印省略)
栃木県弁護士会
会長 澤 田 雄 二
  (公印省略)
山梨県弁護士会
会長 深 澤 勲
  (公印省略)
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
   (公印省略)
兵庫県弁護士会
会長 友 廣 隆 宣
      (公印省略)
 富山県弁護士会
 会長 西 川 浩 夫
                                                                                                                                              (公印省略)
山口県弁護士会
会長 上 田 和 義
(公印省略)
大分県弁護士会
会長 吉 田 祐 治
(公印省略)
仙台弁護士会
会長 十 河 弘
(公印省略)
秋田弁護士会
会長 山 口 謙 治
(公印省略)
札幌弁護士会
会長 砂 子 章 彦
(公印省略)

改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める会長声明

改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める会長声明
 
1 令和3年2月3日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」及び「新型インフルエンザ等対策特別措 置法」の改正法が国会で成立し、同月13日から施行されることとなった(以下、「改正感染症法」、「改正特措法」という。)。
 
2 感染症法は、もともと「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」、「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応する」などとした「前文」を設けて法の趣旨を宣言し、過去の反省等に基づき、伝染病予防法を廃止して制定された法律である。そもそも、感染者は決して責められるべきではなく、その実情を無視して、安易に刑罰をもって義務を課そうとすることは、かかる感染症法の目的・制定経緯を無視し、逆行するものである。その意味で、与野党の協議で入院拒否者らへの刑事罰が削除されたことは当然の帰結である。
  しかし、今回の改正感染症法でも、入院拒否者に対し50万円以下の過料を、疫学調査拒否者に対し30万円以下の過料を課すとの条項はそれぞれ残された。新型コロナウイルス感染症は従来の各感染症と比べて、無症状感染者からの感染力が強いと分析され、深刻な後遺症が残る例が多くメディアで報じられることなどから、国民全体に感染に対する不安が醸成され、感染したこと自体を非難するがごとき風潮が生じている。残念ながら長野県内でも、既に不当な差別を受けた事例が多数報告されている。それにもかかわらず、この上感染者等に対して国家が刑罰ではないとしても、行政罰を課すことになれば、感染者等に対する差別偏見が助長され、極めて深刻な人権侵害を招来することに変わりはない。差別偏見がエスカレートすれば、差別偏見を避けるべく症状を隠蔽する感染者も現れ、皮肉にも感染拡大に寄与する結果となろう。今国会では、罰則・過料の適用につき慎重に運用するとの付帯決議がなされたが、罰則を伴う措置が国民の移動の自由やプライバシーの権利を著しく制限するものである以上、細心の注意を払った運用が求められる。
 
3 次に、改正特措法は、「まん延防止等重点措置」として都道府県知事が事業者に対して営業時間の変更等の措置を要請・命令する権限を有し、命令に応じない場合は過料の制裁、そして要請・命令したことを公表できるとしている。
  しかし、その条文上、発動要件や命令内容が不明確であり、都道府県知事に付与される権限は極めて広範囲となってしまっている。そのため、恣意的な運用のおそれが大きく、罰則等の適用に際し、営業時間の変更等の措置の命令に応じられない事業者の具体的事情が適切に考慮される保証はない。また、各都道府県あるいは市町村間での運用にも差が生じることが予想され、地域間格差を増大させるおそれが大きい。この措置の発動の要件については、付帯決議によって客観的な基準を示すこととされたが、それでもなお、上記の懸念が払拭されるわけではない。
  さらに、感染拡大により経営環境が極めて悪化し、休業することさえできない状況に苦しむ事業者に対して要請・命令がなされた場合には、当該事業者を含む働く者の暮らしや命さえ奪いかねない深刻な結果に直結する。既に不当な差別や偏見にさらされている飲食店に対して、さらなる追い打ちとなることは言うまでもない。かかる要請・命令を出す場合には、憲法の求める「正当な補償」となる対象事業者への必要かつ十分な補償がなされなければならず、その補償の範囲についても、直接規制の対象となる事業者ばかりでなく、関連する取引先事業者を含めより広範囲になされるべきは当然である。
  また、そもそも営業時間の変更等が想定している飲食店等の時短営業が、感染拡大防止にどれだけ効果があるのか疑問である。営業時間の短縮により、総利用客数は減少するかもしれないが、短縮された営業時間内に利用客が集中することで、却って密の空間を招いてしまうおそれもある。
  今回の付帯決議では、営業時間短縮の要請に応じた事業者への支援が明記されたが、その内容は「経営への影響度合いを勘案し、公平性の観点に配慮し」という表現に留まった。いずれにせよ、拙速な規制は徒に事業者の経営を圧迫するものであり、まずは「正当な補償」の内容を提示し、罰則のみ先行して運用されることがないよう、慎重に運用すべきである。
 
4 長野県内を含め、全国で新型コロナウイルスの感染が急拡大し、医療環境が極めて厳しい状況にあるなどの社会状況の中、収束のための有効な施策が必要であることは言うまでもない。
  しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するためには、政府・自治体と市民との間の理解と信頼に基づいて、感染者が安心して必要な入院治療や疫学調査を受けることができるような検査体制・医療提供体制を構築すること及び事業者への正当な補償こそが急務であって、安易な罰則の適用や特定事業者への拙速な命令権限の発令は厳に慎むべきである。
 
5 以上の観点から、当会は、今回成立した改正感染症法及び改正特措法の慎重な運用を求める。
 
2021年(令和3年)2月8日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

令和2年司法試験合格発表についての会長声明

令和2年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 令和3年1月20日,令和2年司法試験の合格者が発表され,受験者3703人中,総合点780点以上を得た1450人が合格者とされた。
   新型コロナウイルスの感染拡大に伴い試験日程が延期され,日常生活すら種々の影響を受けるなか,困難に耐えて司法試験に臨んだ皆様には,改めて敬意を表したい。
 
2 司法試験は,法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから,司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し,法曹の質を確保することは,国民に対する国の重大な責務である。
   法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
   この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録,下線は当会)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人程度以上という合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
 
3 当会は,過去3回の司法試験の合格判定が,上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ,法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること等(平成29年10月20日付,平成30年10月13日付,令和元年10月15日付の各年の「司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ,本年の合格判定に先立ち,改めて,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和2年9月15日付「令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
 
4 しかし,本年の合格率は,すでに合格ラインが急落した後の昨年比で見ても約5.5%上昇しており,歴年の合格率をみると,「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめ後の平成28年以降,上昇を続けている。受験者数が急減している一方で,合格者数は「1500人程度」が維持され,微減するのみだからである。
           年   受験者数   合格者数     合格率(四捨五入)
   26   8,015人    1,810人     22.58%
   27   8,016人    1,850人     23.08%
   28   6,899人    1,583人             22.95%
   29   5,967人    1,543人             25.86%
   30   5,238人      1,525人     29.11%
   R1   4,466人    1,502人     33.63%
   R2   3,703人      1,450人     39.16%
 
  また,合格点と,全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)の差を歴年比較すると,以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は,中央値より低い総合点であったと擬制している。)
           年   合格点  総合点の中央値  合格点-(総合点の中央値)
   26  770点   604点         166点
   27  835点   679点         156点
   28  880点   725点         155点
   29  800点   659点         141点
   30      805点       706点              99点     
   R1      810点   726点              84点
         R2      780点    721点               59点
 
合格点と中央値の差が,155点→141点→99点→84点→59点と急激に縮小している事実は,仮に各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても,合格ラインが急落していることを意味する。その急落ぶりは,平成30年に最も顕著であり,本年の合格ラインの落差は,それに次ぐ大幅なものである。
 
5 そして,法曹志願者が激減している現状等に照らせば,受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性は想定しえないことから,上記4の相対的な合格ラインの急落は,司法試験の合格レベルが,絶対評価として見ても,平成30年以降,急落を続けていることを意味するのである。
   司法試験の合格レベルが急落を続ける原因は明らかである。
   例年,司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ,本年の合格点は780点であり合格者数は1450人であること,785点以上を得た受験者は1418人であることから,本年の合格点が780点と決定された理由は,合格点を780点まで引き下げて初めて「1500人程度」の合格者数が確保される点以外に見当たらない。
   政府は今回も,「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを,「1500人程度」の数値目標を維持するため,意図的に引き下げたものと言わざるを得ない。
   かかる合格判定は,司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し,市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり,政府ですら,1500人程度の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,その観点は無視されているに等しい。
 
6 当会は,我が国における弁護士数の適正化の観点から,司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」),本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
 
7 よって,当会は,令和2年司法試験合格判定に対し,強く抗議する。
 
  令和3年2月8日
 
   長野県弁護士会
会長  中 嶌 知 文

市町村に犯罪被害者等の支援に特化した条例が制定されることを求める会長声明

長野県及び長野県下のすべての市町村に犯罪被害者等の支援に特化した条例が制定されることを求める会長声明
 
1 平成16年に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)が制定され、犯罪被害者等(犯罪等により害を被った者及 その家族又は遺族をいう。)が、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有することや、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるような施策を講ぜられること等の基本理念が定められた。
 
2 基本法には、 国だけでなく地方公共団体にもこれらの基本理念にのっとり、その地方公共団体の地域の状況に応じた被害者等を支援する施策を策定・実施する責務があると明記されている。
 かかる責務を果たすため、近年、地方公共団体において犯罪被害者等の支援に特化した条例(以下、「条例」という。)を制定する動きが広がっている。
 令和2年4月1日現在、21都道府県、7政令指定都市、326市区町村において条例が制定されている(令和2年版犯罪被害者白書)。さらに、現在においても複数の県や市区町村において条例の制定が検討されているとのことである。
 条例が制定されることにより地方公共団体の責務や支援内容、被害者等の権利が明確化され、計画的継続的な支援活動が可能となり、また、支援に当たる行政職員や地域住民の意識向上にもつながることが指摘されている。
 
3 長野県内では、長年、県にも市町村にもまったく条例がなかったが、令和2年9月18日に埴科郡坂城町で県内初の条例が制定された。
 その後、長野県議会9月定例会本会議において、条例についての代表質問が行われ、これに対し、阿部守一知事が条例の制定も含めて、具体的な対応を検討していきたいと述べるなど、条例制定に向けた気運が高まっている。
 長野県内においても犯罪被害者等の権利利益の保護が図られる社会の実現に向け、新たな一歩が踏み出されたことは大いに歓迎されることである。
 
4 基本法には、国だけでなく地方公共団体にも「相談及び情報の提供」、「損害賠償の請求についての援助」、「給付金の支給に係る制度の充実等」、「保健医療サービス・福祉サービスの提供」、「犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保」、「居住・雇用の安定」、「刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備」等の各項目について、施策を講ずることを求めており、条例には最低限これらの項目について、規定されるべきである。
 
5 また、長野県は全国第4位の広い面積と全国第2位の77市町村という多くの市町村をかかえている点に特徴がある。
 まず、総合的かつ計画的な犯罪被害者支援を実現するためには、長野県が、県下の各市町村の指針となるべき施策を盛り込んだ条例を制定し、リーダーシップをとることや各市町村との連携の軸となることが不可欠である。かかる条例の制定は、長野県が掲げる「最高品質の行政サービスを提供し、ふるさと長野県の発展と県民のしあわせの実現に貢献」するとの行政経営理念からも要請されるところである。加えて、観光地である長野県の特性から県内に住所を有しない犯罪被害者に対する支援内容を規定することも検討されるべきである。
 そして、長野県下の各市町村においても、第一次的な相談窓口としての役割や、具体的な住民への支援を実施する内容を定めた条例が制定されるべきである。
 例えば、「給付金の支給に係る制度の充実等」については、長野県と市町村が連携し、住民の生活に密着したサービスの多くを担っている市町村においては簡易かつ迅速な手続による生活費の支給等の支援を行い、また、市町村よりも豊富な人員や予算を有する長野県においては、より大規模な経済的支援を行うこと等も期待される。
 地域の状況に応じ特色を反映した条例の制定のため、当会としても、これまで「犯罪被害者等支援条例」のモデル案を作成し自治体に提供するなどして働きかけを行ってきたところであるが、今後も条例の研究や具体的な条例・条文の検討策定等について協力を惜しまない。
 
6 以上から、当会は、長野県及び長野県下のすべての市町村に対して、犯罪被害者等の支援に特化した条例を制定するよう求める。
 
令和3年1月12日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化制度の対象とすることを求める

外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化制度の対象とすることを求める会長声明
 
1 子ども・子育て支援法改正法が2019年10月1日から施行され、幼児教育・保育の無償化制度(以下、「本件無償化制度」という。)が始まっている。
 本件無償化制度は、幼稚園、保育園、認定こども園に加えて認可外保育施設等も対象として進められている。一方、インターナショナルスクール、ブラジル人学校や朝鮮学校等学校教育法第134条に基づき各種学校としての認可を受けたいわゆる外国人学校の幼児教育・保育施設(以下、「外国人学校幼保施設」という。)は、「幼児教育を含む個別の教育に関する基準がなく、多種多様な教育を行っており、また、児童福祉法上認可外保育施設にも該当しないため、無償化の対象とはならない」として、本件無償化制度の対象から除外された(「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」2018年12月28日関係閣僚合意)。
 
2 しかし、各種学校である外国人学校幼保施設は、学校教育法第134条に基づき各都道府県知事の監督に服しながら幼児教育を行っている。また、多種多様な教育を行っている認可外保育施設が本件無償化制度の対象とされている以上、多種多様な教育を行っていることは、各種学校を本件無償化制度の対象外とする理由にならないはずである。
 そもそも、「全ての子どもが健やかに成長するように支援する」という子ども・子育て支援法の基本理念に照らせば、外国人学校幼保施設に通っている子どもであっても無償化制度の対象とするのが同法の趣旨に適うものであり、外国人学校が各種学校であって認可外保育施設に該当しないことを理由に、外国人学校幼保施設に通っている子どもを本件無償化制度の対象外とすることは、合理的理由のない差別であって、憲法第14条、自由権規約第2条1項、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約第2条1項に反し、許されない。したがって、国は、本件無償化制度を広く外国人学校幼保施設にも適用するよう、速やかに法改正をするべきである。
 
3 国は現在、国と地方自治体が協力して支援を行う制度を検討するための事業として、地域における小学校就学前の子供を対象とした多様な集団活動等への支援の在り方に関する調査事業(以下、「本件調査事業」という。)を行っている。
 しかしながら、本件調査事業は、地方自治体が地域にとって不可欠であると判断して既に支援事業を行っている施設が対象であり、また、調査対象施設として申請されるか否かについても地方自治体に委ねられている。
 外国籍の子どもやそれにかかわる外国人学校幼保施設が差別なく扱われることは、全国一律の判断が求められるところであるが、本件調査事業のやり方では地域的格差を生じかねず、今後検討される国による支援策も、地方自治体が支援している施設が前提になることが推測され、その場合、外国人学校幼保施設が一律に無償化の恩恵を受けられることにはならないのではないかとの懸念を抱かざるをえない。
 
4 よって、当会は、国に対し、本件無償化制度を外国人学校幼保施設にも適用するよう、速やかに法改正をすることを求める。
 なお、地方自治体に対しては、この法改正がなされるまでの間、上記差別を実質的に解消するために、外国人学校幼保施設に対し広く積極的に財政支援を実施することを求める。
 
2020年(令和2年)11月20日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明

送還忌避等会長声明

(2020-11-04 ・ 420KB)

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明
 
2020年(令和2年)10月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 
  法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「専門部会」という。)は,2020年(令和2年)6月19日,「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を発表し,同年7月14日,法務大臣に本提言を提出した。
  本提言には,退去強制令書の発令にあたり本人の事情を適切に考慮するための手続の充実・改善や在留特別許可の考慮要素や基準の明確化,退去強制令書が発付された者が早期出国に応じる場合に次回入国時に早期の上陸・在留を可能とする仕組みの制度化,常勤医師の確保・治療拒否者に必要な医療上の措置を取る等被収容者の処遇を改善する具体的措置,仮放免の要件・基準の明確化等,評価すべき提言も幾つかある。これらの点は速やかに制度化すべきである。そもそも,政府は,昭和27年の第13回国会において,昭和26年11月1日に施行された出入国管理令(昭和26年政令第319号)を法律に改正する際,退去強制手続が人身の自由を侵害する以上刑事訴訟法に準じた手続保障が必要であるという指摘を,「外国籍の者に国外へ出てもらう退去強制手続は行政手続であって刑罰ではないことが国際慣例である」旨繰り返し強調して排除した 。その結果,現在の諸手続が構築され,以来,70年近くにわたって,適正手続の保障を怠ってきたことが,今日の国際社会から厳しく非難される事態を招いているのである。人身の自由を著しく制約する出入国在留管理行政の各手続にも適正手続が憲法上保障されるべきことからすれば,上記提言はごく当たり前ともいえることである。 
  他方,本提言は,日本国から退去しない行為に対する罰則の創設,一定の難民認定者から送還停止効を外す措置の導入,仮放免された者の逃亡等の行為に対する罰則の創設の3点を含み,また収容期間の上限を明確に定めることは提言していない。当会は,以下のとおりこれら4つの点に強く反対する。
 
1 日本国から退去しない行為に対する罰則の創設について
  本提言は,退去強制令書の発付を受けた被退去強制者に対し,送還に必要な渡航文書の発給申請や一定の期日までの出国を義務付ける命令制度の創設と,それらの義務の履行を確保する目的で命令違反に対する罰則の創設を提言している(以下「退去強制忌避罪」という。)。
  被退去強制者が日本国から退去することができずにいる事情は様々であり,国籍国に帰国すれば迫害の恐れのある者,子どもが日本国で生まれ育って教育を受けてきたため日本語しか話せず,国籍国へ帰国した場合は教育を受けることすら期待できない者等も含まれる。これらの者は,やむを得ず難民認定申請を繰り返し行ったり,退去強制令書の発令に対して抗告訴訟を提起したり,再審情願等職権発動を求めて在留特別許可を求める活動を適法に行い,あるいは将来行おうとすることもある。これらの行為をしたり,しようとしている間に退去強制に応じないのは権利行使に伴う当然の帰結であり,これらの活動後に在留資格を付与されたり在留特別許可を受けたりすることは珍しくない。実際,2018年に退去強制令書が発付された後に仮放免となった者は523名,在留特別許可となった者は1371名もいるのである 。退去強制忌避罪の創設は,これら正当な権利行使をしている者も犯罪者にしかねず,これらの者の公正な裁判を受ける権利(日本国憲法第32条,市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第1項)を侵害するものといえる。なお,本提言は,対象を罰則による間接強制を伴う退去義務を課すことが真に必要となる者に限定されるべきとしているが,恣意的判断や運用を排除できるほどの明確な構成要件を定めることは困難と言わざるをえない。
  さらには,退去強制忌避罪の創設は,被退去強制者の人権を侵害するにとどまらずに同人の周辺にも脅威を及ぼす。すなわち,被退去強制者が権利を実現するために退去強制に応じない間,人道上の視点からこれらの者に対して援助の手を差し伸べる者は,行政書士や弁護士等の専門職に限らず,NGOや一般市民等にも多数存在する。退去強制忌避罪の創設はこれらの者をも共犯者の立場にすることも可能であるため,これらの重要な人道上の活動が著しく萎縮する結果を招くことも強く懸念される。
  以上のとおりであるから,当会は退去強制忌避罪を導入することに反対する。
 
2 一定の難民認定者から送還停止効を外す措置の導入について
  本提言は,難民認定申請がなされると難民認定手続終了までの間は退去強制することはできないとする送還停止効(ノン・ルフルマン原則(難民の地位に関する条約第33条第1項,難民の地位に関する議定書第1条第1項),出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)第61条の2の6第3項)に,「一定の例外,例えば,従前の難民不認定処分の基礎とされた判断に影響を及ぼすような事情のない再度の難民認定申請者について,速やかな送還を可能とするような方策を検討すること」を提言している。
  この送還停止効の例外措置の導入は繰り返される難民認定申請に対する対抗措置と位置付けられているが,自ら加入し,国内法にも明記した条約上の大原則に例外を設けるためには,よほど明白で重大な立法事実等が必要なはずである。しかるに,2018年の難民認定申請者10,493人のうち,過去に難民認定申請を行ったことがある者は749人と7.1%に過ぎないうえ,そのうち非正規在留者は231人と申請者全体の2.2%であるから ,そもそも入管行政が複数回の難民認定申請による悪影響を被っているという立法事実が存在するのか甚だ疑問である。また,2回目以降の難民認定申請において,行政手続若しくは司法手続の結果,難民認定を得た実例は相当数存在する。それにもかかわらず送還停止効に一定の例外を設けることは,本来は「難民」と認定されるべき者を迫害地に送還することでその者の生命を危険に晒す結果となる。
  そもそも,あまりにも低い難民認定率が国際水準から乖離している日本国の難民認定制度は,国際社会から「難民鎖国」と批判され続けてきた。公開されている最新の統計では,2018年度中に難民認定申請を処理された者13,502人のうち,難民と認定された者は38人と,わずか0.28%に過ぎない 。
  日本国の難民認定制度の最重要な課題は,国際水準に合致した適正な難民審査制度を構築することである。その問題を棚上げにしたまま送還停止効に一定の例外を設けることは,日本国が難民保護の政策を完全に放棄することに他ならないし,「専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたい」とする憲法の理念に明らかに反する。
  以上のとおりであるから,当会は送還停止効の例外措置を導入することに反対する。
 
3 収容期間の上限を設けないことについて
  本提言は,退去強制令書による収容は「送還可能のときまで」(入管法第52条第5項)と規定され,収容期間に上限を設ける仕組みが存在しない点について,一定期間を超えて収容を継続する場合にはその要否を吟味する仕組みを提言する一方,収容期間及び合算した収容期間の上限を定めることを提言しなかった。
  この規定によって2年,3年にもわたり長期間収容されている被収容者は,近年急増している。専門部会へ提出された資料によると,同年6月末時点における収容期間6月以上の被収容者数は合計679名であり,2014年(平成26年),2015年(平成27年)の各12月末日時点におけるそれ(各合計290名)と比べてわずか5年の間に倍増を越している 。報道によると,7年もの間収容され続けている被収容者すら存在する 。
  このような収容期間の無期限長期化を背景に,各地の収容施設では抗議のハンガーストライキが立て続けに起きている。2019年(令和元年)6月24日には,長崎県の大村入国管理センターにおいて3年半収容されたナイジェリア国籍の被収容者1名がハンガーストライキを行い餓死するという痛ましい事件が起きた。被収容者にとって,先の見えない無期限の長期収容がその心理や身体に重大な影響を及ぼすことは想像に難くない。実際,各地の収容施設の被収容者の61%が何らかの薬を処方されており,東日本入国管理センターでは96%に及ぶ 。
  無期限の長期収容は,収容の目的である送還の確保のための必要最小限度の身体拘束とはいえず,身体拘束は必要最小限度にとどめるべきという比例原則に違反し,世界人権宣言第9条,国際規約第9条1項に違反している。このため,国際社会からも厳しく批判にさらされ,2020年9月23日に国連の恣意的拘禁作業部会において示された見解においても,収容期間の上限は法律で定められなければならず,その上限に達した場合は自動的に被収容者は解放されなければならないと明言されている。本提言もこのような無期限の長期収容という実態が恣意的拘禁であるとして国際的非難の的となっていたことは認めているのであるから,日本国は,現状を放置せず,速やかに収容期間及び合算した収容期間の上限を定めなければならない。
 
4 仮放免された者の逃亡等の行為に対する罰則の創設について
  本提言は,仮放免された者が逃亡したり,出頭しない行為に対する罰則の創設を提言している(以下「仮放免逃亡罪」という。)。仮放免逃亡罪も,退去強制忌避罪と同様,刑罰による威嚇によってこれらの行為を防止することを意図している。
  仮放免された者の逃亡が増加したのは2015年(平成27年)末以降であるが ,これは同年秋以降仮放免に就労禁止条件が全面的に付与され,これに違反した場合は条件違反を理由に収容される運用が開始された時期と重なっている 。これらの事実から,この就労禁止条件によって生計の手段を失ったことが主な原因であると推測されるが,専門部会で逃亡原因が十分に検討された形跡はない。
  それにもかかわらず,安易に刑罰を導入することによって解決を図ろうとすることは,刑法の謙抑性の観点から問題があるし,逃亡及び不出頭の原因が不明なままでは新たな刑罰導入の効果は疑わしい。
  仮放免逃亡罪も,退去強制忌避罪と同様,仮放免された者を支える者をも共犯者の立場に追いやる危険性があり,重要な人道上の活動が著しく萎縮する結果を招くことも強く懸念される。
  以上のとおりであるから,当会は仮放免逃亡罪を導入することに反対する。
 
以 上

検察庁法会長声明

検察庁法会長声明

(2020-10-16 ・ 139KB)

検察庁法の一部改正廃案法案と同趣旨の法案を再提出することに強く反対するとともに違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明 
 
1 検察庁法の一部改正法案(以下,「廃案法案」という。)が,第201回通常国会に提出され,国民世論からの強い批判,反対を受け,廃案となった。
 廃案法案については,国民世論はもとより,日本弁護士連合会,全国52のすべての単位弁護士会による反対の意見表明がなされ,また,検察OBからも反対意見が寄せられたところであり,廃案法案の重大な問題性に鑑みれば,廃案は当然のことである。
 
2 しかしながら,報道によれば,新政府は,廃案法案について,再提出に向けて検討したいとして,2021年1月招集の通常国会に再提出する予定で調整を進めているとのことである。
 現時点では,いかなる法案が再提出されるかの詳細は不明であるものの,当会の2020年4月13日付及び同年5月20日付各会長声明において指摘したとおり,廃案法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」については,以下のとおり,準司法官たる検察官の独立性,公正性を根底から揺るがし,国民の信頼を損ない,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来するものである。
 また,政治権力を憲法で拘束する立憲主義を骨抜きにする違憲の疑いすらある法案である。
 
3 検察官は,公益の代表者として,強大な捜査権限及び公訴提起権を独占し,起訴,不起訴の裁量権を有している。また,検察官には,心身の故障その他の事由がある場合に,検察官適格審査会の議決を経るなどの手続を経ない限りは罷免されないという身分保障がなされている。
 これは,検察官が,準司法官として,政治権力による犯罪を含むいかなる犯罪についても,厳正中立の立場から,捜査権,公訴権を行使することを可能とするためであり,憲法の基本原理である権力分立に基づくものである。
 廃案法案のような,幹部検察官の人事について,政治権力による恣意的な介入が許されうる制度を設けることは,上記のような検察官の権限行使を歪め,「いかなる者も法に服する」という法治国家の基本的な原理を根底から突き崩す危険を招くものであり,許されない。
 
4 また,廃案法案及びこれの延長線上にある再提出予定法案の問題性とは別に,2020年1月31日付の東京高等検察庁検事長の定年を延長する閣議決定は,当会の同年4月14日付会長声明において指摘したとおり,検察官に定年延長は一切ないとする公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであることに変わりはない。
 
5 当会は,廃案法案と同趣旨の法案の再提出に強く反対するとともに,検察官定年延長の閣議決定の撤回を求める。
 また,当会は,引き続き国民,学識者,マス・メディア等に対し,この問題の重大性,刑事司法の公正に与える危険性に対する問題提起を継続し,ともに議論していく所存である。
 
2020年(令和2年)10月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

内閣総理大臣の日本学術会議会員についての任命拒否に対し,強く抗議する会長声明

日本学術会議会長声明

(2020-10-12 ・ 184KB)

内閣総理大臣の日本学術会議会員についての任命拒否に対し,強く抗議する会長声明 
 
1 報道によれば,菅義偉内閣総理大臣は,令和2年10月1日から任期が開始される日本学術会議の会員について,同会議が推薦した候補のうち6名(松宮孝明立命館大学教授(刑事法学),岡田政則早稲田大学教授(行政法学),小沢隆一東京慈恵会医科大学教授(憲法学),宇野重規東京大学教授(政治学),加藤陽子東京大学教授(歴史学),芦名定道京都大学教授(キリスト教学))を,会員に任命しなかった。
 
2 日本学術会議は,「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って,科学者の総意の下に,わが国の平和的復興,人類社会の福祉に貢献し,世界の学界と提携して学術の進歩に寄与すること」を使命とする科学者の「内外に対する代表機関」として,設立されたものであり,政府から独立した立場で政策提言等を行う科学者の代表機関として位置づけられている(日本学術会議法前文,2条,3条)。
日本学術会議は210名の会員をもって構成され,会員については,優れた研究または業績がある科学者のうちから日本学術会議の選考した候補者を内閣総理大臣に推薦するものとされ,内閣総理大臣はその推薦に「基づいて」会員を任命することとされている(法17条,7条2項)。
 
3 日本学術会議の会員の選任手続は,当初科学者による公選制であったところ,昭和58年の法改正により,現在の推薦に基づく内閣総理大臣の任命という形式に改められたという経過がある(平成16年の法改正までは,学術研究団体からの日本学術会議を経由する推薦制,それ以降は日本学術会議からの推薦制)。
 そして,同改正においては,内閣総理大臣の任命制とすることにつき,日本学術会議からは,同会議の自主性と独立性をおかすものとして反対の意見が表明され(昭和58年5月19日付「日本学術会議法の一部を改正する法律案について(声明)」),国会審議においても,内閣総理大臣による任命制は,会員の任命を通じ,日本学術会議を政府の御用機関化する危険性があるとの懸念が示されていた。
 このような批判ないし懸念に対し,当時の政府は,国会の委員会答弁において,「実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。」(昭和58年5月12日参議院文教委員会 手塚康夫政府委員),「210人の会員が研連から推薦されてまいりまして,それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。この点につきましては,内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。」(同日参議院文教委員会 高岡完治説明員),「その推薦制もちゃんと歯どめをつけて,ただ形だけの推薦制であって,学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない,そのとおりの形だけの任命をしていく,こういうことでございますから,・・・政府が干渉したり中傷したり,そういうものではない」(昭和58年11月24日参議院文教委員会 丹羽兵助国務大臣・総理府総務長官)旨答弁し,学術会議側による推薦を尊重することを国民に対し,確約していたものである。
 そして,参議院文教委員会においては,「なお,内閣総理大臣が会員の任命をする際には,日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」との附帯決議を附している。
 
4 このような立法経過を経て導入された内閣総理大臣による任命制については,今回の任命拒否が発生するまで,日本学術会議側が正式に推薦した会員候補を内閣総理大臣が拒否した事例は一度もなかった。
これまでのところ,いかなる理由で長年にわたる法運用を覆し,日本学術会議の推薦した会員候補を任命しなかったのかについて,菅義偉内閣総理大臣ないし政府は,具体的な説明を行っていない。
 
5 報道によれば,今回任命拒否された候補者は,そのすべてが,法学を中心とした社会科学系の学識者ないしは人文科学系の学識者であり,平成25年に成立した特定秘密保護法案,平成26年にそれまでの政府の憲法解釈を変更し,集団的自衛権の行使を可能とした閣議決定ないしその後の平成27年に成立したいわゆる新安保法制,平成27年の沖縄県名護市辺野古沿岸部の埋め立てを巡る行政不服審査法に基づく審査請求問題,平成29年のいわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法案等に対し,学識者として批判的な意見を表明するなど,何らかの形で政府に対する批判的な意見を表明した者である。
 
6 仮に,今回の任命拒否の実質的な理由が,上記のような政府に対する批判的な意見表明を行った者を日本学術会議から排除することにあるとすれば,当該候補者及び日本学術会議に対する重大な政治的圧迫ないし恫喝であり,憲法23条の保障する学問の自由を侵害するものといわざるを得ない。
 また,このような政府による圧迫,恫喝を目の当たりにした我が国の学識者は,学問的見解または学問的良心に基づく自由な意見表明を差し控えることとなり,政府に対する批判的な意見の表明が萎縮することが容易に予想される。これは,我が国の民主主義に対する重大な危険性をもたらすものであることはいうまでもない。
 
7 我が国は,かつて,いわゆる天皇機関説事件,滝川事件等の政府の意向に沿わない学問的見解を有する学識者が政府により弾圧され,自由な学問研究が阻害された苦い歴史的経験を有している。
 日本国憲法が,学問の自由を保障したのは,このような歴史的経験に鑑み,政府批判を含む自由な学問及びこれによる意見表明を保障することこそが憲法の基本理念たる基本的人権の尊重,国民主権を貫徹するために必須であるとしたからにほかならない。
  日本学術会議には,我が国の学術研究者の代表機関として,強い自主性と独立性が担保されなければならず,その会員の任命においては,現行法を前提とするならば,内閣総理大臣は,日本学術会議の推薦した候補者については,学術会議の会員として不適当であることを示す客観的で一見明白な理由が存在しない限り,これを尊重しそのまま任命しなければならない。
 
8 当会は,内閣総理大臣に対し,各候補者についての任命拒否を行った具体的な理由を国民に説明することを求めるとともに,今回の任命拒否に対し,強く抗議する。
 
2020年(令和2年)10月10日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

民事裁判手続のIT化に関する会長声明

民事裁判手続のIT化に関する会長声明
 
第1 意見の趣旨
  当会は、法制審議会において、民事裁判手続のIT化についての民事訴訟法の見直しが検討されている状況を踏まえ、裁判を受ける権利の実質的保障、地域における裁判所の充実の必要性の観点等から、関係各所に対し、以下のとおり要請する。
 1 オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではなく、裁判制度を利用する当事者が選択できる制度とすべきであること
 2  IT機器を有していない者や高齢者・障がい者をはじめとしたITに習熟していない者の司法アクセスを拡充するために、地方裁判所(支部を含む)及び簡易裁判所を本人サポートの拠点として充実させること
 3  特別な訴訟手続の特則を設ける必要があるか否かの検討については、民事裁判手続のIT化とは切り離した上で、その必要性及び具体的な制度設計を検討すべきであること
 4  民事裁判手続のIT化のために十分な予算措置を講じることに加え、IT化以外の司法基盤の拡充のためにも十分な予算措置を講じること
 
第2 意見の理由
 1 令和2年2月21日開催の法制審議会において、法務大臣から民事裁判手続のIT化についての諮問がなされ、現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事訴訟制度の見直しが行われている。
 2 当会としても、裁判手続を利用する当事者の選択肢として、民事裁判手続のIT化が図られること自体は望ましいことであると考えており、時代に即した民事訴訟制度の見直しが行われることにより、司法制度改革が目指した「国民にとって、より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充するとともに、より公正で、適正かつ迅速な審理を行い、実効的な解決を可能とする制度の構築」がなされることに期待するものである。
 3 他方において、民事裁判手続のIT化には、裁判の公開や直接主義などの民事裁判の諸原則との整合性、セキュリティー対策、デジタル証拠の改ざん対策、非弁対策等の数々の問題点が指摘されているが、中でも裁判を受ける権利に対する配慮は重要であり 、民事裁判手続のIT化が図られた結果、IT機器を有していない者や高齢者・障がい者をはじめとしたITに習熟していない者の裁判を受ける権利を侵害するような事態が生じることは絶対に避けなければならない。
令和2年9月16日に菅内閣が発足し、デジタル庁の設置に向けた動きが加速している。しかし、デジタル技術の推進は、国民の利便性を高めることが目的であって、デジタル化自体が目的ではない。当会としては、民事裁判手続のIT化が国民の裁判を受ける権利や裁判の公正さに資するかどうかの立法事実の真摯な検討を怠ったままIT化が更に促進されることを危惧する。
 4 オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではないこと
  (1) 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会では、オンライン申立ての義務化等について、「オンライン申立てを原則義務化することについて、その段階的な実現を含め、どのように考えるか」が検討事項として挙げられているが、オンライン申立ての義務化は、その立法事実が十分に検討されていないことに加え、国民の裁判を受ける権利を侵害する可能性が高いことから相当ではない。
  (2) 司法のユーザーである市民の中には、能力的、経済的、環境的事情等から必ずしもITを駆使した手続に対応できない者も相当見込まれる。例えば、プロバイダ料金やパソコン購入代金を支払うことができない貧困家庭、生活保護受給者、あるいはパソコ ンやインターネット等の情報技術を利用することができなかったり、使いこなせない市民の場合には、オンライン申立てを義務化することによって、かえって民事裁判手続を利用することができなくなるような事態を生じさせることになる。すなわち、オンライン 申立ての義務化は、デジタル・ディバイド(格差)による市民の新たな裁判所へのアクセス障害を生じさせ、裁判を受ける権利を侵害することになる。
  (3) この点、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会においては、オンライン申立ての義務化に向けた方策として、(1)裁判所による適切な事件管理システムの構築等、(2)適切な担い手による充実したサポート体制の構築等をあげる。しかしながら、具体的 なシステムの内容や具体的なサポート体制の内容が明らかではない中で、オンライン申立ての義務化を決定することは性急であり、オンライン申立ての義務化によって、IT機器を保有しない者、ITに習熟していない者の裁判を受ける権利が侵害されないという 制度的な保障は全くない。
  (4) また、訴訟代理人の中にも、高齢等の理由によりオンライン申立てに対応することが困難な者が存在すること、特に弁護士過疎地域においては、オンライン申立てに対応できない弁護士がいると当該地域の住民の司法アクセスの制限に直結してしまうことからして、訴訟代理人に対してもオンライン申立ての義務化を行うことは相当ではない。
  (5) 以上より、オンライン申立てについては、義務化を前提とすべきではなく、裁判制度を利用する当事者が選択できる制度とすべきである。
 5 地方裁判所(支部を含む)及び簡易裁判所を本人サポートの拠点として充実させること
  (1) オンライン申立ての義務化の有無にかかわらず、民事裁判手続にオンライン申立てを制度として導入する以上、民事裁判手続を利用しようとする者に対する充実したサポート体制を構築することが必要である。
  (2) 我が国においては、本人訴訟の割合が高い(司法統計によれば、平成30年度の簡易裁判所における訴訟は76.30%が双方当事者本人訴訟、地方裁判所においても13.23%が双方当事者本人訴訟、地方裁判所における当事者の一方又は双方ともに代理人を選任していない訴訟は54.54%)ことからしても、利用者に対するIT面における充実したサポートの必要性が高いことは明らかである。
  (3) そこで、裁判手続のIT化の導入と併せて、地方裁判所(支部を含む)及び地域に身近な裁判所である簡易裁判所内に、誰もが利用することができるパソコンやスキャナー機能を有する複合機等の機器を設置する等の裁判所におけるIT環境の整備を図ることに加え、裁判所の職員を増員する等し、本人訴訟を予定している当事者が、裁判所職員からITによる裁判手続の利用方法について説明を受けることができる態勢を整えることが必要である。
 6 特別な訴訟手続の特則について
  (1) 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会では、特別な訴訟手続が検討事項として挙げられている。これは、審理期間の定めなどがある特別な訴訟手続の導入を検討するものである。
  (2) しかしながら、特別な訴訟手続の新設については、裁判手続のIT化の中で検討されるべきではない。そもそも、そのような制度を新設する立法事実が存在するのか、短期間において裁判官が結論を出すという職権的手続である側面も有していることから、非訟的な手続で権利義務の裁判をすることになり国民の裁判を受ける権利を侵害することにならないか、当事者の主張や証拠を制限し十分な証拠調べが行われないこと等によって裁判制度の適正手続を欠くことにならないかなどの疑問も存在するところである。
  (3) したがって、特別な訴訟手続の特則を設ける必要があるか否かとの点は、民事裁判手続のIT化の検討とは切り離した上で、その必要性及び具体的な制度設計について、慎重な検討がなされるべきである。
 7 十分な予算措置の実施について
  (1) 民事裁判のIT化にあたっては、十分なセキュリティー対策を施した上で、適正な制度及びシステムを構築するために十分な予算措置を講じることが不可欠である。
  (2) 日本の裁判所関連予算は、国家予算(一般会計予算)のわずか約0.3%にすぎず、地域の司法を充実させるために、大幅な予算の増加が求められている。この点、民事裁判手続のIT化により、裁判手続の効率化が過度に強調されることになれば、裁判手続のIT化以外の予算が現在よりも削減されかねない。現在でも不足している裁判所関連予算が、裁判手続のIT化が図られることにより、削減されるようなことがあってはならない。
  (3) また、民事裁判手続のIT化を進めることと併せて、裁判所支部の統廃合、裁判所職員の減員等が行われることがあば、現在においても不十分である裁判所の人的物的基盤がさらに後退し、裁判所に対する市民のアクセス障害を助長することになりかねない。民事裁判手続がIT化されたとしても、口頭弁論及び証拠調べを公開された法廷で直接行う必要性等、当事者及び訴訟代理人が裁判所に直接出頭する必要性は変わらないのであり、裁判所の人的物的基盤を強化する必要性に変わりはない。さらに、ITの操作に不慣れな利用者に対する手続説明等を十分に行うためにも、裁判所職員を減員するようなことはあってはならない。
           
2020年(令和2年)10月10日
長野県弁護士会
会 長 中 嶌 知 文

令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

令和2年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 8月12日から16日にかけて,令和2年司法試験が実施された。
  新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,試験日程が延期されるなどの困難な状況に耐えて司法試験に臨んだ受験生の皆様  に,心から敬意を表する。
 
2 令和2年の司法試験出願者数は4,226名であり,前年比で704名減,前々年比で1,585 名減となった。司法試験受験者数は,8月12日付けの報道によれば3,703人(速報値)となった。
 法科大学院についてみれば,令和2年度志願者数(延べ人数)は8,161名,同年度入学者数は1,711名となり,前年度(志願者数9,117名,入学者数1,862名)を更に下回っている。
 ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の激減は明らかであり,回復の目途が立たない状況にある。
 
3 司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な要請である。
 現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保は困難となる。
 法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府も,司法試験の合格判定においては,1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であること,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であることを公式に表明していたのである。
 
4 法曹志願者が激減する現状下で,1500人という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に本来要請される選抜機能は損なわれ,合格者の質は制度的に担保できず,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
 ところが,近年の司法試験では,過去の受験者数,合格率,全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータとの比較結果や,法曹志願者の激減状況等から推論する限り,合格判定において,上記取りまとめの「1500人程度以上」を墨守するため,合格ラインを意図的に引き下げていると言わざるを得ず,政府は,自らの運用指針に違背し,法曹の質の確保という国民に対する重大な責務を故意に怠っているのである(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」,令和元年10月15日付「令和元年司法試験合格発表についての会長声明」)。
 このような誤りは,直ちに是正しなければならない。司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
5 以上から,当会は,令和2年司法試験の合格判定にあたっては,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求めるものである。
 
2020年(令和2年)9月15日
長野県弁護士会     
会 長   中 嶌 知 文

令和2年7月豪雨に関する会長談話

令和2年7月豪雨に関する会長談話
 去る7月3日以降に九州地方や中部地方をはじめとして全国各地で発生した集中豪雨により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様方と、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。  

 長野県内においても、土砂崩れによる死亡事故をはじめとして、中南信地方を中心に浸水被害や土砂災害が相次いで発生しており、予断を許さない状況が続いています。今回の豪雨では、各地で記録的な降水量が観測され、河川の氾濫による大規模な浸水、土砂災害などによる死傷者は多数にのぼり、住家や農地をはじめとした物的被害も甚大であり、大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。各地の被災状況の映像は、昨年の東日本台風により長野県内で発生した千曲川の氾濫と見紛うばかりであり、被災地の皆様のご心痛、ご労苦を察せずにはいられません。  

 長野県弁護士会は、急ぎ無料法律相談体制を整え、既にその運用も開始しているところです。  

 当会は、昨年の東日本台風災害の折には、全国の単位弁護士会、関東弁護士会連合会、日本弁護士連合会の支援も受けつつ、長野県、被災市町村、日本司法支援センター、他士業団体、ボランティア団体等と積極的に連携協力しながら、被災者支援活動を展開してきました。その活動は今も続けているところですが、今回の豪雨災害に対しても、当会は、過去の被災者支援活動で培ってきた経験を活かし、被災地への法的支援と被災された皆様方の権利回復のために、一丸となって、支援をしていく所存です。  
 被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧が、一日も早く叶いますよう、心よりお祈り申し上げます。 
2020年(令和2年)7月16日 
長野県弁護士会  
会長  中 嶌 知 文

地方法務局支局における公証事務の取扱いについての会長声明

公証人がいない地域の地方法務局支局における公証事務取扱い廃止に反対し、公証事務の取扱いの拡大と周知を求める会長声明
 
1 公証制度は、私的な法律紛争を未然に防ぎ、私的法律関係の明確化、安定化を図ることを目的とした制度である。公証事務は、公正証書遺言を含む公正証書の作成のほか、株式会社の定款・私署証書に対する認証の付与、確定日付の付与など多岐にわたるものであり、地域の市民が等しく利用することができなければならない。
 
2 公証事務は原則として公証人が担うことになっているが、法務大臣は、公証人法第8条の規定により、地方法務局支局等の管轄区域内に公証人がいない場合等に当該地方法務局支局等に勤務する法務事務官に公証人の職務を行わせることができるとされている。同制度は、公証事務の重要性に鑑み、公証人がいない地域の市民も公証事務を容易に利用することができるようにするために設けられたものである。
 
3 ところが、法務大臣は、令和2年7月1日から、福井地方法務局小浜支局、秋田地方法務局本荘支局、秋田地方法務局大曲支局及び旭川地方法務局留萌支局の4支局における公証事務の取扱いを廃止した。公証人がいない地域における地方法務局支局の公証事務の取扱いの廃止は、当該地域の市民の公証事務へのアクセスを阻害するものである。
 
4 長野県内においては、長野地方法務局飯山支局及び同大町支局において、上記公証事務が取り扱われている。しかし、同木曽支局においては、保護命令の申立てに必要な宣誓認証以外の公証事務は取り扱われていない。それ故、同管轄区域内の市民が保護命令の申立てに必要な宣誓認証以外の公証事務を利用する場合には、遠方の公証役場までの移動を余儀なくされている。同木曽支局においても、保護命令の申立てに必要な宣誓認証の取扱いに加えて他の公証事務についても、当該地域の市民の公証事務へのアクセス保障の観点からは、同様に取扱いを行う必要がある。
 
5 また、地方法務局支局において公証事務を取り扱っていることについては、公証事務の取扱いがある地方法務局支局のホームページにも取扱い業務として掲載されていない状況であり、十分な周知がなされていない。十分な周知がなされていないことが、地方法務局支局における公証事務の利用を阻害していると考えられる。
 
6 よって、当会は、法務大臣に対し、上記地方法務局4支局における公証事務取扱い廃止に反対するともに、長野地方法務局木曽支局を含む公証人がいない地域における地方法務局支局についても公証事務の取扱いを拡大することを求める。加えて、公証事務の取扱いのある法務局支局については、市民に対し、取扱い事務に公証事務が含まれること及び取扱いのある公証事務の内容を積極的に周知することを求める。
 
2020年(令和2年)7月14日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文

安心して暮らせるだけの最低賃金の実現を求める会長声明

最低賃金会長声明

(2020-07-13 ・ 176KB)

安心して暮らせるだけの最低賃金の実現を求める会長声明
 
  非正規労働者が労働者全体の3分の1を超え、年間給与額200万円以下で働く民間企業の労働者は、1000万人を超えている。格差と貧困が拡大している我が国の状況においては、最低賃金制度のセーフティーネットとしての機能を真に実効的なものとし、労働者が最低賃金でフルタイム働けば、それだけで安心して暮らせる賃金水準にすることが必要である。
 
  昨年2019年、中央最低賃金審議会は、全国加重平均27円の引上げ(全国加重平均額901円)を答申し、長野地方最低賃金審議会でも27円の引き上げを答申して、長野県の最低賃金は、時給848円となった。
 
  しかしながら、仮に週40時間、年52週、働いたとしても、年収で約176万円、月額約14万7000円にしかならない。これでは、到底、安心して暮らせるだけの賃金水準には達していない。
 
 また、地域間格差は依然として解消されず、最も高い東京の時給1013円に対し、最も低い15県は時給790円であり、223円もの開きがある。長野県とは165円の開きである。賃金格差は、若者の都市部への流出、地方の人口減少、東京一極集中の弊害の要因となっている。賃金の地域間格差をなくすためには、全国一律の最低賃金制度を設けるべきである。
 
  今般、政府の緊急事態宣言により、経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産、廃業に追い込まれる懸念も広がる中、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論もある。
 
  しかし、労働者の生活を守り、新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも、最低賃金額の引上げを後退させてはならない。多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者にとっては、今こそ最低賃金制度のセーフティーネット機能が発揮されるべきである。
 
  一方、最低賃金の引上げによって経営に大きな影響を受ける中小企業に対しては、新型コロナウイルス感染拡大に備えた支援策が拡充されているところであるが、国は、一層の中小企業支援策を講じるとともに、最低賃金引き上げに伴う中小企業の負担軽減策、及び、これまで以上に、元請け企業と中小下請け企業間において公正な取引が確保されるよう努めることも必要である。
 
  以上より、安心して暮らせるだけの最低賃金の実現に向け、中央最低賃金審議会及び長野地方最低賃金審議会においては、最低賃金のさらなる引き上げを図るべきである。また、地域間格差をなくすために、国は、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
 
2020年(令和2年)7月13日
長野県弁護士会 
会長  中 嶌 知 文

検察庁法改正法案の廃案及び違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明

9

検察庁法の一部改正法案の廃案及び違法な閣議決定の撤回を強く求める会長声明
 
1 検察庁法の一部改正法案(以下,「本法案」という。)が,第201回通常国会に提出され,国民世論からの強い批判,反対を受け,2020年5月18日に,今国会での法案成立が見送られることとなった。
 
2 すでに,当会の2020年4月13日付会長声明において指摘したとおり,本法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」については,準司法官たる検察官の独立性,公正性を根底から揺るがし,国民の信頼を損ない,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来するものである。
 また,政治権力を憲法で拘束する立憲主義を骨抜きにする違憲の疑いすらある。
 
3 同様の指摘,批判が,日本弁護士連合会をはじめ,9割以上の単位弁護士会の会長声明や衆議院内閣委員会等の審議における野党からなされていることに加え,世論においても多くの懸念,反対が示されている。
 衆議院内閣委員会において法務大臣は,「特例措置」の要件である「職務の遂行上の特別の事情」,「公務の運営に著しい支障が生ずる」事由について,人事院規則の規定に準じて定めると答弁するなど,検察官の独立性に対する認識が欠けており,恣意的な人事権の行使を可能とする要件であることがますます明らかになっている。そもそも,検察については検察官同一体の原則からも,検事総長や検事長等の幹部検察官の定年という予測しうる交代があったからといって,捜査,公判に著しい支障を来すことは考えられないのであり,立法事実を欠くものである。
 
4 このような審議状況に鑑みても,前記のとおりの本法案の問題性は明白であって,今国会での採決を見送ったのは当然というべきである。
 
5 報道によれば,政府は,本法案の成立を諦めてはおらず,継続審議扱いとして,2020年秋の臨時国会ないしはそれ以降の国会において審議予定とのことであるが,そもそも本法案のうち,内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長がなされることを可能とする「特例措置」条項部分は,削除すべきであって,このような重大な問題を含む法案は,継続審議ではなく,廃案とすべきである。
 
6 また,本法案の問題性とは別に,2020年1月31日付の東京高等検察庁検事長の定年を延長する閣議決定が検察官に定年延長は一切ないとする公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであることに変わりはない。
 
7 当会は,引き続き,本法案中の「特例措置」条項部分の廃案とともに検察官定年延長の閣議決定の撤回を求める。
 
2020年(令和2年)5月20日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 

73回目の憲法記念日によせる会長談話

73回目の憲法記念日によせる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は,一度の改正も経ることなく,2020年(令和2年)5月3日,73回目の憲法記念日を迎えます。国民主権,基本的人権の尊重,恒久平和主義といった重要な基本原理は,国民の期待と信頼の下に基本的に堅持され,国家権力への歯止めとして機能してきました。しかし,今,日本国憲法を取り巻く環境は危機的状況にあります。だからこそ,私たちは,日本国憲法の理念や目指しているものについて,憲法が成立した原点に戻って考える必要があると考えます。
 
2 日本国憲法が最高価値とするものは,個人の尊厳であり,国民一人ひとりが個人として尊重されなければならないことを規定しています(憲法13条)。
しかし,個人の人格の尊重が求められる中で,全ての国民の基本的人権は真に保障されているのでしょうか。
たとえば,ハンセン病患者やその家族へのこれまでの対応は,憲法13条にかなうものだったでしょうか。長らく筆舌に尽くしがたい不当な差別を受け続け,明確な人権侵害があったことが,ようやく司法判断において認められるようになってきてはいますが,反省と人権の回復に向けた国の施策は十分なものと言えるでしょうか。
LGBTすなわち性的少数者に対しては,どうでしょうか。未だ本人の自認する性が尊重される社会とは程遠い状態ではないでしょうか。
また,憲法24条において,両性の本質的平等が定められているにもかかわらず,未だに夫婦別姓制が実現しないのは何故なのでしょうか。私たちは,賛成派,反対派の両論について真摯に向き合っているでしょうか。法律婚において同姓を強制されることが社会生活において大きな負担をかけることや人格権への侵害のおそれがあることへの理解は進んでいるとは思われません。
社会的弱者である子どもたちに対する虐待がなくならないのは何故でしょうか。その背後には私たちの社会が抱えている重大な欠陥があるのではないでしょうか。子どもたちの生命や人格・尊厳が危機にさらされているのに,国・地方自治体・児童相談所・学校等における対応は,後追い的であり未だ不十分と言わざるを得ません。
さらに,新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,令和2年4月7日,7都府県において緊急事態宣言が発出され,同月16日にはこれが全国に拡大される事態となっていますが,緊急事態宣言により,国民一人ひとりの人権が過度に制限されることはないのでしょうか。人権の制限の必要性が認められる事態であるからこそ,その限界が十分に論じられなければなりません。感染拡大という目的を超えたなし崩し的な人権侵害が発生・継続することのないように,その発令の可否,範囲,期間および手続き等について慎重に検討する必要があります。
 
3 日本国憲法の重大な基本原理である民主主義の理念(憲法前文,43条1項,96条等)に目を転じれば,国民の意見や考え方は,現に行われている政治には十分反映されているでしょうか。
杜撰な文書管理,疑惑に対する政府の表面的な答弁が繰り返される国会は,私たちが望んでいる姿でしょうか。国会が真に国権の最高機関(憲法41条)であるために私たちは何ができるのでしょうか。
基地問題の解決には,本当に沖縄の辺野古基地移設しか方法がないのでしょうか。沖縄にだけ基地の負担を負わせる事態は,憲法が保障する法の下の平等(憲法14条)や地方自治の本旨(憲法92条)に反するものと言わざるを得ません。
 
4 残念ながら,今も世界中で紛争が絶えず,このような国際情勢にどのように向き合うかが重大な課題となっています。
そのような状況の中,自衛隊を憲法に明記するなどの憲法9条改憲などが提案されています。
しかし,このような対応をとることが本当に正しい選択なのでしょうか。ひとたび戦争の惨禍に巻き込まれたらその被害は取り返しがつかないものとなるでしょう。武力の強化は決して最善の方法ではなくむしろ最悪の方法とも考えられるのですが,冷静かつ客観的な議論が今現在なされているのでしょうか。
閣議決定による集団的自衛権の行使容認やそれを前提とした安全保障関連法が,憲法違反であることを当会も表明してきました。このような事態が続くことは,国民を戦禍に巻き込む可能性を大きくするものであり,憲法のもつ崇高な理念であり基本原則である恒久平和主義を危機にさらすものです。
 
5 確かに,日本国憲法を取り巻く状況が,70余年を経て,大きく変わったことは紛れもない事実です。
しかし,日本国憲法が定めているのは人類普遍の原理であり,その価値は,たとえ社会情勢,国際情勢が大きく変わろうと,決して減少するものではありません。それどころか,この価値は一層重要性を増してきているとも言えるものです。
私たちが,この価値を忘れたとき,私たちは大きなしっぺ返しを受けるはずです。昨今の出来事を見るに,異質な意見を排除する風潮が社会に蔓延し始めているように思います。異質な意見の排除は,結局のところ,社会を委縮させ,新たな発展の芽を摘み,人類にとって著しい不利益をもたらすだけです。
愛知県で開催された「表現の不自由展」の顛末をみると,危機はすぐそこまで迫っていると言わざるを得ません。
長野県知事が県護国神社の支援組織の会長を務め,神社施設の修復のための寄付金集めの趣意書に名を連ねていたことも極めて問題と言わざるを得ません。
個人が自由闊達に言いたいことが言える社会こそが私たちの目指すべき社会と信じます。また信教の自由も,個人に内在する心情に関わることであり,為政者には慎重なうえにも慎重な対応が求められているのです。
先に触れた新型コロナウイルスの感染拡大に伴う問題に関連し,このことを,いわゆる緊急事態条項を新設する改憲が提案され助長される契機とすることは極めて危険であり,冷静な環境での慎重かつ十分な検討が求められています。
 
6 今,私たちは,改めて,「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は過去幾多の試練に堪え,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(憲法97条)という規定の重さを噛みしめなければならないと思います。
日本国憲法の理念や本質を深く知り,ともに考え,議論し,さらには社会におけるあらゆる人権侵害や不平等に対して,その被害を受けている人々の心情を十分くみ取り,同じ立場に立って,自分自身の問題として,解決する姿勢を持たなければならないと考えます。そして,人類の歩むべき,生きる権利や個人の尊重を中核とした基本的人権が十分に保障され,真の民主主義が確立され恒久平和が実現される社会を,着実に目指していく必要があります。
当会は,この目標を達成するために全力を尽くします。
 
2020年(令和2年)5月1日
長野県弁護士会
会 長 中 嶌 知 文

検察官の定年延長問題会長声明

検察官の定年延長に関する閣議決定の撤回を求め,国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明
 
 
1 政府は,本年1月31日,同年2月7日に定年を迎える予定であった東京高等検察庁検事長の定年(63年)を半年間延長するとの閣議決定を行った。
 
2 しかし,国家公務員法(以下,「国公法」という。)81条の2は,「職員は,法律に別段の定めのある場合を除き,定年に達したときは,定年に達した日以後における最初の3月31日又は所定の退職日に退職する(同条第1項)。前項の定年は,年齢60年とする(同条第2項)。」と定め,定年による退職の特例(同法81条の3)及び定年退職者の再任用(同法81条の4)の規定も同法81条の2第1項により退職すべきこととなる場合又は退職した者を前提としている。
一方で,検察官については,国公法81条の2の「法律に別段の定めのある場合」(同条第1項)として検察庁法22条に定年の規定が存在し,同法32条の2において,国公法附則13条の規定により,検察官の職務と責任の特殊性に基づき同法の特例を定めたものとされている。
したがって,国公法81条の3第1項は,検察官には適用されないことが明らかである。
 
3 裁判官及び検察官はいずれも国家公務員(前者は特別職,後者は一般職)であるが,憲法の基本原理である権力分立とその具体化として憲法76条が定める司法権の独立の理念に基づき,裁判官にも検察官にも厚い身分保障があり(裁判所法48条,検察庁法25条),この身分保障の一環としてそれぞれに定年の定めがある(裁判所法50条,検察庁法22条)。しかし,いずれについても定年による退職の特例及び定年退職者の再任用の定めはない。
前述のとおり,国公法に定年による退職の特例及び定年退職者の再任用の定めがあるのに,国公法の特別法に当る裁判所法及び検察庁法に定めがないのは,司法権の独立の理念から,最高裁判所長官を除く裁判官及び検察官の任命権を有する内閣が,その裁量によって定年退職の特例及び定年退職後の再任用を行うことを回避した結果と考えるのが立法事実に照らし相当であり,裁判官にも検察官にも定年延長は一切ないとするのがこれまでの公権的解釈であったものである。
 
4 よって,上記閣議決定は,検察官に定年延長はないとのこれまでの国公法,検察庁法の公権的解釈に反し,解釈の範囲を逸脱した違法,無効なものであり,ひいては憲法の基本原理である法の支配,権力の分立を損なうものである。
 
5 しかるに,政府は,更に本年3月13日,検察庁法の一部改正を含む国公法等の一部改正案を国会に提出した。
同改正案は,検察官の定年を63年から65年に引き上げ(施行日令和4年4月1日),「年齢が63年に達した者は,次長検事又は検事長に任命することができない。」としながら,内閣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して,・・・公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるとき」は,「特例措置」として63年に達した以降も次長検事又は検事長について1年以内の期限を定め,その官及び職を占めたまま勤務をさせることができること及び当該事由が引続きあると認めるときは更に1年間期限を延長することができることや検事正についても同様の「特例措置」を取ることができること等を企図するものである。
 
6 しかし,同改正案が可決された場合,検察官の人事は内閣の意のままとなり,権力犯罪を厳しく追及し,公訴を提起し,裁判所に法の正当な適用を請求する使命を有する準司法官たる検察官の独立性,公正性が根底から揺るがされる。
そして,検察官に対する国民の信頼を失うとともに,憲法の基本原理である権力分立を損なう危険を招来することが必須である。
 
7 よって,当会は,検察官定年延長の閣議決定を撤回することを求めると共に,検察庁法の一部改正を含む国公法等の一部改正案のうち,検察官の定年ないし勤務延長を内容とする「特例措置」に係る部分に断固として反対するものである。
 
2020年(令和2年)4月13日
長野県弁護士会
会長 中 嶌 知 文
 

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会共同声明

共同声明

(2020-03-30 ・ 179KB)

司法試験合格者数のさらなる減員を求める12弁護士会会長共同声明
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅に減少を続けている実情を踏まえ、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年の司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2  新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていない。そのため、司法修習終了後の就業状況に多少の改善傾向がみられている現在においても、弁護士の過剰供給を原因とした法曹の職業としての魅力の低下は、今なお回復たとは言い難い状況にある。
それに伴い、2019年度の法科大学院実入学者数は、1862人と昨年度に比べ若干回復したものの、依然として低迷した状態にある。司法試験受験者は、2004年には4万3千人であったものが、一昨年は5238人となり、さらに昨年は4466人と実に10分の1近くにまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、これを受け、文科省は198回国会に法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案を提出し、法科大学院制度に対する改革として、大学法学部3年と法科大学院2年の計5年で修了する法曹コースの創設、法科大学院在学中の司法試験受験を可能にする等の法改正が行われた。
しかし、上記の通り、志願者の減少の根本原因が法曹の職業としての魅力低下にある以上、この原因を解消しない限り、大幅な法曹志望者の回復を期待することは困難である。
法曹の職業としての魅力低下を解消し、有為な人材としての志願者増加を達成するには、現状の過剰な需給バランスを是正し、法曹志望者が、自信をもって法曹の道を目指すことができるような環境の整備を行うことこそが必要である。
 
4  こうした中、法務省は、2019年9月に、同年の司法試験合格者数を1502人と発表した。前年に引き続き、合格者数がわずかに(23名)減少したとはいえ、受験者数が5238人から4466人へと772人減少したにもかかわらず、合格率は、29.1%から33.6%へとかえって上昇している。合格率は、2011年以降以下の通りであり、近年急激に上昇している。
  2011(H23)年 23.5%(合格者2063/受験者8765)
  2012(H24)年 25.1%(合格者2102/受験者8387)
  2013(H25)年 26.8%(合格者2049/受験者7653)
  2014(H26)年 22.6%(合格者1810/受験者8015)
  2015(H27)年 23.1%(合格者1850/受験者8016)
  2016(H28)年 22.9%(合格者1583/受験者6899)
  2017(H29)年 25.9%(合格者1543/受験者5967)
  2018(H30)年 29.1%(合格者1525/受験者5238)
  2019(R01)年 33.6%(合格者1502/受験者4466)
このような合格率の顕著な上昇は、司法試験合格者を1500人以上とすることを至上命題とすることから生じる現象であって、法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」と指摘していることを蔑ろにし、司法試験合格者の質の確保よりも合格者数の確保を優先しているものとして強く危惧せざるを得ない。
 
5  法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
2020年(令和2年)3月25日
札幌弁護士会  会長 樋 川 恒 一
秋田弁護士会  会長 西 野 大 輔
仙台弁護士会  会長 鎌 田 健 司
栃木県弁護士会  会長 山 田    実 
埼玉弁護士会  会長 吉 澤 俊 一
千葉県弁護士会  会長 小 見 山 大
山梨県弁護士会  会長 吉 澤 宏 治
長野県弁護士会  会長 相 馬 弘 昭
富山県弁護士会   会長 菊  賢 一 
兵庫県弁護士会   会長 堺    充 廣 
山口県弁護士会  会長 野 村 雅 之
大分県弁護士会  会長 原 口 祥 彦
 
 

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明
 
1 現在,経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会(以下「小委員会」という。)において,クレジットカード等の交付・付与時の過剰与信規制について,下記の規制緩和策が議論されている。
 
(1)利用限度額10万円以下のクレジットカード等の交付・付与時は,指定信用情報機関への信用情報の照会義務(割賦販売法第30条の2第3項)及び基礎特定信用情報の登録義務(同法第35条の3の56第2項及び第3項)を免除すること
(2)クレジットカード会社独自の「技術やデータを活用した与信審査方法」を使用する場合には,支払可能見込額調査義務(同法30条の2第1項)を免除すること
(3)クレジットカード会社独自の「技術やデータを活用した与信審査方法」を使用する場合は,指定信用情報機関への信用情報の照会義務及び基礎特定信用情報の登録義務を免除すること
 
2 しかし,消費者にとって,クレジット契約は,利便性がある一方,支払能力を超えた利用がなされ,多重債務問題を引き起こす一因となったことから,過剰与信規制が導入された経緯がある。当会も,関係機関と連携し,多重債務問題に取り組んできたところであり,上記(1)ないし(3)の規制緩和策は,過剰与信規制導入の経緯に逆行するものとして,看過することはできない。
 具体的な問題点を指摘すると,上記(1)については,少額であれば,多重債務のリスクが低いと一概には言えない。また,利用限度額10万円以下という制限も,10万円以下のクレジットカードを複数交付することで,容易に規制を回避することができる。
 上記(2)及び(3)「技術やデータを活用した与信審査方法」についても,信用情報の照会を行わない以上,自己申告によることになり,すでに他社からの借入で多重債務状態にある者に対しても,クレジット与信することが可能となりかねない。
 
3 上記(1)ないし(3)の規制緩和策は,過剰与信規制の実効性を失わせることになりかねず,多重債務問題の解決の観点から容認することはできない。当会は,小委員会で議論されている過剰与信規制の規制緩和策に,強く反対するものである。
以 上
 
2019年(令和元年)11月9日 
長野県弁護士会      
会 長   相 馬  弘 昭

警察が選挙における市民の表現行為を抑止したことに抗議する会長声明

警察が選挙における市民の表現行為を抑止したことに抗議する会長声明
 
1 選挙は,主権者である国民(日本国憲法第1条)が固有の権利である選挙権(日本国憲法第15条第1項,公職選挙法第9条)を行使するための重要な機会であり,選挙人である国民が「自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われ」(公職選挙法第1条)なければならない。選挙権を行使するに当たり国民が意思を表明することは,表現の自由(日本国憲法第21条第1項)を支える価値の1つである自己統治の価値,すなわち国民が言論活動によって政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的価値の発現であり,最大限に保障されなければならない。
最高裁判所1948年(昭和23年)6月29日判決が選挙の自由妨害罪(公職選挙法第225条第2号)の「演説妨害」について,「その目的意図の如何を問わず,事実上,演説することが不可能な状態に陥らしめることによって成立する」と判示しているのは,国民が選挙権を行使する過程において政治的な意見を表明する表現の自由を保障することの重要性を考慮したからであり,その表現行為を抑止する場合は特に慎重に行わなければならない。
 
2 現場を撮影した映像(「北海道テレビ」ニュース,「北海道放送」ニュース)等によると,2019年7月15日,安倍晋三内閣総理大臣(以下「安倍首相」という。)が北海道札幌市中央区のJR札幌駅前で参議院選挙の候補者の応援演説を行っていた際,複数の警察官は,安倍首相に対し「増税反対」と叫んだ女性を取り囲み,同女を押さえつけた上,同女を移動させた。その後,警察官は,安倍首相が札幌駅前から去った後も同女につきまとい,同女に対し,「声を上げないでくれよ」「今日はもう諦めてくれ」などと発言した。
また,安倍首相の演説位置から道路を隔てて約20メートル離れた位置にいた男性が「安倍辞めろ」等と発言したところ,複数の警察官は,その男性を取り囲んだうえ同人の服や体を掴み,数十メートル後方へ移動させた。
さらに,複数の警察官は,歩いている安倍首相に対し「年金100年安心プランどうなった?」と記載されたプラカードを掲げようとした女性を取り囲み,歩道の端に移動させた。他方,警察官は,安倍首相を支持するプラカードを掲げた人々を移動させることはなかった。
また,現場を撮影した映像(「朝日新聞デジタル」記事)等によると,同月18日,安倍首相が滋賀県大津市のJR大津京駅前で参議院選挙の候補者の応援演説を行っていたところ,複数の警察官は,安倍首相に対し政治的発言を行った男性を応援演説会場後方の高架下のフェンスに押しやり,その男性が「安倍辞めろ」等と声を上げて動こうとしたところを動けなくさせた。
 
3 北海道警察警備部は,上記2019年7月15日の警察官の対応について「トラブルを未然防止するためで対応は適正」と説明している。しかし,同警察は,当初「トラブル防止と,公職選挙法の選挙の自由妨害違反になるおそれがある事案について,警察官が声かけした」と説明していたが,公職選挙法違反について「事実確認中」と見解を変えた上,対応の法的根拠については「個別の法律ではなくトラブル防止のため,現場の警察官の判断で動いている」と説明した。
札幌市の事例と大津市の事例ではいずれの場合も,警察が排除した市民らの行為によって安倍首相の応援演説が中断されることは全くなく,その他選挙の自由が妨害された事実も認められなかったのであるから,市民らの行為が選挙の自由妨害罪に該当しないのは当然のこと,そのおそれもなかったことは明白である。前記の北海道警察の説明は,今回の対応が法的根拠のない違法なものであったことを示している。このような警察の対応は,市民による政治意見の表明を委縮させかねず,我が国の民主主義,自由主義にとっての重大な危険を招きかねないものであり,当会はこれを許容することはできない。
 
4 当会は,北海道警察と滋賀県警察の一連の対応に対して厳重に抗議するとともに,全国の警察等公権力に対し,政治的な意見に関する表現の自由を最大限尊重するよう強く要請する。
以 上
 
2019年(令和元年)10月18日  
 
長 野 県 弁 護 士 会   
会 長    相  馬  弘  昭

台風19号被害に関する会長談話

台風19号被害に関する会長談話
 
 本年10月12日夜から13日未明にかけて東日本を通過した台風19号は、大型で非常に強い勢力を保ちながら広範囲で強風と大雨をもたらし、各地で甚大な被害を及ぼしました。
 10月15日午前5時現在の国土交通省の調査によれば、少なくとも長野県をはじめ7県の計37河川52ヶ所の堤防で決壊が確認され、土砂災害は19都県で146件発生しているとのことです。そして、10月15日午前7時の報道により判明している限りでも、11県で死者58名、6県で行方不明者15名、32都府県で負傷者211名に及んでいます。
 まずもって、この災害によりお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして、被災された皆様方、そのご家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 長野県内においても、千曲川が広範囲で氾濫し、死者2名、行方不明者2名、負傷者11名、建物損壊・浸水被害は現時点では正確に把握できないほど多数発生しており、今もなお大勢の方々が避難生活を余儀なくされている状況にあります。
 この状況において、献身的に救助作業にあたっている警察、自衛隊、消防、自治体職員、地元有志他全ての皆様に、心より敬意を表します。
 
 当会も、10月14日に災害対策本部を立ち上げており、日本弁護士連合会、関東弁護士会連合会、各地の弁護士会及び日本司法支援センターなど関係諸機関と連携しつつ、被災された方々への法的支援に全力で取り組んでいく所存です。特に、当会では、東日本大震災及び長野県北部地震の教訓を生かし、当会主導のもと8団体で構成する「長野県災害支援活動士業連絡会」を発足させ、併せて、長野県との間で「災害時における相談業務に関する協定」を締結し、災害時に各種専門家が連携しワンストップ相談業務を実施する体制を構築してきました。今まさに、その真価が問われる時といえます。
被災者の皆様の生活再建をはじめとする被災地の復旧が一日も早く叶うよう、当会会員は一丸となって支援活動に尽力する所存です。
2019年(令和元年)10月15日

長野県弁護士会  
会長 相 馬 弘 昭
 

令和元年司法試験合格発表についての会長声明

令和元年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月10日、本年の司法試験合格者が発表され、総合点810点以上を得た1502人の受験者が合格者とされた。
 
2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し、法曹の質を確保することは、国民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、当面、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
この留保の意義については、国会の衆議院法務委員会において、政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が、「これは、やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので、この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても、司法試験の合格判定においては、1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり、それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって、前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
 
3 当会は、昨年と一昨年の司法試験の合格判定が、上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ、法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること(平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」、平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ、本年の合格判定に先立ち、改めて、1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(令和元年7月10日付「平成31年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
 
4 しかし、本年の合格率も昨年比で約4.5%上昇しており、歴年の合格率をみると、「1500人程度以上」を謳った上記取りまとめの直後である平成28年以降、上昇を続けている。受験者数が急減している一方で、合格者数は1500人を割ることがなく、微減するのみだからである。
  年        受験者数    合格者数  合格率(四捨五入)
 H26  8,015人    1,810人   22.58%
 H27  8,016人    1,850人   23.08%
 H28  6,899人    1,583人   22.95%
 H29  5,967人    1,543人   25.86%
 H30  5,238人    1,525人   29.11%
 R1       4,466人    1,502人   33.63%
また、合格点と、全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)を歴年比較すると、以下のとおりとなる。(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は、中央値より低い総合点であったと擬制する。)
     年       合格点     中央値      合格点-中央値
 H26  770点   604点    166点
   H27  835点   679点    156点
 H28  880点   725点    155点
 H29  800点   659点    141点
 H30  805点   706点       99点 
 R1     810点   726点       84点
合格点と中央値の差異が近年格段に縮小しているということは、各年の受験者全体のレベルが維持されているとしても、合格ラインが近年急落している何よりの証左である。
 
5 そして、法曹志願者が激減している現状等に照らせば、受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性はほとんど想定しえないことから、上記4の合格ラインの急落は、司法試験の合格レベルが、絶対評価として、昨年、本年と急落したことを意味するのである。
司法試験の合格レベルが低下を続ける原因は明らかである。
例年、司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ、本年の合格点は810点であり合格者数は1502人であること、815点以上を得た受験者は1451人であることからすれば、本年の合格点が810点と決定された理由は、合格点を810点まで引き下げて初めて「1500人」の合格者数が確保されるという点以外にない。
政府は,「1500人」の数値目標を墨守するため、意図的に、「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを、引き下げたものと言わざるを得ない。
かかる合格判定は、司法を担う法曹の質の維持という観点を軽視し、市民の権利保護の要請に反するものであり,取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背馳するものである。前述したとおり、政府ですら、1500名の合格者を確保することが「法曹の質の維持」と緊張関係にあることを当然の前提としていたにも拘らず,いまやその観点は無視されているに等しい。
 
6 当会は、我が国における弁護士数の適正化の観点から、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)、本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
 
7 よって、当会は、本年の司法試験合格判定に対し、強く抗議する。
 
令和元年10月15日
     長野県弁護士会
       会長 相 馬 弘 昭

長野県知事が長野県護国神社の崇敬者会会長を務めていたことに関する会長声明

会長声明

(2019-09-14 ・ 123KB)

長野県知事が長野県護国神社の崇敬者会会長を務めていたことに関する会長声明
 
 阿部守一知事は、2011年4月から長野県護国神社の崇敬者会会長を務め、2017年10月の台風の強風で倒壊した神社鳥居などの修復事業の趣意書に宮司らとともに名を連ね寄付金を募った。
 報道によれば、崇敬者会会長には一部を除く歴代長野県知事が就任し、阿部守一知事においても知事一期目に会長に就任したとされていることからすれば、崇敬者会会長に就任したのは長野県知事の立場にあるからにほかならず、県知事の職務内容やその社会的影響を考え合わせると、これを純粋な私人としての活動と評価することは困難である。確かに、長野県知事という肩書きが直接使われていた訳ではないが、阿部守一氏が長野県知事であることは周知の事実であり、その名前だけであっても、崇敬者会会長が長野県知事であると県民に判断される懸念を払拭することはできない。
 日本国憲法は、平和主義とともに、基本的人権の中核をなす信教の自由を守り、多様な価値観を尊重する民主主義社会を堅持するための制度的保障として、政教分離原則を掲げている。政教分離原則は、他の宗教を排斥する中で戦前の軍国主義を国家神道が支えた反省に基づき、政治と宗教の厳格な分離を定めたものであって、宗教団体が国から特権を受け又は政治上の権力を行使することを禁止し(第20条1項後段)、国及びその機関がいかなる宗教的活動をすることも禁止している(同3項)。
 護国神社は宗教法人であるところ、県政の最高責任者である知事がその立場において、護国神社の活動を支援する組織である崇敬者会会長を務めたり、護国神社のために寄付金を集めたりすることは、護国神社を援助、助長、促進する効果をもたらすものとして、政教分離原則に違反する疑いが極めて強いといわざるを得ない。
 当会は、憲法を擁護すべき立場にある法律家団体として、政教分離原則に照らし、憲法違反の疑いのある行為について、従前の長野県知事等の対応も含め、重大な懸念を表明すると共に、阿部守一知事に対しては、速やかにその是正を求める。
以上
 
2019年(令和元年)9月14日
長野県弁護士会             
会 長   相  馬  弘  昭      

令和元年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2019-07-10 ・ 153KB)

令和元年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 令和元年の司法試験出願者数は4,930名(前年度比881名減),司法試験受験者数は4,466名(同772名減)に落ち込んだ。法科大学院についてみれば,平成31年度志願者数(延べ人数)は9,117名,同年度入学者数は1,862名となり,前年度(志願者数8,058名,入学者数1,621名)や前々年度(志願者数8,160名,入学者数1,704名)に比べると下げ止まったが,ピーク時には遠く及ばない。
ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度),司法試験出願者数が11,892名(平成23年),司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると,法曹志願者の減少は激減というべき状況にある。
法曹志願者激減の原因については,法科大学院修了までに多額の学費や時間的コストを要する反面,司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について,現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による職業的魅力の低下等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。弁護士となるための資格を取得してもこれを職業とした将来設計を立てがたい現在の制度では,有為な人材が,法曹,ことに弁護士という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務と社会正義に深く関わるものであり,司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保にも懸念が生じる。
法曹養成制度改革推進会議も,平成27年6月,当面,司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが,その際,「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。この留保の意義については,国会の衆議院法務委員会において,政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が,「これは,やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので,この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても,司法試験の合格判定においては,1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり,それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって,前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
とすれば,法曹志願者が激減する現状下で,単に1500人という合格者数を確保するために合格ラインを下げるのであれば,司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ,合格者の質を制度的に担保できない事態も想定され,「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べきであるとの前記留保部分の方針に違背することとなる。
現に,平成29年と平成30年の司法試験については,受験者数,合格率,全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータの過去3年間との比較結果や,法曹志願者の激減状況等から見て,合格判定において,上記取りまとめとしての「1500人程度以上」に拘泥し,合格ラインが意図的に引き下げられた可能性が高く,政府が,法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視した疑義が顕在化している(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」,平成30年10月13日付「平成30年司法試験合格発表についての会長声明」)。
司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。
 
3 以上から,当会は,令和元年司法試験の合格判定にあたって,1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求める。
 
令和元年7月10日
                   
             
長野県弁護士会           
会 長   相  馬  弘  昭    

辺野古新基地建設工事の中止を求める声明

沖縄県民の基本的人権と民意を尊重し,辺野古新基地建設工事の中止を求める会長声明
 
第1 はじめに
政府は,普天間飛行場の代替用地を米軍に提供するため,沖縄県北部の辺野古崎海域において,埋立て工事を行っている。
この埋立てについて,2019年(平成31年)2月24日,沖縄県において「普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立て」に対する賛否についての県民投票が行われ,投票率52.84%,投票総数60万5385票のうち7割を超える43万4273票が「反対」という結果が示された。この県民投票によって,辺野古新基地建設に反対する沖縄県民の民意が改めて明確に示されたといえる。
この問題について,当会は,次のとおり,法的問題点を指摘し,辺野古新基地建設工事の中止を求める。
 
第2 法的問題点
1 憲法13条及び14条との関係
現在,日本の国土面積の約0.6%を占めるにすぎない沖縄県に, 在日米軍専用施設の70.6%(面積)が集中している(2017年〔平成29年〕1月1日現在)。そのため,沖縄県内では,米軍基地の存在に起因する航空機事故や米軍人・軍属等による事件が絶え間なく発生し(日米地位協定により容疑者の身柄が日本側に引き渡されないという事態も生じた),軍事訓練や騒音等によって睡眠障害や健康被害が生ずるなど生活環境が破壊されるのみならず,自然環境も破壊されるに至っている。この上,普天間飛行場の代替として辺野古に新基地を建設し,米軍基地が増大・強化・固定化することは,沖縄県民の尊厳を踏みにじるものであって,個人の尊厳を定める憲法13条の精神に反し,沖縄県民が安全かつ平穏に生活することを基調とする「幸福追求権」(13条)をさらに侵害すると共に,平和的生存権を脅かしかねない過酷な負担を特定の地域の住民に課することになり,「法の下の平等」(14条)にも反することになる。
2 地方自治との関係
日本国憲法は,地方自治制度の運営が「地方自治の本旨」(92条)に基づいて行われることを保障している。「地方自治の本旨」には,団体自治と住民自治の2つの要素が認められるが,後者に関しては,地方公共団体における行政は,これにより利益を受ける当該住民の直接的な政治意思に基づいて行わなければならないといった(直接)民主主義の理念を強く打ち出したものである。このことは,国の施策であったとしても,特定の地方公共団体の住民の利害に大きな影響を与える事項については,当該住民の民意を可及的に尊重しなければならないということに帰着する。上記県民投票は,辺野古新基地建設に反対する沖縄県民の民意が改めて明確に示されたものといえることから,その民意は上記住民自治の観点から最大限に尊重されなければならない。しかしながら,政府は,上記県民投票後も埋立て工事を続行しており,かかる政府の行為は住民自治の理念ひいては民主主義そのものを軽視するものというべきである。
そして,日本国憲法第95条が「一の地方公共団体のみに適用される特別法は,法律の定めるところにより,その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ,国会は,これを制定することができない。」と定めている趣旨からしても,特定の地域の住民に対し,人権侵害にも繋がる過度な負担を強いるような場合においては,当該住民の自己決定権や政治的意思をまずもって尊重すべきであるから,政府としては,上記県民投票の結果を一層重んじなければならないはずである。
3 行政不服審査法との関係
上記埋立て工事は,県知事による公有水面埋立て承認の取消し処分について,沖縄防衛局長が行政不服審査法に基づく処分の取消し(本案)及び執行停止を申し立て,国土交通大臣が「審査」し,執行停止決定がなされた上で,実施されている。
しかしながら,そもそも行政不服審査法は,「国民の権利利益の救済を図る」(同法1条)ための法律であることから,「国民」とは異なり「固有の資格」において処分の相手方となる者については明示的に適用除外としている(同法7条2項)。このことから,上記公有水面埋立て承認の取消し処分において,国は,公有水面埋立法によって与えられた特別な法的地位(固有の資格)にあるから,行政不服審査法に基づく審査請求や執行停止の申立てを行うことは許されないはずである。それにもかかわらず,国の機関である沖縄防衛局長によってなされた行政不服審査法に基づく申立ては,行政不服審査制度を濫用したものであるとの批判を免れない。
その後,本案について,国土交通大臣は,2019年(平成31年)4月5日,沖縄防衛局長の審査請求を認める裁決(処分の取消し)を行ったが,かかる国土交通大臣の裁決についても同様の批判を免れないと言うべきである。
 
第3 最後に
現在,長野県内各地においても,米軍輸送機の低空飛行やオスプレイの飛行が何度も確認されている。沖縄県における在日米軍基地の問題は,沖縄県だけの問題ではなく,長野県を含む我が国に居住するすべての個人の基本的人権に直結する問題であり,日米安全保障条約や日米地位協定のあり方についても,全国民による議論が必要であると当会は考える。
よって,当会は,沖縄弁護士会が2018年(平成30年)12月10日可決した「辺野古新基地建設が,沖縄県民にのみ過重な負担を強い,その尊厳を踏みにじるものであることに鑑み,解決に向けた主体的な取り組みを日本国民全体に呼びかけるとともに,政府に対し,沖縄県民の民意を尊重することを求める決議」に賛同の意を表するとともに,先の大戦において,一木一草焦土と化し,4人に1人が亡くなったともいわれる熾烈な地上戦が繰り広げられ,しかも,1972年(昭和47年)の本土復帰まで27年間にわたり,米国の施政権下にあり,戦後平和憲法の下でも軍事施設の負担を余儀なくされてきた沖縄県に対し,これ以上過重な基地負担を強いるべきではないと考え,政府に対し,沖縄県民の基本的人権と民意を尊重し,辺古新基地建設工事の中止を求めるものである。
以 上
 
2019年(令和元年)7月10日
長野県弁護士会         
会 長   相  馬  弘  昭     

72回目の憲法記念日に寄せる会長談話

72回目の憲法記念日に寄せる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、72回目の憲法記念日を迎えました。新天皇即位に伴い元号が変わりましたが、改めて憲法の意義を考えてみることが大切に思えてなりません。

2 当会は、平成26年から毎年、憲法記念日に会長談話を発表してきていますが、そこでは日本国憲法の意義を確認してきました。
日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っています(前文第1項)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と恒久平和主義を宣言し(前文第2項)、「われらは、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と平和的生存権を謳う(同)とともに、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定しました(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障しています。
国民主権、恒久平和主義・平和的生存権、基本的人権の尊重という日本国憲法の基本原理は、崇高な理念であるばかりでなく、日本や国際社会の歴史の教訓に基づいて、人類の叡智の成果として結実したものに他なりません。
 
3 日本国憲法の基本原理の根底にある最高価値は、国民はひとりひとり個人として尊重されるという「個人の尊厳」であり(憲法第13条)、これに基づく幸福追求権は、最大限の保障に浴しなければなりません。そして、幸福追求権を実現するための前提価値として個人の生命は絶対的に保障されなければなりませんし、個人の生き方の選択や人格的自律性というものも可能な限り尊重されなければならないことは言うまでもないことです。
残念ながら、現実の社会では、経済合理性の下に、子供たちや社会的弱者の生命すら軽視されているように思われます。他方で、性的マイノリティの問題に見られる様に、新しい権利(人格権)や自己実現の考え方が提起されるに至っています。
このような状況下で、日本国憲法の持つ基本的人権保障の意義は、ますます重視されなければならないと思います。
日本国憲法は、世界人権宣言や国際人権規約に先立って制定されました。しかし、その人権保障規定は、極めて先進的であり数のうえでも内容の点でも豊かなものです。その後制定された女性差別撤廃条約や子どもの権利条約なども包摂する力を持つものです。そして、これまで国内における様々な人権侵害を救済するものとして極めて有効な力を発揮してきました。また新しい人権の拡大発展や定着にも大きな役割を果たしてきました。
価値観が多様化し、社会も複雑化する中で、人権課題の解決には大きな困難が伴いますが、このような中にあってこそ、さらに日本国憲法は、新たな人権課題に対しても大きな役割を果たすことが期待されています。このような基本的人権保障の意義は一層強調されるべきであって、これを後退させてはなりません。
 
4 戦争と平和の問題について、この72年間、日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきました。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づき、わが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきました。憲法第9条は、これまで現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきました。
 
5 前述の通り、日本国憲法は、個人の尊厳を究極の価値としており、国家権力の行使は、憲法による統制の下に置かれています(立憲主義)。立憲主義のもとでは、国家権力は、恣意的に憲法を解釈したり、憲法の規定を逸脱するような法律の制定や行政権の行使をすることは許されません。
憲法改正の議論では、どのような改憲案であっても、立憲主義という統制のもとで憲法条項の機能を果たすことができるかという観点を忘れてはなりません。国家権力に恣意的な運用をもたらす危険のあるような規定は、憲法条項としてふさわしくないものと言わなければなりません。また、国民の基本的人権を侵害する危険性を拡大するおそれのある改憲案も、憲法の果たすべき役割を考えたとき、これを許すべきではありません。
 
6 日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の結晶であり、時代を超えた普遍的な価値です。日本国憲法第12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定しています。憲法改正の議論においても、「国民の不断の努力」として、深い十分な議論がなされることが望まれます。

7 私たちは、72回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に、改めて思いを致し、憲法の意義を胸に刻みたいと思います。

2019年(令和元年)5月3日

長野県弁護士会                      
会 長 相 馬 弘 昭          

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明
 
1 最低賃金制度は,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もつて,労働者の生活の安定,労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに,国民経済の健全な発展に寄与することを目的としている。
 
2 長野労働局長は,平成30年10月1日,長野地方最低賃金審議会の答申を受け,長野県の地域別最低賃金を最低賃金時間額821円に改定した。しかし,最低賃金時間額821円では,労働時間が月173時間(法定労働時間,週40時間とした場合の1か月の労働時間)とすると,月額14万2033円,年収170万4396円にしかならず,労働者の生活の安定を望むことはできない。
 
3 また,最も高い東京都と長野県の最低賃金額の差は拡大している。平成30年に改定された東京都の最低賃金時間額985円と比して,長野県の地域別最低賃金は時給で164円,月収で2万8372円,年収で34万0464円の開きがある。東京都の最低賃金時間額は平成14年に,708円,長野県の646円とその差は時給で62円であったが,この間,東京都と長野県の賃金格差は広がり続けている。そもそも,労働力に対する価値評価が地域によって異なることには疑問があり,最低生計費は都市部と地方で差はないともいわれている。平成30年12月8日には入管法が改正され,外国人労働者の受入れが拡大されたが,時給の高い都市部へ外国人労働力が集中してしまうことが懸念され,近時の政治課題となっている。
このような格差を放置することは,県内から労働者が賃金の高い都市部へ流出する結果,長野県経済の健全な発展を阻害しかねない。
 
4 本会では,昨年も同内容の意見を述べたが,都市部との賃金格差に改善が見られない。
したがって,長野地方最低賃金審議会は,県内労働者の生活の安定を図り,もって経済の健全な発展を図るために,長野県の最低賃金を大幅に引き上げる答申をすべきである。
 
2019(令和元)年7月8日
 
長野県弁護士会
会 長   相  馬  弘  昭
 

司法試験合格者数のさらなる減員を求める13弁護士会会長共同声明

共同声明

(2019-02-07 ・ 155KB)

司法試験合格者数のさらなる減員を求める13弁護士会会長共同声明
 
1 日本弁護士連合会は、2016年3月の臨時総会決議において、現行の法曹養成制度の下で、法曹志望者が毎年大幅な減少を続けており、こうした状況が続くならば我が国の司法と民主主義を担う人的基盤を脅かす危険があるとし、2015年度司法試験合格者数が1850人であった状況の中で、「まず、司法試験合格者数を早期に年間1500人とすること」を、可及的速やかに実現すべき緊急の課題として、全国の会員・弁護士会と力を合わせて取り組むことを表明した。
 
2 新制度発足後、現実の法的需要を大幅に超える司法修習終了者が毎年供給されてきた。加えて、裁判所における民事訴訟事件の新受件数がピーク時に比べて大幅に減少するなど法曹に対する従来型の需要は供給との関係で増加するどころか減少を続け、新しい活動領域の拡充も、供給の増加を吸収する規模には至っていないため、弁護士の過剰供給の弊害は解消されるに至っていない。司法試験に合格し、司法修習を終了した時点での12月の一括登録時に登録しない終了者数は減少してきたものの、勤務弁護士の待遇面の低下、既存の事務所に籍を置かせてもらうだけの形態や、登録後間もなく独立する形態も見られ、法曹の職業としての魅力の低下は今なお続いている。
それに伴い、2018年の法科大学院入学者数は1621人と前年に比べ83人減少し、志願者数の回復の兆しはなく、低迷した状態にある。司法試験受験者数は、2004年には4万3千人であったものが、2017年は5967人となり、さらに2018年は5238人にまで減少した。
 
3 政府の法曹養成制度検討会議は、2013年6月26日の取りまとめにおいて、「多様で有為な人材を法曹に確保することが困難となる危機に直面していることは否定できない」とし、新たな検討体制に法曹養成制度の速やかな検討を求めたが、法科大学院制度に対する改革については、昨年3月に中央教育審議会法科大学院等特別委員会から基本的な方向性が示されただけで、具体的な改善策は今後の課題として先送りされた。法曹養成制度の改革は未だ途上にあり、法曹の職業としての魅力は回復せず、法曹志望者の回復にはほど遠い状況にある。
 
4  こうした中、法務省は、昨年9月に、2018年の司法試験合格者数を1525人と発表した。2017年と比べ、合格者数が1543人から18名減少したとはいえ、受験者数が5967人から5238人へと729人減少したにもかかわらず、合格率は25.86%から29.11%へとかえって上昇している。
  法曹養成制度改革推進会議が2015年6月30日付け取りまとめにおいて、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものではないことに留意する必要がある」と指摘したにもかかわらず、こうした状況は、質の確保よりも合格者数の確保を優先したものではないかと危惧せざるを得ない。
 
5 法曹は司法を担う人的基盤であって、司法制度は法の支配と人権擁護の基盤となる国家制度である。今、供給過剰状態を解消し、法曹の職業としての魅力を回復し、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの機会を十分に確保するなどして法曹の質を保持することは、司法制度存立の基礎を維持するために必要不可欠な事柄である。
  そこで、われわれは、共同で、政府に対し、さらに司法試験合格者数を減員する方針を、速やかに採用することを強く求めるものである。
 
                  2019年(平成31年)2月5日
 
埼玉弁護士会 会長   島  田  浩  孝
千葉県弁護士会 会長   拝  師  徳  彦
栃木県弁護士会 会長   増  子  孝  徳
山梨県弁護士会 会長   甲  光  俊  一
                    長野県弁護士会 会長   金  子     肇
                    兵庫県弁護士会 会長   藤  掛  伸  之
                    富山県弁護士会 会長   橋  爪  健 一 郎
                    山口県弁護士会 会長   白  石  資  朗
                    大分県弁護士会 会長   石  井  久  子
                    仙台弁護士会 会長   及  川  雄  介
                    山形県弁護士会 会長   安 孫 子  俊 彦
                    秋田弁護士会 会長   赤   坂    薫
札幌弁護士会 会長       八  木  宏  樹

会長声明

(2019-01-15 ・ 101KB)

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明
 
1 最低賃金制度は,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もつて,労働者の生活の安定,労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに,国民経済の健全な発展に寄与することを目的としている。
2 平成29年10月1日,長野労働局長は,長野地方最低賃金審議会の答申を受け,長野県の地域別最低賃金を最低賃金時間額795円に改定した。従前770円であった時間額を25円引き上げたことは一定の評価が出来る。
 しかし,最低賃金時間額795円では,労働者の生活の安定を望むことはできない。すなわち同賃金額では,労働時間が月173時間(法定労働時間,週40時間とした場合の1か月の労働時間)とすると,月額13万7535円,年収で165万420円にしかならない。
これはいわゆるワーキングプアの基準値の1つとして取り上げられる年収200万円に遠く及ばず,労働者の生活の安定が図れる水準ということはできない。
3 また,最も高い東京都の最低賃金時間額958円と比して,時給で163円,月収で2万8199円,年収で33万8388円の開きがある。平成29年には,東京都で時間額26円の引き上げがあったのに対し,長野県では25円の引き上げにとどまっており,賃金格差は広がっている。
 このような格差を放置することは,県内から特に若者が賃金の高い都市部へ流出する結果,長野県経済の健全な発展を阻害しかねない事態を招いている。
4 したがって,長野地方最低賃金審議会は,県内労働者の生活の安定を図り,もって経済の健全な発展を図るために,長野県の最低賃金を大幅に引き上げる答申をすべきである。
 
平成30年7月9日
 
長野県弁護士会          
会 長  金  子  肇  

司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策に関する会長声明

会長声明

(2018-10-23 ・ 137KB)

司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策に関する会長声明
 
1 法曹志望者の激減という現象を受け、現在、法曹養成制度に関する様々な改善が検討されているところ、その1つとして、司法試験におけるいわゆるギャップタームの解消策が検討されている。例えば、毎日新聞の平成30年5月18日付報道によれば、「法曹養成制度に関する与党検討会」が同年4月にまとめた緊急施策で、法曹コース導入に向けた法改正に加え、優秀な法科大学院生は在学中に予備試験なしで司法試験の受験を認めることも打ち出し、法務、文科両省と最高裁判所は現在、法改正の具体的な検討を進めている、とのことである。
2 ギャップタームとは、現行の制度において、3月末の法科大学院修了から、5月以降の司法試験受験、11月末ごろの司法修習開始までの間に8ヶ月程度の期間が存在することを指すところ、これにより、法曹志望者にとっての経済的・時間的な負担が生じ、法曹を目指すことを断念する原因の一つとなっているとの現状認識のもとに、ギャップタームの解消策として、司法試験実施時期の変更(法科大学院修了前の司法試験受験を認めるように受験要件を変更する)が取り上げられている。具体的には、司法試験の実施時期を現状より1年程度前倒しし、法科大学院既修2年目・未修3年目の前期の早い時期(例えば5月)に実施し、後期開始前(例えば8月)に司法試験の合格発表を行うなどの案が検討されているとのことである。
3 しかしながら、現行の制度が司法試験受験要件として、法科大学院の修了を要件としたのは、「「点」のみによる選抜から「プロセス」としての新たな法曹養成制度に転換するとの観点から、その中核としての法科大学院制度の導入に伴って、司法試験も、法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替えるべきである」との観点から、法科大学院を修了した者に司法試験の受験要件を与えることとしたのであり、法科大学院を修了していない者に受験資格を与えることは、当初の制度理念と矛盾するものである。
また、司法試験の実施時期を大幅に前倒しすることとなれば、司法試験の出題内容について、法科大学院の授業進度に配慮し、出題範囲を限定したり、難易度を低下させるなどの本末転倒な事態を招く危険性も高い。
さらに、法曹志望者が激減しているにも関わらず、司法試験合格者数が1500人程度に固定化され、合格者の質の確保に疑念が生じている現状に鑑みれば、司法試験の実施時期を前倒しすることは、勉学不十分な者が受験することで、受験者の更なる質の低下を招き、ひいては更なる司法試験合格者の質の低下を招く懸念がある。
4 そもそも、法曹志望者の激減の原因は、弁護士に対する需要を見誤り、司法試験合格者数を過剰に設定し、弁護士数を過剰に増員し続ける現在の誤った政策によって、将来不安等が生じることで法曹志望者がコストと時間をかけてまで法科大学院に進学することを回避するという点こそが主要なものであると考えられ、ギャップタームの存在は主たる原因ではない。したがって、ギャップタームの解消を行ったところで法曹志望者の減少を食い止める有効な手段にはなり得ない。意味に乏しいだけでなく、上記に指摘した制度理念との矛盾や司法試験の内容の劣化、司法試験合格者の質の低下といった重大な弊害を生じさせかねないギャップタームの解消策は、採用すべきではない。
現在必要なのは、そのような小手先の弥縫策ではなく、司法試験合格者数を減員し、有為な人材が安心して法曹への道を目指せるような政策変更を行うことである(当会の平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)。そもそも、法科大学院を中核とした法曹養成制度そのものが、真に合理的な制度であるかどうかが問い直されるべき時期にあり、法科大学院ありきの現在の政策は、批判的な検討の対象とされるべきである。
5 以上から、当会は、ギャップタームの解消策として司法試験の受験要件を緩和すること、司法試験の実施時期を前倒しすることに反対する。
 
平成30年10月13日
 
長野県弁護士会         
会 長  金  子  肇  

平成30年司法試験合格発表についての会長声明

会長声明

(2018-10-23 ・ 153KB)

平成30年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月11日、本年の司法試験の合格発表が行われ、総合点805点以上を得た1525人の受験者が合格者とされた。
2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は国民の権利保護と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験において「必要な学識と応用能力」を適切に判定し、法曹の質を確保することは、国民に対する国の重大な責務である。
  法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、当面、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との留保を付した。
  この留保の意義については、国会の衆議院法務委員会において、政府参考人である大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長が、「これは、やはり国民の権利保護の見地から法曹の質の維持を優先することとするというふうな趣旨を込めたものでありますので、この下の三行(注-前記留保部分)に沿って運用がなされることを期待したい」と答弁している(平成27年5月22日第189回国会衆議院法務委員会会議録)。政府においても、司法試験の合格判定においては、1500人以上といった合格者数の確保よりも法曹の質の維持こそを優先すべきであり、それは市民の権利保護の見地に基づく要請であって、前記留保部分はこの点に立脚した重要な運用指針であるとの見解を表明しているのである。
3 当会は、昨年の司法試験の合格判定が、上記の1500人程度以上という数値目標に拘泥して合格ラインを意図的に引き下げ、法曹の質の確保という市民に対する国の責務を軽視した疑義があること(平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」)を踏まえ、本年の合格判定に先立ち、改めて、1500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うことを強く求める旨の会長声明を発したところである(平成30年7月12日付「平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明」)。
4 ところが、近年の合格率の推移を見ると、平成26年が約22.58%、平成27年が約23.08%、平成28年が約22.95%、平成29年が約25.86%と推移してきたところ、本年の合格率は約29.11%となり、昨年より約3%上昇し、平成26年ないし平成28年に比較すると約6%上昇した。
  また、合格点は、平成26年が770点、平成27年が835点、平成28年が880点、平成29年が800点、本年が805点であるのに対し、全受験者の総合点について各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値((全受験者÷2)位の受験者が得た総合点)を見ると(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は中央値より低い総合点であったと擬制した。)、平成26年が604点、平成27年が679点、平成28年が725点、平成29年が659点、本年が706点であって、本年は、合格点と前記中央値の差が、昨年比でも42点縮減し、平成26年ないし平成28年に比較すれば56~67点縮減した。
これらの数値は、各年の受験者全体の得点状況との関係における合格ラインが、昨年、本年と急落したことを意味している。 
5 そして、法曹志願者が激減している現状等に照らせば、受験者全体の得点能力が近年上昇した可能性などほとんど想定しえないのであるから、上記4の合格ラインの急落は、司法試験の合格レベルが、絶対評価として、昨年、本年と急落したことを意味する。
6 かかる合格レベル急落の原因が何であるかは明らかである。
例年、司法試験の合格点は5点刻み(総合点について。以下同じ)で決定されているところ、本年の合格点は805点であり合格者数は1525人であること、810点以上を得た受験者は1466人であることからすれば、本年の合格点が805点と決定された理由は、合格点を805点に引き下げて初めて「1500人」の合格者数が確保されるという点以外なく、このようにして「1500人」の数値目標に追従した結果、合格レベルは急落したのである。
本年の司法試験合格判定は、法曹養成制度改革推進会議の取りまとめの「1500人程度」以上という数値目標を墨守するがために、「法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力」を画すべき合格判定のラインを、意図的に引き下げたものと解さざるをえない。
かかる合格判定は、司法を担う法曹の質をあまりに軽視し、市民の権利保護の要請に反するものである。取りまとめの上記留保部分を司法試験の重要な運用指針であるとする政府答弁にも背いている。
7 なお、当会は、我が国における弁護士数の適正化の観点から、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議をなしたものであり(平成29年6月24日付「適正な弁護士数に関する決議」)、本年の合格判定はその見地からも重大な疑義があることを付言する。
8 よって、当会は、本年の司法試験合格判定に対し、強く抗議する。
 
   平成30年10月13日
 
                                          長野県弁護士会
                                                  会長   金 子   肇
 

平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2018-07-12 ・ 117KB)

平成30年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 平成30年度の法科大学院志願者数(延べ人数)は8,058名(前年度比102名減)、法科大学院入学者数は1,621名(同83名減)に、同年の司法試験出願者数は5,811名(同905名減)、司法試験受験者数は5,238名(同729名減)にまで落ち込んだ。
 ピーク時には、法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数)、法科大学院入学者数が5,784名(平成18年度)、司法試験出願者数が11,891名(平成23年)、司法試験受験者数が8,765名(平成23年)であったことを考えると、上記のとおりの法曹志願者の減少は激減というべき状況にある。
 このような法曹志願者激減の原因については、法科大学院修了を受験資格要件としたことで多額の学費や時間的コストを要することになった反面、司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について、現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による弁護士の職業的魅力の低下、将来への不安等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。弁護士となる資格を取得しても、将来に不安がつきまとうといった現在の制度設計では、有為な人材が法曹、ことに弁護士という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務や社会正義に深く関わるものであり、その司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば、その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり、法曹の質の確保にも懸念が生じる。
 法曹養成制度改革推進会議は、平成27年6月、司法試験の合格者数を年間1,500人程度以上とする検討結果を取りまとめた。しかし法曹志願者自体が激減している現状の下で、単に上記方針通りの合格者数を確保するために合格ラインが下げられてしまうのであれば、司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ、合格者の質を制度的に担保できない事態も想定される。このような事態は、上記取りまとめにおいて示されている「輩出される法曹の質の確保を考慮」すべき、との方針にも反することとなる。現に、平成29年の司法試験については、受験者数、合格率、全受験者の総合点の中央値及び合格最低点等のデータの過去3年間との比較結果等から見て、合格判定において、上記取りまとめとしての「1,500人程度」以上に拘泥し、合格ラインが意図的に引き下げられた可能性が高く、政府が、法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視した疑義が生じている(当会の平成29年10月20日付「平成29年司法試験合格発表についての会長声明」)。
 司法試験の合格判定は、目標とされた数ありきでなされてはならず、従前にも増して、司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ、厳正に行われなければならない。
 
3 以上から、当会は平成30年司法試験の合格判定にあたって、1,500人程度以上とされる合格者数の確保に拘泥せず、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを強く求める。
 
平成30年7月7日
 
                                                             長野県弁護士会
                                                             会 長  金 子   肇
 

働き方改革関連法案における高度プロフェッショナル制度の削除を求める会長声明

会長声明

(2018-06-13 ・ 145KB)

いわゆる「働き方改革関連法案」における高度プロフェッショナル制度の削除を求める会長声明
 
1 政府は,いわゆる「働き方改革関連法案」として,労働基準法等改正法案(以下,「本法案」という。)を国会に提出し,平成30年5月31日,衆議院で可決され,参議院に送付された。本法案については,すでに当会において,平成30年3月10日付「いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明」を発出し,改善を求めているところであるが,当会が反対する高度プロフェッショナル制度の新設規定が維持されたままであり,以下のとおり,改めてその問題点を指摘し,同制度の導入に強く反対する。
2 高度プロフェッショナル制度は,対象労働者には労働基準法が定めた長時間労働を抑止するための規定が適用されないのであるから,対象労働者の長時間労働が助長されかねない。労働時間規制は,労働者の健康の確保をもその趣旨とする以上,高収入を得ているからといって,労働時間規制の適用を除外してよいということにはまったくならず,過労死遺族らが,過労死を助長する危険な制度であるとして強く反対するとおり,労働者の心身の健康を蔑ろにする法案であるといわざるを得ない。
 また,政府は,労働者側にとっても柔軟な働き方を可能にするもので導入の必要性が高い旨主張するが,国会審議の過程において,労働者側のニーズが確認されたとは到底いえず,むしろ経営者側の時間外労働に関する割増賃金負担削減のニーズを無批判に取り入れようとする法改正であることは明白である。
 さらに,この制度の対象となる業務の範囲は曖昧であるため,対象業務の範囲が拡大解釈されるおそれとともに,具体的な対象職種を政令で定めることとされているため,将来,安易に拡大される懸念が存在する。いわゆる労働者派遣法においても,当初は専門職等13業務のポジティブリスト方式を用いて限定されていたものが,政令によって定められていたために拡大が容易となり,その後の対象業務の追加,ネガティブリスト方式への転換などによって広範囲に拡大され,我が国の社会に不安定な非正規雇用の蔓延を招いたことは記憶に新しいところである。いったん高度プロフェッショナル制度の導入を認めてしまえば,上記と同様の事態が発生することは容易に予想される。
 収入要件を設けて,対象労働者を限定する点についても,具体的な収入要件は「厚生労働省令で定める」とされているため,この制度導入後,法律の改正によらず,省令の改正という民主的統制の及びにくい手段により,収入要件の額を引き下げて適用対象となる労働者の範囲を拡大させることも容易である。また,省令で規定される額が1075万円を参考に検討されているが,高度プロフェッショナル制度の前身である「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」(日本経済団体連合会 2005年6月)では,年収400万円以上の労働者が適用対象者として想定されていたことを考慮すると,最終的には,決して高収入とはいえない労働者までもが適用対象者とされてしまう危険性があることは看過できない。
 また,労働者が同意してこの制度が適用されても,自らの意思によって同意の撤回をできるとの規定については,労働者が勤務先企業の意向に背いて同意を撤回すること自体が企業組織の中では現実的とはいえず,制度の弊害を解消する方法としてはほとんど無意味である。
3 以上のとおり,高度プロフェッショナル制度については,過労死問題が重要な社会問題となっている中,労働者の長時間労働をかえって助長し,ひいては過労死の危険を増大させるとともに,労働者の待遇を低下させかねない重大な問題が存在する。企業の国際的競争力強化のために労働者保護を不当に緩和することは,長期的には国民の活力を奪い,社会を疲弊させることとなる近視眼的な政策であり,将来の我が国の社会に禍根を残すものと言わざるを得ない。
 当会は,労働者の人権擁護の観点から,本法案より高度プロフェッショナル制度の新設規定を削除するよう参議院に対し強く求めるものである。
以 上
平成30年6月9日
 
                                                             長野県弁護士会
                                                             会 長  金 子   肇
 

71回目の憲法記念日に寄せる会長談話

71回目の憲法記念日に寄せる会長談話
 
1 1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、71回目の憲法記念日を迎えた。
現在、憲法を巡る情勢は新たな局面を迎えつつある。すなわち、自由民主党は、具体的な改憲案の取りまとめを行い公表しており、戦後初めて憲法の具体的改正条項案が国会で審議されようとしている。今後の議論の進展によっては、国会での発議、国民投票をも視野に入れていると報じられている。
現在議論されている具体的改憲案の一つには、憲法9条の改正案があり、とりわけ現行の9条1項2項を維持したまま必要な自衛の措置を認め自衛隊の存在を明記する条項を加える案が議論されている。また、国家緊急権に基づく緊急事態条項の導入なども提案されている。

2 日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っている(前文第1段)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と恒久平和主義を宣言し(前文第2段)、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と平和的生存権を謳う(同)とともに、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定した(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障する。
この71年間、私たちの社会や、わが国をとりまく国際情勢は大きく変わったが、日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきた。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づき、わが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきた。とりわけ憲法9条について言えば、これまで現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきた。
このような日本国憲法の意義、これまで果たしてきた役割は、日本にとっても国際社会にとっても極めて重要なものであり、今後、進められるであろう憲法改正の議論においても、この意義や役割は決して忘れてはならず、いかなる憲法改正条項であっても、これらの意義や役割を喪失させたり、後退させることがあってはならない。
日本国憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される」こと(第13条)を究極の価値としている。そのために、国家権力の行使は、憲法による統制の下におかれる(立憲主義)。憲法改正の議論においては、いかなる改憲案であろうとも、立憲主義という統制のもとで憲法条項の機能を果たすことができるかという観点を忘れてはならない。いやしくも、国家権力に恣意的な運用を許すようなあいまいかつ不明確な規定は、憲法条項としてふさわしくないものと言わなければならない。また、国民の基本的人権を侵害する危険性を拡大するおそれのある改憲案も、憲法の果たすべき役割を考えたとき、これを許すべきではない。

3 このような観点から見たとき、現在議論されている改憲案は、極めて大きな問題を孕んでいると言わざるを得ない。
まず、現行の9条1項2項を維持したまま必要な自衛の措置を認め自衛隊の存在を明記するという改憲案については、必要な自衛の措置の内容や自衛隊の任務・権限の内容について一義的に明確に定められていないのであるから、憲法上許される自衛権の行使の限界について多様な解釈の余地を残している。その結果、現行の9条1項2項が残されたとしても、解釈如何では、自衛隊の活動の範囲が際限なく広がり恒久平和主義を後退させる危険性を孕んでいる。また、立憲主義の見地からは、前述の通りあいまいな規定の結果、必要な自衛の措置の内容や自衛隊の活動を統制する機能を果たしうるか甚だ疑問であるばかりか、逆に自衛隊を憲法上位置づけることによって強い正統性が付与され、その結果として、自衛隊の権限の拡大や基本的人権の制約を招くことが懸念される。現行の9条1項2項を残すとしても、必要な自衛の措置を認め自衛隊を憲法に明記することが権力の統制という観点から見た場合、どのような結果をもたらすのか、そして私たちの生活に、わが国の将来にどのような影響を及ぼすのか、慎重な検討が必要である。
次に、国家緊急権に基づく緊急事態条項については、一時的であるにしても三権分立を停止し、国会の有する立法権や予算制定権を内閣もしくは内閣総理大臣に委ねるものであり、基本的人権を侵害するおそれを大きく広げるものである。大規模災害等が理由とされているが、現行の災害対策基本法などにより法的制度は十分に確立されているとの指摘もあり、改憲の具体的必要性、立法事実が存するのか甚だ疑問であると言わざるを得ない。
 
4 日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、時代を超えた普遍的な価値である。憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定している。憲法改正の議論においても、この観点に基づき、「国民の不断の努力」として、深い十分な議論がなされることが望まれる。いやしくも時の政権や国会での多数派が、その数の力によって拙速かつ強行的に改憲手続を進めることはあってはならないことである。
 
5 また、憲法改正について国民投票が必要であることを定めた憲法96条の趣旨である国民主権は、国民が国家意思の形成に直接的に参与する権利をも認めるものであるが、国民投票さえ実施すればその趣旨が達成されるというものではない。とりわけ、日本国憲法の理念や基本原理に深く関わる改憲案の場合、その是非を判断するために十分な情報が国民に示され、国会や国民の中での検討時間を十分に確保するなど、熟議できる機会が保障されなければならず、それに加え、国民投票も公正・公平な手続を通じて実施されなければならない。
この点において、憲法改正手続法(国民投票法)には、最低投票率の定めのないこと、テレビ・ラジオ等における有料広告が投票期日前14日間のみの禁止にとどまっていること、公務員・教員の国民投票運動の規制の規定があいまいなことなど、検討されるべき課題が未だ残されたままとなっている。この問題は、国民投票年齢を18歳とすることに関連し選挙権を18歳とする公職選挙法の改正がなされたこと以外、この法律の成立時、参議院において18項目の附帯決議で指摘されている点について、ほとんど議論もなされていないことにも示されている。
このままでは、前述した公正・公平な手続としての国民投票が実現できるのか危ぶまれるところであり、憲法改正の重要性に鑑みれば、これらの検討改善が図られないまま、国会での発議、国民投票の実施はすべきではないと考える。
 
6 私たちは、71回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に、改めて思いを致すところである。そして、私たち弁護士は、現憲法の下に存在する弁護士法の定めの意味を改めてかみしめたいと思う。すなわち、私たちは、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする者として(弁護士法第1条第1項)、基本的人権が尊重され、法の支配が貫徹される社会を実現するため、法律制度の改善に一層の努力を続けなければならない(同条第2項)という職業上の責務を実現するべく、憲法改正の議論においてもその職責を果たしていく決意である。
 
2018(平成30)年5月3日

長野県弁護士会      
会 長 金  子   肇  
 

生活保護基準について一切の引き下げを行わないよう求める会長声明

会長声明

(2018-03-14 ・ 173KB)

生活保護基準について一切の引き下げを行わないよう求める会長声明
 
1 厚生労働省は、2017(平成29)年12月14日、社会保障審議会生活保護基準部会がとりまとめた「社会保障審議会生活保護基準部会報告書」を公表した。これを受けて、政府は、生活保護のうち生活費や光熱費などにあたる生活扶助費部分について、2018(平成30)年10月から3年かけて段階的に引き下げ、国が負担する金額で年160億円(1.8%)を削減する方針を決めた。内訳は、児童手当に相当する「児童養育加算」は40億円のプラスとなるが、食費や光熱費に充てる部分が180億円減、ひとり親世帯を対象にした「母子加算」が20億円減になる。
当初、減額幅の大きい都市部や母子世帯などでは生活扶助費が最大13%程度減額されるということであったが、その後、批判を受けて、減額幅を5%程度に縮小するとされた。しかし、引き下げそのものの方針は変わらない。
 
2 今回の基準引き下げの考え方は、生活扶助基準を第1・十分位層(所得階層を10に分けた下位10%の層)の消費水準に合わせるというものである。
しかし、捕捉率(生活保護を利用することができる人のうち実際に制度を利用している人の割合)は15.3%から32.1%にすぎない(2010(平成22)年4月9日付厚生労働省発表の「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」)。すなわち、生活保護を受ける要件があるにもかかわらず生活保護基準以下の収入で生活している世帯も多く、この世帯はこの第1・十分位層に含まれていることになる。また、第1・十分位層の消費水準が最低限度の生活の需要を満たす十分なものであるかどうかの検証は一切行われていない。この点の検証がないまま、生活保護基準以下で暮らす者が含まれる第1・十分位層を生活保護基準との比較対象とする手法で判断すれば、生活保護を受けている層の支給水準も引き下げられることとなり、生活保護基準を際限なく引き下げることになりかねない。この点、2017(平成29)年12月14日に公表された社会保障審議会生活保護基準部会報告書においても、「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、これ以上下回ってはならないという水準の設定についても考える必要がある。」との懸念が示され、また、特に子どもの貧困に関しては、「子どもの健全育成のためには、食費や被服費などの学校外活動以外の費用も必要であり、その部分について一般低所得世帯との均衡だけで考えてしまうと、学校外活動以外の子どもの健全育成に必要な費用が十分に手当されない」との懸念も示されており、前記手法の問題点が指摘されている。
 
3 生活保護基準は、住民税の非課税基準、国民健康保険料の減免基準、介護保険の利用料や保険料の減免基準、就学援助金制度の利用基準、保育料の負担額、日本司法支援センターの民事法律扶助の援助基準など、生活の中の多様な分野の施策に連動し、最低賃金の指標にもなっている。政府は、生活保護を受けていない世帯への支援制度には影響させないようにすると発表したが、2013(平成25)年の基準引き下げの際には、自治体の独自事業である就学援助制度において多くの市区町村で支給基準が下げられ、多数の世帯が対象外となった。同様のことが起こらないとは限らない。生活保護基準の引き下げは、生活保護の手前で生活している中低所得層を直撃し、ひいては国民生活全体の水準を引き下げかねない。前記報告書も、2013(平成25)年の基準引き下げによる他制度への影響は、対象が広範囲に及び「十分な検証を行うことができなかった」とする。十分な検証なしに安易に基準を引き下げるべきではない。
 
4 言うまでもなく、現行の生活保護基準は、利用者に余裕のある贅沢を許すものではなく、保障されるのは「最低限度」の生活にすぎないのであって、その生活の実態は決して楽ではない。
上記引き下げ方針は、低所得者層の生活実態を踏まえない安易な弱者切り捨て政策となりかねず、生活保護世帯をさらに追い詰め、貧困層をより貧困にし、経済的に裕福でない層を中心に国民生活の消費水準全般を下げ、低所得者層の生活に重大な影響を与えるものである。
憲法第25条1項の健康で文化的な最低限度の生活を保障するという趣旨に照らせば、生活保護制度の検証と見直しは、単に第1・十分位層との比較といった引き下げの結論ありきの数字の操作ではなく、生活保護利用者を含む低所得者層の生活の実態を踏まえてなされるべきである。
したがって、当会は、今般の生活保護基準引き下げに強く反対し、一切の引き下げを行わないよう求める。

平成30年3月13日   
長野県弁護士会
会 長 三 浦 守 孝
 

「谷間世代」の不平等の是正措置を求める会長声明

会長声明

(2018-03-14 ・ 111KB)

「谷間世代」の不平等の是正措置を求める会長声明
 
1 2017年(平成29年)4月19日,司法修習生に対して修習給付金を支給する改正裁判所法(以下,本法という。)が成立し,これにより2017年(平成29年)の司法修習生から基本給付金として月額13万5000円,さらに必要に応じて住居給付金(上限3万5000円)及び移転給付金が支給されることになった。
本来,司法制度は,社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラであり,これを担う法曹となる司法修習生は,公費をもって養成されるべきである。このような理念のもとに,我が国では,終戦直後から司法修習生に対し,給与が支払われてきた(給費制)。
しかし,この給費制は,2011年(平成23年)に廃止され,司法修習のために必要な資金を貸与する制度に変更された(以下,貸与金という。)。これ以後の司法修習生は,大学・法科大学院での奨学金債務に加えて,貸与金として数百万円の債務を負担せざるを得ない状況になるなど,重い経済的負担を強いられていた。

2 本法は,これらの問題の解消に資するものであったが,2011年(平成23年)から2016年(平成28年)の間に司法修習生となった人ら(いわゆる「谷間世代」)に対し何らの措置もなされておらず,谷間世代とその他の世代では,司法修習の意義・実態は何も異ならないにもかかわらず,谷間世代のみが重い経済的負担を強いられることになり著しい不平等を生じさせている。この谷間世代は約1万1000人に達し,法曹の全世代の約4分の1を占めており,看過することのできない問題である。また,2017年(平成29年)10月11日に開催された「新65期から第69期までの会員の声を聴く会」において,谷間世代の弁護士からは「貸与金と奨学金を合わせると1000万円を超える。この返還を考えると,無報酬の社会的・公益的活動に積極的に参加することに躊躇を覚える」等の声が上がるなど,法曹が果たすべき基本的人権の擁護や社会正義の実現という使命にも影響が与えかねない状況である。
2011年(平成23年)に司法修習生となり貸与金の支給を受けた人らは、早くも本年7月からその償還を迫られ、経済的負担が顕在化することになる。これらの問題を放置することは,世代間の平等を損なうのみではなく,法曹が果たすべき使命に対する意識まで変容させる危険を孕んでいる。

3 以上のことから,当会は,国会・法務省・最高裁判所に対して,いわゆる谷間世代となった法曹に対し,一律給付などの方法により現在の不平等を是正する措置を講じるとともに,同是正措置が実施されるまでの間,本年7月から開始される貸与金の償還を一律猶予するよう求める。
以上
 
2018年(平成30年)3月13日 
長野県弁護士会  
会長 三 浦 守 孝

いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明

いわゆる「働き方改革関連法案」の改善を求める会長声明
 
1 政府は,「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」に基づく労働基準法等改正法案(以下,「本法案」という。)を2018年の通常国会に提出する予定であるとしている。本法案には,勤務間インターバル制度の普及・促進や不合理な待遇差を解消するための規定の整備など,評価すべき点もあるが,以下のとおり,重大な問題も存在しており,当会は,本法案の早急な改善を強く求める。

2 いわゆる企画業務型裁量労働制の拡大について
いわゆる企画業務型裁量労働制は,一定の業務に従事する労働者についてみなし時間制を許容するものとして,1998年の労基法改正によって導入されたものである。しかし,労基法が予定する実労働時間に基づく1日8時間,1週40時間の労働時間規制の重大な例外となることから,対象業務が限定されているところ,本法案では,現行法における対象業務を「課題解決型開発提案業務」及び「裁量的にPDCA(事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務)を回す業務」にまで拡大するとされていた。安倍首相らは,本通常国会の衆議院予算委員会において「厚労省の調査によれば,裁量労働制の労働時間は一般よりも短いというデータもある」と答弁において説明していたが,当該「データ」は裁量労働制の人に対し「1日の労働時間」を聞いたのに対し,一般の人に対し「1ヶ月で最も長く働いた日の残業時間」を聞いた結果を比較する不適切なものであったり,明らかに誤りを含んだ回答に基づくデータであることなどが判明したことから,答弁を撤回し,裁量労働制の対象拡大の部分を本法案から切り離すことを決めた。また,政府は,裁量労働制について実態調査をやり直す方針も示している。
しかしながら,労働政策研究・研修機構の調査によると,裁量労働制の1ヶ月の平均労働は一般労働者のそれよりも長く,この調査結果からすると,裁量労働制の導入・拡大によって当該労働者の労働時間が増えることは明らかである。また,ここでいう「課題解決型開発提案業務」「裁量的にPDCA(事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務)を回す業務」は,いずれもその定義が抽象的であり,いったん導入されれば,実際には裁量性を有しない労働者についてまでも広く濫用される可能性が高く,単なる営業部員や小規模な評価管理業務担当者までが企画業務型裁量労働制対象として取り扱われ,本来であれば適用されるべき時間外割増賃金等の保護を受けられない労働者が増加し,際限のない無償の長時間労働にさらされる危険性を有する。
よって,このような改正は今後も到底許容されるべきものではない。

3 いわゆる高度プロフェッショナル制度の導入について
政府は,上記のとおり,裁量労働制についてデータの誤りを認め,この拡大の部分は本法案から切り離したにもかかわらず,いわゆる高度プロフェッショナル制度については本法案に残している。しかしながら,この制度は,対象労働者には労働基準法が定めた,長時間労働を抑止するための規定が適用されないのであるから,対象労働者の長時間労働が助長されることとなる。 政府は,この制度を時間ではなく成果で評価される労働形態の創設としているが,同制度は対象労働者について成果型賃金を採用することを要件とはしていないことに留意する必要がある。また,この制度の対象となる業務の範囲が曖昧であるため,対象業務の範囲が拡大解釈されるおそれが強い。また,本法案では,収入要件を設けて,対象労働者を限定することとしているが,労働時間規制は,労働者の健康の確保をもその趣旨とする以上,高収入を得ているからといって,労働時間規制の適用を除外してよいということにはまったくならないし,将来的に収入要件が引き下げられないという保障はない。収入要件は「厚生労働省令で定める」とされているため,この制度導入後,法律の改正によらず,政令の改正という民主的統制の及びにくい手段により,適用対象となる労働者の範囲を拡大することも容易である。いったんこのような制度が導入されると,今後,経済界からの要請によって,際限なく適用範囲が拡大していくおそれが高い。
よって,高度プロフェッショナル制度の導入についても本法案から切り離し,撤回されるべきである。
 
4 時間外労働時間の限度時間について
本法案においては,現在時間外限度基準告示によって規制されている36協定上の時間外労働時間を法律に格上げし,違反について罰則による規制を盛り込むものであり,この限度において評価できるものである。
しかしながら,本法案においては,通常予見できない業務量の増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合における特例として,時間外労働1ヶ月あたり100時間未満,複数月の平均80時間未満とする労使協定の締結を認めており,この点には,労働者の保護の観点から見て重大な問題がある。
この特例の限度時間については,いわゆる過労死認定基準「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(平成13年12月12日基発第1063号)における過重負荷の有無の判断に際して参考とされる時間外労働時間が念頭に置かれたものと思われるが,同基準はあくまで過労死の労災認定基準であり,これと同様の上限時間を立法化し,合法化するなどということは過労死を惹起しうる危険性の高い長時間の時間外労働を政府が積極的に容認するに等しく,いわゆる過労死等防止対策推進法の理念とも矛盾するものであり,およそ不適切である。
 
5 以上のとおり,本法案については,過労死問題が重要な社会問題となっている中,いずれも労働者の長時間労働をかえって助長し,労働者の待遇を低下させかねない重大な問題を有する改正が含まれており,政府が,過労死問題に取り組む姿勢の真摯性についても疑わざるを得ない内容である。労働基準法をはじめとする労働法令は,「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」(労働基準法1条)との文言どおり,労働者の保護をもっとも重要な目的とすべきものである。この精神に反する改正点を含む本法案は「働き方改革」法案の名に値しないと言わざるを得ない。
当会は,労働者の人権擁護の観点から,上記の点に関する本法案の改善を強く求めるものである。
以 上

平成30年3月10日
 
                            長野県弁護士会    
                            会 長  三 浦 守 孝 
 
 

少年法の適用年齢引き下げに改めて反対する会長声明

少年法の適用年齢引き下げに改めて反対する会長声明
 
第1 声明の趣旨
      当会は、少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることに改めて反対する。
 
第2 声明の理由
1 はじめに
 すでに、当会は、2015年(平成27年)7月6日に少年法の適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明を発しているところである。
  しかし、現在、法務省の法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において、少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非を審議していることから、同部会の議論状況に鑑み、改めて本会長声明を発するものである。
 
2 法制審議会における議論状況
 法制審議会において少年法の適用対象年齢の引き下げの是非に関して交わされたこれまでの審議の結果、現行の少年法が18歳及び19歳の少年の健全な育成と更生を図る上において有効に機能していることについては各委員の間においても格別の異論がないものと解される。
 一方、今後、民法の成年年齢が18歳に引き下げられた場合には、民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢が異なることは法的な整合性という観点から問題があるのではないかという指摘がなされてもいる。
 そして、同審議会は、犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法、手続法の整備に関する審議の内容を踏まえ、少年法の適用対象年齢の引き下げの是非についてさらに検討を進めるのが適当であるとして、現在、犯罪者に対する処遇についての審議をしているところである。
 
3 民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢の関係
 当会としては、民法の成年年齢を18歳に引き下げること自体に反対をする会長声明(2017年(平成29年)8月5日)を発しているところであるが、仮に民法の成年年齢が18歳に引き下げられたとしても、そのことを理由として少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げなければならないものではない。
 すなわち、ある法規範の適用対象年齢をどのように定めるかということは、当該法規範の趣旨や目的に照らして個別具体的に検討されるべき問題であり、民法の成年年齢から他の法規範の適用対象年齢が一律に定められるべきものではない。
 このことは、現行法上も、婚姻可能年齢(男性18歳、女性16歳)、喫煙・飲酒可能年齢(20歳)、被選挙権年齢(衆議院25歳、参議院30歳)といったように、法規範ごとに適用対象年齢が異なっていることを見ても明らかである。
 そして、民法の成年年齢と少年法の適用対象年齢の関係についても、戦前の旧少年法においては適用対象年齢を18歳未満と定めており、民法上の成年年齢(20歳)とは一致していなかったことを見ても両者が必ずしも一致しなければならない性質のものではないことが分かる。なお、その後、少年法の適用対象年齢が20歳未満に引き上げられたが、それは少年法が果たすべき役割の重要性からして18歳及び19歳の者に対しても少年法を適用することが望ましいという理由によるものであって、民法上の成年年齢と合致させるべきであるとの理由によるものではなかったと理解されている。
 一方、民法の成年年齢に達した者に対して少年法を適用することは過度なパターナリズム(保護主義)であるとの指摘もある。
 しかし、少年法上の処遇はパターナリズムという観点のみではなく、少年の健全な育成を通じて再犯の防止を図ることなども含めた総合的な刑事政策的観点に基づいて理解されるべきものであり、民法の成年年齢に達した者に対して少年法を適用することが過度なパターナリズムに当たるものであると単純に解することはできない。
 現行法上も、婚姻により成年擬制がされていても20歳未満であれば少年法が適用されているが、これが過度なパターナリズムによるものであるとして特に問題とされているものではない。
 
4 少年法の適用対象年齢を引き下げる立法事実がないこと
 少年法の適用対象年齢を引き下げるか否かという問題は、少年の健全な育成と更生を図るという少年法の目的を達成する上で適用対象年齢を引き下げることが有効か否かという観点から検討されるべき問題である。
 そして、現行の少年法は18歳及び19歳の少年の健全な育成と更生を図る上において極めて有効に機能しているということができる。
 すなわち、現行の少年法においては、いわゆる全件送致主義のもと、20歳以上の者であれば微罪処分や起訴猶予処分にされてしまうような比較的軽微な事件についても家庭裁判所による調査の対象として、心理学や社会学などの専門的知見を有する家庭裁判所調査官が行動科学(医学、心理学、教育学、社会学、社会福祉学等)の知識や技法を活用して、非行の経緯、動機、態様のみならず、少年の生育歴、家庭環境、生活状況、交友関係、心身の状態等を総合的に調査し、少年が非行に至った原因とその背景(非行メカニズム)を科学的に解明するとともに、再非行に至る危険性の予測をした上で、少年の更生と健全な育成を図り、再非行を防止するための教育的な働きかけを行っているところである。
 また、一定の場合には家庭裁判所裁判官の観護措置決定に基づいて少年を一定期間少年鑑別所に収容し、専門家である法務(心理)技官や法務教官及び医師が、24時間体制での行動観察や面接、心理検査、検診等を行って少年の性格や資質などの鑑別をしている。
 さらに、弁護士が少年の付添人に選任された場合には、付添人の立場からも非行の原因や背景を調査するとともに少年の更生と立ち直りを図り、再非行を防止するため、少年に寄り添いつつ少年自身の内省が深まるように働きかけをしたり、家庭環境や生活環境の改善を図るために被害者や少年の親をはじめとする関係者との調整を行ったりしているのである。
 これらの多面的で重層的な調査、鑑別と働きかけがなされることによって、これまでに多くの少年がそれぞれに抱えてきた問題を認識し、それを克服しようと努力をして立ち直っていくことができ、その結果として再非行も防止されてきたということができる。
 このように、現行の少年法は、18歳及び19歳の者を含む少年の健全な育成と更生を図るという同法の目的を達成する上において極めて有効に機能してきたのであって、少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げて18歳及び19歳の者を少年法上の処遇から除外しなければならない事情(立法事実)が存在しないことは明らかである。
 むしろ、18歳及び19歳の者が少年法上の処遇から除外されることによって更生をする機会が失われて再犯のリスクが高まることが容易に予想され、社会の安全にとっても深刻な悪影響をもたらしかねないことは2015年の前記会長声明においても指摘したとおりである。
 
5 厳罰化すべき必要性がないこと
 以上に対して、18歳及び19歳の者を少年法上の処遇から除外することによって、これらの者の大人としての自覚を促し、その結果としてこれらの者の健全な育成と犯罪の抑止が図られるとする意見も見られる。
 しかし、2015年の前記会長声明でも指摘したように、現行の少年法においては、故意の犯罪により人を死亡させた重大事件については、原則として裁判員裁判を経て刑事罰を科すものとされ、行為時に18歳以上の少年については死刑判決を選択することも可能とされているほか、平成26年には、少年に適用される刑の上限を引き上げる法改正もなされたばかりである。
 このように、現行の少年法を前提としても、少年に対し、その犯した罪に応じた刑事罰を科すことは十分に可能なのであって、上記法改正の効果についての然るべき検証もなされないままにさらなる厳罰化をすることは立法事実を欠くものであって適切ではないと言わざるを得ない。
 
6 刑事政策的措置について
 前記のように、法制審議会では、犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法、手続法の整備に関する審議の内容を踏まえた上で、さらに少年法の適用対象年齢引き下げの是非についての検討を進めるのが適当であるとして、現在、犯罪者に対する処遇についての審議を進めている。
 もとより、現行法制上における刑事政策的措置については20歳に達した途端に少年法に基づく調査や教育的処遇を受けられなくなるなどの点で、改善・充実すべき課題が少なくないことはたしかである。
 しかし、これらの課題については、本来、少年法の適用年齢対象を引き下げるか否かという問題とは切り離して、十分な時間をかけて慎重に検討されるべきものであり、少年法の適用対象年齢を引き下げるための手当てという観点からこの問題を議論するのであれば、それは引き下げという結論ありきの議論であると言わざるを得ない。
 
7 結論
 以上のとおりであるから、当会は、少年法の適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに改めて反対するものである。
 
以上
2018年(平成30年)1月30日
長野県弁護士会会長 三 浦 守 孝
 

長野県教委「学校における働き方改革推進のための基本方針」についての会長声明

会長声明

(2017-12-18 ・ 131KB)

長野県教委「学校における働き方改革推進のための基本方針」についての会長声明
 
1 本年11月15日,長野県教育委員会は,「学校における働き方改革推進のための基本方針」(以下,「方針」という。)を決定した。
方針は,公立小中学校の教員において,質の高い授業を実現すること,教員の長時間勤務(長時間労働)を改善することを目標としており,当会は,特に教員の過労状況の改善という観点から,方針の示した取組について賛成する。
当会は,このような意欲的な取組を長野県教育委員会が方針として掲げたことを高く評価し,子どもらの教育を担うべき志の高い有為な人材が,安心して教員を目指すことができるような環境整備の点からも,その速やかな実現を期待するものである。

2 その上で,当会は,方針に関し,以下の各点にも十分な留意が払われ,方針の掲げる目標に照らし,真に実効的な取組がなされることを期待する。
 
(1)教員の時間外労働時間について
方針でも指摘されているとおり,教員の長時間勤務の実態は深刻である。相当数の教員が,いわゆる過労死認定ラインとされる1ヶ月80時間超(発症前2か月間ないし6か月間における時間外労働)の時間外労働時間の負担にさらされている現状は,直ちに改善されなければならない。そのために,方針が1ヶ月の時間外労働について年間を通じて,原則45時間以下とするとの目標を掲げたことは,大いに評価されるべきところである。そして,そのためには,方針でも触れられているとおり,教員が本来的に担うべき業務を精選し,スリム化,効率化を図ることが必要不可欠である。
また,方針でも指摘されているとおり,教員の労働時間が客観的かつ適切な方法で把握されることも必要不可欠である。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」及び「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」においては,原則として使用者が自ら現認するか,タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として労働時間を把握することを求めており,自己申告制については客観性の担保が十分でないため,例外的なものとされている。教員についても,上記同様に,タイムカード等の機械的,客観的な記録方法によって教員の労働時間を把握すべきであり,自己申告制は採用すべきではない。
また,教員についてはいわゆる持ち帰り残業が少なくないことも指摘されており,表面的な時間外労働時間が短縮されたとしても,その分自宅等での持ち帰り残業が増えるだけとなる,といった方針の趣旨に反する事態が起らないよう,十分に留意する必要がある。仮に持ち帰り残業を行わざるを得ない場合には,その時間も含めて労働時間を算定することで,適正に労働時間を把握すべきである。

(2)部活動指導の負担軽減について
業務の分業化について,方針では,部活動指導員やスクールサポートスタッフの活用が指摘されているところ,その場合に必要な予算措置を確保することが重要であると考えられるため,予算面での裏付けが実効的になされるべきである。また,朝練廃止を含めた部活動指導の負担軽減については,保護者の理解も必要であるところ,教員もひとりの労働者であるという観点が保護者側においても十分共有されることを期待したい。なお,部活動に関する取組として,方針において中長期的な取組として指摘されている総合型地域スポーツクラブの設立や部活動の学校合同チームによる練習環境の整備,地域の指導者の育成などの地域の取組への支援についても,子どもたちの部活動への意欲に応えうるような仕組み作りを期待したい。
 
(3)教員の労働実態についての調査検証
今後も教員の労働実態については,適切な調査を継続的に行い,その結果を踏まえた検証を行うとともに,調査・検証の結果を,適時に県民に向けて公表されたい。
 
平成29年12月9日
                            長野県弁護士会   
                            会 長 三 浦 守 孝
 
 

長野家庭裁判所佐久支部に関する総会決議

2017年(平成29)年11月25日、当会は、「長野家庭裁判所佐久支部において、調査官の常駐、少年審判の取扱い、及び庁舎の建替えを求める総会決議」を採択致しました。
 
決議の趣旨は、下記の通りです。
近年の家事事件の増加、家庭裁判所の役割の重要性に鑑み、地域の司法制度が地域の住民にとって「より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」となるよう、どの地域の住民であってもあまねく共通の司法サービスを受けることができるように、当会及び当会会員が一丸となって活動を継続していくことを決意するとともに、裁判所及び国に対して以下の施策の実現を求める。
1 長野家庭裁判所佐久支部において、直ちに家庭裁判所調査官を常駐させること。
2 長野家庭裁判所佐久支部において、直ちに少年事件を取り扱うこと。
3 長野地方・家庭裁判所佐久支部・佐久簡易裁判所庁舎を早期に建て替えること。
4 全国の裁判所における人的物的基盤の充実にともなう支出に対応するため、司法予算を大幅に増額させること。
 
決議の理由は、上記PDFファイルをご覧下さい。

平成29年司法試験合格発表についての会長声明

平成29年司法試験合格発表についての会長声明
 
1 9月12日、司法試験の最終合格者が発表された。当会は、新たに法曹となる合格者を歓迎し、今後の司法修習、実務でのOJTを通じて、法律実務家として大きく成長されることを期待する。

2 司法試験は、法曹となろうとする者に必要な学識と応用能力を有するかどうかを判定する国家試験である(司法試験法第1条第1項)。司法は市民の権利義務と社会正義に深く関わるものであるから、司法試験を適切に運営して法曹の質を確保することは、市民に対する国の重大な責務である。
法曹養成制度改革推進会議も、平成27年6月、司法試験合格者数を年間1500人程度以上とすべきであるとする検討結果を取りまとめたが、その際、「輩出される法曹の質の確保を考慮せずに達成されるべきものでないことに留意する必要がある」との重要な留保を付している。
 
3 司法試験の在り方について、当会は、弁護士の急増政策に基づく急増現象により、弁護士業務の過度の商業化やOJT不足が危惧されること、法曹志願者激減に伴う司法試験の機能不全が懸念されること、弁護士制度の国家資格制度としての安定性と確実性が損なわれていることを指摘して、弁護士増加ペースを緩めるべく、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める総会決議を行った(平成29年6月24日)。また、本年の合格発表に先立ち、司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定を行うよう求める会長声明を発した(同年7月8日)。
 
4 ところが、本年の司法試験合格者数は1543人とされた。長年にわたり裁判官及び検察官の採用人数が抑制されている現状では、司法試験合格者の大多数が弁護士登録を行うこととなるが、今後も現在のペースで弁護士数の増加が進む場合、当会が総会決議で指摘した諸弊害は、一層増大するおそれがある。
 
5 さらに、たとえば、直近3年間に比較すると、合格率は平成26年が22.58%、平成27年が23.08%、平成28年が22.95%と推移してきたところ、本年の合格率は25.86%となって約3%上昇した。
また、合格点は、平成26年が770点、平成27年が835点、平成28年が880点、本年が800点であるのに対し、全受験者の総合点について、各年の分布を代表する中心的傾向を表す中央値を見ると(短答式試験不合格者と論文式試験最低ライン点未満者は中央値より低い総合点であったと擬制している。)、平成26年が604点、平成27年が679点、平成28年が725点、本年が659点であって、合格点と前記中央値の差が、本年は直近3年間に比較して14点~25点縮減している。
これらの数値的変化は、各年の受験者全体の得点状況との対比において本年は合格ラインが下がったことを示すが、法曹志願者が激減している現状等からは、本年の受験者全体の試験の解答能力が昨年までに比べて急に上昇したものとは考えにくいことからすれば、本年の合格ラインは、絶対評価としても低下した可能性が高い。そして、かかる現象は、司法試験の受験者数が大幅に減少している状況下で、合格者数は昨年並みの1500人台としたために生じたものと言わざるを得ない。
以上からすれば、本年の司法試験の合格判定は、上記法曹養成制度改革推進会議の取りまとめとしての「1500人程度以上」に拘泥し、合格ラインを意図的に引き下げた可能性が高い。
政府が、法曹の質の確保という市民に対する国の重大な責務を軽視し、「法曹の質の確保」という上記取りまとめの重要な留保を無視したのではないかとの疑義を免れない。
 
6 よって、当会は、本年の司法試験合格判定の適切性に懸念を表明するとともに、引き続き政府に対し、司法試験合格者数の更なる削減と厳正な合格判定の実施を求める。
 
平成29年10月20日
 
                            長野県弁護士会  
                            会長 三 浦 守 孝
 

地方消費者行政の一層の強化を求める意見書

地方消費者行政の一層の強化を求める意見書
 
第1 意見の趣旨
1 国は、地方公共団体の消費者行政の体制・機能強化を推進するための特定財源である「地方消費者行政推進交付金」の実施要領について、2017年度(平成29年度)までの新規事業に適用対象を限定している点を、2018年度(平成30年度)以降の新規事業に適用対象を含めるよう改正するとともに、消費者行政の相談体制、啓発教育体制、執行体制等の基盤拡充に関する事業を適用対象に含めるよう改正し、同交付金を少なくとも今後10年程度は継続すべきである。

2 国は、地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち、消費生活相談情報の登録事務、重大事故情報の通知事務、違反業者への行政処分事務、適格消費者団体の活動支援事務など、国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について、地方財政法第10条を改正して国が恒久的に財政負担する事務として位置付けるべきである。

3 国は、地方消費者行政における法執行、啓発・地域連携等の企画立案、他部署・他機関との連絡調整、商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け、実効性ある施策を講ずべきである。
 
第2 意見の理由
1 地方消費者行政推進のための交付金の継続について
平成21年の消費者庁の創設及び「地方消費者行政活性化交付金」等の交付措置により、消費生活センターの設置数は501箇所(平成21年度)から799箇所に増加し(平成29年版消費者白書252頁)、平成27年末までにすべての地方自治体が何らかの消費生活相談窓口を設置するに至るなど、地方自治体の消費生活相談体制が整備されてきた。この間、地方消費者行政活性化交付金は、地方消費者行政推進交付金に変更して継続され、消費生活相談体制の整備・拡充に寄与してきている。
現在の地方消費者行政推進交付金の実施要領は、2017年度までの新規事業を適用対象事業として限定的に定め、かつ、対象となる推進事業ごとに活動期限を設定しており、地方において事業を継続するためには、期限が切れる事業から順次、自主財源化していく必要がある。ところが、ほとんどの地方公共団体の政策判断は消費者行政重視に向けて転換しておらず、また、地方財政の実情の厳しさから、財源を捻出することは容易ではない。地方自治体にとって、地方消費者行政推進交付金に代わって、地方消費者行政の体制整備・拡充を支えるだけの自主財源を確保することは困難である。このような状況下では、年々、新たな消費者問題、とりわけ高齢者の消費者被害が深刻さを増す現状に対応することはできなくなる。
以上を踏まえると、地方消費行政推進交付金の実施要領を改正し、2018年以降の新規事業も適用対象に加えるべきである。
さらに、消費生活相談体制の充実・強化とともに被害防止のための出前啓発講座等の啓発活動や悪質業者排除の法執行が一層重要となっていることに鑑み、消費生活相談員の増員及び専門性向上等の人的基盤強化についても、適用対象に位置付けるべきである。そして、これまで、8年間の地方消費者行政に対する交付金の給付によっても最低限の体制整備が未達成であることに鑑み、少なくとも同交付金を今後10年間は継続する必要がある。

2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担について
消費生活情報のPIO-NET登録、重大事故情報の通知、法令違反業者への行政処分、適格消費者団体の差止関係業務などは、国と地方公共団体相互に利害関係がある事務であり、消費者被害防止のために全国的な水準を向上させる必要がある。そこで、これら国と地方公共団体相互に利害関係がある事務については、地方財政法弟10条を改正し、国が恒久的に財政負担する事務とすべきである。
なお、適格消費者団体の活動への国の財政支援は、地域の民間団体の実情に応じて支援する必要があるため、基本的に、都道府県を通じた支援として実施することが相当である。

3 地方消費者行政職員の増員と資質向上について
今後の地方消費者行政の役割は、地方公共団体内の他部署との連携による高齢者見守りネットワークの構築や官民連携によるきめ細やかな消費者啓発・見守りの実施が重要課題とされている。また、違法な事業活動に対する法執行件数が減少している現状や、商品事故に関する原因究明や商品テスト担当職員が減少している現状に鑑みれば、消費者行政担当職員の配置と専門性向上の施策も重要な課題である。
国は、地方消費者行政の担当職員の職務が、法執行部門、啓発・教育分野、地域連携の企画推進分野、他部署・他機関との連携調整など、多様な課題を担う必要があることを踏まえ、職員の増員及び資質向上に向け、具体的な政策を検討すべきである。
 
2017年(平成29)年9月2日

長野県弁護士会
会長   三  浦  守  孝

民法の成年年齢引下げに関する会長声明

民法の成年年齢引下げに関する会長声明
 
1 現在,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げようとする動きが具体化しているが,その必要性や消費者被害をはじめとする引下げに伴う諸問題に対する施策が十分に検討されているとは言い難く,当会は,成年年齢引下げを内容とする民法改正に反対する。

2 若年者は社会経験の不足等から,契約に必要な知識又は経験を十分に有しているとは言い難く,様々な消費者契約の被害者となっている。
現行民法は,20歳未満の未成年者の保護を図るため,未成年者が法定代理人の同意なく締結した契約等の法律行為については,契約を取り消すことができると規定する(民法第5条第2項)。
民法上の成年年齢を18歳に引き下げることは,18歳,19歳の若年者に行為能力を付与し,法定代理人の同意なく単独で有効な法律行為を行うことを可能にする反面,未成年者を保護するための上記取消権を失わせるものである。
民法の成年年齢の引下げについて,法制審議会が平成21年10月28日に採択した「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」は,若年者の消費者トラブルの現状について,①消費生活センター等に寄せられている相談のうち,契約当事者が18歳から22歳までの相談件数は,全体からみると割合は少ないものの,20歳になると相談件数が急増するという特徴があること,②悪質な業者が,20歳の誕生日の翌日を狙って取引を誘いかける事例が多いこと,③携帯電話やインターネットの普及により,若年者が必要もないのに高額な取引を行ってしまうリスクが増大していること,④若年者の消費者被害は学校などで連鎖して広がるなどの特徴があり,特に上記①及び②の事情からすると,未成年者取消権の存在が悪質業者に対する大きな抑止力になっていると考えられることから,民法の成年年齢が18歳に引き下げられ,18歳,19歳の若年者が未成年者取消権を失えば,悪質業者のターゲットとされ,不必要に高額な契約をさせられたり,マルチ商法等の被害が広まるおそれがあるなど,18歳,19歳の若年者の消費者被害が拡大する危険があると指摘している。
 
3 民法の成年年齢の引下げには,かかる重大な問題が存在する以上,引下げを行うには,未成年者取消権に代わり,悪質業者に対して抑止効果を持ち,消費者被害に遭ったとしても容易に被害回復することを可能とする消費者保護ルールの構築等を十分に検討し,実現することが必要不可欠である。
上記最終報告書も,成年年齢の引下げは消費者被害拡大等の問題があり,消費者被害が拡大しないよう消費者保護施策の更なる充実を図る必要があると指摘し,消費者保護施策や消費者関係教育の充実等の具体的な施策を求めているうえ,消費被害拡大防止のための有効な施策の充実が成年年齢の引下げを行う条件であるとしている。
しかし,現状では,消費者保護ルールの構築やその他の有効な施策は実現しておらず,このような状況下で,成年年齢を18歳に引き下げれば,18歳,19歳の若年者の消費者被害拡大を招く危険があり,若年者の十分な保護は図られない。
 
4 また,消費者被害のほかにも,離婚の際の未成年者の養育費が早期に打ち切られてしまうおそれや,未成年者に不利な労働契約の解除権(労働基準法第58条第2項)の喪失により若年労働者の保護の範囲が狭められてしまうなどの,成年年齢の引下げに伴う様々な問題点も指摘されているが,これらの問題点についても十分な検討や対策がなされているとはいえない。
 
5 よって,成年年齢を18歳に引き下げた場合に生じる上記問題点に対し,十分な検討や有効な施策が実現されていない以上,民法の成年年齢を引き下げることに反対するものである。
 
2017年(平成29)年8月5日

長野県弁護士会    
会長   三  浦 守 孝

平成29年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明

会長声明

(2017-07-13 ・ 92KB)

平成29年司法試験における厳正な合格判定を求める会長声明
 
1 司法試験をめぐる志願者減少が著しい。
平成29年度の法科大学院志願者数(延べ人数)は8,159名(前年度比119名減),入学者数は1,704名(同153名減)に,同年の司法試験出願者数は6,716名(同1,014名減),受験者数は5,967名(同932名減)にまで落ち込んだ。
ピーク時には,法科大学院志願者数が72,800名(平成16年度。延べ人数),司法試験出願者数が11,892名(平成23年)であったことを考えると,上記のとおりの法曹志願者の減少は激減というべき状況にあり看過できない。
このような法曹志願者激減の原因については,法科大学院修了を受験資格要件としたことで多額の学費や時間的コストを要することになった反面,司法試験合格者の多くが進路として選択する弁護士について,現実の法的需要を無視した弁護士数の過剰増員による就職難や,弁護士の職業的魅力の低下等が生じていることが背景に存在するものと考えられる。多くの時間的,経済的コストを課しておきながら将来に不安がつきまとうといった現在の制度設計では,有為な人材が法曹という職業を敬遠することは必然的な現象である。
 
2 司法は国民の権利義務や社会正義に深く関わるものであり,その司法を担う法曹の質の維持・向上は国民にとって重大な課題・要請である。現状のように法曹志願者の母数が激減すれば,その中の有為な人材の絶対数が減少することは道理であり,法曹の質の確保にも懸念が生じる。
法曹養成制度改革推進会議は,平成27年6月,司法試験の合格者数を年間1500人程度以上とする検討結果を取りまとめた。しかし,司法試験出願者が激減している現状の下で,単に上記方針通りの合格者数を確保するために合格ラインが下げられてしまうなら,司法試験に本来要請される選抜機能は大きく損なわれ,合格者の質を制度的に担保できない事態も想定される。このような事態は,上記取りまとめにおいて示されている「輩出される法曹の質の確保を考慮す」べき,との方針にも反することとなる。
したがって,今後の司法試験の合格判定は,目標とされた数ありきでなされてはならず,従前にも増して,司法を担う法曹の質の維持・向上という本質的要請をふまえ,厳正に行われなければならない。

3 以上から,当会は平成29年司法試験の合格判定にあたって,1500人程度以上とされる合格者数の確保が優先されるべきではなく,司法を担う法曹の質の維持・向上の要請をふまえた厳正な合格判定が行われることを求める。
 
 
平成29年7月8日
 
長野県弁護士会          
会長 三 浦 守 孝       

適正な弁護士数に関する決議

適正な弁護士数に関する決議

第1 決議の趣旨
当会は、政府に対し、平成29年度以降、司法試験合格者数を年間1000人以下とするよう求める。

第2 決議の理由
1 弁護士数が過剰となったこと
(1)弁護士数の増加状況
政府は、平成14年3月、今後法的需要が増大し続けるとの予測のもと、「平成22年ころには司法試験の合格者数を年間3000人程度とすることを目指す。」とする司法制度改革推進計画を閣議決定した。
この結果、司法試験合格者数は年々増加し、平成19年から平成25年には2000人を超えた。平成26年、平成27年には1800人台となったものの、平成14年当時1万8838人であった弁護士数は、平成29年5月1日現在で3万9011人と倍増した。
この間、裁判官の数は平成14年時点で2288人、平成28年時点で2755人と約20%の増加、検察官の数は平成14年時点で1484人、平成28年時点で1930人と約30%の増加であるのに対し、弁護士の数は約106%増加した。
(2)法的需要予測の見込み違い
ところが、法的需要が増大するという政府の予測は大きく外れ、平成18年度以降、裁判所の全新受事件数は、過払訴訟の影響を考慮しても明らかに減少傾向にある(平成18年-約500万件、平成22年-約430万件、平成26年-約350万件)。法律相談件数も、平成18年から平成25年まで年間約60万件と横ばいで推移し、増加傾向は全く見られない(弁護士会法律相談センター、法テラス、自治体の弁護士相談の総計)。
たしかに、弁護士の増加に伴いゼロワン地域が解消されたこと、刑事国選事件や民事扶助事件への対応の充実が見られることについては、一定の評価がなされるべきである。
しかし、現在では、仮に弁護士過疎地が一部残っているとしても、過疎地開業支援等の施策により対処すべきであって、弁護士数の単純増により対処すべき性質のものではないし、新たな分野で弁護士が必要とされていく可能性が皆無でないとしても、不確かな憶測を含むものであって、現在のような急激な増員を要するほどの実例が存在しているとはいえないから、これらを理由に更に弁護士を増加させる必要性は見いだせない。
(3)弁護士数の過剰
かかる状況に鑑み、富山県議会、佐賀県議会をはじめ各地の地方議会が、弁護士数はすでに過剰であるとの認識を明示したうえ、法曹人口政策の早期見直しを求める内容の決議等をなしており、長野県議会においても、昨年、弁護士人口は飽和状態にあるとして同様の決議を行っているところである。
弁護士が倍増しても訴訟や法律相談の件数が増えず、新たな分野で必要とされる実例も特段確認されていないということは、もともと社会は、これほどに多くの弁護士を必要としていなかったことに他ならない。
平成14年の閣議決定以降の推移と現状を踏まえる限り、各地の地方議会が指摘するとおり、現在、弁護士は、利用者たる市民が必要とする数を明らかに超えて増え続けており、それによる弊害を直視した対応が検討されなければならないのである。
 
2 弁護士数の過剰により弊害が生じていること
(1)弁護士の使命の達成が危うくなること
  弁護士は、基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする(弁護士法1条1項)。しかしながら、弁護士数の過剰は、弁護士間の過当競争を招き、事務所経営や生活防衛のために目先の利潤を追求する傾向を強め、事件漁りや無用な訴訟への誘導、過度に高額な費用請求などが生じて市民が害される事態が危惧される。
また、弁護士には、その使命の達成のために職務の自由と独立が要請され、依頼者の「正当な利益」を実現すべきであるとされ、ときに依頼者に対しても公共的・公益的見地からの説得を試みる役割が期待される(弁護士職務基本規程第2条、第21条)。しかしながら、顧客獲得競争が激化して目先の利潤を追求する傾向が強まれば、昨今、恫喝や報復を目的として法外な請求を行なう「スラップ訴訟」の実例が報告されるように、依頼者の要求に無批判に迎合し、人権擁護や社会正義を無視した業務遂行を生みかねない。
そして、弁護士の使命を達成しようとすれば、国家権力から独立し、ときには対峙してでも市民の側に立つことを要することから、我が国では、弁護士の資格審査や懲戒を行政官庁等の監督に服させず弁護士の自律に委ねる弁護士自治が採用されている。しかしながら、弁護士業務が過度に商業化し、公共的・公益的性格が失われれば、「国家権力からの独立」は実際上の意義を失い、弁護士自治の存立基盤を危うくすること必至である。
かように、弁護士数過剰の状況は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命の達成を危うくし、我が国の弁護士制度を根底から揺るがしているのである。
(2)若手弁護士の研鑽の機会が失われていること
弁護士数の過剰を背景として、弁護士登録後に勤務弁護士として研鑽を積むことを望みながら即独やノキ弁に甘んじ、十分なOJT(on the job training)の機会を得られない新人弁護士は後を絶たない。(新人弁護士の就職難の状況は、司法修習修了後の一括登録時点の未登録者割合に顕れると言われている。平成19年度には3.3%であったものが、平成22年度に11%、平成23年度に20.1%、平成24年度に26.3%、平成25年度に28%、平成26年度に27.9%となっている(いずれも現行司法試験合格者の数値)。)
法律専門家としての技能や倫理を会得する機会を十分に持たない弁護士が実務に当たれば、市民に深刻な影響を与えることが危惧されると言わざるを得ない。
(3)法曹志願者が激減していること
弁護士数の過剰を背景として、近年、法曹志願者は目に見えて激減している。法科大学院志願者は、以下のとおり、減少傾向が顕著である。大学受験生の法学部離れも顕著であり、法曹界が有為な人材を確保することは困難となっている。
さらに、現在では大半の法科大学院が深刻な定員割れを起こし、現行の法曹養成制度が掲げる育成機能の充実は期待しがたいうえに、法科大学院入学者数が司法試験合格者数に接近しつつあり、このような状況下で、後述の法曹養成制度改革推進会議の取りまとめが示唆するように1500人以上の合格者数を墨守した場合、試験制度としての正常な選抜機能が働かない事態が危惧される。
 
年度法科大学院全志願者数(延べ人数)入学者数
平成16年度72,8005,767
平成19年度45,2075,713
平成22年度24,0144,122
平成25年度13,9242,698
平成27年度10,3702,201
平成28年度8,2781,857
平成29年度8,1591,704
 
今後もかかる事態が続けば、裁判官、検察官、弁護士の平均的な質が、長期的かつ慢性的に低下していくことが憂慮されざるを得ないのである。法曹三者が、憲法をはじめとする法の運用、解釈を通じて、市民の人権を直接的に取り扱う職責を担っていることに鑑みれば、このような法曹三者の平均的な質の低下は、回避しなければならない。
(4)国家資格制度としての安定性・確実性を損なうこと
そもそも我が国が弁護士について国家資格制度を採用するのは、市民の人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の重大な使命に鑑みて、高度な専門性や技術、見識を担保する必要があることによるものであり、利用者たる市民においては、必ずしも弁護士の技能や適性を十分に判断しえないことから、国家の責務としてその資格付与の条件を適切に整備し、誰もが安心して弁護士に相談・依頼できる状況を維持するためである。
特段専門的な情報や判断力を持たない一般市民においても、安心して弁護士に相談、依頼できる資格制度を構築し維持することが重要であり、一般市民の権利利益の保護に資するものである。
ところが、弁護士急増政策は上記の各弊害を生み出し、市民が本来的に国家資格制度に求める安定性と確実性を損ねる事態を招いているのである。
公認会計士についても、過剰な増員による弊害が生じ、国家資格の安定性・確実性が維持できない事態を招いたため、公認会計士試験の合格者数が政策的に減員されたとおり、国家資格の安定性等を合格者数の調整によって回復することは法曹界に特有の事態でもない。
3 当会が改めて総会決議を行なう理由
(1)平成22年度総会決議後の経緯
当会は、平成22年11月20日の臨時総会において、「政府に対し、司法試験合格者数を年間3000人程度とする政策について直ちに見直し、司法試験合格者数を段階的に削減し、弁護士人口が4万人に達した以降、これを維持するため、司法試験合格者数年間1000人程度とする法律制度の運用を求める」との総会決議をなした。
この決議は、当時すでに現われていた若手弁護士のOJT不足その他の弁護士急増の弊害を挙げたうえ、弁護士総数を約4万人で均衡させるべく、増員ペースの緩和を求めるものであった。
しかるに、政府は、平成25年7月、司法試験合格者数3000人を目指す方針は撤回したものの、平成27年6月30日の法曹養成制度改革推進会議の取りまとめにおいて、「法曹人口は、全体として今後も増加させていくことが相当である」とし、司法試験合格者数について、今後も「1500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め」るべきであるとした。
政府はこのように、当会の平成22年総会決議後も弁護士の急増ペースを抜本的に見直すことをせず、その結果、弁護士数は3万9011人に増加している(本年5月1日現在)。
(2)弁護士数の将来予測
平成28年度の司法試験合格者は1583人であったが、今後も同様に約1500人の合格者数を維持すれば、弁護士数は1、2年のうちに4万人を超え、平成55年には推計6万人を超える(弁護士白書2016年版)。そうなれば、我が国の人口減少傾向とあいまって、弁護士数の過剰による上記各弊害が一層拡大することは目に見えており、基本的人権の擁護や社会正義の実現という弁護士の使命は見失われ、弁護士業務への信頼は失墜し、弁護士自治を崩壊させていくおそれすらある。
司法試験合格者が本年度以降毎年1000人で推移するとしても、弁護士数は今後も増加し、平成53年におよそ4万9500人になると推計され、我が国の人口減少傾向を考慮すると、弁護士一人当たりの国民数は、現在より約1000人少ない約2100人となると推計されるものであるから(弁護士白書2016等に基づくシミュレーション)、本決議の趣旨が実現された場合、弁護士急増による弊害が緩和されこそすれ、市民にとって弁護士が不足するとの懸念は皆無である。

4 むすび
以上のとおり、我々弁護士が、基本的人権の擁護と社会正義の実現という本来の使命を果たし、弁護士資格制度の安定性と確実性を維持し、そして弁護士自治を維持して市民の権利利益を護り続けるためには、弁護士数が適正に維持されることが絶対不可欠である。我々弁護士が、国家権力から独立し、ときには対峙してでも、市民の側に立つべきその足場の崩壊を招くおそれある弁護士の過剰増員は、このような観点から改められなければならない。
したがって、平成29年度以降、司法試験の年間合格者を1000人以下とすべきである。

平成29年6月24日                                    
長野県弁護士会総会
 

いわゆる共謀罪法案の成立に強く抗議し,その廃止を求める会長声明

(2017-06-27 ・ 200KB)

いわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法の成立に強く抗議し,その廃止を求める会長声明

いわゆる共謀罪法案(共謀罪の創設を含む組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)が,2017年6月15日,参議院本会議で可決され,成立した。当会は,これに強く抗議するとともに,成立した共謀罪を速やかに廃止することを求める。
我が国は,個人の尊厳を究極の価値として,基本的人権の尊重,国民主権(民主主義),恒久平和主義を基本的な原理とする日本国憲法を制定した。
民主主義の健全な発展にとって,国家権力を監視し,その在り方を自由に批判することは必要不可欠な要素である。市民が自由に国家権力を批判するには,立憲主義や三権分立などの制度と並び,市民に対して思想・良心の自由や表現の自由,集会・結社の自由などの精神的自由権及びプライバシーの権利が保障されることが最低限の条件となる。
今回成立した共謀罪は,日本国憲法が保障するこれらの重要な自由権を市民から奪うおそれがあり,市民活動に著しい萎縮効果を与え,民主主義の重大な脅威となる。当会は,そのことを危惧し,既に本年5月24日に会長談話を発表するなどし,強く訴えてきた。また,全国の弁護士会,数多くの学者や市民団体等が訴えてきたように,共謀罪は既遂の処罰を原則とする近代刑法の前提を大きく逸脱し,一般市民の内心の意思を処罰する監視社会を招来し,市民の日常生活を萎縮させる危険がある。すなわち,共謀罪が成立したことにより,捜査機関は共謀罪の捜査を名目に,実際に犯罪に着手して法益が侵害される遥か以前から捜査を行う根拠を獲得し,昨年12月1日から施行されている通信傍受の対象犯罪の拡大と相まって,電話,メール,SNSなど市民の日常生活をターゲットにした早い段階からの捜査を行うことが可能となった。さらに,司法取引制度が施行されれば,自己の処罰減免を得る目的で,他人との共謀を認める虚偽自白を誘発する危険性も高まるおそれがある。このような捜査権限の拡大により,市民の正当な政治活動や労働組合活動,その他の活動が萎縮し,ひいては捜査機関による監視対象となってプライバシーの権利が侵害されるという懸念から市民の日常生活までもが萎縮する,深刻な監視社会が到来する。
また,繰り返し指摘されてきたように,共謀罪の「組織的犯罪集団」「計画」「準備行為」などの規定は,文言上極めて曖昧であるがゆえ,権力により拡大解釈される危険性があり,市民の自由を保障するために処罰の範囲をあらかじめ明示する罪刑法定主義にも反するおそれの高いものである。
そして,政府が共謀罪を導入する目的として,国際組織犯罪防止条約の締結とテロ対策を掲げてきた。しかし,前者については,同条約の立法ガイドが,各締結国の国内法の基本原則に基づいて必要な措置を取ることを許容しており,立法裁量が広いことは明らかであり,同条約を締結するにあたって我が国が共謀罪を制定する必要はない。後者についても,国際組織犯罪防止条約の目的にテロ対策が含まれないことは,同条約に関する国連の立法ガイド26パラグラフが明確に規定し,同ガイドを作成した国際刑法の専門家であるニコス・パッサス教授もこのことを明言している。また,我が国では公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律によってテロ行為の計画段階は既に犯罪化されており,銃器や刃物の所持を規制する銃砲刀剣類等処罰法等の実体法が存在するだけでなく,13ものテロ防止に関連する条約を締結しており,テロ対策についてはすでに立法的な手当がなされていることから,テロ対策のために新たに共謀罪を制定する必要はない。
このように数多くの問題を抱えた共謀罪は,その問題点に関する疑問や市民が抱く不安を解消するために慎重に審議されなければならなかった。特に衆議院法務委員会で審議時間の形式的な経過後に強行採決されたことを踏まえ,良識の府たる参議院ではより一層慎重に審議しなければならなかった。しかし,参議院では,法務委員会における審議を合計18時間弱で打ち切り,6月15日未明の本会議において「中間報告」を行った上で,法務委員会の採決を行わず,本会議で強行採決に踏み切った。参議院でも市民から出された数多くの疑問が何一つ明らかにならないまま採決されたということに加え,かかる手続は,国会法56条の3において定められた中間報告を求める要件である「特に必要があるとき」(第1項),及び中間報告を受けての本会議での審議の要件である「特に緊急を要すると認めたとき」(第2項)のいずれの要件も満たさず,明らかに手続上の瑕疵がある。これは,二院制の存在意義を参議院が自ら踏みにじる行為である。
さらに,立法の必要性そのものに重大な疑いがあり,かつ立法過程において既に憲法上の問題点が指摘されている共謀罪について,市民に対する充分な説明がなされないまま,また付託した法務委員会の採決を経ることなく参議院本会議で強行採決するという強硬な手段により可決されたことは暴挙と言わざるを得ず,我が国の民主主義を制度面から支える議会制民主主義の否定である。
以上のとおり,当会は,共謀罪法案が参議院本会議で可決され成立したことに強く抗議するとともに,今後も国会において共謀罪を速やかに廃止させるよう全力を挙げて取り組んでいく。
 
2017年(平成29)年6月26日

長野県弁護士会         
会長   三    浦  守  孝
 

いわゆる共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに抗議する会長談話

(2017-05-25 ・ 134KB)

いわゆる共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに抗議する会長談話
 
いわゆる共謀罪法案が,2017年5月23日,衆議院本会議で可決された。当会は,これに強く抗議する。
民主主義の健全な発展にとって,市民が国家権力を監視し自由に批判することは必要不可欠である。このように市民が自由に国家権力を批判することができるためには,立憲主義や三権分立などの制度と並び,国家からの自由たる思想・良心の自由や表現の自由などの精神的自由権が市民に対して保障されることが最低限の条件である。共謀罪は,日本国憲法が保障するこれらの重要な自由権を市民から奪うおそれがあり,市民に著しい萎縮効果を与えることになる。共謀罪は,民主主義に対する重大な脅威である。
当会も繰り返し指摘してきたとおり,共謀罪法案は,既遂の処罰を原則とする近代刑法の前提を大きく逸脱するうえ,「組織的犯罪集団」「計画」「準備行為」などの規定の曖昧さは,市民の自由を保障するために処罰の範囲をあらかじめ明示する罪刑法定主義に反する。
政府は,共謀罪を導入する目的として,2020年の東京オリンピックにおけるテロ対策と国連越境組織犯罪防止条約を批准するための国内法の整備の必要性を掲げている。
しかし,そもそも国連越境組織犯罪防止条約の目的は,マフィアや暴力団等が金銭的・物質的利益を得るために行うマネーロンダリング等の越境的組織犯罪の防止にある。同条約に関する国連の立法ガイド26パラグラフは,経済的な利益の獲得を目的としないテロリスト集団が,同条約の規制の対象となる組織的犯罪集団に該当しないことを明確に規定している。同条約がテロ対策を目的としていないことは,同ガイドを作成した国際刑法の専門家であるニコス・パッカス教授もこのことを明言している。
今国会における審議過程も,憲政史上大きな禍根を残した。共謀罪法案は,前述のとおり,市民の精神的自由権を奪うおそれが強い以上,これらの疑問や市民が抱く不安を解消するために慎重に審議されなければならなかった。しかし,衆議院法務委員会における審議では,共謀罪法案を所管する法務大臣の答弁が二転三転し,これら数多くの疑問は何一つ明らかにされず,なお一層深まるばかりであった。それにもかかわらず,政府・与党は,自ら設定した審議時間である30時間を形式的に消化したとして採決に踏み切った。これでは,共謀罪法案の成否を決するに足る程度に審議が成熟したとは到底評価できない。
以上のとおり,当会は,共謀罪法案が衆議院本会議で可決されたことに強く抗議するとともに,共謀罪法案を廃案とすることを求める。
 
2017年(平成29)年5月24日
                         長野県弁護士会
会長   三    浦  守  孝

司法修習生に対して修習給付金を支給する制度創設にあたっての会長声明

司法修習生に対して修習給付金を支給する制度創設にあたっての会長声明

2017年(平成29年)4月19日,司法修習生に対して修習給付金を支給する改正裁判所法(以下,本法という。)が成立した。これにより,2017年(平成29年)の司法修習生から基本給付金として月額13万5000円,さらに必要に応じて住居給付金(上限3万5000円)及び移転給付金が支給される見込みとなっている。

本来,司法制度は,社会に法の支配を行き渡らせ市民の権利を実現する社会的インフラであり,これを担う法曹となる司法修習生は,公費をもって養成されるべきである。このような理念のもとに,我が国では,終戦直後から司法修習生に対し,給与が支払われてきた(給費制)。
しかし,この給費制は,2011年(平成23年)に廃止され,司法修習のために必要な資金を貸与する制度に変更された。これ以後の司法修習生は,大学・法科大学院での奨学金債務に加えて,貸与金として数百万円の負債を負担せざるを得ない状況になるなど,重い経済的負担を強いられていた。近年,法曹を目指す者は激減しているが,こうした重い経済的負担がその一因となっていることが指摘されている。

当会は,司法修習生の重い経済的負担を解消し,本来どおり法曹養成が公費により行われるよう,そして有為の人材が経済的な理由によって法曹となることを断念することがないよう,司法修習生への給費制復活のための活動を行ってきた。本法は,この活動の確かな前進として評価できるもので,当会は,本法の成立を歓迎する。なにより,この間,当会の活動に賛同しご尽力いただいた多くの国会議員や県議会議員,市民,諸団体の方々に対し,あらためて深く感謝申し上げる。

もっとも,本法によりすべての問題が解消されたわけではない。
本法による給付金額は,司法修習のための資金として必ずしも十分ではなく,司法修習の意義・実態を踏まえて,その適正額についてさらなる検討が必要である。
さらに,より重要な問題は,本法は,2011年(平成23年)から2016年(平成28年)の間に司法修習生となった人らに対し何らの措置もなされていないということである。これらの司法修習生と,2010年(平成22年)以前に司法修習生となった人及び本法による給付を受ける司法修習生との間で,司法修習の意義・実態は何も異ならないにもかかわらず,受ける経済的支援だけが大きく異なり著しい不公平が生じることになる。
そして,2011年(平成23年)に司法修習生となり貸与金の支給を受けた人らは、早くも2018年(平成30年)7月から貸与金の返還を迫られ、経済的負担が顕在化することになるため,同世代への給費制に代わる是正措置の整備は早急に取り組むべき切迫した問題である。

よって,当会は,本法の成立をこれまでの活動の確かな前進として評価するとともに,今後も上記問題解消のため,引き続き活動に取り組む所存である。
以上
 

2017年(平成29年)5月22日
長野県弁護士会  会長  三 浦 守 孝

70回目の憲法記念日に寄せる会長談話

70回目の憲法記念日に寄せる会長談話   

1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法は、今日、70回目の憲法記念日を迎えた。

日本国憲法は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と国民主権を高らかに謳っている(前文第1項)。
そして、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と平和的生存権を謳い、恒久平和主義を宣言し(前文第2項)、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を規定している(第9条)。
さらに、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」(第11条)と基本的人権の尊重を保障する。

この70年間、私たちの社会や、わが国をとりまく国際情勢は大きく変わったが、国民は、一貫して日本国憲法を支持してきた。日本国憲法は、厳しい政治の現実にさらされながらも、国の最高法規として、強い規範力を発揮してきた。日本国憲法は、徹底した恒久平和主義に基づきわが国が一度も他国と戦火を交えることなく平和と繁栄を築き、国際社会で高い信頼を得るために、大きな役割を果たしてきた。

しかし、近年、日本国憲法をとりまく状況は大きく変わろうとしている。
2013年(平成25年)12月、取材・報道の自由に委縮的効果をもたらし、国民の知る権利を侵害するおそれのある「特定秘密の保護に関する法律」が成立した。
2015年(平成27年)9月には、日本国憲法の立憲主義や徹底した恒久平和主義に違反する集団的自衛権の行使を容認し、外国軍隊に対する後方支援を拡大し、自衛隊の海外における武器使用権限を拡大する、いわゆる安全保障関連法が制定された。
そして今、思想・良心の自由を侵害し、市民生活に深刻な影響を及ぼすおそれのある、「テロ等準備罪」いわゆる「共謀罪」を新設する法案が国会に提出された。
さらに今後、憲法改正が政治課題にのぼる可能性があり、「災害対策等を理由とする緊急事態条項」の創設や9条の改正も取りざたされている。
日本国憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される」こと(第13条)を究極の価値としている。そのために、国家権力の行使は、憲法による統制の下におかれる(立憲主義)。私たちは、憲法の意義をあらためて認識するとともに、これらの動きがどのような国づくりを指向しているのか、その結果何がもたらされるのか、今一度考えなければならない。

日本国憲法の掲げる国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重という基本理念は、時代を超えた普遍的な価値である。日本国憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定している。
70回目の憲法記念日にあたり、日本国憲法に込められた崇高な理念とそれを守ってきた先人の努力に思いを致すとともに、これから私たちが未来にどのような社会を引き継ぐのか、深く考える機会としたい。

そして、私たち弁護士は、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする者として(弁護士法第1条第1項)、基本的人権が尊重され、法の支配が貫徹される社会を実現するため、法律制度の改善に一層の努力を続けていきたいと思う(弁護士法第1条第2項)。
 

2017(平成29)年5月3日

長野県弁護士会       
 会 長  三 浦 守 孝

信州大学大学院法曹法務研究科の閉校にあたっての会長談話

会長談話

(2017-03-27 ・ 116KB)

        信州大学大学院法曹法務研究科の閉校にあたっての会長談話

本日、信州大学大学院法曹法務研究科(以下、「信大ロースクール」という。)の閉校式が行われる。信大ロースクールは、平成17年4月に開校したが、当会は、「自らの後継者を自らの手によって育成し、地域の司法水準を向上させる」という地域司法充実の理念のもと、関係機関に対する働きかけや市民に対する大規模な署名活動を行うなど、その構想段階から主体的に設立運動を担った。また、当会は、信州大学との間で、平成16年6月30日に「信州大学大学院法曹法務研究科に関する協定」、平成19年3月7日に「ロークリニックに関する協定」を締結するとともに、当会内に法科大学院バックアップ委員会を設置し、多数の実務家教員の派遣や、模擬裁判への講師派遣、ロークリニック・事務所訪問の受け入れ、講演活動、課外指導等を継続的かつ積極的に行ってきた。
派遣した実務家教員や、法科大学院バックアップ委員会に所属する若手会員らによる献身的な指導の甲斐もあって、信大ロースクールの修了生から、これまでに合計36名が司法試験に合格し、現在、その内の22名が当会に弁護士登録し(当会の会員の1割程度が信大ロースクールの出身者となる。)、地域に貢献する弁護士として活動している。
自らの後継者を自らの手によって育成するという理念は、相当程度は達成することができたといえる。もっとも、地域の司法水準を向上させる活動に終わりはなく、法曹養成の地域の拠点である信大ロースクールがこの3月末日をもって閉校となることは、誠に残念というほかない。
一方で、平成28年4月、信州大学には新たに経法学部が誕生し、同学部内に総合法律学科(学士課程)が新設された。長野県内において、法学分野の学士課程が設置されたのは、初めてのことである。当会の理念は、今後も息づいていく。
当会と信州大学とは、平成28年2月24日付で「信州大学と長野県弁護士会との包括連携に関する協定」を締結している。当会は、今後も、法律系人材の育成や法的実務に関する研究へ寄与する等、地域司法の充実に資する活動に邁進する所存である。

                                                          平成29年3月27日 
                         長野県弁護士会会長   
柳  澤  修  嗣

いわゆる共謀罪法案を国会に提出することに反対する会長声明

会長声明

(2017-03-14 ・ 212KB)

いわゆる共謀罪法案を国会に提出することに反対する会長声明

1 2017年2月28日,政府が「テロ等準備罪」と名称を変更して第193国会(通常国会)に提出することを明言していた共謀罪法案(以下「新法案」という。)の内容が公表された。
過去3回廃案となった共謀罪法案(以下「旧法案」という。)と新法案の主な違いは,適用の対象を「組織的犯罪集団」としたこと,処罰の対象を「共謀」から「二人以上で計画した者」に変更し,処罰条件としてその計画をした者により「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」(以下「準備行為」という。)に処罰できるとしたこと,対象となる犯罪を676から277に減らしたことである。政府は,新法案の制定目的として,国連越境組織犯罪防止条約の締結と,旧法案を提案した際には挙げていなかったテロ対策を挙げている。
さらに,新法案の内容が公表された後,新法案に「テロ」の文言がないことを強く批判されたことを受け,同年3月7日,政府は「組織的犯罪集団」を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とする修正を行った。
当会は,それでもなお,新法案を本国会に提出することに強く反対する。
 
2 新法案は,旧法案と同じく,既遂の処罰が原則であり未遂と予備の処罰を例外とする近代刑法の前提を大きく逸脱し,一般市民の内心の意思を処罰する監視社会を招来し,市民の日常生活を萎縮させる危険がある。

(1)政府は,新法案の対象団体を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と限定したことにより,テロ対策という目的が明らかとなり一般市民は対象にならないと説明している。
しかし「組織的犯罪集団」という概念自体が極めて曖昧な概念であるうえ,その認定は捜査機関が行う以上